梅雨を迎えるころ、清川村の田んぼの脇でモンシロチョウが増えたなと思った。モンシロチョウは厳冬期を除き一年中普通に見られるチョウだが、季節によって数に変動があるようだ。古い記憶をたどれば、モンシロチョウの数は一年を通して一定ではなく6月に一番多いような印象がある。そのことが気になった。
神奈川県ではモンシロチョウは年に4〜5回羽化してくるという。食べ物がじゅうぶんであれば、チョウの数は季節を追って増えるはずだ。もし6月に一番多いのならば、なんらかの力がはたらいていることになる。主な餌のキャベツ栽培との同調なのか、特定の天敵のためなのか。
私は天敵のコマユバチとの関係が大きいと思った。こどものころ、モンシロチョウのアオムシはとても親しい虫だった。たいていは魚釣りの餌として採取していたが、飼育することもあった。採取場所はキャベツ畑だ。それもまじめな畑ではなく薬もまかずに放棄している畑がいい。アオムシのあの独特の臭気さえ我慢すれば100や200はすぐに入手できる場所をいくつか知っていた。
飼育はほぼ失敗した。捕まえてきた幼虫で羽化までこぎつけた記憶はまったくない。ほとんどのアオムシがコマユバチの寄生を受けており、いよいよ蛹になるかと期待する頃には小さな繭を大量に貼りつけた状態で死んでいた。
そうした記憶から、モンシロチョウの個体数を調整しているのはコマユバチだと考えてきた。それは事実としてどうなのか、フィールドワークをすれば良いのだけど、いまはそんなめんどうなことをする余裕がない。与太話として、机上の空論を展開してみることにした。エクセルにまかせれば1時間もあればモンシロチョウの消長テーブルをつくることができる。テーブルをグラフ化してウェブページを作るのもかんたんだ。
神奈川で越冬に成功したモンシロチョウが羽化してくるのは2月の終わりだ。ここでは仮に1匹としている。その1匹が3月の最初の10日に16個の卵を産む。次の10日には0.5匹になっているから8個。次の10日には0.25匹になっているから4個産卵する。モンシロチョウの各ステージは10日間とした。ステージは卵、小幼虫(3齢まで)、大幼虫(4と終齢)、蛹、成虫である。成虫だけは30日くらい生存する。また、10日たてば50%が死亡することにしている。鳥の捕食などで半分が次のステージに立てず脱落する計算だ。
まずはベースとしての左の表。これはコマユバチがいない場合のモンシロチョウの消長だ。
コマユバチの寄生を考えない場合では10日で50%の脱落なら、16個の卵が4ステージ経て1匹のチョウになる。それで元々ということなのだが、10日以上生き残ったチョウが産卵するから全体の個体数はどんどん増える。この設定ではモンシロチョウの数が毎年毎年10倍になってしまう。この数年の神奈川のアカボシゴマダラはこれぐらいの爆発的増殖を起こしているのだろう。
このベースをもとにエクセルでパラメータを設定して自動計算をしてコマユバチのことを考えた。以下がここでのパラメータである。
- パラメータ1は産卵数=1匹の成虫が10日の間に産む卵の数。16個にした。
- パラメータ2は10日基本生存率=各ステージの期間を10日として、10日を経るとき生き残る割合。50%にした。
- パラメータ3は成虫生存率=10日あたり50%。このままだと不死身のモンシロチョウが登場することになるので、数が0.05匹(パラメータ8)になった時点で全滅することにしている。
- パラメータ4は冬季蛹生存率=11月になると蛹は越冬モードに入り羽化しなくなる。外敵の少ない季節であるから、10日あたり90%にした。
- パラメータ5は冬季成虫生存率=モンシロチョウの成虫寿命は3週間ほどらしいので、実質的に冬季には死滅する。ちなみに幼虫と卵は手動で餓死、凍死させて越冬態の蛹だけを生き残らせている。
- パラメータ6は寄生死亡率A=春季に大幼虫がコマユバチに殺される割合。30%にしている。
- パラメータ7は寄生死亡率B=夏季に大幼虫がコマユバチに殺される割合。95%にしている。
観察事実として、夏季には4ステージのモンシロチョウが混在している。それは成虫が数週間にわたって産卵することと、アオムシの成長速度にばらつきがあるためだろう。コマユバチはおそらく4齢アオムシに産卵する。終齢幼虫が食い破られてはじめてその寄生が確認できる。そうであれば、たとえ8月に終齢幼虫全部が食い殺されるとしても、他ステージのものが生き残ればモンシロチョウは途絶えない。もし、コマユバチがモンシロチョウを上回る個体数で完璧な探索力をもっていたとしてもハチの発生に波があり産卵期が短ければ、産卵を免れるモンシロチョウ幼虫、卵、蛹が出るであろう。
左はコマユバチの寄生を考えた場合のグラフ。ここではモンシロチョウは年5化で、グラフとしては5つの山が認められる。モンシロチョウのステージで圧倒的に数が多いのが卵である。産卵期が短く、一月あまりの期間で発生を繰り返せばグラフは山と谷ができるはずだ。表では羽化するところのセルを黄色に塗った。
ここでは5化する幼虫すべてがコマユバチの寄生の対象になるとした。表では、寄生されるところはピンクと赤で塗ったセルで示してある。春一番の幼虫は寄生率が小さい実感があるので、パラメータは0.3(10日で半減する上に3割がコマユバチに寄生される)としてけっこう生き残らせた。夏の4回は寄生によって95%が脱落することになる。コマユバチ成虫の活動期間をそれぞれ30日としてある。表では、セルを赤で塗ってその期間を示した。
けっこうな寄生捕食圧をかけたつもりであるけれど、グラフを見る限りではモンシロチョウもしぶとく生き残るようだ。ただし、冬の終わりの蛹の数は半減しているから、この調子だと数年のうちにどちらかが絶滅することになろう。 それもコマユバチ寄生のパラメータをほんのちょっと動かすだけで回避できる。
ついでにアカボシゴマダラのことにも触れておこう。アカボシゴマダラと競合するのはゴマダラチョウだ。近縁の種であり食草が同じくエノキである。餌の減少、交雑によるゴマダラチョウの絶滅が懸念される。いまのところ危機的状況にはないとのことだが、私は楽観視はできないと考えている。
アカボシゴマダラが現在爆発的に数を増やし分布を拡大しているのは、モンシロチョウとコマユバチのようなスペシャルな天敵関係がないためだと思う。アカボシゴマダラの故郷である中国には病気なり寄生虫なりのスペシャルな天敵がいるのだが、アカボシゴマダラだけが人為的に日本に連れて来られたために、天敵は置いてきぼりになった。そして無敵の天地である神奈川で自由気ままに繁栄しているのだ。
その繁栄は永遠ではあるまい。いずれ彼らは強力な天敵を持つことが確実だ。そのとき懸念されるのは、その天敵が在来近縁種のゴマダラチョウにとっても脅威かもしれないということだ。もしかしたら、その天敵とはゴマダラチョウの天敵かもしれない。いま現在ゴマダラチョウに専門的に寄生する蜂がいたとして、そいつらがアカボシゴマダラに寄生しはじめれば、寄生蜂の数が爆発的に増えることになるだろう。アカボシゴマダラの爆発的増殖には歯止めがかかるだろうが、まわりまわってゴマダラチョウへの寄生圧も高まるだろう。もちろん、現在中国に生息しているかもしれないアカボシゴマダラの寄生虫が上陸すればゴマダラチョウを圧迫するおそれがある。こちらのほうがより恐いと思う。
2014年8月15日記す