ファーブルの夜盗蛾


昆虫記には夜盗蛾を専門に狩るジガバチについて記載がある。残念ながら私はジガバチが夜盗蛾を捕まえるところを見たことがない。ファーブルによれば、夜盗蛾の幼虫は昼間は土の中にもぐって息をひそめているのに、ジガバチはうまく地上から地下のいもむしを見つけ出して捕まえるらしい。ジガバチは盛んに触角を振りながら地面を歩きまわり、夜盗蛾の潜んでいるところを的確に探しあてる。蜂があきらめてしまった場合、ファーブルがより深く地面を掘ると必ず蛾が見つかったという。ここ掘れワンワン状態だ。

ファーブルが疑問に思ったのは「どうやってジガバチが夜盗蛾のいもむしを探し当てているか」だ。彼は人間の五感ではいもむしを見つけることは絶対に不可能だという。夜盗蛾のいもむしは片っ端から地面を掘ってもそう簡単に見つかるものではく、ジガバチは何らかの確信があって地面を掘りはじめるらしい。その確信をどうやって得るか?

ファーブルはいもむしの臭いを嗅いでみる。無臭である。臭いではないと結論する。また、いもむしは昼間は死んでいるように眠っているから、音や振動でもないという。結局彼にはジガバチの能力は見当もつかなかったのである。

じっさい、虫や鳥や魚やらその他もろもろは第6の感覚を持っている。いろいろな種が人間ではビビッドに知覚できない世界を持っている。定期的に長距離を渡る鳥。生まれた場所に帰ってくるサケ。我々は機械の助けを得て、ようやく彼らの住む4次元の世界をおぼろげに掴むことができるようになってきた。

ファーブルはコウモリのエコロケーションを知らなかった。ジガバチの不思議さを解説するときに、盲目のコウモリが障害物を避けて飛ぶことの神秘を引用している。当時は昆虫の触角が臭いを検知する器官らしいと、ようやくいわれ始めたころだ。ジガバチを見ているときのファーブルは触角=鼻説に批判的であった。電子顕微鏡がなかった時代、昆虫の触角がどれほど複雑で精巧であるか知る方法はなかった。昆虫の触角が微気象の風の流れを利用して上手に臭いの分子を集め、嗅ぎ分けていることなど想像だにできなかったのだ。

私はファーブルから1世紀おくれで生きている。この100年の間に明らかになった知識は昆虫に関するものだけでも無尽蔵といっていい。しかしながら、そうした宝をもってしてもファーブル並みのインスピレーションは得られそうもない。まったく情けないことだ。

ファーブルの良く利く鼻は、ジガバチの触角の動きに重大な秘密を嗅ぎ取っていた。天才の直感はコウモリとの類似を無意識に感じとっていた。彼がコウモリは自ら超音波を発し、反射してきた音を「見て」飛んでいることを知っていたら、どうしただろう。昆虫の触角が特定の臭いにすばらしくよく利く鼻だと知っていたら、ジガバチに対してもなんらかの実験をしただろう。

「勝手な妄想を膨らませて、わざわざ真理を見る目を曇らせるヤツ」とファーブルに叱られることを覚悟で言うが、私はいまジガバチは超音波探知機を使っているという妄想を膨らませている。コウモリや潜水艦や婦人科医が使うあれだ。ジガバチの類は、泥だんごを作るとき、穴を掘るとき、歩き回るとき、定期的に「ジッジッ」という鋭い音をたてる。体のどこを使うともなく出す音だ。1秒に500コマという超ハイスピードのビデオで撮った画像でもあの音の発生源は見えない。おそらく、翅を動かす筋肉を翅との連結を切って振動させているのであろう。蜂類が温度調節などでよくやる手だ。

で、その「ジッジッ」という振動は空気だけでなく地面も伝わるはずだ。地面にもぐった振動は、異相面で反射したり屈折したりする。その反射は6本の足と触角というアンテナで検知できるはずだ。そのデータを解析すれば、地面の下に柔らかい物体、すなわち夜盗蛾のいもむしが潜んでいることもわかるはずだ。音ではなく、臭いを頼りにしている可能性もある。人間の鼻と虫の鼻は性能がちがう。ジガバチは蛾の出す微弱な臭いを触角で感知していると仮定するのが素直かもしれない。超音波ソナー説は根拠ない空想である。


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