たまたま見聞録
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2017.1.2(月)晴れ 境川のジョロウグモ

ジョロウグモ

ウィリエールで境川に出て上ハン犬走りの練習。今日は弱い北風がベースで日中は海風も入った。向かい風練習をするには不向きで、きれいに走ることを重点的に注意した。ギアは42×14Tの3倍ベース。上ハン犬走りは引き足を重点的に使い、速度は31km/hぐらいになる。

境川では自転車で走っているだけでは虫が見つからない季節になってきた。チョウが飛ばない。カマキリが出歩かない。アクティブに探し回ってやっと虫が見つかる。それほど苦労しなくても見つかるのが写真のジョロウグモ。鷺舞橋の茂みはジョロウグモが多数生息している。今日は年越しジョロウグモが2頭見つかった。例年よりも少ないかもしれない。

しばらく犬走りの練習をやってなかったものだから2時間ぐらいは調子が出ない。腕に力が入らずぎくしゃくしてしまう。意識して右、左と重点的に修正していくと良い感じが戻ってくる。全身に力がみなぎりいいリズムが刻めるとものすごく速く走れるような気になる。たぶん平地だからだ。


2017.1.4(水)晴れ ないことの記録

湧水地

今日もウィリエールで境川に出て上ハン犬走りの練習。11時ごろの遅いスタートになった。海風だろうか、境川はけっこうな南風が吹いていた。その風を使っていろいろ工夫してみた。全身に力を入れているようで、いつの間にか左手が休んでいたりするから油断はできない。股関節を大きく動かして脚全体を後ろの方にもっていく感じが大切だと気付く。

写真は遊水地公園の湧水。殺風景が写っている。青く澄んだ湧き水にはオオカワヂシャが芽吹く。冬でも薄緑のその草体が見られた年もあったが今年は見つからない。去年の夏から秋にかけてはミゾソバの生育がよくて、湧水口を覆い隠すぐらいだった。オオカワヂシャの幼体がないのは日影になっていたせいだろうか。こうした「ないこと」もおいおい記録しておかないとのちのち後悔することがありそうだ。

ついでに写真左のほうに黒々と写っている塊は魚。おそらくフナの群れだ。ここはサギの餌場になっている。岸辺を避けて集まっているのだろうか。もしくは暖かい日差しが欲しいのだろうか。

一方、本流のほうのオオカワヂシャは、宮久保橋上の堰堤のものが順調な生育を見せている。だらんと伸びて30cmほどになった草体が速い流れのなかで揺れている。道路から認められる個体数も増えている。去年の11月27日に見つけたオオカワヂシャのほうは姿が見えなくなって久しい。原因は不明。このひと月の間には大きな増水がなかった。横浜市水防災情報のページによれば、1m程度が2度あっただけである。水底には冬らしくユレモみたいなきれいとはいえない細いもやもやがはびこっている。石に活着しているはずのヤナギゴケは道路からは確認できない。オオカワヂシャは本流深いところでは冬期の生育が難しいのかもしれない。


2017.1.5(木)晴れ 落合川

ギシギシ

ウィリエールで東京の落合川に行ってきた。かなりつらいサイクリングになってしまうけれど落合川は定期的に見ておきたい。落合川は湧水河川だ。東京には湧水河川は少なくない。しかしながら人の手が入りすぎて息も絶え絶えのものばかりだ。落合川は水量豊富で抜群に見所がある。

見所っていうのは写真のような状況だ。ギシギシ(もしくはスイバ)が水中で生育している。沈水型のギシギシは極めて珍しいものだ。さらに沈水ギシギシの横にはイネ科らしい雑草が沈んでいる。落合川ではイネ科の沈水草は珍しくないものの、こいつは花穂をつけているようだ。ほかのものとは少しちがう事情があるのだろうか。

一方、ギシギシ(もしくはスイバ)は根だけが水没する環境は得意のようである。落合川でもこのように岸辺の泥に根ざしているものはたくさんある。

この場所の水底には特徴がある。砂礫質で大きめの岩石が転がりヤナギゴケが活着しているのだ。これまでの観察例からの印象で、水中ギシギシは水底の何かに種がひっかかって芽吹いたものが幸運に恵まれて成長するものだと考えている。水草が繁茂しすぎている場所では見つからない。たとえ湧水河川でも礫ばかりの所では見つからない。落合川の礫ばかりの河床ではミズハコベが根付いて成長している。この場所では砂礫とヤナギゴケがポイントになったのではないだろうか。

落合川にはギシギシと同じタデ科のヤナギタデも多い。以前に来たときと同じ場所でたくさん見つけることができた。念のために少しかじってみればやはりヤナギタデだった。

カワセミがいた。写真撮影用に止まり木が設けてある。背景がすっきり処理できて撮りやすいポイントだ。2分ほど見ていると魚かザリガニのようなものを捕まえて食べた。カワセミは珍しいものではないが、落合川とか境川みたいな河川ではどこでどうやって巣作りをするのかが気になる。


2017.1.6(金)晴れ オオカワヂシャ再発見

オオカワヂシャ

あまり気は進まないのだが、クリートの靴で川べりまで降りることにした。しばらく見つからなかった境川本流上和田中学前のオオカワヂシャを見つけたからだ。

観察不行き届きの反省の意味もある。ちゃんと写真で記録しておく必要がある。近寄って探せば4株が見つかった。いずれも小さいものだ。11月に発見してからぜんぜん成長している感じがしない。

この写真のものは再発見ではない。浅いところにあるけっこう大きな個体だ。自転車で走りながらの通りすがり観察とはいえ、いくらなんでも1か月も見過ごすことはあるまい。きっと12月以降に成長したものだ。いつの間にやってきたのだろう。

この1本だけでもさまざまな謎がある。まず第一にこいつが根を下ろしているのは岩石(あるいはコンクリート)である。浅いから光はよく受けることができるとはいえ根張りには不向きだ。なぜあえてここに? 割れ目でもあるのか。

さらに写真上の方にある草。こいつがよくわからない。この葉の形をしている水草を私は知らない。いったい何者なのだろう。なんでここにこんなのものが。わざわざオオカワヂシャと肩寄せ合うように沈んでいるところがミステリアスである。水草でなければ近々オオカワヂシャを残して流失するだろう。


2017.1.7(土)晴れ 目標は降りないこと

この冬はこのまま春になるんじゃないかと心配したほど暖かかった。さすがに小寒とあってこの冬一番の寒気がやってきた。朝には庭のスイレン鉢がはじめて結氷した。

寒いけれど今日は半原越だとウィリエールで出かけていく。天気はよくて風もゆるい。日影の谷戸に開かれた田んぼは白々と霜が融け残っている。荻野川に沿って走りながら今日はだめだとあきらめた。だめっていうのは体のことだ。全然力が湧いてこない。しばらく走りすぎて回復が追いついていない。体と相談して、半原越の目標は「降りずに走りきること」になってしまった。これほどの無力は久しぶりだ。

ラップタイム目標km/hbpmrpmW
区間16'11"6'11"+9811.413163138
区間213'11"7'00"+11610.114460147
区間319'48"6'37"+9210.914560146
区間427'55"8'07"+1098.915358160
全 体+41510.214460149

弱っているのは筋肉だ。呼吸はぜんぜん苦しくないのに力が湧いて来ない。半原越の区間4で心拍数150bpmなんて、何かのまちがいじゃないかと思いたくなる。どれほど押さえて走ってもいつの間にか170bpmぐらいになってしまうのが常だった。衰えはもう隠しきれない。目標が「歩いてもいいから上まで行くこと」になる日はそう遠くないような気がする。

帰宅して庭のスイレン鉢を見れば氷は解けている。水が濁っているのは鳥のせいだろう。ヒヨドリなんかがよく水浴びをしている。クロナガアリも巣外で活動していた。


2017.1.9(月)くもりのち晴れ ギシギシ(スイバ)

ギシギシ

ギシギシ(スイバ)は気になっている雑草だ。形が独特でよく目立つ。田畑の脇に多い。湿っぽくて日が良く当たる肥沃な場所が好きなようである。体は強健でベニシジミなど様々な虫のよすがになる。子どもの頃にはよい遊び相手でもあった。かじれば少し酸っぱい。

最近また気にしているのは、20年ほど前に愛媛県八幡浜市の水路でアマゾンソードのような水中葉を見つけたからだ。それらしい場所があればなんとはなしに注意している。

写真はオオカワヂシャの沈水型がある上和田中学校前の境川。鉄板の護岸に隙間があるのか、ギシギシ(スイバ)が根付いている。こうした光景は珍しいものではない。根張りは強く多少の増水には耐えるはずで、この個体をしばらく見ていればなにか気づくことがあるかもしれない。一株の寿命は数年あるはずだ。

航空写真

5日に落合川で見つけた沈水ギシギシ(スイバ)は少しばかり特異な場所に生えていた。グーグルアースから切り出したこの写真中央で落合川と合流する支流である。支流とはいえ見える距離は30mほどしかない。水源は暗渠の中にある湧水らしい。流域面積は推定100m2で生活排水、雨水などの流入はなさそうだ。水量は豊富で水深も流速も水温も安定しているはずだ。

これまでギシギシ(スイバ)の沈水型を見つけた所は、いずれもこうした場所であった。湧水河川で、水深は20〜50cmほど。流速はそれなりにあって、周辺に水草がなくすこし開けている場所だった。


2017.1.9(月)くもりのち晴れ カエルのミステリー

ヌマガエル

なんだか今日はやれそうだとナカガワで境川。自転車というのは面白いものだ。根拠なく昨日よりずっと速く走れるような気がする。必ず速く走る秘訣があるはずとの疑念がぬぐい去れない。

走り出したらやっぱりこんなものかとがっかりするのもいつものことだ。自分の実力なんてとっくの昔に思い知らされているはずなのに。

この冬最強の寒波とのことでけっこう風が強くて冷たい。向かい風練習にはもってこいだ。もう少し気温が高ければもっとありがたい。Edge500がケイデンスを2倍で表示していることにふと気づいた。1倍でやってもらえないと困る。直す方法が見つからない。

上和田中学校前のオオカワヂシャは健在だ。いっしょにあるセリみたいなのも健在だが、心なしか弱っているようにも見える。

路面にひからびたカエルの死体が落ちていた。ヌマガエルみたいだ。反射的にモズの仕業だと思った。はやにえにしていたものが何らかの事情で道路に転がったものだろうか。ところが拾い上げてみると無傷だ。となるとモズの仕業ではない。他の捕食者によるものでもなさそうだ。交通事故でもないだろう。どうして真冬の道路にカエルの死体がひからびて転がっているのか、ちょいとしたミステリーである。


2017.1.21(土)快晴 生育順調

オオカワヂシャ

ナカガワで境川。走り出してすぐに春の近いことを感じた。快晴の空から日ががんがんあたる。走り出しは南向きで強い北風のせいで無風状態になり正面から日を受けるとぽかぽか陽気だ。12月だと同じ風でもこうはいかない。大寒ともなれば日差しの力強さは戻ってくるものだ。

ひとまず境川のオオカワヂシャはチェックしておかなければならない。写真は例の宮久保橋堰堤のもの。遠目からもはっきりとその成長具合が確認できる。個体数も増えている。冬の川とはいえ一日中日がまともに当たる場所でもあり、オオカワヂシャの生育には好環境なのだろう。

北寄りの風は強いところで時速40kmぐらい。風速でいうと10mほどだろう。それを利用して上ハン犬走りの練習。半原越には上ハン犬走りが最高のやり方だと確信している。どこまで磨き上げられるかが勝負だ。

トルクをかけないときはうまくいっているようでも、風に対抗して強く踏み込むと体がばらばらになっている。腕を意識すれば脚が疎かになり、脚を意識すると腕が疎かになるといった案配だ。意識せずに無駄なく力強く走れるようにならなければならない。いまでもしっくり来ているときはある。もしかしたら上ハン犬走りよりも高効率な走り方があるのかもしれないけれど、ひとまずは上ハン犬走りを磨き込もう。もし先があるとしても、きっと磨き込んではじめて見えてくるものだろう。

向かい風のとき速度は23〜25km/h、ケイデンスは75〜80rpm、心拍数は170〜180bpm。


2017.1.22(日)快晴 左手練習

気温は昨日よりも高い。風は一転して南風。引き続きナカガワで境川。日曜午前は境川。やっぱり上ハン犬走りの練習。

南向きの向かい風ではフロントインナーを使うのがいい。38×16か38×15。ちょっとインナーギアが小さすぎるかなとも思う。アウターでも同様のギア比は作れるのだが、うっかりチェーンの整備を忘れてしまい、後ろの大きめのギアに架けるとしゃらしゃらうるさいのだった。

ついついどこかが疎かになるのが昨日の反省。いっぺんに改善するのは難しく今日は左手にこだわってみることにした。どうやら一番さぼるのが左手らしい。そこに気づき何を置いても左手だけはしっかりするように気をつけた。

上ハンを握ることはそれほど簡単な技ではない。しっかり握り続けるのは逆効果でもある。左足を踏むときには左手は引いて、左足を引くときには左手を押す。この動作を足と手だけでなく、腕肩背中腰太もも足と連携させるのが上ハン犬走りの極意だ。

3時間ばかりやって、しっかり注意しているつもりでも左手はけっこうさぼっていることに気づく。こんな動作でもけっこう難しいものだ。

9日に見つけたカエルの死体は昨日も今日も境川のアスファルト上にあった。それなりに道路の端によってはいるものの何度も轢かれたものとみえて紙のように薄くなっていた。轢いた自転車はきっと轢いたことに気づいていない。路面の虫に細心の注意を払っている自転車はこの15年ばかり見たことがない。真冬で二次被害はないだろうけど、ひとまず拾って投げておいた。


2017.1.28(土)晴れ 新春の芽生え

湧水の芽生え

すでに満開になっている梅がある。シジュウカラが元気にツピーツピーと鳴いている。音声でも春を感じる日だ。風が弱いから楽をしようと30km/h巡航の練習に境川。ナカガワで出かける。

上和田中学校前の境川を走りながら見下ろせば、ライトグリーンのオオカワヂシャが5つばかり見つかった。このひと月で増えている。真冬でも芽吹いてそれなりに成長するらしい。

念のためにと遊水地の湧水を鷺舞橋からチェックするとオオカワヂシャらしい芽が2つ見つかった。葉はまだ4枚ほどしかない。これなら他にもあるだろうと入念に見渡して発見したのが今日の写真。芽生えが無数にある。どうやらまだ双葉で、草の種類はぜんぜんわからない。この植物が何なのかが楽しみだ。

ナカガワのリアは14〜27Tにしている。これが万能だと信じていたが、もう一枚重いギアが欲しくなった。13〜27Tだと18Tを抜くことになる。ただしフロントインナー38Tならリアを14Tにすれば代用できる。48×18Tが欲しくなるようだとインナーを使えばいいんじゃないだろうか。


2017.1.29(日)晴れ 寄生虫

寄生虫あるいは内部捕食虫のことを考えてかれこれ10年以上になった。くやしいことに寄生虫とはそもそも何者なのかということがわからない。クロアナバチやハリガネムシはどうしても奇跡的な存在に思える。親しい虫でよく目にする存在であるのに、その生態を獲得することは不可能に見える。妄想レベルですら考察の糸口が掴めないのだ。

寄生虫たちの複雑怪奇な生活は、目的、理由、原因、結果、可能性、合理性などという人間臭いものの考え方に照らせば一応の説明はつく。ただそれは、不可思議の説明に宇宙人や神を持ち出すに等しい。そんなものでは到底満足できるものではない。

寄生虫はけっして珍しいものでも進化の袋小路に迷い込んでしまったものでもない。とても一般的で普通の生き様である。ある特定の天才的な種によって発明された生態でもない。どうみても歴史上何度も、いろいろな虫によって発明され開発されているはずの生き方なのだ。奇跡的な世渡りの方法が何で一般なのだろう。こんなに普遍のものなら単純な原理が見いだされるはすだ。

尊敬してやまないファーブルはジガバチの進化は不可能だと結論した。彼にとってジガバチの行動原理は本能としか言いようがない不可知なものであった。獲物を殺さずに的確に針を刺してマヒさせる方法、芋虫を殺さずに喰い尽くしていくその繊細な方法。あまりにも細い糸の上を歩くその綱渡り人生が、行き当たりばったりの適応の結果と信じることができなかった。

けれども私は彼らのしちめんどくさい生態にはシンプルで思いも寄らぬ原理が働いているはずだと直感している。それがわからないのは私がヒトだからだ。

思うに虫の行動に猜疑なく接することができるのは、共通の心持ちを見いだせる場合である。クロアナバチがヤブガラシの蜜を舐めることは完全に理解できる。花の蜜は私にとっても良い香りがする甘い食品だからだ。クロアナバチが一心不乱に蜜を舐めておればそれは腹を満たし活動のエネルギーを得る行動だと理解できる。

しかしながら、少し考えれば生まれながらに知っている良い香りや甘みなどというものだって、その本性は我々自身にとって不可解だということが判明する。蜜をなめることに疑念が生じないのは単純に虫とヒトの共通性ゆえのものに過ぎない。寄生虫の奇怪な生態も認知があり認知に基づいた行動であるはずだ。認知さえ共有できればその行動を疑問なく理解できる。

私は寄生虫たちからは余りに遠く離れすぎてしまって彼らのことがわからないのだ。クロアナバチやハリガネムシに綱渡り人生の秘技について問いかけることができたとしても、そんなのことは当たり前だからという答えしか返って来ないだろう。彼らにとっては何事も花の蜜を舐める程度のことだからだ。

ただわからないなりに言えることは、寄生虫たちを括るメカニズムはきっとものすごくシンプルなアルゴリズムだということだ。考え抜いたある日ふと得られた着想によって謎が一気に解けるかもしれない。できなくともそれは畢竟数学化学物理の記号で記述できるはずのものである。


2017.1.30(月)晴れ ケセランパサラン

雨

今日は自転車に乗る予定ではなかったのに気がつけばナカガワで半原越へ。あまりの暖かさに誘われたのだろう。荻野川を走っていると黄色いチョウが飛んでいる。翅の模様からすればキチョウではなくモンキチョウだ。晩秋の生き残りか、はたまた羽化してきたものか。いくらなんでも羽化には早すぎる。距離が遠くて翅の痛み具合はわからない。

写真はいわゆる天気雨。清川村の手前で晴れ積雲からぱらぱらと雨粒が落ちてきた。日の射す中の雨滴をみると気が騒ぐ。

半原越はムキにならずに軽く走ってすぐに帰ろうと思っていた。38×27Tだけを使ってしんどくない程度に走るつもりが、けっこう辛い目にあってしまった。呼吸がいっぱいになったわけではなく筋肉から力が湧いてこない。こういう日が多くなっている昨今だ。

ラップタイム目標km/hbpmrpmW
区間15'47"5'47"+7412.114668149
区間211'59"6'12"+6811.416465168
区間318'05"6'06"+6111.816666160
区間425'36"7'31"+739.617354173
全 体+27611.116363163

なんとなく頂上まで行って、二連橋まで降りてきてケセランパサランを撮影。登っている途中で見つけたものだ。

登りで見かけたときはアメリカオニアザミあたりかと思っていた。しかしよく見れば色つやの良さも種のサイズもアメリカオニアザミとは全然違う。さてどこから来たものかと周辺を探れば螺旋に巻いたマメのサヤのようなものがたくさん落ちていた。どうやら以前庭に植えていたのと同族のものが生えているらしい。ご本尊らしいものはすぐに見当がついた。変哲もない葉をつけた植物が杉に巻き付くように育っている。常緑らしく葉はつややかで真冬に生気を保っている。花か種がつく季節にもう一度観察すればはっきりするだろう。

一方、このケセランパサランが妖怪なのか草の種なのかは、この出会いがターニングポイントになるかどうかで判断できる。周辺状況からみて草の種であっても一生を左右するような出会いであれば、それは妖怪が種に擬態しているものなのだ。

軽そうな種を見て、私はもういっぺん軽く登ってみる気になった。さて体の重さだけで走ればどうなるだろう。これまで半原越ではやったことのない走り方だ。

38×27Tのギアでは斜度にして10%あたりだと全く進めない。5km/hから落ちると体重をかけるだけではバランスが保てない。押すか引くか立つかしないと無理だ。軽いギアを使っても同様だろうか。ハーフの時間としては16分30秒もかかってしまい、てんではなしにならない。ただし、登りでこのやりかたに習熟しておくことは無駄にはならないという予感はした。


2017.2.4(土)晴れ 立春

南の風が吹いて暖かい立春になった。

ナカガワで半原越。今日は38×24Tと38×27Tを使ってみた。区間4で回そうとするなら38×27Tよりも軽いギアが必要になる。ただ回すだけではしょうもない。むしろ38×24Tを使って回しきれないところは立ちこぎをつかったほうが効率はよいと思う。フリクションのレバーでリアをシフトさせることも難しくはない。やっぱりこれでいいのだと思う。

半原越はまだ冬の殺風景が広がっているけれど、太陽は力強く無風で走っていると暑いぐらいだ。また春を迎えたことを素直に喜びたい。

タイムラップ目標km/hbpmrpmW
区間14'47"+1414.716173185
区間25'33"4'47"+2912.817767189
区間35'31"10'20"+2613.117766179
区間46'59"15'51"+4110.317958187
全 体22'50"+11012.516365185

神奈川の大河、相模川右岸の自転車道が整備されていると聞いて帰りに寄ってみた。大きな自動車道路を作るついでに整備されたのだろう。座架依橋から下流のほうを走ってみた。残念ながらかつての右岸以上の面白みはなかった。相模川の下流のほうは工業地帯であり、川岸は整備状況は悪い。クズやアレチウリに代表されるツルとササの楽園になっている。そのカオスはちょっと好きだ。


2017.2.5(日)晴れのちくもりのち雨 新しい生育場所

オオカワヂシャ

オオカワヂシャの新しい生育場所を見つけた。新道大橋の少し下流だ。これまで見過ごしていたところである。道路から見渡せば10個以上が見つかる。そのサイズから見ても最近になって生えてきたことは疑いがない。さいわいアプローチの容易なところであり、クリートの靴で降りていって手を伸ばせば水中の様子が簡単に撮影できた。

その環境はというと特にどってことない。水深はやや浅く流れは速くなっている。水底はコンクリートブロックと岩だ。そこにヤナギゴケが活着している。付近に堰堤はない。境川ではどこにでもあるような環境だ。

上和田中学前のオオカワヂシャの生育は順調だ。古い株は大きく成長し新しい小さな株もぽつぽつ見えている。やはり冬の間に芽が成長し春にかけて成長を続けるらしい。

堰堤のオオカワヂシャも成長はよい。ただ大きくなれば根ばりが水圧に負けて流されてしまうだろう。地面にしっかり根を下ろしているわけではないからだ。

オオカワヂシャ

この写真のオオカワヂシャには少し驚かされた。いきなり現れた大株だからだ。場所は上和田中学の下流で、油断して見過ごしていた場所ではあるけれど、これほどの大株に気づかないはずがない。

いったい何事かと近づいて手に取ってみれば浮き草である。岸に引き上げて見ればどうやら根が抜けてしまった株が流れ着いていたもようだ。完全に根は岸から離れていた。水中葉は少ないように見えるから、もともと鉄板の水面ぎりぎりに育っていたものだろう。そういう個体なら上和田中学前でいくつか心当たりがある。


2017.2.6(月)晴れ 鉄板のギシギシ

昨日は書き忘れたが、水の温かさが印象的だった。新道大橋下流にある水中オオカワヂシャを撮影すべくTG-1を沈めると、手に当たる水の感触は温いといって過言ないぐらいだった。雨の中のサイクリングで指先は冷え切っていたことを差し引いてもかなりの水温だったことは間違いない。15℃ぐらいはあったろうか。上和田中前よりも温かかった気がする。水温を測っておいたほうがいいようだ。

ギシギシ

この写真はマイフェバリットのギシギシである。境川サイクリングロードから上和田中学に渡る小さな橋から見下ろして撮った。一見して半水中ギシギシであるが、私はだまされない。こいつは昨日の初見であるからだ。

もし半水中ギシギシが上和田中学校前にあるのならそれを見過ごしてきたわけがないのだ。そう断言するぐらいの矜持はある。なにしろこいつの50mほど上流にあるギシギシを1月9日に撮って継続観察しているほどだ。

ではこいつは何者でなぜここにいるのだろう。それを確かめなければならない。クリートの靴で降りていくのは厳しいところだけど、後回しにすると絶対に後悔する。動植物相手の遊びで「後でいいや・・・」とうっちゃって、ホントに後でよかったことがない。近づいて調べてみることにした。

護岸のコンクリートに寝そべって手を伸ばし、ギシギシを掴んで驚いた。なんとそいつは浮き草だったのだ。とにかく引き上げて何が起きたのかを詳細に調べることにした。ちなみにこのギシギシにはおびただしい数のエビがついていた。そういえば上和田中前にはコイがいないような・・・もしかしてコイはオオカワヂシャの芽を食ってしまうのか? 一つの仮説ができた。

ギシギシ

葉には藻が付いていないが、根には付近に多い褐色の藻がたくさんついている。ということは葉はずっと空中にあり、根は水中にあったことになる。地中のものが抜けて流されたわけではないのだ。ついでにこいつがスイバではないことも明らかになった。

ギシギシがこういう残念な状況に陥りそうな例は心当たりがある。1月9日に撮ったような場合だ。ただし、9日のものはまだ鉄板に付いている。

ギシギシ

付近を探せば鉄板のギシギシはすぐに見つかった。こちらの個体は生育状況がよく見える。鉄板の隙間に根をおろし定着しているものの、鉄板の奥には根を伸ばして行く隙間がないようである。根は鉄板を離れて空中を下に伸び境川本流に到達した。かくて水栽培ギシギシとして順調な生育をみせているのだ。9日のものも根が撮影しづらいだけで同様だった。

富栄養の水が飲み放題のこの環境はそれなりに快適かもしれないが、いかにも危うい。いつか鉄板からはがれてしまう心配はつきまとう。体が重くなったり流れが強くなったり、コイに引っ張られたりすれば一巻の終わりだ。

今回引き上げたギシギシを境川に放ると浮き草としてゆったりと流れていった。ギシギシはおそらく浮き草としても生きて行かれる。もしかしたら下流の浅瀬にひっかかって第二のふるさとで余生を送れるかもしれない。


2017.2.8(火)晴れ ナカガワとウィリエール

ナカガワ

ナカガワとウィリエールを横から撮影して合成してみた。ひずみが大きいTG-1での簡易な撮影で正確ではないが両車の違いはちゃんと出ている。

スケルトンでのホイールベース、フロントセンター、BBハイトはほぼ同じで、写真でも一致した。

フレーム設計上の一番大きな違いはシートチューブの長さと角度だ。ナカガワはちょっと長く、少しばかり寝かせている。数字でいえば540mm、74°だ。ウィリエールよりも4センチ高く1センチ後ろになる。

ナカガワはホリゾンタルフレームで、シートチューブを長くすればそれだけサドルとハンドルの落差が小さくなる。25年以上前の設計した当時はそれほどハンドルを低くする必要を感じていなかった。サドルの高さとハンドルの高さが見栄えいいようにシートチューブの長さを決めた。

今となって当時よりハンドルが低いほうが乗りやすく感じているからハンドルを目一杯まで下げている。それでも2センチぐらいウィリエールよりも高い。ちなみに下ハンの高さはナカガワぐらいで十分低いので、ウィリエールのハンドルバーは浅曲がりのものにしている。 自転車はサドルの高さ角度がしっかり決まっていれば、ハンドルの位置はそれほど気になるものではない。ブラケットの角度も含めて握り方次第でどうとでもなる。

この両車はBB下がり、フロントセンター、フォークの角度などの乗り味にかかわるスケルトンはほぼ同じだ。サドル、ハンドル、ペダルの位置や角度などのセッティングもほぼ一致している。したがって乗り味は素材等の違いになると予想されるが、その違いをほとんど感じない。鉄とアルミニウムのフレームで材質と重量には大差がある。そういうものは誤差みたいなものだ。


2017.2.11(土)晴れ 岸辺のオオカワヂシャ

オオカワヂシャ

正直なところ積雪は予想してなかった。半原越はあきらめて境川へ。ウィリエールで出かける。

境川の水中オオカワヂシャの新たな生息地を見つけ、他の場所での動向にも注意を払っている。遊水地公園下流のコンクリートの割れ目のものはどんどん大きくなる。今日の写真は新道大橋の生息地のやや下流にある岸辺のコンクリートブロックに根を下ろしているもの。ぐんと大きくなってひと抱えほどにもなっている。この場所はメリケンガヤツリとかアレチハナガサとかオオカワヂシャとか、図体がでかい外来雑草の天下だ。

自転車は回す練習。ブラケットを軽く持って手はペダリングの反動を調整する感じの押し引き。風はそれほど強くなくてギアは終始3倍。前足で踏んだり体重を支えたりすると引き足が遅れてエネルギーロスが大きくなるようだ。


2017.2.12(日)晴れ チネリとウィリエール

チネリ

恒例の境川へ。チネリで出かける。今日は北寄りの風。日本海側に大雪をもたらした風ではあるけれど境川ではゆるい。サイクリングロードに出ればお年寄りが多かった。ウォーキングイベントが行われているようだ。こうなると自転車どころではないので、境川を通り引地川に出て134号線へ。

134号は35〜40km/h、90rpmで走る。ゆっくり走れる道路ではなくしかたなくの巡航練習。こういうのも力を出す感じがつかめていいかなと思った。

写真はチネリとウィリエールの合成。チネリとウィリエールもぴったり重なる。だのに両車の感じはずいぶん違う。チネリはじゃじゃ馬っぽいところがある。とくに低速だとハンドルが重くて思うように走ってくれない。35km/hを越えるあたりからは挙動が素直になり気を使わずにまっすぐ走り、曲がりたいと思う前に曲がっている。チネリはたまに乗ると慣れるまでに時間がかかる。写真にもあるとおりスケルトンは同じようなものだ。強いて挙げればリアセンターが10mmほど短くBB下がりが気持ち大きいだけだ。自転車というのは面白いものだ。


2017.2.18(土)晴れのちくもり ハコベも謎の草

ハコベ

ウィリエールで半原越に向かう。途中に荻野川がある。荻野川の堰堤にも謎の草がいっぱいあってちょくちょく見物している。写真は新参者の謎の草。

古いコンクリートの堰堤にひとかたまりの草が育っている。遠目にはクレソンだと思ったが葉の感じがちょっと違う。こいつは確かめる必要があろうと岸を降りて見れば、それはなんとハコベであった。花も咲いていたから間違いない。これで一株なんだろうか。ひと抱えほどにも大きく育ち、葉も大きい。

清川村のいつもの棚田はまだまだ殺風景だ。オオイヌノフグリが小さなアクセントをつけている。今年は暖冬でオオイヌノフグリやハコベ、タネツケバナなどの早春を彩る花は絶えなかった。

半原越も殺風景。ずいぶんと木の枝が路面に散乱している。どうやら昨日の春一番は半原越でも強かったようだ。緑深い杉の枝が多く黄色い花粉満載の花も落ちていた。今日はフロントを34Tにしてがんばって登った。半原越をギアチェンジなしで走るとすれば、おそらく34×23Tが最速になるギア比だ。ペダルを360度押しつけるような感じを意識した。

タイムラップ目標km/hbpmrpmW
区間14'51"+1814.516366182
区間25'39"4'51"+3512.517666185
区間35'26"10'30"+2113.318066182
区間46'54"15'56"+3610.418356190
全 体22'50"+11012.517663185

沿線あまりにも春の花が盛りなので、もしやと帰宅して庭を見ればハコベが咲いていた。すでに種がみのりつつある。普通に撮っても面白くないからTG-1に魚露目をつけて撮ってみた。庭の狭い隙間感が出せると思ったのだ。それが出て面白いかというと微妙。タネツケバナも1つだけ初花らしいのが見つかった。そちらも魚露目でと狙ったら痛恨の電池切れ。スーパーマクロD300sの登板だ。


2017.2.19(日)快晴 湧水の新芽

新芽

日曜午前の境川、チネリで出かける。午前中はやや北寄りの東風。午後になると強い南風に変わった。海風が入ってきたのだろうか。そろそろ真冬用の装備が必要なくなる。

練習は回転。52×16Tを使って下ハンと上ハン。なるべく長くペダルに力がかかるような案配を模索している。上半身はリラックスさせつつ、踊るようにリズム良く力を加える。今日はそれとなくいい感じに乗れたように思う。

写真は継続観察の遊水地公園湧き水の新芽。葉が育ってきてオオカワヂシャじゃないかと思われる。ただしこの近くにあるもっと成長がいい冬一番の新芽はクレソンの特徴が出ている。正体がはっきりするまでにひと月ぐらいかかるだろう。

本流に沈んでいるオオカワヂシャはいずれも順調な生育を見せている。宮久保橋から500mばかり上流にある新道大橋の生育地がどうしてできたのかはちょっとした疑問だ。境川本流にオオカワヂシャがまとまって生えることは珍しい。実生で育つにはヤナギゴケのような足がかりが必要らしいところまではわかっている。ただ、そういう足がかりは本流全体にあるはずだ。どうして宮久保橋や新道大橋あたりに限定されるのかが今ひとつ謎だ。

もしかしたら水質に秘密があるのかもしれない。新道大橋の流れに手を入れると予想外に温かかった。川には伏流する水がわき出しているポイントはけっこう多い。子どもの頃、夏場は毎日のように八幡浜市の千丈川の中を魚や虫を追って歩いていた。川底には素足がひんやりするポイントがいくつかあって、そこはどうやら湧水だったようなのだ。


2017.2.21(火)晴れ 根張りについて

オオカワヂシャが最も得意とする生育環境は、根が水に浸って日当たりがよい場所だ。完全に水没した水草として育つのはあまり得意ではない。得意そうでないわりに私が発見している場所ではまとまって生えている。あるところにはそれなりにあるのだ。

水中オオカワヂシャは矢川や落合川など清涼な湧水河川でよく繁茂している。境川の湧水生息地は鷺舞橋の下だ。いまもちょうど新芽が伸びているところだ(と思う)。去年は浮草状になったオオカワヂシャの群落があった場所である。

きれいな水のほうが芽吹いてからの成長も良さそうだが、透明度が高くない富栄養の水(境川本流は汚水処理水がかなり入っている)でも芽吹く。上和田中学前がその典型だ。宮久保橋の堰堤から上和田中学校前にかけての生育環境を見れば、滝のように浅く早い流れでも淀んだ深いところでも成長していることがわかる。新道大橋は境川では並の瀬だ。ということは、可能性としては境川のどんなところでも水草になりそうなオオカワヂシャなのに“水中”オオカワヂシャの生息地は限定されている。どうしてだろう。

オオカワヂシャ

写真のオオカワヂシャは新道大橋と宮久保橋の中間あたりで発見したものだ。おそらく護岸用のコンクリートブロックに根をおろしている。おそらくコンクリートに穴が開いているわけではなく、表面に活着しているコケに根付いているのだと思う。

こんな所で発芽できるのならもっともっと水中オオカワヂシャが見つかっていいんじゃないだろうか。オオカワヂシャの種は境川に無数にあるはずで、何が発芽の制限要因になっているのかが分からない。

もっともこの写真の場所は今でこそ水は淀んでいるのだけど、雨でも降ってちょっと増水すれば簡単に流されてしまうだろう。水に浮いて流されていく水草オオカワヂシャは境川で再三見ている。


2017.2.25(土)晴れ 春一番虫

ミミズ

ウィリエールで半原越。すでに里は花が咲き乱れているけれど半原越の山はまだまだ冬景色だ。

今日は回すことを心がけた。ただし、急斜面は休むことにした。あえて回さずに30km/h巡航でやっている体重だけで走る方法にした。半原越でややきつい10%程度のところは34×23Tで60rpm回すのは難しい。そこで無理をせずに休んでおこうという作戦だ。さらに12%超の激坂になると立ちこぎで休むことにした。

休む乗り方だと速度は10km/hに満たない。タイムは24分ちょっと。わざわざ半原越でこんな楽な練習をすることもないなと一回走ってみて反省した。やはり、全体重をかける乗り方だとスピードに乗れない。休む時間が長すぎる。一瞬でも全体重かけつつ引き足も使うのは私には難しい。クランクの回転の全区間で小さい力を分散させて速やかに回す力とテクと持久力をつけないと速くはなれないのだ。

タイムラップ目標km/hbpmrpmW
区間14'59"-1314.215661179
区間26'00"4'59"+1211.817163170
区間36'04"10'59"+1611.817062166
区間47'07"17'03"-510.217554184
全 体24'10"+1011.817660175

それでハーフは回す練習。傾斜がきつくて回せなくなると割り切って立ちこぎにした。10%で34×23Tの立ちこぎだとそれなりに進む感じがある。

写真は頂上付近でつぶれてのたうっていたミミズ。普段ミミズは見なかったことにしているのだが、今日は自転車を止めて撮らざるをえなかった。密かに早春一番の虫は何かな? と期待していたからだ。年明けまっさきに半原越の路面で見つける虫だ。ウラギンシジミのような越冬蝶かフユシャクのような冬本番組か・・・と予想していたが、ミミズだった。虫の引きが弱くなっているのかな。


2017.2.26(日)晴れ 早春の花

 スミレ

日曜午前の境川。チネリで出かける。新道大橋のオオカワヂシャは要チェックだ。今日は新道大橋の上流でも水中オオカワヂシャを見つけた。かつて境川には珍しい半水中オオカワヂシャがあったところだ。見渡せば簡単に数個体が見つかった。速い瀬の流れに揺られている。場所はやはりなんの変哲もない。春先にこれだけ芽吹いて成長しているところをみれば、境川でも浅瀬で普通にオオカワヂシャは芽吹くと結論できる。それなのに生息場所が限定されるのは一気の増水で流されてしまうからであろう。

少しばかり日曜午前のタスクを見失って134号線を回ってくることにした。風もないので40km/hぐらいで白線走り。平坦だと回しながら体重もかかっているように思えるのに、どうして登りだとうまくいかないのだろう。力を入れなければならないからだろうか。平坦だとマイナスの加速度が小さいので甘やかされるのかもしれない。

いつも休憩している場所で早春の花が盛りだ。オオイヌノフグリ、カタバミ、ナズナ、セイヨウタンポポ、ムラサキケマン、ヒメオドリコソウ。早春の午後の日差しを受けてみなきれいだ。なんとなく接写してみた。

帰宅して庭を見て回ると、スミレが咲いているのに気づいた。昨日はビオラらしいのが咲いていた。そっちは園芸品種の種がアリかなんかに運ばれてきたものだろう。紫のスミレはきっとアメリカあたりからの外来種だ。


2017.3.04(土)くもりのち晴れ 春一番の蝶

もうそろそろ真冬装備はやめようと思っていたのに、朝ずいぶん寒かった。日差しがなくて南よりの風が強い。やっぱり真冬装備のままウィリエールで半原越。

昨夜は巨大地震と巨大竜巻のダブル天変地異にあって絶体絶命になったところで目が覚めた。まだ外は真っ暗という中途半端な時間だ。しばらく寝付けず、目が覚めたのは8時だった。

かなりくたびれている。走り出しても自転車どころではない感じだ。それでもがんばろうと半原越を登る。

タイムラップkm/hbpmrpm
区間15'04"14.015868
区間25'44"5'04"12.317264
区間35'30"10'48"13.017665
区間46'51"16'18"10.618256
全 体23'09"12.317363

半原越の木々はようやく春の花をつけはじめている。荻野川縁で黄色い蝶を見る。強い南風にあおられる感じで一瞬しか目に止まらなかった。キチョウであろうが、モンキチョウという線も捨てきれない。ともあれ、この春一番の蝶は黄色い蝶だった。


2017.3.05(日)晴れ モンシロチョウ

 モンシロチョウ

日曜午前の境川、チネリで出かける。今日は風が弱く日差しもあり、いかにもモンシロチョウが飛びそうな日だ。モンシロチョウはちょうちょのなかのちょうちょ。キングオブちょうちょ。春一番、モンシロチョウとの出会いは胸がときめく。

予想通りモンシロチョウは何匹か見ることができた。春一番蝶は昨日のキチョウだったが、今日はモンシロチョウとモンキチョウを見た。3月5日の初見というのは遅い方だ。サイクリングと天気のタイミングが悪かったのだろう。写真はモンシロチョウ。

せっかくだから写真におさめようと追いかけ回すことにした。春一番のせいかどれも過敏だ。タンポポやナズナにとまる時間が短く、近づくとすぐに飛んで逃げる。なんとかそれらしいカットはこの1枚だけという有様だ。翅の感じはいかにも羽化したてだ。

オオカワヂシャをはじめ境川の水草にも新発見が多かった。大清水橋だと思っていたのがじつは新道大橋だったりしたのはともかく、一番成長のよい上和田中学前のオオカワヂシャが消失していたのには驚いた。いっしょに生えていたお前水草じゃないだろう・・・ってやつのほうが長持ちしているみたいだ。これはたいへん近づいて確かめねばと岸辺に降りた。たしかにマークしていたオオカワヂシャはなくなるは、新規に知らない草が水中で育っているは、ギシギシが水中で芽吹いているは・・・いろいろ発見があいついだ日だった。ひとます気づいたことを早春のオオカワヂシャとしてまとめておいた。


2017.3.06(月)くもりのち雨 野鳥の食害

 ヒヨドリの糞

高鎌橋のところにあるセブンイレブンは境川サイクリングでよく利用するコンビニだ。裏に回って排水路の脇に腰掛けてコンビニコーヒーを飲んだりする。

いつも私が腰掛けるあたりにおびただしい数の糞が落ちていた。鳥の糞らしく植物の種もたくさんある。どうやらセブンイレブンの植木に鳥の群れがとまって糞をしているらしい。

ただ、何を食っているのかがよくわからなかった。ピラサンカなんかが熟れると鳥が群れ食べて糞を落としていくことはある。しかしセブンイレブンの植木はいわゆるレッドロビンというやつで色気もなにもない。実がつかず、虫もイラガがわくぐらいだ。

 ヒヨドリの糞

鳥の糞として種はわかるが、種よりも目立つのがこの緑の糞だ。どうみても雑草を食った鳥の糞だ。鳥がわざわざ葉っぱをこんなに食うものだろうか。そしてあえてセブンイレブンのレッドロビンに集結する意図はなんだろうか?

 ヒヨドリの糞

いろいろな可能性を検討するまでもなく、事件の全容は速やかにわかった。糞を見つけて3分後、鳥の群れが畑に降りて、しきりに葉をつつきはじめた。作物はブロッコリーらしい。もしかして虫がついているのかとも思ったが、鳥たちはあきらかに葉をかじっている。鳥はヒヨドリだ。ヒヨドリなら自宅の窓からカラスウリの葉をかじっているところを撮影したこともある。力任せのやけ食いのような感じで葉をむさぼる。

 ヒヨドリの糞

ブロッコリーの葉はふつう食用にならない。ヒヨドリにとってはごちそうなのだろうか。その目で畑のブロッコリーを見れば、ことごとく食われていることがわかった。ヒヨドリは葉の周辺からかじって食うようだ。植えられている全てのブロッコリーにかじり痕がついている。人が食べる部分ではないにしろそれなりの被害になりそうだ。農家のおじいさんは気づいているだろうが、対策は難しいかもしれない。

ヒヨドリは畑の作物をさんざん食害し、セブンイレブンのレッドロビンで一休みしているようである。10mばかり離れたレッドロビンにはスズメも群れていた。10羽余りがセブンイレブンの屋根とレッドロビンを行きつ戻りつ賑やかにしている。その下にも大量の糞が落ちているが、それは白っぽいものだ。なぜスズメがそこに群れ何を食べているかもちょいとした謎だ。


2017.3.11(土)くもりときどき晴れ 早春の相模川

 相模川

風の便りに相模川のサイクリングロードが整備されていると聞いて、女房と相模川。座架依橋の右岸上流を見てくることにした。期待のサイクリングロードのサの字もなかった。天気が今ひとつで風が少し冷たい。川沿いの歩道はけっして快適とはいえない。

すみやかに右岸の田んぼの中に降りる。これまた殺風景だ。田は冬の荒起こしがされて乾いている。救いは風が弱く砂埃が舞ってないことだ。土の中で無数の生き物が水を待っていることだろう。昭和橋を渡って左岸へ。

去年、女房といっしょにペットにしていたジョロウグモの餌を集めた草むらで一休み。写真は相模川越しの半原越。ちょっと好きな風景だ。河原で一番先に緑になるのはヤナギだ。オオタカらしい猛禽がキジの雄を追っている。キジは鋭く鳴いて枯れ草の中に身を隠した。モズがすぐ近くの枝にとまった。そういえば先週、聞き慣れた鳥の叫び声を聞いたもののなぜかその鳥の名が出てこなかった。3日ほどたってモズの高鳴きだと思い出したのだった。

小さな地味めの蝶がそばの枯れ草にとまった。風に吹き落とされたかのような飛び方だ。いまいち体温が上がっていないのかもしれない。何かな?と近づいてみれば、ベニシジミだった。


2017.3.12(日)晴れ 理不尽

 ブロッコリー畑

おじいさんはブロッコリーの食害に我慢ならなかったらしく、オレンジ色の網を畑全体に張り巡らせた。かなりのコストと労力を注いだことだろう。その方法では網にかかって死ぬ鳥が出る。

殺すほど憎いというわけではないだろう。鳥の方でもブロッコリーの葉なんぞは命がけで食うものではないはずだ。食べ物に困窮する冬の終わりにうまいこと出会ったのがたまたま作物だった。作物を育てているのがたまたま思い入れが強い人だった。

網にかかったヒヨドリはまだ生きている。季節は早春。あと2週間もすれば鳥の食べ物はわんさかと萌えてくる。ブロッコリーの葉なしでもやっていける。さあ夫婦を作って巣をかけようかというときに、網にかかって息絶えるのはいくぶん残念かもしれない。人の活動にともなって起きる理不尽がここにもある。

日曜午前の練習はナカガワで。最近は30km/h巡航に飽き、力も使いたくて134号線を回っている。これまでは力を入れてクランクを回すときに背中に力を入れていた。そこを改め、下腹を意識して腰から太ももの前面を使うようにしている。そのほうが力みに落ち込まず脚がスムーズに回ってくれるようだ。


2017.3.18(土)晴れのちくもり 濃赤

 ムラサキケマン

春が遅い私の庭でも花が咲きはじめている。わりと日当たりがよい東の隙間ではムラサキケマンやヒメオドリコソウが咲いている。ムラサキケマンの花は色鮮やかNo1だ。

半原越はナカガワで。女房に小さなおにぎりを2個作ってもらって背中に入れて出かける。今日は下腹に力を入れることを強く意識して走ることにしている。半原越に入る前に、美登里園の坂とか清川の坂とか、いや、荻野川のへりでも下腹を意識した。手足と違ってちょっと気を抜くとふやけてしまうのが下腹らしい。仕事に直結していない部位だからだろうか。

力を入れるのは良いが力むのはダメだ。下腹に入れる力は無駄のような気がする。下腹で自転車を進めることができないからだ。それは理屈だけのことで、速度計は感覚よりも大きな値を表示している。

半原越にかかってわかるのは下腹にちゃんと力が入っていればフォームが決まること。そしてなによりも力を使っていない気分なのに出力できていること。ただし15分もやってると全く力が入らなくなる。もしかしたら入っているのかもしれないけれど、しびれている感じがある。手足だと限界になれば痛くなる。下腹はちょっと違う感触だ。ともあれ、これをやらなければ絶対に速く走れない気がした。

タイムラップkm/hbpmrpm
区間14'49"14.7-73
区間25'19"4'49"13.3-68
区間35'21"10'08"13.3-64
区間46'53"15'29"10.5-55
全 体22'22"12.8-64

樹木はいま春先の花盛りだ。ハンノキ、キブシの花はひらひらしていない。ぼってりして重量感たっぷりだ。フサザクラもぽってりタイプだ。半原越は谷筋を巻く道だからかフサザクラが多い。その深い赤は冬枯れの林の中でよく目立つ。庭のムラサキケマンといいフサザクラといい、どうも濃い赤花に心ひかれるみたいだ。

昼飯は半原越の途中の草むらに腰掛けて。おにぎりを食べつつ殺風景の中に草がちょっとだけ萌える斜面を見ている。今日は半原越に関係のないことに心奪われ過ぎて愉快な気分になれずにいる。春分を迎えようという日に残念なことだ。未熟、修行不足というか生来の弱さのせいか、自己嫌悪に陥る日だ。振り返って遠くかすむ丹沢の峰にブナの芽吹きを探したが見つからない。


2017.3.19(日)晴れ アトリ

日曜ではあるけれど、ちょっと渋谷に行く用事があって代々木公園を歩いてきた。まだアトリの小さな群れがいた。今年の冬は代々木公園でもアトリが多かった。100〜200羽の群れになって枯葉の溜まる地面と木々をせわしくなく飛び回っていたものだ。アトリは年によって多い少ないがあるらしい。思い返してみればちゃんとアトリを見たのは今年だけだ。

一方、半原越、境川など神奈川県の田舎道では全くアトリを見なかった。代々木公園に明治神宮は半原越よりも良い環境とも思えないが、場所の好みがあるのだろうか。単に私が見つけられなかっただけだろうか。


2017.3.20(月)晴れ 眠れぬ夜のコウモリ

午前3時半ぐらいだと思う。目が覚めてしまった。11時ごろに眠ってしまったのだからしかたがない。あいにく寝付けなくなってしまい、いろいろなことを考えなければならなくなった。

せっかく考えるなら実りあることにしたいと、テーマはコウモリにした。コウモリという動物はいかにして地球上に誕生したかだ。コウモリはとてつもない技を身につけた成功者なのだから捨て置くには惜しい。しかしこのテーマは手をつけるたび挫折してきた。あの羽はどうやって発達したのか。夜の世界への進出はコウモリがコウモリになる前からなのか。音を懐中電灯のように使って回りを見る技は、飛ぶより先に身についていたのか、それとも後なのか。それらの一切合切がとりつく島がないというか、インスピレーションが湧いてこない。角度を変え手がかりを探ろうとしても指先は虚しく滑る。

コウモリは子どもの頃から親しい動物だ。夕闇がせまるころ家のまわりをひらひら飛んでいた。捕獲を試みたこともあった。手にとってみたことも幾度かある。スマトラ島では食用のフルーツバットを買ってペットにした。そのおそろしげな顔とは裏腹にコウモリはとても華奢で壊れやすい印象だ。骨、皮がとほうもなく細くて薄い。どうしてこんな奇天烈で繊細な動物がこの世に誕生したんだろう?

2時間ほど考えたろうか。いつものように何のアイデアも得られなかった。これは難しすぎるテーマなんだろうか。たんに私が惚けたのだろうか。昨夜は有名な正直村嘘つき村への道案内パズルで女房と娘に完敗している。

夜が白む頃、眠気に襲われ少しまどろんだ。7時頃に目が覚めると疲れ果てていた。それでも重い体を起こして正座をして頭をはっきりさせようと試みた。しんどくても今日は春分、半原越に行かねばならんのだ。

タイムラップkm/hbpmrpm
区間15'11"13.715867
区間26'08"5'11"11.516860
区間35'59"11'19"11.916461
区間46'57"17'18"10.417859
全 体24'15"11.816861

サイクリング中、ずっと頭の中を太田裕美のピッツァ・ハウス22時がリフレインしている。春分だからと半原越から愛川側に降りた。数年のブランクがある相模川田名のヒキガエル産卵池を見ようと思いついたのだ。池につけば環境がすっかり変わってしまっている。周囲の樹木が伐採され水たまりが小さくなった。近づけば何かの生き物がびゅっと泳いで土煙があがる。だけど蛙はいない。卵もない。帰宅してピッツァ・ハウス22時を買おうとしたが、収録アルバムは12000円もして手が出ない。


2017.3.21(火) 敗北宣言

今朝もやはり早くに目が覚めた。念のために時間をみれば2時だった。そうなればやることは一つで、コウモリの起源を考えるのだ。ただ考えは相変わらず進まない。循環するのではなく、結論が得られないのでもなく、スタートが切れない。結局夜が白む頃にはあきらめた。敗北宣言だ。

なんで負けたかというと、コウモリの起源はどうしても環境への適応という考え方でなければ説明ができないからだ。私は進化を環境のせいにしたくない。環境への適応とすればなんでも説明できてしまう。嘘ではないし(たぶん)本当でもない。少なくとも意味はない。そういう思考態度を取る学者を内心馬鹿にしてきた。しかしどうしてもコウモリに限っては「環境への適応」と宣言せざるをえないというのが結論だ。

環境への適応とは言っても、さすがに夜空への適応とするほどの馬鹿ではない。たしかに新生代がはじまった頃の夜には蛾がぶんぶん飛んでいたろう。夜に飛び回って蛾を食えればいいに決まっている。鳥は夜には眠っているからライバルもいない。羽と超音波探知で夜空の覇者になれるはずだ。実際それをやったのがコウモリである。こういう説明はテレビの動物ものレベルの屁理屈である。


2017.3.23(木)晴れ コウモリ洞窟

いまでもあるような普通の環境でコウモリが誕生できるか? 可能ならばどんな所なのか? というようにしばらく考えていた。たとえば森林であればどういう樹木がどれほど育って、コウモリの餌になる虫がどれほどいて、コウモリの捕食者にどんなものがいて、と妄想たくましくしてもピンと来るようなアイデアは浮かばなかった。森林環境であればコウモリが生まれる必然性がない。前コウモリがコウモリになる素質十分であったとしてもその才能が爆発的に開花すると信じられないのだ。

結局私はコウモリは洞窟で誕生したのだと結論づけた。ただし今の地球上にあるような洞窟ではだめだ。洞窟は暗く陰気で狭く生命感に乏しい。コウモリが生まれた洞窟は東京都ぐらいの面積があって、虫なんかがぶんぶん飛んでがさごそ這いまわっていなければならない。それこそ生命のふるさとである海のような感じだ。

私はその洞窟が深海に似ていた、と比喩ばかりでなく思いたい。深海は光合成に依存しない生態系である。食べ物が上から降ってくる。海底には有機物が溜まっていくし海中で有機物を拾い食いすることができる。コウモリ洞窟も、どういう加減か、光合成に依存しなくてもよい生態系があったのだ。大元は光合成であってもよいけれど、有機物がどんどん洞窟の奥まで深く厚く入っていくような巨大な洞窟が100万年にわたって存在していたことにしないと考えをはじめられなかった。


2017.3.24(金)晴れ ゲジゲジのようなコウモリ

ひとたび特殊な洞窟環境というものを仮定すればあとは簡単だ。コウモリのよく知られた姿は洞窟の天井に逆さまにぶら下がっているものだ。もともとそういう生態の哺乳類ならば、羽を持つに至る経緯を想像できる。

洞窟の天井を利用できるような哺乳類は少ない。足場として悪いからだ。猿やリスは樹木をするすると歩き回れる。崖だってらくらく登っていく。ただ洞窟の天井のような岩場は難しいだろう。ヤモリのように吸盤みたいな張り付く足を持たねばならない。節足動物の虫は爪でも可だ。数多い足と爪と軽量な体があれば岩の天井を歩くことも造作ない。たとえばゲジゲジは少年の探検ポイントである素掘りの防空壕にたくさんいた。天井にもいて、いきなり目の前に現れぎょっとさせられたものだ。

私が仮定するコウモリ洞窟は「豊か」である。暗闇なのにどういうわけか有機物豊富でゲジゲジっぽいのや蛾っぽいのやヤモリっぽいのがうじゃうじゃ生息している。哺乳類もではネズミ、モグラっぽいものがいるけれど、天井を動き回れる哺乳類は前コウモリだけだった。

前コウモリは哺乳類の弱点である4本足を克服していたのだ。4本足で天井を走ろうとすると体の軸がぶれる。最低でも3点支持しなければ体の重心の軌跡が大きく波打ってしまう。コウモリも哺乳類で立派な4足歩行動物であるが、手足の指を伸ばすことで4足の弱点を克服していた。先に鋭い爪がある指を伸ばせば立派に20本足の哺乳類ができあがる。指の骨を細く長くし、体を徹底的に平たく軽量化することでほとんどゲジゲジのような姿の哺乳類だったのだ。


2017.3.25(土)晴れ 鶴見川のオオカワヂシャ

 鶴見川

ナカガワで出かけて、なんとなく246号線に入って、どういうわけか横浜の鶴見川へ。鶴見川になにか目的があるわけではない。美しくもなく豊かでもなく楽天家でもなく、かといってぐれて(氾濫して)しまうほど愚かしくもない並みの河川だ。

ところが思わぬ収穫があった。オオカワヂシャが多かったのだ。今日は246号線から上に遡上する方向で見てきた。写真は麻生区あたりの橋から撮ったものだ。目立つところではこんな状況だ。

境川にもいまはオオカワヂシャが多い。246号線から白旗にかけては全域で見られるといって過言ではないだろう。鶴見川は境川によく似ている。水の感じも水底の感じも同じようなものだ。オオカワヂシャの群生する場所もよく似ている。やはり瀬になっている所だ。堰堤にもあった。

鶴見川にはオオカワヂシャだけではなくて、ミズハコベみたいなのイネ科みたいなのもあった。ちょっと負けているかもしれないと思った。川は雑草の多さを競っているわけではないが。

そしてもう一つの発見は、鶴見川のオオカワヂシャ生育地に放流鯉がいたことだ。境川では鯉とオオカワヂシャのペアは見たことがないことから、もしかしたら鯉がオオカワヂシャを食ってしまうことが境川にオオカワヂシャが限定的な原因かとも思っていたのだ。

ずっと川の様子を見ながら上流に向かうとますまず境川に似てきた。境川は町田あたりの河床は砂礫ではなく、関東ローム層と思われる柔らかそうな一枚岩になる。鶴見川もそうなっており、そこに水草はなかった。境川と同様だ。


2017.3.26(日) 反響定位

コウモリの膝が逆に曲がっているのは前コウモリ時代の名残だと考えられる。岩壁を自在にすばやく動き回るには節足動物タイプの関節のほうが合理的だ。ボルダリングをする人は気づいているかもしれないが、我々のような膝は蹴って走るには良いけれど、体を支えて岩壁を登り下りするには向いていないのだ。洞窟生活者の後ろ足の脚は逆に曲がっているほうがよい。とりわけ天井を使いこなすには必須と言えよう。

禅者はよく「悟っても肘は外に曲がらぬ」などという。悟りは所詮一代限りの獲得形質で遺伝的な蓄積はないという諦念ととれる発言だ。ともあれ、前コウモリは脚の曲げ方すらも変えて、ゲジゲジ哺乳類として洞穴生態系の主役となったのだ。

機能面での大きな進化に反響定位の獲得がある。音で世界を見ることは動物界では珍しくないと思う。水中であれば光を頼りに目で見るよりも、音を頼ったほうが世界ははっきり見えるだろう。音で見ることは想像に難い。それは単に我々が音波を視覚信号として利用できないからだ。水の中の動物にとっては光に頼るほうがずっと危ういことに違いない。海であれば200mも潜れば暗黒なのだ。浅くても水の透明度は不安定である。

音で見ることに長けていれば、懐中電灯で闇を照らすように自ら音声を発して周囲を見ることも難しくない。鯨類は水中でその技を極めているというし、魚類でもそれをやっているやつは多いだろう。あいにくどの魚がそうだということは知らないけれど。

洞窟は水中に並んで反響定位に絶好の環境である。洞窟は暗くて光が使えない。静かである。壁が近くこだまがよく返ってくる。

反響定位は洞窟内を歩き回って他の生き物を食い漁るハンターに必須のテクに違いない。ドップラー効果が使えるのも有利だ。動いている物は赤や青に見え、動きも距離感もつかみやすい。音の伝達速度は地球の動物の生活感にマッチしているのだ。光を視覚とする動物でドップラー効果を使えるのはUFOで恒星間飛行をしている宇宙人ぐらいのものだろう。

洞窟で反響定位を身につけるには飛行は必須ではない。前コウモリがゲジゲジのように歩きまわっているとき、すでにその技は完成していたことだろう。逆に考えて、もしコウモリが洞窟外で進化したというのなら反響定位を極めるに至った経緯が想像できない。複雑に入り組んで、騒々しくて、夜ですらけっこう明るくて、様々な敵も獲物もひしめく森林のような環境でどうやって反響定位の技が極められるというのだろう。


2017.3.27(月)雨のち晴れ グライダー

さて、洞窟を自由自在に歩ける体は手に入れた。小型軽量で手足の長い体を持ち、耳がよく聞こえ、超音波の声を反響させて周囲を見る脳も手に入れた。

そこから今のコウモリに至るのは簡単なようでもあり、無理のようでもある。簡単というのは、長い手と指に膜を張って腹とつなげるだけでグライダーになれるからだ。

私は前コウモリの洞窟を途方もなく豊かだと仮定している。虫は岩壁をごそごそ這い、昆虫類は洞窟内をぶんぶん飛んでいた。あるときには水中からカゲロウのようなものが羽化してきて、雪のように舞い飛んで降り積もることもあったろう。虫がいれば虫を食うものもいて、トカゲなんかもいたろう。前コウモリを捕食する者もいたに違いない。

そういう環境であれば、グライダーとして天井から飛び降りるだけで相当有利にちがいない。洞窟は風が吹かず、初心者のグライダーパイロットでも飛行着地が容易だ。飛んでいれば安全と思いこんでいる虫はいきなり空中で襲われることになる。捕食者にとっては獲物が突然目前から消え失せて闇の中に消えるのだ。洞窟は環境は整っているのだから、コウモリに皮膜を作る才能があったかどうかだけのことである。

コウモリは単系統らしい。きっと才能に恵まれたたった一種類の前コウモリがいたのだろう。皮膜を持って滑空する哺乳類は枚挙にいとまがない。ムササビもモモンガもヒヨケザルもいる。皮膜の形成は哺乳類に多発的に起きることであれば前コウモリにその進化が起きたとするのは可だろう。もしコウモリ洞窟が100万年間も存続したのなら、前コウモリの仲間は1000種類に分化したはずである。グライダーになったのはその中の一種なのだ。


2017.3.28(火)晴れ 洞窟はどこにある

そしてグライダーとしての一歩を踏み出したならば、軽量な体と風のない環境を利用して羽ばたきはじめるだろう。

コウモリ洞窟の覇者の誕生だ。コウモリは夜空に飛び出すこともできる。そこは魅力的なフロンティアである。強力なライバルであるはずの鳥は夜にはおとなしくしている。鳥の目を逃れて宵闇に活路を求めた蛾なんかの昆虫がぱたぱた飛んでいる。新生代の夜の森はまさしくコウモリを迎え入れるために準備された世界だった。

こうした夢のような物語もコウモリ洞窟あっての物種だ。東京都ぐらいの面積の大洞窟があったのだろうか。まずそれはどのようにできたものか。

中生代を終わらせたのは、今でいうユカタン半島あたりに落下した小惑星らしい。6500万年前の天変地異は地上の世界を一変させた。コウモリ洞窟を作ったのもその天変地異だろうか。

つぎに私はその洞窟が深海に比喩されるような豊かさがあったと仮定している。有機物がどっかから降って湧くのだ。そんぐらいでないとコウモリは進化できないだろう。海か川の流れだろうか。岩壁から有機物が染み出すのだろうか。現代では、逆にコウモリが運び入れる有機物を起点とする洞窟生態系もあるらしい。当時、そのコウモリの役をこなす動物がいたのだろうか。

じゃあいまその洞窟はどこにあるんだ?というのは当然の疑問だ。そこんとこは「どっかの海の底に沈んでるのさ(笑)」と逃げてしまおう。コウモリの進化の足跡はそこにすっかり収められている。本当にコウモリ洞窟があって、住人たちが化石になって、それが見つかった暁には・・・という夢ぐらいは見てもいいじゃないか。にんげんだもの。


2017.4.2(日)晴れ 立ち上がるタンポポ

 綿毛

ウィリエールに乗って日曜午前の境川。セブンイレブン裏の水路に座って雑草を見ていると写真の光景が目に入ってきた。タンポポが春の綿毛を飛ばそうとしている。

タンポポの背が一番高くなるのは種を飛ばすときだ。ふつう花芽は立ち上がるが、その後、一度は寝て種が熟すと再び立ち上がってくる。この写真では花が根元のほうで慎ましやかに開いている。周辺のタンポポの花も同じように地面に貼りついている。花はまだ冬の姿を引きずっている。なにせ冬生まれだから。

風は地面から高いほど強く吹く。種を遠くまで飛ばそうとすれば背が高いに越したことはない。とくに他の草も茂っている地面すれすれにあるのと、20cm上にあるのでは種の飛行距離に格段の差が出るだろう。

タンポポのこの方法は合理的だと感心する。そしてこの程度の進化は適者生存で説明できる。私もその説明に異論はない。ただその合理性にちょっとした空恐ろしさを感じてしまう。

タンポポは葉で得たエネルギーを花を咲かせ蜜を作ることに注ぐ。そして花が終われば種を作ることにそのエネルギーを回す。種が熟せば茎を伸ばすことにエネルギーの矛先を換える。そんなシステムが淡々とできあがり、今なお磨き続けられているのだから。


2017.4.3(月)晴れ 流れたオオカワヂシャ

 堰堤

昨日のこと、宮久保橋堰堤のオオカワヂシャを見に行けば、写真のような状態だった。まさかこれほど閑散としてるとは思わず、少々うろたえた。一番手前のもっとも成長がよいものが消失している。10株ほどあったものがわずかに3つを数えるだけになった。ちなみに3月のはじめに観察したときのものはこちらにまとめてある。

いままさにオオカワヂシャはわが世の春を謳歌している。境川でも鶴見川でもいっせいに芽吹いてすくすくと育っている。水辺の雑草としては他に抜きん出て寒さに強いらしい。

それなのに、宮久保橋の堰堤がこの有様になっているのはきっと流されてしまったからにちがいない。さっそく横浜市の水防災ページで確認すれば、大清水橋で3月28日に1mの増水があったらしい。けっこうな量である。それほどまとまった降水があったとは思えないのだが、ちゃんと機械で測っている正式な記録である。

堰堤以外では極めて順調な生育を見せている。上和田中学前では晩秋から見ているもので消滅したものがあるとはいえ、冬に芽吹いたものが数多く見られる。新道大橋の下のものもよく繁茂している。

宮久保橋堰堤での育ち方を見て、増水に耐えきれないだろうと予想はしていたものの、これほど弱いとは思わなかった。

また、堰堤で芽吹き成長したものが流されて数十メートル下流の上和田中学前で定着するのかもしれないと妄想したことがある。これは多摩川で謎の草を発見した当初の妄想と類似のものだが、それはなさそうだ。


2017.4.8(土) 新しいスマホ

 ナナホシテントウ

注文していたスマホが今朝届いた。シャープの廉価版の小型のやつだ。さっそく持ち出してテスト。雨は昨夜から降っている。ただ暖かいから雨具はいらない。長袖のウエアにしてウィリエールで境川だ。新しいスマホは防水だ。雨の日でもウエアのポケットに突っ込んだままでいける。

境川にでると新道大橋あたりのオオカワヂシャはあきれるほど繁茂している。さっそく撮影。廉価版のスマホであり高性能カメラではないけど、シャッターのタイムラグは小さい。これはいいじゃないか。

そして足元を見ればナナホシテントウがいた。どれほど寄れるものかと試してみたのが今日の写真。スマホのカメラはズームがない。ピンチアウトしてズームするのはデジタルズーム、いわゆるトリミングである。そのトリミングを試してみた。近接でもピントが来るのはさすが最近のスマホである。雨の日にこれだけの写真が撮れれば上出来だ。2倍程度にしたズームはやはり荒く、ワイドで撮って切り出した方がましかなと思う。


2017.4.9(日) 新しいスマホ2

 桜

今日も雨。ウィリエールに乗って新しいスマホのテスト。一番重要なのは耐水。背中のポケットに入れたまま小一時間本降りの雨の中を走った。もちろん何事も起きなかった。撮った写真はクラウドで処理できるから、電源を切って蓋を開けてカードを抜き刺しする手間はいらない。防水ってことを考えると蓋をいじらないのはうれしい。ただし充電器に刺すときにUSBの口が乾いていることの確認を忘れてはいけない。

次に大事なのは写真がどれほど撮れるか。

庭に出てみれば小雨の中、クロナガアリが活動していた。こいつは全然うまく写らない。TG-1でも撮れないからしかたない。たぶんTG-4なら撮れる対象。庭でもクサイチゴが咲いていた。アップで狙ってみる。これはピントに気をつければちゃんと写る。ただし、雨のなかで画面が緑と白の構成だと色がまがってしまい補正がしんどい。太陽光があれば少しましになるはずだ。クサイチゴは7日に代々木公園でも撮った。エクスペリアは最高機だけあってさすがに良い発色をしていた。

境川の桜。こういうものは普通に写る。普通の写真は普通なのがスマホ。景色はまずまずだが、ナズナの群落のような細かいものが密集する光景は破綻する。道路に落ちている虫はちゃんと撮れた。こっちはピントのあわせやすさを考慮すればTG-1よりいいかもしれない。


2017.4.15(土)晴れ スマホテストの半原越

 山桜

ナカガワで半原越。今日は退路を断つ決意でTG-1を携帯しなかった。スマホで景色とか虫がどれだけ撮れるかというテストだ。結論を言えば、やはりTG-1には届かない。接写の失敗が多すぎる。道路に転がる死体ならばっちりなんだが、生きているクモやギシギシの花だって撮りたいのだ。それに破綻する色あいの修正が難しい。スマホは非常用だな。

写真は半原越にある毎年春景色を楽しみにしている雑木の斜面だ。半原越のある山並みには山桜が多い。山桜の花は絶品だ。暗い杉林を背景に日中の日差しを浴びて赤い葉とピンクの花びらが輝いている。写真機では撮れない光景である。

自転車はまた間違ったことを考えて重いギアで入った。区間3までは速いけれど区間4で力尽きて悔いている。何度も何度も味わっている後悔だ。頭の中でリフレインしているのが、太田裕美の懐メロ「海が泣いている」。名曲ではあるが、こういう曲が鳴っているときは絶不調だ。せめて「海に降る雪」ぐらいじゃないと。


タイムラップ目標km/hbpmrpmW
区間14'30"-4215.7-62201
区間25'30"4'30"-1812.9-62187
区間35'29"10'00"-1913.0-52186
区間47'42"15'29"+309.4-48169
全 体23'11"-4912.3-55183

3回目のハーフでヤマカガシを見た。今年の初ヘビは半原越のヤマカガシだった。スマホで撮ってやろうと近づいていくと、まだ距離のあるうちに山に引き返して岩陰に潜り込まれてしまった。まだ目覚めたばかりでセンシティブなのだろうか。道路に出歩くときは警戒するに越したことはない。今年の2匹目のヘビは、半原越の入り口でひき殺されているヤマカガシだった。尻尾をつまんで川の方に投げておいた。

スマホでの撮影はストレスフルだ。口直しにNikonスーパーマクロを持ち出して庭の草を撮った。今日は猛烈な南風が吹いている。スーパーマクロとはいえ草の接写はストレスフルだった。この風だと明日はけっこうな雨だろう。


2017.4.16(日)晴れ 一眼レフ

 キスイモドキ

昨日の南風はいったいなんだったんだといぶかしくなるぐらい穏やかな朝だ。相当強烈な低気圧の接近を予想したが快晴。初夏の陽気になった。久しぶりにNikonD700とタムロンの高倍率ズームを使って庭で撮影。やっぱりこういうものを使って撮ると写真は楽しい。クサイチゴがずいぶんきれいに写っている。

自転車はTG-1を携帯してウィリエールで日曜午前の境川。女房と出かける。気温が高く日差しも強い。風は南から。昨日の半分ぐらいの風。

境川ではモンシロチョウが飛びツバメが舞う。ヒバリが名乗りを上げ道ばたをキジが歩く。いつのまにやらハルジオンが花盛りだ。

真冬でも葉を失わず花までつけていた境川縁の水たまりオオカワヂシャはいまや花盛り。早春に水底から芽吹いたほうの開花はまだのようだ。鷺舞橋からオオカワヂシャの群落を見下ろせば、オオカワヂシャのひとかたまりの中央に別の草が混じっている。ミゾソバあたりだろうか。

白旗で折り返し海軍道路の葉桜を見物してきた。瀬谷あたりでさんざん迷ってしまった。無秩序な住宅開発の道路が線路とクリークとに阻まれてトリッキーなことになっている。スマホの地図も道案内アプリもイマイチ使いこなせなかった。記念に今日の晩飯は旧海軍のカレイライスになるらしい。


2017.4.22(土)くもり 小野路

 小野路

ナカガワをセットして玄関を出てふと門柱を見ればそこに生えているカタバミがちょっと変だ。葉がしわくちゃなのだ。こんな葉のカタバミは見たことがない。いったいどうしたもんだろう。この場所は代々いろいろな雑草が生え替わっている。長かったのはスミレだった。駆除を免れたからだ。

なんとなくあまり行かないところに行こうと鶴見川をめざした。写真は鶴見川の流域にある小野路の田んぼ。まもなく田植えだ。小野路は東京都、あるいは日本でも私が知る限り最後まで伝統的な田作りが残っていたところだ。それはこの写真の場所を含む3つの谷戸の所有者であるおじいさんの個人的な努力によるものだった。水が残る水田からシュレーゲルアオガエルの声が聞こえてきた。

鶴見川はアブラナ科の雑草が多く各種の白いチョウも多い。ツマキチョウの初見は鶴見川になった。この数年は半原越だった。先に来たときには鶴見川の水中にオオカワヂシャがたくさん目についたが、今回は見あたらなかった。それほど熱心に探さなかったせいか。それとも久しぶりのまとまった雨で流されてしまったものか。


2017.4.23(日)晴れ 増水後の境川

 ミゾソバ

日曜午前は境川。自転車は昨日に引き続きナカガワ。ちょっとセッティングに失敗していた反省があってサドルの高さ角度を入念に調整しながら走ることにした。

もう一つの関心事は境川のオオカワヂシャである。18日未明に大清水橋では2m以上の増水を記録している。昨日見た鶴見川では大きな群落が消失していた。境川もけっこうなダメージが予想されるのだ。

新道大橋あたりにさしかかって川を見れば、やはりオオカワヂシャは激減している。大半が消失している。とりわけ大きなものが見あたらない。宮久保橋の堰堤では小さなものが1つ見つかっただけだ。上和田中学校前の様子は昨夜の雨による水の濁りがあってよく見えない。中ぐらいのものが2つばかり見つかったから全滅しているわけではないようだ。

2mの増水は遊水地の越流堤を越えるか越えないかのぎりぎりのところである。今日の写真は鷺舞橋から覗く湧水付近。この光景から推理する限りでは越流堤は越えなかったようである。

赤っぽく広い葉はミゾソバ。この湧水に多い雑草だ。オオカワヂシャの群落の中央に割り込んできたのはクレソンだったらしい。遠目にもクレソンの空中葉と特徴的な白い花が確認できる。ようやく春爛漫で湧水の主役がそろってきた。

クレソンといえばちょっとその花に似ている花が盛りである。最近になって境川のフェンスの下に一気に増えてきた。小さなつまらない花であるけれど、やはり園芸種の籠抜けだろうか。

ツマグロヒョウモンを初見した。4月の個体は越冬組なんだろう。この冬は記録的に暖かかったから凍え死ぬものが少なかったと見える。


2017.4.29(土)晴れ 夏の半原越

 丹沢

何をもって夏と言うのかいまいち判明ではないけれど今日の半原越は夏だった。夏の鳥が鳴いている。夏のカエルが鳴いている。夏の虫が道路に出てくる。薄紫色の夏の花が咲いている。南風が吹いて気温が高い。丹沢のブナがわからなくなった。

ウィリエールを使っていつものコースで半原越へ。とにかく下腹を意識することにしている。サドルに恥骨を押しつけるようにして足を回すと体が安定する。とくに手足が楽だ。上ハンはけっこう難しい技で腰が安定してないと力が入らない。力を入れようとしても肩や肘が決まらない。しかも力をうまく抜くこともできない。手足の動きをスムーズにするためには腰で乗ることだ。

タイムラップkm/hbpmrpm
区間15'04"14.015578
区間25'40"5'04"12.517571
区間35'37"10'44"12.717765
区間47'05"16'21"10.218257
全 体23'26"12.217367

2017.4.30(土)晴れ 境川のオオフサモ

 丹沢

日曜午前は境川。昨日に引き続きウィリエールで出かける。

境川は水の色がおかしい。中流にある下水処理場がまちがって処理途中の水を流したんじゃないかと思うような色合いだ。焦げ茶の水は透明度がなくふわふわと藻の破片らしいものが流れている。水底にはユレモみたいな糸状の焦げ茶色の藻がびっしりついている。

上和田中学前のオオカワヂシャはすっかり意気消沈している感じなのだが、元気よく水上葉を展開しているやつがいてちょっと驚いた。さっそく近づいてよくよく見ればオオフサモである。場所からみるに、こいつはどうやら3月5日に発見したよくわからない草が成長したものらしい。

発見したときの姿からはオオフサモだということは全く予想できなかった。今見返しても葉の形状はオオフサモらしさがない。あれは明らかに流下してきたもので、水中から芽生えたものではなかった。そこで、こいつは水草ではないだろう、と思っていたのだ。もしかしたら水底にひっかかっていた草にオオフサモが巻き付いたというウルトラCが起きたのかもしれない。

 丹沢

オオフサモであればれっきとした水草である。境川でも何度か見たことがある。流下して定着できる丈夫な草らしい。ちなみに、3月5日にはこの近くで育っていたオオカワヂシャの隣にセリみたいな葉をつけた草が沈んでいた。そいつは今日には左の写真のように大変哀れな姿をさらしている。茶色の藻がびっしりついて、もともと元気のなかった葉は完全に色あせ、余命幾ばくもない感じだ。3月5日の時点で実は内心、オオカワヂシャに勝ったこいつのほうがオオフサモよりも優勢じゃないか、と思っていたのだが。


2017.5.3(水)晴れのちくもり 南風の境川

ウィリエールで境川にでればけっこうな南風が吹いている。毎年夏のはじまりにこの風が吹く。相模湾に面するこの地域はこの風を使って凧をあげる風習がある。

私は同じ風を使って向かい風練習だ。ホイールは14-27Tのデュラエースをつけてきたから重いギアでの練習ができない。42×17Tを使って90rpm以上を維持することにする。それで時速は30km足らずになる。

風に向かって高回転で走っていると爆走感がある。しかしながら、頭の中でリフレインしているのは太田裕美の「茉莉の結婚」というわけで、ハイペースとは言えない。せめて「葉桜のハイウェイ」ぐらいの曲が流れないと。


2017.5.6(土)晴れ 半原越のカタバミ

いよいよ本物の夏。ウィリエールで半原越に出かける。けっこう風が吹いて涼しいものの日差しに腕が焼ける。荻野川べりの畑地を走れば道ばたは花だらけで虫だらけ。大半は名も知らぬやつらだ。いつもの棚田脇の草むらに寝ころんでいろいろ撮影。テントウムシや蝶やバッタをTG-1でスナップする。ふと「撮影の練習」だと思ったが、私にはこれが本番なのだった。

半原越の路面にも虫が多い。やたらとアオオサムシが死んでいる。赤く光るセンチコガネが歩きハンミョウが飛ぶ。いちいち虫の相手をしているときりがない季節に入った。

 カタバミ

いまちょっと気になっているのが黄色いカタバミ。写真は今日半原越で撮ったもの。たまたま葉が赤みがかったのと緑のが隣り合っていた。たぶんこれは同種のカタバミ。昔から見ているものだ。

注目しているのは5月1日に玄関で咲いた黄色いやつ。花の形も色もカタバミなのだが、ちょっと大きく華奢感があって種類が違うような気がする。そいつが大挙して庭に侵入しているのだ。いま世間でこいつが大ブレーク中なのだろうか。渋谷でも目立っている。カタバミはどうやって分布を広げるのだろう。種がはじけて風で転がるのか虫が運ぶか。

さてそいつは半原越にも入っているかと注意して走ってみた。すると、どこもかしこもカタバミだらけじゃないか、と最初は思った。それは誤解でこの季節の道ばたには黄色い小さな花がやたらと咲いているのだった。慣れれば遠目にも3種はすぐに区別できる。カタバミもあるが問題のやつは見つからなかった。新参者なら見つからないはずだ。半原越はムラサキカタバミも入ってないほどの山奥(笑)なのだから。


タイムラップkm/hbpmrpm
区間15'18"13.415277
区間25'48"5'18"12.217074
区間35'40"11'06"12.616870
区間47'01"16'46"10.317666
全 体23'47"12.016771

肝心の自転車はどうもいけない。頭の中で鳴っているのは太田裕美の「海に降る雪」。日本歌謡界の最高傑作だ。作詞者はただものではない。その作文力に嫉妬する。いくら良い歌とはいえ、登りで「海に降る雪」がリフレインしているようだと、レースなら足が止まっている状態。


2017.5.7(日)晴れ 境川のカタバミ

 カタバミ

それなら境川のカタバミも見ておく必要があるだろうと、ウィリエールで日曜午前の境川。

写真は境川でもっともカタバミが目立つ場所。例年もっとも頻繁に草刈りが入るところだ。近所の農家が雑草の繁茂にがまんならないのかさっそく春の草刈りが入っている。その斜面に一筋にカタバミの黄色い花が並んでいる。きっと草刈りのタイミングによる日当たりの加減とか他の雑草との競争とか私の推理の及ばぬ力関係でこうなっているのだろう。

この場所に限らず、境川全体でカタバミは多かった。雑草が深く生い茂るところにはあまりないが、橋のコンクリート隙間など日当たりの良い場所では目立っている。やはり全部背の高い華奢型カタバミだ。

華奢型カタバミがたくさん見つかったことはめでたい。その一方で疑問が湧いた。なんで華奢型ばかりなんだ。普通のはどこにいったんだ?

その答えは難しいものではない。両者は同種なのだ。

 カタバミ

普通タイプのカタバミも探せば見つからないこともない。境川でもぽつぽつと普通タイプの群落はあった。左の写真は今日の観察の最後に見つかったもの。家の門柱のカタバミ。この反対側には最初に華奢型に目が止まったしわくちゃカタバミがある。このカタバミは冬にその存在を知っていたような記憶もある。灯台下暗しといったところだ。

普通タイプの共通項は暮らしにくさだった。日当たりが悪かったり水が少なそうだったり地味が悪そうだったり、植物が好まない環境に育っているように思えた。

こうなると華奢型のカタバミは夏を迎えた普通タイプが他の雑草に負けじと一気に背を伸ばしている姿だと考えるのが自然だ。庭でも華奢型がはびこっている場所はかつて普通型がいた場所である。この仮説を確かめるのに格好の実験場を私は持っている。すでに昨日半原越で全てのカタバミが普通タイプであることを確認しているのだ。半原越はすこしだけ夏が遅い。この先、半原越のカタバミを観察していけば何かが見つかるはずだ。


2017.5.8(月)晴れ 宇田川のカタバミ

 カタバミ

かつて「春の小川」だった渋谷の宇田川は、今や奥渋となりコイキングをたくさんゲットできる。コイキングを捕まえつつ、カタバミを観察しておいた。

結論から言うと、なにも分からなかった。昨日見たように、普通タイプのものは比較的生育条件が悪そうな所に多い。華奢型は、生育条件がよくて他の雑草と競争になっているような場所に多い。付け加えれば、他の草と背伸び競争して勝っている場合は華奢型になり、あきらめている場合は普通タイプになっているような印象があった。

さらに付け足すらば、いっそう生育環境が悪い場合は普通タイプの赤葉型になることが多いように思う。わが家の右門柱のは普通タイプ赤葉型で左のは華奢型だ。ただし宇田川ではこの法則に異を唱えるかのように、1件だけ写真のように華奢型かつ赤葉型のも見つかった。

宇田川を15分ほど観察した程度では、カタバミの型についてははっきりした法則が見いだせなかった。同種が場所によって姿を変えるとも言えるし、同種が季節によって姿を変えるとも言えるし、別種だということも言えるし、それらの複合とも言えるのだ。

観察ついでに代々木公園も回ってきた。カタバミは期待できないものの土の上を歩くのは愉快だ。植生回復のために立ち入り禁止にしている区域がわが家の庭みたいないい感じになっていて愉快だ。道ばたにオオヒラタシデムシが何頭か入っている空き缶を見つけて、反射的に死肉食いの研究だと思ったが、そんなわけはない。近くの浮浪者かなんかが捨てたゴミにたかっているのだろう。


2017.5.13(土) 苦手なモッコウバラ

 モッコウバラ

クサイチゴだのドクダミだのユキノシタだのの緑が濃くなり庭は活気のある季節をむかえている。少ないながら虫の気配がある。なにか見たことがないやつが来てないかとわくわくする。今朝から本降りの雨。雨の日は雑草がきれいに写るから撮影が楽しい。久々にNikonD700にマクロレンズをつけた。

写真はちょっと苦手にしているモッコウバラ。こいつはどうもきれいに撮れない。すっかり盛りを過ぎて花びらがしおれてきれいではない。できの悪さはそればかりでない。モッコウバラは花の最盛期でもいい写真にならないのだ。

おもうにバラなんてものはグラビアガールのようなもので旬を外せば見られたものではない。写真にするには細心の注意がいる。ちょっとでも枯れた部分が写り込んだりしていると失敗なのだ。私のモッコウバラ写真は技術が追いつかなかったり、花の最盛期を外したりしてできの良いのが一つもない。

その点、クサイチゴなんかはいつ撮ってもいい写真になる。実や花のピークを撮ろうとすれば難しいけど、花がしおれても実になる期待が写っていたり、実が落ちてもトゲの意地悪さが写せたり、写真としての存在感がだせる。シマサシガメも寄ってくる。


2017.5.14(日)くもり ノバラは得意

 ノバラ

日曜午前の境川。ウィリエールで出かける。土曜日はそれなりにまとまった降雨があった。大清水橋の増水の記録では167cmである。境川がどうなっているか確かめたかった。

やはりオオカワヂシャはかなりのダメージを受けている。特に新道大橋下の群落は壊滅といっていいだろう。水上で育っているものを除いてことごとくが消失している。水中オオカワヂシャは根ばりが相当弱いのだろう。新道大橋下は瀬になるところで増水時の流速も大きいはずだ。

川岸は初夏の花で彩られている。目立つのはクサフジと写真のノバラだ。

ノバラはかつて山歩きをしているときは嫌いな雑草だった。藪を歩いているとこいつにとにかく難渋する。そのとげがけっこう強力だ。いまは藪を歩くわけでなく自転車で見物するだけだから嫌う理由がない。親類のクサイチゴにはときどきやられている。ただそのクサイチゴは庭で大事に育てているやつだ。多少ひっかかれても嫌う筋合いがない。

ノバラは栽培バラと違って写真写りが良い。この写真のものは花弁に穴があいている。何者かが器用に花びらを穿ったのだろう。他の花も大半にかじり痕がある。誰の仕業だろう。こういう傷は栽培バラの写真では容認しがたいものだ。ノバラだとこういうもののことごとくが許せる。花がしおれていてもそこに実の期待がある。姿がきれいなだけでなく物語があれば生きた写真になる。

毎年土をもらっている田んぼが今日代掻きだった。さあ田んぼ水槽のはじまりだ。例年と趣向をかえ、土をかき混ぜずそっと水を注いでおいた。もしかしたら草の種なんかを流出させていたのかもしれないからだ。


2017.5.15(月)くもり 田んぼ水槽

 田んぼ水槽

昨日セットした田んぼ水槽。冬にもらってきた近所の田んぼの土をプラケースに入れて水道水を入れた。土は冬の荒起こしのときのものだ。これまでは代掻きをやって土を良くかき混ぜておいたが、ことしは写真のように塊のままにして置くことにした。

田んぼ水槽には、一日数時間だけ直射光が入る。水は基本雨水で足し水はしなくてすむ。水は放置したままで無色透明を維持している。撮影のために前面のコケを掃除することもあるけれど、コケで中が見づらくなるようなことはない。ホシミドロ系の藻を撤去したことも1、2回はあった。

これまでは、大きな動物では貝やホウネンエビがわき、水草ではシャジクモ、コナギ、キカシグサなんかが生えてきた。ちょっと初期設定を変えた今年はどうなるだろう。


2017.5.19(金)晴れ ムラサキカタバミ

 ムラサキカタバミ

今朝のムラサキカタバミだ。8時すぎに一眼レフで撮っているときは1個が開いているだけだったが、30分後に見れば硬そうだったつぼみが開いていた。ムラサキカタバミの開花は肉眼でも動きが認められるほど速い。今年一番のムラサキカタバミなので、ひとまずとスマホで撮っておいた。

私が一番好きな花はムラサキカタバミである。そもそも花というものを最初に知ったのがムラサキカタバミのような気がする。ようやく物心ついたころからこいつはよい遊び相手だった。そしてこの花にはとても印象的な体験がある。

毎年夏休みになると「なつやすみちょう」なる問題集が宿題として渡された。ある年のなつやすみちょうの表紙を飾っていたのは一枚の風景画だった。小学校の6年か5年だったと思う。作品のタイトルは「にわとり小屋」だったろうか。かなり陰気な木立の中、半分草木に隠れてぼろい小屋がある。画家の足元から小屋へ続く小道には木漏れ日が落ちている。田舎ならどこにもある平凡な風景だ。画家の名は愛媛県久万町の吉井佐和子さんと印刷されている。学年が同じ少女のようだった。

作品は私も使っていたはずの絵の具を使った水彩画だ。同じような風景画は私も図工の時間によく描いてた。タッチは子どもらしく技巧に優れたものではなかったが、ものすごくうまい絵だと思った。木々の茂る感じも陽のあたりぐあいも巧みに表現されていた。ただそれだけなら印象に残らなかったろう。なにしろ私は生意気な子で自分は絵が上手いと天狗になっていたのだから。

その絵に決定的なすごみをだしていたのは小さなピンクの花だった。絵の中に4つ5つのピンクの点を付け足しただけで遠近感がでて陰気で単調な景色が一変する。その花がある絵とない絵を想像で比較してみるだけで効果がわかった。絵の値打ちを上げるため無いもの描きたすことがある。大人の絵でよくそういうことがあると気づいて内心バカにしていたものだが、その花は無いものを描き足したわけではないことが私にはわかった。

その花はけっして精緻に描かれているわけではなかった。筆の先に絵の具をつけてぽんぽん置いただけだ。それでも実在の花だと確信したのは、その花はあの花だからだ。あの花が咲いているはずの場所で、咲いているような姿でその花が咲いている。その花は私の記憶のあの花をビビッドによみがえらせた。私も好きなその花があるから画家は変哲もない風景を気に入って絵にしたんだろう。しばらくその絵に見入っていると、絵の光景をまるでその場にいるかのように眺めている感覚になった。

私ではあの花をその花のように表現できそうもないと降参した。手の届かない高みにある才能を見せつけられたのだ。まだムラサキカタバミという名も知らなかったころの思い出だ。


2017.5.21(日)晴れ ハルヒル

ハルヒルを走ってきた。公式記録は1時間57分ぐらい。神社からは21分36秒。去年とほぼ同じ。


2017.5.23(火)晴れ クサイチゴ

 クサイチゴ

いま庭ではこの世で2番めにうまい食べ物のクサイチゴが最盛期である。私はいまや相当なリッチマンで、クサイチゴはあえて食べるものではないと思っている。シーズンに2つか3つか郷愁をつまめばよいのだ。

女房は料理研究家でもありクサイチゴをみすみす見逃すのは惜しいらしい。「収穫してよいか?」と聞いてきた。播種への影響を懸念しているようだが、杞憂というものだろう。庭での最優勢雑草はドクダミかクサイチゴというぐらい繁茂している。

ところで、クサイチゴはこの地域ではどこにでもある雑草のようだ。渋谷でも住宅・商業地のちょっとした草むらがあればクサイチゴの株を見ることができる。コイキングを探って歩き回る代々木公園でも奥渋でも見つけることができる。

代々木公園でクサイチゴがもっとも多いのは、ホームレスの集中する一画だ。植生保護で立ち入り禁止のロープがぐるぐる張り巡らせてある区域の、入っていい部分をホームレスが占拠し、入って行けない部分を笹とクサイチゴが占拠するというありさまだ。

不思議なのは、そこのクサイチゴが食べられている形跡がないことだ。私には赤黒く腐っていくクサイチゴは社会の豊かさの象徴だと感じられる。ホームレスは腹をすかせているものだという思い込みがあったけれど、そうでもないらしい。定期的に炊き出しも受けているようだ。あそこの住人は豊かなのだろうか。

私は少年時代はけっこう腹をすかせて、野生のもので食えるものは争って取っていた。私だけでなく部落の子は皆そうだった。大人でも似たようなもので、イノシシとかタヌキ、ウサギなんかは当時絶滅に瀕していたものである。

私は今でも食べ物が腐ってしまうことが何よりも惜しく悔しい。女房も一時期窮してどんぐりなんかを拾って食っていた経験があるらしい。彼女としても庭のクサイチゴを見逃すのはやはり惜しいのだろう。


2017.5.25(木)晴れ カタバミとムラサキカタバミ

 カタバミ

写真は奥渋のムラサキカタバミである。ムラサキカタバミとカタバミが寄り添っている場面を記録したくて探し回った結果、もっともそれらしいシーンがこれだった。

こんなものを探したのは、ムラサキカタバミとカタバミがいっしょに咲いている状況が記憶になかったからだ。花の季節は若干ずれており、春はカタバミのほうに早く訪れる。しかしながら重なっている時間も長いはずだ。もし私の記憶が確かなら、カタバミとムラサキカタバミが互いを排除している可能性もある。ほんとうにそんなことがあるのか、まずは調査だ。

花がなくともその両者を見分けるのはそれほどむずかしくない。ふつうムラサキカタバミの葉の方が大きい。ムラサキカタバミの葉はつやがあるが、カタバミのほうはつや消し感があるのだ。

私の研究フィールドである奥渋はいくぶんムラサキカタバミには不利な環境かもしれない。その株は数が少なく、この写真のようにいじけた風体のものが少なくなかった。その生育の悪さの原因は不明だけれど、いずれも元気そうなカタバミとは対照的であった。

写真のほかにもムラサキカタバミとカタバミが隣り合っている状況は2例ほど目撃した。こうなるとカタバミが互いを排除しているというよりも、ムラサキカタバミが少ないので隣り合うことも少ないとみるべきだろう。


2017.5.27(土)晴れ 環水平アークの季節

 ムクドリ

庭のジューンベリーが食べ頃だ。人間が食べてもうまい実だが、人間が食べることはない。近所の鳥がこぞって盗み食いしていくからだ。今朝はメジロとムクドリとヒヨドリが来た。せっかくだから決定的な証拠を撮ってやろうと粘ったもののこの程度の写真しか撮れなかった。

この1週間ばかりひどい咳が続いて体調が悪い。半原越はあきらめてウィリエールで境川。白旗でコーラを飲んでふと空をみれば環水平アークが出ているではないか。今季初記録。いつのまにかそんなシーズンに入っている。

けっこういい南風が吹き込んでいる。42×16Tに入れて向かい風練習。向かい風で80rpmから落とさないように「回」した。ここのところ夜でも昼でもひどく咳き込み息が苦しくて腹式呼吸しなければならない。うまいことに腹式呼吸は自転車で強くなるためには必須のテクだ。意識して口をトシちゃん感激っぽく開けて、よだれをだらだら流しながら複式呼吸すればそれなりに力が出ているような気がする。久しぶりに耐えきれないほどの太ももの痛みにみまわれた。踏んだり押したりしたわけではないのだが。

帰り道、浄水場のわきのミズキを白い蛾が舞っていた。かなりの数だ。産卵場所を探しているのかと思ったが、ぜんぜん葉に止まらない。オスたちがメスを探しているのだろう。キアシドクガだと思う。近くの枝にはアカスジキンカメムシがいた。肉眼でかろうじてそれとわかる距離。ちょっとラッキー。キアシドクガを追って良かった。アカスジキンカメムシはちょくちょく見かける普通種だけど、その気で探してもきっと出会えない。


2017.5.28(日)晴れ 花盛りの遊水地

 湧水

昨日に引き続き朝はジューンベリーに来る鳥の撮影。ヒヨドリが実を食べるシーンをゲットした。

あいかわらず日曜午前は境川。今日はナカガワで同じように回す練習。境川は相変わらず茶色く濁っている。おそらく富栄養なんだろう。これでは水草には厳しい環境だ。

写真は境川遊水地公園にある湧水付近。クサフジ、アサザ、オオカワヂシャ、クレソンが満開の季節でたいへんきれいだ。それぞれがあるべき所であるべきように生きている感じがする。残念ながらこの場所は鷺舞橋の上から眺めることしかできない。少なくとも15年以上に渡って近づくことが禁じられているのだ。遊歩道らしきものが整備されているにもかかわらずだ。この景観を県民が歓迎しているかどうかはわからない。せめて遊水地公園の県職員の創意と工夫で造られた景観であることを期待したい。すくなくともアサザは運び込んで植えたものだろう。

今日は夏の草刈りが入って草むらの虫たちがあわてていた。アスファルトに出てくればただの自転車乗りでも虫の生息調査ができる。ただし轢かれてつぶれる虫が増えるのはちょっとかわいそうな気がする。

今年の田んぼ水槽は泥のブロックをそのままにして水道水を注いだ。速やかにホシミドロ系の藻が水槽内にはびこったが、今は少し落ち着いている。今朝になってボウフラがわいていることに気づいた。田んぼ水槽でははじめてのことだ。ボウフラがわくということは水が富栄養なのだろう。水稲の残骸のせいじゃないだろうか。


2017.5.29(月)晴れ 撮影の練習

ヒゲナガハナバチ

日曜はTG-1を携帯しなかった。環水平アーク日和ではなかったのとスマホで撮影する練習をしておいた方が良いだろうと思ったのだ。風景とか、見つけておいたノバラやエノキの虫こぶとか虫の死体とか、自転車の記念撮影とか、いろいろなシチュエーションで試してみた。

セブンイレブンの裏で遊んでいるとヒゲナガハナバチが目に入ってきた。来るべき本番の前に良い練習台だ。草の先にとまっている2センチの虫だから、ピントが難しい。普通なら背景にピントがくるはずだ。ならどのように撮れば一番ピントが来るのかが練習のポイントだ。ワイドにして近づいたほうがいいのか、少し遠目にしてデジタルズームを使った方がいいのか。

スマホの設計のことを考えれば、ズームを使おうが使うまいがピント調整に影響はないはずだ。しかしながらそこに何かあるような気がする。デジタルズームを使った方がピントを呼び込みやすい感じがする。カメラなんだから得意な合焦距離ってもんもあるだろう。

そもそも老眼には画面内の被写体が小さいとピントがわからない。私のスマホではピントがいいかげんでも合焦音が鳴ってしまう。ただしデジタルズームを使うとはっきり荒れが目立つ。できれば使いたくない。被写体に近づいて撮ったほうが背景のボケもよいはずだ。結局、中間ぐらいで落ち着いたのが今日の写真。かなりNGカットが多かった。地面に落ちている虫ならそうとういい感じに写せるのだが、やはり草の先の虫は難しい。

スマホはすぐれた写真機である。どんなシチュエーションでも押せばそれなりに写っている。ただ機械任せとはいかない被写体がある。来るべき本番は秋のジョロウグモになるだろう。ジョロウグモは私が撮らなきゃなんない虫の中で最高に難しいのだ。


2017.5.31(水)晴れ 芽吹き

田んぼ水槽

今朝の田んぼ水槽である。セットから2週間を経て、土から植物の芽吹きが始まっている。一週間前には緑色のもやもやした藻が全体を覆っていたが、その藻はほとんどなくなっている。その間、放置したまま何もしなかった。

もやもやした藻に覆われたことは今回がはじめてではなかった。その年、藻は数センチの厚さで底面を覆ったまま増えることはなかった。シャジクモなんかのかわいげある水草と仲良く共存している感じだった。しばらく様子を見て、写真撮影の見栄えから手を入れれば簡単に撤去することができ、再繁茂もなかった。

その経験からも壊滅的な状態ではないからと放置して今朝を迎えた。問題は藻よりもボウフラであろう。私は蚊に刺されることはまったく厭わないのだが、女房が蚊を半分嫌っている。なんでも、刺される部位によっては蚊は益虫らしいのだが、意図せぬ所を刺されると我慢ならないらしい。田んぼ水槽がボウフラの温床になっていることに気づかれれば、ボウフラ撤去命令が下るだろう。それほど面倒ではないからいいんだけど。


2017.6.3(土)晴れ 半原越の夏

ケセランパサラン

久々に半原越。ナカガワで出かける。ちょっと環水平アーク日和のようでもありTG-1を携帯した。

半原越はすっかり夏だ。すぐにホトトギスを聞く。キビタキ、オオルリ、ヤブサメ・・・夏鳥の声がうるさいぐらいだ。何か所かサンコウチョウの声も聞こえた。たぶんサンコウチョウなんだろうけど、いまいち歌が下手な感じで何者かの鳴き真似かもしれないという疑念もぬぐい切れず、しつこく姿を探してみた。

タニウツギの花が終わり一番目立つのはウツギの白い花だ。ウツギには各種の虫が来る。半原越ではジャコウアゲハが目を引く虫の筆頭だ。ジャコウアゲハのほかには、アオスジアゲハ、サカハチチョウ、ダイミョウセセリ、イチモンジチョウにマドガなんてものまでいた。

花といえば今日の写真はケセランパサラン。標準和名ではなく勝手にそう呼んでいる。冬場に種を見つけてから花を狙っていた。半原越の道ばたでは、3本の木が見つかった。

花や虫はたいへんけっこうなのだが自転車はいけない。今後どうあがいても数年前に記録していた20分ペースでは走れそうもない。ストップウォッチを押して登っていても、アサギマダラを見かければブレーキを引いて止まってしまう。だんだん諦念も板についてきた。

タイムラップ目標km/hbpmrpm
区間14'45"-2714.9-67
区間25'40"4'45"-812.5-62
区間35'49"10'25"+112.3-64
区間47'46"16'14"+349.3-52
全 体24'00"+1011.9-60

ハーフを1回やってそのまま下まで降りて2回目を登った。長い時間登る方がリズムをつかめるかもしれない。


2017.6.4(土)晴れ 境川の風

 境川

日曜午前は境川。ナカガワで出かける。川に出るとほとんど風ががない。さては高気圧がどんと乗ったなと空を見れば雲はクラゲ状、蜂の巣状に乱れている。強い下降気流を受けている感じだ。

写真は午前11時頃、レンズの向きは南の海の方。片積雲の頂上が波状に乱れている。上空2000mほどはけっこうな西風が吹いているのだ。

昼からは南風が吹いてきた。海風が入っているのだろう。北の丹沢、奥多摩方面の雲を見れば、晴れ積雲が浮かびはじめている。上昇気流が起きているのだ。ただし雲頂は乱れ西風を受けて渦を巻いている。今日は雄大積雲は期待しても無理だろう。

この南風は大歓迎で夏の向かい風練習ができる。時速25kmほどの風を受けて30km巡航。こうでなくては境川の良さもない。

そろそろジョロウグモがまといを解いて単独行動に移っている頃である。毎年ジョロウグモが多い鷺舞橋の茂みを探ってみれば、コシロカネグモとアオオニグモが見つかった。ジョロウグモは見つからなかった。

帰りに246号線手前の丘で再挑戦。おりしも栗の花が満開で夏らしい臭いが充満している。ジョロウグモの巣の乗っ取りらしきものを見つけた小屋のあたりを探ってみることにした。うまいことに鉄柵がありクモの巣が見つけやすい。すぐにいくつかジョロウグモの子らしいのが見つかった。ただ私の目でははっきりそれと確認できない。TG-1が頼りなのだが、どうにも最近接写のオートフォーカスが効かなくなってきている。習い覚えた置きピン手動フォーカスでなんとかそれらしいカットを2つばかりものにしてその場を離れた。

帰宅後に調べてみれば一番うまくいったものが2mmほど前ピンだ。まもなく発売になるはずのTG-5を買う決心をした。


2017.6.5(月)晴れ ドクダミのアブラムシ

 ドクダミ

朝の6時ぐらいから30分ほど、ドクダミを撮る日々が続いている。ドクダミにアリ(おそらくトビイロケアリ)がついているからだ。

最初、アリはドクダミの蜜が目当てなのだと思っていた。しきりに花穂の中に頭を突っ込んで物色する様子を見せていたからだ。そういうシーンは面白いので、自慢のスーパーマクロで撮影してみると、アリの目的は花蜜ではないことがわかった。

ドクダミの花穂にはアブラムシが潜んでいるのだった。花穂には雄しべ雌しべがとりまくようについて、その隙間にアブラムシが巣食う。アリはアブラムシに多大な関心を寄せている。どうやら甘露が目当てらしい。

改めてドクダミの花を見るならば、アリが寄るものと寄らないものははっきり別れている。アリがたかるのは1割以下だろうか。いったんアブラムシが取り付いて繁栄をはじめると連日アリが寄るようになる。花によってはいつ見ても数頭のアリがたかっているものがある。

そういう状況を目撃すれば、当然アリが甘露をゲットしているシーンをものにしたくなる。一脚にスーパーマクロをセットして、ドクダミの前にひざまずいてその一瞬を待つことになる。これがなかなかうまくいかない。

アブラムシはびっしりたかり、アリはしきりに触角でアブラムシを叩いている。ドクダミの花穂の中のことだから雄しべ雌しべの陰になって状況はよく見えない。それに加えて、そう簡単にアブラムシは甘露を出さないようだ。じっさい私はこれまで一度も甘露を見ていない。

私はどこかで間違っているのだろうか。単に粘りが足りないのか? 甘露を出さない時間帯があるのか? そもそもドクダミのアブラムシは甘露を出すふりをするタイプなのか?

ともかく観察はスーパーマクロのファインダーが頼りだ。もし甘露を出したとしても一瞬であろうし、かなり小粒に違いないから、それらしい様子を見ればシャッターを切り続けるしかない。


2017.6.9(金)くもりときどき晴れ おっ!と思った

 ドクダミ

毎朝ねらっているドクダミのアリ。花穂にひそむアブラムシとアリの決定的写真をものにしようとしているのだ。

悲しいことにファインダーを通してもその決定的なシーンが撮れているかどうかわからない。決定的なシーンというはアブラムシの甘露をアリがなめている瞬間だ。ハルジオンの茎にたかるアブラムシとアリとの観察などから、それは極めて短い時間だということが想像できる。それらしいアリのそぶりははっきりわかるから、そのときに撮りまくってパソコンのモニターで写り具合をチェックすることになる。

今日の写真は今までで最高におっ!と思った。アリのあごのところに小さな光るものが写っているからだ。むろんこれは決定的なシーンではない。白い小粒を甘露と言い張ってもしょうがないから。半歩前進といったところ。


2017.6.10(土)晴れ ついに写った

 ドクダミ

今朝もあいかわらずドクダミのアリとアブラムシを狙う。ついに写真のようにアブラムシの甘露が写った。撮れた!というレベルではないにしても、これで朝の時間帯にアブラムシは甘露を出してアリがなめることが確かになった。アリは無駄な努力をやっているわけではないのだ。こちらも安心して粘ればよい。あと一週間ぐらいはチャンスがあるだろう。


自転車は先週とおなじくナカガワで半原越。今日は「上死点で力を入れる」ということを意識してやってみた。

タイムラップ目標km/hbpmrpm
区間14'55"-1714.4-71
区間25'52"4'55"+412.1-63
区間35'42"10'47"-612.5-64
区間47'15"16'29"-1610.0-56
全 体23'44"+1012.0-63

半原越には虫が多くなりいちいち相手をしているときりがない。道を横切るアオダイショウやヤマカガシには後ろ髪を引かれる。道ばたに巨大なキュウリグサという風体の青い花が目立っている。外来雑草でムラサキグループに違いないだろう。ハーフの折り返しついでに軽く撮影しておいた。名ぐらいすぐに分かるだろうと思っていたが、意外にも難航している。


2017.6.11(日)くもり シチュエーションはカンペキ

 ドクダミ

今朝、ドクダミのアリとアブラムシを撮ってやろうと庭に出てみれば、いっこうにアリの姿がない。天気が悪く気温が低くて活性が落ちているのか。まさか生け花の材料として女房が刈ってしまったのか。いないものはしょうがないとチネリで日曜午前の境川。

境川もいよいよ真夏。湧水の雑草はミゾソバが主になってきた。オオカワヂシャは枯れかけの感じだ。クロナガアリの餌になるセイバンモロコシは花が咲いている。いつの間にかヒメジョオンが花盛りだ。ゴマダラカミキリが目立つようになってきた。夏の暑さを思い出す虫だ。桜の枝から音を立てて落ちてきたやつは脚なんかが妙に青くてきれいだった。ただTG-1を持っておらずスマホでの撮影。スマホの接写は難渋する。ナガミヒナゲシの実ですらピントが来ない。ジョロウグモは絶対無理だろう。

100kmほど上ハン下ハンの練習をして帰宅。念のためにドクダミをチェックすれば、昨日見つけた花にたくさんアリがたかっている。これはチャンスとスーパーマクロを持ち出して撮影開始。

200発ほどシャッターを押して、全部空振り。写真のようにシチュエーションはカンペキだった。どういうわけか1頭のアブラムシが全身を見せており、アリは入れ替わり立ち替わりそのアブラムシを触角で叩きまくっている。甘露をだすタイミングなんてつかめるわけがないからその度にシャッターを切ることになる。フィルムだったらやってられない撮影だ。残念ながら甘露は撮れていない。目でも確認できていない。

チャンスはありそうだったけど体力の限界。自転車練習の後に無理な体勢で撮っていると脚が痙攣する。痙攣がなくてもしびれて辛抱ができなくなった。

チネリは乗る度にその感触に感激する。他の自転車ではなんでこうならないのだろう。ナカガワに少しでもチネリに近づいてもらおうと、サドルを1.5cm前に出し、ブレーキブラケットを1cm高くしてみた。それでよりチネリのポジションに近くなる。


2017.6.14(水)くもり 雨滴甘露

 ドクダミ

ちょっとムキになっているドクダミの花の撮影。しとしと雨の降る朝でも「もしや」期待で、重いカメラセットを抱えて撮影に向かっている。

ドクダミは梅雨を迎えて花の最盛期を過ぎている。早い花ではすでに純白だった苞が茶色くなり、黄色い花穂も変色して雄しべが縮れている。そういう枯れ花が交じるとグループ写真では華やかさがなくなる。

それはともかく課題は花穂に潜むアブラムシとアリだ。アブラムシのたかる花は多くない。当初、1割程度だろうと思っていたけれど、1%ぐらいかもしれない。

運良く撮影の容易な所にアリのたかる1本の花穂を見つけ、しばらく撮影を続けてきた。その花が枯れるとアリが寄らなくなっている。どうやらアブラムシもいなくなったようだ。そのかわり同じ株の隣の花穂にびっしりアブラムシがたかってアリを集めている。まだ有翅虫がおらずサイズもバラバラだ。その数の多さからみてもどうやらアブラムシは枯れ花から歩いて来たようである。その花穂に狙いを定めてアリが甘露を受け取るシーンをなんとかものにしようともくろんでいるのだ。

今朝の撮影時には雨が上がっていた。ただし花穂には水滴が残っていたから早朝まで降り続いていたらしい。こうなるとたとえ甘露を受け取るシーンを撮れたとしても、雨滴との区別がつかず決定的な写真にはならない。1回だけアリがそれらしい素振を見せたのだが。


2017.6.16(金)晴れ時々くもり 裂けたタイヤ

 タイヤ

前回の半原越で4回ばかり頂上を踏んで降りるとき、後輪に違和感を感じた。一周ごとにカクンカクンするあの嫌な感じだ。おおむね何かがタイヤに刺さって起きることなのだが、すこし違う。ソフトで大きい感じだ。

自転車を降りて後輪を確かめれば違和感の原因がすぐにわかった。写真のようにタイヤにコブができて歪んでいる。コブの頭は摩耗してゴムがなくなりカーカスが見えている。

カーカスはけっこう丈夫なのだが、こうなるといつバーストするかわかったものではない。かといって有効な手立てをこうじる事もできず、とりあえず空気を減らして走って行くことにした。レース用タイヤのカーカスは丈夫だが、原因はそのカーカスのほころびにあるのだ。ちょっとでもチューブが顔をだしてアスファルトに擦れれば一巻の終わりである。幸い練習は終わっており、あとは20kmあまりを運任せでゆるゆる帰宅するだけだ。

なにを隠そうこのタイヤはもう限界を超えていることがわかっていた。知って知らぬふりをして使い続けたのだからこの程度のことが起きるのは当然だ。ミシュランプロ4はいいタイヤである。耐久性には難があり、摩耗しやすい。それもレース用であるから、そうと知って使っていけばよいことだ。

あきれたことに私は極度の貧乏性である。タイヤがこうなってバーストの危険がありつつ「バーストしたらまだ使えるチューブがもったいないな」とまずは経済のことを心配していたのだ。これからも同様のトラブルに見舞われ続けることだろう。


2017.6.17(土)晴れ 尻で踏み込む

 タイヤ

チャンスはあったので朝はドクダミの撮影。200回ぐらいシャッターを切って全部空振り。

ナカガワを天井から降ろして半原越。ナカガワはブレーキブラケットとサドルを少しだけいじった。変更後の感触は悪くない。空は良く晴れて風が涼しい。梅雨というよりは初夏の雰囲気だ。

今日は踏み込み練習だ。尻の筋肉をフルに使ってペダルを下げるのだ。尻の上の方を使っていることを意識して太ももから下は力を入れないように気をつける。ギアは最小で38×27T。半原越ではその乗り方では5km/h以下に落ちてしまう区間がある。そこは立ちこぎでしのぐ。


タイムラップ目標km/hbpmrpm
区間15'07"-513.8-69
区間25'46"5'07"-212.3-64
区間35'40"10'53"-812.6-63
区間47'14"16'33"+210.0-57
全 体23'47"-1312.0-63

表のペースはワットで計算表記すると、174 ・177 ・179 ・181 になる。まま一定である。この走り方が正解のはずなのだ。もう少し軽いギアを装着すれば、回転で太刀打ちできない区間4の立ちこぎが少なくなってタイム短縮ができるかもしれない。

帰宅してドクダミを見れば、アリたちは絶好調だ。いそいそと再挑戦。写真のようにアングルなんかはばっちりで、あとは甘露を出してくれるだけなのだ。100発ほどシャッターを押したもののまたしても空振り。


2017.6.18(日)くもりのち雨 葉が小さいカタバミ

 カタバミ

日曜午前は境川。天気予報も私の予想も午後からは雨。今日は濡れたくなかったからドクダミの撮影はスルーして早めに自転車の練習。太ももを使わないで尻を意識して踏み込む。ギアは52×17T付近を使う。北寄りの風が強くて良い向かい風練習ができた。

帰宅すると同時に雨が落ち始めた。4月22日に記録した門柱のカタバミは毎日チェックしている。葉がしわくちゃだったことと背が妙に高かったことが記録の動機だった。花が咲くようになるとしわがとれ、種ができるとまったく花芽は成長してこなかった。いま種が跳び終わり新しい葉が展開している。その葉が驚くほど小さい。面積にして1/10ぐらいだろうか。いったい何かおきてるんだろうと、毎朝3秒だけ一瞥をくれて気にはしていた。

ひとまず葉の記録写真だけは残しておこうと手持ちのスマホで撮ってみれば、アリがかなり集まっている。ドクダミの花に来るのと同種らしい。トビイロケアリだろうか。アリが来るということはアブラムシがわいているのだ。スマホで撮っている場合ではなくなった。なんやかんやと2種類のマクロカメラと自慢のスーパーマクロまで持ち出しての撮影になってしまった。

スーパーマクロを使うのは甘露の受け渡しシーンを撮っておきたいからだ。このアブラムシは頻繁に甘露を出している。アリを集めているアブラムシは皆そうだった。ドクダミのがへんなのだ。カタバミのアブラムシでは甘露のシーンは簡単に目撃もでき証拠も押さえることができた。イマイチ良くない写真にしかならなかったけれど、カタバミならアブラムシとアリっていう写真だけでいいだろう。

それよりも葉が小さくいじけているのはアブラムシの寄生によるものなんだろうか。最近はほうぼうでカタバミをチェックしているのだが、こいつのようにあきれかえるほど葉がいじけたやつは見つかっていない。アブラムシとカタバミの関係に注意して観察を続けよう。


2017.6.19(月)晴れ そろそろ終了

 ドクダミ

写真はこの数日チェックしているドクダミの花。けっこうアブラムシがたかってアリを集めている。虫の少ない私の庭で最高の賑わいだ。この花は2つめである。初代のものは同じ株でこの花に接近していた。やはり常時3頭ぐらいのアリを見ることができた。その花が終わって、アブラムシがこちらに移ってきたのだと思っている。

ドクダミの花は下から順番に咲いていく。雄しべの約は若いときは薄黄緑で葯が割れて中の花粉がむき出しになると黄色く見える。そしてオレンジから茶色になって枯れていく。花穂のてっぺんまで黄色くなるころには、花びらの純白が色あせ斑がはいってくる。そのころにはアブラムシが移動するようでアリも姿を消す。

この花がアリを集めるのはせいぜいあと2日といったところだろう。この花の他にもアリがたかる花はあるが、撮影条件がちょっと悪い。軽い気持ちで甘露の受け渡しシーンにトライしたものの、その難しさにギブアップ気味の今日この頃である。


2017.6.21(水)雨のちくもり ホンモノの迫力

 ドクダミ

わが家でもっとも多い花はきっとドクダミだ。今年は5月23日に開花しつぎつぎに花を広げていった。今では花が終わって種がみのりつつあるものが過半となっている。こうなると正直、花の風景としては今ひとつである。

今日の写真は6月4日の撮影。このあたりでは花の最盛期に当たる。女で言えば17歳。場所は境川の脇にある浄水場の裏山の檜林だ。わが家ではこれほどの広さのドクダミ花壇を設けることはできない。この光景を見つけたとき「さすが、ホンモノは違う。大自然ってのはすごい」とへんてこな感想をもった。


2017.6.23(金)晴れ アミミドロ

 アミミドロ

今年の田んぼ水槽は泥を洗わないでそのまま水道水を注ぐだけというやり方にしてみた。これまでは代掻きのようなあんばいで、水道水を注ぎながら泥をこね、稲のクズを捨て、泥を平らにしてから放置してきた。

その効果は歴然で、今年は藻の類が非常に多い。側面のプラスチックを藻類が覆っている。藻類以外にも何者かの卵のようなものが貼りつている。こちらのほうが本来の田んぼに断然近いのだ。全然きれいではないのだけど。

そしてトピックは写真のアミミドロが発生したことだ。はじめて見るわけではないが、こうして自分の水槽にあらわれるとあらためてその面白さに気づく。アミミドロは5角形、6角形を基本とした網を作っている。この網はどうやって成長するのだろう。

端の方をどんどん増やしていくのかもしれないし、閉じた5角形がふくらんでいき、分割する形で新しい区画ができていくのかもしれない。もしかしたら私の思いも寄らない方法で増えていくのかもしれない。

いずれにしても5角形、6角形に閉じた図形を描くのはすごいと思う。糸状の体が端であれ中間であれ「出会う」ことができるのは人間業ではない。もしくは出会わずに閉じた形ができるのならいっそうの偉業だ。どんな方法なのか想像は及ばないが。


2017.6.24(土)晴れのちくもり TG-5購入の決め手

 ジョロウグモ

ウィリエールで境川に乗り出せばほうぼうからキリギリスの声がする。うちの近所の草むらからもツユムシっぽい鳴き声が聞こえるようになっている。いよいよ夏も深まるんだなと自転車を進めると目の前を横切るオレンジの影。きっとウスバキトンボだ。梅雨前線の南にある高気圧に乗ってやってくるトンボである。少し気のせいている第一陣が関東にまで来ているのだろう。

境川は先週、夏の増水があった。高鎌橋で2m、大清水橋の記録は3m超だった。今日には新道大橋から宮久保橋、上和田中学前の水中オオカワヂシャは影も形もない。宮久保橋の堰堤のヤナギゴケに微小な芽吹きをいくつか確認していたが、ヤナギゴケごとごっそり流失したようだ。上和田中学前のオオフサモも流されたようで、オオフサモが引っかかっていた枝か茎がむなしく流れに揺れていた。

濁流はきっと遊水地の越流堤を越えただろうと鷺舞橋からいつもの湧水付近を観察してみた。意外にも濁流が入っている痕跡が見あたらない。高鎌橋で2m程度の増水なら越流堤を越えないようだ。ちょっとだけ上流にある今田遊水地を見れば越流堤を越えた痕跡がある。とうやら今田遊水地が増水を吸収したようだ。2mとはいえ2時間程度の短い増水であれば遊水地が余裕で機能する。

スマホでは難しかったジョロウグモの撮影にTG-1でトライした。TG-1も微小なクモではピントを読み込むことができない。インチキAFロックで無理やり撮ったのが今日の写真。アイリスもロックするのでかなりアンダー。

TG-5が発売になりさっそく注文して昼には届いていた。TG-5購入の決め手はマニュアルフォーカスが使えると海野さんのブログで見たからだ。マニュアルフォーカスがなければあと3か月ぐらいはTG-1で辛抱していただろう。


2017.6.25(日)雨のちくもり ウスバキトンボ

朝は雨で合羽を着てウィリエールで境川。TG-5は携帯しなかった。時間がなくて初期設定なんかをするひまがない。実戦投入は次回からだ。

新道大橋から境川を眺めれば、明らかに河床の砂礫は一新されている。これでは水草は定着できまい。春にオオカワヂシャが多かった所に鯉がいた。草が生えた川岸の泥をほじくっている。やはり新道大橋付近にも鯉は多いのだ。さっそくTG-5を持ってこなかったことを後悔した。スマホではそういうシーンは撮れない。オオカワヂシャの生息地が境川で限られていることの原因であるが、ひとまず鯉は無罪だと結論しよう。オオカワヂシャは夏枯れするころでもあり、増水も頻繁になる。

毎度のことながら雨の日はそれなりに撮るものも多い。まずはヒメジョオンがみょうにきれいだ。とくに花びらが薄紫色のやつが雨の中ではいっそうきれいに見える。TG-5ならきっとうまく撮れるだろうという期待を胸にスマホで撮影。レンジが狭くていかんともしがたい。

今日もウスバキトンボを何頭が見た。昨日は一頭だけだったこともあり見間違いの疑念もあったが、しっかり確認することができた。そればかりでなく、なんと路面に落ちているウスバキトンボがいた。いろいろ落ちている境川だけどウスバキトンボははじめてだ。交通事故にあうような虫ではないから何かの異常事態なんだろう。拾い上げてみれば怪我をして余命幾ばくもない感じだ。ツバメあたりにやられたのだろうか。


2017.6.26(月)晴れ TG-5

 ジョロウグモ

おそるべしTG-5。ぜんぜん練習もせずマニュアルをひととおり読んで試しに撮っただけで、日影に巣を張る5mmのクモがこれだけ写るのだから。ちなみにISO1250、1/100s、スクエアの最小サイズで画質ノーマルのJpeg。ちょっとだけ縮小している。

今朝は庭でTG-5の顕微鏡モードを試してみた。FD-1とか深度合成とかフォーカスブラケットとかマニュアルフォーカスとか。

まず基本的なカメラとしてよく写ることはまちがいない。テレ端にしてもISOが大きくてもざらつきが少ない。手ぶれ補正も良く効いている感じだ。マクロなのにフォーカスが早い。x4のテレ端にすれば、5mmのジョロウグモでもオートフォーカスが効いた。

もしかしてマニュアルフォーカスがいらないんじゃないか。マニュアルフォーカスはコンデジだけあって使いこなすのに練習が必要そうだ。設定から確認しなければならない。拡大してピントを見るモードのままでシャッターを押せればいいのだけど。

ドクダミの花で試した深度合成は良く効いていた。これは静物の接写に使わない手はない。ただジョロウグモでやった深度合成はいまいち効果がわからない。被写体が小さく、空中にあって背景が遠いからか? もしかしたらこのカットは深度合成したものかもしれない。

ジョロウグモでフォーカスブラケットも試してみた。テレ端でのジョロウグモの接写ぐらいになるとちょうどいいピントのはずのカットが跳んでいた。ままありがちなことで、ちょっと苦笑い。これも設定から見直して経験を積む必要があるだろう。

デジタルのカメラを使っていても手ぶれ補正には興味がわかず、連写とかフォーカスやアイリスを変えて数打ちゃあたるという機能は使わなかった。いまや過去まで写り、反射神経をカメラが補助してくれるようになった。アナクロカメラマンの時代は完全に終わっているようである。


2017.6.29(木)くもり TG-5のフォーカスチェック

 ジョロウグモ

朝、TG-5の顕微鏡モードでのフォーカスチェック。いまにも雨の降りそうな曇り空。こういうコンディションでフォーカスチェックをされるカメラは迷惑だろう。しかしわがTG-5はTG-1に比べれば格段の進歩があるはずだ。画質は1:1スモールのノーマル。ISOはオートでかなり高感度になるはずだ。

まずはツユクサにいるキバラルリクビボソハムシ。手始めにFD-1を使ったフラッシュ撮影。海野さんに習ってフラッシュの補正は-1にしている。よく写ったけれど、海野さんならこの手の被写体でも、もっとナチュラルな光にできているはずだ。何かコツがあるにちがいない。

フォーカスチェックの第一番は田んぼ水槽のシャジクモ。この世の中にこれをオートフォーカスで撮れるカメラはないはずだ。わがTG-5ももちろんだめだ。水槽のプラスチック面は緑のコケが覆い、水は植物プランクトンで緑に濁り、シャジクモは透明な細い緑の体でもやもやしている。こういうときはマニュアルーフォーカスがある。拡大してピントを見るモードのままでシャッターを押せない仕様にはちょっと慣れてきた。

次は暗いところにいるアオバハゴロモの幼虫。こいつもカメラには厳しい被写体だ。純白の蝋はもやもやしてピントが来ているやら来ていないやらはっきりしない。暗くても白飛びするので普通ストロボは使えない。普通にFD-1で撮ったり、深度合成を使ってみたりしたけれど、いずれの方法でもそれなりに写っていた。

一番の課題はジョロウグモが撮れるかどうかだ。写真はオートフォーカスで撮った。TG-1ならこれでピントは絶対にこない。かといってAFロックの撮影は高難度でずいぶんイライラしてきたものだ。それが顕微鏡モードのx4テレ端のこのサイズでシャッターを半押ししただけでただちにピントが来た。これができるようになっただけで新型に買い換えた価値があるというものだ。

こちらのジョロウグモには残念ながらピントは来なかった。このサイズぐらいがちょうど限界にあたるのだろう。TG-5のマニュアルフォーカスはやや癖があり慣れないとパニックになるけれども、コンデジとしては良くがんばっている。被写体が小さくとも拡大して見ることができ、合焦点に光の粉がつくおまけもある。問題はむしろこちらの老眼にある。サイクリングに老眼鏡を携帯してマニュアルフォーカスを満喫するか、これまで通りピントのチェックは適当に済ませるかの選択を迫られることになりそうだ。


2017.7.1(土)くもり時々雨 フォーカスブラケット

 ザクロ

今日はTG-5のフォーカスブラケットを確かめてみた。設定は「10枚で狭く」にした。1眼レフでファインダーを覗いて撮っていてもピントが決めにくい被写体がある。そういうときフォーカスブラケッは最後の頼りだ。

ただ私はこれまでフォーカスブラケットは使ったことがなかった。たいていの虫とか草ならピントをはずしているのは腕が悪いのだ。できあがった写真を見ればピントが外れていることはわかる。1ミリあととか2ミリ前とか。シャッターを押したときの感覚と写真がずれているのは失敗でも許せる。腕が悪かったのだ。

今日の写真のザクロは事情がちがう。まるくてつややかなものはピントがわからない。撮ったときの感触が良くて、撮った写真も撮ったようにピントが来ていて、それでもピンぼけになっていることが多々あるからだ。しかもどれぐらいずらせばジャスピンなのかができあがった写真を見ても判断がつけにくい。ザクロとか甲虫とかはどうにも機械に頼るしかない代物だ。

今朝は全部の写真でフォーカスブラケットを試してみた。やはりザクロでは自分のピントよりもよいものが機械ピントのものにあった。ザクロ以外では必要ない感じだ。フォーカスブラケットは伝家の宝刀的な使い方になるだろう。

周辺では鳥が賑やかだ。しばらくウグイスの雄が居着いており早朝にけたたましく鳴く。午後にはエナガ、シジュウカラ、メジロが来る。いずれも巣立ち雛をつれた小さな群れだ。メジロはムクゲの花に頭を突っ込んでいる。蜜だろうか。ムクゲにはそれほど良い蜜があるとは思えないけど。

近所の空き家の庭にびっしり生えるヒメムカシヨモギ(たぶん)の葉にみょうな袋状のものがついている。触った感触では薄くて柔らかくて軽い。こういうものを見聞きした覚えがない。虫の仕業っぽいのだが、いったいなんだろう?


2017.7.2(日)くもりのち晴れ 実戦投入

 セスジスズメ

日曜午前の境川。ウィリエールで出かける。もちろんTG-5を携帯している。これからは実地訓練で使い方を身につける。

境川ではウスバキトンボが飛んで、ニイニイゼミが普通に鳴いて、いつもの夏が来ている。もっとも大事なカットはこの写真のように道路にいる虫だ。TGー1ではこういうカットはマクロモードで撮っていたが、TG-5だと普通にPモードでピントが来る。これはありがたい。撮影がちょっとスムーズになる。合焦が早く画質もいい。

 湧水

これまであえて伏せていたけど、TG-1には大きな不満があった。それはこの湧水のオオカワヂシャ写真に代表される望遠ズームでのカットだ。TG-1ではがっくりするぐらい画質が悪かった。俗にTGシリーズはスマホ以下と陰口をたたかれているが、こういうものを撮っている人なら文句の一つも言いたいだろう。ただしスマホでもこういうカットは苦手なはずだ。TG-5では劇的な改善がなされた。これでオオカワヂシャを心おきなく撮れる。

境川湧水のオオカワヂシャは花が咲いた後、急速に勢いをなくして夏枯れの様相である。半水中のも枯れてしまうようだ。

 オオカワヂシャ

それではと、境川の陸上オオカワヂシャの様子を探るべく川辺を歩いた。幾度か撮影した場所に茎も葉も見あたらない。時すでに遅くオオカワヂシャはことごとく消滅したようだ。

1本だけ見つかったのが写真のものだ。とても小さい草体で葉も茎もオオカワヂシャの特徴がはっきり出ていない。見つけたときはオオカワヂシャとはわからず新発見の花かと思ったぐらいだ。花が咲いてなければ見落としたろう。

こういうときこそ深度合成モードの出番だ。15センチほどの草体全部にピントあわせるべくワイド端にして深度合成。風は弱く普通に接写して被写体ぶれは気にならない。深度合成は5回試みたが3回は失敗だった。TG-5が成功だと言ってても信じてはいけない。花の先は微妙に風で揺れている。普通に撮ってもTG-5だとそれなりにピントは来ている。ただ暗いときにはAモードにしてISO を大きくしないとだめだろう。深度合成は駄目元だ。

 ジョロウグモ

ジョロウグモ観察ポイントの一つ、鷺舞橋脇ブッシュの個体。うまい具合に背を道路側に向けている個体を発見。オートフォーカスもビシッと決まってシャッターを押し込んだ。その瞬間、オオカワヂシャの深度合成モードを戻し忘れていたことに気づいた。はからずも被写体ぶれ大王のジョロウグモを顕微鏡モードテレ端で手ぶれぶれぶれマックスなのに深度合成しようとしたのだ。そりゃだめでしょうと慌ててカメラを振って、TG-5に「失敗です」と叱られて撮りなおしたのがこの写真。

 ジョロウグモ

ただし真っ暗なシチュエーションで5mmのクモではろくな写真にならないはずだと、再度FD-1で撮りなおしたのがこちら。普通にストロボをたいて撮ってしまうと背景真っ黒の情緒皆無写真になってしまうから小細工した。

この写真はフォトショップで真ん中をちょっと明るくしている。撮影時の設定はストロボの補正を ー2、iso800。パソコンでEXIFを見ればf14、s1/100だった。

ストロボ使用だと、s1/100は変更不可かもしれないので絞りを開けるか、isoをもっと大きくとるとか、もう一工夫が必要なシチュエーションのようだ。

 ウスバキトンボ

高鎌橋のセブンイレブン裏に座っていると、1匹のウスバキトンボが海風に向かって気持ちよさそうに飛んでいる。目の前に見えるがこいつはTG-5では撮れない。こいつをちゃんと撮れるカメラなんてこの世に存在していないんじゃないか。ウスバキトンボが1匹でかっこよく写っている写真なんて見たことがない。ウスバキトンボにならない限りウスバキトンボなんか撮れっこないよと、半ばやけで撮ったのがこの写真。トンボが写っているだけでびっくり。たまたま電柱があってピントが来たんだな。群れならマニュアルフォーカスでいけるかもとその気になってしまった。

 ケセランパサラン

そういえば、顕微鏡モードのワイド端で地面の虫を撮るテストはしてないぞ、何かいないかな?と探っていると、ケセランパサラン。アメリカオニアザミの種に擬態しているけど、正体はケセランパサランだ。どうしてわかったかというと、撮ろうとすればころころ転がり、あきらめようとすれば立ち止まり、また撮ろうとするところころ転がって行くからだ。下級妖怪らしく人をからかって遊んでいるのだ。

顕微鏡モードで撮ってはみたけれど、このサイズの虫ならPモードのほうが広がりもあっていいみたいだ。

今日の写真は全部トリミングせずちょっとだけ縮小した。設定は1:1スモールサイズ、画質ノーマル。印刷するわけじゃなくJPEG撮って出しなので、画質ベーシックでいいんだけど、さすがにベーシックではJPEGのあらが目立ちすぎる。

ところで、iPhon7あたりを多用している人が期待に胸をふくらませてTGー5を使うとちょっとがっかりするかもしれない。いまや一般になりつつある簡易HDRが搭載されていないからだ。TGー5が簡易HDRを見送ったわけは不明だけど、こんなにまじめなカメラを作ってるんなら、TG-7あたりでホンモノのHDRになるんじゃないだろうか。


2017.7.4(火)くもりのち雨 われた袋

 不明の袋

先日の1日、近所のヒメムカシヨモギ(オオアレチノギク?)の葉に奇妙なものがついていた。極めて薄く軽い布のようなもので作られたベージュの袋である。一見ゴミであるけれど、それなりに繊細に作られておりゴミとしては不自然だ。いかにもクモかなんかの虫が卵あるいは蛹のために作りそうな代物である。しかし、それにしては華奢なのだ。草体にしっかりついているわけではなく、すぐにも落ちてしまいそうである。繭にしては頑丈さが足りない。小さな穴が見つかったが、中に何かが入っているようでもない。

いったいこいつは何者なのか? この住宅地で見つかるものだから珍しいものではないだろう。おぼろげに同じようなものをいつかどこかで見たことがあるような気もする。

そいつは今朝には真っ二つに割れていた。完全に離れてはおらず、数本の細い糸でつながってぶらぶらしている。


2017.7.7(金)晴れ 巻かれている葉

 不明の袋

普通に渋谷界隈を歩いていてもニイニイゼミの声が聞かれるようになった。空にはウスバキトンボが舞っている。

代々木公園の浮浪者が居住しているあたりはいろいろな花が咲いて虫が多く、公園の中では好きな一画だ。いまは群生するヤブミョウガが白い花をつけ、さらさらっと歩くだけで3、4種類のクモを見ることができる。

いつものようにポケモンGOをするふりをして、実際やりながら、笹薮を観察していると、巻かれた葉が見つかった。草はヘクソカズラのようだ。葉は葉柄のところが傷つけられて垂れ下がり、一見すると単にしおれているかのようだ。しかしそれは何者かの偽装工作なのだ。隣り合った葉がこぞって5枚ばかり同じように巻かれている。

葉には小さな穴がありアリが出入りしている。ますます怪しい。葉を巻いたやつはきっとアリではない虫で中に潜んでいるに違いない。穴を開けたのがアリで、それが出入りしているとなると、2つの状況が推理される。アリは中の虫を襲って食べているのか、それとも中の虫が誘引物質を出してアリを取り巻きとして利用しているのか。

残念ながらしっかり観察する時間がない。ひとまず巻かれた葉の一枚を失敬して中を開いて潜んでいる幼虫を撮影しておいた。もしこいつが蛹化の巣として葉を利用しているというのなら、一週間後には近くの葉で蛹を見つけることができるだろう。


2017.7.15(土)晴れ スローシンクロ

 ヒラタアブ

TG-5のFD-1を使用したストロボ撮影は悩ましいものがある。条件(背景が接近して画面全体にある)によってはFD-1モードが使える。そのときはiso100で絞り開放になり高速シャッターだ。ただし条件(小さなジョロウグモ)によってはFD-1モードだと背景真っ黒でクモの半分しか見えない写真になってしまう。FD-1モードを解除してストロボの補正、露出補正、isoの変更をやっても思うような写真になることは少ない。カメラの癖を熟知したうえでの計算が必要な撮影になるからだ。

ところが今朝、トンボをやっておられる尾園さんのブログを見ていると、TG-5の虫ストロボはスローシンクロだぜっと書いてあった。これだ!と思った。スローシンクロは演出の機能だからと全然使ってこなかったが、設定の機能として使えそうだ。今日は全部スローシンクロだぜと勇んでウィリエールで半原越。

荻野川べりにはかなりラブリーな休耕田がある。ミヤマアカネやアマガエルがごっそり生まれツユクサやハコベが咲いている。さあテストだと、接写にはちょっと苦労する小さい花に挑戦。最初に撮ったのはハコベ。次にハキダメギク。ヒラタアブが交尾しつつ空中に静止している。海野さんが昆虫写真の練習に最適と一押しの被写体だ。一も二もなく挑戦。いい感じにオートフォーカスが来て好感触。カエルだの花だのクモだのシデムシだの手当たり次第に近づいたり遠ざかったりしながら撮りまくった。

撮ってるときはいい感じだった。ちゃんと老眼鏡も携帯してモニターチェックもしてストロボの具合が悪くないことも確認した。

自転車はいい感じとはいえない。心身のスタミナ切れが早すぎる。ただし、水場でミヤマカワトンボがいたりカワトンボのオスが残っていたりして、TG-5の練習にはなった。

タイムラップ目標km/hbpmrpm
区間14'56"-1614.4-77
区間25'53"4'56"+512.0-68
区間35'53"10'49"+512.1-64
区間47'34"16'42"+229.6-56
全 体24'16"+1611.8-65

帰宅していそいそと撮った写真をチェックして少なからぬショックを受けた。大半がNGだったのだ。ハコベ、ハキダメギクは全滅。ヒラタアブも失敗である。なかで一番ましなのが今日の写真だ。

失敗の原因は明らかにスローシンクロのせいだ。EXIFを見れば、f10にs1/60。スローシンクロっていったって、逆光で彼女を顔をつぶさないためじゃないんだからs1/60はないだろう。虫でs1/60なんてシャッターが押しやすい一眼レフの90mmマクロでなんとかなるかならないかのぎりぎりのところだ。TG-5のスローシンクロで小さな虫を撮るときはまず無理だ。被写体ぶれもある。尾園さんは魚露目8号だったから使えたのだろうか?

なんとかもっと早いシャッターを切る設定がないものかとメニューをチェックすると、たまげたことにiso800に固定していた。アホである。スローシンクロだと設定で絞りを開けることはできそうもない。そのかわり強制的にisoを大きくすれば高速シャッターも切れるみたいだ。明日も練習だ。そういえばTG-5には設定を保存するC1、C2ってのもあるな。


2017.7.16(日)晴れのちくもり プロキャプチャー

 アゲハ

日曜午前の境川。ウィリエールで出かける。今日は自転車の練習よりもむしろTG-5の練習だ。

まず見つかったのは日暈。太陽を木の葉で隠したり、隠さなかったりで撮ってみた。まあいい感じで雲も撮れるみたいだ。環水平アークがありそうだっけど今日は見つからない。今年はまだ1回しか見ていない。

定点観測している鷺舞橋からの湧水はちょっとした変化が見られた。浅瀬に浮かぶオオカワヂシャに成長が見られ花が咲いたのだ。境川の地上オオカワヂシャは見あたらなくなって久しいけれど、水の中のものは完全な夏枯れを免れるようだ。おそらく気温、水温のせいだろう。花が咲いたオオカワヂシャは湧水の近くにあり増水の影響を受けていない。

TG-5のテストは田んぼの脇で。茂みと田の間にあるあぜ道が雑草に覆われ、クリートの靴でも歩きやすい場所がある。どうってことない所ではあるけれど私の庭とは別次元に豊かな虫世界がある。TG-5のテストはやり放題だ。

これまでは使っていなかったプリ設定のC1というのも使ってみた。顕微鏡モードでisoは自動、ストロボを-1、露出補正を+1だ。撮るときのモニターでは露出オーバーの画像になってシャッターを押すのに勇気がいるけれど、撮ってみれば意外によい写真になっている。スローシンクロだとシャッター速度が大きくなる傾向があるから、FD-1ストロボの撮影にはこちらのほうが汎用かもしれない。

今日のアゲハはプロキャプチャーモードで撮ったものだ。シャッターを押す0.5秒前から連写で画像が記録される。はじめてこの機能を使ってみた。撮影確認画面は最後の1枚みたいで、撮れたか撮れないかがよくわからない。このアゲハは撮った覚えがないのに写っていたので少し驚いた。これまでの感覚では明らかに撮影失敗のはずなのに写っていたのだ。たしかに撮れそうで撮れなかったカットではある。他にも蜂とかカエルとか撮ってみた。撮った覚えのないカットがたくさんあるのはけっこう気持ち悪いもんだ。プロキャプチャーモードの特性を把握すれば歩留まりがわかるようになるんだろうか。TG-5は多機能でいろいろ迷う。


2017.7.22(土)晴れ カラスウリ

 カラスウリ

ウィリエールで境川。気温が高くて南風が強い。夏の感じは満点だ。護岸にオニユリがちらほら見える。ユリは好きだ。鷺舞橋から見下ろす湧水のオオカワヂシャは初夏?と思えるほど咲いている。さてこのオオカワヂシャはいつまで咲くのだろう。私が観察できるのはきっと台風の増水が越流堤を越えるまでだろう。

盛夏ともなると境川を歩く人走る人自転車に乗る人が少なくなる。特に日差しも風も強い日中は休日でもがらんとしている。そうなるとこっちのもんだ。思う存分向かい風練習ができる。踏みつけないようにして腕でうまくリズムをとって上ハン犬走りだ。

写真は鷺舞橋休憩所の側で見つけたカラスウリのつぼみ。つぼみのときからストライプがあるなんてずいぶんおしゃれ。たぶん今夜咲く。だけどそれを見物するほどの余裕はない。深度合成モードでも撮って一見成功しているみたいだったけれど、よく見れば一部二重になって失敗。ちょっとでも風があると植物でも難しいものだ。


2017.7.23(日)くもりときどき小雨 カラスウリその後

 オニユリ

境川でオニユリの名所といえば写真のいちょう団地前だろう。草むらの一角にオニユリの群落があり壮観だ。どういう経緯でこんなことになったんだろうと回りを見てみれば、団地の花壇にオニユリの密生がある。きれいなオニユリは園芸植物として扱われることも普通だ。団地の花壇から抜け出してきたものが川の護岸にはびこったのか。それとも誰かが植えたものか。いずれにしても他の雑草に負けない強い草だってことはわかる。

今日も相変わらず上ハン犬走りの練習。ハンドルの握り方が甘いのが反省点。指先をバーに当ててしっかり握ることを意識してみた。道ばたの雑草は盛夏のものに移り変わっている。ヨウシュウヤマゴボウ、クズ、トウコマツナギ、オオマツヨイグサ・・・暑苦しい。

 カラスウリ

昨日見つけたカラスウリは開花するだろうと見込んでいた。昨夜から雲が多かったから咲き終わった花が見られるかと寄ってみれば、つぼみばかりだった。どうやら鷺舞橋のカラスウリ開花は今晩だったようだ。

ヒグラシが鳴き始めた。雨が降り始め少し涼しくなったことが幸いしたのか。遅ればせながら今季初である。哀愁たっぷりのカナカナカナカナは蝉の白眉だ。ヒグラシという名も素敵だ。蝉好きで図抜けた言語感覚を持った人が名付けたんだろう。


2017.7.29(土)くもり ミゾカクシ

 ミゾカクシ

サークルKで買ったアイスが当たりでもう1本だったから・・・というわけでもないけどウィリエールで半原越。「当たり棒の交換は買ったお店」というルール。交換したければ半原越の途中にあるサークルKに行かなければならない。

そうなると荻野川の脇にあるラブリー休耕田によって虫の具合を見ながら撮影の練習だ。いまだにTG-5を使いこなせていないのだ。

休耕田は日当たりがよく湿り気も多いという虫最適環境だ。前回の練習では全滅だったハコベを撮りなおし。なんだがめしべの形が面白い。ササキリの幼虫やヤマトシジミでストロボの使い方の練習。これは失敗。Pモードでワイドな画面というのをC2に登録したつもりがイマイチワイド高画質じゃない設定だった。これも失敗。

カメラ使いに本気が足りないことは自覚している。せっかく携帯していた老眼鏡も今日は使わずじまいだ。だんだんいろいろなことがめんどくさくなっている。元SPEEDの議員と恋に落ちた神戸市議の若者がうらやましい。どんだけ魅力的な娘に胸ときめいてもああいうふうにはなれないだろう。

いつもの棚田。見飽きたはずの水稲の葉列。そこにもはじめて見る花があった。ミゾカクシは撮りようによっては花の断面図みたいで面白い。私にはアゼムシロという名称のほうが親しい。

久々に心拍計をつけている。170bpm程度に押さえて一定ペースで走ることを心がけた。区間4にかかるとちょっと頑張りたくなって脚に力を入れた。

タイムラップ目標km/hbpmrpm
区間15'20"+814.416168
区間26'08"5'20"+2012.017173
区間36'15"11'28"+2712.116972
区間46'51"17'43"-229.617663
全 体24'34"+3411.617069

2017.7.30(日)雨のちくもり 夏雨の境川

 クモの巣

昨日の夕方に降り始めた雨は夜明けにもやんでいなかった。小雨の中をウィリエールで境川。どのみち雨は弱く午前中で止むだろうと雨の用意はしていない。カメラもスマホも防水仕様だ。簡易な泥よけだけは装着した。カメラバック、サドル、背中への泥はねが軽減される。

境川の道路脇にオオマツヨイグサの黄色い花が目立つ。ということは雨の中で咲いたことになる。オオマツヨイグサは日暮れの頃に花を開き日没ごろに萎むはずだ。雨は気にしないのだろうか。

写真は鷺舞橋休憩所に張られている大きなオニグモの巣。水滴がついている。こういうのはマニュアルフォーカスの出番だ。私はこれを張ったであろう女主人を知っている。ただ今日はどこに隠れたものか探しても見つからなかった。オニグモも夕暮れに巣を張り夜明けにたたむはずだ。張りっぱなしにしたのは雨のせいなのだろうか。何かの不都合な事態が起きてしまったのだろうか。

雨にはしゃいだのか道路を跳ねるヌマガエルやセスジスズメの幼虫を轢かないように注意していると大きなバッタが視界の隅に入ってきた。轢かれて絶命したトノサマバッタならあえて記録する必要もないがと注視するならば、はっきりした薄黄のラインが目に入ってきた。これってツチイナゴ? こんなに大きいのがいるんだろうか? まだ幼虫ばかりじゃないんだろうか? 疑問符満載なもんで丁寧に撮影しておいた。深度合成も使っておいた。失敗写真になることが多いんだけど。

今日はTG-5の仕様についてすばらしいことに気づいた。これまで何でも1:1のスモールサイズで撮ってきた。写真の用途は完全に記録用であるし、こうしてウェブにするのも1:1の900pixもあれば十分だからだ。そうしていたのはTG-1の仕様として撮像素子は正方形であり横長写真は切り出しだと思い込んでいたからだ。レンズの設計などから考えるとそうなるんじゃないかとぼんやり思い込んでいたのだ。ところがどうやら撮像素子は4:3の長方形らしい。そうなるとあえて正方形の最小サイズで撮影するのは記録カードと電池の節約でしかないことになる。

風景なんかは16:9の横長のほうが良いに決まっている。私のモニターも16:9なので写真の見栄えもいい。取り急ぎ、C2に絞り優先で解放、16:9ラージノーマルのJPEGを設定した。境川の道ばたはいまや雑草が伸び放題。さすがのオオマツヨイグサもクズに覆われ這々の体になっているなんて光景は横長がいい。それに定点観測している鷺舞橋の湧水雑草は横長だと全景がいっぺんに撮れ、ズーム端で写したラージサイズから切り出せばオオカワヂシャの花がふつーに視認できる。気づいたのはうれしいが今更だ。そういうのはもっと早めに気づけよ自分。


2017.7.31(月)晴れときどきくもり 代々木公園のクマゼミ

 クマゼミ

渋谷の代々木公園には蝉が多い。各種の蝉の声が聞き放題である。NHK朝のさかい天気の背景音はクマゼミのシャワーだ。

汗だくになる日中に代々木公園を訪れるとクマゼミの声はない。アブラゼミにニイニイゼミ、ミンミンゼミにツクツクボウシが混じる。樹木には写真のように大きな蝉の脱皮殻が並んでいる。おそらくクマゼミだろう。今年が特に多いというわけでもない。クマゼミは完全に代々木公園の住人になり夏蝉の主としての地位を確かにしている。

クマゼミはかつて東京の蝉ではなかった。私が東京に住み始めた30年前は代々木公園でクマゼミは稀だった。その個体数の増加は遅々としたものだったという記憶がある。

ジョロウグモは私の周辺で異常に多い。庭なんか、ジョロウグモの巣がありすぎて満足に歩けない。駅までの道すがらの植木にも一瞥をくれると10や20の巣がすぐ見つかる。私はジョロウグモの数の消長は初冬の気候によるんじゃないかと仮説している。数の多いまま秋を迎えるのかどうか楽しみだ。

夜、渋谷の宇田川でカネタタキらしい声を聞いた。いくらなんでも早いのでは? と思った。しかし声の調子はカネタタキで似た虫はいない。明日から夜歩きも要注意だ。


2017.8.5(土)くもりのち晴れ 流れなかったオオカワヂシャ

 オオカワヂシャ

先日ちょっとした豪雨があって、大清水橋の観測計は4m超の増水を記録している。当然、遊水地には越流堤から濁流が入ったろう。鷺舞橋下のオオカワヂシャはすっかり流されたにちがいない。そう予想していそいそとウィリエールで境川に出かけた。

写真はそのオオカワヂシャ。周辺のミゾソバが泥を被っていることからもわかるように、濁流は1m以上の高さでこのオオカワヂシャを飲み込んだはずだ。しかし、流されることがなかった。私はここのオオカワヂシャはほとんど浮き草だと推測していたがどうも違うらしい。それなりに根ばりはあるようだ。

今日はオオカワヂシャの花が見あたらない。おそらく季節的な消滅だろう。

自転車で走る境川は夏の終わりの気配をただよわせている。日差しは強く気温が高いものの風は湿っぽく涼しい。台風の接近が大きいのかもしれないけれど太平洋高気圧がどんとのっている感じはない。

毎年土をもらっている水田をのぞき込むと、マツバイがあった。今年の田んぼアクアリウムはきれいだけど何か物足りなかった。そうだマツバイ(ヘアーグラス)がなかったんだと気づいた。土は一握りなもんで当たり外れがある。水田のマツバイやキカシグサを写真にしようとよさげなアングルを探っているとオタマジャクシが見つかった。8月のオタマジャクシは珍しい。50年ぐらい前なら八幡浜の千丈川にはツチガエルが多く、夏休みにもオタマがいた。こいつは境川周辺にも少なくないヌマガエルみたいだ。

午後3時ごろになって日差しが黄色くなってヒグラシが鳴き始めるともういけない。かぁーと照ってうだる盛夏は今年は3日ほどしかないのだろうか。


2017.8.6(日)晴れ たよりない入道雲

 入道雲

今朝もクマゼミが鳴いた。夏の朝はこうでなければと思う。ただし1匹だけ。私の予想では今年はクマゼミの少ない年ではあるけれど、20年近くの観察が宅地開発にじゃまされたことがいくぶん残念だ。

久々にけっこうな日差しもあってウィリエールで境川。南風が吹いているから境川は涼しい。相模湾の風は30℃程度にしか上がらないのだろう。関東の内陸や日本海側にはない恩恵である。

私自身はうだる暑さと照りつける日差しは好きだ。幾度もひどい目にはあってきているものの、その記憶はみな甘美なものとして残っている。きっと楽しい遊びの思い出と暑熱がセットになっているからだ。楽しく遊んでいるからこそ暑さに耐えられたのだ。小学生のとき、くたびれ果てて帰宅し靴も脱がず玄関に伏せたまま眠ってしまったことを思い出した。「疲れるってこういう意味なんだ」とはじめて気づいた日でもあった。

東京の方には写真のように入道雲が出ている。いい感じなんだがいまいちたよりない。写真の雲もこれで最盛期だった。雲頂は高空の風に流され毛羽だって数分で消滅していく。金床状に吹き上がる積乱雲を期待したがだめだった。

入道雲では、やはり小学生のとき千丈小学校の校庭でみたものが忘れられない。大洲方面にはよく入道雲が高く立ち上がった。沈む日に赤く染まるその姿は力強く神々しいものだった。


2017.8.9(水)晴れのち雨 エノキがあったんだ

 アカボシゴマダラ

今朝もいつも通り庭の観察。いくぶん飽きているオンブバッタやジョロウグモやアオコガネを撮影。飽きている被写体とはいえ深度合成モードとかスローシンクロとかいろいろ練習を積んでおきたい。

そういう練習台を探していると、はじめて見る緑色のイモムシが見つかった。すぐにアカボシゴマダラの幼虫だとわかったのだが同時にありえないと思った。というのは私は庭にエノキはないと信じていたからだ。

アカボシゴマダラの木はジューンベリーの根元にある灌木だ。その木の存在は以前から知っていた。ただしエノキだとは気づかず、駆除したヤマブキかジューンベリーのひこばえだろうと思い込んでいたのだった。

しかしアカボシゴマダラがいるのならそれはエノキだろう。その気になって改めて見なおせばやはりエノキだ。葉はわりあい特徴があるので気づいていてもよさそうなものだが迂闊だった。虫に木の種類を教えてもらったのははじめてだ。


2017.8.10(水)くもりのち雨 赤いコガネムシ

 コガネムシ

今朝は曇り空で暗く、iso2500に固定して深度合成モードを試してみることにした。すぐに見つかった被写体が妙に赤いコガネムシだった。

田んぼアクアリウムに生えているコナギの葉に止まっている。こういう状況は深度合成モードに適している。距離が連続的だからだ。距離的にごちゃごちゃしているとき、TG-5の深度合成モードはうまくいかない。

撮影はともかくこのコガネムシの赤さが気になった。種類はそう珍しいものではないはずで、しょっちゅう田んぼアクアリウムで溺れてるやつだと思う。ヒメビロウドコガネなのだろうか。ビロウドコガネの類は確かだと図鑑を繰っても、これ!というのには当たらない。奇しくもよく見かける黒いタイプもコナギの別の葉に止まっている。双方とも息も絶え絶えの這々の体という感じだ。交尾したまま溺れかかって命からがらコナギに登った・・・という経緯なのだろうか。いろいろ面白いことがあるもんだ。

今年はやたらと多い庭のジョロウグモであるが、ようやく脚欠け個体が見つかった。脱皮して間もないらしく脱皮殻が巣に残っている。さて今年は脚の再生確認ができるだろうか。こういうのは深度合成モードで撮ったらだめだ。さすがにiso2500ではざらざら感も半端ない。


2017.8.11(金) 洗われた雑草

 オオカワヂシャ

朝からずっと小雨でいそいそとウィリエールで境川。真っ先に確かめたかったのが、写真の雑草だ。鷺舞橋の湧水付近を覆う雑草が泥を被ったままで汚らしかった。先の雨で洗われてきれいになっていることを確かめたかった。

雨の路面にはいろいろな虫が転がっている。ショウリョウバッタが多数つぶれている。コクワガタやカブトムシも出ている。セスジスズメもけっこう歩いている。今日の接写は全部フォーカスブラケットモードを試してみた。雨で暗く被写界深度がとれないとき無理やりisoを大きくしてもろくな結果がでないことがわかった。それならオートフォーカスを信じ切らずに数打ちゃ当たるでやったほうが結果はよくなるだろう。

とくに効果的だったのがクモだ。どうやらアシナガグモはオニグモの空き巣を利用する習性があるようで、今日も鷺舞橋のオニグモ空き巣でアシナガグモが見つかった。オニグモの広くて強力な巣にかかる獲物をくすねる作戦と見た。アシナガグモは水面付近に水平の円網を張るクモだ。小さな水辺(庭の衣装ケース池)をめざとく見つけて巣を張ったりしていた。かなり歩き回ってないと見つからない水辺なもんで、なにか特殊な習性があるんだろうとは予想していた。今日はオスらしい小型のやつが風に揺れる巣を歩いている。やはりフォーカスブラケットモードで数打つべきだろう。

次にこれも鷺舞橋に多いジョロウグモ。極めて接近している2頭のメスがいた。「これはいつか喧嘩になりそうだ」っていう感じの写真にしたくていろいろなアングルから狙ってみた。自分の目が信用できないのだからフォーカスブラケットモードで数打って、パソコンモニターで確認して一番いい感じのを残すのがいいだろう。結果、いまいち接近感が出せなかったのは残念。

自転車はとにかく上ハン犬走りの練習。追い風だと42×12Tのアウタートップも使える。80rpmで35km/hになる。これ以上重いギアはレースをやらない素人には必要ない。上ハンはようやく手・腕・肩・背中に力をいれることはできるようになった。


2017.8.12(土)くもりのち晴れ 晩夏の厳道峠

 厳道峠

夜半から強く降っていた雨は朝には止んでいた。今日は山梨県にある厳道峠に行こうと決めていたものの体が異常にしんどかった。境川の犬走り練習が意外に堪えている。急速に回復力が落ちていることをまた自覚。道志みち方面は相性が悪いな。50km先にある4キロ足らずの峠だからゆるゆるいきゃなんとかなるだろうとウィリエールで出発。

山の方に行くときには定番となった休耕田で休憩。目の前に高く茂っているオオアレチノギク(たぶん)でオオカマキリ(たぶん)が羽化していた。夏が終わる。そんな季節だ。みれば脱皮殻の脚は草の葉にしっかりかかっているものの、肝心の本体はぶらぶらだ。腹の先だけが皮に入っていて、体の重さで脱ぐ作戦らしい。他人事ながら、そのやり方でスポンッと抜け落ちたら一巻の終わりだと心配になった。気にはなっても見届ける時間がない。

やっぱり体は動かない。土山峠から宮ヶ瀬ダムを経る道路はけっこう嫌いだ。がたがたなのが一番の理由。道志みちもけっこう嫌いだ。自動車やオートバイが多いのがその理由。厳道峠に行こうとすれば逃げ道はない。それがわかっているのでどうしようもない。

うんざりしてくたびれ果てて厳道峠(野原林道)入り口に到着。ガーミンのコースを作っておいたから見逃さずに済んだ。峠道はまさに天国だ。スタートすればすぐにツクツクボウシのシャワー。すっかり晩夏の風情。写真のような広葉樹林の中をくねくねと進む一本道。30年ほど前に開通した新しい道路らしく舗装はとってもよい。タイヤを裂く落石や湿ったコケとか地雷はあるけれど、半原越をホームコースとする私には障害にならない。この道が近くにあれば足繁く通うだろう。

厳道峠の頂上付近はひんやりと霧の中。体でも夏の終わりを感じた。そういえばと帰路にカマキリの様子を見れば、ちゃんと羽化してオオアレチノギク(たぶん)に同じ姿勢で止まっていた。くしゃくしゃだった翅はしっかり伸びきっている。脱皮殻は草についておらず根元に転がっていた。自分で落とすのか自然に落ちたのか。


2017.8.13(日)くもりときどき晴れ ショウリョウバッタが多い

日曜午前の境川。ウィリエールで出かける。昨日よりはまだ体が動く感じだ。厳道峠はしゃかりきにならかったのがよかったのだろうか。それでも本調子にはほど遠い。犬走りはあきらめて軽くひっかかりのないペダリングに留意することにした。

境川の路面にいま一番多い虫はショウリョウバッタのようだ。水道橋の下で褐色型のメスを見つけて撮ろうかどうか迷って行きすぎた。立石橋からいつものように折り返してくるとすでに轢かれた後だった。あのとき撮影しておけばもうちょっと長生きさせることができたなと少し後悔した。それにしてもバッタともあろうものがこうも簡単に自転車ごときに轢かれていいもんだろうか。腹がつぶれてオレンジの卵が飛び散っているのを見れば、ここまできてもったいなかったと思う。

スリーエフ白旗店の近くに一戸分の空き地があっていい感じにススキやオオマツヨイグサが茂っている。そこにやたらとキリギリスが多い。すぐ近くで鳴き声がするから、姿を見ておこうと草の間を注視したけれど姿は見えなかった。足元にショウリョウバッタがいて、一瞬ショウリョウバッタモドキに見えたが緑型のメスだった。境川でもエンマコオロギが聞こえるようになってきた。今年も稲がみのる。

自転車は特にこれということもなく100kmほど走って練習終了。帰宅してウィリエールを水洗い。3日間300kmの泥を落とした。前輪のPRO4が限界を超えているから廃棄。ST-3300(ソラ)はいい感じだ。格好も良い。8段よりも9段の方が良さそうな気がする。スプロケットは11Tから使えるし9段の方が沢山持っているから。ひとまず右レバーだけサイクリーに注文した。壊れてないといいな。ST-3400だと新品の入手は難しい。もっと早く買っておけば良かった。


2017.8.15(火) 青の新幹線

昨日の夕方から腹がおかしくなった。ちょいと痛いのだが痛さが変だ。悪いものを食って当たったというわけではない。下痢も嘔吐もない。昼飯を食った直後に走ったのが悪かったかもしれない。神経性胃炎も疑われる。仕事でちょいとしたミスが有り、それが同じことを2度やっちまったものでちと堪えた。

痛みは夜になってやや強くなった。深刻なことにはなりそうもなかったが、鼓動に合わせてずきずきと痛むのは不愉快だ。

整体師である女房に触ってもらった。左足をさすって、こういうのは初めてだという。簡単に治るもんじゃないようでさじを投げられた。

深夜になっても痛みは収まらず眠れない。痛いのは腹の真ん中だ。擦ると筋肉痛みたいな痛みもある。胃の中に丸い玉があってそいつが悪さをしている感じだ。痛みは辛抱できるが眠れないのは不愉快だ。眠れぬときには余計なことを考えるもので、クラウディオキャプーチには何か化物伝説みたいなものがあったはずだが、ありゃなんだったかな、テレビのレース中継のときに解説者が言及していたようなしなかったような・・・自転車やめてから物理学者として成功したとか・・・まあどうでもよいことだ。

いつの間にか眠っていたらしく未明に目が覚めた。まだ痛みが続いていることは夢うつつの状態でわかった。なんとか痛みを沈めようといろいろな方法をためした。ふと青い新幹線のことを思い浮かべると痛みが消えることに気づいた。0系新幹線は青っぽい。車両だけでなく、座席とか操縦台とか網棚とかも青をイメージするとよい。青はその対象の色ではなく、フィルターを通したような色かぶりしている青だ。それが黄色とか赤をイメージすると痛みがぶり返してくる。新幹線以外のことを考えてもだめだ。

馬鹿げたことだが痛みが消えるのは確かだからしばらく青の新幹線をイメージすることに集中していた。そこにふと仙人っぽい老人が登場した。亡くなった父のようでもあり、趙州のような仏様かもしれない。その仙人は私に対して、そのコツを忘れないようにと忠告してくれた。

また眠りに落ちて目を覚ましたのは6時だった。痛みはほぼ引いている。女房も起きて、私の左脛を触りながら、かなり回復している、とり憑かれなくてよかったねという。実は夜に触ったときにこれまでにないゾクゾクする嫌なものを感じたのだという。悪者が憑依している感じ。彼女は霊媒体質だ。私は霊を感じないし無頓着ですきもある。霊のほうで私を頼るらしくいろいろ連れてくるらしい。お盆でもありいろいろいてこういう童話的なことも起きるんだろうと思った。


2017.8.16(水) アオマツムシ

中央林間駅からの雨の帰宅途中、きれいではっきりしたコオロギの声が響いていた。声の主はすぐにわかった。アオマツムシだ。気温の低い夜の初鳴きは秋の訪れを風流に告げる。その昔、北杜夫が外来の虫だけど声はなかなかよいと評したのはこんな感じだったんだろう。東京・横浜でもまだ珍しかったころのことだ。今ではやつの最盛期になるとあまりのやかましさに軽い殺意を抱いてしまう。


2017.8.19(土)晴れのち雷雨 パワーキャル

パワーキャルという心拍送信計を買った。キャットアイのものを使っており何の不満もないのだが、パワーキャルは心拍のデータを元に「パワー」を表示するという新機軸がある。

パワートレーニングはこの数年自転車で大流行している。自転車に入れ込んでいる友人も、ハブとかクランクに歪み計を内蔵するタイプのパワー計を使っている。それなりに楽しそうであるし測定系は大好きな私である。装置が高価であるということを除けば躊躇なく導入すべきアイテムである。いろいろ調べてペダル内蔵式なら私の自転車に簡単に追加セットできるし、13万程度と安いのでさっそく買おうと思った。

ところが、歪み計とは全く別のシステムでパワーが計れるというふれ込みのパワーキャルなるものがあることを知った。どうやら心電図のもとになる電気信号を微分方程式にかけてパワー(W)に換算するらしい。私の主戦場は半原越である。そこでの走りを高めるためのアイテムとしては歪み計よりも心電図計のほうが適していると思った。かねてから心拍数と出力の差は気になっていた。出力に遅れて心拍数が上がること、それ以上に心拍数が高いまま出力が落ちていることが気になっていたのである。特に半原越の区間4で平均心拍数190bpmで6分なんてのは嘘に決まっている。 きっと本来は170bpmぐらいの出力で5分以上走っているに違いないのだ。

心拍数と出力の関係をしっかり把握できればもっと効果的な練習ができるはずだ。そのためのアイテムとして歪み計Wはきっと使える。もっと使えるのがパワーキャルの心電図Wかもしれないと思ったのだ。

今日はパワーキャルとガーミンエッジ500をつないでウィリエールでひとまず境川。半原越に行けばいいんだけど、天気予報は午後山沿いで雷雨。空をみれば朝から北の方がそれっぽい。ちょっとひよってしまった。

境川で試した感じでは予想以上にうまく出力表示できているようだ。個人用の設定は一切なしで、心電図の波形だけで想定Wを表示している。力を入れれば上がり抜けば下がる。その反応は想像よりも速やかだ。境川ではおおむね100〜250Wだった。いつもの高鎌橋ー立石橋でラップをとれば、向かい風で25.1km/h 167bpm 241W。追い風で27.3km/h 160bpm 219W。

これは明らかに高すぎるWだ。たぶん70Wぐらい高く表示されているだろう。パワーキャルに言わせてみれば「ちょっと乗れるアメリカ人なら、こんな感じで心臓がうごいてりゃ200Wは出してるんだぜ」ということだろう。実はそれも想定内だった。私の主戦場の半原越は登りなので、歪み計でも心電図でもない本当のWが「ロードバイクの科学」で教えてもらった方程式で求められる。真のWよりもパワーキャルのほうが高い値を出すのなら、その両者を近づける練習を積むことで私の理想とする登り方に近づくんじゃないかと予想できる。歪み計Wでその練習をするにはいくぶんややこしい脳内変換が必要だ。そこんとこが歪み計よりもパワーキャルのほうが私にあっていると判断した理由だ。ちなみに境川から離れるところの50m登坂で気張れば速やかに300Wと出ていた。パワーキャルはたぶん登りでも使える。さあ半原越に持ち込むとどうなるか。

境川はますます秋めいてほうぼうからエンマコオロギが聞こえるようになった。鷺舞橋のところにヤマカガシの轢死体があった。すでにぺしゃんこになっており自転車は平気で轢いていく。虫とはいえヘビぐらいの高等動物になるとかわいそうで死体でも踏むことを躊躇してしまう。子どもがヤマカガシに噛まれて意識不明になったというニュースが流れたときはヤマカガシが悪者扱いされると心配したが、それは杞憂だった。そこまでみんな馬鹿ではない。ヤマカガシのそばにヘクソカズラが咲いていた。7月7日にヘクソカズラの葉を巻いていたのはこの蛾だった。もしかしたらアリを手なずける技を持っている名のあるお方かもしれないが、私にはその名がわからない。

ついでに、今日のデータはガーミンコネクトにアップロードできなかった。記録ファイルの不正エラーとのことだ。これは想定外だった。まさかパワーキャルを使ったからではあるまい。エッジ500でデータを見ることは可だ。ひとまず手動でStravaにアップロードして地図もグラフも見ることができ事なきを得た。ガーミンコネクトは何かといらいらさせられることが多くデータをみるにはStravaのほうが良さそうだ。さらに驚いたことに、Stravaだと私の旧式マックサファリでもログインして数値を見ることができた。この想定外はうれしい。グラフは見えないが、そりゃ当然だ。ガーミンエクスプレスは「使えない」感が満点であるし、ガーミンコネクトにログインすることができない。あまつさえエッジ500を私のマックにつなぐとエッジ500が壊れるらしい。


2017.8.20(日)くもり 境川秋色濃く

昨夜に強い雷雨があった。境川はどうなっているかとウィリエールで日曜午前のサイクリング。パワーキャルもつけている。流れは濁っていた。けっこうな増水があったようで護岸の半分以上の高さまで泥がつき草がなぎ倒されている。蛙飼養所(通称飯田遊水地)は様相が一変している。普段よりも3mは増水している感じだ。おりしも溜まった水を今飯橋の近くにある排水溝から流している所だった。

こりゃ下流の湧水遊水地(通称俣野遊水地)にも水が入ったな、と鷺舞橋から覗いてみれば、驚いたことに濁流は入ってなかった。どうやらひとまず蛙飼養所に貯められるだけ貯めて、あふれた分があれば湧水遊水地で吸収するという作戦らしい。湧水付近の雑草保護には良い作戦だと思う。横浜市のデータを見れば、増水は高鎌橋で3m超が3時間近く続いていた。その時間帯分の増水は蛙飼養所でまかないきったようだ。

今日も高鎌橋ー立石橋の区間でパワーキャルのデータをとった。今回は心拍Wを上げない作戦をとろうと思った。これから私は、速度を維持しつつ心拍Wを上げない走り方を研究しなければならないのだ。そこで得意の30km/h巡航。得意のはずが久しぶりで最初はうまく行かなかった。なかなか高度な技ではあるけれど、完全に身についていると過信していた。下ハン30km/h巡航の練習もときどきやっておかねば。上りが78rpm 27.8km/h 157bpm 211W。下りが77rpm 28.4km/h 159bpm 199W。 平均速度が上がってワットが下がっているのは狙い通り。昨日は上ハン犬走り+引き脚だった。ただし風は今日の方がずっと穏やかだった。ちなみに今日のデータはガーミンコネクトにアップロードできて一安心した。

 カマキリ

さて秋は境川の路面にいろいろ出てくる季節である。写真は初成虫カマキリ。カマキリの幼虫が轢かれることは少ない。成虫はうろつき回っており轢かれることが多いのだ。昆虫という生き方の宿命である。セスジスズメも多く目についた。こちらは季節&生態に加えて夏の草刈りが影響しているようだ。住み慣れたヤブガラシが切られて移動を余儀なくされたらしい。エンマコオロギの声は昨日よりも多く蝉はツクツクボウシが増えた。たぶんに気分の問題だが。

道路脇の田の水稲がミステリーサークルのようになぎ倒されていた。昨日の雷雨でダウンバーストが起きたのかもしれない。


2017.8.21(月)くもりときどき晴れ 半原越でパワーキャル

パワーキャルを半原越で試す日だ。ウィリエールで出かける。清川村も半原越も夏の終わりで虫の気配が満点だ。自転車で走って路面に虫を見つけいちいち撮影しているときりがない。クサキリ、ウシアブ、ミヤマアカネ、クロアナバチ、ミンミンゼミ、ミヤマクワガタ、コカマキリ、オオツママグロヨコバイ、アシダカグモ、カマドウマ、コバネイナゴ、ゴマダラチョウ、ムカデ、タマムシ。自転車を止めて撮影したぶんだけでもこれだけになった。

自転車遊びは3日目で体は弱っている。もうちょっとは力を出せないとパワーキャルのテストとしても不十分だな、と憂慮しつつ登った。区間4ではバテバテで体からパワーが絞り出せなかった。

タイム ラップ 目標 km/h rpm 心拍 W pcW
区間1 5'24" +12 13.1 69 154 163 219
区間2 6'02" 5'24" +14 11.7 69 172 169 253
区間3 6'13" 11'26" +25 11.5 64 173 162 249
区間4 8'05" 17'39" +53 9.0 57 175 161 259
全体 25'44" +104 11.1 64 169 163 247

上の表でWとあるのが、ロードバイクの科学で教えてもらった方程式をもとに算出したもの。かなり正確な物理の数値だ。いま流行の歪み計Wの値は理論上でこのWと等しくなるはずだ。pcWがパワーキャルの出した値。心臓の動きをもとに出力を概算するというふれこみである。これから「この両者の差を少なくする=上達する」という仮説の元に練習を積むことになる。

ちなみに今日の区間4は8分オーバーのダメダメ記録である。だめなのは心臓ではなく脚の筋肉の疲労という感じがしていた。その感覚は数値にも反映されているらしい。もっとも斜度のある区間4で物理Wは大きくないのに、心拍・pcWがともに最高値になっている。「心臓は行けるのに脚がいけない」というところだ。

下の表は3回目の区間4。いろいろ調整しながら上り下りして軽く登ってハーフでタイムをとった。奇しくもタイムはほぼ同じで、心拍数は8拍少なくpcWは16小さい。パワーキャルのWが心拍数だけを反映しているインチキなものだとがっかりだけど、心拍数だけでない「巧みさ」も表しているはず・・・とういうことも回数を重ねればわかるかもしれない。

タイム ラップ 目標 km/h rpm 心拍 出力 PC出力
区間4 8'07" - - 9.0 57 167 161 243

 オニヤンマ

愛川側に少し下った水場で昼飯を食っていると、1頭のオニヤンマが産卵場所を探して徘徊していた。ぐるぐる飛びながらときどき流れの中に腹の先を落としている。水汲み場の水はそのまま地面に流されて浅い流れを作っているのだ。それがオニヤンマの産卵場所になっており幾度か産卵を目撃している。3周ほど巡回してオニヤンマは産卵の体勢に入った。ありがたいことに撮影絶好の場所だ。やおらTG-5を取り出して撮影開始。オニヤンマはひとたび産卵をはじめると、手が届くぐらいの距離に近づいても大丈夫だ。

ハイスピードの連写を使えば1往復の産卵で10カットは写せる。フォーカスはやはりマニュアルでないとダメだ。TG-5を買ってよかった。上下の動きはけっこう速いので1/320sだと飛行中の動きはかなりぶれる。どちみち1/1000sでも止まらないだろうから無理にisoを大きくするのはやめた方がよいだろう。影になっていてもiso800ぐらいか。

オニヤンマの産卵だとビデオの方が圧倒的に面白い。ついでにビデオも撮っておこうとしたものの設定がわからなかった。あきれたことに一度もビデオの練習をしていなかったのだ。オニヤンマでよかった。これがツチノコとか雪男とか宇宙人だったりしたら悔やんでも悔やみきれない。


2017.8.23(水)晴れのちくもり 庭のジョロウグモ

 ジョロウグモ

今年は庭にジョロウグモが多い。過去最高と言っていいだろう。ナツツバキ、ムクゲの下はすっかりジョロウグモに占拠されて満足に歩けない。不用意に歩いてしまうと巣を壊すからだ。写真の撮影日は昨日。いよいよジョロウグモにオスがつく季節だ。

たまにはD700も使ってみなければと撮ってみた。撮る楽しさとかできあがった写真のきれいさはコンデジTG-5と一線を画するものがある。

今朝には部屋の中に巣を見つけた。虫には寛容でなるべく好きにさせているものの、さすがにジョロウグモが室内に巣を構えたのははじめてだ。当然のことながら成長状態は悪い。腹がぺたんこだ。放置するわけにもいかず庭に捨てた。


2017.8.24(木)晴れ 半原越のイエネコ

 イエネコ

もう数か月前のことになると思う。半原越でイエネコを見つけた。そのときは、誰かに捨てられたもので数日で里に下りていくだろうと思った。ところがその後けっこうな頻度でこのイエネコを見かけるようになった。近づけば距離をとり逃げ腰であるから人を敵とみなす知恵はついているのかもしれない。

半原越にはイエネコの食べ物は豊富である。蛇、トカゲやカエル、蛾、バッタなどの虫からモグラ、ネズミ類がいる。野鳥の雛もとれるかもしれない。一方、イエネコを食べる動物はいない。猛禽類はせいぜいトビ、オオタカがいるぐらいだ。クマタカなどの森林性で大型のものはいないだろう。キツネも見てはいるがおそらく多くはない。イエネコならば半原越でそれなりに楽しく生きて行かれるはずだ。

こういう邪魔者はいくぶん不愉快である。私が半原越の住人でないようにこのイエネコも半原越にいるべきではない。イエネコは害獣駆除の対象になることはなさそうで、自動車事故にあうこともなさそうだ。繁殖期になって異性を求め里に下りて欲しいものだ。


2017.8.26(木)晴れのちくもり 座間のヒマワリ

 オオイヌタデ

半原越の途中にある座間のひまわりといえば、NHKのさかい天気中継にも登場したほどのビッグネームである。10年前ぐらいからひまわりがぽつぽつ育てられ、この数年はブレーク気味である。夏の宴が終わって現在はタデがひまわりを圧倒している。たぶんタデはオオイヌタデだろうと思う。背丈は1m以上もあり、これほどの群落になると壮観だ。花もけっこうかわいい。

オオイヌタデは境川では河原に生える。いまちょうど花期にあたる。ちょいと撮ってやろうと河原におりると、ヒメムカシヨモギも咲いていた。


2017.9.1(金)くもり時々晴れのち雨 ケセランパサランとリンゴドクガ

 リンゴドクガ

たまたま見聞録の記念すべき初記録はこいつだ。このケセランパサランを見つけたのは1998年の8月のこと、場所は八幡浜市にある鳴滝の近くだった。アスファルト舗装の路面を風に吹かれて転がっていた。手に取ればその見かけ通りに柔らかく軽かった。

これはあの有名なケセランパサランであろうと思った。その正体は妖怪ではないとしても、植物なのか動物なのかも検討がつかなかった。尻尾と頭があるから動物らしいけれど、似たものが思い当たらない。植物の種であっても動物のような見かけになることもあるはずだ。ひとまず植物の種という線から夏には注意していた。こういうものに対してかなり敏感なはずの私のレーダーでも20年にわたってキャッチできなかった。「種ならぜんぜん見つからないほうが変だ。神奈川には分布しない植物なのだろうか」と疑いつつも、いつかひょんなことからその正体もわかるだろう、わからなくてもかまわないと、本腰を入れて探る気もなかった。

そして今日、これがリンゴドクガ幼虫の脱皮殻だということが明らかになった。予想通り、ひょんなことからだった。SNSのタイムラインに同じような写真が流れてきてリンゴドクガの脱皮殻というコメントがついていたのだ。改めて写真を見直せばたしかにリンゴドクガに違いあるまい。幼虫自体は細長いものだが、脱皮するときに皮がたたまれて短くなり、長い毛がふわっと丸まってかわいらしくなった。顔も目もあるように見えたが、脱皮殻ならそれらもあるのが当然だ。


2017.9.2(土)雨のち晴れ 脚欠けジョロウグモ

 ジョロウグモ

今年は庭にジョロウグモが多い。ざっとみるだけでも10頭ほどのメスがいる。狭い庭であるから密集することになる。

昨日になって気づいたのが、脚欠けが多いということだ。なにげに撮った6頭のうち4頭が脚欠けだったのだ。写真の個体もその一つである。異常な高率である。

脚欠けが多いことの原因としてはやはり密集ということを挙げなければならない。しばらく私はジョロウグモ♀は自分の張った巣に落ち着いて滅多に移動しないと考えていた。ましてや他の巣に侵入して喧嘩になることなど極めてまれなことだろうと思っていた。しかし、この数年の観察で♀♀共食いを数件見ている。共食いのあと接触している他個体の巣をきれいさっぱり撤去するのも見た。

こうなるとジョロウグモ♀はけっこう自分の巣を離れて動き回ること、他の巣に入り込むことも少なくないこと。そうして出会ったら大げんかになること。これらのことは普通のことだと仮定しなければならない。私の庭でこの数週間の間に高率で脚欠けが発生したことはそうした争いの結果と考えるのが自然である。

であればジョロウグモ♀はいつ出歩くのだろう。普通に観察する限りではディスターブでもしない限り巣の中心から動くことがない。餌の確保とか巣の補修で自分の巣の範囲を動くだけだ。私の見ていないとき、たとえば夜間に動くだろうか。また、動き回るとしても結局は自分の巣に落ち着くようである。他個体の巣に入って喧嘩になって傷を負ってすごすご帰ってくるのか。あるいは侵入者に怪我させられてしまうのか。そもそも動く動機は何なんだろう。


2017.9.3(日)くもりのち晴れ みのりの秋

 セイバンモロコシ

日曜午前の境川。スリーエフ白旗店がまもなく閉店するとのことで魅力激減の境川サイクリングロード。いつまでここを楽しく走れるんだろう。

今日はウィリエールで出かけた。ハンドルバーにちょっとした小細工をして上ハン犬走りが楽になるようにしてみた。狙い通り上ハンは持ちやすくなった。向かい風の空力を考慮すればハンドルバーの中心を持って頭を下げるTTポジションが効率的なはずだ。それを狙ったプチ改造でもある。ただ、ブラケットを持って肘を直角にするポジションと空力的にどれほどの差があるかという点は疑問だ。いくら何でも時速にして1kmは変わるまい。

境川の沿線は実りの秋を迎えつつある。稲の作況は悪くないようだ。水田の水が落とされて田んぼからエンマコオロギが聞こえてくる。足元の鳴く虫はキリギリスからエンマコオロギにバトンタッチだ。私の関心事は稲よりもむしろ写真のセイバンモロコシ。こいつがクロナガアリのけっこういい餌になるのだ。今年もきっと収穫するだろう。秋の草刈りと競争だ。

鷺舞橋から見下ろすオオカワヂシャは花をつけているようだ。涼しくなったからもしや地上オオカワヂシャが成長し始めているかと例年のポイントを探ってみたが、オオカワヂシャは見あたらなかった。そのかわり穂をふくらませたガマ(ヒメガマ?)が見つかった。


2017.9.5(火)晴れ 脱皮したジョロウグモ

 ジョロウグモ

ジョロウグモの生態でどんどんわからないことがでてきた。写真は今朝撮ったジョロウグモ。脱皮殻が背中の方に見える。脱皮は円網外の補強部分で行うようで、そこに脱皮殻も残しておく。脱皮殻以外にも獲物の残骸などのゴミを背負う形で定位することが常態のようだ。

写真のメスはちょっと注目している脚欠けである。脱皮殻の脚は8本あるから脱皮後に1本が脱落してしまったことになる。もしかしたら脱皮の失敗で脚が欠けることがあるのかもしれない。

また、ジョロウグモ♀の争いについて思いついたことがあった。ジョロウグモは攻撃されるとすぐに落ちていく。縦糸を伝って、枝の方に歩いていくこともあるけれど、ひどく慌てたときは糸を命綱にして落ちていくことがある。たとえばいきなり指でつついたりしたときだ。その場合、多くの巣が密集していると、落ちた拍子や復帰のときに他人の巣に入り込んだりするおそれがあるのだ。


2017.9.6(水)くもり時々雨 ジョロウグモの成熟について

 ジョロウグモ

昨日脱皮を確認したジョロウグモにオスがついていた。それでしばらく気になっていたジョロウグモ♀の成熟について改めて考えてみた。

そもそも成熟を考える発端は去年の夏にあった。小さなジョロウグモ♀を飼育して脱皮させようとしてうまく行かなかったのだ。小型の脚欠けを庭でつかまて、プラケースに入れいろいろな餌を与えて脱皮の日を待った。むろん欠けた脚が脱皮で再生できるのかどうか確かめるためだ。しかしその小さなメスはひと月ほど飼育しても脱皮しなかった。そこで、ジョロウグモは夏のうちのまだ小さい段階で最後の脱皮を終えてしまうのではないかという疑念が持ち上がったのだ。

今朝、オスがついたジョロウグモはまだまだ小さくてジョロウグモらしい迫力がない。あと1〜2回は脱皮するんじゃないか?と思える。このメスの脱皮を確認したのは昨日の朝だ。脱皮の目撃ではなく、巣に新たに脱皮殻がついていたことで、この数日のうちに脱皮をしたのだろうと判断した。そして脱皮後すみやかにオスが来たようである。となればオスはメスの成熟を嗅ぎつけたのではないかと仮定できるのだ。

一般に外骨格の動物は脱皮で大きくなる。このジョロウグモは脱皮しなければ大きくなれないとすれば、現時点での成熟というのはありえないと思う。もしジョロウグモでは風船が膨らむように脱皮しなくてもサイズが2倍、3倍に大きくなれるのだとすれば勘定は合う。

 ジョロウグモ

左の写真にあるように、私の庭のジョロウグモ♀で最初にオスがついたのは8月22日のことである。そのメスは小さかった。そのメスは7本脚ながら最も成長のよい個体である。今朝の観察ではすでにジョロウグモ♀の特徴が出ており、このまま脱皮せずに成熟するかもしれないと思える。

この間の2週間、それなりに注意しておいたものの脱皮をした様子は確認できなかった。となるとこいつもオスがついた時点で最後の脱皮を終えていたのではないか、という疑念が生じる。その体はとても小さく弱々しくてとうてい成熟メスとは思えない。

どうやらジョロウグモの成熟具合を確かめるには本腰入れて観察しなればならないようである。そもそもこのジョロウグモが脱皮後すみやかに殻を廃棄したのなら、馬鹿の考え休みに似たりを体現していることになる。


2017.9.7(木)くもり時々雨 モンクロシャチホコ

 ジョロウグモ

私の庭にはじめてモンクロシャチホコがわいたのは去年のことだ。ジューンベリーをよってたかって暴食し大量の糞をばらまいた。

やつらは今年もやってきた、しばらく前から小さい糞がばらまかれており、今年もついたかと枝を見れば葉に噛み跡がある。毛虫たちは小さくてその存在もよく見えずモンクロシャチホコと特定することができなかった。そして今朝、二階の窓からジューンベリーの枝を見れば、写真のように大型に成長した毛虫が枝にびっしりたかっていた。

モンクロシャチホコの葉の食い方は特徴がある。とにかく体が触れ合う塊で行動する。群れて葉を食べ、葉がなくなると集団で移動して新たな枝にたかる。葉が尽きるとまた集団で次の枝に移動して行くようだ。こうした集団行動を繰り返すものだから食われた枝は哀れ丸裸になってしまう。

ジューンベリーの葉は9月ともなるといくぶんくたびれている。色あせて黄葉がちらほら混じる。たべても美味しくなさそうな葉ばかりの季節にあえて成長して来るモンクロシャチホコはちょっとへそ曲がり感がある。

いま集まっている枝の下には田んぼ水槽がある。放置すると糞だらけになってしまう。しかたなく1mほど場所を移動した。モンクロシャチホコが葉を食い尽くして移動すればもとに戻そう。小型のプラケースだから対処できるものの、プラ舟とか池なら致命傷になりかねない。迷惑千万なことである。

モンクロシャチホコは人が食べてもうまい毛虫らしいが、あえて食べる気はしない。霜降り神戸牛のステーキもうまいと聞いているが、そちらを食べる気がしないとの同じだ。


2017.9.8(金)くもりのち晴れ 深手

 ジョロウグモ

一番成長のよいジョロウグモ♀が5本脚になってしまった。7本脚の手負いだったのに新たに2本の脚を失った。これで彼女の未来は暗澹たるものになってしまった。

脚を失った原因は脱皮の失敗ではない。まちがって他の巣に入って大喧嘩になってほうほうの体で逃げ出したというのも可能性としては小さいように思う。逆に、他のジョロウグモ♀が侵入して襲われたということもありそうにない。別の原因を探る必要がある。

可能性としては、獲物の逆襲を受けた、という線がある。ただしこれまで観察した感じでは、ジョロウグモは獲物に対してきわめて慎重である。ヤブ蚊レベルの微小なものであれば一噛みで勝負が決するが、オンブバッタ程度の攻撃力が小さそうな虫でも慎重に近づいていく。後足の攻撃力を測っているのかもしれない。総じてクモの体長を超えるサイズの獲物に近づいていく様子は恐恐と言っても良いぐらいだ。成虫のオオカマキリが成虫のジョロウグモ♀の巣にかかったときには、クモは数度アプローチを試みるものの、触ることができず一日以上放置したあげくカマキリが逃げ出したこともあった。

まだ小さいとはいえジョロウグモの脚をもぎ取るぐらいの虫であれば、それなりに大型で攻撃力があるはずだ。いま庭にはツチバチがいる。クモの巣の間を飛び回っているから巣にかかることがあるかもしれない。サイズはジョロウグモ♀よりも大きい。大顎の攻撃力もあるだろう。7本脚になっている手負いのジョロウグモでは分が悪いかもしれない。

 ジョロウグモ

昨日5本脚になった♀とは別に、もっと小さいもので6本脚になったものがいる。こちらは脚をうしなった時期が早く成長が芳しくない。しばらく7本脚だったのが、また1本の脚を失ったのだ。奇しくも最も成長の良いものと悪いものがほぼ同時に手負いになった。こちらの巣は小さくて華奢でツチバチはかかりそうもない。かかってもクモは持て余すだろう。このクモが獲物の反撃によって傷を負ったとしても、その犯人に心当たりはない。

脚を失ったジョロウグモ♀がさらに脚を失う事例が相次いだ。手負いのものがさらに深手を負う傾向はありそうだ。


2017.9.9(土)晴れ 時のたつのが速くて

 フクラスズメ

ウィリエールで半原越。清川村のいつもの草むらはカラムシの花盛りになっていた。葉にはひどく食痕がある。どうやらフクラスズメがわいてるぞと探してみれば写真の毛虫が見つかった。フクラスズメの終齢幼虫だろう。食痕のわりに個体数が少ない感じがある。大半は蛹化をはじめているのかもしれない。

フクラスズメは親しい毛虫だ。一見してムカデにつながるようなヤバさがあるものの無害らしい。あえて確かめたことはないが。こいつらも50年前ほどの大発生をすることはなくなっているのだろうか。目にする機会が減るとなんだかいい虫に見えてくる。驚かしたときのメダパニカラムシ揺すりすらも愛嬌がある。不思議なものだ。


半原越はブラケットでやってみた。使ったギアは16-21。前足は体重で落とすことを一番のテーマにして、青木裕子つまり前太ももは使わないようにする。力を出すのは引き脚。短い激坂で60rpmを下回るようになればギア比を変えずに立ちこぎ。きっとこの乗り方が最高だろう。

タイム ラップ 目標 km/h rpm 心拍 出力 PC出力
区間1 5'06" -6 13.9 70 165 174 256
区間2 5'45" 5'06" -3 12.3 67 177 178 265
区間3 5'50" 10'51" +2 12.2 66 176 173 260
区間4 7'21" 16'41" +9 9.9 59 179 178 266
全体 24'02" +2 11.9 65 175 176 262

スムーズで楽に走ったけれど好タイムとはいえない。ラストの100mだけ青木裕子を動員してシッティング踏み乗りをやってみた。タイムの欲しい頃はこの踏み込み乗りを多用して息ができないくらい腰が痛くなっていたことを思い出した。

ちなみにゴールして、区間4は6分50秒ぐらいかな?とEdge500を見て正直愕然とした。思ったより30秒も遅い。老化にあわせて時のたつのが速く感じるようになるというのは真理だ。峠のタイムトライアルでも同じことが起きるらしい。


2017.9.10(日)晴れ ハンドルバーへの細工

ハンドルバーに細工を施したウィリエールで日曜午前の境川。バーにTTっぽいクリップオンのバーをつけた。テレビで見る選手のTTスタイルはとってかっこいい。上体が低く、前後から見ると下半身しか見えない。空力が良く速そうだ。実際50km/hで走っている。真似はしたいのだけど、私は分別ある大人である。100万円もするTTマシンなど買えるわけがない。そこであり合わせの材料でそれっぽいものを作ってそれっぽく走ったらどうかな・・・とやってみた。

TTポジションでは体の軸をしっかりしなければ走れない。もともと姿勢を低くする走り方は練習をつんでいるし、バーの中央付近を握る上ハンも得意だ。完全とはいかなくてもそれっぽくは走れる。それっぽい自転車でそれっぽいフォームで30km/hで走る。

ただ、境川ではいい感じで向かい風がくるから、50km/hの風を受けることは非力でも可能だ。天然の風洞実験としてポジションの差による空気抵抗の感じはわかる。これまでもブラケットや下ハンよりも上ハンのほうが抵抗は小さいと感じていた。上ハンだと体がつっぱるから、すこし楽にするために操作性を犠牲にしてバーをつけるのがTTスタイルだ。

向かい風が強ければ強いほど効果を体感できる。おそらくタイムも上がるだろう。対空速度50km/hなら時速にして500m以上は違う感じがする。ブラケットをもって肘を直角に曲げる姿勢では、腕2本分の風を受ける。その2本分の抵抗はけっして小さくないのだ。

それがわかったのは儲けものとして、はたして私は境川で速く走る必要があるのだろうか。昨日は同じ仕様で半原越に行って、上りではTTスタイルは何のメリットもなさそうだと感じている。境川の向かい風だけで速くなる仕様って無駄じゃない?というのが今日の疑問点。


2017.9.17(日) 寂しくなる境川

 エビガラスズメ

日曜午前の境川。ハンドルバーの細工をまた少しいじったウィリエールで出かける。風は北寄りで冬の空気が吹き込んでおり雨はけっこう冷たい。濡れた路面には雨の日ならではのカエルやカタツムリが散見される。スズメガの幼虫も多い。種類がわかるのはセスジスズメと写真のエビガラスズメ。ポケモンGOでヒマナッツが出てくるとエビガラスズメの顔を思い出す。

うまい具合に向かい風が強くハンドルバーの調子を見ることができる。TT仕様は確実に抵抗が減り操作も難しくなってそれなりに面白い。ただし速くなるのは向かい風だけだ。境川の向かい風を速く走る意味は私にはない。だったら不格好なアタッチメントをつける意味もない。

雨でサイクリングロードは貸し切り状態。この程度のことで自転車乗りがいないのは寂しいことだが、空いているのはありがたい。いつもの往復時間を計ってみた。向かい風が15分で追い風が20分。15分だと平均速度は軽く30km/hを超える。

この10年ほど足繁く通ってきたスリーエフ藤沢白旗店が21日で閉店になる。寂しくなる。日曜午前の境川の意味がなくなる。


2017.9.18(月)晴れ 台風の被害

 青空

台風一過で良く晴れて気温が高い。写真はさわやかな青空を背景にしたわが家のジューンベリー。紅葉の季節を前にして完全に丸裸である。群れになって発生したモンクロシャチホコ幼虫の仕業だ。モンクロシャチホコの加害はジューンベリーだけに留まらない。いろいろ観察して結果をまとめておこう。

やられたといえば台風の被害も小さくはなかった。わが家のジョロウグモたちは成長がいまいちで脚欠けも多い。未明の暴風でかなりやられるだろうと予想していた。朝になって様子をみれば大半が姿を消していた。巣を離れて雨風をしのいでいるだけでやがて復活するのだろうと期待したい。

境川はハンドルバーの細工を外したウィリエールで。やはりアタッチメントはいらないと思った。境川の増水は越流堤を超えるほどではなかった。横浜市水防災情報のページによると、大清水橋で最大2m程度が2時間。

スリーエフ藤沢白旗店がなくなると練習パターンが変わる。高鎌橋のセブンイレブンを使うことになりそうだ。そこの壁にはイラガの姿。セブンイレブンのレッドロビンにはけっこうイラガがわくのだ。要注意。


2017.9.20(火)くもり クモの復帰

 ジョロウグモ

写真のジョロウグモを撮影したのは昨日19日の朝である。その前日、18日の午後にはこのクモも巣も影も形もなかったことを確認している。なんとこのクモは一晩で立派な巣を織り上げたのだ。このメスは特徴ある5本脚だから同じメスが同じ場所に復帰したとみてよいと思う。

このメスは今年一番目をかけている個体だ。第一に大変よく目につくところにいる。なにしろこいつのせいでムクゲの木の奥に行くことがかなわない。ムクゲに巻き付くヤブガラシの駆除に手が回らず困っているぐらい撮影しやすいのだ。

第二にはつぎつぎに脚がもげて今や5本脚になっているからだ。8本脚のクモが5本脚になっては不自由だろう。いつまで生きていられるのか、もしかしたら脱皮が目撃できるかもしれないと淡い期待すら持っている。このメスには早いうちにオスがついており、成熟をはじめている可能性は大なのだが。

 ジョロウグモ巣の糸

ところで、この写真のように巣の造作はひどいものだ。もとよりジョロウグモの巣の横糸はぴしっとしたものではない。ちょうど五線譜のように幅の狭い数本が束になるような案配でかなり波打つものだ。しかしこいつの横糸は平行であるはずの部分がかなり交差している。おそらく意図通りの糸張りはかなわなかったのだろう。

ジョロウグモは3本の脚を失った不自由な体でもこれだけの作業をすみやかにこなした。それほど稼ぎもよくないらしく体はやせ細り糸に力なくぶら下がる姿にいよいよダメか―――と心配した中での復帰だったのだ。


2017.9.23(土)雨のちくもりのち晴れ 握れ!

今日の境川は上ハンを握ることを重点に練習した。北からけっこういい風が吹いており向かい風練習には最適だ。ウィリエールのチェーンをフロントミドルにかけ、リアは15Tあたりを使って80rpmを目安にする。

強くバーを握ることは無駄のような気がするけれど握ったほうが上半身が安定して下半身の出力に無駄がなくなるように思える。それも80rpm以上のケイデンスのときにしっくり来る。ギアを重くして70rpmぐらになると握ることが無駄骨っぽい感じになる。手と足の連動性に乱れが出るからだ。パワーキャルなるものも装備しており心拍数とワットの相関をチェックすることもできる。心拍数が165〜170bpmぐらいでワットが200程度を表示しておれば理想のような気がする。今日は230〜250Wだったけど。

とにかく背骨に一本の芯を通して脇の下とか胸とかの上半身全体の筋力を動員して、向かい風だろうが追い風だろうが、上ハンをグーパーグーバーと押し引きすることに終始した。

半原越の登りも握りを強くした80rpm走ができれば、それが最高なんだろうと思う。思い起こせば半原越で最高の走りができたのは2011年の台風の翌日だった。あのときは路面を枝葉石ころが埋め尽くして常時上ハンをしっかり握って前輪のトレースを確実にしなければならなかった。意識することなく強握り犬走りができていたのかもしれないのだ。20分間だけ握力を動員することはできない相談ではない。使って上手に走れる力なら使わない手はないのだ。登りの負荷は向かい風の比ではない。重いペダルをクルクル回すにはパワーが必要で、握る力がどれほど効果的かは問題だけど。

さんざん練習をしての帰り道、水たまりを避けてフェンスのぎりぎりを走っているときにハラビロカマキリを轢いた。タイヤから伝わる感触はなかった。ただ、前輪がカマキリの後ろを通った刹那、やつがあわてて引き返した。ちょうど後輪が轢くタイミングだった。

まいいかと通り過ぎて5秒後に引き返すことにした。いまどき境川のアスファルトに出てくるハラビロカマキリはきっとハリガネムシの寄生を受けているだろう。もしそうであれば初ハリガネムシということになる。ラッキーかも―――と思いついたからだ。

Uターンしてカマキリをチェックすれば狙い通りハリガネムシがのたうっている。さっそく異変を察知してつぶれた腹から跳びだしたにちがいない。見慣れた光景であるけれど、その様子が奇妙だ。ハリガネムシが二股に分かれて細い糸が伸びている。細いほうもハリガネムシだ。轢かれた衝撃で裂けた――わけはない。どうやらあわれなハラビロカマキリは2頭のハリガネムシを腹の中で育てていたらしい。

さて、大小2匹のハリガネムシの関係はいかに? オスメス? 種類の違いがサイズの差を生んでいるのか。腹の中で栄養のとりっこで勝ち負けがあって差がついてしまったのか? いろいろな疑問符が点灯した。


2017.9.24(日)晴れ 因縁のカラムシ

カラムシ

写真は因縁のカラムシ群落である。去年の今頃のこと、撮影したかったこのカラムシを撮り逃がしてしまったのだ。

毎年この場所はひろくカラムシで覆われることを知っている。境川サイクリングで必ず通りかかる場所だからだ。どうでもいいような雑草であるけれど、去年は見事といっていいほどの食痕があった。おそらくフクラスズメ(はずむし)のしわざであろうと思った。サイクリングの途中であり、帰りがけに撮影しつつ毛虫を探してやればいいやと行き過ぎた。

予定通り帰りに通りかかれば、カラムシ群落はものの見事に消失していた。わずか3時間ばかりの間に秋の草刈りがはいってしまったのだ。プチ油断にちょっとがっかり。

その反省もあり今年は油断しなかった。残念ながら食痕は去年の半分程度でそれほど立派ではない。そしてその食痕をつけたであろう犯人も首尾良く見つけることができた。どうやら大半は蛹化の準備にはいっているらしく、ざっと見渡して2匹ばかりが目についただけだ。境川ではフクラスズメはけっして多くない。希少になれば値打ちがあがるのか――それとも半世紀前の回顧なのか――最近ちょっとこの毛虫が好きになっている。


2017.9.28(木) ジョロウグモの交尾

ジョロウグモ♂

一昨日、通勤の途中でジョロウグモの交尾を見かけた。場所は、以前オニグモが巣をかけていたところである。そのジョロウグモはけっして大きいものではなかった。脱皮してからそれほど時間はたっていないようで、メスの近くには脱皮殻が確認できた。

そして昨日の朝、首尾良く庭でもジョロウグモの交尾を観察することができた。状況は近所のものと同じである。脱皮後24時間未満なのは確実だった。一昨日の朝には脱皮をしてなかったからだ。

写真は今朝撮ったそのオス。けっこうな雨が降ってるものの、なんとなく晴れ晴れしているように見える。メスもオスも元気だ。ジョロウグモではオスがメスに食われている様子も数例観察してきたが、そういう例はまれで、どちらかというと同じカップルが数度交尾することがデフォルトかもしれない。

奇しくもメスの脱皮後交尾らしい行動を2例見た。ジョロウグモはオスが成熟間近のメスの側で待機して、成熟するといち早く交尾を行うのかもしれない。蝶なんかでは羽化メスの側でオスが待機することもあるようだ。それとも、脱皮メスは攻撃できないからオスがメスの懐に潜り込みやすいのだろうか。待機しているオスは常にメスの隙をうかがっており、脱皮はたんにその機会の1つとも考えられる。

ところで、気にかけている5本脚メスに今朝もう1匹のオスがついたようだ。そのオスはなんと3本脚である。3頭のジョロウグモの脚を合算して12本。ちょうど半分である。この2匹のオスはなぜ脚を失ったのだろう。脚欠けメスに脚欠けオスがつくのは単なる偶然なのか、必然性があるものなのか。


2017.10.2(月)くもりのち雨 深度合成の威力

コケの比較写真

土日は八ヶ岳にいってきた。八ヶ岳の山麓は火山岩がごろごろと転がるやや粗な林が広がっている。泊まっていたバンガローはそういう林の中にある。苔生した大きな岩に夜明けの光が木漏れ日となって降り注いでいた。

写真はTG-5でスナップしたもの。顕微鏡モードのワイド側にして深度合成モードで撮った。左がノーマルで右が深度合成したもの。左の方が見慣れた写真で、これでも十分良く撮れている感じがあるけれど、右の方をみれば記録としてこちらのほうがよい。肉眼で見た感じも右側に近い。

こういうものが手持ちでスナップできてしまうTGー5は恐るべきカメラだ。


2017.10.7(土)くもり 新しいストロボ

クロナガアリ

朝にはやんでいた雨は昨夜からけっこうな強さで降っていた。クロナガアリの巣にもダメージがあったものか、アリたちはしきりに巣穴から泥を運び出している。

今日の写真は自慢のスーパーマクロに再投資してストロボを変えて撮ってみた。いくらTG-5がすぐれているとはいえ、クロナガアリの撮影は一眼レフに限る。旧式のミラーあり一眼レフには写真を撮ることの醍醐味があり、そこに投資の価値がある。

私のニコンD300sスーパーマクロには一つ気に入らない所があった。それはアリの腹に光源が2つ写り込んでしまうことだ。ストロボを2灯使っていることの必然であり、光源の写り込みを1つにしようとすれば私には太刀打ちできない複雑な工作が必要になりそうだった。それで1灯でもそれなりに写せないものかと新しいストロボを買ってみたのだ。

そのストロボは最近注目の中国製でNEEWER SPEEDLIGHT NW-180Nというモデルだ。なにがいいかというと発光部が丸くて大きいことだ。アリの腹への写り込みが自然なものになりそうだ。NW-180Nはニコンの最新型カメラならTTLも効くらしいけれど、私のスーパーマクロはフルマニュアルなのでそんな機能は必要ない。ニコン純正の5分の1以下という安価さにはいくぶん不安もあるが、駄目元ともいえる。

はじめて撮った印象はわるくない。曇天の感じは出ている。ただ、影の部分が暗すぎる。これは1灯の必然だ。強く当ててもコントラストがつくだけで影の部分まで光を回すのは難しい。泥の上のアリは一筋縄ではいかないことを再確認した。iso200、f22、s1/160の設定は2灯式のものと同じにしているけれど、感度を上げるなりなんなりでストロボ以外の光をもう少し加えるような工夫が必要そうだ。


2017.10.8(日)晴れ 設定チェック

クロナガアリ

意欲は涸れても日曜午前の境川。ウィリエールで出かける。出がけに玄関で死んでいるクモを見つけた。どうもトタテグモらしく同じような個体は以前にも近くで見ている。死体ばかりで生きているものにお目にかかったことがない。ともあれ何かいいことがありそうな予感がする。

境川にでればすぐにツクツクボウシを聞く。アブラゼミの声は多数。ミンミンゼミも聞こえた。記録更新というわけではないけれど10月のセミは覚えておいたほうがいい。下手したら今年のラストかもしれないから。

路面でつぶれている虫をいちいち撮っているときりがない季節になった。ハラビロカマキリはおびただしい。カマキリ、ショウリョウバッタ、エンマコオロギなどなどおなじみの面々だ。

セイタカアワダチソウが見頃でツチバチなんかを沢山集めている。私はセイタカアワダチソウを50年ほど前にはじめて見た。近づくと喘息になるというデマともなんともわからない噂があったが、そのころからこの花が好きだ。たぶん虫たちは私よりもずっとセイタカアワダチソウが好きだろう。大きくて黄色くて蜜がたくさん出ているみたいだ。

帰宅してから2タイプのスーパーマクロの設定チェックをかねてクロナガアリの撮影。SB29タイプのほうにも補助灯をつけたところ、完全なアンダーになってしまった。こっちの方はアリよりも花の方に明かりを合わしている。SB29の角度が悪かった。NW-180Nの方はストロボを1/32にしてiso500にしてみた。地面のアリを撮る分には画質はよい。ただゼニゴケの上のアリはだめだった。この設定では完全にオーバーでゼニゴケがてかってしまう。残念、このシーンが今日のハイライトだったのだ。ストロボの角度の問題もあるだろう。ゼニゴケはiso200にするか、光を1/64にするか、調整必須ということを覚えておこう。


2017.10.9(月)晴れ 音が聞こえる秋

ジョロウグモ

セブンイレブンの裏がいつもの休憩場所だ。狭い畑の脇にある無骨なコンクリート水路に腰掛けてコンビニコーヒーを飲んでいる。まあ殺風景な所だ。ハグロトンボが来たりシジミチョウが舞ったりするのが数少ない彩り。ウスバキトンボはすっかり少なくなった。水路にコガネムシの幼虫が何匹か沈んでいるのは蛹化場所を探る移動中の事故だろうか。秋はいろいろな生き物が生き急いでいる印象がある。

それにしても音が良く聞こえるのは秋だからといっていいのだろうか。足元にエンマコオロギ、背後の植え込みからはカネタタキ。両者ともいま私の庭にはいない。遠くでヒヨドリがけたたましくわめきたて、モズは高鳴く。セミはアブラゼミだけ。ミンミンゼミとツクツクボウシは今日は聞けない。

アマガエルは昨日も今日もあちこちで聞いた。そろそろ冬眠に入るかというこの季節によくアマガエルを聞いている。蛙が繁殖期をはずして鳴くのは雨の前触れという印象がある。秋のアマガエルは雨と無関係に陽気のいいときに鳴いているような記憶がある。寒暖の激しいこの季節のぽかぽか陽気は彼らの生理をくすぐる何かがあるのだろうか。

境川は私の庭に比べると格段に自然豊かだ。その証拠にジョロウグモの腹がぱんぱんだ。もう産卵OKだろう。よほど稼ぎがいいと見える。側の巣をみればおびただしい数のユスリカがかかっている。カメラを構えると嫌がらせのように寄ってきて巻雲の写真を台無しにしてくれるやつらだ。画像を見てカメラの中に埃が入ったかと胆をつぶしたぞ。主のメスはユスリカなんぞには目もくれず蛾かなにかに食らいついている。私の庭のジョロウグモならユスリカぐらいの微小な獲物が巣にかかれば一目散に駆け寄ってガツガツと食べる。

自転車は踏み込み練習。ペダルに最も力がかかるのは踏み込みのときだ。体重に加えて脚を下げる力が使えるから。ただし脚を下げるにしても太もも前を使うのはダメだ。すぐに力尽きてしまう。あくまで尻の筋肉を使うのだが、使っている感触を掴むのが難しい。昨日、今日は「尻でサドルを踏む」感じでやってみた。低トルク高回転で威力を発揮できるペダリングだと思った。


2017.10.10(火)晴れ 小さなジョロウグモ

ジョロウグモ

庭に小さなジョロウグモがいる。メスのようだ。こいつは他の個体にくらべて圧倒的に小さい。環境が良いとはいえない私の庭でもジョロウグモたちはそれなりに大きくなっている。最も成長のよい2頭はすっかり色が派手になった腹がぱんぱんで間もなく産卵できそうである。

写真のクモを見つけたのは10日ほど前のことだったろうか。ジョロウグモ♀にしてはあまりにも小さい。脚がもげて成長が遅れ、結局行方不明になったメスもいたが、こいつの2倍程度には成長していた。オスということもありそうにない。体の形が違う。オスならば気に入ったメスの巣に居座る季節だ。

体つきも色合いも梅雨のころの様相である。こいつは単に餌がとれずに成長が遅れているのだろうか。もしかしてこいつは若いジョロウグモ♀に激似の他の種類なんだろうか。


2017.10.11(水)晴れのちくもり 気になる交尾オス

ジョロウグモ

10月8日にジョロウグモの交尾を見ることができた。3日たって再掲するのは、オスの脚のことが気になっているからだ。写真のカップルはおそらく9月27日に交尾していたものと同じカップルだと思う。少なくともメスは同じはずだ。

ジョロウグモ

あの交尾はメスの脱皮直後だったことで物珍しかった。そして8日の交尾はどうやらオスの方の脱皮直後のようである。というのは、写真の脱皮殻が巣にひっかかっているからだ。この脱皮殻は7日の観察では確認していない。このカップルは連続して脱皮後交尾をしている可能性が高いのだ。

そしてもう一つの注目点がある。オスの右第1脚が脱落していることだ。交尾と脱皮殻双方の写真で同じ脚の脱落が確認できるから、脱皮後の交尾という可能性がますます高くなるわけである。

脚が1本もげていることなどジョロウグモのオスにとっては全く気にすることではないのかもしれないが、私には気になる。もげた原因はなんだろう?

ジョロウグモ

そのヒントが左の写真にありそうだ。これはジョロウグモのもげた脚である。同じ巣のオスの脱皮殻から少し離れたところにひっかかっている。かかっている糸は巣の支えになっている頑丈な縦糸だ。これが当のオスの右第1脚かどうかを確かめる根性は私にはない。しかし状況から判断してオスのもげた脚ではなかろうかと思う。

オスは脱皮の失敗によって脚を失ったわけではない。メスの捕食攻撃を受けて脚を失ったわけではない。もし脚を失うほどの攻撃があったならもう食べられているはずであるから。オスはメスから離れた位置で何者かと闘争した。喧嘩の相手は獲物ではない。獲物がかかる場所ではないから。しかも、かかった獲物をメスに先駆けてオスがしとめようとすることはないから。どうやら他の巣からの侵入者があり、喧嘩の末に脚を失ったという可能性がもっとも高い。あわせてジョロウグモのオスはかなり頻繁にメスの巣間を行き来することを状況証拠として確認済みだ。


2017.10.12(木)晴れのちくもり一時雨 はなはだ近い

ジョロウグモ

昨日のカップルのすぐ奥にジョロウグモ♀が巣を張っていた。昨日までの観察では、そこにジョロウグモは見えなかった。こいつは忽然と現れ、ちゃっかり脱皮している。すくなくとも脱皮は昨日から今朝にかけてだ。

前のメスと後ろのメスとの距離は30センチほどしかない。巣間の距離としてははなはだ近いと思う。今のところ巣の糸の接触はないようだか、やつらのことだからいずれ増築工事にともなって糸と糸がからむことになるに違いない。

去年の9月には、近所の畑の脇で2頭のジョロウグモ♀が仲良く糸を共有している思いきや―――大喧嘩が起きたらしく―――片方が食べられ犠牲者の張った糸が完全に撤去されたケースを目撃している

さあ私の庭でかつてないほど接近した2頭のメス(すでに成虫っぽい)がこの先どうなっていくのだろうか?


2017.10.14(土) 廃墟と化す

ジョロウグモ脱皮殻

朝いそいそと庭に出た。さて木曜日にみかけたジョロウグモのメスたちがどうなっているか。昨日は見ることができなくて丸1日おいての観察になる。

驚いたことにすでにそこは廃墟と化していた。クモの巣を探せば残骸が見つかるものの、そこに2つの巣があった気配はもうない。写真のように後から来たメスの脱皮殻が雨粒をつけて風に揺れている。

前からいた脚欠けはどうしているかと、近くを探せば7本脚のメスが見つかった。そばには4本脚になっているオスもついている。一見して何らかの大騒動が起きたようだった。事件の手がかりはないかとさらに詳細に見れば、メスの脚の欠落しているのが左第2脚である。前にいたのは左第1脚の欠損だったから、一方のメスは今朝には行方不明ということになる。

後から来た方のメスはどうかと探れば、下の方に新しい巣を張っているメスがいた。それが当人かどうかはわからない。

こうなると巣が廃墟になった原因は不明としなければならない。2者の間に闘争があったとしても、どちらかの巣は残るのではないだろうか。予想外の事故が起きたのかもしれない。


2017.10.15(日) モンクロシャチホコ顛末

モンクロシャチホコ

9月のはじめには庭のジューンベリーに毛虫の群れがついていることに気づいていた。それをはっきりモンクロシャチホコだと確認したのは9月7日である。写真のように一枝にびっしりと黒い毛虫がたかっている。こうした群れは大きいものが2つあった。全体では200匹といったところか。毛虫たちは塊のまま葉を食い尽くし移動していた。写真にある毛虫の塊はこの枝で一斉に脱皮した。

モンクロシャチホコ

脱皮し終えた毛虫は群れにこだわらなくなった。めいめいで枝に散って、いっそう盛んな食欲で葉を暴食し始めた。葉を食われるのは痛手ではないが、糞を落とされるのが困った。田んぼ水槽がちょうど枝の下にあって水槽に糞を落とされると水が腐敗してしまうからだ。しかたなく水槽を1mばかり移動させなければならなかった。

モンクロシャチホコ

数日すると幹を降りてくる幼虫が目立つようになった。葉を食い尽くし食物に窮して新天地を求めるのか、もしくは蛹化の場所を探しているようだ。モンクロシャチホコは去年の観察から枝に繭をかけるタイプではないことがわかっている。そしてふと違和感を感じたのが写真の光景だ。ハエが毛虫のそばに止まっている。こいつはただ止まっているだけでなく、明らかに毛虫を注視し後を追っている。幼虫に卵を産み付けるタイプの寄生虫だろう。モンクロシャチホコは人間の口にも合うらしいが、そこはスペシャリストの虫にまかせておきたい。

モンクロシャチホコ

今年はジューンベリーの葉は見事に食い尽くされてしまった。まだまだ周辺の樹木は夏のような姿をしているのに私のジューンベリーだけが冬枯れの様相だ。

田んぼ水槽

田んぼ水槽は糞爆撃をさけるために移動させたのだが、それで日当たりが変わってしまった。より長く西日が当たるようになったのだ。9月17日は台風が関東の近くを通過し、翌日は晴れてものすごく暑くなった。その夕方、田んぼ水槽に落ちたゴミを取ろうと水に手を入れて驚いた。風呂のように熱かったのだ。水温は40℃以上になったろう。水面だけでなく水全体がお湯だった。これでもう草も藻も菌もだめになるだろうとあきらめた。しかし田んぼ水槽は何事もなかったかのようにコナギは何度も花をつけ、ヘヤーグラスは芽吹き、ミドロ系の藻は繁茂を続けていた。さすが田んぼで生きるやつらは高水温にめっぽう強いらしい。写真は9月29日のもの。

ジューンベリー

写真は今日のジューンベリー。モンクロシャチホコの食害で最も心配したのが季節外れの新緑だった。秋の始まりに葉がなくなると、冬が来ることに気づかなくて冬芽を開いてしまうかもしれないと予想したのだ。秋に冬芽を開けば木にとっては大きなダメージとなるはずだ。それも杞憂のようで、新しい葉は数枚しか開いていない。この調子なら普通に春を迎えて来年もモンクロシャチホコが育つかもしれない。



2017.10.15(日) 気になる交尾その後

ジョロウグモ

今日も交尾しているジョロウグモがいる。このオスは8日に交尾していた個体ではない。当のオスは隣のメスの巣に陣取っているやつだろう。脚が1本もげているからそうとわかる。それもはなはだ近くに巣を構える両者で、また何か悪いことが起きるのではないかとどきどきする。

ところで11日の考察では1つ欠陥があることに気づいた。ポイントはオスが脱皮後すぐに交尾した点にある。もしそのオスが9月にも交尾しているなら――昆虫でいうと――幼虫のときに交尾したことになる。それはちょっとした事件でジョロウグモは成熟してからも脱皮することになる。そうした生態もクモではありなのかもしれない。

ちなみに、14日に行方不明になったメスはいまだに見つかっていないが、替わりに入ってきたメスの方も見あたらなくなっていた。探しても無理だとムクゲの下の5本脚のほうに近づくと顔に蜘蛛の巣がかかった。それは欠損が右第2脚であるから、可能性としては後から入ってきたメスかもしれない。毎日のように巣を作り替えるのは稼ぎの悪いジョロウグモ♀には負担が大きいのではないかと心配になる。おまけにその巣は5本脚のものとはなはだ近い。足場糸が接触している。こちらも悪いことが起きなければいいがと心配になる。


2017.10.16(月) 再発見したカップル

ジョロウグモのカップル

今朝、雨の中でジョロウグモはどうしているかと観察にいけば、なじみの連中はそれなりに過ごしているようだった。ただ14日に発見した左第2脚がとれているメスの姿がみえなくなっていた。モッコウバラの下のはなはだ近いメス2頭の、これまた近く左側に同程度のサイズのメスが巣を構えており、もしや!と思ったが8本脚だった。

ひとまず記録を終えて、モッコウバラの滴なんかもついでに撮りながら、顔を上げて驚いた。そこに7本脚のジョロウグモメスが巣をかけていたのだ。庭のジョロウグモとしてはけっこう高い位置の巣である。そのメスの脱落している脚は左第2脚のように見える。メスの側には4本脚になっているオスが陣取っている。

そうなると、14日に見つけたカップルではないのだろうか。そうであれば、昨日は姿をみなかったから、この降り続く雨の中で巣を構えたことになる。しかも14日に添っていた4本脚オスが同行したかもしれないのだ。正確な観察ではなく断定はできないけれど、そうあって欲しい。


2017.10.18(水)晴れのちくもり 消えたオス

ジョロウグモのカップル

月曜に再発見した7本脚のジョロウグモ♀が獲物をゲットしていた。この先、産卵までこぎつけることができるかどうかはどれだけ食べれるかにかかっているだろう。

獲物ゲットはよかったとして、ついているオスはずいぶん立派である。4本脚オスはがんばっていたのだが――と、かってに想像している――残念ながら強健なオスに第一座を奪われてしまったようだ。

食事中のオスのすぐ上に陣取ってオスはそわそわしている。どうやら交尾をしかけるようだ。やはりメスが食べているときが交尾のチャンスなのかもしれない。ただし食事のじゃまをするようだと怒りをかう恐れがあり、しかけるタイミングは難しいと思われる。


2017.10.22(日) 台風の影響

雨のジョロウグモ

NikonD700を持って庭へ。雨降る中でジョロウグモの撮影。今日はしっかり撮っておく必要を感じた。というのは強烈な台風が近づいているからだ。

写真は5本脚メス。生きる気力が失せたように見えるけれど、これが普通のポーズ。ジョロウグモは風雨のときに特別な行動をとらないようだ。こうして後足で定位置にぶら下がって雨をやり過ごす。体は防水完備で雨粒をはじき、低温にはかなり強い。

ジョロウグモを撮りつつふと軒裏の壁を見れば茶色の影。一瞬大きなコカマキリ? と見えたけれど翅にはっきり白点がある。とすれば褐色型のハラビロカマキリだ。庭での初記録になる。

昼からはちょっと雨風が強くなった境川へ。しばらく雨は続いており、水位は1m以上あがっている。遊水地の越流堤までは1mほどある。流域の土中水分は飽和しているだろう。さて台風が来たらどうなるのか。遊水地は受け止めきれるのか。今年の増水はいずれも余裕だったが。

がらがらのサイクリングロードでちょっと力を入れて踏み込み練習。最近の意識は腰で踏むこと。下腹に力を込めて左右の尻でサドルを踏む。踏み込んでいるときにも太ももを休ませる作戦だ。

帰宅してウィリエールを洗ってもう一度ジョロウグモの撮影。水滴がもっとついているほうがそれっぽいなと色気をだした。おそらくこの台風は私のジョロウグモに少なからぬダメージを与えるだろう。ひいきにしている写真の5本脚とか4本脚とかが行方不明になる公算は大だ。

昨夜いろいろとりとめもないことを考えていて「ジョロウグモの個体数の年変動は前年の秋から冬にかけての天候に左右される」というアイデアを得た。神奈川のジョロウグモたちは産卵の真っ最中だ。私のジョロウグモはまだ産卵していない風だが、巣に黄色い糸がべたっとかかっているのを見つけていよいよかと期待に胸ふくらませる毎日だ。というときに無慈悲な台風が巣を破壊し、クモを吹き飛ばし、流してしまうかもしれない。台風の影響は小さくあるまい。台風もなく初冬の陽気も良ければたくさん産んでたくさん子が生まれるんじゃないだろうか。


2017.10.23(月)くもりのち晴れ 巣の修繕

雨のジョロウグモ

台風が来て一番心配していたのが写真の4本脚だ。いま庭で巣を張っているメスの中で最も弱そうに見える。4本脚といえば半分である。しかも失っているのは第1脚と第4脚だ。巣を張る作業にはそれらの4本がポイントになりそうな気がする。

ところがそんな心配を他所に当人はいたって元気だ。風雨が止めば巣の修繕に余念がない。

彼女の様子をしばらく見ていても脚の不足を苦にする感じがない。巣の修繕作業は滞ることなく進行している。それが当人の思い通りにいっているのかいないのか――そこまでの機微は知るよしもないけれど。

気づいたのは触肢をつかっていそうなことだ。もともとジョロウグモは糸を張るのに触肢を使うものなのか、それとも失った前肢の代用なのか、それぐらいのことは突き止められそうだ。

この4本脚だけでなく、私のジョロウグモたちは皆健在である。こぞって巣の修復にいそしんでいる。通勤途上にいるやつらも同様だ。前回の台風に比べて風が弱かったにしてもジョロウグモは私の想像以上に風雨に強いようだ。たぶん台風は翌年のジョロウグモの個体数を減らすほどの脅威ではない。


2017.10.25(月) アカボシゴマダラ幼虫

アカボシゴマダラ幼虫

雨の中、私のジョロウグモたちは健勝の様子である。2頭のメスが獲物を捕らえていた。一頭のはツユムシっぽい直翅で、もう一頭のはジョロウグモ♂のようだ。

写真の幼虫はアカボシゴマダラ。2頭が見つかった。庭にエノキの灌木があることを知って、アカボシゴマダラには気をつけている。こいつはこの先幼虫越冬するのだろうか。それとも蛹になるのだろうか。もし蛹になって冬に羽化するようなら犬死にだろう。アカボシゴマダラは寒さに弱いはずだ。秋が訪れると飛ぶ姿を目にすることはない。

アカボシゴマダラは在来のゴマダラと生活環を異にしている。年2回以上成虫が発生する。アカボシゴマダラ幼虫の越冬態はおそらく幼虫だろう。ただそれは固定しておらず、たまたま幼虫のまま冬を迎えたものだけが生き残れるさだめなのかもしれない。

日本の蝶一般では越冬態が決まっているものが多い。ただ南方系の蝶はその揺らぎが大きい。アカボシゴマダラも南方系の蝶のはずで、関東は分布の北限にあたるのではないだろうか。越冬態は幼虫らしい。ただし幼虫でしか冬を越せなくても、卵を産んだり、成虫が羽化してきたり――というように無駄な戦いの様相を呈してしまう。

オオムラサキなんかは日本の四季にぴったり合った年一化。食草のエノキとの歩調合わせは心憎いほどである。アカボシゴマダラは温帯日本の新参者でイマイチ日本生活では無駄が多くなる。いやかえって可能性が大きいのかもしれない。


2017.10.28(土) 三浦半島

三浦半島

朝、久々に雨があがってクロナガアリを撮った。新しいストロボはそれなりにいいのだが、ささいな不満が出てきた。アリの腹の丸みがうまく表現できていない。広く丸くライトが当たって腹が平たく見えるような気がする。なかなかうまくいかないものだ。

10時頃、ちょっと遅くスタートして久々の三浦半島。先端の台地に広がる大根やキャベツの畑は神奈川離れして好きな風景だ。今年は台風の塩害がひどくて湘南の広葉樹が軒並み枯れている。三浦半島は最も影響が大きいようだ。畑の奥に見える茂みは、台地に切れ込む谷に沿っている林だ。ケヤキやヌルデなどの落葉広葉樹は無惨に枯れている。常緑樹は塩害を受けている感じがない。

ツワブキ

景色を撮った道路の脇の茂みに鮮やかなツワブキの花があった。手持ちのスマホでなにげに一枚だけ撮影。写真をPCモニターで見ればまるで魚眼レンズを使ったような効果が出ていた。ねらいではない。ツワブキの花の付き方が魚眼っぽいのだ。


2017.10.29(日) 雨の境川

ヒキガエル

日曜午前の境川。スリーエフ白旗店がなくなってモチベーションだだ下がりの日曜午前。ちょっと嫌いかもしれない高鎌橋のセブンイレブンに寄る。嫌いというよりも並みのコンビニだ。スリーエフ白旗店の売り子のお嬢さんが異常にかわいらしく気が利いていただけなのだろう。

雨は朝から強く、昨日からの北風もやや強い。幸い雨は冷たくない。尻で踏み込む感覚が今一つなので集中的に練習する。踏み込むときに太ももを使ってしまう。意識しているときは抜けているけど、いつの間にかまた力が入っているという案配だ。長続きしない力の入れ方はNGだ。

雨の境川は空いている。境川を利用しているのは雨のライドの楽しさを知らない自転車乗りばかりなのだ。まあそういうものだろう。ランニングの練習をしている人はぽつぽついる。雨の楽しさを知っているのか、強くなりたい一心なのか。よく知っているランナーも一人いた。20年ぐらい通い詰めていると顔見知りがいなくなることの寂しさを知ることになる。

雨の日には雨の日ならではの出会いもある。写真のヒキガエルは大物だ。稼ぎがいいらしくまるまる太っている。撮影のために携帯を顔に近づけると逃げ出した。ヒキガエルにしては敏感だなと感心した。


2017.10.30(月)晴れ 透明な幼虫

アカボシゴマダラ

木枯らし1号が関東に吹く朝、庭に出てみれば最も成長のよいジョロウグモ♀の姿が消えていた。3頭ついていたオスは1頭だけが残っている。巣の様子を見るに事故ではないようだ。となるといよいよ産卵だろうか。念のためその辺を探してみたけれどメスは見つからなかった。そう簡単に見つかるはずもない。

写真は今朝のアカボシゴマダラ幼虫。こいつもいつ消えるかもしれないし、もしかしたら越冬の兆候なんかを気づくこともあるかと毎朝チェックしている。

写真をモニターで見て面白いと思った。幼虫の体が透明感いっぱいだ。成長が悪い上に秋の深まりとともにしおれていくエノキの葉をうまく体現している。私が朝の観察で見つけたアカボシゴマダラの幼虫は全部、腹端と葉先を合わせたこの格好をとっていた。彼らなりに擬態の工夫があるらしい。

ちなみにD700にフィルム時代のタムロンをつけて特段の狙いもなくスナップしたカットだ。庭の朝は日影ばっかりで、かなりの接写でも解放気味にせざるを得ない。


2017.11.3(金)晴れ アブラゼミを聞く

久々に晴れた日の下で自転車を走らすことができる。女房といっしょに境川。ペアは久しぶり。自転車はナカガワ。こちらも久しぶり。境川は濁りがとれて深山の渓流のように澄んでいる。これだけ透明な流れも久しぶり。

日差しは強く風は北から弱く乾燥している。秋もたけなわといったところで夏の終わりの虫たちが少なくなっている。エンマコオロギはちょっぴり、カネタタキはまだまだ、ウスバキトンボはたった2匹。この陽気だとアブラゼミが鳴くかもしれないと聞き耳立てて走る。

1時間足らずで女房と別れて自転車の練習。久々のナカガワでちょっと違和感がある。どうもサドルが3mmばかり高いようで調整した。ウィリエールはサドルを低めにしており、その癖がついたかもしれない。

いまやっている尻踏み練習をナカガワでやってみるとすぐにスピードの乗りが違うことに気づいた。なんだか速い。ナカガワはウィリエールより明らかに速い。向かい風でも3倍で踏み込んで楽に30km/h巡航できる。やっぱり廉価版のぼろいフレームは走らないのだろうか。最近の記録の悪さを自転車のせいにしたくなくてあえてフレームに目をつぶってきたのだけど。

練習終わりの帰り道、新道大橋のところの杉林からアブラゼミが聞こえた。最初は期待のあまりの幻聴かと思った。けっこう力強く複数が鳴いている。


2017.11.4(土)晴れ 彩雲を撮ってみた

彩雲

今日も女房といっしょに境川。午前中は天気が良くいい案配に巻積雲が出て太陽の近くに彩雲が見られた。けっこう強い色だったもので撮影を試みた。手持ちのカメラはTG-5。幸い一眼レフではなくて失明の危険はなく安心して撮れる。

こういう初物は難しい。残念ながら太陽を影にできるようなものもない。普通に撮っただけでは全然ダメなことだけはわかっている。そもそもうまく写っているのかどうか確認ができない。老眼でデジカメのモニター確認がおっくうでしょうがない。念のために老眼鏡も携帯しているけれど日中はよく見えない。

写真は運任せで太陽を中心に入れて撮った。露出補正をマイナスいっぱいにすれば近くの雲が写るだろうという算段だ。結局これが一番見られるものになった。この他にも調光レンズのついたサングラスをTG-5にかぶせて撮ってみた。そちらの裏技には特段の効果がなかった。

今日はアブラゼミが聞けなかった。そのかわりにジョウビタキ♀を見た。日本海を渡って冬がやってきた。


2017.11.5(土)晴れのちくもり アリ専用カメラ

カメラ

この写真機はクロナガアリを専門に撮影するために組んだものだ。本体はNikonD300s。ちょっと古いけどとってもいいカメラだ。ファインダーがよく見えて色が思い通りに出せる。

レンズはニコンの30年ぐらい前に発売されたズームレンズの前玉を外して高倍率接写しかできないように改造してある。安いレンズでも高品質の虫写真をものにすることができ重宝している。昆虫写真家の海野さんに教えてもらった方法だ。レンズのズーム機能を使えばアリとの距離が変わって倍率も変わる。ケンコーの古い1.5倍テレコンをかまして最大にすると、5mmのアリが画面いっぱいに写せるようにしている。

ストロボは最近購入した中国製のおそろしく安い物だ。NEEWER SPEEDLIGHT NW-180Nはおわんのような発光部の中にいかつい……一時代前の使い捨てタングステン電球みたいな……ライトがあって白板で光を和らげつつ光源を広く当てられるようになっている。ピント用に小型のLED懐中電灯をクリップ挟みしている。

NEEWER SPEEDLIGHT NW-180Nは私がクロナガアリを撮るためのストロボとして90点のできだ。市販品をそのまま組み込むならば、これ以上のストロボはない。導入の動機はアリに写り込む光源を1つにしたかったことが一番大きい。晴天薄曇りの写真がもっとも自然な感じに見える。太陽が2個あるといくぶん幻滅してしまう。100点に10点足りないのは、首を下向きにも振れるようにして欲しかったからだ。そのせいでアダプターを2個かまして必要以上に背を高くしなければならなかった。そこは撮影のデメリットにはならない。そもそも開発者はストロボの首を下に振るメリットなんて思いつかないだろう。

このセットで、ピントもズームも絞りもシャッター速度もストロボ発光量も全部手動でクロナガアリを撮っている。絞りはカメラの表示ではf22かf25、シャッター速度は s1/160 ぐらい、iso400のときストロボは1/32〜1/64だ。


2017.11.7(火)晴れ 空き巣の借用

ジョロウグモ♀

一週間ばかり空き家になっていた巣にジョロウグモ♀がもどってきた。もともとのメスではない。全然サイズがちがっており違う個体であることは一目瞭然だ。

もとのメスは私の庭で最も成長のよいもので、空き巣にした理由は産卵だろうと思っている。空き巣になったあともオスは居残っていた。それが1頭であったり3頭であったり、メスが留守の巣でもオスが入れ替わることがあることが確認できた。

そのオスたちも2日前からは全然いなくなり廃墟の様相を呈していた。それが今朝になって別個体がまるでもともとの所有者であるかのように居座っている。

巣の造作を見るならば、けっこうしっかり作り込んでいる。ジョロウグモの新しい巣は単純な円網のことがあるが、この巣は十分立体的である。小さい個体なのに長くとも24時間でここまで作り込んだかと感心してしまう。

足場糸はどうやら古巣を流用している感じだ。足場になっているムクゲの枝などは以前のものと同じ場所で、そこから複数の糸でつながっていることから流用と判断している。円網については全く新規に張り直している感じだ。少なくとも横糸だけは古巣のものを撤去して新たに作り直すようだ。その理由は放置された間に横糸の粘球がなくなっているからだろうか。または空き巣を再利用することがあったとしても、他人の糸を再利用し続けるのは不本意なのかもしれない。


2017.11.11(土)晴れ ストロボ

クロナガアリ

写真は今朝のクロナガアリ。チヂミザサの種を巣穴に運び込もうとしているところ。 今日は気温が高くクロナガアリの地上活動が活発だった。ササガヤをはじめチヂミザサ、ミズヒキなんかの種をつぎつぎに運んでくる。

この写真はNEEWER SPEEDLIGHT NW-180NからNikonのSB-28という30年ほど前に開発された高級ストロボに変更して撮ったもの。NW-180Nの広い光源は魅力だが、それほどの広さが必要だろうか? というのが変更の動機だ。光源はアリの頭上10cmのところにあるのだから、並みのストロボでも十分ではないかと思った。それにD300sはD100に比べると圧倒的に暗部のつぶれがない。

ためしにやってみればわずかに硬い印象はあるものの、ぜんぜん問題ないレベルだといっていい。これならスーパーマクロはこっちのストロボでもかまわない感じだ。もしかしたら最初にやっていた内蔵ストロボの光を回す方法の方がいいかもしれないぐらいだ。

アリを撮ってナカガワで境川。尻踏み犬走りの練習。風は北からやや強く吹くものの暖かい日だ。エンマコオロギやアマガエルが鳴いて白い蝶、黄色い蝶が飛び交う。ウスバキトンボも一頭見かけた。路面には4種類のカマキリ、3種類のバッタが見つかる。


2017.11.13(月)くもりのち雨 アカボシゴマダラ

アカボシゴマダラ

今朝のアカボシゴマダラだ。庭に自生するエノキの灌木に数頭のアカボシゴマダラ幼虫が生息し、毎朝少しだけ時間をさいて観察を続けている。

幼虫はまだ育つつもりなのか、冬越しに向けておとなしくするつもりなのかイマイチはっきりしない。私が見ているときは全く動いていないが、葉を移動した個体――行方不明ということだが――もいるし、食み跡らしい葉の欠損もある。

写真の状態は昨日に発見したものだ。幼虫の止まっている葉が枯れて巻いてきた。幼虫はそれをいやがるでもない。さてこのまま状況に身をまかせるのだろうか。そうすれば葉といっしょに地上に落ちることになる。落ちた地面で冬を越すというのもありだろう。落葉する前に歩いて越冬場所に向かうのかもしれない。そしてよくよく葉柄の付け根を見るならば白い糸がからみついているではないか。やつの仕業だろうか? オーヘンリーの最後の一葉よろしく枯葉といっしょに枝先で冬を越すならば、それこそもっとも効率はよい。

ところで、幼虫の色が変わってきているようだ。昨日よりも褐色がかっている。葉が緑を保っていたときには幼虫は緑だった。越冬に向けて体色が変わるみたいだ。さて回りの葉の変色にあわせて光刺激で色変わりが起きるのか、それとも葉を食わなくなって色変わりが起きるのか。小学生の夏休み自由研究のテーマにふさわしいだろう。


2017.11.14(火)くもりときどき雨 アカボシゴマダラ

アカボシゴマダラ

今朝撮影したアカボシゴマダラである。昨日とは体の向きが逆になって、尻隠して頭隠さずだ。これはエノキの葉が萎れてたれてきたからだろうか。それとも他に理由があるのだろうか。そして体色は昨日よりもより褐色がかっている。これはやはり冬越しへの準備態勢なのだろうか。

現状で確認できているアカボシゴマダラ幼虫は2頭いる。もう一方のほうは体がやや小さく緑の葉に止まって体色も緑のままだ。


2017.11.19(日)晴れ 糊口を凌ぐ

クロナガアリ

この冬一番の寒気もなんのその、早朝でもクロナガアリはササガヤの種集めにいそしんでいる。アカボシゴマダラは昨日から行方不明になったものの、ジョロウグモはまだけっこう残っている。クロナガアリを筆頭に庭はまだまだ活気がある。

真冬の装備をしてナカガワででかければあまりの暖かさに拍子抜けしてしまった。藤沢大和自転車道線といえば神奈川の湘南と呼ばれるぐらい温暖である。小春の陽気に境川の沿線はモンシロチョウやモンキチョウがポツポツ飛んで路面に毛虫やカマキリが散見される。

予想していた北風は全くなくて南から海風が入っている。それもゆるいから登りも下りも30km/hで尻踏み犬走りの練習。3倍のギアで80rpmを維持していると向かい風ではちょっときつい。50kmも走っていると左膝、太ももにしくしく痛みが来てしまった。

境川では自転車の練習ができるだけでなくクロナガアリの餌を採集できる。目当てはセイバンモロコシだが、今年はさっぱりである。ちょうど実のできるときに台風が来て塩害を受けてしまった。種ができているようでも触ってみればすかすかのしいななのだ。さらに悪いことに実が熟す直前に草刈りが入って壊滅状態になっている。境川では水稲の種を拾うこともできる。すでに一握りの種をゲットして少しばかり与えたものの全部鳥にかすめ取られてしまったようだ。もみ殻がアリの巣の回りに散らばっているのは、クロナガアリがゴミを捨てたからではなく、鳥が水稲の種をその場で食ったからだろう。

こうなると写真にあるようにササガヤの種で糊口をしのいでもらうしかない。今年の庭にはササガヤの種が無数にあるものの一つ一つは小さくてちょっと心許ないかもしれない。アカマンマやミズヒキも混ぜてがんばってもらおう。10年ぐらいはそれでやってきているはずだ。


2017.11.25(土)晴れ ヒルクライムを極める

「山の神 森本 誠 ヒルクライムを極める」というDVDを買った。数年来尊敬しあこがれている人である。森本さんが乗鞍で新記録を打ち立てたときに、たまたまそのレースに参加していて一言二言ことばを交わすこともできた。

DVDで彼はヒルクライムのコツを淡々と解説している。その内容を一言でいえば特別なことは何もせず感性のままに走るべしということだった。これをやったら速く走れた、あれをやっても速くなれなかった。じゃああれを捨ててこれを取ろう。簡単なようで簡単に言えることではない。自転車界は馬鹿げた思い込みであふれている。漫画の弱虫ペダルはそうした妄想のオンパレードだ。噴飯物の勘違いでも自転車を知らない者はしばしば思いつく。自転車のプロでも自分の心と体のことが理解できている保証はない。たとえ理解できていても、表現することは難しい。言うに事欠いて古来の思い違いをコピペして初心者に伝えてしまう。

森本さんは世間の迷い事を100%排除して自分の心と体が正しいと信じていることをあからさまに話している。彼にだってレジェンドからの間違った情報は届いているはずであるし、初心者のとき、または調子が悪かったときには迷いもあったろう。そうした勘違いを実際に試して、それらを無駄だと排除した結果のアドバイスに見える。乗鞍で会ったときものすごく頭のいい男だと感じたが、DVDで解説している内容から判断するに、私の想像を超えて理屈のわかる人のようだ。

自転車に理屈はいらない。勘違いしたまま走っても強いプロは勝つ。自転車はシンプルだから。素人にも同じことがいえる。理屈なしにも自転車は進み目的の場所に移動することはできる。単に非効率なだけだ。凡人にはいろいろ考える暇も能力もない。4000円ほどもする高価なDVDを買うのは、もうちょっとはなんとかしたい痛い(志高い)自転車乗りだけだ。

DVDで参考になるのは白石峠の実走映像だ。彼らしく余分な動作をせずシッティングでブラケットを持って淡々と走っているだけだ。その意図は初級者にヒルクライムのヒントを与えることにあるはずだ。彼と同じように走るのが基本で、そこをマスターすることのみが秘訣なのだ。

白石走行ビデオがこれからの私のヒントになるかというと、実にこころもとないものがある。白石クラスの峠を34×21・23・25Tで70〜90rpmを維持してATレベルで20分走るというのは怪物である。私はすでに彼と同じケイデンスと心拍数で走るためにフロント26Tを用意している。それでも15分で力尽きタイムは彼の2倍かかってしまう。自分の体と相談すればそのあたりが妥協点で、その走法を磨き込むほかないのだけど、もうちょっといい手がないものかとあれこれ迷ってしまう。そうして無駄な力の入れ方をして、不自然なフォームを試し、不必要な機材(このDVDは含まない)を買ってしまうだろう。数多い回り道はいたしかたないことだ。

彼はタレントを持って生まれた人である。強い筋肉と強い心臓と確かな感覚と知性の持ち主だ。自分の方法でライバルに勝てればそのやりかたを変える必要はない。信じた道を突き進んでも誰も何も言わない。かたやなにをやっても(卓球を含む)負け続け、それでも向上したい私は、たとえ最高の道を進んでいても迷いがつきまとう。むろんそうした試行錯誤はさびしいことでも悲しいことでも無駄なことでもない。


2017.11.25(土)晴れ アリとキリギリス

クロナガアリ

ササガヤの禾が何かにひっかかってしまうのは良くあることだ。このクロナガアリは巣の寸前までササガヤを運んできたものの、禾が草の根かなにかにひっかっかってにっちもさっちもいかなくなった。何度も何度も引っ張るけれどササガヤも頑固だ。

クロナガアリだって種運びのスペシャリストだ。ただ力任せにひっかかった種を引っ張るだけではない。このアリも転回して巣と反対方向に引っ張ってみるという方法をとった。押してもダメなら引いてみるという程度の知恵はアリにもあるのだ。しかしそれでも禾は離れない。

私がこれまでに観察した印象ではひっかかった禾を外そうと格闘する時間は数分である。5分を超えた例は知らない。わりとあっさりあきらめて手ぶらで巣に帰ってしまう。この働きアリも同じ行動を取った。巣の入り口まで種を運んだもののあきらめて巣の奥に入ってしまったのだ。きっと働きアリにはルールとして動かない種と格闘するのは5分までという規則があるのだろう。私が自転車遊びのおやつは500円までと決めているのと同じレベルのルールだと思う。

ササガヤ

かくて巣口にはササガヤの種が場所ふさぎとして居座ることになった。まあがっかりすることはない。こうしてあきらめ捨て置かれた種を誰か別のアリがくわえ運びはじめるのもよくあることだ。固くひっかかった種とはいえ所詮は糸のように細い禾である。なんかのひょうしに外れることもあろう。巣口付近で種が捨て置かれてた状況はよく見るけれど1日もたてばすっかり消えている。

クビキリギス

一方、こちらは今季初のクビキリギス。境川で見つけた。イソップのアリはクロナガアリ系らしい。このクビキリギスはクロナガアリの貯めた種を食べることができる。クビキリギスは越冬するキリギリスだからクロナガアリに頼めば餌を分けてもらえるだろう。クロナガアリはアリの中では最高に温和で話がわかりそうだ。こうやって事故死しては春を迎えることができない。せっかく翅が生えて歌う準備ができてもご破算だ。


2017.11.27(月)晴れ ジョロウグモが引っ越し?

空き巣

写真はジョロウグモの空き巣である。わが家のジョロウグモとしては比較的高い場所に張られた巣だ。今朝から主のメスの姿が巣から見えなくなった。この季節には産卵のために巣を離れたり力尽きたりして巣が空になることがある。この巣の状況はそのいずれでもないようだ。

というのはちょうど同じ脚が欠けているメスが、1mばかり下に巣を張っているからだ。そのメスは今朝はじめて見るものだ。どうやら何かの気まぐれで巣の場所を移したものらしい。

じつはこのメスはわりと頻繁に巣を変える個体だった。空が背景になるこの場所に居座ったときにはちょっと心配だった。餌があまりかからないのではと予想したからだ。しかしその心配ははずれた。けっこう虫を食べている姿も見られた。そして秋が深まるとユスリカの類がずいぶんかかるようになった。この写真の小さい黒い点はユスリカである。

ジョロウグモとしては成長が遅れ小型だったこの巣のメスだがこの一か月ばかりはずいぶん盛り返して小さいながら腹が丸く成熟してきた。この調子なら産卵できるんじゃないかと期待している。


2017.12.3(日)晴れ ジョロウグモは間に合うか

ジョロウグモ

朝、恒例のジョロウグモ観察。12月になっても皆健在だ。その中で一等に産卵へこぎつけられそうなのはこの写真の個体だ。こいつの場所は毎年成績がよい。今年もすでに1頭がそうそうに姿を消している。状況から見て産卵ができたのだろう。こいつもぽつぽつ獲物をゲットしている。今朝は大型のアブっぽいのを捕まえていた。そろそろ大きな虫は厳しくなる季節だ。

これからは気温が下がる。寿命も来るだろう。産卵できるかどうかは微妙な運にかかっているだろう。

さて日曜午前は境川。女房と出かける。ウィリエールはハンドルとシートピラーを変えた。これまでアルミだったのをカーボンにした。最近は中国製の安価なカーボンが出回って、ちょいと試してみる気になった。かつてはそういう機材は腹が立つほど高価だった。中国製のはアルミよりも安いのだ。

ハンドルバーはともかくシートピラーには不安があった。なぜか35cmより短いものが見あたらない。私のウィリエールは25〜30cmが適当サイズで、35cmだと20cmほどシートチューブにピラーをもぐらせる必要がある。実は自転車は精度や仕上げの問題で、ピラーを差し込むのが難しい場合がある。その場合、ピラーを切るかシートチューブの中を削るかしなければならない。アルミのピラーなら簡単に切れる。カーボンを切るのは難しいだろう。シートチューブの中を削る道具は持っていないから、紙ヤスリで根気よくやるしかない。発作的にアマゾンで注文してからけっこう暗鬱とした気分だった。

届いてみれば幸いなことに多少渋いだけで差し込むことができた。渋いぐらいのほうが固定には好都合でもある。

ハンドルバーは森本誠DVDを見て本格的にブラケット走りを鍛えようと思って買った。ちょっとオーバーだが、私なりに退路を断つつもりだ。石川佳純ちゃんが進学せず就職するときに「退路を断つ」と言ったのが記憶に残っている。その真似だ。退路というのは下ハンのことだ。私はアナトミック形状という最近はやりのタイプをうまく使えない。下ハンが妙に近いのと後ろ下がりに傾斜しているところがフィットしない。ブラケット走りならそれでかまわない。これから下ハンを捨てるのだから。

ブラケット走りにはブレーキブラケットをハンドルバーとの段差がなくしかも水平に取り付けられるのが好都合だ。しかも前方への突き出しが2cmばかり長くてちょうどブルホーンバーのような感じで使える。その計画はうまくいってブラケット走りはうまくいっている。シートピラーの変更には特段の変化がない。もともと何かが変わるとは思っていない。50gばかり軽くなっただけだ。


2017.12.9(土)晴れ マンリョウ

 マンリョウ

あれはマンリョウだったのかヤブコウジだったのか。昼なお暗い照葉樹林の林縁でその赤い実が鮮やかだった。少年の頃その赤い実は特別な存在だった。

いまではなくなったと思うが、私の生まれ育った部落では罠をしかけて野鳥を捕る遊びがあった。木の枝の弾力を利用して鳥を叩き殺す罠だった。野鳥を捕まえるのは食べるためだ。ねらいは主としてヒヨと呼んでいたヒヨドリだった。山道を歩いていると鳥を待ち受けている罠、弾けたあとの罠をほうぼうで見たものだ。鳥をおびき寄せるための餌が赤い実だった。

私は幼くてその罠を作るだけの器量はなく何度か罠作りを手伝わされた。手伝いといっても餌になる赤い実を集めてくることだけだった。仕掛けた罠の実が古くなったりなくなったりすれば補填するようにという命令も受けた。ヒヨが捕まったら分け前をもらえるという約束だったが一度もその恩恵に浴したことはない。ヒヨは肉として魅力的だった。それよりもすばしっこいヒヨすらも捕まえられる大人の世界にあこがれていた。数年もするとその仲間に入れるだろうと漠然とした思いを持っていたのだ。

幸か不幸か私がその罠を作ることはなかった。中学生になる頃には四国の田舎ですらその手の文化は急速に萎んでいった。商店で豚肉や牛肉も買えるようになり、ガキどもの間ではもっとましな遊びがはやるようになった。テレビは普通に普及し、中学では明星なんかの雑誌を見ている者すらいたのだ。

私が捕まえることができたのはスズメだけだった。鶏小屋の屋根に登って煉瓦を組み合わせて初歩的な罠を作った。スズメが煉瓦を支えている棒を外すと煉瓦が倒れる仕掛けだ。スズメはうまかった。炭火であぶって醤油をかけ骨ごと食べるだけの簡単な食い物だ。ただし捕まえられるのは1匹か多くて2匹だった。それも仕掛けを作った直後に限られていたものだ。スズメとはいえ罠を学習できることを子どもながらに学んだ。

冬の山道を歩いて足元の赤い実を見つけるとあの罠のことを思い出す。もしあの頃にヒヨドリを食べることができていたらどんな味がしてどんな思い出になったのだろう。

写真のマンリョウは庭にいつしか生えてきたものだ。この家が建てられる前の林の名残りだろうか。この実も毎年冬のさなかにはなくなっているのだが、鳥が食べるシーンは見ていない。


2017.12.16(土)晴れ オオカワヂシャ

 オオカワヂシャ

待望のオオカワヂシャ芽吹きがあった。ここしばらく境川にでかけるたびにいまかいまかと待ち続けた雑草である。場所は新道大橋の下流。この2、3年では一番オオカワヂシャの多いところだ。ウィリエールで境川縁の道路を走っているときに目にとまったぐらいで、すでに数枚の葉を広げている。川辺に降りて探すと数株を見つけることができた。例によってヤナギゴケに引っかかりつつ川底に根を伸ばす感じだ。この先冬場は水量が安定し大きく育つことが期待できる。

自転車は普段通りの練習。わりといい南風が入って力を入れる練習ができた。ローリングするように気を使い腰に力を込めて強くペダルを押し下げる感覚。腕を使って上半身全体でハンドルを押し引きすることも忘れてはいけない。スリーエフロスは引きずっているものの境川はよい練習コースだ。

庭のジョロウグモは4頭。すでにオスの姿がなく何週間も獲物がかかっている様子がない。クロナガアリのほうは12月に入っても元気いっぱい。ササガヤを筆頭にチヂミザサ、ミズヒキ、アカマンマを運んでいる。アカマンマはヒトにはままごと用の素材に過ぎないがクロナガアリにとっては正式のまんまだなと思った。


2017.12.17(日)晴れ 過酷なサイクリング

 ジョロウグモ

日曜午前の境川。女房と出かける。これが予想通りの過酷な耐久走になってしまった。天気はいいが北風が冷たい。速く走ることができないため、時速15kmでがんばる。向かい風を受けているとまるで冬の峠の下りだ。手足の指が凍りそうだ。ロードで15km/hってのは慣れているはずだったが寒風の日はまた一味ちがう。6時間以上走って60km。平均ケイデンスは40rpm。心拍数は93bpm、パワーキャルのワットは74W。こんな過酷なサイクリングは経験がない。

写真は庭に巣をはっているジョロウグモ。こいつは夏からここにいる。暖かいときにはそれなりに何か食べていることもあったが、この1か月ほどはほとんど何も食べていないはずだ。この寒風をこいつはどう感じているのだろうか。過酷ではないのか。食べなければ体温も上げられないだろう。体温が低ければ寒さも感じないのだろうか。体温とは無関係に寒くないのか。泰然としているその心中をこざかしいヒトである私がうかがい知るのは難しい。


2017.12.18(月)晴れ 氷点下の朝

 ジョロウグモ

今朝のジョロウグモである。昨日のカットとくらべて腰が折れているような気がする。こうなったのはこの個体だけでなく、いま私が観察している4頭がことごとくこんな感じだ。

ジョロウグモのこういう姿を見るのははじめてではない。数年前のひどく冷え込んだ1月の朝に同じようにぶら下がっているジョロウグモを見た。巣にかかったままぴくりとも動かない。死んだのだろうと思っていたら気温が上がった翌日には歩いていた。

やはり気温が低いとこんな姿になってしまうのだろう。今朝は氷点下になり、今季はじめてスイレン鉢は薄く結氷した。最低気温が下がったことで、ジョロウグモの体の力が抜けてしまったように見える。


2017.12.21(木)晴れ 無意味について

どうみても窮地に陥っているのに私のジョロウグモたちはあわてる様子がない。オスは随分前に姿を消した。彼女らはほとんど餌もとれない状態で泰然として巣に留まっている。まるで、環境が己の明日を保証してくれると達観しているかのようだ。

蜘蛛のメスにとってもっとも大切な産卵という責務をまっとうするにはもっと食べて栄養をつけねばならぬはずだ。ヒトである私からみれば、餌となる虫が1か月も捕まらないのであれば不安、焦燥の塊となってなんらかの行動を起こしそうなものである。

そういうヒトのせせこましさが私のジョロウグモたちにはない。ここ数日は気温が下がって動くことができない。自分で張った古い糸を支えとして風に吹かれれば揺れ吹かれなければただひっかかってぶら下がっている。支えにしている数本の足が糸から離れれば人生の終了だろう。再び木にはい上がることはできないと思う。もしできたとしても状況は変わらない。命を落とすのが数日伸びるかどうかというだけのことだ。

ただ生きているだけでもはや無意味な命が、夢と希望のある夏と同じ姿をしているのを見続けて、ふと無意味とは何かと考えてしまう。

ひとまずダーウィン風に考えれば、私のジョロウグモたちにも意味をみいだせる。ジョロウグモは100匹のうち1匹が成功すれば勘定が合う。成功者の原因は運がいいことが第一におもえる。運以外のものを探せば、健康であること、餌がかかる場所を見つける嗅覚があること、オスにモテること、そしていま気になっている「ケンカが強い」ことだ。喧嘩というのは、あまりにも脚のもげた個体が多く、巣が密集しているほどその割合が高いことから、ジョロウグモ♀の間で巣をめぐる闘争があるのだろうと予想しているからだ。ジョロウグモ♀は良い場所を心得ており、その場をめぐっての闘争があるかもしれないのだ。

さような運と素質でもって数少ない成功者は出る。敗残者たちは成功者を助ける役割を担う。ジョロウグモを捕食する者がいたとして、たくさんいれば有能♀が食われる確率が小さくなる。よしんばNo.1メスが事故死したとしても、同程度のNo.2、No.3がいるだろう。ジョロウグモが変わらなくても、環境が変わるかもしれない。ある時ある場所での「No.1」はきっと可変で、それがダーウィン流進化の鍵なのだ。

ただし私がいま思っている無意味の意味はいくぶんダーウィニズムから離れている。上のようなわざとらしい理屈をつけなくても、未来だの確率だの食物連鎖での位置なんかをもってこなくても、現時点で自然死をまつだけのジョロウグモに確かな意味を感じているからだ。

すべて蜘蛛は使命を果たさなければならないのだろうか、楽しくなければならないのだろうか、何かの役に立たねばならないのだろうか。そんなさもしい意思はなく蜘蛛は蜘蛛として生きて、あるものは卵を守って一生を終え、あるものは虚しく冬の風に揺られて命を落とす。かれらは全員がジョロウグモとして欠けることのない完全な生を送ったと思う。ジョロウグモは自分じゃないものになろうとしない。意味無意味をはなから相手にしない不思議な生き物だ。その美しさ完成度の前には、私が思いつく意味なんてものがそもそも瑣末なことなのだ。

そうはいっても「メス蜘蛛本来の生き様は卵を残すこと。そのためには少々工夫して巣を構える場所を9月のうちに変えるべきだった。」などと余計なお節介をやいたりしている。さようにあからさまな無意味をこねくり回す被造物がヒトであり、人間らしさということも確かだ。


2017.12.23(土)晴れ 堰堤のオオカワヂシャ

 堰堤

先々週ぐらいから境川にはぽつぽつとオオカワヂシャの芽吹きが見られるようになった。写真は宮久保橋の堰堤。遠目にもオオカワヂシャとわかる薄緑の草が萌えている。もう一つ、イネ科っぽい草も見える。境川にはウリカワとかセキショウが安定的に生えている場所はない。そいつの正体を突き止めようとする努力はきっと無駄に終わる。少なくとも冷たい冬の川に入って採集するぐらいのことは必要になる。きっと無駄骨だ。イネ科の中のイネである水稲の種だって堰堤のヤナギゴケに引っかかれば芽吹いて成長をはじめるだろうから。

境川のオオカワヂシャの芽吹きが12月のなかばというのはちょっと遅い気がする。もっと早い季節に芽吹く年もあったはずだ。芽吹きのタイミングには台風時の水量なんかが微妙に影響してくるものだろう。一つの仮説を持つならば、増水で撹拌された河床にヤナギゴケが根付いてからでないとオオカワヂシャの根ばりがかなわないのかもしれない。

いっぽう鷺舞橋下の湧水のオオカワヂシャはいっこうに芽吹く様子がない。花は夏の間にかなり咲いていたから種はあるはずだ。こちらの芽吹きが遅れている原因はとんとわからない。

自転車はウィリエールを使ってAT以下で走る練習。ブラケット走りには次第に慣れてきた。ちょっと強い向かい風に立ち向かっていると心拍が180bpmを超えてしまう。知らぬ間にそうなっているのは私の体が自転車に向いていないからだろう。今一つ加減ということができないのだ。

いまや半原越の記録更新はあきらめて、自分の延命策として上手に速く長く登れるように工夫をこらすしかない。心拍数であれば、力を抜いてもすぐに数値が落ちないぐらいがんばってしまうのはやりすぎなのだ。10分以内で筋肉がギブアップするだろう。170bpm程度であれば力を抜けばみるみる数値が下がっていく。その加減を体にたたき込んで行こうと思った。


2017.12.24(日)くもりのち晴れ ナユグ

朝目を覚ますと外は雨のようだった。窓をあけてまずは様子を見た。雨滴を手で受けてそれで顔を洗おうと思いついたのだ。窓を開けるといきなり繊細な赤い翅を持った虫がひらひら飛んで来た。ストレリチアの花が宙を舞えばそんな感じだろう。私には既知の虫だ。虫は私の右手を通り抜けて何事もなかったかのように飛び去った。その後ろ姿を目で追って「なんであいつがこっちの世界にいるんだ」といぶかしく思った。

さて雨を手で受けようとしてもうまくいかない。天から落ちてくるのは雨とも雪ともつかぬ代物なのだ。水滴に混じってビニールでできた針みたいなものがしんしんと降っている。手で受けているはずなのに手が濡れない。一瞬にして昇華しているらしい。そんなもので顔を洗うことはできない。

庭に目を落とすと洪水だった。水位は2m以上はあがって1階の軒まで達している。水は白濁の半透明で庭の木や草が透けて見えている。赤い色は紅葉して落ちている葉だろう。葛で作ったきれいなお菓子みたいだ。水中にははっきりとは見えないものの無数の生き物がうごめいている気配がある。

いつの間にこんな降水があったんだろう。地から湧き出たんだろうか。素敵なことなんだけど、はてどうやって外にでよう。今日の外出はめんどくさそうだとちょっと困ったところで本当に目が覚めた。

この手の世界は精霊の守人ではナユグとして登場する。私は子どもの頃から異世界が重層的に存在していることを信じていた。その辺の川や森のバックに自分が生きている世の中とは別の世界があることを感じていた。そういうナユグ感覚は人間にとっては珍しいことでも奇妙なことでもあるまい。

精霊の守人を読んだときにその異世界がものの見事に描かれていることに驚いた。実写版でどんな表現をしてくれるかと期待したが裏切られた。あれはひどい。何のためのVFXなんだか。第1話の途中でこれ以上見ても無駄と判断した。


2017.12.30(土)晴れ 一斉に萌える

 オオカワヂシャ

自転車の練習をしようとウィリエールで境川。上和田中学校前の水面を覗けばそこにオオカワヂシャの芽吹きがあった。ようやく本領発揮だと上下を見渡せば、あるわあるわ、その数100ではきかない。芽吹きは一斉らしい。遠目で見る感じではサイズが良くそろっている。芽吹きから2〜3週間は経っていそうだ。いずれ宮久保橋堰堤のものと時を同じくした12月の芽吹きだろう。どうやらしばらく光線の加減で見つからなかったようである。

自転車はそろそろブラケットに慣れてきたからフェイズを上げて腕を磨いて行かなければならない。今日注意したのは左手と左足。ふと気づくと違和感がある部位だ。しっかり力が入っていなかったり、ゆがんでいたり。

左手は押し引きのリズムがしっかり取れるように、脚はまっすぐに入るように。気を抜くと左足は漫然と踏んでいることが多い。足の裏の内側、親指の付け根あたりで踏む感じと膝をまっすぐ前にいれる感じを意識した。左足がどこにあってどんな力をペダルに加えているのかを確かめながら走った。


2017.12.31(日)くもり フリーセル77777

SuperMacFreecellを77777個解いた。10万個解くのが目標だ。いまのペースで行けば4年後、北京オリンピックの頃に10万が達成できていることになる。こう考えると目標達成はすぐのように思える。

SuperMacFreecellで解けないゲームの出現確率は10万分の1らしい。それが何番かを確かめるためにとりあえず10万解いてみようと思った。

最初のころはけっこう難しくて「これは解けないんじゃないか?」と思えるゲームもあったが、この数年はまったくそういうものに当たっていない。全部解けるようにプログラムされている疑惑がどんどん大きくなる。


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