たまたま見聞録
見聞日記 天地無朋

2026.1.5(月)晴れ 故郷の石英

石英は岩石の中に白い筋を引いている。それは全然珍しくないものだと思っていた。物心ついた頃から岩石鉱物が好きで、岩石に筋を作る石英や大理石のように目立つものは名称を調べ名を覚えていた。墓石になっている花崗岩の中にある透明な鉱物は石英だ。石英が結晶すれば水晶になる。水晶は透明で形が美しい宝石だ。欲しい鉱物だった。類似品の石英ならそこらじゅうにある。裏山の岩盤に半透明の白い帯になっているのが石英のはずだった。無価値な石英の採取をくわだてることもなかった。

そして何十年も石英のありかは習知で、手にしたければ採取は容易だと思い込んでいた。

その自信がゆらいだのは最近のことだ。一番身近な石英の在処は八幡浜市の鳴滝近辺だと確信していた。それは生家の裏山だ。山道を造るときに切通しにした岩壁にいくらでもあった。ベージュの岩盤に白い半透明の白い帯があり、それを石英だと思っていた。正しくはあると思い込んでいたのだった。

数年前にちょいと散歩で鳴滝にでかけ、「この辺に石英があったよな・・・」と思い出して探してみたが見つからなかった。そもそも石英脈がありそうな地質ですらない。それでも「妙な思い違いをするものだ。でも佐田岬の大久にある崖なら確実だ」などと軽い気持ちでいた。

ところが、大久にも石英はなかった。私の記憶では、美しい青緑色の岩盤に白い帯が入っているはずだったが、見つからないのだ。石英のお友だち大理石なら卵形に研磨されたものが砂浜に転がっている。青緑の岩盤は大久にあるが白い帯が見つからない。自分の記憶は何だったのか怪しくなった。慌てて千丈川の石灰岩とか夜昼トンネル前の壁とか、心当たりの場所をめぐってみたが、石英も大理石もない。

どういうわけか50年以上も石英の存在を疑わすに過ごしてきたのだった。わざわざ見るに値するほどのものではないから、折にふれてチェックすることもなく、現場を気に止めることもなかった。

いつどうやって私の心に石英の白いベルトが忍び込んだものだろう。それが幻想だとわかればいくぶんか不安であり寂しくもある。たかが石英とはいえ故郷の記憶に花を添えていたのは確かだから。


2026.1.8(木)晴れ 見えなかった虫

ナガコガネグモ

いつものセブンイレブン裏の壁にナガコガネグモの卵とおぼしきものが見つかった。虫が全然見つからないこの頃で、卵でもうれしい。すぐに愛用のTG-7を取りだして撮影した。

そこまでは良かったのだが、帰宅後パソコンモニターで写真をチェックしてがっかりした。卵の右上に甲虫らしきものがあるからだ。見た感じではテントウムシあたりの死骸だと思う。撮影時には全然気づかなかった。

モニターで見る限り、私の老眼でも視認できるサイズ、形状である。見えなかったのは注意力の欠如からだ。近ごろ、この手の見過ごしが増えている。衰えに落胆するのは、もうしょうがない。その一方で喜ばしいことなのかもしれない。というのは、近年、サイクリングコースで虫の減少が著しくて寂しい思いをしているのだが、その原因が虫の減少ではなくこちらの能力低下かもしれないからだ。

この失敗はリカバリーできる。たぶん死骸だから次に行ったとき確認しなおせばよいのだ。うっかり忘れてしまうと二重のがっかりになるのだが。


2026.1.13(火)晴れ 春一番

気象庁の定義に反するけど、今日は春一番が吹いた。屋内に居ても強風なのはわかった。そして、自転車で境川に乗り出すと、とんでもない向かい風を受けた。気温も高い。

ここ数年の暖冬傾向はこの冬いっそう顕著だ。12月から1月にかけてもずっと小春の陽気が続いた。そして今日の春一番だ。冬らしい天気といえば、二度ばかり雪雲が通り過ぎたぐらいだろう。

神奈川県の境川は南北に流れる。おおむね風は素直で自転車の練習には良い。だけどこっちの調子が良くない。肉体の衰えが顕著だ。筋力が落ちているのは当然のことながら、バランス感覚が悪くなっている。いっそう悪いのは精神状態だ。自転車に乗ってもブレインフォグみたいな感じで、爽快になれない。ふと気づくと集中力が切れていて漫然と走っている。これでは自転車に乗る意味がない。

去年の夏頃には衰えたとはいえ、まだ気力があった。「あと5年、この調子で乗れれば素敵な自転車乗りになれる」という希望を持てた。まだ幾つかペダリングに改善点を感じており、それを練習で修正できるかもしれない。そしてまだ知らない秘技に気づくかもしれない。そういう希望を持つことができた。その心の張りが失われつつある。

テントウムシ

8日に見つけたテントウムシ?の撮影を忘れなかったことはボケつつある私としては上出来だった。やはりそいつはテントウムシの蛹のようだ。だが少し様子がおかしい。皮の張りが弱く黒ずみ、事切れている感じだ。皮を脱ぎ切れなかったのか。たまたま枝にナガコガネグモが卵を産み付けていたため、脱皮の皮が糸にかかるような事故があったのかもしれない。

テントウムシのような小さく儚い虫でも、たくさん食べて蛹になり成虫になり・・・という志はあると思う。それは鬱勃たるパトス。ただただ日々本能の命ずるままに淡々と生きているとしか見えないのだけれど、老いて死ぬときと蛹で死ぬときは、やはり違いがあるのではないだろうか。事故死では死ぬ直前にぷっつりと気力が消える感覚を持つのではないだろうか。

思わずテントウムシに自分を重ねてしまった。明日はより優れた自転車乗りになりたい。そんな欲求が途切れがちな今日この頃だけに。


2026.1.14(水)晴れ テントウムシの蛹

テントウムシ

昨日撮影したテントウムシの蛹を撮りなおした。愛用のTG-7には深度合成モードがあることを思い出したからだ。動かない丸っこい被写体は深度合成にもってこいだ。

昨日の写真は、アクセサリーのLEDライトガイド LG-1をつけて、フォーカスブラケット方式で撮った。TG-7にしてから虫の撮影で多用している。ピントの確認ができない眼なので数打ちゃ当たる方式だ。一番いい感じの写真を選んでも、いまいちぼんやりごみごみしていた。

という次第で撮りなおしてみれば、殻はしっかりして蛹らしいつやがある。昨日は死骸かとも思ったが、しっかり生きているようだ。いい仕事をしてくれるなTG-7。虫はできる限りかっこよく撮ってやらねば。いつ羽化するんだろう。継続観察したい。


2026.1.21(水)くもりときどき晴れ 冬の雀

雀

最強寒波といってもこの辺りはじつに穏やかだ。日差しがなくても気温5℃もあれば寒い思いをせずに自転車練習できる。ホームコースの境川に出てみれば、北からそよ風が吹いて快適至極だ。

ここしばらく前腿を効果的に使うことに終始している。膝を伸ばす力を11時から2時まで加える。サッカーのボレーの要領で瞬間的に蹴る方法もあるが、いまはべたーっとなるべく長い時間かけるようにしている。ケイデンスは低めの80rpmでギアは38×14T。この練習で短い登りの登坂力を上げる作戦だ。

沿線はすっかり冬景色で、スズメの群れが目につくようになっている。写真のアシ原にはいつも200頭ぐらいが群れている。アシ原はもともと1枚の水田だったと思われるが、この20年ぐらいずっとアシの茂みになり、冬はスズメの姿が絶えない。

スズメらは何を話しているのか、ちゅんちゅんとうるさいぐらいだ。自転車で通過する分にはスズメの行動に変化はない。ただし、撮影しようと自転車を止めると、ちゅんちゅんが止んで飛び立つ者が出る。続いて全員が飛んで10mほど距離をとる。停止しただけならその警戒態勢のままだが、降りてカメラをとりだすと半数ぐらいが飛び立つ。写真はそのときの状態。そしてカメラを構えるとほとんどが飛び立ってアシ原を離れる。いつもこんな感じだ。ちゃんと撮るならブラインドは必須かな。

最強寒波の予報はだてではなく、丹沢箱根の方から雪雲が流れて来た。雪片も舞う。少し冬らしい光景が見られるかと思ったが、雪はあっけなく止んで北の方に青空が広がった。


2026.1.26(月)晴れ チュウゴクアミガサハゴロモの産卵痕

チュウゴクアミガサハゴロモ産卵痕

このところ、木の枝に白い蝋質がまとわりついているのをほうぼうで見かける。写真は庭のツツジの枝にあるやつだ。これはどうやらチュウゴクアミガサハゴロモの産卵痕らしい。チュウゴクアミガサハゴロモは枝を穿って卵を産み付け、白い蝋質をかぶせるという。まさにその状況だ。

近年大躍進中のチュウゴクアミガサハゴロモは庭でも幅をきかせている。これまではハゴロモといえばアオバハゴロモが主だったが、去年からチュウゴクアミガサハゴロモがとってかわった感じだ。産卵痕はツツジで見つかっているだけでも3つある。ジューンベリーの枝にもそれらしいものがある。

産卵痕はなかなか手が込んでいる。穴を穿ち皮を剥ぎ蝋質をまとわりつかせる。白い蝋質はよく目立つ。きっと幼虫が体にまとっているものと同じ材料でできているのだろう。産卵の必然でたまたま枝についているのか、なんらかの適応的意味があって母親があえてつけているのか。いずれにしても、あの小さく儚い昆虫がこれほどの技を持つのは驚きだ。目につくところにあるのだから、そのうち産卵の様子を観察できるかもしれない。


2026.1.28(水)くもり 御嶽林道

御嶽林道

写真は御嶽林道の登り口だ。御嶽林道といえばたいそうな道にみえるが、なんのことはない境川が作った崖を登るだけの坂道だ。距離は400m足らず、標高差30m、斜度8%、急坂でもない。

最近この登りにはまっている。見つけたとき試しに登ってみたら3分ほどかかった。登りの練習もしたいなと、思いっきり走ってみたら2分10秒ほどだった。林の中の凸凹道は好きであるし、手近かなので境川の自転車練習のアクセントとして毎回登るようになった。

今日は最初から全力で行ってみた。ストップウォッチを押してスプリントだ。どこまで体が耐えられるかの耐久テスト。結果は1分ももたなかった。脚全体がしびれて動かない。残り1分は這々の体だ。息が切れてないのがいくぶんがっかり。筋肉が弱っていて、息切れするまで追い込めないのだ。

ところで、御嶽林道という名が正式なものかどうかは知らない。Stravaにそう書いてあった。そもそも林道というのは林業経営のための特殊な道で、正式ならば林野庁の管轄だ。どう見てもこの道が林業のためのものとは思えない。愛称として地元で使われることもありそうにない。近所に「御嶽」を冠する神社がある。クスノキなんかの立派な木もいくつかある。境川の崖は手つかずの林が多いが、他より明らかに鬱蒼としている。林業というより鎮守の森なのかもしれない。御嶽林道はきっとStravaの愛好家が勝手につけた名称なんだろう。


2026.1.31(土)晴れ 水底の丸い影天地無朋

水底

カワニナの生息する用水路にジャイアントコーンを持って出かけた。めぼしいものはいないだろうけど、シマアメンボでもいればいいなと思ったのだ。

注意を引いたのは虫ではなく写真の丸い影だった。落ち葉の積もる水底に直径2センチほどの影ができている。この影は旧知で珍しいものではない。イネ科植物の細い葉先が水面にかかるとできる影だ。葉自体が丸いわけでなく、水をはじく葉が水面を歪め太陽光を曲げてできる影だ。

水底

この写真の矢印のところに葉があり、太陽は右上から射しこんでいる。今日この影を面白いと思ったのは、影の回りに光の輪ができていることに気づいたからだ。なるほど太陽の光って水の中にも無駄にならずに届くんだ。縁取りの明るい光が暗い影を補完してるみたいじゃないか。

縁取りの光は屈折によるものだ。水面の絶妙な傾きが原因だろう。漏斗状になる水面は、葉に近いほど鉛直に近い。葉から離れると水平になっていくはずだ。その水面の傾きによって丸影と縁取りができる。葉の大きさとか水深とか太陽高度とか、できるための条件ってあるのだろうか。それとも影の縁には常にあるものなのか。いろいろ考えながら写真を撮った。影の左上にいるカワニナにはさっき気づいた。


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