たまたま見聞録
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2018.1.1(月)晴れ 失った夢

夢を見たはずだった。初夢だからちゃんと記憶しておこうと夢の中で気づいて反芻した。それはとても単純で具体的で平凡な夢だった。ただしキーワードになる英単語だけはしっかり覚えておかないと忘れるにちがいないと、その綴りのアルファベットを1つずつ思い浮かべて覚えた。目を覚まして記憶するまでのことではないと二度ばかり筋をなぞり、その英単語が示す対象もすっかり掴んで、もう大丈夫だと安心して眠り続けた。

そしてまた夢を見た。私たちは競馬に来ていた。場所は東京だが競馬は長野で開催されるものだった。TV放送があるビッグレースで久しぶりに馬券を買ってみようと思っている。連れの一人は村山君。それほど親しくはないがお互いTV仕事でのつきあいがある。彼はしばらくテレビから離れていたが最近また仕事が入り、その競馬中継も仕事の一つだということだ。

私は自身の仕事の先行きによい展望をもっていない。内心ではそろそろ転身が必要だと思っている。アメリカでTVプロデューサーをやってた村山君にアドバイスを受けることにした。「あっちのほうのやりかたはNHKなんかとは全然ちがうんだろうね」と尋ねると、やはり組織もハードもまったく違うというこたえだった。

日本で仕事を続けるにしても渡米するにしてもそれなりだろうが、それよりも競馬だと、もう一人の連れの中野君にどんな馬券を買ったのかと尋ねた。「本命の5番から流していくつか」という返答だ。「それじゃあ何が来ても交通費も出ないじゃないか」とおちょくる私に「このレースはそれでいいんだよ」と中野君。

このやりとりには既視感があった。じつは学生時代に福島競馬場で同じやりとりがあったのだ。立場は逆で、私が3倍ぐらいの配当しかない手堅い馬券を連勝単勝4種類ばかり買って中野君にダメだしされたのだった。確かに計算してみるとどの投票券が的中しても全体ではマイナスになるという残念なことになっていた。競馬の先輩として中野君からは「大本命を買うときは、最悪それが来て元になるか、一本にしぼって大金を賭けるかどちらかだ」というアドバイスを受けた。興味本位の競馬で賭け金も1000円程度だったが、そのアドバイスを聞いて、なるほどみんな配当金のことまで考えて買ってるんだなと感心したものだ。オグリキャップが生まれるずっと前のことである。

久しぶりだしちょっと大きく勝負してみるかと馬券売り場を探すがイマイチ見つからない。もしかしたら締め切りが過ぎてしまったかと少し焦ってしまう。そういや競馬もいいけど夢のことも忘れないようにしなければと、英単語のキーワードを思い出そうとした。キャロライン?ハンプシャー?どっちでもないような。少なくともキャロラインではなさそうだった。まさか・・・と単純なはずの夢の内容を思い出そうとして唖然とした。まったく記憶がないのだ。明確だったはずの全体の筋も、ささいな断片すらも思い出せない。夢を見たという印象だけしか残ってないのだ。

というところで目が覚めた。日はすでに高く昇って障子の上のほうに初日の光が射している。夜半に目覚めることもなく、いつもより長めに眠ることができた。これ以上なく素敵な初夢だ。


2018.1.2(火)晴れ 戻ってきた夢

 オオカワヂシャ

もう二度と取り返せないとあきらめていたキーワードがあっけなく復活した。それはハンプシャーであった。なんでそんなことを思い出すことができたかというと、今朝に初夢の続きを見たからだ。

競馬に行く前に見ていたのはアクアリウムのブリーダーになっている夢だった。私は海水アクアリウムのプロである。とくに海藻、海草の育成が専門だ。淡水の水草アクアリウムには天野氏が発見したヤマトヌマエビというスターがいる。それに匹敵する海生のエビを見つけたのだ。

それがハンプシャーだ。ハンプシャーは磯に生息するエビでけっこう大きく、サイズはテナガエビぐらいになる。非常に温和でアクアリウムに入れても植物をかじらず、魚や貝を襲うこともない。もっぱらコケと残滓を食べるという海藻アクアリウムの脇役にぴったりなエビなのである。ただ一つ問題があって、常に穴蔵に隠れてないと落ち着かず長生きできない。私はある工夫によってストレスなくハンプシャーをオープン環境に引き出す方法を編み出した。これで海藻アクアリウムに飛躍的な発展が望めることになった。

という素敵な夢を競馬なんぞにかまけてすっかり忘れたのだ。

今朝にはなぜか夢の続きがはじまった。私はハンプシャーの人工養殖に成功して大々的に売り出すことになったのである。まずは普及促進のために特典をつけることにした。特典は500円のタグだ。新発売のハンプシャーにはもれなく青い500円紙幣から500円と印刷されている部分を切り取って貼り付けることにした。

この商売自体はうまくいきそうだった。しかし行政指導の横槍が入った。紙幣の切片は半分以上のサイズがないと金券として認められないというのだ。したがってハンプシャーに貼ってある500円という切れ端は景品としては無価値で詐欺の疑いがかかる。当局の言い分では、切り取った残りの部分を貼るなら問題ないというのだが、そんな生々しいエビがいるアクアリウムはこっけいなだけだ。はてどうしたものかというところで目が覚めた。

思い出そうとしても全くかなわなかった夢のストーリーが心の奥でナチュラルに継続しているとは面白いもんだ。

庭でジョロウグモのご機嫌をうかがってからウィリエールで境川。快晴で風も弱く暖かい。いっぺんにオオカワヂシャが芽吹いて川の観察に気合いが入る。今日の写真は定点観察のもの。鷺舞橋の欄干から遊水地の湧水付近を週一ペースで撮り続けている。今日はついにオオカワヂシャの芽吹きを見ることができた。浅瀬に多数ある。暮れの30日にはまったく発見できなかった芽吹きだ。冬期はこの浅瀬を二分するように鷺舞橋の日影ができる。今日見た限りでは影の部分には芽吹きがないようだ。水底の温度なんかの影響なんだろうか。

自転車は左足の回転がしばらくおかしげなことになっていた。下死点付近でかかとが外を向くのだ。痛みが出るとか力が抜けるとか実害はない。以前にサドルを高くすることでこの症状が消えたことを思い出して、ダメもとで3mmほど上げてみた。乗った瞬間に高いっ!とは感じたものの左足はまっすぐ回るようになっている。しばらくこの高さで乗ってみることにする。


2018.1.6(土)晴れ オオバン

 オオバン

写真は境川遊水地公園にある湧水のところにいたオオバン。しきりに潜水して何かを食べているようだ。冬枯れした抽水植物の根ぐらいしかなさそうだが、そういうものでも食べ物になるのだろうか。

4年ほど前のこと、オオバンをはじめて見たのは東京湾だった。新木場の海辺にあるテラスから海を見物しているとオオバンの姿があった。海風に波立つ水面を数頭のオオバンが小刻みに上下しながら泳いでいた。図鑑でオオバンの特徴は知っており、その名もわかった。そのときはまだオオバンは珍しい鳥だという印象がありいいものが見られたと喜んだものだ。その海には口元が赤いバンもいた。コアジサシがダイブしてアカエイが繁殖行動を見せていたりと豊かな東京湾の風景があった。

そして気がつけば境川あたりでもたくさん見られるようになっている。私の印象ではこの2、3年のことだ。

子どもの頃、バンはカモやキジと並ぶ狩猟鳥だったという記憶がある。鳥撃ちをしていた父親がときどきバンを撃ちに行くと言っていたことを覚えている。おそらくオオバンも対象だったのだろう。キジやマガモは獲物としてよく食べていたがオオバンを食ったことはなかった。


2018.1.12(金)晴れ 秋の終わりと春の始まり

 空き巣

12月3日には、もしかしたら間に合うかもしれないと期待していたジョロウグモがいなくなった。庭に生き残っていた最後の個体である。間に合うかもしれないというのは産卵のことだ。24時間ごとに巣にいることを確認しているから産卵していないと結論していいだろう。

私は冬のジョロウグモがどのようにしていなくなるのかを見ていない。普通に考えれば死に場所に向かうとも思えず、かといって最後の力をふりしぼって産卵場所に向かうとも思えない。きっと足場の糸からぽとりと落ちるに違いないのだと想像している。今朝もいつもと同じように巣の直下をかなり丹念に探してみたもののクモの姿はなかった。

ジョロウグモの不在で秋の終わりがはっきりした。その一方でシジュウカラはツピーツピーと春の囀りをはじめている。太陽の力強さ、土からのわき出す春の臭いを感じる日も遠くないだろう。


2018.1.14(日)晴れ 惚けてシャンシャン

 ナカガワ

写真のナカガワで日曜午前の境川。今日はすばらしい快晴で境川CRからも富士山が大きく美しく見えた。もしかしたらこれまでに境川で見た最高の富士山かもしれない。じゃもっとよく見ようと海まででかけた。

海からの帰りは向かい風だ。こんなに強い冬の風は珍しい。風が北東寄りだからだろうか。湘南では西よりの風は富士山や丹沢でブロックされ厳しい季節風にはならないようだ。

向かい風を受けるととたんにペダルが重くなる。それはいつものことだが、今日はいつもより重い。風はギア比2.5倍ぐらいでいい案配のはずだが、2枚ぐらい重いギアを無理に使っているような感じだ。この不調の心当たりといえばクランクの交換がある。昨日の午後、見た目が良いからと発作的にトップラインに交換してきたのだ。デュラエースに比べると精度、材質、設計が遙かに劣るクランクだ。それにしても重すぎる。他にも原因を探るならばBBにあるかもしれない。

じつは前回トップラインで使っていたBBがわからなくなっている。20年ぐらい前のデュラエース7400のものが推奨だけど、BBはメーカー推奨ではないものがよりフィットすることもある。四角テーパーのBBならではの面白みなんだけど迷いはじめると深みにはまる。昨日は5個以上は現物あわせしてみた。けっきょくぴったりフィットのものはなくて、未使用買い置きの丹下をつかった。3mmばかりQファクターが大きいぞという不満を抱えての出航だった。たかだかBBでペダルが重くなるわけはないのだが、うまくいかないときは疑心暗鬼になる。

という経緯はあったものの、ちょっと仕様変更したからいつものセブンイレブン裏で記念撮影。撮ってみれば、フロントインナーギアがやたらと大きい。いつの間にか45Tがついている。つけたのは私自身にちがいないのだが、わすれていた。おそらく向かい風練習用に退路を断つ決意での45Tだったのだろう。それはいいとして、さすがに自分にあきれてしまった。39Tのつもりで45Tを踏んでいればギア2枚ぐらい重く感じて当然だ。走っているときに良く気づかなかったものだ。

向かい風練習をする気はなかったので重いペダルをいやいや踏んで帰ってきた。じつは出がけにトップライン用デュラエースとおぼしきBBが暫定パーツ入れに入っているのを見つけた。前回換装したときに、どうせすぐに使うのだからとBB箱にしまわなかったものとみえる。一日走ってみて丹下の具合が悪ければ換えようと思っていたのだ。BBはそれなりで無実だが、ぴったりフィットのほうがいいから速やかに交換することにした。

さて自分にあきれるのは昨日今日何度目かとその回数もわからなくなっているが、あきれたことにそのBBはカンパニョーロのコーラスだった。フレームにセットしてからコーラスだと気づいた。なんでコーラスが暫定パーツ入れに入っているのかなんてのは思い出す気すら起きない。そのかわりメーカー推奨のデュラエースは10年ほど前に新潟の中学生にあげた自転車につけており、もう手元にはないことも思い出した。

この手のボケを最近連発している。職場でも同様だ。幸いなことにたいして責任のある仕事ではないものだから、シャンシャンみたいなマスコット的笑い物として人気を博しているのだ。


2018.1.20(日)晴れ 消失したオオカワヂシャ

 オオカワヂシャ

ナカガワに乗って境川。いつものように上和田中学校前の川面をのぞき込んで驚いた。おびただしいほど芽吹いていたオオカワヂシャが見あたらないからだ。今週は雨が降ったもののオオカワヂシャが流失するほどではないと思っていた。想像以上に根ばりが弱い草なんだろうか。

自転車は体重をかけつつ踏み込む練習。今日はフロントを50・39Tに変更してある。リアは13-19のクロスレシオだ。風は北寄りに20km/hほどで普段の境川CRだ。

ケイデンスは80-90rpmにして追い風でも向かい風でも同じトルクにすることを意識した。引き足は無理に使わず早めに前足に体重をかけつつ太ももを押し下げる。速度は追い風のときは32km/hで向かい風だと27km/hぐらいになる。

ずっと同じ感覚で走っているといろいろセッティングの不都合が見えてくる。サドルの角度は細かく調整した。ブレーキブラケットが近くて窮屈だ。フロント50Tは大きすぎる。追い風でも50×16Tで十分だ。小さめのチェーンリングでいいだろう。

帰宅して自転車のセッティング。フロントを46・38にした。これでリアの1枚小さいギアが使える。フロントシフターのプレートとチェーンの間があきすぎることには目をつぶろう。ブレーキブラケットは1cmほどずり下げてみた。

横浜市水防災情報のページで境川の増水履歴をチェックしてみると、17日(水)に最大75cmの増水があった。それなりに水が出た時間は3時間に過ぎない。やはり根ばりが相当弱い草にちがいない。今日の場所は13日にも撮っていた。その写真で一番大きいオオカワヂシャが今日一つだけ残っていたものだ。12月から1月にかけて降水がなかったせいでたくさん芽吹いていたのだ。


2018.1.27(土)晴れ 堰堤のオオカワヂシャ

 オオカワヂシャ

最低気温こそ低く給湯器が未明に凍結してしまったものの日中の気温はあがった。チネリに乗って境川にでると日差しは晩冬の力強さをもっていた。風も弱い。絶好の練習日和だ。

境川のオオカワヂシャは今季最初に確認した新道大橋下のものも、おびただしい数に驚いた上和田中学校前のものもことごとく消失している。先週よりも少ない感じで、もしや降雪による増水?と横浜市水防災情報のページで確認したが、40cm未満の増水に留まっていた。

ともあれ順調な生育を見せているのは宮久保橋堰堤の個体群だけである。写真は堰堤のすぐ上流にあたるところ。堰堤と同じぐらいの生育の良さである。堰堤のコンクリに貼りついているものは、おそらくヤナギゴケの密集に助けられ、また、もともと急流に耐える根ばりをしているために増水の影響を受けにくいのだろう。そして写真の個体らも堰堤のコンクリがよいブロックになって流速が抑えられる場所に根付いたのかもしれない。

この先梅雨入りまでは大きな降水がないことが期待される。境川本流のオオカワヂシャ復活はあるだろう。


2018.1.28(日)くもりのち晴れ 境川の柑橘

チネリに乗って日曜午前の境川。日曜午前に境川に行くのはスリーエフ白旗店の売り子に会うためだと思ってきた。あそこのお嬢さん方はとてもチャーミングで愛想がよかった。いざスリーエフ白旗店がなくなってみれば実はお嬢さん方のことも口実で単に快適なサイクリングが好きなだけだったと気づいた。

今日の天気は予報に反してどんよりくもり。気温は5℃以上あるとはいえ時速30kmの風を受けているとつま先が痛くなる。この冬はじめての経験だ。厳冬期にも半原越を登っていたときは毎回感じていたつま先の痛みだった。湘南は冬暖かい。1月も終盤となれば太陽は力強く日差しさえあれば快適に走ることができる。いつの間にかつらいことを避けたくなっている今日このごろである。

境川を走れば沿線にけっこう柑橘の木が多いことに気づく。キンカンと実が大きな夏みかん系の樹木だ。それは果実の収穫を目的に栽培しているものではなく観賞用として育てられているようだ。もしかしたら南の出身の人たちが故郷を懐かしんで植えている庭木だろうか。湘南であれば越冬はたやすく維持は簡単そうだが、今年は例年以上に冷え込んだ。元気そうに見える黄色い実だってすでに凍っていて死んでいるのかもしれない。八幡浜にひどい寒波が来た年に冬に熟すタイプの柑橘類がことごとくやられた。よく熟れているはずの実を食べると飲み込めないほど苦かったことを思い出した。


2018.1.29(日)晴れ 山羊と鳥と老人

朝の電車の中では本を読む。新しく買うのは金が惜しいし保管するスペースももはやないのでもっぱら手持ちのものを読むことになる。幸いなことに頭がたいへん悪くなっている。目で文字を追っていても内容を読み取っていないことにしばしば気づく。そして、読んだ内容をかたっぱしから忘れられるようになった。この数年で10回ぐらい読めている本も10冊ではきかない。

この一月ほどは学生だったころ好きだった串田孫一を読んでいる。いま手持ちは30冊ほどあり全て当時に購入したりもらったりしたものだ。それをランダムに手当たり次第に電車に持ち込む。作品の性質上もあろうが内容の大半を忘れており、新鮮な気持ちで読めてうれしい。むろん覚えている部分では甘酸っぱい懐かしさがこみ上げてくる。元カノにあてた手紙が串田孫一の文章みたいだと笑われたこともあった。それだけ入れ込んでいたのだ。今こうして書いているものも真似っぽいだろう。ただしセンテンスは意識して短くしている。

「山羊と鳥と老人」がいま読めば大傑作である。40年前はあまり好きではなかった記憶がある。ファンタジーの中にある些細な理屈がよけいだと感じていた。私も若者だったのだ。

串田孫一は正法眼蔵とかコーランとかカントとかに比べるととっつきやすい。それでも30冊読む頃には前半分はすっかり忘れてしまっているだろう。どうやら今の職を退くまで、電車の友は手持ちの串田孫一だけで事足りる勘定になるようだ。


2018.2.1(木)くもりのち雪 獲得形質の遺伝

獲得形質が遺伝すれば・・・というのは払拭し難い誘惑である。それさえ受け入れてしまえば生物の進化はなんでも説明ができるようなきがする。進化は合目的であり定向的でありスピーディである。感覚的にそう見えることもあり、ランダムな突然変異を前提として統計的に処理するのはしんどいこともあって、獲得形質の遺伝という禁じ手を使いたくなってしまうのだ。

モナークの秋の大移動は個体の記憶が母親から子どもに伝わらなければ無理だと決めつけている。もしすべての個体に地球上の1点が刻印されていないということであれば。

また、蛇と蛙のような生まれつきの天敵関係も条件反射が親から子へ伝わるものであれば簡単に理解できるのだ。


2018.2.2(金)雪のちくもり 心の遺伝

獲得形質の遺伝といった場合に、目に見える体の構造であればそれが遺伝しないというのはよくわかる。鍛えて太くなった自転車選手の筋肉とか事故で失った指が形質となって子どもには伝わらない。肉体はDNAというある意味強固な設計図をもとに作られる。その図面は複雑かつ精細でそうそう変更はきかないものらしい。むやみな変更は致死的であるはずだ。

肉体のほうは置いとくとして、問題は心の方である。普通にいう記憶が遺伝しないことはわかる。条件反射もだめだ。ベルを聞いてよだれを流すパブロフの犬とか梅干しを想像して口の中が酸っぱくなる私とか、その手の反復刺激によって培われる条件反射は遺伝しない。

検討してみたいのは、反射と条件反射の間にあるような条件反射だ。アマガエルははじめて合うヒバカリに激しい忌避反応を示す。アマガエルには蛇に合った経験がないのだから、それは反射行動だ。それでも形式的には条件反射と見える。

そもそも完全に反射とみなせる行動の起源は自明とはいえないのだ。ヒトの反射行動がいかにして身についているのかを解明することはたやすくはない。たとえば爆裂音に身をかがめる行動はミミズでも同様のものが見られるようにヒトがヒトである以前からの反射なのだ。ヒトがまだ海中にいるミミズ程度の虫だった頃から現代まで無限の時間を費やしてランダムな刺激―行動をもとにした適者生存の結果、爆裂音―身かがめ反応が発達したという説明は一応の筋は通る。


2018.2.3(土)晴れのちくもり いよいよ立春

 オオカワヂシャ

女房と二人で境川。自転車はナカガワを使った。前ギアを52×42T、後ろギアを15〜22Tのクロスにしている。

境川の大清水橋付近にオオカワヂシャが復活している。先週はあまり目立っていなかったのに、けっこうなサイズと株数が見られた。

写真は鷺舞橋の湧水付近。遠目にもはっきりわかるぐらいオオカワヂシャが大きくなっている。コサギが小魚を狙っている。この湧水付近は小魚が群れるポイントでもある。そうした魚をカワセミやブラックバスも狙っている。このコサギはしきりに歩き回っていた。やや水深があって枯れ草なんかが堆積している所で足をぶるぶるふるわせている。水面の波立ちでそれとわかる。どうやら魚やエビなんかを追い出して捕まえる作戦のようだ。

午前中は日があってやや暖かかったものの、午後になって日がかげるとすぐに寒くなってこごえてしまった。ゆっくり走るのには慣れてきたが、寒さはいけない。過酷なサイクリングになってしまう。


2018.2.4(日)晴れ 電池切れ

 オオカワヂシャ

日曜午前の境川。自転車はナカガワ。昨日、新道大橋上流にオオカワヂシャを確認したので、さっそく撮ってやろうと自転車を止めTG-5を取り出した。電源を入れると電池切れの表示。痛恨だ。このところ根をつめて撮るものがなく一日の撮影枚数は少なかった。それで油断して残量表示の確認を怠ったのだった。しかたなく、今日は撮影なしと決めて自転車を進めた。

スマホを持っていたことに気づいたのは3分ほど走ったときのことだ。ためしに鷺舞橋の湧水をスマホで撮ってみる。全然ダメな感じが如実だ。たぶんピントも来ていないだろう。私のスマホは環境写真には無力だ。

自転車は相変わらず体重をかける乗り方の練習。ブラケットでの30km/h巡航だ。前足に全体重を一瞬だけかけるのが私の30km/h巡航。今日は南風が強い。良く晴れて海風が入ることと低気圧が近づいていることもあるだろう。時速にして35km/hぐらいの南風だ。向かい風を利用して52×20T付近を使って80〜90rpmで走る。前足に全体重をかける場合に注意することは第一に体を足で支えないこと。歩行時並みの圧力が足裏にかかるとNG。がんばりすぎだ。つぎに後足が体を支えていないことを常に意識すること。後足がすっと上がって、手でハンドルを支えず、サドルに体重がかからなければ前足に全体重が乗っている道理だ。そのペダリングを維持するためにはギア比の選定が大事だ。追い風なら52×16Tで同じ調子になる。35km/hだ。その速度でも風が前から来ない。

心拍計に目を落とすなら170bpmを超えている。あまり力をつかっていない感じでもATオーバーになっている模様だ。息が続かないという感じではなく、太ももに力がはいっているわけでもない。こういう感じで登りも走れて半原越を22分程度なら万全じゃないだろうか。体重だけじゃダメなことは思い知っているのだけど。

いつものセブンイレブン裏で昼飯。スマホを持っているのは電子マネーで支払うためだ。セブンイレブンではナナコってのを使えばコーヒー5個につき1個がタダだと書いてあってちょっとだけ気持ちが動いた。だけど複数の電子マネーを使い分けるのはうっとうしいなと反省して水路の脇に座った。

5メートルほど前の畑のわきをハクセキレイが千鳥足で歩いている。右に左に跳ぶように揺れている。どうやら何かを食べているらしい。私の目にも土の上に何か小さいものがハクセキレイに追われて跳んでいるのがときおり見える。立春を迎えて太陽は力強さを増している。地面は強い風の影響は受けずかなりの温度になっているだろう。小さな虫が活発に動いているのかもしれない。

水路に目を落とすならばおびただしい数の貝殻がある。死んだシジミたちだ。この水路には外来のシジミが繁栄している。稲の季節が終わって水が落とされて乾いて死んだのだろう。こいつらを庭のスイレン鉢に誘致したらどうなるのだろうとふと思った。

さてスマホを持っていることだから駄目元で新道大橋のオオカワヂシャを撮ってみようと自転車をガードレールに止めた。この場所は午後には日が当たらない。おまけに川向こうの建物は日が当たって明るく水面に反射している。川の中に沈んでいる草を撮るには絶望的なシチュエーションだ。電池切れには注意しなければと反省した。

この暖かさならもしやクロナガアリが出ているかもしれないと庭に出た。日当たりの悪い私の庭もさすがに残り雪は少ない。クロナガアリの巣口は積雪の影響ですっかり塞がれている。雪が解けた今も閉ざされたままだった。


2018.2.7(水)晴れ 条件反射の生理

アトリが今年も来ているかと代々木公園を回ってみた。残念ながらアトリの群れを見つけることはできなかった。

経験をもとに条件付けされた反射(うめぼし)とアプリオリな条件反射(ヘビとカエル)との間にある生理的な違いとは何だろう。ヒトでいえばその差は明確だ。心に自覚があるかないか記憶にあるかないかという大きな違いがあるからだ。しかしながら経験による条件反射は記憶されなくとも形成されるはずだ。

わが家の犬は東日本太平洋沖地震を体験した。家屋が揺れて随分怖い思いをした。あのときは緊急地震速報が機能して、テレビの警報音に続いて揺れが来ることが多かった。その恐怖体験から犬は緊急地震速報の警報音だけでパニック発作を起こすようになった。

犬が東日本太平洋沖地震のことを記憶し想起できるかどうかは心もとないものがある。ましてや犬よりも頭が悪そうな魚なんかでも条件反射は身につくのであるし、ミミズ程度の虫でもできるということだから、条件反射に記憶と想起は必須ではないのだろう。

ということなら条件反射の形成には脳を含む複雑な神経システムは不要とみていい。複雑怪奇な大脳皮質のシナプスが・・・といった部分は切り捨ててもいいのだ。


2018.2.9(金)晴れ 対象像の形成

ぞぞぞっとする、ぞくぞくする反射には階層があることは自明だ。反射は客体あってのものだねであり、イメージの客体としての表象も含めて、習い覚えて強化されるものと生まれつき身についているものの2種ははっきり区別できる。

この「はっきり区別できる」ことが私には疑問なのだ。

ヒバカリの、アマガエルを見つけて襲うという条件反射は生まれつきだ。その引き金になっているアマガエル像が精細に決められているということに注目しなければならない。コオロギには全く反応しないからには、漠然とした・・・例えば口に入るサイズで動く虫という程度の・・・大ざっぱなものではないのだ。

反射の引き金になる対象像がはっきりしているということは、それが徐々に形成されたものだということを物語っている。進化は動物の外見に作用する。アマガエルのみかけも進化によって変化するならば、ヒバカリにとってのアマガエル像も刻々と変化するはずだから。

これらの前提を受け入れるならば、アマガエル像の記憶がヒバカリの体内に刻印として次世代に引き継がれるという驚くべき結論が導かれてしまう。


2018.2.10(土)晴れのちくもり オオミノガ

 オオミノガ

ナカガワに乗って境川。高鎌橋のところで写真のオオミノガらしいミノムシを見つけた。私にとっては恩人であり、こうして冬枯れの桜にぶら下がっている光景はかけがえない風物詩でもある。

オオミノガのミノムシは20年ぐらい前に全く見つからなくなっていた。中国から進出してきた寄生バエにやられたというのが定説だった。日本からの絶滅まで心配されたほどだった。しかしこの数年ではけっこうな頻度で見つかるようになっている。どうやって復活してきたものか、ハエとの競争はどうなっているのか、虫の消長はそんなに単純なものではなさそうだ。

境川はお年寄りたちのウォーキングイベントがあるらしく三々五々の歩行者でごったがえして自転車の練習どころではなくなっていた。それでかねてから行きたかった三浦半島の大判焼き屋に行くことにした。

江ノ島から三浦半島への134号線も厳しい道である。ここに入り込んで後悔しなかったこともないなと慎重に走る。しかも目当ての「和楽」で大判焼きを買うことができなかった。「予約のみ販売中」というちょっと意味のわからない張り紙を見てあきらめた。

和楽からの帰りも厳しい道である。左折しなければならない所を直進して逗子駅の方に入り込んでしまった。以前にも同じ所で迷って嫌な思いをしてしまった。神奈川の住宅地には迷い込んで後悔しなかったことがない。


2018.2.11(日)晴れ 虫が動く日

 オオカワヂシャ

けっこうな雨を降らせた低気圧は東に去った。暖気は残り穏やかな一日になった。

ナカガワに乗って日曜午前の境川に出るといい感じで南風が吹き込んでいる。午後には気温が15℃以上にもあがったろうか。テントウムシが道路を這いキタテハが舞っていた。暖かいからそういうこともあるだろう。思えばこの冬は虫を全然撮らなかった。越冬組との出会いがなかったから。

さっそくナナホシテントウを撮ってやろうとTG-5を取り出して顕微鏡モードにして撮った。慌てたことにTG-5には2か月ほど前の設定が残っていたのだ。ピントマニュアルの連写モード。どうやらジョロウグモ用の設定だ。これじゃだめだと普通のモードに戻そうとしたが、操作法を思い出すのにちょっと時間がかかってしまった。

いくら暖かいとはいえモンキチョウを見たときはたまげた。自転車から2秒ほどだったけど足元を飛んでいたから間違いない。モンキチョウは確か成虫越冬ではないはずだ。羽化したのだろうか? 帰宅してネットで越冬態を調べると幼虫と出ていた。ほんまかいなと疑わざるを得ない。今年の冬はそれほど寒くはなかったけれど、最低気温が氷点下になったこともあり積雪も2度あった。庭にはまだ融け残っている雪餅があるくらいなのだ。

もしかしたらとクロナガアリの様子を見に行けば巣口があいて働きアリが活発に動いている。地中の巣の中にいても気温の上昇は敏感に感知できるらしい。ミズヒキ、チヂミザサ、アカマンマの種を盛んに運んでくる。よく見つけられるものだと感心してしまう。巣口のそばに若いカナヘビがいた。さすがに動きはのろかった。腹も減っているのだろう。

自転車は回す練習をやった。1年ぶりぐらいかもしれない。体重をかけ踏み込むだけではどうしても速度にリミッターがかかる。有効なベクトルを意識して全周にわたって弱く長く力をかけるほうがスピードは出る。ただし続かない。その回転ペダリングと体重かけを同時に案配良くできれば絶対速くなるという確信はあるが、いかんせん両立させるのが難しい。幾度もトライしてそのたび挫折してきたのだった。


2018.2.12(月)晴れ 奥は深いか浅いか

昨日は富士山近辺にレンズ雲吊し雲がみえていた。それらの雲を作った上空の強風が下に降りてきた。湘南とはいえ季節風が吹き込むとけっこう寒い。向かい風もいいもんだとナカガワで境川。回す練習を続けたかった。

向かい風の強さは52×21Tを使ってちょうどいいぐらいだ。これで360度で足に掛けることができる。20分ぐらい90rpmを維持できるならそれでよい。できないから問題だ。

全体重を前足に乗せることはできる。回すこともできる。ただそれを同時にすることができない。もしかしたらそれは物理的に無理なんじゃないだろうか。というのは、体重が右足に100%乗っている状態は手とサドルと左足に体が乗っていないということだ。このことは間違いない。そのとき同時に左足はペダルを後ろに引きながら上げる動きをしている。引き足はサドルにしっかり体重を乗せるのがコツだ。ここで私の体はアンチノミーに陥ってしまうのだ。いっそサドルに乗っける体重は50%ずつってことで中道をいくべきなのか。

目標とする動きはできるかもしれないしできないかもしれない。これまでやってきたように回すことと体重をかけることを使い分けるのが正解なのだろうか。まったく自転車というやつは奥が深いのやら浅いのやら。


2018.2.17(土)晴れ 新ナゾノクサ

 堰堤

ナカガワで境川。気温が高く日差しも強い。早春だ。

新道大橋付近のオオカワヂシャは2月になって繁茂の勢いを増している。まさにわが世の春という感じだ。一足先に芽吹いた新和田中学前のものは増水にやられてしまい、すぐに見つかるぐらい大きいのは一株だけになってしまった。

写真は246下の下水処理場付近にある堰堤。ここにナゾノクサがあることは先週に気づいていた。ただ光の加減が悪くてうまく撮影できなかった。今日は堰堤の水平部分に大きな草が見える。どうやらオオカワヂシャではなくイネ科の草のようだ。もしかしたら水稲かもしれない。堰堤の垂直部分にある緑はオオカワヂシャだろうと思う。この堰堤にはヤナギゴケが覆っていることを確認しており、オオカワヂシャが定着することはありそうだ。


2018.2.18(日)晴れ 165mm

 ウィリエール

ウィリエールで日曜午前の境川。昨日ほどではないもののけっこういい陽気だ。殺風景な境川周辺でも梅やロウバイが咲いてずいぶん春っぽい感じになっている。

ウィリエールはクランクを換えた。背の低い女の子をロードに乗せる計画が進行中で、ひとまずこの自転車を調整して試乗させようという算段だ。背丈で問題になるのはサドルとハンドルの距離だ。そこはぎりぎり何とかなるとしてクランク長も大事な検討事項だ。さっそくヤクオフで165mmのカーボンクランクを落札して今日はその試走。

これまでにも何回か165mmは使ったことがある。ずっと170mmを使ってきたこともあって最初は少しつまった感じがある。ただ短い方への適応はやさしく3時間もすれば違和感がなくなった。もしかしたら165mmのほうがいいんじゃないかと思えるぐらいだ。

いまは回す練習にしているけれどもせっかく気づいた上半身の体重をかけることも捨てがたい。そこで中道をとって半分ぐらいの体重を前足のペダルに乗せようとしているのだが、その案配がなかなか難しい。たまたま風の具合とギア比があって好感触の時間が数分ぐらいはあった。

市販のロード用クランクでは最短で165mmが一般だ。小柄な女子だと165mmでも長くて160mmぐらいがいいんじゃないかと思う。ひとまず165mmで女房に試走してもらおう。彼女が165mmで走れるならなんとかなるだろう。ちなみに彼女の24インチには150mmのフランス製高級クランクがついている。

帰宅して陽気がいいからクロナガアリが出ていないかとTG-5をひっさげてアリの巣を見に行った。アリの姿はなかった。手ぶらで引き下がるのも残念でアリの巣の側にあるタネツケバナを顕微鏡モードで一枚撮ってみた。チェックしてみればピントが全くダメだ。こういう被写体はオートアイリスオートフォーカスまかせだと失敗する。オートならではのテクも必要だ。

他人を乗せるならしっかり整備しておかねばならない。デュラエースC24ーTLのリアが振れているので自力で修正しようと試みたところ全然ダメだった。そもそも付属のニップル回しが使い物にならない。アルミ製のやわなもので簡単になめてしまう。こりゃプロにお願いしなきゃだめだと近所の自転車屋に駆け込んだ。


2018.2.24(土)晴れ 女子用ロード

女子用に改造を施したウィリエールに乗った女房といっしょに境川。

天気がよく南風が入って暖かい。境川に出るとすぐに白いチョウが目の前を横切った。一瞬、モンシロチョウかと思ったけれど、すぐにモンキチョウの特徴ある斑紋が目にとまり、モンキチョウの白いタイプだとわかった。さてモンシロチョウの初見はいつになるか。ちょっとわくわくする季節だ。

境川のオオカワヂシャは一斉に繁茂している。大和南高校の手前でもけっこう大きな株が育っている。私のサイクリングコースではほぼ全域にわたって根付いているといっていいだろう。面白いのは上和田中学校前にほとんどないってことだろうか。あそこは芽吹きが早すぎたんだきっと。

女房のウィリエールはサドルの高さ、ハンドルまでの距離はぎりぎりセーフだがサドルが合わないらしい。今日のは20年ぐらい前に買ったフライトチタンで柔らかく細いものだ。サドルだけはどこをどう直せばよいのか他人にはわからない。


2018.2.25(日)くもり 南高校前のオオカワヂシャ

 オオカワヂシャ

ナカガワで日曜午前の境川。スリーエフ白旗店がなくなっても日曜午前の境川。私には中道を行くペダリングの練習がある。

写真は昨日発見した大和南高校前のオオカワヂシャ。都合がいいことに階段のすぐ下で根を張っている。今日はこいつを撮影する目的もあった。近づいて見れば根は地面ではなくコンクリートに下ろしている。おそらく割れ目があるわけでもあるまい。コンクリートに活着しているヤナギゴケなんかにひっかかった種が芽吹いたものだ。足元不安定な状態でここまで大きくなってはいるけれど、次の増水であっけなく流されてしまうだろう。

境川でオオカワヂシャが芽生える条件を考えてみた。私の観察では芽吹きはおおむね12月から2月といっていいだろう。いまも冬だとすれば、芽吹きは冬だ。今季は上和田中学前の芽吹きが早かった。おおむね2週間ほど先行したようだ。比較は水質がよく水量が安定している鷺舞橋湧水だ。湧水での芽吹きは1月2日で上和田中で見つけたのは12月30日だが、上和田中の個体は大きくならないと見つからない。道路から遠いことと濁り水が深いからだ。そして1か月ばかり遅れて新道大橋をはじめ境川の全域で急成長をとげている。

芽吹きが冬であるならば水温が下がることが必要なんだろうか。播種は夏だから種が熟すまでに時間が必要なのかもしれないし、水温が高いときは芽吹きにストップがかかっているのかもしれない。


2018.3.3(土)晴れ 久々の多摩川

細工をしたウィリエールに乗ってひさびさに多摩川に出かけた。宮崎台に住む女子をそのウィリエールに乗せようという算段だ。それで自転車を気に入ってくれればよいがという思惑がある。

彼女はドロップハンドルの自転車は一度も乗ったことがないという。それなのにいざ乗ってみるとバランス良く力強く走っている。34×21Tで馬絹神社の8%を軽々登っているのをみて、こいつはいけると確信した。

宮崎台からスタートして多摩川を回って20kmほど走った。宮崎台は多摩川に出入りする道が狭く交通量が多い。かなりシビアな道路で初級者にはつらいものがある。そこが難点。


2018.3.4(日)晴れ 花盛りの境川

ものすごく気温の高い日曜日になった。チネリに乗って境川。沿線の梅が見頃、畑の上ではヒバリがさえずる。いい感じの春なんだが南風がものすごく強い。これではモンシロチョウは飛ばないかもしれないがと蝶に気をつけて走る。キタテハらしきタテハチョウとモンキチョウはけっこう目についた。

ちょっ気になっていたのが先日の増水だ。木曜の早朝にわりとまとまった雨が降った。高鎌橋の増水状況を調べると最大で150cmとあった。これまでの観察からオオカワヂシャに大きな影響がでる増水ではない。ただ、ここのところは安穏とした日々にあまえた個体がずいぶんはびこっている。ひとまず新道大橋付近のものをみれば草体に若干の傷があるものの大半が残っていた。

自転車は向かい風を練習して回す練習。最初はあまりうまくいかない。太ももを使った踏み込みは封印してあくまで尻で踏むように。2時間ぐらい集中してようやくそれなりになる。

ホトケノザがいい感じに咲き誇っておりついでに撮影しておいた。境川では真冬でもホトケノザはややいじけた感じの花をつける。春になればきれいさ100倍だ。そういえばと大和南高校前のオオカワヂシャもチェックした。護岸のコンクリに根を下ろしている個体が流されていることが予想できたからだ。思いのほか被害は少なく半数ぐらいは残っていた。先日撮影した個体は流されてしまったようだ。


2018.3.10(土)くもりのち晴れ リセット

 遊水地

チネリに乗って境川。昨日金曜未明にけっこうな降水があった。横浜市水防災情報のページによれば高鎌橋では最大で4m超の増水だ。4mだと越流堤を越えて遊水地に水が入ってくる。

私のオオカワヂシャたちは全部流されてしまっただろうと予想して南高校前の川をのぞき込んだ。探すまでもなかった。河床の全ての土砂が入れ替わっているのは一目瞭然だ。根ばりの悪いオオカワヂシャが耐えられるはずもない。新道大橋付近でも全滅。宮久保橋堰堤でもヤナギゴケごと流されて灰色のコンクリートが生々しく見えている。

残るは鷺舞橋下の湧水付近の群落だ。比較的小さい個体群が薄く堆積した泥に根を張っていた。橋からのぞき込むと写真のようにまだ水の濁りが取れておらずオオカワヂシャのあるなしは確認できなかった。ともあれ、これでひとまず境川はリセットされた。この後、春から夏にかけてオオカワヂシャが芽吹いてくるのかどうかが観察の焦点になる。

それにしても、私のオオカワヂシャたちは速やかに相模湾まで流されていったことだろう。いまごろずいぶん息苦しい思いをしているに違いない。きっとやつらにも海水は塩辛いはずだ。

淡水の水草が海に適応していくことはできそうもない。逆はどうなんだろう。そもそも植物は海中で誕生したはずだ。海から陸にあがって、陸上に適応した植物がもう一度水にはいったのが水草だろう。オオカワヂシャのような花も実もある高等植物は全部その過程をへたはずだ。

この先も、10万年をかけて湾が潟になって汽水湖を形成し、汽水湖が海から隔絶されて淡水湖になれば、元の海中で生育していたアマモのような海草が淡水性のセキショウモのようになるかもしれない。いや、待てよ。セキショウが茂る淡水湖が汽水化していくことがあったなら、セキショウがアマモみたいになるかもしれないじゃないか。


2018.3.11(土)晴れ オオカワヂシャは残った

 遊水地

すっかく春めいた境川に女房とサイクリング。彼女にはシート長さ480mmのフレームはかなり大きい。

遊水地に入った水の濁りがとれて気になっていた湧水のオオカワヂシャの姿が見えるようになった。遊水地の中は水流が弱いから2mほど浸かったとしても全滅はないだろうと予想していた。思いのほかよく残っている。湧水のそばというちょっと特異環境とはいえ、境川のオオカワヂシャの通年観察には欠かせない。本流の対照になる。

女房はちょっと大きめの自転車で快調に走っている。追い風だとごく短い間ながら25km/hも出せる。向かい風でも20km/hだ。最近のシフトレバー内蔵型のブレーキは大きすぎるからと30年前のアルテグラショートリーチなるものを引っ張り出した。それがけっこういい感じのようだ。クランク長165mm、ハンドルバー幅40cmでもかまわないみたいだ。シフトはダブルレバーを使っている。ウィリエールにはシマノのWレバーがちゃんと付かないという弱点があるので、サンツアーのシュパーブプロにした。8段のシュパーブレバーと9段のデュラエースリアディレーラーは好相性で9段のデュラエースカセットが使える。最大か最小のギアが1枚使えないだけだ。

ウィリエールと同等ぐらいのフレームが3万円ほどで買えるがはてどうしたものか。最近のできあいフレームを買うとWレバー台座がなくこういうセッティングができなくなる。小型のブレーキブラケットが開発されるのを待つか、レバーまでの距離を小さくできる昔のSORAで辛抱するか、シマノのバーエンドシフターを使うかということになる。


2018.3.17(土)晴れ まさかキブシを

 キブシ

ナカガワで境川。というか平塚まで行ってきた。高麗山を撮ってやると約束したからだ。

藤沢の海まで出て134号線を走る。134号線のような広くて車が多い道は35km/hぐらいで走る。境川ではありえない速度だ。境川では25km/hぐらいでけっこうな速度だと感じているけれど、134号線では30km/hでも遅すぎる感じだ。自動車列の追い風効果もあるにしろ奇妙なもんだ。

高麗山は南から見るとどってことない山並みだが、東から見るとこんもりしてかわいらしい。高松の近辺にある山みたいだ。仙台にも太白山ってのがある。あんな感じだ。浮世絵と同じポイントで撮った。

湘南はすっかり春でモンシロチョウがずいぶん飛んでいる。ちょっと早めに出ていたモンキチョウは交尾なんかしてる。コンビニの水路脇はアリが右往左往。来週にはハナアブなんかのハエ、蜂系がぶんぶん飛び始めるだろう。

246そばでキブシの花を発見。まさかキブシを境川で初見するとは思わなかった。半原越からずいぶん遠ざかったものだ。春爛漫の清川村を見る気も起きなかった。いくらなんでも山桜は見に行くだろう。


2018.3.18(日)晴れときどきくもり ついに戦力外通告

 ドクダミ

朝に庭を見回ってみた。タネツケバナとかヒメオドリコソウは撮っておきたかったからだ。ニコンD100のスーパーマクロを持ち出してみたものの、使い物にならなかった。去年までだましだまし使ってきたスーパーマクロもいよいよ戦力外通告する日が来たようだ。

しかたなく撮る楽しみという点では劣るTG-5を持ち出した。トウダイグサは茂みを作り、ドクダミはしっかり葉を広げている。夏の希望だ。

境川は女子のコーチとして40kmほど走ってきた。ハナアブなんかもかなり飛び回っている。香川照之の昆虫すごいぜ!を楽しみに見ている彼女もリアル虫けらは嫌っている。オオカワヂシャよりも黄色いぼんぼりをつけるミモザなんかを喜んでいる。そりゃまそうだ。道路を歩くイモムシを愛でる女子はめったにいるもんじゃない。家庭内に2人、職場に一人いるだけだ。ガールフレンドに風変わりな好みを押しつける気はない。


2018.3.24(土)晴れ 新フレーム購入

ツバメは川の上で群れ飛び畑の上空ではヒバリが歌う。春爛漫の境川にウィリエールで出かける。ウィリエールはいろいろあってブルホンバーに変更している。いろいろといってもたいしたことはなく一番セットしやすいのがブルホーンバーだったのだ。

ブルホーンのウィリエールはまずまずよく走る。バーのちょうど曲がっているところに手をおくと楽でいい。上ハンはけっこう習熟が必要なテクだが、こちらだと練習もいらない感じだ。たぶん初心者用にはブルホーンバーが一番あっているだろう。

ウィリエールがブルホーンになったのは女房用に新しいフレームを買ったからだ。TNIのコスパ最強のアルミフレームだ。なんと3万円。余計な工作が一切ないそのさっぱりとしたデザインはとっても好感触。なんとフレームにロゴすらない。シールが付属しておりそれを自分で貼れというから笑ってしまう。フレームサイズでいえば440mmのを買ったが、こういう背の低い人用のものならヘッドチューブは120mmあったほうがいい。小さいフレームはハンドルバーを下げるのが難しいからと100mmになっているのだが、そんな選手的なライダーが3万円のアルミを買うとも思えない。リアセンターもフロントセンターもぎりぎりまで詰まっている。その辺の乗り味もちょっと興味がある。

かつては自転車の組み立てが得意だった。TNIは雪の春分に丸一日かけて組み立てられずちょっと自信喪失してしまった。そもそも準備が悪い。持っていると思い込んでいたコラムスペーサーがなかったのがまず敗因。現物をチェックしとけばよかった。フレームなんてヘッドコラムを切ってしまえば半分できたも同然なのだが、スペーサーなしでは現物合わせができず、肝心なスタートラインが切れない。

できるとこだけやるにしても気が乗らない。何をするにも作業の段取りが悪い。時間の半分以上をパーツ、工具を探すことに費やしてしまう。集中力が持続できない。そういうところにも老いを感じてしまった。春分の日にはウィリエールのパーツを半端に移してゲームオーバー。挙げ句の果てに、今日走るためにセットしたウィリエールのハンドルバーを逆さまに組み込んでしまう。

境川を90kmばかり走って早めに帰宅して作業の続き。今日は、必要な部品と工具をあらかじめ揃えて作業に臨んだ。そのかいあってまずまずスムーズに事が運んだ。やれやれといったところだ。


2018.3.25(日)晴れ 春の半原越

 半原越

ウィリエールで半原越。もはや日曜午前の境川になんの魅力もない。後ろ髪を引かれることもなく半原越。

全然登れないだろうなと覚悟していた半原越だが、犬橋を過ぎたところで通行止め。体力的にも道路的にも登れない。崩壊した路肩の工事ということで、崩れたところは想像が付く。きっとあそこだ。素人目にも補強したほうがよさそうな場所があった。

問題なのは工事の期間だ。行政が腐敗しているせいだとうがっているのだが、神奈川県はときとして、どうでもよい目立たない土木作業に対して信じられないぐらい時間と経費を費やす。さて半原越の開通はいつになるだろう。半年か一年か。通れないではしょうがない。下って通行止め区間までのハーフ。

半原越は春爛漫で風のない日だまりはぽかぽか陽気。シマエナガやヤマガラがせわしなく鳴きながら枝を飛び交う。蝶も多い。目立つのはテングチョウ。この数年春の半原越はテングチョウのラッシュだ。せわしなくてとまっている時間が短く撮影させてくれない。シジミチョウも多い。一見した感じはヤマトシジミなのだが何かが違う。いったいなんだろう? と交通事故にあったらしい個体をしっかり撮影しておいた。翅裏の斑紋で調べればシルビアシジミらしい。

それにしても登坂力がぞっとするぐらい落ちている。いぜんなら春先だめでも夏にはけっこういけてたもんだが、今年はどうだろうか。走れなくても無事に春をむかえることができた。素直に春を喜ぼう。

相模川の近辺をいろいろ回った。善明川はおそらくいまが一年で一番きれいなときだ。まずはカワムツのご機嫌うかがい。水路に出ているやつはどうにも敏感で撮影させてくれない。さすがはキングオブフイッシュと私に言われるだけのことはある。善明川の水草はもはやクレソンばかりと思っていたけど、ミズハコベもあった。ただし妙な凶悪感があってミズハコベらしくない。少女が不良になった感じだ。

相模川の河原はヤナギが緑に萌えてきれいだ。中学生ぐらいの少女がビキニになって川に浸かっていたのには驚いた。鳩川との合流点になり深く淀んでいるところで魚かエビかなにかを捕まえているようだ。まだ水は冷たかろうに。

田んぼの脇にはレンゲが咲いている。レンゲが籠抜けしたものだ。農業用のレンゲは代掻きに合わせて花が咲くように種をまくから咲くのはひと月後だ。野生ではソメイヨシノと同じころに咲くものらしい。ソメイヨシノといえば、毎年わが家のジューンベリーはソメイヨシノに合わせて咲いていたが、今年は遅れている。ソメイヨシノがフライング気味に早いのだ。


2018.4.4(水)晴れ 渋谷のクジャクチョウ

ソメイヨシノにはずいぶん遅く、マテバシイにはずいぶん早いが代々木公園に花見に行った。

その道すがらよくわからないタンポポなんかが咲いている土手を中型のタテハチョウが飛んでいた。敏捷で黒っぽいそのチョウは羽化したばかりとみえるクジャクチョウの完品だった。

四国生まれ四国育ちの私がはじめてクジャクチョウに会ったのは仙台の八木山だった。もう40年前のことになる。その後、山登りに入れ込んだり札幌に住んだりもして、クジャクチョウはわりと頻繁に見かけるチョウになった。それでも美ヶ原あたりでクジャクチョウがマツムシソウに群れる様子は格別だった。

北のチョウがなんでいまごろ渋谷なんかを元気に飛んでいるのだろう。温暖化で南の虫の北上はさまざま確認できる。その逆の北のチョウの南下となると温暖化では説明が難しそうだ。


2018.4.7(土)くもりときどき晴れ 強風の境川

チネリに乗って境川。今日は風が強い。昨日の深夜は嵐のだった。朝には雨が上がっていたものの強い南風が残っていた。境川は逆流するかのように波立っている。追い風を受けるとこがなくても自転車は進む。向かい風はともかく、横風を受けるとけっこう恐ろしい。幸いなのは夜の雨で地面が濡れていたことか。砂塵が軽減される。

境川沿線はあっというまに夏の気配がしている。気がつけばハルジオンがいっぱい咲いている。カラスノエンドウのサヤがふくらんでいる。川岸ではクレソンもオオカワヂシャも満開だ。目の前を黒いチョウが横切る。一瞬だけしか視界に入らず、種名の特定はできなかった。そのサイズからしても夏型のクロアゲハに見える立派な個体だった。


2018.4.15(日)雨のち晴れ 早すぎる

 コシロカネグモ?

早朝に寒冷前線が通過し強い雨が降った。9時頃には晴れ間が出たのでウィリエールで境川。しばらく風邪の症状が強くて昨日のサイクリングはあきらめた。本当はまだおとなしくしているほうがいいのだけれど、いてもたってもいられなかった。

特に練習することもなく、何かチェックしなければならないものもない。境川は増水がおさまって水の濁れもとれはじめている。水が出るのは早いが引くのも早い。そこはさすがに都市河川。本流のオオカワヂシャはこうした頻繁な増水で定着できないのだろう。きっと種はいつもどこにでもあって、年中発芽しているのだけど増水で撹拌されて私に見えるサイズには成長できないのだろうと思った。

いつもの鷺舞橋で湧水をチェックすると、オオカワヂシャは深い水の底に沈んでいる。もしかして越流堤を水が越えてきたのかと土手を観察してみてもその痕跡はない。黄色い花をつけた菜の花はすっくと立っている。泥を被った様子はない。あとで高鎌橋の増水を検索してみれば120cmとあったから越流堤を越える増水はなかったのだ。本流があふれなくても遊水地に水が溜まることはあるらしい。

いつものセブンイレブン裏で小休止。水路をチェックするとクモの巣があった。角になっているところに水平に円網を張っている。体長は5mmほど。一見してジョロウグモと思って驚いた。ジョロウグモがそのサイズまで成長するのは梅雨時だ。いくら何でも早すぎる。今年の春はそれだけ異常なのか? ただ、よくよく見れば腹の模様が違うような気もする。TG-5でしっかり撮って確認するとジョロウグモじゃないことははっきりした。どうやらコシロカネグモのようである。


2018.4.16(月)晴れのちくもり 条件反射の遺伝

パブロフの犬的な条件反射はいわゆる獲得形質であって遺伝するわけがない。母から子へ伝わらないはずなのだ。

しかし、全ての条件反射が個人の一生涯に限定されているものなのだろうか。ずっとそのことでもやもやしている。ある程度の遺伝があったほうが進化の説明がしやすいのは確かだ。ただそれは進化に宇宙人の作為を持ち込むようなもので思考停止のそしりはまぬかれない。

条件反射には不随意なものもある。進んで身につけようと取り組む条件反射もあれば嫌でも身についてしまうものもある。意思どおりにはいかない。私は条件反射がどういう過程を経て始まって強化され定着するのかがわからない。感覚して体が動く一連の反射の奥で起きている神経・精神の仕組みがよくわからない。それは器官が複合してはじめて起きることなのだろうか。それとも細胞レベルの微小な単位でも起きるものなのだろうか。

たとえばアメーバのような単細胞生物が条件反射を獲得するのなら、それは細胞分裂した2体に引き継がれることになるのではないだろうか。単細胞から少し飛躍して哺乳類の母体が獲得した条件反射が胎児に引き継がれていることはないのか。胎児にあれば卵子はどうなのか。

刺激反応系の強化は単細胞の時代からわれわれ生物の課題であり続けているはずだ。そして私が情動の遺伝の有る無しにこだわるのは進化ドライブフォースとして重要だと思うからだ。

たとえば鳥が空を飛ぶようになるとき、もし彼らが漠然とはねをバタつかせているだけでは進化は停滞するはずだ。はねを無用の長物として持て余す期間が少なからずあったとすれば進化の停滞は許されないだろう。飛行のような突拍子もない進化が起きるには、母から子へ飛ぶ喜びが強化されつつ遺伝する必要があったのではないだろうか。


2018.4.22(日)晴れ 背の高いカタバミ

 カタバミ

2週間以上も風邪だか花粉症だかで不調だった。それもまずまず回復した。この土日は天気が良く暑くなって気持ちがいい。ナカガワに乗って境川。

境川の雑草はハルジオンやギシギシがわが世の春を謳歌している。でも私が気になっているのは写真の黄色いカタバミ。いまこいつが境川でブレーク中らしい。従来の背の低いやつはまったく見あたらずこいつばかりだ。

去年の観察では新旧が共存していたが、勢力の問題か季節の問題か、いま境川サイクリングロードの無骨な鉄柵下で花をつけているのはこの背の高いタイプばかりである。

こいつもカタバミらしく日周運動をする。午前中にはしっかり開いていることを確認していたセブンイレブン脇の個体が2時頃には花を閉じていた。こいつの夜はかなり早いようである。

帰宅して近所をちらっと見回ってみれば従来見ていたカタバミもちゃんと開花していた。境川は少し特異なのかもしれない。


2018.4.28(土)晴れ イモムシが多い

 シャジクモ

写真はもう5年か6年ほどやっている田んぼ水槽。今年は屋内でやってみることにした。大学生の娘がミジンコの飼育に使っていたガラス水槽を使っている。貧乏臭いプラケースにくらべてぐっとおしゃれ。セットからひと月近く経過して落ち着いてきた。

メインになっている水草はシャジクモ。つぎに多いのがマツバイ。いわゆるヘヤーグラスだ。葉の幅が広いライトグリーンの草が目立つがこれは水草ではない可能性が高い。水草ならウリカワあたりなのだが、元の水田でウリカワは見ていない。動物はいまのところミジンコが何種類かわいている。過去にはホウネンエビや貝がわいたこともあった。拾ってきた土くれには当たり外れがある。

最近はさまざまなテクニックを駆使しておしゃれな水草水槽を作るのが流行っているらしいけど、これほどシンプルできれいな水槽を作れるやつもいないだろうと鼻高々の今日この頃である。なにしろ濾過器も照明もなく掃除水替えさえ週一程度なのだから。

すっかり初夏の装いになった境川にナカガワででかける。とくにこれといって練習することもない。

アスファルトにはけっこう大きめのイモムシが目立つようになっている。すぐに種名のわかるのが緑のアヤモクメキリガ。いま一番多い。名前がわからない茶色のやつも何匹か見た。そして立派なモンキアゲハ。あいつが飛べばいよいよ夏本番だ


2018.4.29(日)晴れ 犬走りを思い出す

 シャジクモ

小さな田んぼ水槽でも撮りようによってはジャングルみたいになる。今朝はハエトリグモがついていた。水槽の中で泳いでいるカイミジンコを狙っているのだ。何度も飛びつくけれどガラスの向こうにいるミジンコは捕まらない。ハエトリグモは何度トライすれば学習するのだろうか、それともしないのだろうか。覚えたとしても一回眠れば忘れてしまうんじゃないだろうか。

私も自転車の走り方を忘れていた。昨日も今日も境川はけっこうな風が吹いている。夏の初めに恒例の南風だ。その向かい風を利用してがんばろうとするとギクシャクしてスピードに乗れない。足とか腰とか背中だとかが痛くなってくる。ハンドルだって明らかにちゃんと握れていない。たしかに時速30kmほどの向かい風を受けて25km/hで走るのは簡単ではない。だけどそんなにたいへんだったろうか? もうちょっとましに走れていたのは幻か。

3時間半ほど格闘してようやく犬走りを忘れていたことに気づいた。ずっと踏み込みだけで走っていたのだ。最近は初心に還って初心者走りの練習ばかりしていた。その癖がついてしまってせっかく到達した犬走りを忘れていたのだった。


2018.5.03(木)雨のち晴れ ドクダミが咲く

 ドクダミ

朝、玄関に出るとドクダミの花が開いていた。わが家でドクダミが咲くのは5月の末である。いくら日のあたりがよい玄関先とはいっても早すぎる感がある。今年は春がなかった。季節の進みが早く一つまた一つと毎年恒例になっている春の確認をする楽しみがなかった。

やや強い雨があがってウィリエールで境川に乗り出すとノバラの花があった。ノバラも毎年楽しみにしている花の一つだ。先週までは見あたらなかったのに今日には盛りを過ぎている風情だ。いろいろ調子が狂う夏の始まりだ。

自転車は犬走りを思い出したのでもっぱら犬走りの練習。とりわけ南進は時速30km/hの風を利用してペダルのかかりを気にかけた。上死点で膝を伸ばす力を使い、下死点で膝を曲げる力をつかってペダルを後ろに引く。踏み込み時に力を使わないように意識する。それが犬走り。

上死点での膝伸ばしも下死点での膝曲げも少し早めに始めなければならない。私の筋肉の動きには0.13秒ほどのタイムラグがある。0.13秒は1周が0.8秒ぐらいしかないペダリングではかなり大きい値だ。足が一番前、一番後ろを過ぎたときに始めるタイミングでないと間に合わない。そのためには大きく踏み込んでいては間に合わないのだ。


2018.5.06(日)晴れのちくもり 境川に黒曜石!

 溶融スラグ

写真は境川で拾った溶融スラグである。

女房と一緒に境川にでかけてクサフジを見るついでに河原に降りると、スズメバチの女王が水を飲んでいた。いいシーンを見ることができたと、周囲を見渡せばけっこうきれいな石ころがある。ちょっと奇妙な感じがした。境川の流域は関東ローム層の泥ばかりで見所のあるような石ころは落ちていないという思い込みがあったからだ。

礫岩とか片麻岩とかいろいろ物色していると、てかてか光るガラス質の黒い石ころがあった。割れ目はするどくシジミ貝のような模様がある。これはもしかしたら黒曜石ではないかと胸ときめいた。黒曜石といえばカンパネルラが持っていた銀河鉄道の地図であり、弥生人の包丁にもなるという石ころ界のVIPなのだ。

しかし、黒曜石が境川にあるのは変だ。河原には他にも変な石がある。東北あたりで産する庭石になるやつとか、深いところでできる火山岩だとか、礫岩に擬態したコンクリートブロックのかけらとか。

思い起こせば境川というところは護岸工事の盛んなところである。その工事はコンクリートだけでなく、何百キロもかなたから運んできた自然石も使われている。なんで護岸工事に自然石が必要なのかは今一つわからない。コンクリートの増量剤なのか景観のためなのか。それが増水でけっこう崩壊するのだ。そのせいで河原の石ころから地学的な推理をすることはできなくなっている。する人もいないだろうけど。

もし黒曜石を拾えるならことは重大だ。人工的なものであることは確実なので、他所から運ばれてきた岩石のなかにたまたま混じっていたという可能性はある。ただしけっこう数が多いのが解せない。古代宇宙飛行士説の提唱者ならば、こういうガラス化した石が転がっていれば縄文時代ぐらいに神奈川県で核爆発があったのだと主張するだろう。

ひとまず証拠として3つばかり持ち帰って石に詳しい娘に見せた。娘のいうことには神奈川では箱根が黒曜石の産地で、かつては河原でも拾えたが今は見つからないそうで、ブツは99.99%の確率で溶融スラグだろうということだ。ゴミを高温で溶かして固めた代物で、その筋では黒曜石に擬態していることで有名らしい。私の隕石がカラミであるのと同じぐらいの確率で溶融スラグみたいだ。またつまらぬものを拾ってしまった。


2018.5.13(日)くもりのち雨 ミズキの毒蛾

朝、いくぶんみのりの悪いクサイチゴを3つばかり食ってウィリエールで女房と境川。午後からはけっこうな雨という予報で境川の人出は少ない。そのかわり多いのがキアシドクガ。去年に多かった下水処理場のミズキに今年も発生している。ほか境川沿線のミズキにはけっこうキアシドクガがついている。

女房が気になるのはミズキよりもクワみたいだ。養蚕をやっていたからではなく貧乏なころに実を食べていた思い出があるのだろう。クワも境川には多い。養蚕の木が逃げ出して定着したのだ。クワにはスター昆虫がいくつか発生する。サイクリングは自転車の速度や技術向上はさておいて虫や草木の見物にシフトしつつある。かといって本格的に虫を見ているわけではない。クワだってクワカミキリを見つけた程度。我ながら半端者だ。

女房のTNIはキシキシという異音が発生するようになっている。一番の原因と思われるチェーンを交換して治らない。ではBBかとBB小物を換えても治らない。ではクランクかとクランクを換えても治らない。ペダル、ディレーラー、ホイールの交換もヘッドの掃除も効果なし。2日ばかり手をつくせど改善の見込みなし。


2018.5.14(月)晴れ いらいらすること

去年の1月までカ計さんが国家戦略特区に名乗りを上げることを知らなかったのは痛恨の極みだった。第一の責任は安部さんにある。カ計さんが以前から獣医学部を作ろうとしていたことは感づいておくべきだった。知っておれば特区の立候補を制止できたろう。首相ともあろう人がプライベートはかなりまぬけである。ただ、全責任が御本人にあるかというと、必ずしもそうではない。やはりカ計さんも悪い。友だちがいのない人ということになる。国家戦略特区はアベノミクス主導者たる首相の案件だ。特区で新学部を作ることになれば、学部新設にあたって利益誘導があったとゲスの勘ぐりを受け、安部さんは痛くもない腹を探られるに決っている。賢い政治家なら首相がそんなあからさまなことをするわけないと心中では理解していても、政争の具としてもってこいだし、話題の欲しいマスコミは飛びつくのだ。それぐらいのことは政治経済の通ならわかりきったことである。友達なら国家戦略特区への立候補は遠慮するのが筋だ。安部さんも3年ぐらい前に知ることができれば、せめて任期中はカ計さんに辞退するようお願いもできただろう。秘書は安部さんとカ計さんが浅からぬ関係にあることを知りつつ岡山理大が今治に色気を持っていることを安部さんに報告しなかったというから、ずいぶんまぬけだった。特区でカ計さんが新学部を作るとなれば、安部さんは無駄な攻を受け、例によって国会が空回りするに決っている。おりしもこのくそ忙しいときである。秘書はカ計さんの目論見をいち早く安部さんに伝えて善処しなければならなかった。友にも部下にもめぐまれない首相は気の毒な人なのか身から出たさびなのか。


2018.5.16(水)晴れ ハラビロカマキリ

 ハラビロカマキリ

今年も庭でハラビロカマキリの幼虫を見ることができた。13日にアジサイで1頭、14日には同じアジサイに3頭、そして今日は少し離れたドクダミでも2頭。

おそらく初齢とみられるハラビロカマキリがこれだけの数見つかるのはきっと近くで産卵があったにちがいない。わが家は幸いにして継続的にハラビロカマキリが生息している。年々虫の種類も数も減って、いまやハラビロカマキリはVIPの地位にある。

写真の個体は腹がけっこうふくらんでいるから稼ぎはよいのだろう。さてやつらはいま何を食っているのか。アブラムシはそれなりに発生している。ドクダミの花穂にもわいてアリを集めているところだ。


2018.5.17(木)晴れ コナギ

 コナギ

田んぼ水槽が写真のような状態になっているのに気づいたのは昨夜の10時頃だった。手前に生えている草からなにやら細い茎のようなものが伸びている。初見では花かと思った。しかし茎の先にあるのは葉だ。どうやら水上花ではなく、水上葉を展開しようとしているみたいだ。となれば細い紐状のものは葉柄なんだろう。

驚くべきはその成長の速さだった。昨日は朝に水槽の撮影をしている。メインになっているシャジクモを撮った。外道とはいえ、これほど葉が伸びていたら気づかぬはずがない。最初の発見者は長女だった。午前10時にはこの状態になっていたのだという。ということは2時間あまりで20cm以上伸びたということになる。それはなんぼなんでもあんまりだ。わたしの迂闊な見落としでなければ、折り畳まれて成長している葉のバネがほどけるような仕組みになっているんだろう。そのつもりで観察すれば確認は難しくないはずだ。

ところでこの草の種類だがコナギではないかと思っている。葉の形状からサジタリアかな?とも思えたけど、サジタリア類はもとの田では見たことがない。かといってマツバイにしては立派すぎるので、なにか水上雑草が無理してるんじゃないかとも考えた。

コナギであれば若芽はロゼット状で、根を張り力を蓄えてから水上葉を伸ばすことはあり得る。この数年の田んぼアクアリウムでは毎年1本はコナギがあった。ロゼットになっている葉を注意して見るならば色あせて透明になっている。すでに役割を終えて枯れ始めているように見える。


2018.5.24(木)晴れ一時雨 ドクダミ

 ドクダミ

白い花をつけたドクダミが庭一面を覆っている。それを見て女房がきれいだという。その半面で彼女は庭のドクダミを大量に抜いて乾燥し食べようと企てている。つくづくよい妻を持ったと思う。

ドクダミは梅雨を目前にしたこの季節の白眉だ。花は美しくいろいろ陰気な虫が寄ってくる。ハエ、カメムシ、カマキリ、クモ。そして私の関心事はドクダミに集まるアリにある。花が下からどんどん開いて最盛期を迎えると、アリがたかるようになる。アリの目当ては花序に巣食うアブラムシだ。そして私の目当てがアリがアブラムシから甘露を受け取るシーンの撮影にある。

これまで好感触のカットをものにできていない。アリの執着はものすごくて、しきりにアブラムシを叩くのだが、肝心の甘露がなかなか出てこないのだ。甘露が見えなければアリが甘露を食べるカットにはならない。去年撮れたのはかろうじてそれとわかるかもしれないぐらいのレベルのものだ。この難易度はけっこう高いように思う。私程度の工夫と根性では幸運に恵まれない限りものにできない写真だ。


2018.5.26(土)晴れのちくもり ドクダミのアブラムシ

 アリ

午前中は女房と境川。雲が多く日差しが弱くて涼しい。女房は少しだけ速度を上げられるようになってきた。TNIが体にあっているようだ。しかし、原因不明の軋みは取れない。今日はディレーラーとチェーンをいじってみたが効果なし。これは最初に試したものだった。ダメならダメで、9段のデュラエースカセットにアルテグラディレーラーにしておいた。山に行かないのでリア27Tもあれば大丈夫だろう。

観察を続けている鷺舞橋の湧水を今日も覗いてみた。少し日があいてしまったせいか、前回とくらべてはっきりした違いがあった。オオカワヂシャが満開になっているのだ。春にはオオカワヂシャがいち早く花をつけたものの、すぐにクレソンが追い越してクレソンの白い花ばかりが目立っていた。今日になってオオカワヂシャはクレソンを圧倒し、その薄紫の花がよく目立つ。そしてなぜか湧水が止まっていた。

さんざん自転車をいじってからアリの撮影。満開のドクダミにたかるアブラムシとアリ。去年とおなじくアリはアブラムシをしきりに叩くのだが甘露は見えず。それらしいシーンを目撃することもなかった。ひとまず100カットほど撮って何か写ってないかとパソコンモニターでチェックしても甘露のかの字もない。今年もこのまま過ぎ去ってしまう予感。


2018.5.28(月)くもりのち晴れ プラトンの国家

プラトンの「国家」を読んでいてある一節にどきっとした。話の流れでは人の快楽とはなにか、快楽を追い求める人生の是非とは?というような部分であるけれど、人の快楽の分析で臭いへの言及があったのだ。

いったん快楽を経験すると、その快楽が消失することは不快を生む。ただし臭い快楽は別だというのだ。よい臭いはうれしいのだけど、それが消えても惜しくはならない。そういわれれば確かにそうだと思う。

もしこのことが科学的事実であればその意味をしっかり考えなければならない。虫の意識やさもありなんと感じたから 。


2018.6.3(日)晴れ 夏の半原越

 ミノムシ

実に久しぶりの半原越。もう峠を攻めるような根性もなく心身ともに半原越から遠ざかっている。

半原越はすっかり夏だ。ホトトギスがけたたましく鳴いている。気温はけっこう高いが風があって涼しい。路面になにか落ちていないものかと注意して走っているとミノムシを見つけた。どうやらオオミノガらしい。一応タイムは計っているから、ひとまず頂上を踏んでから調べてみようと先を急いだ。

引き返し拾い上げたミノムシは軽い。明らかに中身は入っていない。調べてみると、すぐに下の方に小さな穴が見つかった。写真のようにきれいな穴だ。何者か小さいのがこの穴から脱出してきたようだ。もしかしたら噂のオオミノガヤドリバエかもしれない。

いつものショートカットはガラスが散乱していたので敬遠して東京工芸大のほうを回って帰ることにした。ずっと利用していたコンビニが2件ともなくなって具合が悪い。しかたなく厚木のローソンで昼飯を買って田んぼの脇で食べることにした。

広めの休耕田に水がはいっている。草ぼうぼうで今年の耕作はなさそうだから、他の田が水を引いたついでに冠水したという様相だ。そこにコガムシらしい虫がいたから驚いた。私の生活圏内でこんなラブリーな虫は見つからないとあきらめているからだ。2cm近くもあるガムシなんて貴重品だ。飛び込んで捕まえたい衝動にかられた。道路をはさんだ田には1cmほどの中型のゲンゴロウが数頭見つかった。ヒメゲンゴロウだろうか。厚木もばかにしたものではない。

ラップタイムkm/hbpmrpmW
区間15'46"5'46"12.3-73138
区間212'42"6'56"10.2-73142
区間319'51"7'09"10.0-70130
区間428'26"8'35"8.5-59142
全 体10.0-68138

2018.6.10(日) 梅雨の境川

雨の境川は貸し切り状態。昨日はけっこう暑くて36分で登った半原越もしんどいぐらいだった。今日の気温は20℃ほどだろうか。絵に描いたような梅雨日和だ。

普段はぜんぜん力を出せない境川も雨の日曜なら追い風でもけっこう走れる。心拍計までつけて上手なペダリングの練習。30km/h巡航の走り方ではちょっとさびしいから、ケイデンスを上げて回す。上死点で足を前に運び、その直後に足を引きずり下ろす感覚で90rpm。体重をかけることよりも筋肉で自転車を進めることに終始する。

イメージするのは脚を折りたたんで叩きつけることと、筋肉は外側のものを使うことだ。とりわけ尻の外側の筋肉を使って脚を上げ下げする。

追い風時に速度は32km/hで、心拍をみれば130bpmあたり。ぞっとするほど低い。向かい風時に速度は27km/hぐらい。心拍を見れば140bpm。あきれるぐらい低い。そろそろ私の心臓も回らなくなってきているようだ。


2018.6.15(金) ホイール整備

いま主として使っているホイールは、9段時代のデュラエースFH-7700とアラヤのRC540を手組したものだ。軽量でだましだまし使っていけるところはなかなかかわいいが、性能とか使い勝手はきっと現行の完組のほうがいいと思う。

後輪はちょっと面倒なトラブルを抱えている。ロックナットがゆるゆるで気を抜くとホイールにガタが出てしまうのだ。後輪をちょっと持ち上げて地面に落とすだけでガタはわかる。リアエンドで締め付ける部分だから、つど指で締めておけば致命傷にはならない。抜本的に修理しようとすればそれなりの面倒事だ。ハブシャフトとロックナットの構造は素人考えとしても理不尽で、もうちょっとましに設計できるはずだと思っている。リアエンドに接するシャフトのネジ山がつぶれるのを放置していた設計者の気はしれない。いまの完組ホイールは分解図をみれば改善があるようだ。

先週の日曜日はそのかわいい後輪のスポークが切れてしまった。スポークの交換はホイールを分解して行う。タイヤ、チューブはもとより、ギアスプロケットも外さなければならない。切れたのはフリーホイール側だったから。おまけに日曜は雨だった。雨の中を走るとリムに水が貯まる。水抜きして乾かさないとニップル、ハトメのサビがひどくなってしまう。リムに水を入れて走るのは重量の面でも不利だ。雨の中を走ったときはタイヤ、チューブ、リムテープをはずしてホイールを乾かさないといけない。それを思えばスポーク切れと雨が重なったのはかえって好都合かもしれない。スポーク修理のついでにスプロケットも洗うことになる。チューブレス仕様のC24-TLはリムに水が貯まらない構造になっていて楽だ。

面倒なスポーク交換のついでにフレームの水抜きをすることにした。フレームを持ち上げて振ると、ちゃぷちゃぷ音が鳴る。1回分とは思えないだけの水が溜まっていた。ものぐさをして水抜きを怠っていた結果だ。ウィリエールはBBに水抜き用の穴がないから、雨の中を走れば可及的速やかに水抜きをしたほうがいい。チタンのフレームなら水が溜まっても致命傷にはならないけれど、アルミ、鉄、カーボン(のアルミ部分)はどんどん腐食が進んでしまう。フレームを買うなら水抜きと部品交換が楽じゃないとだめだ。私には現行の高級カーボンフレームにはきっと腹が立って扱いきれない。チタンフレームをフルオーダーすることになる。


2018.6.16(土)くもり サンツアー&シマノ

えらい寒い日で、長袖をひっぱりだして境川。いまいちウィリエールの仕様が決まらない。うまくいかないのはリアシフトだ。決まらないのもしょうがなくて、8段のサンツアーと9段のシマノを合わせているからだ。バーをブルホーンにして、サンツアコマンドーをシフトレバーにしている。コマンドーは30年ほど前に発明され開発途上で消え失せた(と私が思っている)パーツである。それで9段のシマノをシフトさせるとおおむねうまく行くのだ。

おおむねというのがくせ者である。コマンドーのクリックリングに穿たれた位置決め穴はロー側の2段の間隙が大きいかったような記憶がある。そのせいかシマノXTRのラピッドファイヤーリアディレーラーはリア13Tの位置に止まってくれない。14Tから1段シフトするとトップの12T(11Tはただの蓋と割り切る)に落ちてしまう。フロント38Tだと13Tは多用するギアだから少々具合が悪い。

この不具合の対処法はいくつかある。シマノはかつてワイヤーの張りをデジタルで楽に変えられる小物を製造していた。そいつを使って13Tを使うときだけ手動でワイヤーの張りを強くすればよい。もっとスマートなのはギアの間隔を広げることだ。13-14Tの間にある9段のスペーサーを8段のものにすれば、0.5mmほど間隔が広がってチェーンが13Tをとばすことがなくなるかもしれない。ひとまずこの両方を試してみることにした。

第3の選択肢は工房赤松にシマノ対応のクリックリングを作ってもらうことだが、出費が大きい。


2018.6.17(日)くもりのち晴れ 夏の一歩手前

日曜午前の境川。大好きだったスリーエフ白旗店がなくなっても日曜午前の境川。ウィリエールで出かける。昨日のギア入れ替え作戦はばっちりで13Tがうまい具合に使える。

境川ではキリギリスが鳴いて、路上にはゴマダラカミキリが多い。まさしく夏の風景なんだが、一つ欠けたものがある。まだウスバキトンボを見ていないのだ。今年の湘南はずいぶん早く飛来があったという信頼できる情報があった。そのつもりでそれらしいところを注意してみているもののまだ目撃できていないのだ。

この夏は太平洋高気圧の具合がイマイチのような気がする。早めに梅雨前線が発達してウスバキトンボの北上を阻害しているのかもしれない。原因はともあれ、ウスバキトンボを見ないうちは本物の夏は来ないのだ。

自転車は30km/h巡航のやり方は封印した。あくまで回して乗る。上死点と下死点で推進力を得るペダリングの練習だ。今朝、テレビでフリーパワーというクランクの紹介があった。ペダリングのできない人でもビンディングの感覚を味わえる画期的なクランクだ。体重をかけて踏み込む無駄な力を貯金し回転方向に吐き出すことができる仕組みだ。反力を出すのはシリコンでチェーンホイールにフリーを組み込んでいるようだ。森永さんという私と同い年ぐらいのキャスターが6%ぐらいの坂をすいすい登っていた。たいした発明だ。

ただし無駄な力を装置で推進力に変換できたとしても、走り続けるにはそれなりのエネルギーを使う。一般人だとせいぜい30秒ぐらいしか続かないだろう。そのへんの住宅地にある坂なら、1mしか登れないのが100m登れるようになればじゅうぶんである。私があれを使っても半原越のタイムアップは期待できないだろう。そして正式の試合ではペダリングを補助するバネは使用禁止のはずだ。

自転車の腕を上げたがっている新恋人がビンディングを使うつもりでいるので、先輩としてお手本となるようにしっかり練習しておかねばならない。踏み込まないで回す無駄のないペダリングをマスターすべく昨日今日とがんばった。3時間もやるとへろへろだ。


2018.6.18(月) 隠れ帯?天地無朋

 隠れ帯

写真は日曜に境川の鷺舞橋で撮った蜘蛛の巣である。遠目からでも大きな隠れ帯が見つかって驚いた。これはただ者ではないと近づいてもその帯を作ったはずのクモが見つからない。さて何が起きているのかと詳細に探索すると、巣にいたのは変哲もない小型のクモ、ギンメッキゴミグモだった。

ギンメッキゴミグモがこのような立派な隠れ帯を作っているのは見たことがない。うわさに聞いたこともない。では隠れ帯に見えるのはなんだろう?

最も可能性が高いのはコナラの花穂である。この巣はサイクリングロードの脇にあり、道路向かいは崖になっている。崖の上にはコナラが緑の葉を茂らせている。4月には花が咲いていた。その花が枯れ落ちて巣にかかったままになっていることが想像できる。

花であればずいぶん前にかかったに違いない。クモにとっては巣にかかる大きなゴミは迷惑だろう。小さなギンメッキゴミグモにはゴミを捨てることが難しいのだろうか。それとも外す必要を感じないのだろうか。この隠れ帯が元は花だとしても、しっかり糸が巻かれておりクモはその存在を意識しているようだ。

そもそも隠れ帯の機能を私は知らない。その起源もわからない。ただこうして巣にかかったゴミらしきものがクモに意識されつつ放置される状況を見れば、そこに隠れ帯誕生のヒントが隠されているような気がする。

念の為、巣の下の道路を探ってみれば、コナラの花の残骸はあらかた土に還っているようで、はっきりした花穂は見つからなかった。


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