たまたま見聞録
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2007.1.2(火)くもり フリーセルを解く

昨日から休みで、フリーセルを解く時間が3時間もとれ2日で300個ほど進んだ。この冬はまだ近所の梅が咲かず、鳥の写真も撮れない。これまでは冬の休日とはいえ、鳥が来ると気になってパソコンに集中できなかった。また、いまは寒くて外で自転車に乗る気がしない。前はそれでも無理をして鼻水をたらたら流しながら走っていたものだ。冬の自転車は最初の1時間ぐらいはつらくてもそれなりに面白くなる。札幌や金沢のことを思えば雪と氷がなくて走れるだけでもラッキーだと思えた。しかし、この冬はもっぱら室内で乗っている。心拍計というハイテク装置を手に入れたため、室内でもじゅうぶん楽しく、もしかしたらもう全く外で乗らなくてもだいじょうぶなのではないかという気がするぐらいだ。外だと前を見て、後ろの音を聞いて道路に沿って走らねばならないが、室内だとそういういっさいの余計なことと無縁だ。体を動かすことだけに集中できるので1時間ぐらいで満足してしまう。こうした数々の好条件に恵まれ、女房と神社につきあったり、上京した母と東京で昼食をしたりするほかはもっぱらフリーセルに熱中できた。集中してやると一段高いレベルの技を続けることができるようになる。ただ解くだけではなく、解き方やスタイルということまで意識してできる。そうするとミスをして行き詰まるたびに「まだまだ下手だ」と悔しさがこみ上げてくる。


2007.1.3(水)くもり 半原越22 分

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'30" 14.1km/h 未計測
区間2 2.0km 9'30" 12.6km/h 未計測
区間3 0.7km 4'00" 10.5km/h 53rpm

ここのところ、天気図を見ていると春のようだ。シベリアの高気圧がぐっと張り出しそうになるとくびれて低気圧ができて日本の上を通過していく。そのせいなのかどうなのか寒気がゆるんでがぜん暖かくなる。今日もそういう天気で、空はくもり東南の風がゆるく吹いて暖かい。

ならばということでナカガワを持ち出して半原越だ。デザインの問題でナカガワのギアは重いものをつけている。半原越は2倍のギアでもすんなり越えられることがわかっているので、それは問題ない。練習というよりも葉を落とした山の風情を見ることを楽しみにした。スピードメーターも心拍計も使わない。区間2の 9分30秒は計測まちがいかも知れない。ゴールしたときにちゃんと数字を覚えていなかったことに気づいたがあとの祭りだ。

帰路、オオミノガが大量に発生している梅の木を確認しており今年はどうかチェックしてみた。相変わらずたくさんミノはついていたものの、中身があるかどうかは疑わしかった。手の届くものをいくつかさわってみたところ、まったく弾力はない。どれも幼虫は入っていないようであった。


2007.1.6(土)雨 シジュウカラ

シジュウカラ

思わず、三寒四温などと口走ったぐらい春めいた天気だ。昨日は冬のように晴れたかとおもうと、今日はもう雨だ。1月としては暖かい雨なのだが、さすがに半原越に出かける気になれなかった。お昼頃、いつものようにフリーセルに取り組んでいると、窓の外でしきりにジェイジェイと鳥の声がする。シジュウカラの地鳴きだ。彼らはどんなに冷たい雨が降ろうと食べ物探しをやめるわけにはいかない。代謝を下げ冬を眠って過ごすという芸当ができない鳥類の宿命だ。

しばらく眺めていると、シジュウカラは目の前のムクゲにやってきた。実をつまみ取って、中の種をつついている。シジュウカラがムクゲの種をつつくのは初めて見た。ムクゲもそれなりに食べ物として役に立っているものと見える。それにしても降りしきる雨の中、入れ替わり立ち替わりずいぶんやってくる。必ず2,3羽の群れだ。同じグループが巡回しているのかはたまた違うグループなのか。シジュウカラのほかには、メジロ、ヒヨドリ、ツグミ、アオジが来た。冬の鳥を雨脚といっしょに撮ればかっこいいのだが、どうにも暗くていいカットにはならなかった。

ムクゲは種を鳥に食べられるのは不本意かもしれない。殻を割って中を食べてしまうので発芽はできない。しかし、シジュウカラが食べるのは種だけではない。ムクゲ以外にも桜や梅やらの枝でなにやら見つけて盛んに食べている。冬の木の枝にだってカメムシの卵やら蛾の蛹やらアブラムシにカイガラムシなど、いろいろな虫がついていることだろう。春になったら樹木の脅威となるそれらの虫は冬の間に相当量が鳥に食われてしまうのだろう。鳥は害虫駆除にかかるよけいなコストを減らすことに貢献しているのだ。将来は野鳥との共生が都市の住宅地設計の必須項目になるだろう。


2007.1.7(日)晴れ 半原越22分58秒

冬雲

朝、窓から西の空を眺めると雲一つない青空が広がっていた。その一点に筆でちょんとついたような雲が現れた。それは短く筋を引いて不定形に成長しながら東の方に流れていく。みるみる間に成長し同時に現れたほかの雲とくっついて、雲塊を形成した。雲が発生してから写真の状態まで3分といったところだろうか。いかにも冬らしい空である。

風は強いのだが気温は高く、日だまりにいると暖かい。ナカガワを持ち出して半原越だ。4キロまで2倍のギアで行ってみるとにした。さすがに2倍は重たくてだめだ。乗ってて楽しくないのだからどうにもしようがない。

初期型のジュラエース8段のギアと末期型のシュパーブプロのディレーラーが相性ピッタリでうれしい。野良猫女のブログをみていて、シマノの最低ランクのSORAのSTIレバーがなんだかよさそうに思えたのでひとまず買ってみることにした。ひとまずというのは、いま半原1号につけているラピッドライズのXTRがうまく動くかどうかちょっとわからないからだ。うまく動けばフライトデッキもつけたくなる。ああいう測定器っぽいものはかなり好きである。安いし。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'25" 14.3km/h 56rpm
区間2 2.0km 10'17" 11.7km/h 46rpm
区間3 0.7km 04'16" 09.9km/h 49rpm


2007.1.8(月)晴れ 半原越22分3秒

風も弱く良く晴れて穏やかな冬の日になった。午前中はメジロの観察をして過ごす。このへんのやつはぜんぜん人を恐れない。人が敵だという文化がないのだろう。最近、夜になると蛙の鳴き声がするという噂がある。よく聞いているのは次男なのだが、私は全く聞いていない。アカガエルだと冬に繁殖期を迎えるので、このころに鳴いていても不思議ではないと思うが、日中の庭に蛙が来ている気配はない。

午後の半原越は、38×24T(1.58倍で1歩3.3mにあたる)という私としてはやや重めのギアで登ってみた。坂を登るときに3通りの方法があって、回す・踏む・立ちこぎの順に高い斜度への対応になる。回すというのはペダルがどこにあっても推進力を得ているやりかた。とくに前に踏み込むときに上半身も使えれば力強いペダリングができる。ギア比1.6で回すとおおむね14km/h から20km/h ぐらいのスピードになる。回転数は70rpm以上だ。登りに強くなり勝てる選手になるためには、この回す力をどれだけつけられるかが勝負だ。

自転車の場合、すこしの斜度の増加で難易度はがらりと変わる。どんなに強力な選手でも必ず回せなくなる斜度があり、私の場合は7%ぐらいからもうだめだ。半原越は平均で7%の斜度だが、かなり波打っており、全区間を回して乗り切るのは無理である。

踏むというのは、ペダルが前にあるときに全身の力をこめて推進力を得る方法だ。自転車乗りではない普通の人はずっとこの方法で走っている。踏んでいるところは10km/h〜12km/h ぐらいにスピードダウンしている。立ちこぎは、踏みでも60rpmを維持できなくなって、やむなし体重を動員するやりかただ。そう長くはつづかない。さて、1.6倍ぐらいのギアで半原越のどの区間を回せるのかを確かめるのが今日のタスクだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'35" 14.0km/h 70rpm
区間2 2.0km 9'47" 12.3km/h 62rpm
区間3 0.7km 3'41" 11.4km/h 57rpm

区間1で回せないのは、丸太小屋の激坂を含めた3か所。2キロのうち400mぐらい。区間2では3キロの二連橋の手前のごく短い数か所と二連橋からの1キロ弱で、1000mぐらい。区間3はまったく回せないから700m。38×24Tだと合計2キロほどは踏まなければだめだ。コースの半分弱にあたる。24×27Tという冗談みたいなギアだとずっと回せるが、それだと回してはいても10km/hを越えないので、回す乗り方の意味がない。自転車乗りが回すことにこだわるのは、あくまで早く走りたいからだ。


2007.1.9(火)晴れ 唯物主義の限界

なにがしか、真理と認められる程のことを言おうとするならば、唯物論か唯心論に突き進んでいくほかに道はない。ただし、唯心論の奥底は闇であり、唯物論の奥底は宇宙の深淵であるから道は険しい。それに、せっかく手にした真理がぬくもりある活気を帯びるためには、物と心の間を矛盾をはらみつつ行き来しなければならない。論に矛盾があるというだけで、唯物論者、唯心論者双方ともに嗤うけれども、人が人として生きるというのはま、そういうことだから、道半ばの唯物論者唯心論者諸君は、嗤いつつもその矛盾をそれぞれの立場から解釈するぐらいの余裕がないと、先行きは暗い。

というような次第で、いま問題なのはシジュウカラはミカンを食わないが、メジロはミカンを食うということだ。シジュウカラにとってミカンは決して毒ではないだろうに、それが食べ物であるかどうかなど確かめる気すらないようなのだ。それはいったいどういうわけだ? 今日この頃、鳥にとってのミカンの意味をはっきりさせないと気持ちが悪くなって来ている。

たとえば、私がヒトである私の意識を有したままシジュウカラの体になったとする。シジュウカラの習性として、この季節のエサはヒマワリの種とか蛾とかだから、そういうものを探して食べるに違いない。神奈川の住宅地には野鳥にエサをやる家庭が多くてありがたい。野鳥の餌台にはいろいろな食べ物が並んでいる。米、パンくず、ミカン、カルピス、ヒマワリ等々。そういうところでエサをあさっていると、ちょうど同じような体型の緑色をした自分に似たやつが、うまそうにカルピスを飲み、ミカンをつついている。

私は人間の意識を持ったシジュウカラであるから、ちゃんとそういうことにも気づく。メジロがいなければミカンなど泥団子も同然だが、似たような体型のやつが先を争って食っているのだ。「ゲテモノ好きめ」と最初は軽蔑するに違いない。なにしろ、体はシジュウカラなのだから。シジュウカラの体にはミカンが食い物だという情報はインプットされていない。人間と違って、シジュウカラぐらいのレベルの動物ではどのようなものが食べ物であるかという情報は、生身にすり込まれているにちがいないのだ。


2007.1.13(土)晴れ 半原越22分41秒

シジュウカラは腹が減る。冬場になるとそうそうエサなんてないからだ。そうなると私の心を持ったシジュウカラは、ミカンを食うメジロに注目するにちがいない。あいつがミカンを食っているのだから、俺も食えるのではないか? あの変な臭いのするどろどろした物はもしかしたうまいのではないか? その程度の発想は起きて当然だ。なにしろ記憶はないとはいえ心は人間なのだから。

かといって、とうていミカンが口に合うと思えず、最初にそれを食ってみたのはある雪の積もった朝のことだった。ミカンのふさはねばねばした液体に包まれており、くちばしでつついた感じは青虫のようでもある。青臭さ、脂肪の甘み、タンパク質の芳香はない。歯ごたえもなく特段味もしない、うまくも何ともない物だが飢え死ぬと思えばなんとかなるものだ。

もし、シジュウカラが彼らにない文化のものを食うならばそういう感じだろうと思う。私が庭で観察している限り、シジュウカラがメジロの食生活に何らかの関心を払うそぶりは無い。その無関心さは異様ですらある。いうまでもなく、メジロのほうもシジュウカラのヒマワリには何ら興味を示さない。鳥は別種の鳥の行動に関心がないというわけではなく、それぞれの食文化が異なっているための無関心さだと思う。生ゴミが捨てられている場所では、カラス、カモメ、トビ、オジロワシなんかが熾烈な勢力争いを繰り広げるのだ。

半原越はナカガワで22分41秒。最初重いギアを使いすぎて、最後の1500mは完全に死んでいた。それにしても1月の半ばにこんなに暖かくていのだろうか。道ばたではハコベやオオイヌノフグリの花が珍しくない。相模川から見る夕日は例年通りちゃんと丹沢大山の左肩に落ちているのだが。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'12" 14.6km/h 非計測
区間2 2.0km 9'51" 12.2km/h 非計測
区間3 0.7km 4'38" 09.1km/h 非計測


2007.1.14(日)晴れ 半原越23分6秒

半原越に行ってきた。ついにシマノのSTIを導入して半原1号に取り付けた。ブレーキレバーで変速するSTIのシステムが鳴り物入りで登場したのはもう10年以上前になるだろうか。高価、重い、壊れそう...という批判的なマニアの声もあったけれど、あっというまにレース界を席巻し、いまやそのシステムを使わないロードレーサーはレースに登場してこない。

私はメカがけっこう好きで裕福なのだけれど、ずっとSTIを使う気はしなかった。どうにもあれは無粋で自分の自転車につけるとかっこわるいと思っていたからだ。しかしながら、現在もっともグレードの低いSORAは格好を捨て機能のみで勝負している。ロボコップのようなデザインで、不細工なところがなにげに風流ですらある。あれなら使ってやってもいいかな?という気になった。シフトダウンをブレーキレバーの耳でやるのも半原1号にあっている。ドロップバーの下をカットしてあるので、下を握ってシフトダウンする必要もないからだ。それに、SORAでラピッドライズ式のXTRがうまく動くのかという興味もあった。

使ってみるとなんの問題もない。シフトアップなんてなんの音もショックもないので変速していないのかと心配になるぐらいだ。しばらく半原1号はこれで行こう。タイムは23分6秒もかかってしまったが、これはSORAが悪いのではなく、昨日の疲れで勝負する気にならなかったからだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'03" 13.2km/h 65rpm
区間2 2.0km 10'07" 11.9km/h 58rpm
区間3 0.7km 03'55" 10.7km/h 53rpm

近所に立派なアロエの株があり、オレンジ色の花をいっぱいつけている。花の一つ一つは細いラッパ型をしており、あれの受粉はどうなっているものか少し気になっていた。今日、一匹のメジロがアロエの花にくちばしをつっこんで盛んに蜜をあさる仕草をしていた。ちょうど椿のようにメジロがアロエの受粉に一役買っているのだろう。ただし、それでこのへんのアロエに種ができるのかどうか知らない。アロエの種が発芽できるのかどうかもしらない。そもそも、野生のアロエなんてこの地球上のどこに行けばあるのかを知らない。メジロの様子を見ていて、もしかしたらメキシコあたりにアロエの故郷があってハチドリがポリネーターになっているのかもしれないなどと思った。


2007.1.15(月)晴れ 朝の飛行機雲

飛行機雲

朝、外に出ると、空には見事な飛行機雲があった。神奈川県の中央部、大和市では飛行機雲はありふれたものだ。発生する条件の整った日であれば絶対に見られる。というのは、ひっきりなしに羽田でジェット機が離発着し、ここは西日本、四国、九州へ向かう航路の真下に当たるからだ。今朝のように全天を横断して幾筋も飛行機雲ができているときは、東から放射状に立ち上がり、西へ放射が収束するような軌跡に見える。つまり平行なのだ。

今朝の飛行機雲はその形が非常に珍しいもので、あえて携帯電話で撮る気になった。両脇に刷毛でこするように細い筋が雲のラインとは直角に伸びている。全体的にはちょうど背骨のような格好になる。中心に1本の軸があり左右に筋をのばすタイプの飛行機雲を見た記憶はない。その成因を考える必要があると思った。

左右への筋は氷の粒だろうが、吹き飛んで風に流されていることは考えにくい。5000m上空で左右に風が吹くなんてことはないだろう。ましてや東西方向の風ではないだろう。雲の厚み自体はなさそうだから、上空は無風でしかも上下の対流も起きていないのかも知れない。それで平たく左右に、まるで和紙にインクがしみこんでいくように雲が発達しているのだろうか。

折しも、数機の白い機体の定期便が西に向かっていたが、すでに飛行機雲はできていなかった。どうやら、空に描かれているものは早朝に作られたものらしい。すでに気象条件が変化して飛行機雲が作られなくなっているのか、それとも、飛行機雲ができている高度が極めて限定されているのか。通勤の足を止めて観察する時間はなかった。


2007.1.16(火)晴れ ミルキーを買い貯める

あわてて不二家の商品を買いだめに走ったのはいうまでもない。といっても、ミルキーだけだ。私は商業に極めて無知で、不二家が洋菓子なるものを製造販売していることを知らなかった。その製造工程でのインチキが明るみになり製造自粛、販売拒否で不二家の洋菓子が出回らなくなっているそうだ。そのあおりでミルキーもなくなっているそうだが、それは消費者の買いだめが原因ではなく、もののついでで小売店が置かないようにしているということだ。かえって売れると思うのだが群集心理が働いた便乗型のいじめというやつだろうか。

私が不二家の製品と意識して食べたことがあるのは、その有名なミルキー、そしてト音記号と花びらを組み合わせたような意味不明のマークのある黄色い箱のLOOKというこれまた当時(10歳ぐらい)には名前の意味が不明だったチョコレートだけである。その2種までがどういうわけだか店頭から消えつつある。LOOKはうまいものではないので、なくなってもかまわないが、ミルキーは残っておいて欲しい。女房が時々買ってくるから年平均1回ぐらいは食べており、まわりの女の子にもミルキーファンが多い。ここは一つ買いだめをしておいて得点を稼ぐチャンスである。

ところで、不二家にはポコちゃんという男型のマスコットもいたはずだが、今回の騒動でもいっこうに顔を見ない。ずいぶん昔に引退したのだろうか。ペコちゃんポコちゃんについては35年ほど前に出回った小話がある。ペコちゃんが風呂に入っていると、そこにポコちゃんがやってきた。その姿をペコちゃんに見咎められ、彼女がひとこと言った。見る気ぃ〜。というようなやつだった。シチュエーションが特殊で切り出すタイミングが難しいから繰り返して耳にするような小話でもない。もはや記憶する人も少ないだろう。


2007.1.17(水)雨 蛙が鳴く

なにやら芋虫のような体型の猫が歩いていると思ったら、タヌキだった。深夜に帰宅するときのことである。今、このあたりはタヌキに過ごしやすい所なのだろうか。入り組んだ住宅地であり、幸いにして自動車による轢死体は少ない。ただ、彼らの生態からすると、徘徊しながら落ちているエサをあさって食っているはずだ。ミミズを掘るところも少なくなり、柿の木なんかもない。おそらく人からエサをもらって生きながらえているのだろう。性格上、堂々とそういうことをするのは苦手そうだから、少し気の毒だ。

現在24時であるが、先ほどから盛んにカエルが鳴いている。「ココココ」と4音鳴いて、10秒程度休むのが基本の型だ。場所は家の庭である。おそらく、夏から住み着いていたアカガエルがうまく生き延びて繁殖期を迎えたのだろう。今年は冬が遅く今でも気温が高い。この部屋の温度計が10℃をさしているので、庭も大差ない気温なのだと思う。しかも、今日は一日中小雨。アカガエルがまどろみをやぶり産卵する条件は整っている。

庭で何かが鳴いていることは、去年の11月から暮れにかけてわが家で噂になっていた。一番最初に聞いたのが次男で、カエルだと言い張っていたが、鳴き方が断片的でなかなか確認ができなかった。鳴くのはカエルぐらいしかありえないのだが、12月からカエルが鳴くのはいくらなんでも早すぎると思った。それが、今日はずっと鳴き続けているので、彼としては自説を証明するチャンスの到来だった。先ほどこの二階にまで知らせにきて、二人で「たしかにカエルだ」と確認した次第である。

そこで次なる問題は彼の声が彼女に届くのかどうか、ということになる。わが家で確認できているアカガエルは1匹だけだから、いくら産卵環境が整っても卵は産めない。さて、近くに腹をふくらませたメスが息を潜めているのかどうか。いなければちょっと気の毒だ。


2007.1.18(木)晴れ ものまね鳥にわにくる

小鳥たちの食に対する切実さはわれわれの想像を絶していると思う。軽量小型で無駄をはぶいた極めて優秀な筋肉を持ち、食べ続けながら飛び続けるのが彼らの宿命だ。24時間の絶食は死に直結することだろう。食える可能性はどん欲に追求するだろう。それなのに、シジュウカラはメジロの食生活を無視する。それが解せない。

シジュウカラがひとまねのできない馬鹿鳥というわけではない。どこかの外国で牛乳瓶のふたを開け、中の牛乳を飲む文化を獲得したのはたぶんシジュウカラの類だったと思う。あれは、1匹のシジュウカラがたまたま運良く発見したことを他の個体が模倣し、一気に同地域に波及したのだろうと思う。このあたりにも、窓ガラスをたたくシジュウカラがいる。どこか近所の家庭でシジュウカラにエサを与えており、そこではエサがないとガラス窓をたたいて家人に合図を送ると、家人がエサを台にセットするような、そういう習慣がついた群れだろう。奴らはじゅうぶん賢い。冬期にシジュウカラ類が混群と呼ばれる小さなグループを作って動き回っているのは、エサの発見と食べ方の文化の継承ができることが主たる理由でないかと思う。彼らはお互いに相手の行動を観察し合いながら、必死でエサを探しているのだ。

その模倣がどれだけの間で成立するかが私がかかえている問題だ。同じシジュウカラの間ではどうか。親子限定なのか、それとも成鳥の間でも起きるのか。混群をつくるシジュウカラとコガラの間ではどうか。たまたま鉢合わせるだけの間柄のシジュウカラとスズメの間でもあるのか。ヒガラとハシブトガラのように極めてよく似ている鳥の間ですら、ヒマワリの種の割り方が異なっていたりして興味深い。そして、模倣によってどれだけ新規のエサを開発できるかだ。

人間にとって模倣は朝飯前だから、ほかの動物もひとまねするだろうなどと無批判に考えてはだめだ。近年、都市では梅や桜の花を食べるスズメが目につくようになってきた。その行動の広がりがめざましく、スズメがメジロやヒヨドリを模倣しているのだといった学者もいた。つまり、花に顔をつっこんで蜜をすうメジロやヒヨドリの様子を見て、エサのありかを知ったものの、蜜を吸うという行動ができないから、自分流に花の付け根を食いちぎって蜜を絞り出して飲むのだ、ということだ。

私はその仮説を人間的な考え方にとらわれたための誤解だと退けている。あのスズメの行動は秋のはじまりに稲穂を食害するのと同じものだと私は思う。蜜に引かれたものではなく、桜の花で将来種になるコアの部分を吸っているのだ。もし、メジロの模倣で蜜目当ての行動であるならば、スズメの体の構造でも蜜を飲むことはたやすいと思う。スズメが液体を飲めないわけではなく、ミカンだって食うのだから。


2007.1.20(土)雪 毛虫に共感ができる

シジュウカラ

シジュウカラがミカンを食べないのは、食べ物だと感じないからだ。臭い味が悪く食品とみなさないからだ。これは気持ちの問題ではなく体の問題と言って良いだろう。臭いは食品と体の化学反応である。臭いの善し悪しはその化学反応の結果である。化学反応がたよりのシジュウカラは極度の唯物主義者なのだ。

私は唯物主義者とはいえ、人間だから、シジュウカラに比べ柔軟な心を持っている。だから他人が何か見知らぬものを食べているところを見るだけで「うまそうだな」と感じることができる。テレビで見た、エスキモーの少女がアザラシの生のはらわたを手づかみで食っているシーンがうまそうだった。アフリカのおやじが牛の生血を飲んでいるシーンもうまそうである。その共感力がなければ、絶対に他人の食べている未知の物を試食しようなどという気は起きないだろう。それはきっとシジュウカラに備わっていない心の機能だ。

人間以外のものが食べているものもうまいのではないかと想像することすらできる。4月のクヌギは透明感のある薄緑色の葉をぴんぴん伸ばす。ヤママユガの幼虫はその新緑の化身といえるような、緑のギザギザの体を持っている。そして、夜も昼も一心不乱にクヌギの葉を食べる。その食べっぷりは見ていて気持ちがよい。何匹も飼っていると葉の補充がたいへんなのだが、その食べっぷりは苦労を忘れさせる。ある日、「もしや、クヌギは人間が食ってもうまいのではないか」と思いついた。ご存じのようにクヌギの臭いは決して悪いものではない。それに開いたばかりの葉は柔らかそうだ。まずは生で試してみるべきだろうと、一枚取って齧ってみた。残念ながら、それは苦く、極めて堅くぱさぱさし、いくら噛んでも決して飲み込めるような代物ではなかったのである。


2007.1.21(日)くもり 絵に描いた餅の重要性

シジュウカラは自分たちが食べるべき「植物の種」というものはどのようなものか、どこにあって、どんな形状のものかを知って生まれてくるのだろう。その臭いも味が心地よいということを知っているだけでなく、その姿も知っているに違いない。ムクゲの種とヒマワリの種はずいぶん姿が違うのに、シジュウカラにはそれと理解できる共通のサインがあるのだ。そして彼らはためらわずその固い殻を破って中身をついばむ。

人間も食品に対してアプリオリな嗜好性を持っている。糖類一般が甘いのは、何百万年ものあいだ人間が糖類を含むものを主食としてきたことを物語る。未知の果物であっても一般に甘ければ食べられるものだ。酸っぱかったり苦かったりすると食品には適さない。それは唯物主義者としての食品に対する態度だ。

人間は生まれつき嗜好するものだけでなくありとあらゆる物を食う。炭水化物やタンパク質であれば、そのもの自体の味が嗜好に合わなくても味付けして食べる。シジュウカラにはできないその手の芸当ができることの基礎には、臭いや味で直接確かめることなく、間接的に心で物を味わい、うまそうまずそうということを想像することができるからだ。その能力がなければ文化は発達しない。

餅はうまいが自然界にはなく、人間が加工して作らねばならない。その加工方法はいちいち始めから創意工夫して編み出されるものではない。餅は餅自体によって伝承されるだけではなく、文化によって伝承される。餅は食べれば消滅する。食べなくてもいつかは黴びて餅ではなくなる。餅というものがどのような物か、直接人から人へ作り方とともに伝えられる場合もあるけれど、絵に描いた餅とその製法によって唯心論的にも伝えられる。餅を食べたことがない人にも絵に描いた餅、餅をついて食べている人達のVTR、餅のレシピが渡れば、早晩、新天地で餅が食べられることになるだろう。絵に描いた餅は食えないというけれど、絵に描いた餅がなければ、きっと餅が滅びてしまう。人間は餅がどんなものかを知って生まれてくる生物ではない。餅は母乳ではないのだから。


2007.1.28(日)くもり 半原越23分5秒

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'42" 13.8km/h 80rpm(推定)
区間2 2.0km 10'14" 11.7km/h 75rpm(推定)
区間3 0.7km 04'09" 10.1km/h 71rpm

春の陽気に半原1号を引っ張り出して半原越に行ってきた。しばらく走っていないので調子はイマイチだなと思う。清川村のコンビニが気になった。昨日、携帯電話をワンセグのものに変えて、edyも利用できるようになったので、使える店をネットで検索したところ、サイクリングコースにある清川村煤ケ谷のコンビニが使えると出ていた。なんと神奈川にたった8つしかないedy対応コンビニの1つを私が使ったことがあるらしいのだ。今日、そばを通過しながら横目で見ると、確かに店のガラスにはedyが使えるというシールが貼ってあった。携帯電話を持って走ることはないのだが今度持ってこようかと思った。今日コーラを買った店は山田商店だったが。

半原越はどこまで80rpmを維持できるかにトライした。当然、ギアは前が24、後ろが12〜21という軽い物を用意している。緩い坂は重いギアで 80rpm、きつい坂は軽いギアで80rpm。3.5kmの南端コーナー手前まではなんとかいけたが、そこから1キロあまりは24×21Tで70rpmがやっとだった。それでも70rpmを維持してシッティングで回しきったのだからたいしたものだ。半原越に来始めたころ、等倍ギアでも60rpmいかなくて愕然とした覚えがある。

10%越えの区間は等倍ぐらいの軽いギアにしても80回まわすと非常にこたえるが、それに耐えられないようでは優れた自転車乗りとはいえない。私の場合はいえなくてもかまやしないんだが。

日が長くなり、4時頃に帰宅しても庭の観察ができる。庭に出て雑草や鳥の様子を見ていると、隣の梅の花びらがぱらぱら散っている。散らかしているのはシジュウカラであった。まさか、梅の蜜を飲んでいるのか? はたまた子房あたりを食っているのか? 大事件の予感がする。


2007.2.3(土)晴れ 人は何のために生きるのか

ヒトが鳥よりえらいところがあるとすれば、それは餅の絵が描けることにある。餅そのものと、絵に描いた餅と、個々人とその三者が人の世界を作っている。餅自体に次の餅を生み出す力はない。人だけでは餅を発明するには何千年もかかるだろう。ましてや、餅の絵単独では青カビの食い物にもならない。ある個人が餅の絵を見てうまそうと思える能力が文化あるいは芸術とよばれるものを牽引する。

シジュウカラは餅の絵を解釈できず、心から心へ文化を伝えることができない。窓ガラスをノックしてエサをゲットする文化はかなり高度であるが、それは、即物的に鳥から鳥へ伝えられる。その程度の共感力は彼らももっている。ある鳥が窓をたたき、エサをもらえ、それを見た他の鳥がまねしてうまくいけば伝わるだろう。この神奈川の住宅地の住人がほんの数年きまぐれに、シジュウカラが窓をたたいても無視しつづければ途絶えてしまう。

また、これが大事なことなのだが、文化の運搬ができるのは個人に限られる。それは文化が畢竟心の問題であるからだ。ひとりひとりがこの世に生まれて感じ学んだことを離れて文化を支えるものはない。「人は何のために生きるのか」「人の生きる意味とは何か」という問いの答えは、文化を学び次世代に伝えることにある。どんな立派な餅があり、どんな立派な餅の絵があっても、それらが個人にどう解釈されるかで、餅も画餅も値打ちが変わる。たいていの人間はとくだんの才能もなく、人を楽しませることもできず、いなくたって誰もこまらない。だけど、ヒトという種が創造している文化とは、そういう個々人の心の総体以上でも以下でもない。

私は歌舞伎を見たことがないし、そんなものはないほうがよいと思っている。かといって積極的に滅ぼそうとも思わない。こういう私は歌舞伎という文化の創造に関わっていないかというと厳密にはそうでない。この地球上で60億の人間が歌舞伎なんて関係ないと思い、1000人ぐらいが、歌舞伎をなんとかしようとしている。そんな集合的雰囲気こそが、歌舞伎という文化である。けっして演者や学者たちだけが歌舞伎の文化を支えているわけではない。個人が生まれ育つたびに人間の文化は変わっていく。ニジェールで放牧を営み、日本国の存在すら知らないおじょうさんも歌舞伎文化のすみっこを担っている。彼女がいるといないとで地球上の歌舞伎文化がほんのちょっと変質するのだ。


2007.2.9(金)雨 無自覚な行為

庭でカエルが鳴いている。冗談のように暖かい雨がしょうしょうと降り、今日鳴かないでいつ鳴くのかと言わんばかりに、ココココ、ココココと鳴いている。これまでに聞いているよりも黙っている時間がずっと短い。

このカエルについては先日次男がついにその姿をみつけ、私も見てアカガエルであることが確認できている。どうやら夏から居ついている個体に間違いないようだ。ざんねんながら他の個体は影も形も見えず繁殖できるチャンスは極めて小さい。それどころか、すでに彼の声の届く範囲では仲間は絶滅しているのかもしれない。

ところで、やつは自分が鳴く理由を自覚しているのかということが私の疑問である。2月の暖かい雨が降っている夜なのだから立派なオスガエルとしては鳴かないわけには行くまい。思わず歌もでる気持ちの良い日のはずだ。しかも歌えばもっと気持ちよく、夜明けまで歌い続けるだろう。

一方、私は彼の鳴く理由がわかっている。その声に引かれて恋人がやってくるのだ。彼女はえもいわれぬ暖かく優しい声に引かれて彼の元にやってくる。そして自分が生きてきたことの意味を知り、浅い水たまりで産卵することになる。というように、(間違いかも知れないが)私は彼らの行為の意味を理解している。もっとも私はどんなにその意味、目的を知っていてもその行為を代行することはできず、彼らは無自覚であっても必要な全行為をまっとうすることができる。


2007.2.10(土)くもり 独身カエルは鳴き続ける

アカガエル

人間であってもその根本を支えるのは無自覚な行為だ。たとえば子どもを持ちたいという願いは心の奥から勝手に湧き出てくるものではない。女であることを知り、異性を知り、恋を知り、愛を知り、性を知り、妊娠を知るという順序があって真に子どもを持ちたいという衝動を感じるものだ。前半をすっ飛ばして妊娠するだけでもよいかもしれない。そういう大切な衝動は社会だの文化だのを待つ必要がない。ただし、ヒトの場合、子育てはカエルや昆虫に比べると格段にややこしく、まるでそれを見越しているかのように極めて複雑な配偶行動を持っている。

今日も湿度が高く暖かい。すでにスイレン鉢のメダカは泥の中から出て泳ぎ始めている。日中に庭のカエルはどうしているのかと探し回ったが、ついに見つからなかった。たまたまスイレン鉢に飛び込んでいれば見つかるものの、落ち葉かなにかの下に潜っているときは気配を感じることができない。日が落ちるとすぐにカエルは鳴き始める。彼が自分の鳴く理由を自覚するのはメスに出会ったときだ。図鑑によると、アカガエルの産卵期はとても短いものだという。準備には何週間かかけても、いざ産卵をすませばすぐに再冬眠し、5月頃まで息をひそめているのだそうだ。この季節だとエサをとるのも難しいから、毎日のように隠れ家から出入りをしてココココと鳴き続けるのは身体への負荷も大きいことだろう。こいつはいつまで鳴き続けるのだろう。


2007.2.11(日)くもり 不安神経症の起源

本来動物は自分の行動の意味など知らなくても良いはずである。もし私のアカガエルが、冬の雨の夜に鳴いている理由を、「メスを呼び交尾をして自分の子孫を繁栄させるため」などと自覚してしまったらもう破滅だ。その時点から彼にはありとあらゆる不幸が押し寄せてくるだろう。

もう1か月以上も鳴いているのに、ちっともメスが来ない。
メスどころかオスも来ない。
もしかしたら、この水たまりは産卵に不適なのではないか?
もっと良い産卵場所があって
みんなはそこに集まっているんじゃないだろうか。
第一、
この水たまりでは私の子どもたちがすくすく育つ保証がない。
とりあえず、他の水たまりを探すべきだろう。

以上のような結論になるのは自明である。そうして彼がこの神奈川の住宅地で、よりよい水たまりを探してさまようならば、数日後にぺしゃんこになった蛙の死体がアスファルトで発見されるだろう。または、どこかの塀の下に蛙のひからびた死体が横たわるか、蛙を食ってちょっと腹がふくれたカラスかタヌキが見つかることだろう。自然の山野でもその状況はあまり変わらないかもしれない。アカガエルの移動能力、探索力、視野からすれば、直感が教える産卵に適当な水場があればそこで待ち続け、静かな雨の夜に澄んだ声で鳴き続けるのが、おそらくは最適な方法である。彼は自分の目的を知らないからこそ、この貧相な庭に12月から居座って鳴き続けられるのだ。

洞察力をもって行動するには人間のようなフレキシブルに動き、多様な情報を収集できる体が必要である。身の丈に応じた洞察力は当面生き残るにはたいへん役に立つ。事実、この地球上でヒトは圧倒的な存在感を示している。ただ、洞察力を持つことも進化の試行錯誤の一結果にすぎないことは、人間以外の動植物がけっこうそれなりにやっていることでわかる。それどころか洞察力こそが動物進化にかけられた最も悪質な罠かもしれないのだ。

蛙やタヌキを出し抜いて生き残る能力としての洞察力は副作用を伴っている。不安と後悔と希望の出自は未来の予見である。冬の雨が気持ちよくて鳴いている。鳴くことが気持ちよくて鳴き続ける。そうすれば、芋づる式に春になると子どもがすくすく育っている。なんてことはもう人間にはない。長い目で観察すれば大差ないのかもしれないが、ひとりひとりは常にありもせぬことに不安を感じ、悔いてあせって生きている。裏返して言えば、豊かな未来を信じて日々切磋琢磨し充実している。どっちで表現しても唯心論的または唯物論的には同じことだ。キリスト教では知恵の実を食ったといわれ、仏教では煩悩といわれる。無明というのはちょっと違う概念だ。無明にとらわれているのは蛙。無明は人間も動かしている。


2007.2.12(月)晴れ フライトデッキ

ついにフライトデッキの投入に踏み込んだ。試しに使ってみたSORAのSTIレバーがたいへん良いものだったので、本格的なSTIデビューを決心したのだ。といっても、新品の競技用STIレバーはたいへん高価なので、数年前の105という廉価版の9段式のものを中古で買った。それでも1万円ぐらいする。ブレーキレバーとシフトレバーをあわせて買ったと思えば、妥当な線か。STIにしたいのは、ブレーキレバーで変速できることよりも、フライトデッキというサイクルコンピューターを使ってみたかったからだ。

サイクルコンピューターは速度またはケイデンスを計る機械で、両方がいっぺんにできるキャットアイの無線式最高級品は高機能だが電池を食いすぎ不安定。1年使って捨てた。キャットアイの初期のケイデンス計は極めて安定したよい機械であるけれど、速度とケイデンスをいっしょに表示できないという弱点がある。という次第で、ケイデンスを計りたいときは、速度計とは別に、ケイデンス専用に旧型のキャットアイをつける必要があった。ハンドルバーに2個のコンピュータをつけるのもいまいち風流ではない。

フライトデッキにすればそういう面倒は一気に解決するはずだった。しかも、私の買った105のSTIレバーは旧式で、右レバーに2個のボタンがつき、有線式で速度を拾う仕様のものだ。有線式というのは大事なポイントで、計測は安定し電池切れも故障も1か所を疑えば済む。また、心拍計と混信する心配もない。ただし、私の105にあうSC-6500という有線式のブラケットセンサーは、すでに製造中止になっているらしく、なかなか見あたらなかった。しかもフライトデッキはモデルチェンジが頻繁で、その説明も極めて不親切だ。あえて旧式のものを欲しがると思わぬ苦労をする。「ユーザーは黙って最新式のものをひと揃い用意しろ」というのがSTIの思想なので、それを使いたければシマノに文句は言えない。結局、二子玉川のサイクルフォーラムSUDAがインターネットで投げ売り特価!しているのを見つけ、そんなに安くはないものの、本体と合わせて5000円で買った。おどろいたのは本体がST-6500ではなく、ST-6501がついてきたことだ。ST-6501とSC-6500がマッチするのはうれしい誤算だ。おそらくST-6501のほうがST-6500より高機能だと思う。

フライトデッキはギア比とタイヤ周長、ホイールの回転数から計算して、速度とケイデンスを表示する。ケイデンスは本来はクランクの回転で直接はかるものだが、フライトデッキはギア歯数をデータとしてもてるので、ホイールのピッチから計算できる。これまでは帰宅してからMacintosh にやらせていることをリアルタイムにできるのだからうれしい。試しに、キャットアイのケイデンス計もいっしょにつけて合わせて見たが、ごくまれにギアが変わっていることを認識できずに誤った数値を出すもののおおむね良好であった。その他にも、ブレーキレバーブラケットのボタンで操作できるストップウォッチもあり、私が半原越で遊ぶためには必要にしてじゅうぶんである。


2007.2.25(日)晴れ 浅間山林道

神奈川県の自転車乗りとして、一度もヤビツ峠を秦野側から登ったことがないというのは、ちょっとまずいんじゃないか、という気はしていたが、どうにも決心がつかなかった。あそこはほとんど地獄である。一度、俗に言う裏ヤビツから登って、表ヤビツに下ったことはあるが「もう二度と来るもんか」というのが正直な感想だ。上の方は許すとしても、蓑毛のバス停から下はもうだめだ。自動車の多い急な下りで、しかもセンターラインには鉄製のぼつぼつがついている。死ねといわんばかりだ。しかも、アプローチはニイヨンロクを使わなければならないとなると、近づく気がしない。

ところが、『林道浅間山線』を使うと、丹沢大山の南に延びる尾根をまいて蓑毛のバス停に出ることがわかった。浅間山林道の登り口の近所は何回か迷ってうろうろした覚えがある。であれば、自宅から蓑毛のバス停まで、うまいルートを取ればほとんど自動車にも信号機にも悩まされずに行けるはずだ。難所は「森の里団地」という奇妙な住宅の集合体で、あそこさえうまく避ければきっと快適だ。念のため、航空写真と地図をじっくり見て、距離や交差点を頭にたたき込んだ。

というわけで、今日、浅間山線を走ってきた。実に快適な山道だった。自転車で走るために特別に整備したのかと誤解するほど舗装が良い。落石もないから、半原越のように命の危険とパンクにびくびくすることもない。雰囲気は夜昼峠の大洲側に似たところがある。惜しむらくは、コース全域に檜と杉が植林されており、山の美しさという点で物足りない。

登り口で自転車乗りにあって「ときどき車が来るから気をつけてね」と注意された。はて、一般道なのだから、車も来るだろう。なにが危険なんだ? と、若干不審に思いながら登っていく。車も極めて少ない。というか、1台も来なかった。半原越のように水くみ場がないのが幸いしているのだろう。あそこも、水くみ場さえなければ誰も行かないだろうに。

ところが、ついに私は身の毛もよだつ光景を目の当たりにした。谷に乗用車が落ちているのだ。シルビアか何かのスポーツ車で、明らかに林業には使わないものだ。20mほど落ちたところで樹木に引っかかっている。コーナーの谷側だから、オーバースピードでコースアウトしても滅多なことではあっちには落ちない。普通は斜面に乗り上げてひっくり返るぐらいだ。それなのにガードレールもあるところで、谷に落ちるということは、ものすごいスピードで思いっきりジャンプしてつっこんだのだろう。イニシャルDっぽい遊びの末路だ。そんなものに来られた日にはこっちはたまったもんじゃない。日中はやらんと思うが万一のことがある。幸い静かな山道だから、排気音が聞こえたら迷わず逃げようと決意した。


2007.3.3(土)くもり ヤビツ峠

先週、良い感触を得て今日もヤビツ峠へ向かった。ヤビツ峠の上まで行って往復するとちょうど100kmになる。もう3月、じゅうぶん日は長く、100kmなら昼に出発しても足下が明るいうちに帰ってこられる。

前回の探索で、森の里団地を通過しないのは無理だということがわかった。南の方に逃げようとしても、そこは新興住宅地で、旧来の道が幹線になってしまっている。狭い道にやたらと自動車が多い。それを避けようとすれば迷うだけでどうしようもない。北の方は、清川村のゴルフ場をつっきる道。広くてぺろんとしている登り下りで、私がもっとも風流ではないと感じる道路だから通りたくない。結局、これまでも使っていた巨大な墓場のそばの田舎道をバンと上って、森の里団地の端っこを通って、一度谷に降りて浄水場に登って行くルートがもっとも気分がよさそうだ。

順調に蓑毛のバス停に到着して、先週と同じように自販機で120円の飲み物を買った。天気予報では晴れだったが、それは外れると思っていた。どう考えても晴れる要素はなかった。峠は小雨の可能性もあったので、冬用の手袋をはめ、女房が20年前に使っていたヤッケも着てきた。ところが気温が高くて、ちょっとした登りでも汗をかくので、手袋を外してヤッケを脱いで腰に巻いた。寒いのはつらいので、気象条件で迷ったときはもっとも寒い場合に合わせておけばよい。脱ぐことはできるがないものは着れない。前回はこの冬一番の冷え込みとかで、下りで足先が冷えて痛くなったしまったので、つま先を覆うシューズカバーもつけてきた。このカバーと指先まではいる手袋は今年になってはじめて投入したものだ。ずっと気温が高くて、いまひとつその効果を実感できずにいた。

ヤビツ峠は意外にも交通量が少ない。ひまをもてあます貧乏な人達が車に乗ってレジャーに来そうなものだが、冬期はキャンプや釣り堀もなく寄りつかないのだろうか。まだ3月の始めで、自転車も酔狂な者しか来ない。噂通り、蓑毛のバス停から上は緩くてだらだらした登りなので、アウター(ただし36T)を使って70〜80rpmの時速15kmぐらいですいすい走る。だらだらだらだら登るのでいいかげん飽きる。距離はたしか8kmぐらいのはずなのだが、10kmにも20kmにも感じる。半原越の4700m以上の長い登りを走ったことがないからか。表ヤビツは勝手TTのメッカで、12kmを40分とか35分!とか、ずいぶん威勢がいいのだが、それはちょっとやめとこうと思った。私なら1時間かかるだろう。

ヤビツ峠は標高が760mもある。頂上は霧で風もすこしあった。下りも長く、毛糸帽子と手袋とヤッケとシューズカバーの恩恵をじゅうぶんに感じることができた。指、つま先、耳が冷えてもげそうになると、自転車が嫌いになる。今日のコースは標高、距離で考えれば八幡浜の金山(郷の峠)コースに匹敵する。松尾→古谷→高野地→大平→日土→郷の峠→下須戒→平野→夜昼峠→松尾。ヤビツ峠に色気はないが、走ったなあという満足感は得られる。とにかくたくさん走りたいときに重宝なコースだ。


2007.3.4(日)晴れ 携帯電話で撮影

ホトケノザ

そろそろスイレン鉢や衣装ケースのそうじもしなきゃなと、庭に出た。冬の間にどちらの池も藻がはびこってかなり見てくれが悪くなっている。これから水温が上がりメダカが泳ぐのにじゃまになる枯れた水草を撤去して、藻をすくいとる必要がある。スイレン鉢をのぞきこむと、すばやく動くものがいた。今日の陽気でずいぶん活発にメダカが泳ぎ始めているのだ。今年は越冬も楽だったろう。水面にたくさん浮いている花びらや枯れ葉を網ですくった。

さて、衣装ケースのほうはと、目を転じて、驚いた。大きな蛙が浮いているのだ。ちょくちょくやってきているヒキガエルらしい。オレンジ色の細身のやつだ。産卵場所をこの衣装ケースに決めたのか。アカガエルのほうはこちらの衣装ケースではなく、もっぱらスイレン鉢で鳴いている。ヒキガエルだとスイレン鉢には跳び乗れないだろう。念のためにその辺をうかがうと、もう1匹、ヒキガエルがいた。黒っぽい個体で腹がまるくふくらんでいるから、卵を持ったメスかもしれない。ということは、うまくすると庭の衣装ケースでヒキガエルが産卵するかもしれない。

昼からは春の陽気に誘われて自転車に乗ってきた。がんがん乗るよりもゆるゆる乗って新しい道を見つけようと思った。荻野川から小鮎川に出るところでもっと気のきいた道があればよい。気温は20℃ほどもありそうで、田んぼの脇は早春の花盛りだ。モンシロチョウやキチョウも舞い、テントウムシも歩いている。携帯電話で少しばかり花を撮ってみたが、満足できるものは一つもなかった。使い慣れていないこともあるが、携帯電話のカメラで1cmの花の接写はちょっと無謀か。


2007.3.11(日) 一時あられ 乳房雲

乳房雲

どういう気象条件でそうなったものか、わが家の上空を厚い雲が覆っていた。気象庁のレーダー画像で確認してみると、丹沢の中央部から町田にかけて、雲の帯が細長く伸びているのがわかる。ちょうど私の家はその雲の下になり、北の方20kmほど先は青空に白い雲が浮かんでいる。東京の多摩地区はすっきり晴れているのだ。

今日は朝から鳥たちの動きが活発だった。シジュウカラが追いかけっこをしたり、ツグミ、ヒヨドリ、オナガ、ムクドリが入れ替わり立ち替わり桜の木にやってくる。ムクゲにムクドリがとまるのを初めて見た。そばにはキジバトもいる。このところ、キジバトはいつも庭にいる。ムクドリもキジバトもしきりに下の方を気にしている。窓からは見えないが下には数羽のシジュウカラがいるはずだ。地面に落ちているヒマワリの種を拾っているのだ。キジバトたちもシジュウカラがおいしそうなものを食べているのが気になってしようがないのだが、さてキジバトはヒマワリが食べられるのだろうか。やつらも種食いの鳥だが、ヒマワリの殻は固くて厚い。豆のように丸呑みするわけにはいかないように思う。

さて、午後2時をすぎると、雲行きがいよいよ怪しくなった。雲底がもこもこと垂れ下がり、不完全ながら乳房雲の様相を呈してきた。乳房雲の消長は早いので空から目が離せない。最もそれらしい形の雲を探して家の中を西から北へ行ったり来たりだ。そして2時30分、あられが降ってきた。「なかなか降らないけれど降れば土砂降り」というのが乳房雲からの雨の特徴だという。あられが落ちると、それまで7、8羽はいたシジュウカラは一斉に雨宿りで姿を消した。雨は苦にしない彼らもあられは苦手らしい。

あられは10分ほどで雨に変わり、雨もすぐにやんで夕方には快晴になった。乾ききらない道路に出て1時間ほど自転車に乗った。


2007.3.18(日) 晴れ 平成教育委員会の算数で

平成教育委員会

平成教育委員会というテレビ番組に出された算数の問題で、解説ミスがあったような気がするので指摘したい。平成教育委員会というのは、スタジオで大勢のタレントが中学校入試程度の問題を解き、彼らのリアクションを楽しむ娯楽番組である。神奈川県では日曜夜の放送で、わが家の子どもたちも楽しみにしているらしく時々見る。左の図は今日出題があった算数の問題。長方形を図のように面積が等しい4つの部分に切断したとき、Xの長さは何センチメートルか? という問題だ。

小学生用の簡単な問題なので普通の大人は15秒で解けると思う。スタジオゲストも過半数が正解している。とくに面白くもない問題だから解いたあとは気しないで、皿にのったタラの骨をとることに集中していた。ところが、「三角形が合わさった図形は正方形だ」という解説があったように聞こえたから、ちょっと気になった。まじめに聞いてなかったので私の聞き間違いかもしれないが、もし正方形と言ったならば解説のミスである。

この問題ではたまたまその図形は正方形であるが、それは図から自明なものではなく、問題を解くのに必要な条件でもないから無視すべきである。実際には、Y:Z=1:2 であることさえ気づけば、難なく解ける。それが「正方形」になるときの条件を求める問題はもうちょっとハイレベル。とりあえず、「正方形」というのが私の聞き間違いなら謝る。


2007.3.21(水)晴れ 半原越20分56秒

今日は春分。1年のはじまりの日だから、池の掃除をした。冬の間、水草の成長は悪く、貝類の活動も少なく、藻がはびこり放題になっている。みてくれもわるく、水草や魚にもよい影響はなさそうなので、できるかぎり撤去した。まだまだ水は指を切るように冷たい。

午後からは半原越。半原1号をタイムトライアル仕様に戻して試運転。半原越は早春の木の花が盛りで地味ながらも美しい。コースも体も自転車も良い感じ。今までの仕様でもっとも走れそうな予感がある。時計は20分56秒。TTをする気はなかったが、涼しくて気持ちがよいのでちょっと走ってみたらこのタイム。ギアはかなり重い39×21でチェンジはしなかった。全体的に向かい風だったことも思うとずいぶん良い記録だ。4月にコンディションを上げて、今年も5月〜6月にTTをやろう。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 07'50" 15.3km/h 64rpm
区間2 2.0km 09'15" 13.0km/h 54rpm
区間3 0.7km 03'51" 10.9km/h 51rpm


2007.3.23(金)晴れ 馬鹿を思い知る

田園都市線に乗り込んで車内の広告を見ていた。「精霊の守り人」を今朝の通勤で読んでしまって見るものがなくなったのだ。「本気だったら城南予備校」という広告に東大の入学試験で出された数学の問題が書いてあった。

円周率が3.05より大きいことを証明しなさい

たしか、4年ぐらい前に出題され話題になったという記憶がある。そのとき私はそれを解かなかった。解くに値しない愚問だとみなしたからだ。というか、一時問題そのものを「円周率が3より大きいことを証明しなさい」と誤解していたせいもある。ただ、3.1ならともかく、3とか3.05なら3分もあれば暗算で解けるはずだ。この季節にこんな愚問を出して藁にもすがりたい親の気を引こうとする城南予備校のレベルもしれるというものだ。

今日は手持ちぶさたであり、ひとつ解いてみようと思った。頭の中で円を描いて半径を引いて、三平方の定理と相似で解けるはずなのだが、どうにもうまくいかない。何度やっても円周率が3.5ぐらいになってしまう。明らかにまちがいだ。思考がぐるぐる同じところを行ったり来たりしている。かなり焦る。頭の中で描いている図を心の目で追うことができない。冷や汗がでてくる。単純な比の式を分数に直せない。焦燥が絶望になり開き直りで終わった。この数年はどんどん頭が悪くなっていることを自覚しているが、こんな問題ですら紙と鉛筆が必要になるとは。こういうのを「しょんぼり」と表現するのだろう。かつては「がっくし」とも言った。


2007.3.24(土)くもり ハコベの葯

ハコベ

ハコベの葯がどういうふうに割れるのか去年から気になっている。ちょうど今がその調査の旬にあたり、午前中は庭のハコベに張り付いていた。日陰で春が遅く、たまたま庭で開いているハコベはまだ1つしかない。肉眼では葯は紫の点にしか見えず、地面に寝転がってずっとルーペで見続けるのも苦しい。結局、カメラで数分おきに接写して、パソコンのモニターでチェックして割れ方の想像をすることになる。

この写真には一つヒントがあり、画面一番上の葯が半分だけ割れている。葯は2つの袋が合わさった形をしており、それぞれの袋には割れ目がある。その割れ目にそってそれぞれが裂けるらしい。だが、その後の動きについてはまだ確認できていない。10時頃から11時ごろにかけて写真を撮り続けていたが、葯が割れる過程らしきものが写っているのは、その中でこの1枚だけだった。割れる動きはかなり速いようだ。

午後からはナカガワで半原越。低気圧が発達しながら近づいており、ハコベを撮っていたときにさしていた薄日ももうない。高層雲が降りてきて南風に乗って層積雲も飛んでいる。絵に描いたような温暖前線の接近だ。気象台の天気図やレーダーを見て、午後6時まで降雨はないと判断して出かける。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'36" 14.0km/h 70rpm
区間2 2.0km 09'59" 12.0km/h 60rpm
区間3 0.7km 03'29" 12.1km/h 60rpm

やはり春はそわそわして落ち着かず、半原越だけでは飽きたらずに、浅間山林道のほうも回ってこようと思い立った。清川村から回るルートの道を探りながら、浅間山林道の入り口に到着したところで、雨粒が落ちてきた。冷たくはなかったが、けっこう大粒である。思ったよりも低気圧の移動速度が速かったのか。すぐに引き返してもここから40km。あわててどうなるものでもない。雨は好きだが、それも広葉樹の新緑が開ききってからの話だ。幸い、山から下りるのと東に向かうので、雨脚からは逃げることになる。期待はせず、覚悟を決めて平然と走っていくことにした。


2007.3.25(日)雨のちくもり え! ウスバキトンボ?

午前中、能登半島の沖を震源とする大きな地震があった。そういうときの常として、テレビでは地震が起きたときの手近な映像が繰り返し繰り返し流される。そういう映像のなかで、 NHK富山放送局のお天気カメラが気になった。放送されたのは30秒程度だと思うが、画面を10個ばかりの影が横切るのだ。最初は、木の葉だと思った。ずいぶん風が強いから木の葉も舞うのだと考えたのだ。しかし、何度も見ているうちにどうも怪しくなった。その影の動きが自立して飛んでいる生き物みたいなのだ。

それがもし生き物なら、あの感じはトンボである。フライフィッシュでなければトンボである。トンボであるなら、ああやって群れてビルの屋上付近を飛ぶやつはウスバキトンボ以外にない。季節的に、わずかな可能性を考えてもウスバキトンボしかいない。大半のトンボはいま卵かヤゴだが、ウスバキトンボは成虫もいるのだ。

ただし、いるとはいっても今の季節は沖縄かせいぜい鹿児島だ。富山に到達するのは6月、最盛期は8月のはずだ。いくら暖冬であったとはいえ、3月の富山の空をウスバキトンボが飛び交うなんてことがあるだろうか。この低気圧の強風に乗って九州から飛んできたとしても約500キロを2日ほどで北上したことになる。しかも大きな群れを維持しつつ。そういう仮説はちょっと無理がある。

かといって、木の葉だという説も、それに負けず劣らず無理がある。いまは1年でいちばん風に舞うタイプの木の葉が少ない季節なのだ。おりからの雨で落ち葉はぬれていて飛ばない。いま葉を落としつつあるのはクスやカシなどの常緑樹であるが、そういう葉はあまり飛ばない。しかも富山には少なそうだ。NHK富山放送局のお天気カメラのすぐ横にクスの大木でもあればべつだけど。


2007.3.31(土)くもり ハコベの葯の開き方

午前中は雨も降らず、ときおり薄日が差す天気だった。気温は高くはないが寒いというほどではない。庭に出てハコベの花の観察をし、ようやく葯の開き方を確認することができた。10時ごろから、庭にいくつか咲いているハコベの葯をルーペで見回っていた。ぜんぜん裂けていなかったはずの葯が2回目に見るとすっかり開いたりしていて、その裂ける速さはけっこうなものだと感じていた。午後になってから、うまいぐあいに裂ける途中のものが見つかった。

13:07 13:07
午後1時7分。格好の花が見つかる。
ほかの雑草の陰で咲いていた花。
普通のハコベよりも二回りほど小さい。
2つの袋を合わせたような形の葯の
画面右側だけが裂けている。
13:08 13:08
見つけてから1分後。
もう片方の葯も裂け目にそって裂け、
中の花粉が見える。
13:09 13:09
見る見るうちに裂け目は広がり、
中の花粉がむき出してくる。
ルーペを使えば動いていることが
はっきり視認できる。
13:13 13:13
裂け目はめくれてそり返る感じ。
13:15 13:15
10分ほどでほぼ開ききるようだ。
13:23 13:23
開いた葯を上から見たところ。
このあと、紫色の袋はくしゃっと
つぶれてしまうように思われる。

まるで蛙のように地面にへばりついて、じっと写真を撮っていると、そばでごそごそ音をたてるものがいた。それは本物の蛙、アマガエルだった。灰色の体をしているけれども、そのアマガエルはよく知っている個体だった。名前はタンゲ。右目がないからすぐにわかった。一夏の間、飼育をしてさまざまな面白い習性を見物させてもらったあと、去年の秋に庭に放したアマガエルだ。放して数日で姿が見えなくって、帰ってくることもあまり期待してなかっただけにたいへんうれしい。よく元気で冬を越したものだ。


2007.4.1(日)晴れのちくもり 半原越21分56秒

ナカガワに乗って半原越。昨日、チェーンが クランクのアウト側に外れた拍子にスポークがディレーラーを巻き込んだ。ディレーラーは粉々に壊れ、リアエンドが曲がってしまった。一瞬青ざめたが、エンドは近所の自転車屋で簡単に直してもらえた。はじめて行く店だが優秀そうなので、ついでに後輪の振れ取りもお願いした。

今年はレンゲが早い。相模川の田んぼはもうかなりレンゲが咲いていいにおいがしている。いたるところでアマガエルが鳴き、雨を予報している。荻野川ではカジカガエルも聞いた。ツバメも多い。富山のビデオ以来、もしやウスバキトンボがいないかと注意しているが、さすがにそれは見ない。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 07'56" 15.1km/h 非計測
区間2 2.0km 09'54" 12.1km/h 非計測
区間3 0.7km 04'06" 10.2km/h 51rpm

半原越のソメイヨシノはほとんど散っていた。今年は3月半ばに天候不順でソメイヨシノの開花がばらばらだった。これからしばらく清川村はアカヤシオの季節が続く。日没後、アマガエルの予報が的中して雨になった。


2007.4.1(月)雨 花開くのは一度だけなのか

ハコベ花1

ハコベの花は何回開くのか? いま話題の桜だと一度開けば開きっぱなしだが、タンポポのように数日にわたって開閉を繰り返す花もある。ハコベは日中に咲いており、夜には必ず閉じているから、1回きりの開花なのか日周運動をしているのか、微妙である。

花開く回数はすでに去年から気になっている。読者の中にも「あれはどうなってるんだ」とやきもきされている人がいるかもしれない。もちろん、去年にもそれなりにマークをつけてやってはみたものの、2回以上開くという証拠がぜんぜん得られなかった。だからといって1回と結論づけるわけにはいかないことは何らかの研究をやったことのある人なら周知のことである。宇宙人がいないことも、幽霊がいないことも、ツチノコがいないことも証明は不可能だ。

ツチノコを引き合いに出す以前に、私は数日にわたって1つのハコベを観察する余裕がない。庭のハコベは私が出勤するときには開いてないものが多く、帰宅はおおむね深夜だから全部閉じている。したがって、マークしたものがたまたま複数回開花の最後のものであった可能性や、もう開かなかったと見逃した花が、そのときはたまたま天気などの関係で開花の条件がそろわなかっただけで、どこかで人知れず咲いたかもしれないのだ。このていたらくであるから、こんな簡単な観察でも10年仕事になってしまうのだ。

1枚目の写真は今年の観察のもの。31日の午後にその日の朝に咲いたばかりであろう花にチタンの針金でマークをつけた。新鮮な花だと決めつけたのは写真にも見えるようにまだ裂けていない葯があるからだ。この花は朝から観察を続け、その葯の開く様子を見たかったのだ。結局、3つの雄しべのうちの1つの葯だけが裂け2つが残った花である。いかにも翌朝には再度開いて全部の葯が裂ける気がする。それで針金でマークをつけた。ちなみに、チタンにしたのは屋外に放置しても錆びないので来年も使えるからだ。

ハコベ花2

そして、これが翌日、4月1日の写真である。一日中この調子で開く気配もない。このまま閉じたままでいるのか? やっぱりハコベの花は1回しか開かないのか。残念ながら今日も明日も明後日も朝早くにしかチェックできないので、本当のところはわからないのである。


2007.4.8(日)晴れ 半原越 春

半原越

写真は南端コーナー付近からのぞむ今日の半原越。女房と行ってきた。女房は体が弱くほとんど自転車には乗れない。リッチランドに車を置いて、南端コーナーまでの半原越でもっとも緩い1.5kmだけ自転車で行く計画だった。そこからはほとんど押し。乗らないかわりにウグイスを聞いたり、マムシグサを撮影したり、ヒオドシチョウやツマキチョウを見たり、正統派の半原越遊びを満喫した。

さすがに走り足らず、一人で阿夫利林道を走ってきた。浅間山林道から分かれてからがけっこうきれいになる道だった。終点がお寺というのがちょっと興ざめ。息も絶え絶えの半原越のソメイヨシノとタメといえる。


2007.4.9(月)晴れ一時雷雨 太っている

半原越走る

写真は南端コーナーからの登りの半原越。女房に撮ってもらった。一見して太っていると思う。体脂肪率は15%もある48歳の中年おやじなのだから、がりがりのわけはない。しかし、そういう数字は見て見ぬふりをしつつ心の中ではもっと細くしなやかなイメージがあった。ヨーロッパのプロ選手ほどでないにしても、もうちょっと自転車乗りらしい体つきだと思いこんでいたのだ。それは根も葉もない妄想に過ぎないのだが、いつしかそういうことになっていた。こうやって写真にしてみると全身にくまなく贅肉がついてふっくらしている。あと3キロぐらい落としても大丈夫そうだ。


2007.4.10(火)晴れ 絶対に出てこない樹木名

私には、その名が絶対に出てこない樹木がある。ただし、すぐに出てこないだけで必ずその名を思い出す木である。その名をさきほど渋谷駅で電車待ちしているときにふと思い出したのだ。日曜日に半原越に行ったとき、女房から「あの木は何?」と問われた木がそいつであった。そいつは割と早く美しい緑の葉を広げ、この季節はけっこう目立つ。しかも、種を飛ばしたあとの真っ黒に枯れた球果を未練がましく枝にとどめていることで目も引くのだ。その木を目にするたびに「あの木だ」と思うのだが、その名が出てこない。簡単な名前だけどすぐには思い出せない。オオミズアオの食草で湿地を好む木で....というようなことは知っているから調べれば簡単にその名は見つかる。だからといってわざわざ調べることも滅多になく、放っておけばひょっこりと出てくるのだ。今日のように。

その木は「ハンノキ」という。名を知ったのは実に40年も前にさかのぼる。当時、千丈小学校の樹木にはことごとくネームプレートがかけてあった。そのネームプレートのおかげで、モミ、プラタナス、ソテツ、メタセコイヤなどとともに最も早くその名を覚えたのである。ハンノキはプールの千丈川側にたくさん生えていて、プールサイドには枝ごと落ちるあの特徴ある球果がごろごろ転がって踏むと痛かったからハンノキの印象は強かった。

その後もハンノキの名にも木にも接することは多かった。環境関連の書物や報告書には必ず登場する木でもあり、ハンノキと聞けば、各地の実物や写真やイラストなどいくらでも思い起こせるのだ。それなのに、ハンノキを見るたびに、ハンノキを思い起こすたびに、その名を呼ぼうとして名が一度たりとも出てきたことがないのだから不思議なものだ。じつは、半原越のハンノキで名が出てこなかったのは今回がはじめてではない。おそらく10回は下らないだろう。道路でオオミズアオらしい蛾の死体を見たとき、アスファルトでオトシブミを見つけて見上げたとき、看板でミノムシを見つけてその食草を探したとき...その名が出てこなかった場面は次々に出てくる。半原越でもキブシやカツラやヌルデやウツギなど、ずっと年取ってから覚えた植物名が出てこなくて困ったことはないのだが。


2007.4.15(日)晴れ 春爛漫

雑木林

たくさん走りたくてヤビツ峠の100kmコースに向かう。春も爛漫で雑木林は新芽のモザイクが美しく、どこにいても蜜の臭いがしてくる。小鮎川から荻野川へ越える道路の脇にある谷戸に作られた田んぼはレンゲの盛りでカエルがうるさいほど鳴いている。3種類いて1つがよくわからない。シュレーゲルアオガエルかヌマガエルか、もしかしたら姿も見えるかもしれないと、自転車を降りて田のあぜ道を歩く。すると水を打ったようにカエルの鳴き声が止む。ミツバチが2種類レンゲに来て、草の間にはおびただしい数のクモやらなんやらの虫がわさわさしている。わが家の庭でもこんなに虫は多くない。カエルもいるはずだ。

5分ほど息を殺していると、カエルが鳴き始める。遠くからはじまって合唱はだんだん近づいてくる。レンゲの田んぼはまもなく耕耘機が入り、レンゲを土にすき込むことになる。まだ水はなく簡単に入っていける。カエルの姿を見たいので、その鳴き声の場所を見極めて歩いて行くけど、当人は飛び出しては来ない。慎重だ。もう一度息を殺して樹木のふりをする。また鳴き始めるが姿は見つからない。本気で調査をすれば見つかるのだろうけど、今日はカエルの日ではない。30分であきらめた。

ヒヨドリが蕎麦屋の店先に植えられているドウダンツツジの白い花を食べていた。ちょうどヒヨドリの一口サイズで、食べやすい花にはちがいない。はて、味はどうなんだろうと一つつまんで食べてみた。期待した蜜の甘さはない。かといって、草の苦さもなく、おしゃれなサラダという感じだ。


2007.4.16(月)雨 クビキリギスの生息環境

土曜ほどではないにしても、日曜も高曇りで暖かい日だった。上流の津久井から自転車に乗って、相模川の左岸を走って帰ることにした。南の向かい風が強くてなかなかしんどい。昭和橋を過ぎて土手道を走っていると、ジーッと長く伸びる虫の声が聞こえてくる。クビキリギスだ。ちょうど春爛漫のこのころ、むっとするぐらい暖かな夜にあいつはよく鳴く。

クビキリギスは昼間でも鳴いていることは珍しくないが、どこででも聞かれるものではない。今年も昭和橋の南の土手でこの声を聞いて、去年も同じ場所で同じような天気のときにクビキリギスを聞いていることを思い出した。改めて思い起こすと、私の30キロほどのサイクリングコースで、クビキリギスを聞く場所はその一か所だけなのだ。

実は今年すでに、自宅の風呂でもクビキリギスを聞いている。こんな貧相な場所にいるということは、どこにでもいる虫ということだ。いればその存在はわかる。その声は非常に高くて大きく騒音のなかでもよく通る。時速60キロで走る急行電車の車内からもはっきりそれとわかる。田園都市線では青葉台の付近で必ず鳴いている場所がある。

いろいろな条件を考えると、もっといろいろなところで聞いても良さそうなものだ。相模川のあの場所だけでなく、荻野川や小鮎川でも聞いていいではないか。どこに卵を産んで、何を食べて、どうやって越冬しているのかは知らないけれど、あれはわが家にも近所にもいるのだ。私に理解可能な範囲ではこの神奈川東部から中央部の一円はクビキリギスの生息に適しているということになる。

だのになぜ、毎年、私のサイクリングでは相模川のあの場所でしか声がしないのだろう。でかい声が象徴するように、彼らには移動を嫌う習性があるのか。それとも、特殊な食料か寄生虫か何か私が気づかない要因で彼らの生息が制限されているのだろうか。


2007.4.18(水)雨 緑水

プラケースの池は汚く濁っている。茶緑色となって底はぼんやりとしか見えない。この濁りの原因は植物プランクトンによるものだ。この池も1年ほど放置しているのだから、濁って当然だ。明るい野外に水を放置しているとすぐに植物プランクトンが発生し緑水になる。学校のプールのような巨大な水たまりでも夏場だと底が見えなくなるまで2週間もかからない。いくら掃除してきれいな水道水を入れても、空中を飛び交っている植物プランクトンのタネが落ち、それがあっという間に1億倍1兆倍に増えていくのだ。

一方、スイレン鉢の水は水晶のように澄み切っている。こちらは同じ庭に3年ほど放置しているものだ。去年の秋ごろに、水が薄赤く濁ってきて、いくぶん緊張したが、この春になってそれもなくなった。こちらのほうはまだ緑水になったことがない。

この両者の差にはいろいろ原因が考えられる。直接の原因は、発生する植物プランクトンを食べるやつがどれだけいるかということに尽きるだろう。ただし、遊泳性の動物プランクトンはどちらにもいない。ミジンコなどは速やかにメダカが食ってしまうからだ。そうなると、植物プランクトンを食っているのは、もっともっと小型で付着性のラッパムシみたいなものになるだろう。スイレン鉢には圧倒的に動物プランクトン(泳いでないものをプランクトンとは呼べないかもしれないが)が多いのだ。

ということになると、動物プランクトンの量を左右しているには何かということになる。おそらく土だろうと思う。スイレン鉢のほうはその7割が土である。スイレン鉢を購入したときに大きな土の袋が5袋ほどついてきたのだ。容量からいえば100リットル以上になるだろう。その土はどろどろ状態で、その中に潜む虫がせっせせっせと植物プランクトンを食っているのではないかと思っている。秋に赤く水が濁ったのは、赤いプランクトンを食う虫がまだわいていなかったのだろう。水が濁ったプラケースのほうは、カナダモとスイレンの植木鉢を一つずつ沈めているだけで、土の容量では5リットルに満たないだろう。こっちは、冬のおわりにカナダモの大半を除去したあと緑水がひどくなった。水中の表面積が減って動物プランクトンも少なくなったからかもしれない。ちなみに、次男が冬にもらってきた金魚をバケツで放置飼いしており、それはみごとな緑水になっている。大きな赤い金魚が10センチも潜るとまったく見えなくなってしまうのだ。それには土は全く入っていない。


2007.4.21(土)晴れ レンゲ

ゲンゲ

ようやくわが家の庭も春爛漫である。レンゲが満開になった。といっても1株しかない。数年にわたって1株だけが花をつけている。いつ消えるかわかったものではない。

レンゲといえば、今日もカエルを探してみた。あの谷戸田のレンゲの中で鳴いているカエルだ。今日は畦に腰掛けて、カエルが鳴き始めるのを待って、鳴いている場所をしっかり確認して探すことにした。鳴いている所に腹ばいになって、それこそレンゲをかき分けて根掘り葉掘り探索するのだ。それならば絶対に見つかるだろう。ところが、それでもカエルが見つからないのだ。レンゲに手を入れてもあわてて飛び出してくる気配もない。どうも尋常ではない。

その谷戸田以外にももう1か所、同じ鳴き声のする場所がある。それはきれいな水が流れているクレソンの田んぼだ。当然、カエルは水に浸かってクレソンの間から顔を出して鳴いているものだとばっかり思っていたから、今日、畦に降りて探してみた。やはり見つからなかった。

こうなると、そのカエルはレンゲの草むらの中で鳴いているのではなく、地面の穴にでも潜っているのだと考えるのが自然だ。いまから15年ぐらい前になるが、トンボ学者からカエルが岸の穴ぼこに潜って鳴く金沢の渓流を教えてもらったことがる。あれはモリアオガエルかなにかちょっと珍しい種類だった。小さな狭い穴でかなり奥の方で鳴いており、その姿を見ることはできなかった。いまその姿を見たがっているカエルもそういう習性があるやつなのか。田んぼにはモグラやネズミがあけた穴が無数にあるから、カエルも日中はそういう穴に潜んでいるのかもしれない。


2007.4.22(日)晴れ アマガエル帰り来る

アマガエル

タンゲに引き続き、もう一匹アマガエルが帰ってきた。そのサイズからみて、おそらく飼育していた4匹のうちの1匹だろう。昨夜は庭で鳴いていたアマガエルを次男が確認しているから、これはオスかもしれない。去年、オタマジャクシから育ったものらしい個体は確認できていない。

さて、カエルがやってくるならば、そのエサとして期待されるのはアメリカミズアブである。コンポストにはおびただしい数のウジがわき、それがカエルのよいエサになってきた。冬の間はカエルもおらず、アメリカミズアブもわかないので、しばらくコンポストに野菜くずを入れるのを中止しておいた。そろそろ再開するかと覗いてみると、20センチぐらい土が溜まっている。分解しきれなかったゴミだ。アメリカミズアブはトウモロコシの芯でも何でも速やかに水と二酸化炭素と一握りの土にしてしまう。その活動が止まったのでゴミが溜まったのだと思われた。

そのゴミくずを崩してみると、驚いたことにほとんどがウジの死体であった。その体は腐敗耐性があるのか、分解することもなくウジの色形を保ちつつ堆積している。蛹にもなりきれずに命を落としてしまっているようだ。当初の設計では地面に浅く埋めて、ウジはちょっと下に潜ればプラスチックの壁を越えて外に出て蛹化できるはずだった。実際、付近にはたくさんの脱け殻が転がり、アブも元気に飛び回っていた。それがいつの間にかゴミくずが溜まりすぎてウジが外に出られず蛹化もできずに死んでしまっている。なにしろ相手がウジなので、かってにわくだろうぐらいのつもりで世話を怠ってしまった。豊富なエサがあるから、母親は産卵し生まれた子は順調に育つけれど、いざ蛹になろうとしたときに、適当な生乾きの場所がないのだ。そうなると、歩き回って疲れて自分たちが作ったべちょべちょの不廃物の中で命を落とすしかない。ウジを育てるための装置がいつのまにかトラップになってしまった。

この手の残酷さは人間活動に付随していやというほど目にしている。人はいじめるつもりもなくなにかと虫を虐待しているものだ。かわいそうなことをしてしまった。たかがウジとはいえ、殺す気がなく殺してしまったうしろめたさもある。腐敗臭がもれなかったり、わんわんと飛ぶハエやアブがそれほど目立たなかったりで、コンポストタイプの飼育装置は近所の手前もよいのだが、肝心な虫が死ぬようでは本末転倒だ。装置の設計を考え直そう。


2007.4.29(日)晴れ 半原越23分7秒

いつの間に終齢になったのかミノウスバの幼虫が駐車場の壁をはっていた。ハルジオンもいつのまにか咲いている。時間の進行がものすごく早い感じがする。

午後からはチネリで半原越。ここのところうまくコンディションを上げることができないので普通に走る。チネリはギアも車体も重くて半原越でTTをやる気にはならない。23分7秒は普通のタイムだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'56" 13.4km/h 71rpm
区間2 2.0km 10'21" 11.6km/h 61rpm
区間3 0.7km 03'52" 10.9km/h 57rpm

縦型Cレコードのリアディレーラーの調子が悪い。一度、追突されて曲がってから絶好調にはならない。注意してチェックしてみた。下のプーリーにチェーンがずれて入っている。そこでしゃかしゃか音がしている。プライヤーで力任せに曲げておいた。最近のリアディレーラーはちょっとおかしくなると使い物にならないが、こういう20年も前の機材はだましだましでもそれなりに辛抱して使える。


2007.4.30(月)晴れ 半原越24分58秒

ヘビイチゴ

午前中は庭で草や虫の撮影。写真はヘビイチゴ。こういうものを撮るには前玉をはずしたNikonの古くてぼろっちいズームレンズとケンコーの影取りの組み合わせが最高によい。

ヘビイチゴは花も実もかわいいといって女房が移植したものだ。けっこう丈夫で順調にはびこっている。ただ、この庭もだんだん森林化が進んで乾いた明るい場所が少なくなっているから、ヘビイチゴとしてもうかうかはしておれないだろう。ちなみに、ヘビイチゴの実は味も素っ気もない。酸っぱくもなければ甘くもない。水気もなくてすかすかだ。俗に毒だと思われているようだが、毒はない。蛇という名がついているのは蛇がいそうな所に生えるとか、毒があるとかそういう意味ではなく、匍匐するということらしい。

午後からは昨日に引き続きチネリで半原越。昨日にも増してやる気なし。下っているときにキビタキを見る。半原越で声は聞いていたが姿を見たのははじめて。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'33" 12.6km/h 66rpm
区間2 2.0km 10'57" 11.0km/h 51rpm
区間3 0.7km 04'28" 09.4km/h 44rpm

今日も例の場所でカエル探しに挑戦。やはり見つからず。ほんとうに地面の下で鳴いているのだろうか。昔、ケラの鳴き声をミミズだと教わったことを思い出した。クビキリギスはあちこちで鳴いている。それらしい草むらがあればいいようで、局地的な発生という仮説は捨てよう。夜にはわが家の近くでも鳴いている。


2007.5.3(木)晴れ 半原越22分09秒

チネリで半原越。少し思うところがあって、アウターで登ってみることにした。52×21。ときどき重いギアのほうが速く走れるのではないかという妄想にとらわれるのだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 08'00" 15.0km/h 48rpm
区間2 2.0km 10'18" 11.7km/h 37rpm
区間3 0.7km 03'51" 10.9km/h 47rpm

いわゆるTTをしているわけでもないのに区間1は8分だからやはり速い。特に坂が緩いところは20km/h以上出ている。ただし、坂のきついところではペダルに全体重をかけても落ちていかず、8km/hぐらいにしかならない。区間2であきらめて、区間3はインナーに落として39×21T(これでもけっこう重いが)で走った。

今日の半原越は自転車乗りが多かった。ほとんどがレース指向っぽい連中だが、一人だけ実用車を押して上がってきたおじいさんがいた。かれが何をしようとしているかは不明。

天気予報通り、峠の頂上付近で雨になる。雷も鳴ってけっこうな降りになった。ただのにわか雨だから雨宿りをすることにした。3kmの二連橋のところにアラカシの茂みがありちょっとした雨宿りに好都合だ。ガードレールに腰掛けて、雨粒がアスファルトにはねたり、葉っぱを流れたり、カゲロウがふわふわ飛んでいるのを眺めているとすぐに時間がたつ。昼頃からけっこうアマガエルが鳴いていたことを思い出す。やつらはどうやって雨を知るのだろう。水蒸気の臭いかもしれないと思った。人間は水蒸気を無臭だと思いこんでいるけれど、カエルには花の蜜のように甘いのかもしれない。カエルにとっても水蒸気が無臭だと考えるほうがかえって理不尽だ。


2007.5.8(火)晴れ 変態の謎

もし昆虫の姿を目の当たりにすることなく、変態の記述に接したならば、それは虚偽だと思うだろう。じっさいに虫がいて虫を見ているから、その事実を認めているけれど、昆虫の変態は全く理解しがたいものだ。また、変態がいくら不可思議で複雑怪奇であろうと、数少ない者がかろうじて行っているようなものではない。この地球上では無数といえる数の昆虫のすべてが、数パターンに分類できる変態を行って生きている。この大成功をおさめている変態という生き様は、昆虫の祖先に生理的な素養があり、環境的な幸運(あるいは不幸)があってはじめてこの地球上に生まれたことはまちがいない。

変態は一般的なものであり不思議で目を引くものなのだから、誰もが納得できるなにがしかの科学的な解答を作り上げるべきである。現在はそのようなものはないが、そのうち誰かが発明するかもしれない。その誰かとは決して私ではないが、私も唯物論を信じる科学者の一員として「変態は永遠の七不思議だ」などとうそぶいているわけにはいかない。少しずつでも手がかりを求めて生きたいと思う。

一般に進化の問題はおおむね時間が解決してくれることになっている。2本足だったタコの足が8本になったり、カバの足がひれになってアシカになったり、豚ぐらいしかなかったゾウの鼻が伸びたりするようなことはぜんぜん不思議ではない。すごいなあと思うけれど不可思議ではない。3000mの海底が少しずつ盛り上がってヒマラヤになったというお話同様に突拍子もないものではない。そうなるためには両者とも突拍子もないだけの時間がかかったというのだから、それもアリだろう。


2007.5.9(水)晴れ カエルの変態

オタマジャクシの季節になった。冬期産卵組のオタマジャクシはもうかなり大きくなっていることだろう。カエルも大胆な変態をする生き物だ。オタマジャクシは水中でえら呼吸をして尻尾で泳ぐ。数日で尻尾が短くなり足がはえ手がはえ肺呼吸をはじめて、やがて陸上をぴょんぴょん跳ね回るようになる。昆虫の変態にも劣らない見事な変身だ。

カエルやサンショウウオなどの両生類は直感的に魚とトカゲの間の生き物という感じがする。その昔、水中の魚が陸上に進出したときの名残をとどめている生き物のような気がする。カエルは何千万年もかかった進化の過程を一週間でかいま見せるのだ、というような表現を目にしたことがある。私もその感覚は納得ができる。ただし、じっさい問題としてはそれは大きな考え間違いと思う。

魚が陸にあがってトカゲになるには、やはり肺魚のような‘立派な魚’が完全陸上化をはたしたのだろう。何億年かまえにも、ヒレで歩いたりエラ呼吸でありながら空気からも酸素を取り入れることができるような魚がいて、そいつらが乾季雨季や干潟のような激烈な環境にもまれて水から離れ、は虫類・恐竜・鳥・けものになったのだろう。両生類のオタマジャクシ変態は陸上化の再現というよりも、肺魚のような水陸両用類のなかの特殊な一派が進化して獲得した能力ではなかろうかと思う。私が考えるその特殊な一派というのは、乾燥に耐える卵を産み出すことはできなかったけれども、それ以外の能力で他の水陸両用類を圧倒していたやつらである。私が妄想しているシナリオは以下のようなものだ。

水陸両用類がおそるおそる陸にあがりはじめたころは、すでに陸は植物で覆われ昆虫の祖先の節足動物はこの世の春を謳歌していたことだろう。そういう無尽蔵の餌食を求め浅い水辺を足がかりにして水陸両用類はぐんぐん上陸をはたしていく。なかでもやがてカエルになる一派は足が速く、目がよく見え、エサを捕る能力が高く、しかも成長が速く繁殖力旺盛であっというまに陸上の水辺を席巻して行く。そうした水陸両用類のなかから次第に乾燥に耐える卵を産むことができるものが現れ、より乾燥に耐える生活を身につけて、脊椎動物のフロンティアをより内陸へと拡大していった。そいつらはトカゲやヘビになっていくけれど、カエルの祖先達は水辺を離れることはできず、またその必要もなく別個の進化の道をたどることになった。


2007.5.12(土)晴れ オタマジャクシとは何か?

私は乾燥に耐えられない卵しか産めない両生類が繁栄するための決定打はオタマジャクシだと思っている。ちょうど今頃の季節に山中の林道を歩いていると、水たまりが真っ黒になっている光景を目にすることができる。その黒いものはよく見るともぞもぞ動いていることがわかる。オタマジャクシのかたまりなのだ。その水たまりは未舗装の道路にできた車の轍である。たまたま春の雨がたまった轍にカエルが産卵して、その卵が孵ったのだ。5月の太陽は容赦なく水たまりを照らし、日に日に水は少なくなっていく。オタマジャクシは水の残された所に集まって明日をもしれぬ命をつないでいる。干上がるかカエルになるかぎりぎりの勝負になっているのだ。

人間の目から見ればかれらは哀れである。母親はどうしてその水たまりが一時的なものに過ぎないことに気がつかないのか。やがて産まれてくるオタマジャクシの命に配慮してもっとましな所に産卵すべきではないのか。そういうことを繰り返しているとカエルは絶滅してしまうのではないか。30年ほど前、山歩きに熱中していた私は水の乾いた轍で干上がって死んでいるオタマジャクシの群れを見つけるたびにそう考えていた。しかし、今ではそう思わない。運が悪ければ干上がるぐらい危うい水たまりにすら堂々と卵を放り込めるのはカエルの強みなのだ。


2007.5.13(日)晴れ 半原越22分0秒

canno

まちがって650cのレーサーを買った。まちがったのは店が700cだと言い張っていたからだ。ただ、650cも一度乗ってみたいとは思っていた。こういうまちがいでもないと買わないだろうから、まいいかと思った。このフレームは詳細不明の十数年前のサビ傷へこみ満載の中古でたった15500円である。ヘッドに600がついているからキャノンデールの中級クラスのものらしい。ところが、どういうわけかほぼ新品のデュラエースのBBがついてきたので、けっこうお買い得だったような気がする。

ホイールは堅めのものをつけて昨日試乗してみた。思ったよりも素直でぐいぐい前に出る感じがある。以前乗っていたアルミのフレームはアンダーステアがひどくて怖かったがこいつは素直で、どちらかというとオーバーステア気味だ。フロントセンターが短いことが主因かもしれない。路面のギャップはがちがち来るが半原越のTTにはこれぐらい堅いほうが良さそうにもみえる。

というわけで、今日はこいつで半原越。昨日の試乗でがんばりすぎて明らかに疲れている。はなっからTTなんぞする気もなく、かといって多少はがんばらないとどれぐらい走る自転車なのかわからない。今日は、チネリの39×26Tとほぼ同じ34×21Tで回してみることにした。おおむね脚力が推進力になっている感じはある。このギア比で回して22分は半原1号に匹敵するタイムだ。冬頃には「半原2号」と呼んでいるかもしれない。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'40" 13.8km/h 73rpm
区間2 2.0km 9'32" 12.9km/h 66rpm
区間3 0.7km 3'48" 11.1km/h 58rpm

半原越はウスバシロチョウが多かった。夏の初めのこの季節しかお目にかかれない蝶だ。次男が愛川からアマガエルを何匹か連れてきた。庭で産卵させることを画策しているが、さてどうなることか。


2007.5.15(火)晴れ一時雨 オタマジャクシはまだ卵である

母ガエルが轍に産卵する理由は簡単だ。彼女もそこで生まれたからである。危うい場所に見えても事実自分が育ったのであればそれ以上確実なよりどころもない。林道の轍は乾きさえしなければ安全な所である。そこで考えられるオタマジャクシの外敵は? といえば、オタマジャクシを好むヘビ、タイコウチやマツモムシなどの水生昆虫である。それらは、その水たまりで生まれ育つものではなく、たまたま他所からやってくるものだ。カエルにとってはいないに等しい敵である。タイコウチが毎日1匹ずつオタマジャクシを食べ続けたとしても犠牲者はせいぜい20匹程度。昆虫ですら轍のような場所では安定的に発生することは難しい。ましてや魚類、甲殻類は無理である。何億年か前、すでに水中を席巻していたやつらから礫もて追われるごとくに陸を目指したかもしれないカエルなのだから、魚がいそうもない水たまりを選びたいだろう。乾きさえしなければ、轍はオタマジャクシ天国なのだ。

さて、そもそもこの話は‘オタマジャクシとは何者か?’というところから始まっている。一見してわかるように、あれは半端者である。食うにしても泳ぐにしても防御するにしても、もうちょっとなんとかならないかと思う。私は、オタマジャクシのあのか弱さは早く生まれすぎていることが原因だと思っている。ヒトの胎児もごくごく小さいときは尻尾とエラがあってオタマジャクシのような体裁だという。まさしくそんな状態で、発生の途中の胎児が外界にでてきてしまった感がある。

オタマジャクシは超未熟者。ひとまず水が乾くのに対抗できるぐらいの速度で移動できるのがやっとの半人前だ。いずれは乾いてしまう水たまりで、ぴくりとも動けぬ卵で何週間も過ごすのは自殺行為である。ほとんど精子レベルとしても、尻尾を振って泳げれば生存の確率はぐっと高まる。ヘビ、トカゲは卵の期間が長く産卵数も少ない。そのかわり、ひとたび卵から出てきた子どもはいっちょまえである。足腰丈夫で元気に走る。は虫類は未熟なまま外界に出てくるのはまず無理だ。乾燥や重力や空気呼吸や噛み砕かねばならぬ食料....卵の中身にとっては解決不能な試練が多すぎる。その点、水中であれば軟弱な体でも藻類が食えればまあ何とかなる。私は両生類は乾きに弱い卵しか産めなかったは虫類だと思っているが、そのことも超未熟児でありながら、物を食い尻尾を振れるオタマジャクシという生き方を発明するのに効果的だったはずだ。というか、いずれが原因結果ではなく、あのぶよぶよの卵とオタマジャクシは歩調を合わせて進化したものだろう。外と内を厳密にしきることなく、水を緩やかに行き来させる柔軟な卵があってこそ、どこまで半人前でも世間で通用するかという進化のトライアルができるのだ。オタマジャクシとは発生途中の卵の中身のようなものである。


2007.5.17(木)雨のち晴れ 不完全変態と完全変態

昆虫の変態には、不完全変態と完全変態があると小学校で習う。この完全不完全というのは、遺伝の優性劣性と同じぐらい不適切な表現だ。不完全変態は完全変態への移行の途中ではなく、完全変態がより優れているというわけでもない。おそらく、完全変態のほうが新しい生き方なのだろうとは思う。より複雑であるし優雅であるから。また、昆虫がムカデに羽の生えたようなものだと思えば、鶏よりも卵が先だったのと同じ理屈で不完全変態のほうがより早かったと考えられる。

不完全変態は納得しやすい。卵から幼虫が生まれたときにおおむね成虫と同じ形をしている。セミやトンボは違うように見えるかもしれないが、ヤゴをスマートにして羽を4枚つければトンボに見える。完全変態の虫に比べれば等しいも同然である。ひとまず不完全変態の虫は羽を持ったムカデだと思っておこう。ちなみにムカデは足を持ったミミズだ。

完全変態する虫は種類も数も極めて多いが、グループとしては少数派である。蝶・蛾、ハエ・アブ・蜂・アリ、甲虫の3タイプぐらいであろうか。他にもあるかもしれないが、昆虫学者ではない私の関心事ではない。関心はもっぱら、彼らがいかにして完全変態という偉業を成し遂げたかである。まず、上記の3タイプを一つとして考えてよいかどうかが問題だ。というのはもともと完全変態は1つの昆虫から発展してきたものか、複数の昆虫が多発的に発明した方式なのか、これは極めて重大かつ答えを得ることも可能な問いであるからだ。


2007.5.19(土)雨のち晴れ 甲虫について

誰でもわかるように完全変態の鍵は蛹にある。あの蛹がどうにも不思議だ。蛹自体がどのように発明されたかは永遠の謎として残る気もする。あれが、環境への適応の要請から出てきたものでないことは確実だ。たとえば、空を飛ぶために必要だった、敵から身を守るために必要だった、寒冷あるいは乾燥した気候に耐えるために必要だった、などなどは端から意味をなさない説明だ。蛹はどう考えても昆虫の内面からわき上がってきたものである。ひとたび蛹が発明されれば、地球上で繁栄するためにたいへん有効なのである。

テントウムシ

完全変態する昆虫の特徴は蛹の前後でぜんぜん違う姿をしていることだ。甲虫、蝶、蜂など完全変態の虫は成虫の姿もちがうが、幼虫をひとくくりにできるような特徴もない。しいてあげれば、イモムシ、毛虫、ウジとよばれる軟弱でうすのろで大食漢の幼虫が多いということだろうか。それらはカエルでいうオタマジャクシに匹敵する。昆虫や多足類の発生途中で卵の殻をやぶってしまった未熟児である。ただし、そこは昆虫であるからやはり例外がいて、テントウムシの幼虫はヤゴやハサミムシなどの不完全変態をする肉食幼虫に匹敵するほど強力である。それはクサカゲロウ幼虫に似ているから草にたかるアブラムシを補食するための適応だと思われるかもしれない。しかしながら、同じく完全変態をするヒラタアブはウジのままアブラムシを食っているのだから、説得力はない。おそらくテントウムシの幼虫も他のたいていの甲虫と同様にイモムシ系の体をしていたのだろう。それがどういうわけか堅くなる方向に進んで、まるで不完全変態の幼虫のようなシャープさを身につけたにちがいない。

とにかく甲虫というやつは考えられる限り、ありとあらゆることをやっているのだ。その何でもできるということこそ完全変態の強みと思う。甲虫が地球上に現れたのは3億年前の古生代のことらしい。これは勝手な憶測にすぎないが、私は甲虫はもともと一種だったのではないかと考えている。どこかのハサミムシみたいなグループから突然降って湧いたように甲虫が現れ瞬く間に、百万年とか1千万年とかで、地球上に広がって百万種に増えたのだと思っている。


2007.5.20(日)晴れ 半原越21分27秒

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'38" 14.3km/h 83rpm
区間2 2.0km 9'23" 12.8km/h 74rpm
区間3 0.7km 3'41" 11.4km/h 66rpm

まちがって買ったキャノンデールの650cで半原越に行ってきた。ものすごくさわやかな良い天気で自転車乗りもやたら多かった。雨上がりの晴天で、元気なのは人間ばかりではない。いつも休憩する清川村の棚田のわきで、ペプシコーラなんぞを飲んで座っていると無数の虫たちが目についた。田んぼはちょうど代掻きが終わって水をはったばかり。私が腰を下ろしているのは水が勢いよく流れる水路の脇のコンクリートで、目の前の雑草は芝生のように短く刈り込まれている。そこは休耕田で田んぼの側は5mばかり帯状に草刈り機がはいっているのだが、残りは数年放置されているらしく草が伸び放題で背の高いハルジオンの白い花が目立つ。

風もなく日だまりになっている草の合間を蝶や羽虫やアリやクモやシデムシがせわしなく行き来している。毛むくじゃらで腹の長いミツバチデザインの蜂が目についた。ツチバチの一種らしい。しきりに草の根元を気にしている。こういうタイプは秋にセイタカアワダチソウの花に来ているのをよく目にしたものだが、さて今日は何をしているのだろう。しばらくして、ツチバチは穴を掘り始めた。穴掘りに夢中で近づいても気づかない。水路の水の流れが私の気配を消しているのかもしれない。5分もすると、掘り出した茶色の土はうずたかくつもり、蜂の体はすっかり穴に入り込んで見えなくなった。もこもこと動く土塊だけが蜂の活動が続いていることを示している。

すっかり蜂に夢中になって、息を殺していたのが幸いしたのか、田んぼでカエルが鳴き始めた。荻野川に続く谷戸田で聞いて、その正体を知りたがっているあのカエルの鳴き声だ。幸い棚田の回りは草刈りがされたばかりで、土手の土も露出している。やつが土の中に潜って鳴いているとしてもすでに田は水が張られているので、その場所は畦だ。ツチバチよりもそっちが気になるので、田んぼのほうに歩いていく。

やはりここでも姿は見えない。鳴き声は畦の中から聞こえる。そのあたりを注視すると穴が見つかった。覗いても奥までは見えず、すこし指で掘ってみたが生き物の気配はなかった。この穴であったとしても相当深いところに潜っているはずだ。畦を壊すわけにはいかず、顔を上げ、ふと乾いた水路に目をやると、色鮮やかなカエルが見つかった。わざとらしいほど鮮やかな緑の体だ。斑点だのラインだのの装飾はなく緑一色のからだである。一見してアマガエルに似ているが、ずっと大きい。体長にして2倍以上あるだろう。私の人差し指と比較してみると第2関節までの長さがあった。どうやら噂に名高いシュレーゲルアオガエルである。まじまじと見るのははじめてのカエルだ。よく似ているモリアオガエルはけっこう見ているが、あれの産卵習性からすれば、こういう開けた場所にはいないだろう。鳴いているのもどうやらシュレーゲルアオガエルのようだ。穴で鳴くわけも少しわかった。腹の模様などをチェックするため、捕まえようと手を伸ばしても無抵抗だ。捕まえるのは石を拾うようなものである。この鈍重さでは明るい日の下でケロケロと鳴くわけにはいくまい。

これから梅雨明けまで、半原越はもっとも美しい季節だ。降ってよし晴れてよし。タニウツギは花が終わり、ウツギには黒い蝶が来ている。ミズキもちょうど満開だ。草むらにはウスバシロチョウが多い。アサギマダラも見た。今日のギアは34×23T。ホイール周長が1952cmだから、クランクの1回転で2885cm進む。通常のレーサーだと39×28Tに匹敵する軽いギアだ。このギアで平均ケイデンスを82rpmにすれば20分を切れる。今日は76rpmだった。


2007.5.24(木)晴れ クモの脱皮の衝撃

数年前、脚が根本からもげて2本脚になっているクモを拾ってきたことがある。なにげなく飼育していると、そのクモは数回の脱皮を経て脱落した6本の脚がしだいに復活し、ついには美しい8本脚の成虫になった。その復活劇は衝撃だった。いろいろな節足動物の脱皮の様子を観察した経験から、節足動物の脱皮後にでてくる脚は古い脚の中で作られるのだろうとばくぜんと考えていたからだ。クモでも、脱皮するときは、するりと新しく白い脚を古い脚から抜くので、正常時には脚は脚の中にあると考えられる。それが、びっこのクモでは、脱皮後に現れる新しい脚は胸の中に折りたたまれるように発育していたのだ。この両者を比較検討して得られる結論は、新しい脚は脚で作られるのではなく、その基になるものは胸にあり、正常なときはその新しい脚は古い脚の中に伸びていくように発達するということだ。

そうなると、かえって正常な状態のほうの脱皮がわからなくなる。新しい脚は古い脚の中に、古い脚の活動をじゃましない形で発達していって、結局は外殻を残して古い脚の中身が新しいものと入れ替わることになってしまう。いったいそれはどういう仕組みになっているものだろう。外骨格の動物はずっと殻のなかにこもって生きているようなものなので、卵の殻を破っても幼虫の殻、幼虫の殻を破って成虫の殻、というわけで変態という生き方は卵の発生のように成長してもどんどん分化する組織があるらしい。


2007.5.26(土)晴れ 半原越22分47秒

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'50" 13.6km/h 87rpm
区間2 2.0km 9'50" 12.2km/h 77rpm
区間3 0.7km 4'07" 10.2km/h 64rpm

キャノンデールの650cで半原越。今日は34×25Tという軽いギアで登ってみることにした。いくら軽くても1分間に90回以上も回しているとけっこうこたえる。15分過ぎるとまったく脚が回らなくなった。半原越ではどんな走り方をしても15分で力尽きることがわかってきた。


2007.5.27(日)晴れ 半原越21分34秒

夜明け前、4時ぐらいであろうか、ホトトギスが小さく二声鳴いた。近所にあった庭では毎年カッコウが渡ってきて繁殖していた。庭といっても小学校3つ分ぐらいはあったから、それなりの平地林である。2年ほど前にその庭も宅地として造成されて庭の半分ぐらいの木が伐採された。その年の初夏にもカッコウはやってきた。ただ目当てのオナガの巣も営巣木も見つからなかったのか、一声大きく鳴いて去っていった。それ以来、カッコウはこの近くには来ていない。ホトトギスの声も久しぶりだ。

わが家の小学校百分の1個分の庭もめまぐるしく変化して面白い。ハコベ、タチイヌノフグリ、レンゲはもうすっかりタネができあがっている。ヘビイチゴもおわりだ。ハルジオンはよく咲いた。しかし、花に昆虫が少ない。チョウもアブも甲虫もあまり姿が見えない。少ないながらムクゲの新芽にアブラムシやカイガラムシのコロニーができている。ああいう虫も庭生態系の重要な一員だから去就には注意しておかねばならない。今年は、雑草にもアブラムシが少ない。これからはカタバミが咲く。チヂミザサは少し抜いた。あいつのタネはズボンについてやっかいだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'23" 14.3km/h 非計測
区間2 2.0km 9'22" 12.8km/h 非計測
区間3 0.7km 3'49" 11.0km/h 非計測

午後からは今日もキャノンデールの650cで半原越。今日は34×15Tという重いギアで登ってみることにした。そのギアならば1分間に60回も回せば時速16kmぐらい出る。けっこうなスピードだ。昨日のめちゃ軽ギアよりも1分早いタイムだが、この乗り方はいまいち楽しくない。


2007.6.2(土)晴れ 半原越21分46秒

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'44" 13.7km/h 79rpm
区間2 2.0km 9'29" 12.7km/h 73rpm
区間3 0.7km 3'33" 11.8km/h 57rpm

午後からはキャノンデールの650cで半原越。今日は34×23Tという1回転で2.9m進む軽いギアで登ってみることにした。 このギア比は標準の700cで39のインナーをつけているレーサーであれば、後ろのギアが28.5というありえないほどビッグなものになる。そのギアならば「踏み」は入るけれども、4kmまではけっこう良い調子で回していけた。残りの700mは後ろのギアを19Tに上げてダンシングで登ることにした。1回転で3.5m進む重いギアだ。1分間に60回も回せば時速12km以上出る。こういう感じの乗り方で、22分程度ならば半原越は心臓にも脚にも辛くない。


2007.6.3(日)くもり 半原越23分56秒

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'45" 12.3km/h 71rpm
区間2 2.0km 10'32" 11.6km/h 67rpm
区間3 0.7km 03'51" 10.9km/h 63rpm

今日もキャノンデールで半原越。今日もギアは34×23Tにした。いろいろくたびれて睡眠不足でもあり、普通になんの努力もせずに半原越を越えようとすればどうなるのか試してみることにした。スタート時に大まかに考えていたラップは10分・10分・5 分の25分だ。ゆるく走ると、回し方に注意が行く。ふくらはぎを使って踏みつけることには何の意味もなさそうだということを再認識した。区間3でも体がしんどくないので頂上まで回しきることができた。途中、若いアオダイショウを見る。


2007.6.10(日)雨 ヘビを拾う

午前中で雨は上がり、次男と庭に出て遊んでいた。庭でアマガエルを飼っており、そのエサ集めにけっこう苦労する。ハコベの葉を食い尽くしている青虫、毛虫、やたらと発生しているガガンボあたりがねらい目だ。ごそごそと草むらをかき分けていると、大きな黒いヒキガエルが見つかった。本当は庭全体をかこって、池も広くしてヒキガエルを飼えるとよいのだが、そこまでの決心はまだついていない。ときおり庭で見つかるヒキガエルは自動車に轢かれないことを願うだけで目下は放し飼い状態で相手にしていない。

午後3時ごろには日も差して道路も乾き、さてと半原1号をひっぱりだして境川に出かけることにした。いまいち気力がわきあがらず半原越でTTをやれない。境川の40キロは楽に走りたいときには重宝だ。境川はいつも追い風か向かい風で、今日は北から涼しい風が吹いている。海のほうに向かえば最初は追い風だ。半原1号には速度とケイデンスを計るコンピューターがついている。楽に走るとはいえ、多少は力もださないと面白みがない。そういうときは90rpmと決めている。1分間に90回クランクを回す。追い風で力を入れて90回も回すとすぐに40km/hぐらい出てしまう。それは非常に危険なので、39×17Tで26km/hぐらいのスピードにする。帰りの向かい風も同じペースだとそれなりに力も使い、少しは汗もかく。夜のBS2の熱中時間で今中さんが、登りでも160bpmぐらいまでで、平地を走るときは心拍数140ぐらいでないと、というように解説していた。おそらく1日で200kmを走るときの目安だろう。感覚的には今日の追い風時は120、向かい風時が150bpmぐらいだと思う。めんどくさがらず心拍計もつけるようにしようか。

境川では246と東名の間にまとまった林があり田畑がある。その林の入り口でヘビをひきそうになってあわててハンドルを切った。茶色の細長い子どものヘビだ。いつも虫やヘビを引かないように注意をしているからうまく避けられるとうれしい。そのまま行き過ぎようとし思い直してブレーキをかけた。何年か前、娘らがヘビを飼いたがっていたのを思い出したのだ。サイズも手頃で、ちょうどプラケースで飼えそうだ。人工環境にうまくなじめなければ放せばよい。ちょうどコンビニのゴミ袋を持っており、それにヘビを捕まえて入れた。ポケットにいれると窮屈でかわいそうだから、手でぶらぶら持って帰った。


2007.6.10(火)はれ ミミズを食べる

ヘビの子はけっこう大物っぽい。ケースに入れた直後からパニックになることもなく、ふ〜んという感じでケースの中を探検していた。剪定したムクゲの枯れ枝を止まり木にいれており、その枝をつたって行ったり来たり、舌をちょろちょろ出して、降りたり登ったり。ヘビらしい動きを見せている。

餌付きは困難が予想された。次男が蛾・クモなどを捕ってきて入れたがまったく見向きもしない。テファニーやカルチィエの入っている店でコオロギ(なんと1匹100円!)を3匹ばかり買ってきて入れてもみたが、こちらも見向きをしない。たとえコオロギがぶつかってきても全然注意を払うそぶりがない。水は飲むので鬱病になっているわけではない。ということは話は簡単で、このヘビは昆虫食のものではないのだ。夜に、次男が小型のヤモリを捕まえてきた。さすがにヤモリは友達なのでヘビにくれてやるのは憚られた。ましてや飼育中のアマガエルはもっといやだ。連れて来たヘビを餓死させるのはいっそう嫌だ。エサなしでそう長くは飼っておれない。ヤマカガシの子の可能性が高いから、オタマジャクシに餌付くかもしれないので、今度の土曜にオタマジャクシ(アマガエルだけど)を採集に行くことにした。それで駄目なら放そうと考えていた。

虫系がだめならあと試す価値ある手頃なエサにミミズがある。今朝は、次男に庭のミミズを掘って与えてみるように指令を与えて勤めに出かけた。次男はそれを忠実に実行したところ、小型のミミズを2匹食ったという。どれどれと捕獲しておいたミミズを近づけると、手に持っている間から関心を示してきた。口元に落としてやると簡単に食う。ミミズのねばねばは嫌いらしく、ほっぺたを枝にこすりつけてしきりにぬぐっている。あっけないぐらいの餌付きの良さだ。ひとまず食って落ち着いたのか、きのうまでのうろうろ歩きはやめて動かない時間も多くなった。


2007.6.16(土)はれ 半原越24分25秒

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'35" 12.3km/h 69rpm
区間2 2.0km 10'42" 11.6km/h 59rpm
区間3 0.7km 04'08" 10.9km/h 56rpm

2週間ぶりの半原越になった。いつもの棚田にはすでにおびただしい数のオタマジャクシが泳いでいる。後ろ足がはえているものもおり、サイズはバラエティにとんでいるが、まだカエルになったものはいないだろう。畦からは例の声も聞こえてくる。オタマジャクシはシュレーゲルアオガエルかはたまたアマガエルか。他の生き物は小さなヤゴがいたきりで、ミジンコの姿もない。田の泥に円形の黒い影がくっきりついており「何かな?」と思った。その影はかなり多く、稲一株に10個ほどの割合でできている。稲の葉は細い影を落としているが、丸い影ほどはっきりしてはいない。しばらく観察していて、水面にレンズができていることを発見した。稲の葉や茎が水をはじいて水面のところに凹みが作られているのだ。その凹みがほぼ真上にある太陽光を屈折させて円い影をつくっているのだった。

今日は心拍計をつけてきた。力を使いすぎないようにするためのめやすだ。気持ちよく90rpmで走っているときは140bpmで25km/h。登りになると楽にしていても160〜170bpm。半原越ではなるべく心拍数を上げないように注意したが、スタート時からすぐに160bpmまであがる。ギアは39×27Tで今日はこれ以上かるくはならない。

丸太小屋の急坂になると、どれだけ遅く走っても170bpmから落ちない。ペースは50rpmぐらいだ。そのまま170台をキープして2km 、4kmのチェックポイントを過ぎる。途中の特別斜度のある所はシッティングでゆっくり走っていても、ごく短い間180bpmを越える。そんな調子でゴール。タイムは24分25秒。遅い。けれども、さすがにしんどくない。体の痛みはまったくないばかりか、脚力を使った感じもない。呼吸が苦しいということもない。ぜんぜんがんばっている感じがない。この調子なら永久に登り続けれそうな気さえする。

無酸素の運動ではすぐに180bpm以上に心拍があがって体が痛くなってくる。半原越ではセーブしているつもりでも急坂で少しずつ無酸素運動をして疲れがたまり15分を過ぎると一気に力がでなくなっているのだろう。筋肉は消耗品で回復がきかないから長い登りでは無意識にも力をださないようにすることが肝心だ。39×27Tはちょっと重いので、次回はもっと軽いギアで同じようなことを試してみようと思う。


2007.6.17(日)はれ 半原越23分36秒

今日も半原越に行った。いつもの棚田は少し水を少なくしている。何かいないかとしばらく観察した。下の方の田にはすでに緑のカエルになっているものもいる。小さなオタマジャクシサイズのゲンゴロウがいた。この辺にはナミゲンとかコガタノゲンゴロウとか大型のものもいるのだろうか。稚魚が1匹いてすいすい泳いでいるのにはびっくりした。ドジョウすら登ってこれないような急な水路だから魚類には期待していなかったのだが、どうやら上流の用水から流れて来ているらしい。思わぬところで水系はつながっている。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'11" 13.1km/h 82rpm
区間2 2.0km 09'59" 12.0km/h 76rpm
区間3 0.7km 04'26" 09.5km/h 85rpm

今日の半原越は軽いギアを回すことを心がけた。心拍計はつけて、180bpmを越えないようにしようとしたが、丸太小屋の坂で175bpm以上にあがり、南端コーナー以降180bpmから落ちることはなかった。がんばりすぎだ。185bpmぐらいに張り付いて1分もすると酸欠で息は苦しいし体も痛くなってくる。4kmのチェックポイントでギア比を変えてみた。24×27というマウンテンバイク並のギアだ。これだと、85rpmを維持できるのだが、スピードは10kmもでない。今日は24×19でスタートした。これでも少し重いかもしれないので、24×21も試して見るべきかもしれない。

帰宅してから、次男といっしょに近所の田んぼでオタマジャクシを捕ってきた。いうまでもなくヘビのエサである。今飼育しているものは、ヒバカリかもしれない。オタマジャクシへの反応を見たい。先週までどっちゃりオタマジャクシがいた田んぼが閑散としている。はて除草剤がはいったか? それともアマガエルの成長は極めて早いので1週間のうちにカエルになったか。

なんとか10匹ほどを確保して1匹だけ水入れにいれてみた。すると、ヘビは目の色を変えてオタマジャクシを飲んだ。最高の好物らしい。食べたあとも「もういないのか?」と言いたげに水入れをのぞき込んでは水中に顔を入れ、オタマジャクシを探っている。こいつがカエルの手強い天敵だというのは間違いない。


2007.6.19(火)くもり 梅雨前線を見る

高松からの帰りの飛行機は進行方向右手の窓側席だから、うまくすると梅雨前線を見ることができるはずだった。飛行機は上空9500mを飛んでいるというが、その高度も雲が多い。眼下の1500m付近には層積雲や積雲があり、その上3000mぐらいには高層雲がある。さすがに梅雨前線北側の空だけあって雲のオンパレードだ。ちょうど飛行機の飛んでいる直下も巻雲の層になっている。天気図では、いま梅雨前線は四国から東海沖の太平洋上、飛行ルートから200kmぐらい南にあるはずだ。

梅雨前線らしいものは、ちょうど飛行機の高さぐらいまで発達している積乱雲か乱層雲の雲の堤だ。雲底は中層の雲に重なっていて見えない。もこもこした雲頂はまだ高い日をうけて、雪のつもった山脈のように白く輝いている。見た感じでは2〜3段ぐらいのひな壇のような格好になっている。東西は数百キロにわたってつらなっている。東京にちかづくとその堤も消滅しているから、おそらく梅雨前線の尻尾をみていたのだろう。

今日の圧巻は、飛行機よりもはるか高空にある筋雲だった。成層圏の青黒い空を背景に幾筋もの分厚い白い雲が東西に伸びている。飛行機の高度が機長の言うように9500mであれば、雲の高さは13000mぐらいになる。飛行機自体が梅雨前線にあるジェット気流に乗って飛んでいるのだから、その雲もジェット気流にともなってできているのだろう。飛行機を降りてから東京で見上げた空にもその雲らしいものがかかっていた。うすらぼけた雲の層を通してみているので、上空で見たほどはっきりしたものではなかったが、東の地平から放射状に立ち上がってるように見えることから、その高さと大きさが想像できる。飛行機から見ても地上から見てもその規模が変わりないのはちょっとした衝撃だ。梅雨空の上にはいつもあの雲があるのだろうか。


2007.6.23(土)はれ 半原越24分22秒

中期予報では今日は雨とのことで、久しぶりに雨の中を走れるのではないかと期待していた。残念ながら、空はからっと晴れて梅雨明けのようだ。わりと涼しい風が吹いている。いつもの田んぼに行ってみる。まだオタマジャクシはたくさんいる。ただし、サイズが大きめにそろっているから、最近新たに産まれたものはいない。産卵期は過ぎたようだ。畦を歩くと上陸したばかりの小さなカエルがぴょんぴょん跳ねる。田の中にも同サイズのカエルの姿がある。オタマジャクシもカエルも見た感じではアマガエルみたいだ。シュレーゲルアオガエルは観察経験がなくよくわからない。田にはけっこう子ガエルの死体もある。田の水中にはホシミドロかなにかが緑色のかたまりを作っていて、それがけっこう子ガエルのトラップになっているのだ。柔軟な藻類の繊維とはいえ、からみつくと子ガエルは脱出できないらしく、かたまりの中でおぼれ死んだのだろう。

ミジンコが多く、ヤゴもかなりいる。クサカゲロウを巨大にしたような体長2cm程で牙を持つ虫がいた。ガムシかゲンゴロウかの幼虫だろうか、ミジンコも捕らえて食うようだ。例の稚魚も4匹見つかった。梅雨時の田んぼはワンダーランドだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 09'30" 12.6km/h 88rpm
区間2 2.0km 10'50" 11.1km/h 75rpm
区間3 0.7km 04'02" 10.4km/h 72rpm

今日の半原越は極めて軽いギアでやってみた。24×21Tだから、クランク1回転で2.4mしか進まない。これだけ軽いと坂の緩いところでしんどくなる。90rpmでも13km/hに達しない。丸太小屋の坂で180bpm以上にあがり、リッチランド以降180bpmから落ちることはなかった。南端コーナーでは16分が経過してガス欠だ。ゆるいところでも80回まわせなくなる。半原越でこのギアは必要ないな。

途中、ヒバカリらしい赤いヘビの轢死体があった。いま飼っているやつがどうやらヒバカリということもあって、もったいないなと思う。ヒバカリは肉食動物とは思えないほどフレンドリーなかわいいやつだ。道路を子ウサギがはねる。半原越でウサギの食痕はずいぶん見ているが姿を見たのははじめてだ。禁猟区でもあり、たいして天敵もいないからウサギも増えているのだろう。半原越ではないが、砂の積もった狭いコーナーでいきなり足下から2羽のカラスに飛び立たれ思わずブレーキをかけ前輪から滑ってあっけなく転倒した。人や自動車には注意していても、鳥獣までは気が回らない。先週は藪から飛び出してきたサルを危うく轢くところであった。


2007.6.24(日)雨 窓硝子の雨滴

渋谷から乗った東急田園都市線は窓がよく濡れる車両だった。今日は梅雨らしい雨が降り続いており、電車の窓硝子にも雨滴がついている。ただ、目にとまったのは雨粒ではなかった。電車が駅にとまっているとき、大粒の水滴が窓硝子をつつっと伝わって落ちていく。どうやらこの電車は屋根に落ちた雨が窓硝子をつたうような構造になっているらしい。

電車が停止している間は水滴は垂直に落ちていく。電車が出発すると、それが斜め後方にそれるようになる。普通車両とはいえ時速50kmぐらいまでは加速していくから、水滴の軌跡もだんだん横向きになっていく。水滴が窓を伝う速度と加速する速度がちょうどいい案配とみえて、水滴の軌跡は斜めの直線ではなく放物線のような微妙なカーブを描いている。それが面白くてしばらく観察していた。

水滴が後にそれていくのは風の影響だろう。窓硝子にはほぼ電車の速度に等しい風があたっている。水滴はその風に飛ばされる。その風とは転向力みたいなものかもしれないと思った。車外に降っている雨の粒も、見かけ上は後方へ流れている。もし窓にはりついている水滴が摩擦などなく落ちるとすれば、水滴のずれは降っている雨粒の角度に等しくなるはずだ。水滴の方が大きくそれているのは摩擦などで落下速度が小さくなっているからだ。

さて、静止する車両に扇風機で時速40kmの風を当てたときと、無風時に電車が時速40kmで疾走する場合、その両者で窓硝子を伝う水滴の軌跡は同じなのか、それとも違いが出るのか、差が出るならばそこに働く力はなにか。そういうことを考えていた。


2007.6.26(日)くもり 増えるクマゼミ

先ほどNHKの番組で、クマゼミが増えているという(ような)番組をやっていた。音声は消して見ているので詳しい内容はわからない。私もクマゼミは増えているという実感がある。西日本の都市にそれが著しく、夏の朝、街路樹のある通りはクマゼミのシャワーで耳が痛くなるほどだ。

クマゼミなんて、ちょっと気の効いた樹木が1本もあれば100匹ぐらいは養えるのだから、1平方キロで100万匹ぐらいが発生しても不思議ではない。ただし普通の山野でそうなっていないのは、なんらかのブレーキがかかっているからだ。40年ぐらい前、私の育った愛媛県八幡浜市のみかんが優先する樹林帯ではクマゼミはけっして少ない虫ではなかった。ただし、履いて捨てるほどはいなかった。ましてや街路樹なんかにはいなかった。松山市も同様である。まあ現状のクマゼミの多さはなんらかの異常事態といっていい。

私はその一番の原因を「クマゼミが街路樹に気づいたから」だと思っている。私はクマゼミは明るく乾いた所を好むと思っている。街路樹はそんな場所だ。八幡浜でも、クマゼミが多いのは海岸線である。その他は校庭、墓地など比較的開けた所だ。杉桧の針葉樹は好まない。腐葉土が厚く堆積している昼なお暗い照葉樹林にも少ない。じめじめした所は何か彼らの幼虫にとってまずいことがあるのかもしれない。

都市の街路樹は彼らが好む環境にあると思う。ただし、それらの街路樹は戦後の復興のこの数十年で整備されたに過ぎない。クマゼミは生息地を求めてさまよう虫ではないから、好適環境があったからといって爆発的に増える虫ではない。生まれた所からあまり動かずに、お互いに呼びあって群れを作り、その中で安住して世代を繋いで行く虫だと思う。たとえば松山だと城山に多く生息しているが、千舟町あたりの街路樹は数百メートルも離れているので、城山から飛んで行った個体がいたとしても、回りにクマゼミの声がないのであわてて城山に引き返していたような状況ではなかったかと思うのだ。

それがこの数十年は都市の整備が進み、けっこう緑が点々とつながるようになり、クマゼミも安心して街路樹に進出できるようになってきた。住んでみれば、そこはまさしくクマゼミのために用意された世界なのだろう。街路樹は頻繁に枝を払われたり、虫が駆除されたりするがクマゼミはそうした人の圧力から無縁でもある。


2007.6.30(土)雨 半原越21分41秒

久しぶりにキャノンデールで半原越。買ってからしばらく放っておいた105とフライトデッキのSTIシステムを組み込んだ。今日の虫はウスバキトンボにニイニイゼミ。いよいよ夏本番という感じがする。

いつもの田んぼはどういうわけか水がなかった。このシーズンに田の水を落とすのはへんだ。取水口は勢いよく流れている用水にさしている太い塩ビのパイプだ。パイプは90度に曲がっており、回転させて口の角度を変えることで水量の調整ができる。取水口を上に向ければ水は全く入らなくなるので田に水は供給されない。パイプの口は完全に上がっているわけでもなく、水面すれすれの中途半端な位置で止まっている。どうも何かの事故かいたずらくさい。

理由はどうあれ田んぼの水生動物は壊滅である。オタマジャクシも巻き貝もすっかり乾いてひびの入った泥に張りついている。人為的な環境ではこういう理不尽は容易に起こるものだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 2.0km 8'20" 14.4km/h 76rpm
区間2 2.0km 9'24" 12.8km/h 67rpm
区間3 0.7km 3'56" 10.7km/h 56rpm

今日から、1kmおきにラップをとることを決意していた。1kmでは3分55秒。2kmでは8分20秒。ラップの回数が多いと数字を記憶するのがたいへんだ。これまで2か所を覚えるだけでも四苦八苦していた。心の中で数字を復唱しながら走っていたのに3kmのタイムを見落とし初回はあっけなく敗退することとなった。使ったギアは34×21T。一回転で3.16m進む重めのギアだ。60rpm以下になってしまうけど、なんとか上まで回せたような気がする。

シマノのオクタとスギノのコスペアは相性が悪く、チェーンラインが無茶苦茶でインナーに落とすときにチェーンが外れる。Wレバーだと手加減で対処もできるけれどSTIでは無理だ。脱落防止の小物で外れはしないものの気分が悪いのでクランクを換えよう。次回は38×25Tだ。帰りは雨になった。今年はじめての雨だ。


2007.7.1(日)晴れ 半原越22分55秒

今日もキャノンデールで半原越。チェーンラインの関係で、クランクを変更し後輪のギアスプロケットもそれに合うものに換えた。前が48×38T、後が14〜25Tである。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 4'08" 14.5km/h 82rpm
区間2 1.0km 4'44" 12.7km/h 71rpm
区間3 1.0km 4'12" 14.3km/h 80rpm
区間4 1.0km 5'17" 11.4km/h 64rpm
区間5 0.7km 4'18" 09.8km/h 55rpm

今日は昨日の決意通り、1kmごとにタイムを記憶することにした。いやはや4つも数字を覚えておくのはたいへんだ。頂上までは覚えていたとしてもいつの間にか忘れているかもしれない。ただラップを細かくとるのはTTの練習には効果的だ。半原越えではちょうど1kmの所に15%ほどの激坂があり、1キロ台に丸太小屋の12%の坂があり、3.4km以降は10%超の坂が連続する。従って区間1と区間3は6%程度の緩い坂になっている。

今日はツマグロヒョウモンも見た。いつもの棚田ではウスバキトンボも多い。夏の虫が続々登場である。


2007.7.7(土)くもり 半原越21分46秒

今日は半原1号で半原越。新記録に挑戦するつもりはないが、回す方法でどれぐらいのタイムが出せるかにトライする予定だった。ところが、荻野川でトラブル発生。後輪のタイヤに釘が刺さってしまった。金ぴかの小さな釘が見事にタイヤサイドを貫通しリムにまで深い傷をつけている。ひとまずチューブの交換だ。ところが、取り出したチューブが650cのものだ。いつかこれをやるだろうとは思っていたものの今日だとは思わなかった。なにしろ、出かける前にバッグを点検して、入っていた650cチューブと交換して持ってきたものが650cだったのだ。しかもバルブがノーマルの長さでリムからほんのちょっとしか頭がでない。空気入れは古来のフレームポンプだ。さあ弱った。

ひとまず700cのホイールに650cのチューブは使えるか? という実験の始まりだ。700cと650cではタイヤ周長にして15cmの差に過ぎない。だからチューブにちょっと延びてもらえば済む話だ。とりあえずちょこっと空気を入れて引っ張ってリムにはめてみる。それほど無理やり感もなく収まっているからまあいけそうな気がする。だめでもともとでもある。

つぎの問題は、リムからちょっとだけ頭を見せているバルブだ。実は緊急避難用として、バルブに継ぎ足せるアダプターも買っているのだが今日は持ってきていない。そのかわり、仏式→英式変換アダプターを持っている。これも緊急避難用として、一般の自転車屋にある空気入れを使うためだ。仏式のフレームポンプでも英式のバルブから空気を入れることができることはすでに確認済みである。なんなく6キロぐらいまで空気が入ったので走行には問題ない。もし問題が起きてもそこから引き返せばよい。何事もなかったように半原越に向かう。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'45" 16.0km/h 73rpm
区間2 1.0km 4'35" 13.1km/h 72rpm(推定)
区間3 1.0km 4'05" 14.7km/h 76rpm(推定)
区間4 1.0km 5'20" 11.3km/h 72rpm(推定)
区間5 0.7km 4'01" 10.5km/h 71rpm

区間2〜区間4までのケイデンスが推定となっているのはギアチェンジをしたからだ。ラップを取りつつ平均ケイデンスを記録する高級品は使っておらずギア比を変えるとケイデンスがわからなくなる。今日はあくまで「回す」乗り方でのトライアルである。ギアの設定はこの数年の研究の末たどり着いた、前26T、後の最大が23Tである。これで、26×15Tから26×23Tまでフルに使って70rpm程度の一定ペースを維持しようという寸法だ。立ちこぎは使わない。立ちこぎした方が記録がよいことはわかっているが、あえてやらない。走行後1分で心拍数は170bpmに上がり、1kmを越えてからは180bpmのレッドゾーンから落ちることはなかった。とりわけ南端コーナーからはずっと188bpm付近をうろうろしている。どのみち半原越は限界でどれだけ辛抱できるかという勝負なのだ。

いつもの棚田には再び水が入ったが水中に動くものは見あたらない。水面をアメンボが泳いでいるだけだ。田に隣接する草むらには小さいアマガエルが多い。1分間ざっと見渡しただけで5匹見つかった。アマガエルを見つけるのは得意なほうだが、それでも異常なくらいの高密度だ。そのカエルを見ているうちにどうにも辛抱できなくなって捕まえてもって帰ることにした。気の毒だがヘビの餌である。カエルも大好きだけど、いま育てているのはヘビだ。


2007.7.8(日)くもり 半原越20分42秒

今日も半原1号で半原越。テレビで見たカンチェラーラに刺戟され昔やっていたクォーターレコード方式でやってみることにした。スタートダッシュをいれて15分までは重いギアでぐいぐい回して、15分からは34×19Tで立ちこぎ。ただし、攻撃的な立ちこぎではなくあくまで守備的な立ちこぎだ。体は死んでいてもその方法なら10km/h を維持できるので、もし新記録を狙うのなら、最初から自滅覚悟でがんばって力尽きたら立ちこぎにすればよい。今日は区間2と区間3は攻めなかったけれど、そこで30秒短縮して区間5で無理をすれば20分は切れる。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'30" 17.1km/h 非計測
区間2 1.0km 4'30" 13.3km/h 非計測
区間3 1.0km 4'00" 15.0km/h 非計測
区間4 1.0km 5'00" 12.0km/h 非計測
区間5 0.7km 3'42" 11.4km/h 非計測


2007.7.9(月)くもり カイガラムシを食べるメジロ

テントウムシ

満開になったムクゲの木がなにやら騒がしい。小さな鳥がやってきて何かをついばんでいる。メジロが多いようで、まだ背がグレーのシジュウガラの若鳥もいる。メジロは枝から枝へしきりに行ったり来たり何かを探し出している。ときおりパチンッという音がして何か白いものがこぼれて落ちる。

何を狙っているのかはすぐに想像がつく。カイガラムシだ。このムクゲにはアブラムシとカイガラムシがたかるが、年々アブラムシは減ってカイガラムシが優占的になって来ている。いまやおびただしい数のカイガラムシがたかっており、彼らの分泌している白い蝋質で真っ白になる枝もある。メジロはそのカイガラムシを食っているようだ。

なんとかそのシーンを撮ろうとして愛用のフジS1プロに200−400mmの望遠を取り付けた。葉が茂る枝の中で動きの早いメジロだからなかなかシャッターチャンスもない。たった1枚だけそれらしいものが撮れ、メジロの口元をトリミングしたものが今日の写真だ。

パチンという音はメジロが出しているには違いないが、どういう場面なのかはよくわからない。わかるのは音が出ているのはくちばしで、そのとき必ずカイガラムシの白い蝋質の固まりが飛ぶということだ。それを追ってメジロがダイブすることもある。くちばしを鳴らす必要性はいまのところ謎であるが、その様子を観察していて、カイガラムシのあの蝋はけっこう鳥に対するめくらましとしても有効ではないかという気になった。本体を蝋の中に隠しておくことももちろん、蝋と本体が分離したとき、鳥に蝋の方を追わせて本体は雲隠れすることも可能ではないかと感じたのだ。

※のちにカイガラムシではなくオアバハゴロモの幼虫だと判明した

2007.7.11(水)くもりときどき雨 ミズゴケのシェルター

ヘビは脱皮してからいよいようなじのラインがはっきりしてヒバカリに間違いないようだ。相変わらず囚われの身を気にする様子がない。一度、ケースのふたを閉め忘れ脱走したことがあるが、そのときもこれチャンスと遠くに逃げたわけではなかった。せっかくケースの外に出られたのに、すぐそばに置いてある胡蝶蘭の鉢でくつろいでいたのだ。胡蝶蘭の鉢にはミズゴケが入れてあり、ヘビはその中にもぐっていた。そこまでミズゴケが好きならと、ミズゴケを満たした植木鉢を用意してケースの中に入れてみた。

最初に隠れ家として用意したのはトイレットペーパーの芯と蛍光管の筒袋だった。それではあんまり貧乏くさいので、ひょろながいおしゃれな花瓶を入れると、ヘビはその花瓶の中に3重ぐらいに折りたたんで入り込み、それなりに落ち着いているように見えた。ミズゴケの植木鉢をいれるとヘビはそれがたいへん気に入ったようで、中にもぐってほとんど顔を見せなくなった。この1週間ばかりは顔を見ない日もあった。花瓶にはまったく入らなくなり撤去した。この数日捕食にもそれほど熱心ではなくなった。

目の白濁など、脱皮の兆候はみられていた。脱皮については抜け殻がうまく引っ掛けられるようにムクゲの枯れ枝を用意している。ただ、脱皮したのもミズゴケ内で、半透明の薄い抜け殻がミズゴケにからまって2つばかり見つかった。脱皮の様子が見られなかったのは残念だが、ヘビとしては落ち着いて一皮脱ぐことができたのだろう。

ヒバカリはけっして木登りは下手ではないようだが、もっぱら草や落ち葉の中で過ごすヘビのような気がする。ミズゴケを用意してからは、ケースに手を入れるとすすっとミズゴケにもぐり込むようになっている。


2007.7.12(木)くもりときどき雨 無影撮影

カミキリムシ

昨夜、玄関の前に体長2センチのカミキリムシっぽい甲虫が死んで転がっていた。わが屋には灯火に虫が来ることは皆無といってよく、こういう小甲虫ですらけっこうな珍客なのである。ただし名前も生態もわからない。各種図鑑等で調べはするが、ただの虫好きオヤジふぜいの力でこの手のものの種名が判明することはまずありえない。貴重な出会いにはちがいないのだから記念として遺影を「たまたま見聞録」にのせ、末代まで語り継ぎたいと思うのだ。

そこで問題になるのはどのように撮るか?ということになる。生き生きした生態なら、それはそう撮ればよいのだが、死体となるとその姿形がもっともよくわかるようにパリッと撮ってやるのがよいだろう。ちょうど図鑑の標本写真のような案配だ。

これまではこういう記録写真はニコンのクールピクス990でやってきた。レンズの周径がちょうどフィルムケースの内径と同じなので、フィルムケースの中に虫を入れレンズでフタをするような形でストロボをたいて接写していた。虫も逃げず、360度から光があたるので影もできず一石二鳥だ。生きた甲虫などは実に具合がよい。ただし、虫が3センチ以上になると使えないことなどから、一眼レフでもきれいに撮る方法を確立しておくべきだと思った。そこでやってみたのが今日の写真である。

台紙は再生紙を利用したコピー用紙でじゃっかんくすみがある。ストロボはサンドイッチ方式で2灯たいた。カメラ側にはケンコーの影とりという布の拡散板をセットしている。私の机はガラス製で、スレーブ方式のストロボは三脚にのって足下にころがっている。それをひっくりかえして紙の下からあてた。そうすると前後からほぼ等量の光を当てることができるから、影はなくなるはずである。こういう接写でなによりまずいのが影ができることだからその点は簡単にクリアーできる。恥ずかしいことに、この方法は今日になってやっと思いついたのだ。

じっさいやってみると、それなりに虫の感じは捉えているものの、思ったほどには美しくない。紙を変えたり、光量の案配、ホワイトバランスをいじればもう少し写るのかもしれないし、カメラのレンズに強い光があたってしまうのを偏光フィルターなどで防ぐ必要があるのかもしれない。非常にお手軽でそれなりの効果がある方法なので、もう少し工夫を続けようと思う。


2007.7.13(金)くもり カエルかヘビか

カミキリムシ

1か月ほどヒバカリを飼育してみて、このヘビの好む獲物がいくつか判明した。こいつは昆虫は食べない。コオロギやクモにはなんの関心もはらわなかった。ミミズはよく食べる。オタマジャクシはミミズより好きだ。きっとカエルも食べるにちがいないと、わざわざ清川村くんだりからアマガエルの幼体を連れてきた。まず2匹食べさせた。カエルを見るとヘビの目の色が変わるのがわかる。同時に、カエルの目の色も変わるのがわかる。それはまさしくヘビが天敵であることを知っている変わりようだ。個体にとって未経験の敵の姿形をいつ知ったのかというのは人間である私にとって大問題だが、その謎を解こうとするまえに、カエルとヘビが出会ったときの様子をまなこを開いて見ておく必要がある。

ただし、ヘビかカエルかというのはわがやでは大問題である。私も女房子どももヘビはかわいいのだが、それと同じぐらいにカエルもかわいいからだ。とくに女房は前世にカエルだったこともあるらしく、アオガエルに並々ならぬ愛着をしめしている。だから、ヘビを前にしておびえきっているカエルを見るのはつらく、カエルがヘビに飲み込まれるのはわがことのようにおぞましいらしい。女房はこいつでも食わせればどうかとナメクジを捕まえて来てヘビに見せたが、当人はまったく食指を動かさない。

ひとまず残りのアマガエル数匹は後日の餌にすべくミミズを蓄養しているプラケースに入れておいた。すると、翌日になってその全てがこつぜんと姿を消したのだ。家人のだれかがやつらを憐れむあまり縄を解いて放したのかと、次男に聞いてみると「土にもぐっているはず」とのこたえだった。アマガエルが枯葉にもぐったり、冬眠時にけっこう硬い赤土にもぐっていたりすることは確認しているけれども、ほんの2週間ばかり前に上陸したばかりの幼体が土にもぐれるとは思わなかったのだ。アマガエルというと天気が崩れるときに木の上で大きな声で鳴くというイメージが強く、樹上性のカエルだと思い込んでいたのだ。

どれどれと、土を返してみるところころとカエルが出てきた。これではまるでミミズである、と感心してヒバカリとの関係に気づいた。ヒバカリは好んでミミズを食い、好んで水苔にもぐる蛇である。木にも登れるがどちらかというと、地面生活者のようだ。アマガエルも小さい時分から乾燥時などは土にもぐって過ごすことも多ければ、ヒバカリと出会うことも多かろう。ともあれ、アマガエルとヒバカリが出会ったときの異常なまでの緊張感は地質学的な時間を経なければ生まれないはずだ。


2007.7.15(日)雨 小赤

ぬけがら

ともあれ、オタマジャクシもいなくなり、ミミズも安定的に供給できる体制にあり、次の餌として魚類を試してみようと思った。調べたところ金魚やドジョウなども食うらしい。ではと、「小赤」と呼ばれている金魚を与えることにした。女房は「金魚だと犬のエサより高いんじゃない?」と費用のほうを心配する。私が知っているもっとも近所の小赤屋はティファニーやカルチィエと雑居している建物にあって、そこでなら1匹150円もする。1匹150円というと立派な観賞魚の値段だ。ホルモンの投与で大量繁殖できるようになったネオンテトラよりずっと高価である。そんなものをやっていたら金がいくらあっても足りない。インターネット通販で10匹150円で購入できる店を見つけてひとまず30匹買ってみた。

ヘビのエサ入れは娘が焼いた抹茶茶碗である。そこに体長3センチの小赤を数匹泳がせてヘビに食わせるのだ。ヘビは早朝と夕方に活発にエサを探す。その時間をみはからって、茶碗に小赤を入れておく。敏感な反応をみせるわけではないが、茶碗に小赤がはいっていると感づくようである。ヘビの特徴の舌をぶるぶるさせる動作が激しくなり、水苔からするするとでてきて、茶碗を覗き込む。目はいいのか悪いのか、水面近くに顔を近づけ首をくっと曲げ攻撃姿勢をとって小赤の動向を見ている。けっしてすぐには襲わない。タイミングをはかっている様子だ。

攻撃は素早い。しかしながら、必殺のタイミングをはかっているわりには一発目ははずして、茶碗の中をぶざまに追い回していたりする。ヘビは小赤が大好きだ。2匹でも3匹でも連続して食う。10匹入れておけば10匹食うだろう。3匹食ったあとでも「もしかしたらまだ沸いて出てくるかもしれない」という顔をして1時間ぐらいはまるで水面上に張り出した木の根のふりをして茶碗の中を注視している。

小赤が好みの獲物ならば自然界でも魚類を食べているのだろうか。私はそれをいぶかしく思う。というのも、こいつはまっとうな魚を捕まえるほどには素早くないからだ。およそ魚なんてものは一撃必殺でないとつかまらないものだ。ドジョウだろうがメダカだろうが1回失敗すれば1時間はチャンスがない。オタマジャクシとか、乾期にひあがりつつある水たまりの魚ぐらいなら捕まえられるけれども、魚類を日常の主食にできるほどの器量はこのヘビにはないと思う。


2007.7.16(月)くもりのち雨 境川に行った

カミキリムシ

いろいろ工夫して2灯の無影写真はこんなもんでいいだろうというところまで来た。昨日のへビの抜け殻の写真は紙をひかずにグレーのガラスだけでやってみたものだ。ストロボの角度の関係で抜け殻の青い構造色がでているようだ。ヘビの皮が青いわけではないが、ちょっときれいなので保存しておいた。

土・日は仕事で自転車に乗れなかったが、今日はナカガワを降ろして境川に行ってきた。半原越に行かなかったのは体がけっこうしんどかったからだ。さすがに梅雨どきの台風だけあって、台風一過の青空がない。どんよりした雲からは霧雨が落ちている。境川は珍しく無風である。風がないのははじめてかもしれない。力を使わずに普通に走ると時速32kmぐらいになる。無風だとその程度のスピードでは風圧を感じずけっこう楽だということがわかった。これまで、多摩川にしろ豊平川にしろ境川にしろ、1km以上も平地で巡航できる場所はいつも風が吹いていたので、追い風か向かい風かでしか走れなかった。追い風だとけっこうスピードが出ていても「追い風だからな」と割り引いて、向かい風だとけっこう風圧を受けてスピードがだせなくても「向かい風だからな」と自分を慰めていたところがある。今日の感じだと、無風であれば力をつかえば時速40kmぐらいで走れるんだなということがわかった。ただし、境川あたりでそんなスピードを出すのはつつしまなければならない。境川ではびゅうびゅう吹く向かい風にむかって時速20kmぐらいでぜいぜいとがんばるのがイキというものだ。


2007.7.16(火)雨 ヘビとは何者か

ヘビの位置づけが気になってちょっと調べてみた。30年ぐらい前にはヘビというのは手足の退化したトカゲだということになっていたような気がするが、今ではDNAの調査も進んで新知見も得られているだろうと思ったのだ。あらかじめお断りしておくと、私は相当説得力ある説明がない限り、ヘビが手足の退化したトカゲだと信じることができない。ヘビの体の美しさ無駄のなさを見ていると井川遥の体だってイマイチかなと思う。きっぱり手足を捨てて海に帰ったイルカの覚悟が分かるような気がする。ヘビにはトカゲと同等の地位を与えたいのだ。

ざっとウェブで調べた限りでは、やはり未だにヘビはトカゲから分化したと見られているようだ。その説明として、穴や水中生活により適応するためとある。たしかにヘビは穴にも水中にも、空中(そいつらはいま鳥とよばれている)以外のありとあらゆる所に適応している。イルカならば手足の退化したけものだということに違和感はない。水中生活には不適当な肺呼吸なんぞをやらかしているからだ。

しかしヘビはちがう。そもそも爬虫類は両生類が水を離れ乾燥に耐えて大成功をおさめた種族とされる。トカゲといえばサンショウウオが乾いたようなもののはずで、そのことについては全く異論はない。そうであれば、トカゲにとって強く柔軟な手足があることがメリットになるはずだ。浮力を失っても大地にしっかり立ち、すばやく動いて餌をとったり敵から逃げたりしなければならない。両生類の時代から手足を獲得することは水を離れることと同時だったはずだ。もちろん、トカゲの中にはミミズを追って穴にもぐるために手足がじゃまになったものもいるかもしれない。ただ、そんなものが主流になれるだろうか。もともと手足を鍛えるのが信条の生き物が手足を退化させるような生き様を選び、しかもそれが主流のトカゲを圧倒するほどの地位を手に入れるというのは進化のプロセスとしてあまりに不自然ではないのか。サルとイルカのように生息地を分けているのならそれも考えられるが、トカゲとヘビは明らかに同じ環境を利用している。

もともと両生類が魚類から進化したとすれば、その過程で手足を獲得したはずだ。ムツゴロウや肺魚なんかのようすを見ていると、かつての両生類もこうだったのかなと思うが、ひたひた歩くためのヒレが頑丈になって手足になったのだろう。一方で、ヒレが丈夫にならずとも上陸することが可能ではないだろうか。魚がヒレを失いヘビになることは手足を獲得してトカゲになるよりも簡単ではないのか。それがあまりに簡単で、その途中形態のヘビ型両生類が短期間で絶滅して、生きた化石はおろか化石すらも残さなかったので、その上陸ルートが学者の目に止まっていないだけなのではないのだろうか。


2007.7.20(金)くもり 弱肉強食なのか

玄関のわきにあるツユクサの茂みにバケツの水をぶちまけるとガサゴソうごくものがいる。まるまるしたヒキガエルだ。ここのところの雨続きでこいつをよく見る。わがやは全体的に草茫々で近年は森林への遷移も進んで、ヒキガエルも潜みやすい環境になっている。しかも、収納ケースの池がずいぶん気に入っているようで、我がもの顔でしょっちゅう水浴びをしている。いきなり水をかけられたそいつは、多少慌てた様子でフェンスのコンクリートブロックの上にはい出してきた。まさに捕まえてくれといわんばかりだ。手を出しても逃げる様子もなく、つかんでも暴れるでもない。ぎゅっとつかんで女房がそばにいたので、かわいいのがいたぞと見せてやっても喜ばない。彼女はアオガエル系は好きだがヒキガエル系はあまり好きでないらしい。

捕まえたからといってどうするわけでもなく、その辺に放っておく。普通の感覚なら人間にぎゅっとつかまれてしまった日には生きた心地がしないはずである。それなのにヒキガエルは放しても一目散に逃げるわけでもなく、半日後に水をかぶったその場所に戻ってきていた。そのふてぶてしさというか諦念というか危機感のなさは尋常ではないと思う。一説によれば、ヒキガエルは毒だから食われる心配がないということなのだが、しょっちゅうヤマカガシに呑まれているのを見ているし、カラスに食い破られているのも確認している。

そういえば同じこの季節、雨の半原越でやけにヒキガエルの多い日があった。生きて動いているヒキガエルなんて自転車で走っているときにはまず見ることはないのだが、3匹ほども立て続けにアスファルトの上で見つかったのだ。そのうち一匹はまさに自動車にひいてくれといわんばかりの絶妙な場所にたたずんでいたのでさすがにそれはまずかろうと、自転車を降りて谷に捨てようと拾い上げたところ、5匹ばかりのヒルが吸い付いていることがわかった。これじゃ痒いだろうと、おせっかいにもそれをとってやろうと思った。

わたしはいつも気分で野性動物と接している。虫けらなんかはときにかわいがり、簡単に殺す。ヒキガエルに吸いついたヒルをひっぺがすのはヒルにとってはいい迷惑である。雨が降っているとはいえアスファルトに放り出されるのは死を意味するだろう。一方、ヒキガエルにしたって、そのヒルの除去の意味なんてわからないはずだ。鶴の恩返しじゃないにしても微塵も喜ばれることではない。私の手で自動車事故をまぬかれ、ついでに痒さから解放されることなんて意識できないはずだ。なにか気づくとすれば、巨大な生物に弄ばれまさに食われんとしているという程度のことだろう。で、どうやってヒルをはがしたかというと、カエルをアスファルトに仰向けにごろんと転がして、腹に吸い付いているヒルを一匹ずつ自転車の工具でかきとったのだ。その間、カエルは手足をお行儀よくたたんで為されるがままである。強く腹を掻かれるとさすがにイヤイヤと脚をばたつかせるのが唯一の抵抗だ。

いま観察しているヒバカリにしろヒキガエルにしろ、そのお人好しさ加減はあきれるほどだ。それが葉っぱを食っているイモムシだったらわからんでもないが、かれらは他の動物を襲って食べなければ生きていかれない肉食獣なのである。より弱い者を食い、より強いものから逃げなければならない。血で血を洗う闘争を日々くりひろげているのではないのか。俗に言う「弱肉強食」とはいったいなんなんだと考え込んでしまう。


2007.7.21(土)くもり ベガとアルタイル

みごとと言ってよいものかどうか、この7月はまさに梅雨らしい天気が続いてほとんど空が見えない。曇り空ばかりで雲も見えないと言って過言ではない。全天を雲が覆っているとどんな雲なのかさっぱりわからないので空を見ても雲を見ていない事になる。そんな調子で今年はまだベガとアルタイルを見ていない。どちらがどちらなのか知らないけれど、ベガとアルタイルはひこ星と織り姫星で、七夕の夜に年に一度のデートをするという伝説がある。

子どものころ私はその伝説を信じていた。ベガとアルタイルが実際に天空で一つになると、素朴に信じていたのだ。7日の夜はわくわくして空を見上げていた。ただし、雲がかかると二人は出会えないということだから、雲があるとベガとアルタイルの移動もないのだと思っていた。

当然ながらというべきか、私はその天体ショーを見ることができなかった。7月7日は今も昔も梅雨である。だいたい雲が出ているものだ。1回か2回はよく晴れて目を皿のようにして夏の大三角を注視していた。天頂にかかる星を見続けると首が痛くなり地面に寝転がって見ていた。言い伝えにあるのは「7月7日の夜に出会う」ということだけだ。時刻は不明で、一方が一方の所へ行くのか、天の川の中央で会うのか、その移動速度はどれほどのものか全くわからない。とにかく見逃さないように注視することだけがただ一つの手段だった。わたしは2つの星のデートは見れなかった。だからといって、現象が起きないことを確認できたわけではない。ちょっと目を離した隙に動いたかもしれないし、あきらめて眠ってしまった後に動いたのかもしれないのだ。お楽しみはまた一年後となる。

一度だけ「おっいよいよか」と緊張したことがある。注視を続けるベガがすうっと動きはじめたのだ。星が確かに空を移動している。じつはそれは光点の自動運動という現象学では良く知られた錯覚に過ぎないのだが、そういうことを自力で発見したのは我ながらたいしたやつだと思う。


2007.7.22(日)雨のちくもりときどき晴れ おもわず100キロコース

ヤブガラシ

早朝、けっこう強い雨が降っていた。天気予報通りである。この調子だと今日は半原越だなと、ぼやぼやしていたら雨があがった。無風で光がよいので庭のヤブガラシに来るスズメバチやクマバチを撮っていると昼になった。雨ではないが、半原越に行こうとナカガワをひっぱり出していつものコースを西へ向かった。途中、ふと思い直して多摩川へ行くことにした。広々した所を走りたい気分だったのだ。多摩川は北東にあるから、ちょうど反対側に向かって走ればいずれは到着する。

ところが私はかなりの方向音痴である。彩雲国物語の李 絳攸ほどではないにしても、もう20年以上も利用している職場のエレベーターを降りて部屋が右か左かで迷っている。高校時代にあの細長い佐田岬半島の尾根を縦走していてワイドリングワンダリングをしたのは伝説といえよう。今日もふと気づくと太陽が正面にあった。これはさすがにおかしい。タイガーモス号でラピュタに向かっているはずなのに夜明けが横からくるよりもおかしい。いくら最後の草刈りはまだ先の真夏とはいえ北半球の午後である。太陽に向かえばそれは南西だ。多摩川は北東にあるのだ。そもそもここはいったいどこだ? という疑問もある。相模原市だというのは標識でわかるが、相模原市は広い。ぜんぜん知らないところである。

とりあえず太陽を背から受けるように注意して走る。迷っているにもかかわらず、車の流れに乗って時速40キロ近くで疾走している自分がかわいい。そんなに急いでどこに行こうというのか。そんだこんだで迷ったあげく多摩川に到着したときには2時間が経過していた。思い起こせば朝食もあまり食っていないし、食べずに2時間も疾走したらハンガーノックになるに決まっている。肝心の多摩川では息も絶え絶えで、ビリーズブートキャンプの代用に自転車に乗っているらしいおっちゃんの後をよたよた走る始末。こうなったら慌てて食っても今日はだめだ。メーターで走った距離を確認するともうすぐ60キロ。最短距離で引き返しても100キロコースになるのか。ひとまずアイスクリームでも食おうとコンビニを見つけることにした。


2007.7.24(火)晴れ スズメガの羽化

スズメ

深夜24時に帰宅すると女房が青ざめた顔で「蛾が羽化した」といって、床を探している。私は一瞬のうちに事情を理解し、これはたいへんなことになったとおもった。蛾というのは、しばらく前に玄関で拾ったスズメガの蛹だ。窓際に置いてあるコチョウランの鉢に転がしておいた。羽化のときにはコチョウランの茎にでも登ると見越していたのだ。ところが、出てきた蛾は予想以上にせっかちで鉢から落ち、さらに1mほど下の床に落ちたのだ。それを目撃した女房は、助かるだろうか死ぬだろうかとおろおろしている。私も「まだ間に合うかもしれない」と行方を探しつつも内心ではあきらめていた。

一般に昆虫の羽化は繊細なものである。殻を脱ぐ前後はほんの些細なショックでも命取りになる。羽化や脱皮のとき、あと一歩のところでダメになった虫をいやというほど見ている。蛾が1mも落ちて助かるとは思えなかった。腹部にまあるい茶色の汁の球をつけ、脚をひくひくさせている姿が予想された。ところが、ほどなくして床に置いてある篭につかまっている蛾を見つけることができた。翅はまったく開いてなくて、確かに2分ほど前に殻から脱したのだとわかった。床に落ちても元気に歩きまわり、篭を足場にして羽化の体勢にはいったのだ。まったくけがもないようで、正常に羽化できる希望もでてきた。

ひとまず飯を食って、30分ばかりして撮ったのが今日の写真だ。床に落ちたショックはないようだ。では、何で助かったのか、なぜそれほど丈夫なのかというのが気になった。おもえば、スズメガは地中で蛹になっているのだから、翅をしっかりたたんだ状態でけっこう硬い体としっかり固まった脚をもち、土をかき分けて地上に出てくるのだ。その間、かなりのストレスも時間もかかるだろう。それに耐えられるのだから、多少の落下で羽化不全を起こすようなヤワな虫ではないということなのだろう。

また、スズメガはハの字型にひらいた三角形の翅の印象が強いけれども、羽化のとき最初はまず普通のチョウのようにぴたりと合せたかたちで翅が延びてくることがわかった。トンボやヤンマも同じような形式で翅が延びていく。そういうことも虫を拾って来なければ気づかない。親父はヘビでも蛾でもなんでも拾ってきて、大抵は殺してしまうと評判は良くないが、そういう非難を受けるだけの成果はあるものだ。



2007.7.29(日)晴れのち夕立 スズメ

スズメガ

中央林間駅を出ると強い雨だった。天気予報によると上空に冷たい空気が入ってくるということだから、こういう夕立もあるのだろう。いかにも梅雨が明けたかのようだが、天気予報ではまだ梅雨明け宣言は聞いていない。また気象台泣かせの夏になるのだろうか。

夕立の中歩いて帰宅するわけにはいかない。明日配らねばならない紙の資料を大量にかかえているのだ。女房に電話して車で迎えに来てもらうことにした。待ち合わせ場所にきめた中央林間駅のタクシー乗り場付近に向かうと、鳥の声がずいぶんやかましい。ちょうど日が落ちるころで、スズメがねぐらに集まってきているのだ。ねぐらになっている街路樹はおそらくケヤキで4mほどの高さしかない若いものである。街路灯に照らされて枝葉を出入りするスズメの姿も見えている。3本ばかりの木に百羽ほどは集まっている気配だ。スズメがこういうひとけのある所をねぐらに選ぶのはここ最近のことのように思う。都市のスズメは次第に人間を恐れなくなっている。

40年も前の田舎のことであるが、スズメは人をおそれ絶対に近づこうとはしなかった。当時はニホンカワウソですら養殖魚を盗むという理由で撲滅が推奨されていたぐらいで、野鳥保護なんて考えはまるでなかった。罠をしかけてスズメを捕って食べることも普通だった。私も罠でスズメを捕まえたり、石を投げつけたりして遊んでいた。さらには、巣立ち直後のよく飛べないヒナを捕まえて飼育しようとしたり、ひどいときには巣ごとヒナをさらってきてそれをカゴに入れ親が決死の思いで給餌する様子を観察しておもしろがっていた。

そういう社会状況であれば、スズメ社会の中には人間は天敵だという文化が広く浸透するのは当然であろう。文化の形成に文字は必要ない。スズメ社会に人間=敵という文化を作るためには、人間をみたスズメが恐怖・警戒の叫びをあげるだけでよい。特に親スズメの絶叫は子スズメに絶大な影響力を持つだろう。子スズメは人間にいじめられることなしに人間に対する恐怖を刷り込まれるのだ。人間の社会でもゴキブリを恐れる者が増えているが、それは乳幼児のときに母親のゴキブリパニックに接してトラウマを持っているからである。私にはその恐怖は滑稽なものでしかないし、ゴキブリを嫌ったり恐れたりする合理的理由はないのだが、人間ですらもひとたび恐怖心を刷り込まれると正常な行動はできなくなる。もはや日本社会からゴキブリ=敵という誤った文化を取り除くことは無理である。

スズメはふと気づくと人間の友達になってしまった。藤沢市は境川のサイクリングコース脇にちょっとした休憩場所を用意している。そこでコーラなんぞを飲んで休んでいると、すぐに数羽のスズメが足下までやってくる。ドバトよりもスズメの数が多い。弁当を食べている人がいるとおすそ分けを期待する飼い犬のように首をかしげている。パン切れなんぞを投げる人がいると争って食べている。じつにほほえましくかわいい。彼らは人間に対するトラウマのないスズメだ。もう10年も20年も人に襲われたことがなく、人間=敵という文化が途絶えてしまったのだ。

今日の写真はスズメはスズメでも、わがやで羽化したスズメガ。クチバスズメのようだ。大きくて太くて立派なガなのに、いまいち名前がはっきりしない。ウェブで検索しても模様がぴったりという写真がない。幼虫から飼育しておけば、特定もしやすいだろう。


2007.8.1(水)晴れ ど根性スミレが語ること

スミレ

昨日正午ごろ、群馬県前橋市の駅前の道路を歩いていた。アスファルトの舗装も黒々として真新しい駐車場があり、そのアスファルトの割れ目に根を下ろしているスミレがあった。周囲数メートルはアスファルトの駐車場と歩道で植物の姿はない。まったく孤独なスミレである。私はそれが目にとまって「こいつはアリが植えたんだな。こんな餌の少なそうなところでご苦労なこった」と合点して歩みを遅くすることもなく通りすぎた。しかし、10歩も行かないうちに胸騒ぎに襲われた。

スミレの種はエライオソームというアリに好まれる部分がありアリを集めることができる。アリはスミレの種を巣に運び、エライオソームを食べ種の部分は捨てるから、スミレの種は新天地に根を下ろすことができる。その場所はアリの巣の近くでアリが捨てるゴミの養分もあり成育に適した環境である。道端のアスファルトの割れ目で元気に花を咲かせているど根性スミレはたいがいアリが植えたものだ。というような解説にマッチするスミレは無数に見ている。ためしにスミレの種をアリに与えて運ばせ観察したこともある。ちなみに、今わがやの玄関にはそうやって育ったスミレが一株あって種をつけている。

さて、前橋の駐車場で見つけたスミレもアリが運んだものだろうか? いくらその確率が高いからといって、それでわかったつもりになるのは馬鹿ではないか? そのスミレがそこで根を下ろした原因はいまとなってはけっして解明できないはずである。アリが運んだかもしれないし、誰かが蹴飛ばしたかもしれないし、群馬のスミレじじいがせっせと種を播いているのかもしれない。目にとまった自然現象について、定説を当てはめることで満足して通りすぎるような態度は、まっとうな科学者としては恥ずかしいことである。あるスミレからは、そのスミレに特有の何かを教わることができるはずだ。その何かが見つからないとしても、それを追求しないようでは人間をやっている値打ちはない。胸騒ぎとはそんなことだった。

※ちなみに今日の写真は、今日の昼に静岡県の路上で撮影したスミレで本文とは関係ありません。


2007.8.4(土)晴れ トビイロスズメ

幼虫

たいへん暑い一日でほうほうのていで半原越から帰ってきて自転車の片付けをしながら植木をみると、おおきなイモムシがはっていた。スズメガの幼虫だが種類はよくわからない。先日もまだ種名が特定できていないスズメガが羽化したばかりである。要チェックである。

幼虫はぜんぜん落ち着く様子がない。見たところ終齢のようだから蛹化の場所を探しているのかもしれないし、もうちょっと食べたいのかもしれなかった。残念ながら見つけた木は隣のものなので、イモムシも隣人のものだ。勝手にもっていくわけにもいかず、ひとまず写真にとって名前を調べることにした。

保育社の「原色日本蛾類幼虫図鑑」は優秀である。ちゃんと知識のある人ならスズメガぐらいはこれで見当がつけられるだろう。自信はないがトビイロスズメのようだ。とすると、先日羽化した蛾はクチバスズメということにしておいたものの、トビイロスズメのほうが近い感じがする。

トビイロスズメであれば幼虫で地面に潜って冬を越すという面白い習性があると書かれている。30分後、幼虫はどうしているかと発見した木に戻ってみたが、影も形もない。根元に潜っている様子もない。そのへんの草むらにもぐったにちがいない。決定的なシーンを見逃してしまったかもしれない。


2007.8.7(火)晴れ 雷雲を見る

雷雲

地上から見る雲は後ろ姿みたいなものだから、本当の雲の表情を確かめるためには飛行機を使わなければならない。ただし、飛行機はいつでも好き勝手に乗れるわけではない。5日は極めてラッキーな経験をすることができた。

松山空港を出発したのは午後6時。空港で愛媛県中予地方に大雨警報がだされたのを聞いた。事実、松山を飛び立って四国山地のほうに向かうとかなりの雷雲ができていた。飛行機がさしかかったときには衰えており、機体はすんなり雲の中をつっきって青空の下に出た。北西にまだ日はあって、雷雲の名残りの雲のベールにはっきりしたハロができ、左右の幻日はまぶしいぐらいだった。四国から太平洋岸に沿って、天気は比較的よかった。ところどころ積乱雲の峰が夕日をあびて山脈のように見えている。席は進行方向にむかって左側だから、山間の夕立雲を見ていることになる。

羽田が近づくにつれ左前方に写真の雲が見えてきた。堂々たる体の巨大な積乱雲だ。独立峰のように層積雲の海から吹き上がっている。後ろのほうは金床状になっており、手前のほうが若いことを示している。GPSも高度も何の情報もない機体(JAL)で雲の場所も高さもよくわかない。時刻は7時を回っているから場所は富士山か丹沢か。飛行機は10000m付近を飛んでいるはずだから、背丈は13000mほどもあるのだろう。幅は5〜10kmといったところだ。

いよいよ最接近して北50kmぐらいで写真を撮った。雷雲の発達は最高潮でひっきりなしに雷光が見え稲妻も走る。下は激しい雷雨になっているはずだ。写真をとってすぐに電子機器の使用を注意するアナウンスがあって機体は降下をはじめた。下をのぞくと車のヘッドライトの列が確認できる。どうやら三浦半島のようだ。飛行機は東京湾上を北上し、房総半島沿岸にそういつものルートで羽田空港に向かう。

機体が雲の下にでたときにも、とうの雷雲はあった。すでに真っ暗で雲の形はまったく見えなかったが、数分の間に3回の落雷が見えたのだ。その場所は左前方30kmぐらいだ。ということは滑走路の方向からいっても、ちょうどわが家の上に雷雲があることになる。午後7時半、飛行機を降りて家に電話すると、はたしてすさまじい雷雨になっているということだった。はからずも住んでいるところの雷雲を横から見たことになった。


2007.8.17(金)晴れ一時雨 夏は自転車だ

今日は時間がなかったので境川。夏の日中は相模湾から海風が吹き込んでくる。向かい風の中を時速27km、90rpmでくるくる楽に進む。そのぐらいだと汗もかかず運動してつらいという感じもない。強度はおそらく中高年の間ではやっているというウォーキングぐらいだと思う。時速50kmの強風を正面から受けて涼しい。涼しいということは気温は36度を超えていないのだ。太平洋高気圧から吹き出す南風は相模湾上では暖まらない。海水温は30度を超えず、海風はいつも涼しいのだ。ただし、信号待ちのために自転車を止めているとアスファルトの照り返しがもわーっときてめまいがする。かんかん照りのこの道路で風を受けないウォーキングだと自殺行為だ。犬の散歩もヒトイヌともに自殺行為だ。犬だって足が焼けるのでアスファルトを歩きたがらないだろう。こんな日なら自転車や犬や人間でいつも混雑している境川も閑散としてすいすい走れる。盛夏とか雨とか真冬とか、気象条件の悪いときこそ境川だ。

最近はテレビが暑い暑いと言っているけれど、その実感はない。もともと大和市〜藤沢市はぜんぜん暑くならず、わが家ではこの夏、一度もクーラーを使っていない。この部屋は西日が入り、夕方は40度を超え汗ばんでいたけれど、深夜のいま温度計は32度ぐらいをさしていて快適このうえない。一年中こういう気象だと寒くて夜中に目がさめることもなくぐっすり眠れてありがたいのだが。


2007.8.18(土)くもり 半原越22分57秒

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 3'57" 15.2km/h 非計測
区間2 1.0km 4'45" 12.6km/h 非計測
区間3 1.0km 4'23" 13.7km/h 非計測
区間4 1.0km 5'19" 11.3km/h 非計測
区間5 0.7km 4'27" 09.4km/h 非計測

半原越にいってきた。じつはこの夏、けっこう半原越にも出かけているけど、過去2回は30分をぎりぎり切るぐらいのていたらくだった。さすがに暑く、スタート地点に着いたときにはまったく意気地は残っていなかった。区間タイムを見る気にもなれず、ゆるゆるとただ走っていた。

今日はちがう。気温も25度しかない。涼しい。登りだって大丈夫、汗もかかないだろう。昨日に引き続きキャノンデールを引っ張り出して元気いっぱいだ。タイムは全般的に遅く、区間5が特に悪い。それはチェーンが外れて、自転車を降りてセットし直さなければならなかったためだ。


2007.9.4(火)くもり ヘルメット

編集方針が変わって以来、15年ほど読んでいない雑誌「バイシクルクラブ」を書店で手に取ってみた。峠をうまく登る秘訣が書いてあるらしかったからだ。中をざっと見ると「心拍数は80%を越えないこと」というのが秘訣だという。私では80%なら160bpmぐらいになる。その程度で半原越を登るならば30分ぐらいかかるだろう。そのやり方なら1時間でも2時間でも登っていられるが、永遠に速くはなれず上達もないだろう。90%以上で死ぬ思いをして5分でも6分でもがんばるところから道は開けると思うのだ。80%というのは強い選手がレースの駆け引きをやっているときとか、自転車をビリーズブートキャンプの代用にするときの数値だろう。

ついにヘルメットを買った。自転車に乗り始めて40年。いままで何度も転んでいる。川にも落ちた。自動車にもぶつかった。BMXなんてこともやった。しかし、転んで頭を打ったことが一度もない。この20年は非常に慎重に走っているのでひやっとすることもない。力を出すのは土手の向かい風のときと半原越の登りだけだ。絶対ヘルメットなんて必要ないと思うのだが、ついに我慢できなくなった。

というのは、ノーヘルの自転車乗りが100%へたくそだからだ。この1年、ノーヘルで上手な人は一人も見ていない。ヨーロッパのプロが着用必須になったためか、上手な自転車乗りはどんどんヘルメットをかぶるようになった。着用者の5%ぐらいはけっこうな乗り手だと思う。私にも矜恃というものがあり、みてくれも気になる。へたくその仲間とは思われたくないのだ。


2007.9.6(木)雨 メダカ全滅

今夜は雨風が強い。にもかかわらずけっこうアオマツムシが鳴いている。夏の終わりに鳴き始めるにもかかわらず、蒸し暑さが必要なようで、涼しい夜には鳴かない。コオロギの類は5種ぐらいいるようだが、その区別はほとんどできない。特に、昨日はじめて意識した虫はなにがなんだか見当もつかない。音質はアオマツムシに似ているけれど、力強さが圧倒的で、 ビッビッビッ ビッビッ ビッビッビッビッ というような感じにきれぎれに2〜4音ずつ鳴く。

この夏には、収納ケースのメダカが全滅した。夏の盛りにぽつぽつと斃死がはじまり、2週間ほどで1匹もいなくなった。斃死のしかたが奇妙で、3匹ほど浮いている一方で生きているものは元気にエサもよく食べていた。水質の悪化や酸素不足もなさそうだから、放っておいたのだ。

唯一思い当たる原因には「ヒキガエル」がある。メダカが死に始めたころ、ヒキガエルがずっと池につかっていた。数日にわたってわが物顔で池に浮いているのを確認している。ヒキガエルの体には毒があって、狭いケースで他の蛙といっしょにしていて、他のカエルが全滅したこともあるようだ。収納ケースのように小さい池だと、ヒキガエルから流れ出る毒が魚を殺すこともあるのだろうか。

山と渓谷社が出した日本のは虫類の楽しい図鑑を買ってきた。


2007.9.9(日)晴れ カマキリの威嚇

台風の影響が心配で半原越に行ってきた。数年前に崖が崩れて1年以上通行止めになったこともあり、半原越ファンとしてはいてもたってもいられないところだ。半原越の道路は土砂崩れの影響をうけやすい。急斜面を切り開いた道路でもあり、排水も万全とはいえない。雨が降ると川になる部分もあるのだ。

さすがに大小無数の石ころがころがっている。新鮮で角張っているものが多い。上から落ちてきてアスファルトに当たったときに割れたものだろう。それらが川になった道路の水に流されて堆積している。大きいと言ってもスイカ並のものはないから思いのほか崖は崩れなかったようだ。バーストには細心の注意が必要で、しばらくはタイムトライアルどころではない。交通量の多いところだと自動車が速やかに石を削ってくれるのだが、半原越では自動車には期待できない。

道路の脇でヒヨドリがばたばたしていた。自転車に乗って近づいて行くと、何をしているのかがわかった。緑色をしたカマキリの成虫を食べようとしているのだ。カマキリのほうでは、鎌を構えて腹をぐっとU字に曲げ羽を立てて威嚇のポーズをとっている。ヒヨドリはくちばしで攻撃をしているものの若干の躊躇がある。カマキリの剣幕にそれなりの注意を払っているのだ。

私がその様子を観察できたのは2秒ほどに過ぎなかった。私が自転車でそばを通過することで水を差したのだ。ヒヨドリは素早く道路脇の木に飛び上がっていった。カマキリは凍りついたように威嚇のポーズをとったままだ。その場を行きすぎて、自転車を止めた。その勝負の結末が見たかったからだ。

カマキリにちょっかいをだすと威嚇のポーズをとることはよく知られている。ただ、その効果についてはいぶかしく思っていた。絶対に鳥には効かないだろうと考えていたのだ。鳥、猫、トカゲなどの天敵とカマキリでは分が悪すぎる。何をやっても無駄だろうと思われる。

試合再開を期待したもののヒヨドリがカマキリのもとに帰ってくることはなかった。彼にとってはちょっとしたおやつを逃しただけで未練もなかったのだろう。いっぽうのカマキリは九死に一生を得たことになる。威嚇することでヒヨドリがひるんだ数秒間にたまたま私が近づきヒヨドリを追っ払った結果になったのだ。もし威嚇のポーズがなければ死んでいたかもしれない。威嚇が功を奏した実例が少なくとも一つ存在したと言って良いだろう。

私のほうは引き返してカマキリの種類を確かめた。ハラビロカマキリのメスだ。近づくとカマキリは一目散に道路脇の草むらに逃げていった。それが正しい選択というものだ。圧倒的な敵に向かっては威嚇なんぞしないほうがいい。


2007.9.16(日)晴れ 半原越26分16秒

ひさびさに半原1号で半原越に行ってきた。かといってタイムをねらったわけではない。やはり、サンツアーのコマンドーをつけるのが半原1号にはあっているのではないかと思い直したからだ。コマンドーでのシフトの機能はそれほど重要視するほどのことはない。ハンドルバーの手元に支えができるのが魅力に思えたのだ。

     距離 タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 4'22" 13.7km/h 非計測
区間2 1.0km 5'58" 10.1km/h 非計測
区間3 1.0km 5'06" 11.8km/h 非計測
区間4 1.0km 6'14" 09.6km/h 62rpm
区間5 0.7km 4'36" 09.1km/h 59rpm

心拍計をつけて、160bpm台を維持するように心がけた。いわゆる無酸素域を使わない走り方だ。現在は体がけっこう弱っており、無理にがんばっても仕方がない。結果は26分以上もかかってしまった。そのかわり、息が苦しいということはまったくなかった。この調子だと1時間ぐらいは余裕でいけそうだ。

清川村ではモズの高鳴きが聞こえ、アブラゼミですらなにやらもの悲しい。今日はヤマカガシだけで4匹見た。全部アスファルトの轢死体である。とりわけ1頭は大きく1mに達するほどの立派な体をしていた。先週まではヘビはまったく見なかった。ヘビたちも涼しくなって活発になってきたのだろうか。


2007.9.17(月)晴れ 逆風で境川

ヒキガエル

しばらく見なかったヒキガエルがひさびさに収納ケース池に浮かんでいた。夏のものよりも一回り小さく、体色も黒っぽくて別個体と思われる。こちらはいっそうのほほんとしていて触っても全く逃げない。池の掃除をするついでに網ですくって外に出すと、めんどくさそうに一二歩あるく。野生動物なのだからもうちょっと危機感をもつべきだ。ところで、収納ケース池のメダカが全滅してその原因がヒキガエルではないかと思っていたが、それがとんでもない濡れ衣の可能性が出てきた。メダカは全滅しているわけではなく少し生き残っているものがいることが判明したのだ。

今週は庭の草刈り週間である。風呂の脇にある名も知らぬ実生の木を切った。ヤブガラシを刈り、ウキツリボクを刈り、ぼうぼうのツユクサとドクダミを刈った。少し歩きやすくなった。ただし、クモの巣を壊さないよう慎重に歩く必要がある。

今日はキャノンデールで境川に行った。朝から南風が強く楽しく走れそうだから。幸いなことに手持ちの心拍計とシマノのフライトデッキが干渉しないことがわかった。無線式のサイクルコンピューターと心拍計は干渉して誤作動を起こすらしいという噂を聞いており、自分のものもだめだろうとキャノンデールでは使ってこなかった。

風に向かって時速25キロぐらいで走る。52×19Tあたりで90回まわすか、52×16Tあたりで70回まわすか、いろいろ試してみた。心拍計の数値は同じ170bpmでも、高回転で走った方が体は楽だ。重いギアだと体のあちこちが痛くなって続かない。帰りは追い風でも25キロ。その速度で無風状態になる。心拍計の数値はずっと小さくて120bpmぐらい。追い風で170bpmまであげると40キロ以上出てしまう。


2007.9.22(土)晴れ 境川の白いヒガンバナ

ヒガンバナ

昨夜はほとんど眠ることができず元気がなくて山に行く気がしなかった。そこで携帯電話をもって境川。この秋のはじめの季節にもちょっとした撮影ポイントがあり、それを記録しておこうと思った。その一つが、白いヒガンバナである。畑のわきに一株だけそれとなく咲いている。周囲のヒガンバナは一般的な赤いものだ。白い筋が入るようなピンクのヒガンバナもときどき見かける。こいつは純白ではなく少し黄色い。ソフトクリームのような色合いだ。境川では1キロほど離れて2株確認している。

走り始めるとまあそれなりに快調である。気温が高く向かい風が気持ちよい。林では夏を追い立てるようにツクツクボウシが鳴いて、水田では稲穂がみのり収穫が始まっている。いつもと変わらぬ秋の景色だ。ちょっと力をいれるとすぐに170bpmまで心拍数があがる。中村あゆみのスモールタウンガールなんかを歌えるぎりぎりまでスピードをあげる。

おくればせながらドーキンスの利己的な遺伝子というアイデアは無視してよいと結論する。あれは数学的に行動を記述する助けにはなるかもしれないけれど、生命について何ら新しいアイデアをもたらすものではない。「なぜこいつはここにこうして生きているのか?」という問いに対して「なぜならばここにこいつがこうして生きているからだ」という解しか得ることができないのだ。進化の原動力は快楽主義者として不愉快をさけ快楽を追求するパッションとダーウィン流の適者生存が絡み合ったものだ。その結果として個体の遺伝子が残っている。残らないものは滅んでいるというだけのことだ。だから遺伝子の保存状況を調べても、現象としての「なぜこいつはここにこうして生きているのか?」という疑問に対し、数学的な記述で「なぜならばここにこいつがこうして生きているからだ」という解答を返すことでしかない。人間的な感情として「なるほど、だからこいつがこうして生きているのか」という答えでなければ私には意味がない。

トンボの森

こちらは撮影ポイントその2。私のサイクリングコースにはウスバキトンボが群れるポイントがいくつかあり、この場所は代表的なものだ。境川のそばの小さな社がある鎮守の森で、この季節になるとこの茂みの北側によくウスバキトンボが群れている。写真は北側からとっている。茂みの影になる部分にトンボがごっちゃり群れるのだ。それが、エサを追ってのものなのか、風などの気象条件によるものなのか、その複合、つまり気象条件によってアブラムシなどのある昆虫が集まるのをウスバキトンボがねらうものなのか。今日は暑い日にふつうの南風が吹く晴れの気象条件であったが、午後2時から3時にかけてトンボは見あたらなかった。


2007.9.23(日)くもり 半原越21分44秒

荻野川から見上げると半原越は霧の中だ。もう雨になっているらしい。思えば、今年は気持ちよく雨の中を走った日がなかった。今日は最後のチャンスかもしれない。今日は半原1号に乗ってきた。いまいちコマンドーがしっくり来ない。レバーが堅すぎてシフトに力が必要なのだ。しかも後ろギアを変えて重くするのに手前に引かなければならない。これは逆だ。さらなる工夫が必要だろう。

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'58" 15.1km/h 74以上
区間2 1.0km 5.8% 4'30" 13.3km/h 65以上
区間3 1.0km 6.2% 4'17" 14.0km/h 69以上
区間4 1.0km 8.4% 5'07" 11.7km/h 57以上
区間5 0.7km 9.1% 3'52" 10.9km/h 53以上

半原越は本降りだった。やっぱり雨が好きだ。渋谷の雨には一滴たりともぬれたくないのに、どうして山の雨はこんなに気持ちがいいのだろう。

今日は、後ろのギアは変えないようにしてみた。坂の緩いところは34×21T。クランク1回転で3.4m進むやや重いギアだ。坂のきついところは前ギアを変速して26×21T。クランク1回転で2.6m進むかなり軽いギアだ。ちなみにタイヤ周長は2.1mとして計算しているので、後ろを21Tにすれば前ギアの歯数がそのまま1回転で進む距離になって計算がやさしい。登りで前ギアを変えるときに恐いのはチェーンが外れることだ。今の半原1号はチェーンの脱落防止もしっかり考えていて、1度も落としたことはないのだが。

インナーギアを使ったのは、1kmの激坂、丸太小屋の急坂。南端コーナーを過ぎて杉林の暗がりコーナーから4kmまで。区間5はアウターにしてダンシングでやってみた。息があがりそうなところで心拍計をみると162bpm。「そりゃないだろう、ぺしぺし」と機械につっこみを入れる。電池切れだろう。キャットアイの初期型のケイデンス計をみると0rpm。こちらは今朝電池切れが判明して交換したばかり。きっと雨でショートしているのだ。まったくどいつもこいつも。フィニッシュタイムは雨で涼しいこともあって久々の21分台。この辺が実力だろう。しゃかりきにがんばっても1分短縮するのが関の山という感じだ。


2007.9.24(月)くもり E-500の拡散板

トンボの森

ファインダーが狭いという弱点をかかえつつもオリンパスのE-500は優秀な接写用カメラだ。特に内蔵ストロボの背が高く、マクロでもよく光が回るのがよい。その能力をもっと活用するためにストロボの拡散板を自作してみた。この方式は昆虫写真の海野さんが小諸日記で公開しているもので、ずいぶん前からまねさせてもらっている。

今回は、ED 50mm F2.0 Macro に合わせて作った。材料は2つ。0.3mm厚の無色透明な塩ビ板と、やや厚めのトレーシングペーパーだ。ED 50mm F2.0 Macro はいかにも塩ビの板を切ってはめ込んでくれと言わんばかりに溝が切ってある。その溝の外径に合わせて円く切り取り、一方の端はクリップオンタイプのストロボを挿入する部分(ホットシュー)に差し込んで固定する。これだけで十分安定する。ケンコーの「影取り」は市販品だけあって、光がよく回る布を使っておりたいへんすばらしいのだが、鏡筒が短いレンズではじゃまっけだ。

トレーシングペーパーは塩ビに合わせて切り取って両面テープで貼り付ける。汚れたら紙を交換する。塩ビ板に細工をして紙を挿入できるようにするというアイデアもある。そうすると、そのサイズに合わせて紙を切る必要がでてきたりするから、もうちょっと慎重に考えて改良していこう。

鉛筆

そのテスト用に撮ったのが左の写真。2Bの鉛筆だ。このレンズは35mm換算で等倍まで寄れるけれども、この写真では70%ぐらいにトリミングしてある。上が拡散板をつかったもの。下が内蔵ストロボを直に当てたもの。絞りはF16でストロボ発光量などは、ぜんぶカメラにお任せだ。一目瞭然、影のでき方がぜんぜんちがう。細い足が何本も写りこむ昆虫のような小型の被写体では、影がないだけでずいぶんきれいな写真になる。

E-500は女房のカメラで、マクロレンズは台所にわいた虫や傑作料理などを撮影している。料理だと50mmのレンズでは50cm以上の距離を置く必要がでてくるので、拡散板はぜんぜん意味をもたない。雑誌に出ているようにきれいに料理を撮ろうとすれば気の遠くなるほど大がかりな設備が必要になる。白ビニールの雨傘でもよいのかもしれないが、女房はまだ試していない。


2007.9.29(土)雨 CC-CD300DWの再投入

キャットアイ

CC-CD300DWは2004年の5月に買って、2005年の5月に調子が悪くなり捨て置いていたサイクルコンピュータである。それを再投入する必要に迫られた。写真中央上のものだ。こういうごちゃごちゃのハンドルもいかがなものかと思うが、それぞれの計器にはそれぞれの良さがある。一番左のものは格安の心拍計で、その時点の心拍を計る以外はなにもできない。それで十分である。中央下のものが市販されたのは20年ほど前、おそらくこの世で最初の有線式ケイデンス計である。故障知らずでいまなお現役。ただし、雨には弱い。右のものはごくごく基本的なサイクルコンピューター。これらの3つが半原1号に搭載されて、それぞれ役割分担をこなしてきた。それでなおかつ、CC-CD300DWをつけなければならなくなったのは頭が悪くなったからだ。

キャットアイ社はなぜか安いモデルでラップを計れるものを売っていない。それで、4.7キロの半原越で1キロごとのラップは記憶しておかなければならない。1キロは4分7秒、2キロは8分57秒、3キロは13分34秒、4キロは19分8秒というように、帰宅してエクセルのファイルにその数字を打ち込むまでは、忘れないようにときどき思いだしながら走っていなければならなかった。

先週の月曜日、いつものように半原1号に乗って、半原越の白線をスタートした。スタートと同時にケイデンス計のスタートボタンを押す。ケイデンス計は半原越のストップウォッチだ。常時ケイデンスとタイムを表示するモードにしており、自動ではなく手動スタートにしているのだ。その場合は速度と距離がわからないので、右のマイティ8が活躍する。

ケイデンス計のストップウォッチ機能は万全だった。ゴールタイムも記録されている。ただし、気がつくと3キロと4キロのラップタイムを忘れていた。これまで見落としは何度かあるが忘れたのははじめてだ。これはショックだった。ボケが進行しつつあるこの頭では、この先何度も同じことが起きるだろう。対策として、一番楽なのはラップを記録できるCC-CD300DWの再投入だ。

CC-CD300DWは機嫌良く動いているときは優秀だが、ときどき狂いがあって完璧には信用できない。それは無線式だからだろう。有線式でCC-CD300DWと同機能かつ心拍計つきのモデルを市販してくれれば、それ1台でOKなんだが。


2007.10.6(土)晴れ 近所のツマグロヒョウモン

ツマグロヒョウモン

近所に一株だけツマグロヒョウモンが集まるキバナコスモスがある。この2週間ばかり毎朝観察をしており、多いときには5〜6頭のオスメスが群れ飛んでいる。私はこの花以外ではツマグロヒョウモンが集まっているところを見ることがない。彼らはよほどこのオレンジの花が好きなのだろう。

因果関係はあるのかないのか、キバナコスモスの花を飛び回っているツマグロヒョウモンはよい隠蔽擬態になっている。花の色合い、形、しぼんだ花びらなどがその翅によく似ているのだ。

オレンジの蝶がオレンジの花に来てカムフラージュが発達することは合理的に理解できる。第一にツマグロヒョウモンにとってその花が自分に似ていることが「理解」できるだろう。なぜなら、彼らは自分の異性もそうして認識しているからだ。異性に似ているものは他のものから区別できるにちがいない。キバナコスモスは「別格に好きな花」になる資格がある。第二に、似ている花のなかに紛れておればそれだけ捕食者の目を逃れやすいだろう。一般に隠蔽擬態は、「死にたくないから隠れよう」としてそうなっていると誤解されてるけれど、本当は好きでいる場所にだんだん体が似ていくことなのだ。

ツマグロヒョウモン2

夕方、キバナコスモスからは100mほど離れている植木でツマグロヒョウモンを見つけた。わかりにくいが写真右上すみの枯れ葉のようなものがそれだ。たまたま同じ木にアキアカネがいたのでツーショット写真にした。トンボは左下すみに枝のように止まっている。彼らは一夜を過ごすねぐらとしてこの木を選んだのだ。

おもしろいことに、この木では数年間のあいだに多種多様な虫が見つかっている。付近の他の木、とくに同時に植えた同種の木とくらべても、めぼしい虫が見つかる頻度は圧倒的だ。そういう目で注意するからこそ、薄暗い中で蝶やトンボが見つかるのだ。この木のように、なぜか虫から好まれる場所というものは確かにあって、その「なぜか」こそが擬態の秘密と合同なのである。

念のためにお断りしておきますが、私はツマグロヒョウモンの色合いが、キバナコスモスあるいは類似のオレンジ色の花の隠蔽擬態によってできあがったなどとは思っていません。くれぐれも誤解なさらぬよう。


2007.10.7(日)晴れ 半原越23分11秒

最近の気温の低下で風邪をひいたらしい。肩がこり節々が痛い。それでも体を動かさないとかえって弱る気がして、半原越に行くことにした。半原1号にはキャットアイのCC-CD300DWを再搭載してからまだ走っていないので、ただしくセッティングできているかどうか確かめたい気持ちもある。しかも、「手元スイッチ」なるものも新たにつけてみた。単にハンドルバーから手を放さずにラップのボタンを押せるという小物だ。こいつで2秒ぐらいはタイムをかせげるか。そういう新しいものを確かめるのはちょっと好きだ。

もうヒガンバナは終わりで、稲刈りもほとんど終わっている。いつもの田んぼは前に来たときは刈り取った稲をはさがけしていたけれども、もうそれも片付けられて乾ききった土に切り株がのこるだけになった。空には巻雲が流れトビが舞っている。田んぼのわきの草むらに腰掛けコーラを飲む。鳴き声の主役はコオロギだ。ときどき遠くアマガエルも聞こえる。アブラゼミにツクツクボウシまで鳴いている。今年はいつまでアブラゼミを聞くことができるだろう。

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'59" 15.1km/h 76
区間2 1.0km 5.8% 4'42" 12.6km/h 69
区間3 1.0km 6.2% 4'16" 14.2km/h 69
区間4 1.0km 8.4% 5'39" 10.6km/h 57
区間5 0.7km 9.1% 4'35" 09.2km/h 未計測

CC-CD300DWは正しく作動してくれるかぎりたいへん便利である。ぼけた頭でラップタイムを覚える必要がない。エクセルを使わなくても平均時速、平均ケイデンスを計算してくれる。シマノのフライトデッキにはない機能だ。区間5が未計測なのはラップのボタンを押さずにストップボタンを押したからだ。それでもラップの計算ができると思いこんでいて失敗してしまった。

走る前から体調の悪さに自覚があったのに、ちょっと無理してみたくなった。区間2で心拍計は190bpm以上を表示している。「うそでしょ〜」と思う。CC-CD300DWの電波との干渉も疑いたくなる。残念ながら、計測は正しかったらしく区間4からはもう体が動かなかった。


2007.10.8(月)くもりときどき小雨 脚のもげたジョロウグモ

ジョロウグモ

今年は庭にジョロウグモがいる。メスは2頭が育っており、写真のものはそのうちの1頭だ。右下に見える小さなクモはメスの巣に居候しているオスだ。この巣はメダカのスイレン鉢の近くにある。だから、メダカにエサをやるときに巣を壊さないように注意して歩く必要があり、毎朝よく見ていた。

8月に見つけて、獲物もそれなりにかかるようで順調な生育を見せていた。ところが、いつの間にかメスの脚が脱落している。いったい何がおきたのか。庭にはメジロやシジュウカラが来る。そういう鳥につつかれたのか。右の第3、4脚がもげて6本脚のクモになってしまっている。脚がもげてもけっこう元気で歩いている。致命的ではないのだろう。

いつか、徘徊性のクモで2本脚になってしまったのを飼育して8本脚に戻るのを確認したことがある。網を張るタイプでは2本脚では生きていくことはできないだろうが、6本あればなんとかなるのだろうか。また、ジョロウグモでも落ちた脚は再生するのだろうか。体のサイズからしてまだ成体にはなっていないようで、この先脱皮もするだろう。要注意である。


2007.10.11(木)はれのちくもり ルリタテハ

ルリタテハ

朝、通勤途中にルリタテハを見かけた。近所のコミュニティーセンターの掲示板に止まったので、ポケットから素早く携帯電話を取り出して撮影した。先日のツマグロヒョウモンも、すぐ近くの花で携帯電話を使って撮影した。携帯電話で虫を撮るのは易しくはないけれど、使ううちにだんだん慣れてきた。カメラ自体は35ミリ換算で28ミリ程度のワイドな単焦点レンズ仕様で、かなり近づかないとチョウの写真にはならない。これで60センチぐらいまで寄っている。

ルリタテハというと、樹液や熟した柿が似合う里のチョウという印象があり、食草もサルトリイバラであるから、都市の住宅地には似合わない。ちょっと珍しくて撮ってみようかという気にもなる。

じつは9月14日に、たまたまこの撮影地点から20メートル離れた道ばたでチャーミングな毛虫を見かけ、それも携帯電話で撮影しておいた。その毛虫が調べてみるとルリタテハの終齢幼虫だということがわかった。食べていたのは、もちろんサルトリイバラではなく、ホトトギスだった。サルトリイバラには似ても似つかぬ草なので、その毛虫とルリタテハがにわかには一致しなかったのだ。ホトトギスはこのあたりにはたくさん植えられている。じつはわが家にも数株あってこの季節になかなかチャーミーな花をつける草だ。食べ物があれば、蝶もやってくる。

このルリタテハは羽化まもないようで、きれいな翅をしている。もしかしたら、あの毛虫かもしれないと思いながら撮影をした。


2007.10.14(日)くもりのち雨 半原越22分14秒

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'49" 15.7km/h 72
区間2 1.0km 5.8% 4'30" 13.1km/h 59
区間3 1.0km 6.2% 4'06" 14.8km/h 68
区間4 1.0km 8.4% 5'44" 10.4km/h 50
区間5 0.7km 9.1% 4'05" 09.9km/h 51

半原1号のハンドルバーをやや深曲がりなものに変えて半原越にいってきた。TTをする気はまったくなかったのだけど、なんとなくがんばってみた。風邪気味で鼻から息ができず、いらいらする。今日は重いギアで乗った。26×15T と26×17T。重いったってそんなものだ。15年ぐらい前のツールドフランスのビデオを見ていると、選手達はいまよりもずっと重いギア低いケイデンスで登っていることがわかって影響を受けたのだ。


2007.10.16(火)晴れのち雨 かかったカマキリ

オオカマキリ

いつものように庭を巡回して、いろいろな動植物をチェックしていると、ジョロウグモその2の巣にオオカマキリがひっかかっているのが目にはいった。空中に不自然にぶら下がって風に揺れている。まだ元気なようで手足を動かしているものの、逃げようと暴れている感じはない。すっかり困り果てたというていだ。まだかかったばかりなのか、クモの巣もそれほど破れておらず、カマキリの体に糸もからみついていない。

オオカマキリの成虫ならばクモにはたいへんなごちそうにはちがいない。ただし、相手も虫を食う虫である。ジョロウグモだって網の上でなければいちころだ。さて、このジョロウグモはカマキリがかかったときにちょっかいをだしたものかどうか、今は写真左下に写っているように定位置にいて知らんふりだ。もしかしたらちょっと手こずって恐れをなしたのかもしれないし、腹がいっぱいで余裕をこいているのかもしれない。この先どうなるか、それを待つひまは今朝の私にはなかった。ただ、結末を想像することは難しくなさそうだ。ジョロウグモはそれほど巣を張りかえるクモではないから、痕跡を見れば何が起きたのか推理できるだろう。明日以降の楽しみにとっておこう。

ちなみに、わがやのジョロウグモその1はまだ6本脚である。こころなしか元気がないようだ。数日前にホタルガとカメムシがかかってそれを食っているのを見ている。そのあと、3日ばかりはめぼしい獲物もないようだ。巣をよくよく見てみると、横糸がずいぶんゆがんでいる。小学生が宿題で作ったぞうきんの縫い目のように不規則なジグザグなのだ。もともとジョロウグモはそれほど整然とした網を作るクモではないが、ジョロウグモ2と比べてもかなりへたくそだから、脚がもげた影響がでているのかなと思った。


2007.10.17(水)晴れ 今日のクモ

いつの間にかもう1匹ジョロウグモが巣を張っている。ジョロウグモ3とでもよぶべきもので、サイズは6本脚のジョロウグモ1と同じぐらい。夏にはジョロウグモは幼体が5匹ぐらいいたはずで、このジョロウグモ3もどこか他所の庭に行ったものが出戻ったのかもしれない。巣はちょうど庭の入り口に当たるところで、ちょっと歩きにくい。

ジョロウグモ1は久々に獲物を捕まえていた。緑色の虫をぐるぐるまきにして噛みついている。カメムシのようだ。問題はジョロウグモ2の巣にかかったオオカマキリだ。今朝も昨日と変わらぬ体勢で巣にぶら下がったままだ。24時間以上もおそらく飲まず食わずで逆さ吊りの姿勢でいまだに正気を保っているのだからたいしたものだ。しかも、カマキリの目は明らかにクモを見ている。鎌を揃えた姿勢からすると、近づけば食ってやろうとしているみたいだ。クモはずっとわれ関せず。ただし、クモのほうでも新たな獲物はゲットしていないようで、腹はへっているはずだ。

また、巣のオオカマキリがかかっているあたりを観察すると、オオカマキリの手の届く範囲の糸がきれいに切られて、円く穴になっていることがわかった。当然、カマキリが暴れて壊したものだろう。これだけ壊せば、クモは知らないはずがない。ただ、この穴によってクモがカマキリに近づくコースが限定されたものとなる。カマキリの上方、カマキリから見て後ろから近づくしかない。そのコースはカマキリに反転を許し鎌の攻撃を受けることになるだろう。クモとしてはこういう大きな虫は相手がパニックになっている所を速やかに簀巻きにして反撃を許さなくするのが常套手段のはずだ。さあ、いよいよ井伏鱒二の山椒魚のようなことになってきた。


2007.10.20(土)晴れ 今日のカマキリ

オオカマキリ

さて、カマキリ対クモであるが、1泊の出張で観察の時間が48時間もあいてしまった。今朝、いそいでジョロウグモその2の所にいってみると、もう巣にカマキリの姿はなかった。そして巣の様子もすっかり変わっていた。いったい何が起きたのか?

現状として、ジョロウグモ2は巣を張りかえている。巣のメインになる垂直の円網は、18日とはぜんぜん様相が異なっており、全面改装を行ったようだ。もちろんカマキリはいないし、カマキリが破ったあともない。カマキリとクモのにらみ合いなどはなっからなかったかのようである。

一方で娘が窓の下にカマキリを見つけた。写真のものである。これがひっかっていた例のカマキリかどうかは定かではない。翅の傷を18日にとった写真のものと照合してみたけれど、特定できるような傷もなかった。姿形からすればかかっていたやつと言ってもよさそうだ。また、このカマキリはかなり消耗している。捕まえても抵抗するでもなく逃げることもしない。その原因はしばらく蜘蛛の巣にかかっていたからかもしれなかった。

さらに、ジョロウグモ2も写真に撮って検証して、小さな変化に気づいた。こちらも6本脚になっているのだ。じつは、18日の段階でも脚が1本もげていたが、今朝になるともう1本がもげ昆虫のような3対の脚を持つ虫になってしまっていた。その脚の脱落の原因がカマキリとの死闘によるものであって欲しいのだが、見ていないのでどうしようもない。また、昨夜は前線が通過してかなりの風雨になった。わずか数本の糸にひっかかっていたカマキリならあの風と雨で糸が切れて落下したのかもしれない。念のために、蜘蛛の巣の下を丹念に調べてもみたが、カマキリの死体は落ちていなかった。


2007.10.21(日)快晴 今日のジョロウグモ1

ジョロウグモ1

今日は一日穏やかな快晴だった。ジョロウグモその1が網の修繕をしているようで、その様子をしばらく観察していた。写真のように網はけっこうぼろぼろで決して美しくはない。脚が2本足りないから、それなりに不自由はしているはずなのに、その行動に迷いがない。人間的な発想では、あの複雑な網を張ったり修繕したりすることは相当の論理的な思考が要求されると思う。それなのに、クモは一連の動作で迷いをみせない。それぞれの局面では観察していても何を行おうとしてしているのかが読めず、巣の修繕だというのも、その結果をみて、ああそうだったのかと考えを追いつかせたのである。動物の行動は、滞りがあり試行錯誤があればかえってその意味を理解しやすいのだなと感じた。これは人間の理解力の可能性と限界を示すものだろう。作業を終えたクモは定位置に戻り頭を下にして、悠然と写真のような待機の姿勢をとっている。


2007.10.28(日)快晴 消えたジョロウグモその2

ジョロウグモ1

台風が行き過ぎてすばらしい天気になった。少し早いかもしれないが小春と言いたくなるような日和だ。南の風が強くて暖かい。ナカガワを引っ張り出して境川に向かう。後輪のギアを9速にしてアルテグラをつけた。チェーンも新品のものにした。50×21Tでくるくると85rpmを維持して走る。それで速度は25キロぐらいになる。気持ちよく走るこつはチェーンを交換することだな、と認識を新たにした。向かい風を受けており、心拍は160〜170bpmぐらいになっている。最大心拍数の80%以上のはずだが、それほど苦しくない。1時間ぐらいは平気だ。きっとシリンダの小さい高回転型心臓なのだろう。

台風一過はめでたいとして気になるのはジョロウグモのことだ。強い風雨はクモにとっても打撃のはずで、巣がどうなったか気になる。朝一番に見に行くと、ジョロウグモその3はぜんぜん無事だった。ジョロウグモ1も平気だった。しかし、ジョロウグモその2の姿が見えない。台風にやられたか? そうでもないように見える。というのは、巣が一切合切消えてなくなっているからだ。巣をたたんでどこかで産卵でもして卵を守っているのかもしれないと周囲を探してみたものの、見つかるわけがない。一から追跡することなくそういうクモを見つけようとするのは無謀なこころみだ。

ところで、写真は今朝のジョロウグモその1であるが、腹はずいぶん大きくなって、成熟の印である深紅のマークも広くはっきりしてきた。ということはもう脱皮はしないのかもしれない。脚が足りないことに気づいてから、脱皮をした気配もない。写真の角度からはもげた右第3、4脚がよくみえる。観察しているときにたまたまユスリカぐらいの小さな虫が網にかかった。このクモはすばやく駆けつけて一口に食べてしまったようだ。あまりに獲物が小さくて私の目には捕らえられなかった。獲物が小さいと糸を使わずに食べるのだろうか。ともあれ、そうした様子をみていると脚の不足によるハンディはぜんぜん感じられない。


2007.10.29(月)晴れ ジョロウグモその2の再帰

ジョロウグモ1

いつものようにジョロウグモを見に行った。ジョロウグモ1とジョロウグモ3は相変わらずであったが、失踪していたジョロウグモ2が再び巣を作っていた。これまでの場所からはいくぶん手前になっているので、いつもの調子でぐぐっと近寄って危うく網にかかってしまうところだった。こいつは少なくとも24時間以内に網を張っている。ただし、ジョロウグモのあの複雑怪奇な網ではなく、1枚の垂直円網である。似てると言えばコガネグモに怒られるかもしれないが、ちょうどコガネグモのような案配だ。まず、1枚の円網を作ってから増築工事にはいるようだ。それにしても、どういう理由でどこに行って何をしていたのだろう。腹のふくらみ具合からすれば卵を絞り出したわけではないようだが。

それにしても携帯電話でクモの撮影は難しいな。ずぼらをせずに毎日一眼レフを持っておればよいのに。


2007.11.7(水)晴れ 寂寥

ジョロウグモ1

この季節には動きの遅い虫によく出会う。気温の低下でにぶくなっているだけかもしれないが、秋の物寂しさをもっとも感じるのはそういう虫たちの姿からだ。そもそも、虫たちの死因は大半が捕食によるものだと思う。天寿をまっとうして弱って死にいくさまを目にする機会はめったにない。住宅の回りにべらぼうにいるアブラゼミを見かけるのがせいぜいであろうか。

毎朝「やあ、きょうはどうだい?」と声をかけていたジョロウグモその1がいなくなった。残っているのは大きく破れた網だけである。彼女がいなくなってもしばらくは物欲しげなオスの姿があったが、今朝にはそれもいなくなった。きっとどこかで卵を守っているのだろう。来年の夏に彼女の子どもたちと再会することを楽しみにしておこう。クモ1匹がいなくなっただけでこれほど庭が寂しくなるとは思わなかった。


2007.11.12(月)晴れ 冬雲

10年ぶりぐらいに歯医者に通っている。最近は虫歯の治療もずいぶん楽になったと思う。小さいものならちょっと削って、白い樹脂を詰めて固めて終了だ。ものの5分もかからない。接着剤などがこの数十年で飛躍的な進歩をとげたのだろう。

歯医者の窓からは青空がよく見えた。シュークリーム型とでも言おうか、東京の空に濃密なかたまりのでかい積雲がぽっかと浮かんでいる。風にながれるでもなく1点にとどまって成長している。雲頂は鋭い波のような突起が伸びて渦を巻いている。のどかな雲に見えるが、その中はかなりの気流が発生しているのだ。こういう積雲を見ると、まちがいない冬の到来を感じる。もうじたばたしても駄目だ。歯医者の治療台に寝かされたようなもので、しばらくは辛抱するしかない。


2007.11.23(金)晴れ 初冬のジョロウグモ

ジョロウグモ3

空気が澄んですばらしい天気になった。しばらく半原越に行ってなかった。途中の道、鳥の他はあまり動くものが見つからない。ユスリカの群れか、自動車に轢かれたカマキリか、虫はそれぐらいのものだ。すでに指定席になった棚田のわきも、2時前だというのに日陰になっていた。ずいぶん日が落ちるのが早くなったものだ。

山に葉は残っているものの、いよいよ景色は殺風景だ。休耕田のカラムシが一斉に枯れて灰色になっている。カラムシは奇妙な草で、晩秋の終わりまでみずみずしさを失わずに成長を続けるように見えて、冷え込みが来ると一気に枯れて汚くなってしまう。寒さに強いのか弱いのか不明だ。フクラスズメの幼虫らしい毛虫が道路を歩いている。カラムシを食べる毛虫だ。おそらく蛹化の場所を探しているのだろう。一夜にして食べ物が消え失せる寸前でぎりぎり間に合ったのかもしれない。

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'52" 15.5km/h 84
区間2 1.0km 5.8% 5'12" 11.5km/h 78
区間3 1.0km 6.2% 4'26" 13.5km/h 77
区間4 1.0km 8.4% 6'13" 10.4km/h 74
区間5 0.7km 9.1% 4'42" 08.9km/h 74

半原越のタイムは24分44秒。遅いけれども、平均ケイデンスは77rpm。最小26×27Tという極めて軽いギアをつけて臨んだ。この仕様で半原1号を落ち着けようと思っている。

午後4時に帰宅すると、すでに夕方のようで1匹だけ残っているジョロウグモその3が元気なくぼろぼろの巣にぶら下がっていた。寒くて巣を修繕する余裕もないのだろうか。


2007.11.25(日)晴れ 半原越ゆっくり

気温が高く風もなくすばらしい陽気になった。半原1号で半原越だ。今日の目標はゆっくり走ること。はやる気持ちを押さえて、時速15kmで走れる所も12kmで走る。踏まずに回す。26×27Tに入れることをためらわず75rpm以上を維持する。ダンシングはしない。座って回す。タイムは24分54秒。平均ケイデンスは79rpmだった。

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'43" 12.7km/h 79
区間2 1.0km 5.8% 5'22" 11.1km/h 79
区間3 1.0km 6.2% 4'42" 13.2km/h 84
区間4 1.0km 8.4% 5'39" 10.2km/h 77
区間5 0.7km 9.1% 4'28" 09.9km/h 74

今日は虫も多かった。枯れたカラムシにはナナホシテントウが這いチョウやトンボまで飛んでいる。キチョウなんかは成虫で冬を越すはずだからこういう暖かい日には飛び回ることもあるのだろう。なんとなく、魚露目8号という冗談レンズを買ってしまった。


2007.11.27(火)くもり 車窓から撮る富士山

ジョロウグモ3

きのう、早朝ののぞみに乗って京都へ出かけた。空気は良く澄み富士山もきれいに見えた。これは一つ写真にと、携帯電話で撮影を試みた。携帯電話だとシャッターボタンを押し込んでから2秒後(体感時間)に写る。のぞみの車内からだとシャッターチャンスなどというものはなく、写真のできは偶然が支配する。

撮って面白かったのは、近くの被写体は形がつぶれて長方形が平行四辺形になることだ。フィルムのカメラでも画像は流れるけれど、これほど顕著にゆがむのは新鮮だ。左下すみの電柱にいたってはもとから斜めに立っているのではないかと思えるほどだ。この写真を分析するに、私の携帯電話では横長写真にすると、下の方からCCDを走査して画像を記録する仕掛けになっていることが推理できる。


2007.11.28(水)くもり 越冬態と産卵生態

日本に住む虫にとって、この冬をどう過ごすかは生死に関わる問題だと思う。ちゃんと越冬の方法をもっていないのは死に絶える。まれには鳥のように南に飛んでいくものもいるらしいが、おおむね虫は種ごとに冬を越す決まったスタイルを持っている。

チョウ、ガなどの鱗翅目のようすを思い浮かべてみても、だいたいあれはこれこれはあれと、決まったスタイルを思いつく。モンシロチョウは蛹。アゲハチョウも蛹。ヤママユガやミドリシジミは卵。オオムラサキは幼虫。ムラサキシジミやキチョウは成虫。

はて、どうしてみんなバラバラなのだろう。単純に考えれば卵が一番寒さには強そうだから、みんな卵で冬を過ごせばよさそうなものである。バラバラなのはおそらく成り行きでそういうことになったからなのだろうが、それはもともとの(おそらくは冬のない地域での生活で獲得した)生活の必然としての越冬態にちがいなかろうと思うのだ。どういう原因からアゲハは蛹で冬を越し、ヤママユガは卵で冬を越すのか、そのあたりをちょっと考えてみる気になった。


2007.11.30(木)くもり 卵越冬は有利か?

ところで卵越冬って本当に有利なのだろうか。そういう研究は知らないし、誰かがそんなことを言っているのも聞いたことはない。私が勝手にそう思っているだけなのだから、その理由を挙げておかないと、のちのち自分が自分を批判する上での不手際になるだろう。

第一に、卵は製造コストが安い。虫は卵→幼虫→蛹→成虫と経るうちにぐんぐん数が減っていく。苦難をかいくぐって成長したものを数か月にわたって、ただじっとさせておくのはもったいないような気がする。モンシロチョウの蛹なんか夏場だとすぐに羽化するのに、越冬蛹は3〜5か月も惰眠をむさぼることになる。幼虫や蛹、成虫は鳥にとってよいエサなのだから、動けもしないのに長期にわたってそういう姿ではいないほうが良いと思う。その点卵なら鳥のエサには不適だし、多少食われても数が多いから生き残るものも多いだろう。

虫の体で寒さや乾燥に一番強いのは卵じゃなかろうか。孵化していたとしても、卵の殻の中で幼虫になってじっとしているのが冬をやりすごすのに適していないか? 体積が小さいほど、乾燥は早く凍結も早いのかもしれないが、卵には殻がある。殻ならば乾燥低温に耐える仕組みにすることも易しそうだ。


2007.12.2(日)晴れ 半原越22分46秒

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'00" 15.0km/h 76
区間2 1.0km 5.8% 4'30" 13.3km/h 68
区間3 1.0km 6.2% 4'30" 13.3km/h 68
区間4 1.0km 8.4% 5'30" 10.9km/h 60
区間5 0.7km 9.1% 4'16" 09.8km/h 54

天気が良くてあたたかく、久々にキャノンデール650cを天井から下ろして半原越に行くことにした。清川村はちょうど山の紅葉が見頃だ。いつもの棚田からは集落の谷をはさんで向かいの山並みをのぞむことができる。半原越のある経ヶ岳、華厳山そして高取山に続く主尾根から分岐して清川村に落ちてくる尾根である。山の斜面は半分ぐらいが杉などの植林で、のこりはコナラなどの雑木林だ。赤や黄色の派手な木は少ないけれど、西に傾いた日を受けて鮮やかな晩秋のいろどりを見せている。

キャノンデールはよく走る自転車で、ギアも前が52×39という普通のロードレーサーになっている。700c換算だと、コンパクトギアを使っているぐらいの案配だ。平地を高速巡航するのに向いている。しかもギアが重い分、半原越を普通に走ったら半原1号よりもタイムはよい。半原越のタイムトライアル専用車よりもよいタイムが出る自転車を、なぜ「半原○号」として認めないのか? というむきもあるかもしれないが、タイムトライアルとはいえタイムがすべてではない。半原越を走っていて、挑戦していて、気持ちの良い仕様の自転車というものがあるのだ。それは数字には現れない。

半原越を降りて、日が落ちて、コースが日陰になってもまだ寒くはないので快調に飛ばしていた。手放しでクランクをくるくる回して30mほど続くちょっとした登りをスイスイと越えようとしていたら坂を登り切る直前で思いっきり右ふくらはぎが攣ってしまった。とうてい乗り続けられる痛みではなく、崩れるようにアスファルトに倒れ込まなければならなかった。その場に寝ころんで空を見上げて、「この程度で攣るってのはやっぱり冬だなあ。重いギアでスピードにのれる自転車って要注意だ」と痛みがとれるまで考えていた。

考えといえば、この数日仕事(給料をもらっている方の)で気がかりなことがあり、夜も明け方まで寝付かれないような状態が続いている。自転車に乗っていても、そのことばかりをぐるぐる考えて不愉快きわまりない。車上での思考は「哲学」でなければサイクリングの妙味はない。少なくとも私が自転車に乗る意味は皆無になる。


2007.12.7(金)晴れ 冬のジョロウグモ

ジョロウグモ3

わがやにはまだジョロウグモが1匹生き残っている。それを今朝撮影した。カメラはFinePix S1proでレンズは魚露目8号という円周魚眼の冗談レンズを使っている。シグマの24-70mmの先に魚露目8号をつけて、望遠いっぱいにズームすると四隅やや蹴られつつ全画面に写る。

魚露目8号を買ってから1週間ぐらいたっているけど、まだ本格的には遊んでいない。ちょっとずつテストして今朝はじめて冗談とはいえ見られる写真ができた。どうやらF22ぐらいまで絞り込んで、シャッタースピードは45から60ぐらいに落として明るい日の下で撮るのがよいようだ。むろん、接写するのだからストロボは必須だ。この写真でクモの手前10cmぐらいのところに魚露目8号のレンズがある。巣を壊さないようにしなければならず、ピントはノーファインダーオートフォーカスにまかせた。どちみち、魚露目8号を使えばピントの確認なんてできはしない。そんな高性能なカメラでもなく、眼でもない。


2007.12.9(日)晴れ 半原越22分40秒

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 3'52" 15.5km/h 非計測
区間2 1.0km 5.8% 4'36" 13.0km/h 非計測
区間3 1.0km 6.2% 4'22" 13.7km/h 非計測
区間4 1.0km 8.4% 6'02" 09.9km/h 非計測
区間5 0.7km 9.1% 3'48" 11.1km/h 非計測

急に寒くなったと思ったら、ここしばらくはまた暖かい日が続いている。先週に引き続きキャノンデールで半原越。とちゅう、モンシロチョウらしきチョウが飛んでいるのが見えた。本来越冬するはずの蛹が羽化したのだろうか?

半原越は普通にがんばってみた。わりと重いギアでダンシングを多用した。区間3でちょっと張り切って飛ばしたらすぐに息切れしてしまった。このキャノンデールはもらい手が見つかり、まもなくお嫁に行く予定。


2007.12.13(木)晴れ 産卵習性と越冬ステージ

ここでは仮に卵が越冬に最も適するステージだとしよう。そうすると、あえて有利なはずの卵で越冬しないものには、卵ではうまくいかない理由が見つかるはずだ。その一つをあげるのは簡単だ。

チョウやガには食草上に産卵するものがいる。彼女らは非常に注意深く食草を選び卵を産み付けていく。幼虫は孵化するとすぐに食べ物にありつけるのだから、うまい手だと思う。ところが、日本には冬枯れになってしまう草木も多い。食草が冬にはすっかり枯れてなくなってしまう場合は、秋の食草に産卵してはいけない。蛹か何かで冬を乗り切って、春がきて食草が芽吹いてから活動を始めるべきだ。

逆に、卵越冬するチョウやガの卵は食草のそばに注意深く産み付けられている。食草産卵以上の母の愛が感じられるものも少なくない。しかも、孵化そして幼虫の成長は、とてもうまく芽吹きと同調しているように思う。卵は芽のそばに産み付けられ、孵化した幼虫は芽吹いたばかりの、いかにもうまそうな葉を食う。葉の成長に合わせるかのように幼虫も姿を変えて、カモフラージュするものも少なくない。

私は、産卵習性が越冬ステージに大きく関わっていると思う。この仮説の信憑性をはかるのは簡単で、食草のそばに産卵するタイプでなおかつ卵越冬するものを数えあげればよい。そのタイプのもので蛹、幼虫、成虫で越冬するものがけっこういれば、産卵習性が越冬のステージに関係があるとはいえない。なにか別の理由を探そう。


2007.12.15(土)晴れ一時雨 半原越23分9秒

    距離  斜度  タイム 平均時速 ケイデンス
区間1 1.0km 6.5% 4'04" 14.8km/h 81rpm以下
区間2 1.0km 5.8% 4'36" 13.0km/h 72rpm
区間3 1.0km 6.2% 4'53" 12.3km/h 68rpm
区間4 1.0km 8.4% 5'31" 10.3km/h 57rpm
区間5 0.7km 9.1% 4'05" 10.3km/h 57rpm

半原1号を近所の自転車屋に預けた。中古で入手したカーボンフォークを元からのチタンフォークと交換してもらうためだ。できる限り自転車は自分でいじりたいのだが、さすがにヘッドの小物交換は無理だ。あきらめてプロにやってもらうことにした。

そして今日もキャノンデールで半原越。39×25T、700c換算では36×25Tで普通に走った。この冬枯れの殺風景な半原越もけっこう好きな気がする。

わが家からは最後のジョロウグモも消えた。巣はそのままでクモだけがいなくなっているので、力尽きて死んだのだろう。いよいよ、庭も殺風景だ。池に落ちている葉をすくって、繁茂している藻を取り除いた。


2007.12.23(日)雨のち晴れ ミノムシ

ミノムシ

午前中まで降り続いていた雨は昼にはすっかりあがり快晴の空が拡がった。さっそくカメラに望遠レンズをつけてミノムシを撮ってきた。このミノムシは先日、通勤途上で見つけたものだ。その形状からオオミノガでまちがいないだろう。ついている木は私の記憶では梅だ。

午後からはキャノンデールで境川をゆっくり走ってきた。気温が高くゆるい北風でたいへん気持ちがよい。走っているうちに、ちょっと足を伸ばして新江ノ島水族館でダイオウグソクムシでも見てこようかと思ったけれど、財布もなにも持っておらず、水族館に入れないことに気づいて断念した。

境川の道ばたの木の枝にもミノムシがいた。オオミノガは今世紀の初めにはほとんど見られなかった。しばらく見ていないことに気づいて、改めて探した冬にはじつに1個も見つからなかった。オオミノガヤドリバエの寄生によって絶滅が心配されていたころだ。

この数年ではサイクリングの途中でもぽつぽつと見られるようになってきた。今日なんかも時速25kmで走っている老眼ですら見つかるのだから、かなりたくさん生息しているのだろう。


2007.12.24(月)晴れ エノスイに行く

富士山

やはり、ダイオウグソクムシは見ておかねばならないと決心して、ミネルバを引っ張り出した。ミネルバはフロントバッグと前照灯まで装備されている撮影用自転車だ。フロントバッグにS1proを入れ、境川を江ノ島へ向かって下っていく。

冬らしい追い風が吹いている。時速25kmで走っているのに背中に風を感じるからかなりの北風だ。「こりゃ帰りは生き地獄だな」と覚悟する。道すがら、柿をついばむムクドリ、ずっと気になっていた境川のミノムシ、日だまりに咲いているハコベにオオイヌノフグリなんかを撮影する。フロントバッグに一眼レフがあるとスピーディでよい。

勝手知った境川〜引地川のルートをたどって湘南に出る。ずいぶん富士山が大きくてきれいだ。新雪が中腹まで積もっている。土曜の雨は富士山では雪だったと見える。それにしても、この冬にずいぶんな人が海水浴をしている。さすが湘南だ。

さて、新江ノ島水族館はたいへんな混雑である。そのほとんどが若者だ。最近の若い人は魚類に関心が高くて頼もしい。館内の展示によると天皇陛下も秋篠宮殿下も魚類の研究をされているとあったから、その影響かもしれない。

新江ノ島水族館は相模湾の海を再現していることで名高い。入館するとすぐに人工波が起きる磯の展示があり、強力なライトでカジメやアオサを繁茂させている水槽もある。大水槽にそって海にもぐるようにスロープを降りていくと、深海の生物の展示場がある。チューブワームなど深海の生物は地味なものが多いのだが、娘さんたちは食い入るように水槽を眺め、熱心に説明書きを読んでいる。

目当てのダイオウグソクムシの前は黒山の人だかりになっている。世界最大のダンゴムシの仲間で、1000mほどの深海にしか生息しない生物。現展示のものはアメリカから来たという。一抱えほどもある大理石細工のようなボディは一目見ておく価値十分だ。2匹の虫は深海用の暗くて赤いライトの下でじっと動かない。どの見物人も虫が動くのを今か今かと見守っている。5分ほど注視していると、これは置物?と不安になってくる。そのとき、手前の虫が足をちょっと動かして尻尾をふら〜とさせた。若者たちの間にどよめきが起こった。

満月

「行きはよいよい帰りは恐い」という思いがあったのがいけなかった。少しでも北風を避けるため住宅地を縫って帰ろうと思いついたのだ。いつもの川ルートはふきっさらしの向かい風を受けることになる。もっと賢い行動ができるはずだ。これまで藤沢では常に迷っているが今日は大丈夫という自信があった。西日がはっきり見え北は明確だから迷うはずもない。北と東にさえ向かえばルートを失うはずがない。単純明快なはずであった。ところが30分も行くと、自分の方向感覚を信用してはいけないという、過去何十回となく言い聞かせてきたことを思い知らされることとなった。

ときどき見える富士山がどんどん大きくなっていくのは気のせいか。2回渡ったはずの引地川が2回とも右から左に流れていたような気がするのはなぜか。どうして1時間も走っているのに国道1号線なんぞにぶつかってしまうのか。いつものように数々の疑問を残しつつ、既視感のある道路にたどり着いた。いつも迷って未知のコースをたどるのに結局同じ道に出るのはなぜだろう。

住宅地ルートの開拓はあきらめて境川に出たときにはもうすっかり暗くなっていた。そういえば、けっこうな北風も辛いものではなく、それなりに楽しめる体質だった。夕闇の境川も風情があるし、途中の丘で富士山がよく見える場所があることもわかったし、なによりもでっかくて赤い満月がのぼってきたのがうれしかった。撮影してみたが、月が月とわかるサイズの望遠で10分の1秒のシャッターではぶれないわけがない。三脚なんて持ってないから、ガードレールを利用して気合いで撮った。


2007.12.25(火)くもり 直接産卵は固い葉を食うのか

卵越冬するものたちの特徴は孵化したばかりの幼虫が若葉を必要とすることにあるかもしれない。それは完全に食草に適応していることを示している。適応というよりも、むしろ落葉樹あるいは冬に地上部が枯死する草本に依存しているともいえる。

むかし、ヤママユガを飼育していたとき、外よりは暖かい室内で卵を保存していたものだから、2週間ばかり早めに孵化してしまったことがある。クヌギもコナラもウラジロガシもようやく冬芽がほころびかけたころで、小さな毛虫は食べるものがなかった。冬芽を切断してほぐして与えても無駄だった。食草である常緑樹のカシの葉を与えても駄目だった。成長しきって固くなった葉は刻んでもすりつぶしても全く食欲をそそらないようであった。結局、孵化した幼虫の大半が餓死してしまう結果となった。春の芽吹きは爆発的に進行するから、それに合わせて孵化するのは綱渡り的職人芸だ。

春に芽吹き、夏に葉を拡げ、秋に落葉する食草に生活環をピッタリ合わせれば年に1回しか発生できないことになる。一方、年に複数回発生するチョウは、食草に直接産卵するタイプが多いようだ。直接産卵する蝶の幼虫は固い葉も食えるようで、アゲハはかちかちのミカンの葉に産卵するし、モンシロチョウも人間が捨てるようなキャベツの固い葉に卵を産む。彼らの生き様であれば、年に数回の発生をすることができる。


2007.12.29(土)くもり サナギ越冬

卵越冬のチョウはめまぐるしい四季の変化にみごとに適応しているようにみえる。ただし、食草直接産卵型のチョウでサナギ越冬をするタイプも適応が不十分であるとはいえない。アゲハはおそらく南のチョウであるが、北海道にもけっこういる。アゲハは四国ではミカンを食うチョウだが、寒冷地で育つキハダなどの落葉広葉樹も食い、ミカンのない札幌でもよくみかけた。ミカンは寒さに弱くて札幌の冬だといちころだ。いっぽう、アゲハのサナギは氷点下10℃でも凍らないというから、札幌でも十分に定着ができる。越冬態は必ずサナギで、アゲハのサナギはある程度寒風にさらされないと羽化しないという。11月ぐらいの小春にだまされて羽化することもないのだ。

それでもアゲハは完璧な寒冷地仕様とはいえない。アゲハのサナギは氷点下20℃ぐらいに冷え込んで、凍ってしまえば死ぬのだが、北海道には体が凍っても死なないタフなチョウがいる。アゲハはもともと南のチョウで、北上の試行錯誤の過程で低温に強かったのがたまたまサナギであったから、サナギ越冬に固定したのだと思う。そして、固定しているということが長い歴史を物語り、じゅうぶんな適応の証拠となる。

直接産卵のタイプは食草の四季に合わせる必要もなく、一年に何回も発生できるという強みがある。四季にあわせて年に1回だけ発生するよりも、できることならアゲハのようにサナギ越冬して、年複数回の発生ができたほうがいいに決まっている。熱帯であれば複数回発生するのが自然だろう。そもそも虫は熱帯のものというイメージがあり、アゲハに限らずどのチョウのルーツも熱帯だろうと思う。

ツマグロヒョウモンは今現在も北上しつつある南のチョウである。冬期の低温が北上のネックになっているようで、関東地方では定着にはいたっていない。ツマグロヒョウモンは定まった越冬態がない。最も低温に強いステージは幼虫らしい。5℃ぐらいまでの温度には耐えるのではないだろうか。ツマグロヒョウモンの北限を争う各地で厳冬期に大きい幼虫がスミレを食っていることが報告されている。スミレ類も冬に緑の葉を保っているものがけっこうある。

ツマグロヒョウモンが本物の神奈川のチョウになるためには冬眠の能力を獲得しなければならないだろう。現時点では、冬でも暖かいときには活動して、寒くなると動けなくなり、体が凍ればそれっきりというようなことを繰り返しているのだろう。わが家でも秋に蛹化したメスがいて、アゲハのように、そのまま越冬するのかな?と思いこんでいたら、厳寒の12月に羽化してしまい、チョウは羽ばたくこともできずに脱け殻の直下で横たわっていた。おそらく凍死であろう。


2007.12.30(日)晴れ 幼虫越冬

この先、数万年の時を経てツマグロヒョウモンが温帯のチョウになるかもしれない。そのときはおそらく、幼虫越冬するチョウになっていることだろう。少し調べてみると、鱗翅目で卵越冬をするのは主流ではないように思えてきた。蛹、成虫どころか幼虫で越冬するものも少なくないようなのだ。

幼虫越冬するチョウとして最も有名なのがオオムラサキだろう。私はオオムラサキが幼虫越冬する必然性を見いだせない。落葉広葉樹である食草(エノキ)に直接産卵するタイプだから卵越冬は無理である。しかし、アゲハのように秋までに十分成長して蛹になり、そのまま越冬して春に羽化してエノキの芽ぶきを待って産卵すればよいのだから、幼虫でなければ絶対駄目というわけではない。ただ、成虫のエサが夏の樹液であるから、そのままの食性を維持するとなるとサナギの休眠期間が長くなりすぎるかもしれない。

エゾシロチョウは最も寒冷地に適したチョウだ。エゾシロチョウは集団で樹上に巣を作り、幼虫で越冬する。冬期の幼虫は耐凍性を有しており、比較的高い温度で体が凍るが、凍っても死なないという。やがて来る厳しい冬を見越すかのように、夏にゆっくり成長し非常にながい休眠期間をもっている。

いかにも低温に弱そうな幼虫で冬を越すのは、ねらってそうなっているとは考えにくい。行き当たりばったりで、それこそ適者生存という有名な法則によって、ふるい落とされ生き残ったものが越冬の技を磨いて今日に至っているのではないかと思う。


2007.12.31(月)晴れ コケの写真

満月

庭に生えているコケの写真を撮っている。この写真のものは、チョウチンゴケっぽい葉の広いタイプのものだ。肉眼では土の上に緑の点々となって見える。ちょうどいっせいに芽吹いてきたところらしい。背丈は1mmほどしかない。

いざコケの撮影にトライしてみると、おもわぬ難しさに気づく。まず、どこらあたりがきれいなのか、コケの特徴を捉えるカットになるのかよくわからない。もはや肉眼ではこのコケの葉は見えず、拡大鏡でそれとなくあたりをつけ、35mm換算で2倍ほどになるファインダーで見て、えいやっとシャッターを押す。構図は半分以上運任せ。どんな風に撮れているかはパソコンのモニターに映してはじめて明らかになる。いうまでもなくピントは難しい。地面にはいつくばる姿勢を保つ体力もいる。カメラがぶれないように一脚の工夫も必要だ。

そういう予想された難しさ以外に、ゴミの問題の大きさに気づいた。コケには枯れ葉やら石ころ(砂粒)やらがやたらとついている。特に、犬猫の毛は写真の中で目立って不愉快だ。そういうゴミに撮影前に気づいたとしても、除去は容易ではない。ピンセットは大きすぎて役に立たず、気休めにブロワーで吹き飛ばす程度のことしかできない。

また、今日のコケは葉が非常に薄く、後ろが透けて見えるほどだ。そういう葉の透明感は照明の工夫によって表現が可能なはずだ。この写真では正面からリングストロボ2灯、左上逆光気味に補助灯をあてているけれども、全体にベタな照明となり、葉の透明感と草体の立体感に乏しい。自然状態の地面に生えているコケでもかっこよく撮れるのか撮れないのか、プロの写真も参考にして研究を続けよう。

 
カタバミ  テトラ  ナゾノクサ
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