たまたま見聞録
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2003.1.1 年始

目が覚めたときはもう11時だった。夜中に何度か目が覚めて、そのつど違う夢をみていた。悪夢でも良夢でもなく、ただ普通の日常を普通に過ごしている夢ばかりだった。たとえば百姓仕事をしていたり。これを初夢として占うならば、申し分なくいい一年になるだろう。

昼にいただく女房のおせち料理がものすごくうまい。記念写真を一枚。午前中は曇っていて小雪も舞っていたが午後からは快晴になった。住宅街を5キロほど歩いて初もうでに行く。気温は低いけれども風がないので、太陽に顔を向けてじっとしていると暖かい。神社の大きなケヤキにムクドリが鈴なりだ。カモメたちが上昇気流をつかまえて雲一つない空を登っていく。外に出て歩くのを嫌がっていた子どもも、いざ歩き始めるとよくはしゃぐ。

帰り道、陽が沈むと鼻水が出てきた。これが一年の計であるならば、申し分のない一年になるだろう。


2003.1.3 正月のテレビ

昨日は山登りに出かけた。だが、正月といえばやはりテレビだろう。とくに今日のような雪の日にはテレビを見るに限る。今年の傾向としては時代劇をたくさん見ている。もともとレアルマドリの試合を見るために入ったケーブルテレビにいろいろな時代劇が飛び込んでくるのだ。日本の時代劇で、いちばん見たのがアニメのサスケ。シリーズ最初のころの名ゼリフ「生きていくのはおまえだ。思い出ではない」とか、「猿飛とは人ではない。猿飛の術を使う者すべてが猿飛なのだ」とか、「いまは術の解説をしているひまはない」などなど、ぞくぞくするシーンが連発だ。

そして特筆すべきがアメリカ製(たぶん)アニメの「サムライジャック」だ。背景、キャラクター、小物などのデザインが天下一品。色使い、動き、カット割りは天才的。ストーリーはおおむね凡庸だが、パートのアイデアが秀逸。気づいたら4時間ぐらい見ていた。おまけに正月用のプレゼントまで応募してしまった。景品はサムライジャックデザインの箸。欲しくはない。

同じ時間に、人気のガンダムシリーズもやっている。あちらは5分以上見続けることは難しい。元旦の朝日新聞によると、私が4歳のときに「鉄腕アトム」が始まっていたらしい。私があれを見はじめたのはきっと5、6歳のときだ。ガンダムシリーズの性質から考えると、私が「新造人間キャシャーン」を見ていた年ごろにガンダムが放送されていればちゃんと見ることができただろう。アニメは生ものだから。


2003.1.4 腹がへること

自転車で走りはじめてから、財布用としていつも持ち歩いているフィルムケースの中に200円しか入ってないことを思い出した。200円だと腹が減ったときに何かを買って食うことができない。飲み物を一本買うのがせいぜいだ。よわったものだと、ウエストバックの中にあるはずのフィルムケースを外から手探りで確かめてみる。その円筒の手触りがない。それさえ忘れてきたのだ。出かけるとき、200円しかなかったので補充しようとしたら10円玉と1円玉しか見あたらなかったので、札を探しているうちに忘れてしまったのだ。あろうことか、フレームにボトルもはさまっていない。

この寒い日だから、飲み物はなくてもすむだろう。腹がへったら困るなあ。困っても死ぬほどのことはないからまあいいかと、気を取り直して進む。もう13時なので最長でも4時間、17時には真っ暗で走れなくなる。4時間ならなんとかなるだろう。

大和市から、鶴見川の源流を越えて多摩川へ。多摩川サイクリングロードで遊んでから、高さ50メートルほどの日野の岡を登り降り。さて、3時間を過ぎると猛烈に腹が減ってきた。汗はかいていないので、水は欲しくないが腹が減った。腹が減ってからの10キロはしんどかった。目の焦点があわないのは歳をとって鳥目が進んだせいばかりではないだろう。

我が家の犬はたいへん哀れなやつである。放浪生活をしているところを拾われた。しつけは入っているので、しばらくはちゃんと飼われていたものと思われる。ただし、相当な飢餓を経験しているようで、いつも命懸けで食い物を探している。その様子は犬とはいえどかわいそうである。およそ食える物は何でも食う。生のサツマイモ、ジャガイモ、フィラリアの薬ですらうまそうに食う。コナラのドングリをぼりぼり食う犬をはじめて見た。毒に当たらなかったのが彼の幸いだ。

私も幾度か空腹を経験しているためか、食い物があると食うのをがまんできないという悲しい習性がある。買い置きの食料を食いつくして、犬といっしょだといって笑われる。今日のように自転車に乗ってハンガーノックを起こして帰り着いたときが危ない。子どものおやつなんかの取り置いてあるものを食いつくすと肩身の狭い思いをすることになる。


2003.1.5 鉄腕アトム

今年は鉄腕アトムが生まれた年であるそうな。5才の私は鉄腕アトムが大好きだった。鉄腕アトム以外の手塚作品は憎悪の対象以外のなにものでもないのだが、鉄腕アトムは大好きだ。最初で 最後に買ってもらった漫画は鉄腕アトムで3000回ぐらい読んだ。当然、自分でも鉄腕アトムになりたかった。しかし、ロボットが人間になれないのと同様に人間もロボットにはなれない。10万馬力の原子力機関を内蔵する人間になんてなれやしない。それでも、40年後の未来を信じ、鉄腕アトムに登場する科学技術にたずさわる大人になりたかった。

鉄腕アトムには無敵のロボットをあごでこきつかうお気楽キャラがいる。「博士」とよばれる人たちだ。彼らは地球がどうなろうかという大戦争のときにも一番安全なところにいて、うまいものを食っているらしい。デキる博士も人生の目標を誤って悪の組織に入ると結局ひどい目にあう。あれはいけない。うまく世渡りして正義の側になれば博士ほどのんきで楽な商売はないと子供心に思っていた。

博士になれるかというと、それはどうも難しそうだった。博士は身分がよくてお金持ちで、勉強ができる子がなるんだろうと薄々感じていたのだ。自分の回りには博士へのステップになりそうなものは何もなかった。実験機械とか書物とかそういうアカデミックなものは皆無で、せいぜいオートバイとか農薬ぐらいが科学の臭いのするものだった。回りの連中の最大の関心事はみかんの値段というありさまだから、もういけない。博士になるには少なくとも東京の子どもでないと無理そうだった。もちろん勉強も嫌いで成績も並だった。

それでも2003年にもなると誰でも空を飛ぶ車を所有し宇宙に行ける時代になると信じていた。そういう時代であるから、竹細工を作っている近所の職人の子どもは電子頭脳を作り、雑魚をすり身にして揚げ物を作っている家の子は、一粒で腹がいっぱいになる宇宙食を作り、模型飛行機を作るのが好きなみかん農家のせがれである私は宇宙ステーションか火星基地を作っているはずであった。

そういう職人連中は敵が攻めて来ると、爆弾の火の手の中を右往左往して消火活動にあたったり、不幸にも命を落としたりする役なのだが、無敵のロボットにも博士にもなれそうにないのだからしかたがない。私の未来への夢は妙に現実的でつつましやかであった。

さて、現実の2003年。いま現在、コンピュータを作っている大工の息子もいれば、博士になっているみかん農家の子どももいる。どうやら科学技術の進歩は予想ほどではなかったが、社会の進歩は私の期待以上だったようだ。ただし、エンジニアや博士がみかん農家よりもまともな暮らしをしているわけではないから悲しいものである。


2003.1.10 日常生活のリズムが崩れるとき

今日も一日よい天気だった。朝、通勤のための決まった道路を決まった時間に決まった方向に駅の方に歩いていく。電車がつくホームまでに要する時間は9分45秒でほとんど一定。歩く歩数もほとんど変わらないはずだ。

雲

空を見上げると、西から東へ半透明の薄い雲のベールが4,5本伸びている。高さは1万メートルを超えていそうだ。巻雲の一種だ。形状からはひろがった飛行機雲にも見える。しかし、飛行機がくっついた本物の飛行機雲は、その雲よりもずっと低いところに細くてはっきりした白い線としてできている。巻雲の帯は、はるか東の地平線から西の地平線にかけて延々つづいている。幅だって視角で太陽の20〜30倍もあるから、高さ1万メートルにしても、3キロ以上になる。そんな雄大な飛行機雲もないだろう。

ジェット気流にともなう雲だと思った。わりと珍しい雲だ。胸のポケットからカメラを出して、3枚ほど雲の写真をおさめる。だからといって通勤の足が乱れるわけではない。歩数も時間も変化がない。

さて、駅につき地下のホームに降りると様子がおかしかった。いつもなら電車が2台止まっているのに、今朝は1台もいないのだ。電光掲示板をみると、6時34分に営団地下鉄で車両の故障がありダイヤが乱れている、とある。 私は東京のサラリーマンとして、電車の運行はもはや自然現象だとみなしている。日の出日の入り潮の満ち干月の満ち欠け、春にツバメがやってきて、秋にはアオジが来るように、人間活動にかかわりなく正確に刻まれて行くものだと信じ込んでいる。

だから、電車のダイヤが乱れることはサラリーマンである私にとっては天地が逆回転を始めるほどの一大事なのだ。代替交通手段を考えたり、遅刻の連絡方法を考えたり、より早く到着するには急行にすべきか普通にすべきか、そもそも急行は動いているのか、などとふだんは考えなくてもいいことに気を使い、頭の中はほとんどパニックになる。


2003.1.11 唐沢林道

清川村をぬけて宮ヶ瀬ダムのほうへ少し走ると唐沢林道への分岐がある。丹沢山にむかって西に伸びる林道だ。頂上までの距離は4.7km、標高差は400mだから、それなりに登った感が得られる。冬に自転車に乗るのは寒くてつらいので、自然と登り坂に足が向かう。登りだとおもいっきりがんばっても風が来ないので暖かいのだ。

神奈川県とはいえ標高500メートルの山だから、融け残った雪があちこちで凍っている。自転車というものは氷にはめっぽう弱い。魔法のように良くすべる。北海道みたいに氷点下10度ぐらいの氷だと砂と石の感覚で安心して走れる。しかし、今日の唐沢林道のように、日影で半分水になりながらアスファルトにはりついている氷は悪魔だ。

氷や尖った石ころに注意してゆっくり登る。南向きの日が当たっている登り坂は天国だ。こんな楽しい遊びは滅多にあるんもんじゃない。ジョウビタキやらヤマガラやらがぴいぴい跳ねてる。自転車遊びをつらくしないために、いくつかの秘訣がある。今日は秘密兵器を用意した。自転車に何時間ものってハンガーノックを起こすと、あとあと数日にわたって食べすぎてしまうので、自転車にのりながら食えるものをコンビニで買ってきたのだ。

ちかごろコンビニではチューブに入ったゼリーのようなものが置いてある。あれはまさに自転車に乗る人間のための食い物だ。背中のポケットに入れて走りながらでも一口ずつ食える。最初にあれを見たのは電車の中だった。私の前に立っているお嬢さんがバックの中から取り出して、いきなりちゅうちゅう吸いはじめたのだ。みょうにいろっぽいというかなんというか不思議な光景ではあったが、あのとき「これは使える」と思った。実際、自転車競争の中継を見ていると選手も使っているようだ。それにしても普通の生活のなかであれを食わねばならない状況というのはピンと来ない。腹が減れば握り飯とかパンとかまんじゅうを食えばよさそうなもの。コンビニで何種類も置くほどの需要がどこにあるのだろう。

唐沢林道の標高600mの頂上はトンネルになっている。なかに入るとなま暖かい。なるほど、夏だと肌寒いようにトンネルは一年中気温があまりかわらないのだろう。トンネルの外の気温は5度ぐらいだ。このあたりだと深い地温は12度ぐらいで年中一定のはず。今日のような無風の日には外気と入れ替わらずに暖かい空気がよどんでいるのだ。

さて、登っているときにいつも忘れているのが下りのことだ。私は下りが嫌いだ。特に冬は嫌だ。風が冷たい。路面が凍結している。尖った石ころが転がっている。ゆるゆる下らなければならないが、私の自転車のブレーキは旧式で思いっ切りレバーを引かないと効かないのだ。寒くてかじかんだ指でレバーをひくのはつらい。鼻水が出てきて口もとが痒い。

この辺でパンクでもしたら悲惨である。あと40キロの道のりをぺしゃんこのタイヤをかこんかこん鳴らしていかねばならない。楽しい登りのことは忘れて「なんの因果でこんなことを...」と、おもわず我が身を振り返るときだ。どうせ、そういう嫌な事は降りてしまえばわすれるんだが。


2003.1.12 フレームが届く

去年の暮れに自転車屋へ注文してあったフレームが届いた。かねてから話題にしていた、PanasonicのFSC1だ。逡巡1年にしての決断である。定価で35000円という、パナソニックオーダーでは最も安い品だ。佐川急便で届いた箱には、自転車のオーダーフレームであることと、高価であるから取り扱いは特に注意するように、という但し書きがあった。この程度のフレームでそれはちょっと気恥ずかしい。

いつも行っている近所の自転車屋(東急ハンズ渋谷店)では定価でしか売らないというので、インターネットの通販で買った。中間に入った自転車屋はアスキーサイクルという、いかにもネット通販らしい名前の店で、フレームの調整もいっしょに頼んだ。ハンドルやサドルをさし込む所を丁寧に削っておかないと、かなり不愉快な思いをすることになるからだ。その作業は自分ではけっこう難しい。自転車屋には水路を開け占めするような特殊な工具があって新品のフレームパイプの中を削ってくれる。アスキーサイクルの仕事は申し分ないものだった。

FSC1はオーダーといってもとくに何かできるわけではない。3種類のサイズと10種類ぐらいの色を選択するだけだ。サイズは一番小さいヤツにして色は磨いた鉄のグレーにした。実物はちょっと緑がかってみえる。高級感のあるいい色だと思う。それと、オーナーネームを入れることができる。名前は天地無朋のサイトタイトル「PERCIPIO」にした。少なくともこれで世界で一台の自転車になった。こんなオーナーネームをつける御人はまさかおるまい。

PERCIPIO号はずっしり重い。カタログでは3.3キロほどらしいから、フルスペックのノートパソコンぐらいの重さだ。フォーク、チューブが太い。頑丈なことはまちがいないようだ。


2003.1.13 ボトムブラケット

自転車のフレームの一番低いところにはクランクを取りつけるためのパイプがある。そのまんまの意味で、それをボトムブラケットという。さらのフレームはまずボトムブラケットにパーツをセットすることが第一だ。ボトムブラケットに取りつける部品は非常にシンプルだ。中心の軸とそれを支える軸受け。軸受けにはボールベアリングを入れて、回転抵抗を減らしている。この部品は「BBパーツ」あるいは単に「BB」とよばれている。

このシンプルな部品が意外とくせ者であることは、ちょっと自転車をいじった人なら皆ご存じと思う。今を去ること30年前、私ははじめてこの部品を分解して愕然とした覚えがある。BBは非常に重要である。力がかかる所なので狂いできしみ音がしたり、クランクがまっすぐ回らなくなったりする。その重要な軸がなんと斜めカットの断面正方形に加工されてあるだけなのだ。クランクのほうも軸に合せて同じカットが施されているから、軸にさし込んでボルトで締めれば正しく取りつけられるという寸法だ。

これではいかにもアナログだ。締めつけの強さとか、部品の摩耗とかで狂いがでそうだ。軸の角度で1度狂えば、ペダルの軌道は2ミリも3ミリずれることになる。もうちょっとましな形状がいくらでも考えられそうなのに、この部品は20年も30年も同じ形のままであった。

さらに難解なのは、これほど単純な構造なのに部品メーカー各社で数タイプの軸があることだ。日本、イタリア、フランスでボトムブラケット自体の規格が違うことは許せる。ツーリング用のトリプルの軸と競輪用のシングルの軸がちがうことはあってよいかもしれない。しかし、同じメーカーが作っているロードレーサー用のダブルで、グレードによってBBの互換性がないのが普通である。また、同じグレードのものでもモデルチェンジをすれば互換性もなくなるのが普通だ。結局これまでに世に出た軸の種類は世界で100は下らないことと思う。

どちみち機能的には変わりがないのだから同じ規格で設計した方が効率がよいはずなのに奇妙なことだ。ここまでむちゃくちゃになると、同じメーカーでは互換性のないものが、違うメーカーになるとぴったり一致したりするのが面白い。私のFSC1号は、シマノの製造中止になったロードレーサーのBBパーツに、スギノのこれまた製造中止になったツーリング用のトリプルのクランクを合せることにした。

自転車の部品ではイタリアとかフランスの片田舎の町工場のおやじが苦肉の作で間に合わせたアイデアがなにかの拍子で世界標準になってしまうもののようだ。BBだってそんなもんだろう。ちなみに最近、日本のシマノ自転車工業が狂いの生じないデジタル形状を開発して世界のスタンダードとなっている。それでも、同一メーカー内の互換性は保たれず、モデルチェンジによって必要性が感じられない変更が生じているのは相変わらずだ。


2003.1.14 フロント回りの事

BBをセットすれば次はクランクだ。クランクはツーリング用のスギノPXのロープロファイルデザインの165mmを選択した。このクランクはおそらくスギノのプロダイシリーズの最後のモデルだ。チェーンホイールは現在では市販されていないので、フランスのTAのものを流用している。大きい方が42T。走行の99%は42Tでまかなえる。小さいほうが26T。とびきり急な坂にあたったときのとっておきが26Tである。

クランクの上についている部品がフロントディレーラーで、チェーンをディレイル(脱線)させて、チェーンホイールの大小を使うためにある。今回はシマノのバンド式の物を使っている。これはもともと600系のロードレーサー用だと思う。バンドをボトムブラケットに近い所に巻きつける旧式のものだ。これはごく短い一時期だけ流通したもので、現在は市販されていない。というのも、ロードレーサーはシートチューブとタイヤの間隔が狭いので、このタイプのフロントディレーラーを使っていると、ホイールが入らなくなるのだ。一度、タイヤの空気を抜いてからホイールをはめ、そして空気を入れなければならない。私のように趣味で使っている分にはかまわないが、レースだとたいへんだ。そんな手間をとっているうちに他の選手は5キロも先に行ってしまうだろう。

そうした微笑ましい設計ミスは自転車の部品では珍しいことではない。関西の町工場のおやじのひらめきがそのまま製品になるのが自転車部品の業界らしいから。ただし、このディレーラーはチェーンを移動することにかけては大変すぐれている。だから、マウンテンバイクやPERCIPIO号のように、シートチューブと後輪が離れている自転車なら問題ないのだ。

フロントディレーラーを巻きつけていて、FSC1の設計ミスを一つ見つけてしまった。写真ではシートチューブにボトル(水筒)を取りつけるための台座とボルト(ねじ)が2個写っている。この台座の位置がおかしい。どう好意的に考えてもBBに近すぎるのだ。

このサイズのフレームの場合、ボトルケージを取りつけるとフロントディレーラーにあたってしまう。私が持っているごく一般的なボトルゲージとこのディレーラーとの組み合わせではボトルがつかえないのだ。また、さらに悪いことには、フロントディレーラーの種類とチェーンホイールのサイズによっては、フロントディレーラーのバンドが台座に当たってしまうので取付けに支障をきたしそうだ。台座があと5センチ上でもボトルの出し入れに問題はないと思うのだが。


2003.1.15 ペダル

写真はPERCIPIO号用のペダルである。並のペダルにくらべるといろいろとごちゃごちゃした感じがする。それは、靴とペダルをガチャンとはめ込むバネの仕掛けがあるからだ。ペダルと靴がくっついていると転倒したときにひどい目にあったり、くっついていることそのものが原因で転倒したりする。俗に言う「立ちごけ」である。

立ちごけではよっぽど難しいこけかたをしないかぎりけがをしない。自転車に乗っているときの重心の高さは、歩いているときのそれに等しい。立ちごけしても冷静に柔道の受け身のような体勢をとれば擦り傷の心配すらない。私も一度このペダルから靴が外れずに転倒したことがある。たまたま運悪くデジカメを腰に巻いていて、アスファルトにしたたか打ち付けて壊してしまった。体の痛みはまったくなかったが、修理代はこのペダル2セット分もかかり、死ぬほど痛かった。

このタイプのペダルがうまく外れず立ちごけするのはよくあることだ。それにもかかわらず、こういうしかけのペダルがはやっているのは、ペダルに足がくっついているのとくっついていないのでは自転車が全く別の乗り物になるからだ。特に上り坂の軽快さは段違いだ。また、クランクを1分に100回以上回すようなハイピッチな乗り方だと、ペダルが足から離れるほうが恐かったりする。自転車は本質的に不安定で危険な乗り物であるかわり、細部まで構造を熟知し機械と一体になって遊べるところに妙味がある。

こういうバネ仕掛けでペダルを固定する仕組みはけっして古いものではない。大昔は靴とペダルはベルトで縛って固定するのが一般だった。いまでも競輪はそうしているのだろう。そういう荒っぽい方法が何十年も続いたのも、さすが自転車業界というべきだろう。

バネ仕掛けを自転車に導入したのはスキーのビンディングメーカーだった。そのペダルが世に出たのはいまから25年ほど前、当初からけっこう好評で、フランスの大チャンピオン、ベルナールイノーがおもいっきり宣伝したこともあって、あっという間に世界の標準になった。

ただし、もとがスキーのビンディングメーカーだけあって、油断しているとペダル本体がクランクから抜けるという信じられない設計ミスもあった。そういう致命的な間違いを抱えたバカ部品を私は今でも笑って使い続けている。高価な自転車部品では欠陥はその仕様の一部と思っている。

このペダルは、スキーのビンディングメーカーのものではなくシマノの製品である。すなわち、もともとは釣り竿につけるリールメーカーが作ったものだ。リールはスキーとちがって回転する部品だから、ネジの方向がまちがっていて脱落するような設計ミスはしていないと思う。ただし、心なしか靴を外すときに滑りが悪く引っかかることが多いような気がする。そのへんでスキーと釣具の差別化をはかっているのだろう。おやじギャグだが。


2003.1.19 おばさんに見とれるとき

自転車が軽く走るうえで最大の発明は空気の入ったタイヤだと思う。その次がチェーン。この数十年はたいした発明がない。最近フロントハブに発電機を組み込んだ自転車を目にするようになった。あれは、ライトを点灯しても軽く走れる。なかなかの発明だと思うが、良く考えると変だ。あんなものが今さら出てくるというのはどういう了見なんだろう。リムやタイヤの摩擦でコイルのついた軸を回して発電する従来方式はどう考えてもロスが大きい。ハブに組み込む方式なんてとっくの昔に誰かが思い付いているはずなのだ。オートバイや自動車ではあたりまえのアイデアが自転車に取り入れられなかったのは奇妙だ。

軽く走るといえば、電動モーターを装備した自転車もよく見かけるようになった。あれは特に新しいアイデアではない。昭和の初期にガソリンの内燃機関を自転車に取り入れることで実現している。

あの電動モーターの威力はすさまじいものだ。いちど、おばちゃんに登りでぶっちぎられて唖然としたことがある。熱海からの帰り、冷たくて強い風が吹く道を80キロほど走っていたので、弱り切っていた。緩い登りだったが、ふらふらふらふらやっとの思いでペダルをこぎ、時速10キロほどしかでてなかった。そのとき、後ろからジャジャジャジャジャジャという聞いたことのない音が響いてきた。ミニサイクル風の自転車にのったおばさんだった。おばさんらがいつもやっているようにゆっくりゆっくりペダルを踏んでいるのにスピードが尋常ではない。私の倍はある。あんな重いギアを使いこなせるのはトッププロだけ。あっという間に追い越され置き去りである。一瞬、口裂女系の妖怪のたぐいかと疑った。うわさに聞く電動モーターの威力だとわかって安心したが、自転車に乗っているおばさんに見とれたのはあとにも先にもあのときだけである。


2003.1.20 電車は不愉快なものなのか

私はいろいろな特技を持っている。中でも常時役立っているのは「退屈しない」ということだろう。ぼうっとしていることがつらくない。どちらかというと楽しい。毎日2時間以上も通勤にかかるのだが、いまだに電車がゆかいである。いうまでもなく私は人間観察や社会観察になんの楽しみも喜びも持てないので、朝晩の満員電車自体が愉快なわけではない。電車は静かで孤独で程よく暖かいからうれしいのだ。書物を広げようにも老眼でつらいので最近はあきらめて宙をぼうっと見ることにした。満員電車ほど回りのことに気をとられず孤独になれる空間はない。昔は一人になりたいときはパチンコにいったものだ。この20年はダメだ。あれは何か別の遊びになってしまった。

いい大人で電車に楽しみを期待している人はどれほどいるだろう。切符を買うときに、途中でもっと遠くまで乗りたくなるかもしれないからひとまず終点まで買っておく、という人を一人知っている。乗り越しの手続きがめんどうだったり、車掌の改札がおっくうなので、とりあえず終点まで買うというのだ。もともと電車を愉快だと思っているのだろう。彼は筋金入りの変人(=職業哲学者)である。電車の中で私が見出している愉快さとはちがう世界を体験しているにちがいない。

そもそも電車は愉快なものではない、というのが一般的だと思う。鉄道の方でも電車を愉快だとは思っていないようだ。いまだかつて切符を購入する際に「まいどありっ」とか「ありがと〜」とか「へいっらしゃい」とか、うれしそうな声がかかったことがない。たとえ6万円の定期を買っても「このたびは、ご愁傷さまで」というような、ほとんど同情ともとれる態度をしめされるだけだ。魚屋なら60円分買っても100倍愛想がいいだろう。

昔は国鉄だったから、税金の一種で無愛想なんだろうと思っていたが、東京の私鉄でも同じことなので、電車は必要悪という暗黙の了解があるのだろう。さすがの私でも、なんの用もなく満員電車に乗る気はしない。当たり穴のないパチンコをしないのと同様である。


 
2003.1.21 なぜ銀行はつぶれるのか

私もいい中年なのだから銀行がつぶれる理由ぐらいは知っておいて損はないと思う。特に現在の日本のように大銀行が軒並みダメなわけぐらいは知っておかねばならない。かといって、誰かに聞くのは面倒である。というか、そういう無駄なことで相手をさせるのは気の毒である。いま、この世の中で私とヨタ話をすることを心から楽しんでくれる人は皆無なのだから。

だから自分で考える。大丈夫である。私にはたっぷり時間がある。毎日2時間以上も物思うことだけに費やせるのだから、その一部を大銀行倒産の原因に充当すればよいのだ。すでに充当などということばが出てくるところで、調子が出ている。

私はそこそこ羽振りの良いサラリーマンである。給料は銀行に預けている。利子はつくが、カードの手数料などで預金の利子の何万倍かを銀行に払っている。また、数千万円の借金があり、気が遠くなるほどの利子を払っている。その利益は銀行員の給料など銀行のランニングコストになっている。私は些末な一預金者に過ぎないが、これで銀行の役割の全てを知ったと見做してかまわないと思う。つまり、銀行は安く金を集めて高く売る所である。しかも、それをやっていい、あるいはやるべきである、と国家から太鼓判を押されている。

以上のことから、銀行がダメになる原因は2つあることが明らかとなった。一つは、私の給料に利子をつけすぎたとき。もう一つは、貸し金の利子が取れなくなったとき。

もしかしたら、担保の値打ちが下がっていることを重大な原因にあげる人がいるかもしれない。だが、それは枝葉末節にこだわりすぎて、木を見て森を見ない状況と思う。さような微震動はあえて無視すべきであろう。ことがややこしくなるだけ。初級の振り子の問題では糸の重さや空気との摩擦はないと考えるのと同じである。


2003.1.23 なぜ銀行はつぶれるのか 2

銀行が動かしているものは単なる数字である。数字が動くことを見物して感涙にむせぶような人はいない。少なくとも見物料を払って証券会社や保険会社や銀行を見ようという人はいない。銀行員だって、もし給料がなかったら、仕事をやらないだろう。

相撲や歌舞伎は全人類にとって無用の長物である。あれが人間に必須のものならアフリカ人やヨーロッパ人は生きていかれない。無駄なのに、ああいったものは文化とか芸術とかスポーツとか言われて、関係のない人からも存在を容認されている。そればかりか、金を払って音楽やスポーツをする者がいる。

アマチュア音楽家が太鼓をたたくのは、太鼓が面白いからだろう。アマチュア相撲取りが相撲をとるのは相撲自体が楽しいからだろう。アマチュア大工、アマチュア文筆家、アマチュア漁師、アマチュア百姓、アマチュアエンジニア、アマチュア運転手、アマチュア仏教徒、ありとあらゆるもので金を払ってでもやりたいという人がいる。そういう類のものは儲からないからといって簡単に消滅したりはしない。損することが前提のアマチュア銀行員は多分いないと思う。下手の横好き銀行員とか趣味が高じた銀行員なんて聞いたことがない。銀行業務は人間に喜びをもたらすものではないのだ。

私はいったい何をいいたいのか。銀行は利益がなければさっさとつぶれるものなのだ。通常の人間にとって利益のない銀行の存在価値は零である。1円でも損をする銀行なんて誰も残したいと思わない。古い小学校の建物のほうが、よっぽど値打ちがあるのだ。


2003.1.25 なぜ銀行はつぶれるのか 3

消費ということを考えてみる。
ここでいう消費というのは、ものを水や二酸化炭素に分解することをいう。食料は人間に消費されエネルギーとなり体の一部になる。呼気にまじって水と二酸化炭素が出ている。死ねば私の体は速やかに土と空気と水になる。同じく、パソコンや自動車もいつかは土と空気と水になる。物の変容の過程で、よりベーシックな自然物に変容する過程が消費だ。

消費の逆に生産というのは、水と空気と土から食料やパソコンや自動車をつくって消費者(人間や家畜や菌類)まで届けることをいう。生産力の根源は太陽エネルギーで、最初の生産者は古今東西の植物だ。食品であれ、エネルギーであれ、鉄であれコンクリートであれ、もともとは植物とその友人たちが作ったものだ。この世に存在する物の根源はただであって経済的に無価値とされる。

人間に値打ちのあるものは生産されたものだ。人間の価値観は無機物を生きる糧としている植物の対極にある。ほんらい人間が生きることは、自然物の中から自分達にひつようなものを取ってきて消費することである。続いて、衣食住を生産して消費することである。もっとも単純な生活は自給自足だ。人間にとっての生産と消費がスムーズに運んでいる状態では経済という観念はなく銀行は必要ない。

現代の日本では生産と消費のほば100%が経済に組み込まれていると思う。50年前の日本とか、アジアや南米の田舎ではいまでも生産と消費のうち10%ぐらいが経済にすぎないのではないだろうか。おそらく北朝鮮のような共産主義の国は生産の分業を行いながらも経済0%をめざしていると思われる。生産と消費のバランスを計画的にとることで無駄のない幸福な社会を作ろうとしているのだろう。


2003.1.26 ホイールを組む

素人が自転車を組み立てるとき、もっともてこずるのがホイール組みだろうと思う。ホイールはハブとスポークとリムからなる。仕組みはいたって単純で、ハブとリムをスポークで案配よく結べばよい。スポークの頭にはハブにひっかける部分があり、もう一方の先端はねじが切ってあるので、ニップル(スポーク専用のナット)を使ってリムとつなげる。スポークの組み方はいろいろな流儀があるらしい。このホイールは6本取りのヨーロッパスタイルで組んだ。他にも井上組みというヨーロッパスタイルを改良したやりかたの評判を10年ほど前の雑誌で読んで試したことがある。

ホイール組みの目標はスポークの張力を一定にして真円の車輪を作ることだ。リムはもともと真円だが、スポークの張りようによって左右にも縦横にも振れる。スポークを張る力がばらばらだと、見かけは真円になっていても走っているうち車輪ががたがたになってくる。まともな自転車屋で売っている自転車はきちんと振れ取り作業をやってくれている。工場から出荷したままのホイールを組みつけただけの自転車はすぐに車輪が振れてくる。

プロの自転車屋は振れ取り作業なんてちょいちょいと済ませてしまう。私は年に数回しかやらないのでやるたびにコツを忘れている。そもそもコツなんて覚えていない。だから、一台分で半日かかる。

スポークを張ったり緩めたりすることでリムの振れが直せることを知ったのは小学生のときだ。自分でもやりたいと思ったが、出入りの自転車屋は「素人がいじると自転車にはならない」といってやらせてくれなかった。やってみるとそれほど難しいものではない。そもそも、こんな楽しい作業を金を払って人任せにするのはもったいない。自分のホイールは自分で組んでいるが、走行中にスポークが切れたりホイールがつぶれたりすることは一度もない。振れが出やすいということもない。ホイール組みは自転車とは何かを認識するには必須のテクだとおもう。専用の工具を使って、根気よくやればできない作業ではない。短時間できちっとできるようになるには修行が必要だ。

ホイールは組み方やスポークの張力でずいぶん走行に影響が出るらしい。ロードレーサーはスピードにのれる組み方があり、ツーリングにはマイルドで体にやさしい組み方というものがあるらしい。私の自転車もプロが組めばもっと具合よく走るかもしれない。独学ではなく、まともに習えばもっと上手になるだろう。そのチャンスはありそうもないが。


2003.2.1 銀行はなぜつぶれるのか 4

科学的な意味での生産量と消費量は長い目でみると一致している。ただし、場所や時間をくぎるとアンバランスが生じている。地球的にみても現代は石油や石炭が燃えているので消費が多い。二酸化炭素と水が過剰になっている。人文的な意味での生産と消費のことは私にはよくわからない。ひとつだけ言えるのは必ず生産のほうが多いということだ。生産以上に消費することはできないという自明の理である。そして、銀行的な意味での生産量と消費量は完全に一致している。これも売買というだけのことなので自明だ。完全にバランスがとれているにもかかわらず銀行がつぶれる。なぜだろう。

すでに周知のように銀行の関心事は金銭のみである。人文的あるいは科学的な意味での生産と消費と金は必ずしも一致していない。あるいは無関係と断言してもよいだろう。たとえば、夏草茫々の空き地は科学的には生産地である。アスファルトの有料駐車場は消費地である。ところが、銀行的にとっては駐車場が生産地(金の)で、空き地は遊んでいる土地となる。東京ドームで巨人が試合をしているとき、人文的には生産と消費が混在している。科学的には完全に消費が行われている。銀行的には(おそらく)生産が行われている。

くどくど書きすぎたが、要は銀行的な生産というのは自然や人の営みとは無関係だということである。銀行が金を貸している人が儲かっているときが銀行にとっては生産行為にみえる。逆に銀行に金を預けている人がもうかっていると銀行にとっての消費が行われている。銀行が利をあげるには、まず金銭(=数字)が動かなければならない。そして、銀行から金を借りている人が儲かったときに限って銀行は儲かる。

ここまでわかれば何で銀行が軒並み倒れるのか明らかになったも同然である。

現代の日本は人文的な意味では生産もよく行われているし、消費だって十二分に行われている。日本人の活動はすべて経済活動といってよいぐらいで、物も金も人文的意味では順調に動いている。いっけんすると銀行が倒れるほどの危機はないかのようにみえる。銀行だって、合併して行員を減らし合理化すればやっていけそうにみえるのに、いったい何が起こっているのだろう。誰が銀行を圧迫しているのか。


2003.2.2 銀行はなぜつぶれるのか 5

私はこの先数十年にわたり銀行に当社比で天文学的な金額の利子を払う予定だ。そんなものは銀行にとってはなんの利益でもないだろう。やはり、借金した人がその金を元手に大儲けして利子を払い、儲けた金にまた新たな借金をして、それを元手にもっと大儲けして...という状況でないとだめなのだ。

いまの日本では企業は伸びないかぎりつぶれるようにできている。いうまでもなく、そういう理不尽をいつまでも続けてはいけない。社会が成熟し、情報流通がまっとうに機能すると銀行が必要なくなるのは必然である。メーカーが自社利益で生産を続けられれば銀行はいらない。わざわざ銀行に借金してまで事業を拡大せずとも充分な製品をユーザーに安定的に提供できればいいのだ。新たな事業を起こす必要がなくなれば銀行の利益もなくなる。

ただし、現在の日本がそうした成熟した生産と消費の社会に近づきつつあるとは思えない。むしろ逆である。非常に不安定で騒々しくほころびだらけだ。堅牢だったはずの大企業が倒れる一方で、国民も賢い消費をしているようには見えない。相も変わらずつまらない商品が世にあふれている。

銀行から金を借りて起業する人が一山当てれば銀行にも利子が行く。日本にはそういう新会社も多いし、古株の大企業はむしろ銀行に預金するほうだから、古い会社が傾いても一緒に銀行が傾くはずがないだろう。問題は起業に成功した会社が数年しかもたないところにある。

銀行が起業家に金を貸して失敗されると大弱りになる。貸した金には土地とか建物とかの相当の担保がある。ただし、土地とか物とかは銀行にとっては無価値である。銀行の関心事はあくまで金(=数字)なのだ。所有地が、いくら豊かな作物を実らせる可能性があろうと、所有物が鎌倉時代の巨匠が彫った国宝級の彫刻であろうと、それが金(=数字)を生産しない限り、持ってて損するばかりなのだ。だから、銀行は起業家に利益(=数字)をあげてもらわなければならない。

会社がいくら大成功しようとも、それが2年ぐらいしか続かなければどうだろう。同じような製品を作るパソコンメーカーA社、B社、C社、D社が年替わりに大ヒットをとばすとする。ユーザーにとってみれば、毎年すばらしい商品が登場し市場は大いににぎわうことになる。ところがそのメーカー各社はそれぞれ別の銀行から借金をしていているならば、それらの銀行は軒並み損を出すことになる。生産と消費の総量が増加しないなかで企業が激しく浮いたり沈んだりすると銀行はつぶれるのだ。

人文的な生産と消費の総量が変わらなければ社会は安定して見える。金の売り買いをしていない人に何の危機感も生まれないのは当然だ。ただ、全体では安定した社会の中で企業が激しく浮いたり沈んだりしているだけで銀行はつぶれるのだ。


2003.2.4 電波系テレビ放送

私は電波系の人間で、北朝鮮やアメリカの極秘情報を脳のアンテナでキャッチすることができる。この日記でも幾度かテポドンなどの極秘情報を流したので、そのあらましはすでにご存知のことと思う。

昨夜は珍しく早めに帰宅できたので、テレビ朝日のニュースステーションを見ていた。すると、同じような能力を持つ人が出ていて連帯感を覚えた。例のスペースシャトル事故の解説に出てきた記者だ。彼は、コロンビア発射の際、燃料タンクについた氷といっしょにはがれた部品が左翼を直撃したときに下部に張られている黒い耐熱タイルがはがれたのが事故の直接原因であると断定していた。その説明の中にはまだNASAが公式発表していない情報がいくつか混じっている。特に、黒タイルがはがれたという事実はどこも放送していないし、私のアンテナもキャッチしていない。また、彼は耐熱タイルを軽量化するあまり強度に問題が生じたかもしれないという発言もしていたが、その理屈も初耳である。もともとあのタイルは超軽量でないと用を成さないのだから。

説明には理由が必要である。番組全体では原因は未特定といっているものの、彼のコーナーでは非常に単純でわかりやすい説明だけが断定的になされていた。けっきょく彼の説明の裏づけになりそうな情報は、彼が数十年前のコロンビア建造のときに世界で初めてタイルをスクープした記者であるということだけだった。すなわちソースは怪電波としか考えられない。彼の脳のアンテナはスペースシャトル系電波に反応しやすいのだろう。

一般にいんちきとか思い込みを人に伝えるのはおっかないものと思う。彼は大丈夫だろうか。言ってることが当たっていればいいのだが、後で間違いだとわかるとすごく恥ずかしい。私もこの日記で「テポドンは有人ロケットで、引田天功が乗っているはずだ」という誤報を出して顔から火が出る思いをした。テレビだって同じようなものだろう。発言内容のウラが取れているならいいが、あれほどの大惨事ネタである。いくらエンターテイメント系の番組とはいえ、かの記者が間違っていないことを心から祈りたい。同じ怪電波受信系能力を持つサイキックとして。


2003.2.5 銀行はなぜつぶれるのか 6

生活をしたり、不幸を防止するのに、金(=数字)は役に立たないものだ。衣食住は「物」がなければ成り立たない。衣食住がしっかりして医療や娯楽や愛があれば人は生活できる。それらは必ずしも金を媒介とせずとも手に入るものだ。逆にいうと、いくら金があっても食品や愛がなければ人間はすぐに病気になり死んでしまう。

不幸は金だけではいかんともしがたい。しかし、幸福は金で買えるものである。金(=通帳の数字)が増えることが生きる喜びになっている人がいる。金で金を買うことをゲームのように楽しみ、日々の時間が過ぎていく人がいる。不幸は物がないかぎり防止できないが、気の持ちようで幸福は金で買える。東京ディズニーランドに行くことは、金と時間と生きる意味と、さような価値あるものの全てを失う不幸な事態と私は思っている。それは私を含めて人間の8割ぐらいがそう思っているにすぎないだろう。ディズニーで金を失う代わりに幸福感を得ている人もけっこういるはずだ。人には儚い夢を食って生きる部分も必要なのである。

金はどこからどこまでも数字なので、平らにすると0である。誰かがゲットすると誰かが失う。むろん金を失うことが幸福の喪失ではない。物が動くことに伴って金が動く。物が動かなくても金は動く。金をゲットすることよって幸福感を得る人がいる。いっぽう金を失う側もそのかわりに幸福感を得る。銀行は人文的な生産には全く興味がない。だから銀行の存在意味を考えるときには物の売買を離れて、「金=幸福感」と考える必要がある。


2003.2.7 銀行はなぜつぶれるのか 7

人間は幸福を追求せざるをえないものであるらしい。縄文式土器は圧倒的な迫力と美を持っている。あの複雑な文様は実用から出たものであるまい。粘土をこね壷を焼く技術を磨いているうちに一人歩きを始めたデザインなのだろう。おそらくや生きることそのものが楽でなかった3000年前にすら、何かを作ればそこに美意識の結実としての意匠が生まれている。実用を超えたところにある美や面白みの追求は人がある限り止むことがない。そうした創作へのパッションは自然、人に生まれ育つことを止めることはできない。腹がいっぱいになったから食うのをやめるというようなものでもない。

銀行の存在理由もそこにある。人を不幸のないように生かすだけなら金はわずかで足りる。わざわざ銀行がでるまでもない。金(=数字)を貯めることに興味はなくとも、何らかの行動を起こすために、野望や夢を実現するために原資が必要になる。原資が足りなければ幸福な仕事はできない。

私には縄文人の気持ちはわかるが、マクドナルドの気持ちはわからない。特にうまくもなんともないものを安価に大量に世界中に売りまくる意図がさっぱりわからない。あれは純粋に人の不幸(=飢餓)を防ぐ食品ではなく、幸福を追求するための物だ。ハンバーガーを作って友達や客にふるまって喜ばれることの延長上にマクドナルドがあるのかどうか、つまり、マクドナルドの生みの親はアメリカ人以外にもハンバーガーを食わせることに喜びを見出しているのか、たんに儲けることがうれしいから事業を拡大しているのか、私にはわからない。

中国やロシアにマクドナルド類似のハンバーガーチェーン店を1万店作ればものすごく儲かる可能性がある。その事業には巨大な資本が必要だ。銀行だって儲かることがわかっていれば、誰かに金を貸し事業成功のあかつきには利子をゲットすることができる。中国人もマックなるものを食ってみたいだろう。マクドナルドの中国進出は多くの人間に幸福感もたらすことになる。

ただし、銀行はそうおいそれとは出資しないらしい。巷には自称発明家のおやじがたくさんいて、しがない町工場を経営している。そういう人の中にも数年で1億ドルを儲けようかという大発明のアイデアを持っている人がいる。本人は「資本金さえあれば」と夢抱いているらしいが、なかなか銀行は相手にしないようだ。

出資は博打である。事業が失敗したとき経済的な損失は非常に大きい。それゆえ数字的に損ができない銀行は慎重なのだろう。しかしながら、経済的な損失というのは実質的な被害はもたらさないということには留意したい。経済的賭けがはずれた場合、科学的な意味での生産消費での損失は0である。文明的な被害も無視してよい。物が動かないからである。

科学的に見たり文明的に見れば経済的失敗は何もしないことと同等である。金は単なる数字なので動いてナンボのもんである。金だけが動いて経済的利が出るバブルでは銀行は儲からない。消費と生産の歯車が空回りしているからだ。たくさんの人が大儲けの夢を持ち、その夢がつぎつぎと実現し、人文的な生産と消費が活発なときにだけ銀行は儲かるのだ。夢を実現しようとしない社会では銀行の出る幕はない。


2003.2.16 温暖前線

今日は神奈川県は雨である。昨日沖縄に雨を降らせていた低気圧がやってきている。たまたま、昨日は沖縄から飛行機に乗ったので、この低気圧の温暖前線を上から見る機会があった。写真は高度5000メートルぐらい(ANAの飛行機では高度や速度がいまいちつかめない)からの写真。高度3000メートルぐらいまでやや厚めの雲があり、上空8000〜10000メートルぐらいに巻雲が華々しく出ている。教科書通りの温暖前線の雲だ。

諏訪湖のお神渡りのように稲妻形に雲が切れているのが見えた。この写真ではいまひとつ不鮮明だが、目算で50キロほど前方奥のほうでは画面右手から正面の雲が一段低くなっており、そのさらに先は雲がなくなっている。この切れ目と温暖前線との関連はよくわからないが、性質の違う空気塊の境目があらわになったものではないだろうか。

ちなみに気象協会発表によるそのときの天気図がこれ。カメラは南東の方向を向いている。


2003.2.17 オヒルギの胎生芽について

石垣島にはマングローブを見に行ったのではないが、空港の近くの河口にみごとなマングローブ林があるらしいので、見学に行った。時間がないので5分程度の観察だった。

メヒルギ

近くでマングローブを見るのは始めてで、それなりに面白いものが見られた。写真に大きく写っているのはマングローブのなかのメヒルギという種類だ。一部、オヒルギも写っている。どちらかというと、メヒルギのほうが水に近いところに多いようだ。

この両者は、胎生芽(胎生種子ともよばれる)で増えることが知られている。訪問したときは数本だけ可憐な赤い花をつけたオヒルギもあった。花期ははっきりしていないのかもしれない。その花の中から種が芽のように伸びてくる。そして、枝からぽとりとこぼれて、うまく根づけば新しい木になるという寸法だ。胎生芽については妙な誤解が広まっている。芽が枝から落ちるとき、じめじめした柔らかい泥に突き刺さって定着するというものだ。

ささった?芽

誰がそんなまことしやかな嘘を言い出したものか。ヒルギの胎生芽は柔らかく軽く、地面は固く絶対にささるものではない。にもかかわらず、地面には突き刺さっているかのように天に向かっている胎生芽がたくさん見つかる。写真のような状態だ。「突き刺さったものではないとどうして言いきれるのか?」と疑問を持つひともいるかもしれない。それぐらいみごとに刺さっている。しかし、試みに芽を採って同じ地面に刺そうとしてみるとよい。どうやっても芽がつぶれるだけである。木から落下したぐらいではけっして刺さるものではない。ちなみに、私はこうした写真をスーツに革靴で歩き回って撮っている。

カニ穴

胎生芽が立っている理由はこの写真が物語っている。このマウンドはおそらく、植物食のカニの住み家である。カニはマングローブの落ち葉だのなんだのを巣に運び込んで食べるのだろう。もしかしたらハゼの死体なんかも運び込むかもしれない。彼は胎生芽もいい食べ物だと思って、ほいほいとはさみで挟んで巣穴に引き込みにかかるだろう。ところがどっこい、胎生芽は10センチもある大物だ。巣の入口にやっと立てるので精一杯。けっきょくにっちもさっちも行かなくなってあきらめる。潮が満ちて流れなければ良し。ヒルギの胎生芽は首尾よくカニに植えてもらうという寸法だ。

この写真では、花びらのある方が下になって立っている。自然落下で刺さるなら、ちょうど180度回転しなければならない。このことに注意して、地面から突き出している胎生芽を観察するならば、すべてがこの向きになっていることに気づくことができる。カニが花びらを挟んで運びやすいからこうなっているのだ。

成長する芽

以上は私がちょっと見ただけで判断した勝手な言い分だ。地面にあいている穴がカニのものかどうかすら確かめていない。一匹のカニさえ見ていない。もしかしたら、ヒルギの成長とカニはなんの関係もないのかもしれない。地面に立たされることは芽にとって不本意ということもありえる。ただ、カニの食欲が結果的にマングローブを育てることになり、子々孫々の食べ物が約束されるという物語はけっこう愉快である。


2003.2.18 鉄独楽

満員電車の中で、ふと鉄ゴマのことを思い出した。

いまから30年以上も前のことになる。私は小学校にあがったばかりの小僧であった。近所の駄菓子屋に「鉄ゴマ」なるものが売ってあった。鉄でできた独楽のことだが、いわゆるベーゴマではない。愛媛県八幡浜市にはベーゴマという文化は一切なかった。鉄ゴマは通常のコマの回りに鉄が巻いてあるものだ。鉄は厚さが4ミリほど、内径4センチ外径7センチほどの円盤状をしている。かなり重く高価であった。当時、百円以上したと思う。

コマ回しはたいへんポピュラーな遊びだった。幼児初心者用のペンキが塗ってある軽いコマ、丸くてふとっちょのぶっつけゴマ、ずんぐりして薄い鉄板がはちまきのように巻かれているニセの鉄ゴマ、そして鉄ゴマ。ぶっつけゴマはクチナシのオレンジ色の実をすりつぶして塗ると強くなると信じられていた。ひもを逆に巻いて野球のボールを握るように独楽を逆さまに持ち、オーバースローで地面に向かって思いっ切りたたきつけて回す。危険だからという理由で学校で禁止されているぐらいポピュラーな遊びだった。

鉄ゴマは扱いが難しかった。ひもを巻くところが少なく、鉄が重くて平たく、普通に回しても勢いがつかなかった。私も、私の仲間も、誰も鉄ゴマの本当の使い方は知らなかった。それでも、私はお年玉で買った鉄ゴマを持っていた。一つのステータスだったからだ。

ある寒い日、私は鉄ゴマの本当の扱い方を知ることになる。私が鉄ゴマとぶっつけゴマを持って遊んでいると、ある大人が「コマのまわしっこをしよう」といって近づいて来た。私はその男を知っていた。ただ、親しくはなかった。年に一度ぐらい会う親戚の誰かということしか記憶にない。私はコマ回しには自信があったので、さっそく勝負をすることにした。私はぶっつけゴマを持ち、彼が鉄ゴマを取った。

私は普通にひもを巻き、普通にコマを回した。土の道路の上でコマはうなりをあげて回っている。快調だ。いっぽう、彼のほうは奇妙なひもの巻き方をしている。ふつう、ひもは上の芯から下の芯に一回だけコマを縦断するが、彼の巻き方は4回、コマをクロスするように複雑に巻かれてあったと記憶している。

普通コマは水平に投げるのに、彼は垂直に下に向けてコマを落とした。すると、空中でコマがひもにひっかかり回転を始めた。彼は両手でひもの両端を持ち、交互に上げ下げしている。その力で、まるでヨーヨーのようにコマが回っているのだ。勢いが増すと、器用にコマを地面に降ろし普通に回し始める。コマの回転が落ちると再び器用にひもで掬い上げて同じように回し始める。私のぶっつけゴマはとっくの昔に回転を止め地面に転がっている。「どうだ、ずっと回り続けるんだぞ」と、彼は得意そうに鉄ゴマを操っている。

私は自分の所有物である鉄ゴマのポテンシャルをあらためて見せつけられ、ただ唖然とするばかりであった。

鉄ゴマのあの技を見たのは後にも先にもあれだけだった。勝負に負けたことも悔しくて、同じ技を身につけるべく、いろいろな大人にやりかたを聞いてみた。しかし、誰もできなかった。やりかたをうろ覚えに知っているというのが関の山だったから、高度な技なのかもしれない。その後、コマ回しはポピュラーな遊びではなくなり、鉄ゴマへの情熱も冷めてしまった。鉄ゴマ自体は冬が来るたびに店頭に並んでいたから、それを目にするたび「ああ、あの技を練習しなきゃ」とぼんやりと思い出していた。そしていつしか鉄ゴマを見なくなり、それっきりになってしまった。

そして今日、私にあの35年も前の記憶を呼び起こしたのは、午後から降り始めた冷たい雨のようだ。どうやら冬の雨が降る日に熱心に独楽回しの練習をしていたものとみえる。鉄ゴマはいまでも作られているのだろうか。あの技を伝承している人はいるのだろうか。


2003.2.22 銀行がつぶれるわけ 8

私は精神的また物質的に貧しい男である。しかし、経済的には豊かである。給料の半分を税金あるいは公的な資金として提供しているが、元手が大きいので半分でも痛くもかゆくもない。給料(=金=数字)が私の全収入であるなら、いわゆる五公五民の生活をしていることになる。江戸時代なら、五公五民は苦しかったかもしれない。納めるのは給料(=金=数字)ではなく、米だったから。

経済(=金=数字)的に儲けるこつは、なるべく大勢からちょっとずつ取り上げることである。それが、不幸を招かず持続的に儲けるコツである。詐欺師やいかがわしい宗教団体や違法の高利貸しのように少人数からたくさん取るとすぐに破綻する。10人から1億円とるやつよりも、1億人から10円とるやつのほうがよっぽど悪賢い。

銀行はそういう悪賢く集金できる側に金を貸し、集金される側に預金させなければならない。国や地方公共団体は集金力があるが、銀行は彼らに金を貸せない。私が知らないだけでホントは貸しているのかもしれないが、その手の資金提供は原理的に変である。

銀行はほとんど国に等しい企業に目をつけるべきである。高速道路を作ったり、原子力発電所を作ったり、大きな橋をかけたりする巨大事業に目をつけなければならない。そういう事業も経済(=金=数字)的にはゼロサムゲームには変わりないので、損するやつがいる。損するのはもちろん国民、県民、市民の一人一人だ。大勢がちょっとずつ損をするが、必ず大儲けできる小数がいる。それは言うまでもなく公共事業で国や県から直接金を受け取る企業だ。その企業ばかりは、どんなことが起きようと絶対儲かる。要は多いか少ないかだ。

どうも最近はゼネコンの収入が減っているようだ。国家と二人三脚だった企業の儲けが減っている。そういう確実に儲かる所と取り引きできないと銀行はつぶれる。昔は公共事業といえば「金は天下の回りもの」の具現者であって、ゼネコンはありとあらゆる手段で大儲けできたものだ。しょせんは金のことなのだから国に直結している企業はどれほど儲けたっていいのだ。その企業が余計な自然破壊、文化破壊、人間破壊をしないかぎり、談合しようが水増し請求しようが一向にかまいはしない。不正があったって、しょせんは金のことである。

大企業が不正をして腹立たしくなるのは儲けすぎるときではない。金の再配分をしないときだ。いまの日本は産業にちょっとひずみが起きている。以前は国家直属の大企業は死ぬほど儲けることができたので、再配分もいいかげんでよかった。いいかげんにやっててもけっこう端々が潤ったのだ。現在は再配分の再編成がうまくいってないのに儲けるほうのインチキができなくなってぎくしゃくしているのではないだろうか。

というようなことを電車の中で考えていた。それなりにちょっとぐらい意味のあるアイデアなのか、それとも全然無意味なのかすらはっきりしない。なにしろ私は金のことにはとんと疎いので。


2003.2.23 境川左岸

ひとまず、PERCIPIO号が完成した。写真にあるようにどこをどう見ても普通の自転車である。速そうな感じも奇をてらう感じもない。ねらい通りである。この自転車にまたがってすぐにわかるのは車高の低さだ。サドルを普通の高さにして、つま先がべったり地面につく。レーサーだとつくかつかないかぐらいなので、5センチぐらいは重心が低くなる。そしてホイールベースが極めて長い。レーサーよりも5センチぐらい長い。重心が低いとふらつきが大きくなる。ホイールベースが長いとふらつきが小さくなる。というわけで、乗った感じは普通に走る。あと、ラインアップ最小サイズのこのフレームにしては、トップチューブが長すぎるようだ。身長の低い人はちょっと使いにくいかもしれない。

PERCIPIO号ができたら、最初に試乗するコースは決めてあった。境川の左岸だ。すでにみなさんご存じのように、境川の右岸は全域にわたって両脇に高くて頑丈な鉄パイプが張り巡らされている。自転車に乗っているとちょうどひじぐらいの高さになる柵だ。これがものすごい閉塞感を生む。せっかく自転車でオープンエアの中にいるのに檻の中でカラカラと車を回しているハムスターの心境になる。

一方、左岸のほうはサイクリングロードになっていないので、邪魔な柵がない。右岸から左岸を見れば別天地である。なんと気持ちよさそうな道であることか。左岸の問題は舗装がされていない砂利道ということだ。これまでは細くて裂けやすいタイヤの自転車ばかりに乗っていたので、左岸は走れなかったのだ。PERCIPIO号のタイヤは26×1.25、すごく太くて丈夫そうだ。砂利道だって平気である。

入ってみると、砂利道とはいえ解放感は満点だ。やっぱり左岸がいい! と思ったのも束の間だった。左岸は道がこま切れで、おまけに2か所も河川工事が入っている。気持ちよく走るには程遠い。もう境川はやめたくなった。

ところで、今日は2時間ちょっとしか走ってないのに、体が動かずにくたくたになってしまった。PERCIPIO号は走らない自転車だけど、それをさっぴいて余りあるしんどさだ。しばらく自転車に乗ってなかったのが効いているにちがいない。

日曜日にすばらしいゴールを決めたロベルトカルロスは、氷雨の降るなか、頭から湯気を吹いていた。彼はまさに千里の馬だ。すばらしくよく食って、すばらしく速く強く長く動けるのだろう。彼のようにはいかない。もともと体は強くないが、近ごろでは動いても体が暖まらず発汗しなくなってきた。根本的に熱や力を生み出せない体になってきている。これからは走らないPERCIPIO号が私に合った自転車になるだろう。フロントバックを装着して弁当やカメラを入れて一日遊び回ればよいのだ。


2003.2.24 三寒四温

今日も雨になった。先週の予報では天気がよくなるようなことを言っていたようだが、春の予報はよくはずれる。韓国のことばに「三寒四温」というのがあるらしい。周期的に変わる春先の気象をうまく言い表したものだ。3日、4日という日数をもってきているところが絶妙だ。

雲日記

写真は2月の空模様をカレンダー表示したものだ。私は毎朝の空模様を4年ほど撮り続けている。こうして一覧に表示すると、金曜が晴れて日曜に天気が悪いという3+4=7日周期のパターンも見つかる。この2月は例年よりも曇りと晴れの日がはっきり別れているような気がする。けっこう雲が出て晴れている日というのが数日しか記憶にない。低気圧の通り道がぴったり関東にあっているのかもしれない。

年々歳々寒さがこたえるようになってきた。春が待ち遠しい。10年前であれば、気が付いたら日が長くなって太陽が力強く温かさを増して、ああ、春か...などということもあったが、最近はちがう。ちょっとでも春らしいものにすがりついて無理にでも引き止めたいぐらいだ。今日の雨も身を切るような冬の雨ではないと、自分に言いきかせている。


2003.2.26 那智黒

このたび、那智黒なるものが恋愛学において大いに有効である可能性が発見されたので、ここに公開し諸家の注意を喚起し考究を奨励するものである。

恋愛学において研究対象である女性の年齢と主たる生育地を(それとなく)知ることの重要性は、恐竜研究が産出したる恐竜化石の年代及び生息環境の同定なくして始まらぬことと一般である。化石の年代の同定には示準化石が有効であり、環境を探るには示相化石が用いられる。未知なる希少な恐竜化石が時代や環境がよく知られた普遍な化石と共に産出することによって、その地質時代や成育環境がたちどころに明らかとなるのである。

恋愛学においては、「ベイシティローラーズ」がもっともよく知られた示準化石である。ところが、恋愛学の化石は時が経つにつれ、その有効性が減衰せざるを得ない宿命を持っている。ベイシティローラーズといえどもその法則外ではない。もはや、ベイシティローラーズに親しんだ者は40才以上であり、そうした女性は恋愛学の対象となることがまれである。

那智黒とは和歌山県にある株式会社那智黒総本舗が製造している「那智黒飴」を指すことは言うまでもない。私も30年ほど前、愛媛県にいたときにたびたび黒砂糖味の那智黒飴を食べた記憶がある。しかし、那智黒飴の読み方が判明でなかったためそれを那智黒飴として認識して食べていたわけではなかった。そして、今日、那智黒の音声を正しくそして強烈に記憶している一群の存在が明らかになったのである。

その一群の誕生由来を詳しく解説する資格は私にはない。関西方面の一部地域で20年ほど前に那智黒を連呼する異様なテレビコマーシャルが放送されていたという説明に留めたい。因果関係はどうあれ、今は那智黒の示準化石、示相化石としての有効性を可及的速やかに把握することが肝要である。

現在のところでは神戸、大阪、京都で成育した30プラスマイナス5才の女性が顕著な反応を見せることが明らかとなっている。30才といえば、年齢の(それとはなしの)確認が最も困難な対象であり、有効な示準化石はいくらでも欲しい。データの蓄積が精査を期待させるのは従来の化石研究の示すところである。ひとまずは生育地と年齢が明らかになっている女性に対して片っ端に、体を揺するダンスを交えて英語なまりで「ナチグーロ」と呼びかけ、反応を記録することから始められたい。追記するまでもないことであるが、関西-名古屋、あるいは名古屋-東京ラインにある女性のデータは特別貴重である。

PS
私たちの研究がサクラさんに役立って光栄です。これでまた一つデタラメを言い放つ勇気がわきました。


2003.2.27 うれしい着信

携帯電話を持って一年になる。現在のところ、喜ばしく思った着信は0件である。「よろこばしい」「うれしい」「ありがたい」「便利だ」と感じたことはただの一度もない。いずれの場合も「しまった」「よわった」「わずらわしい」「よけいなことを」というようなネガティブな話が一方的に飛び込んで来た。

これは極めて偏った例とみなさざるを得ない。なぜならば、私の周囲を見渡せば、携帯電話を用いて話をしたり、メールのやり取りをしたり、写真の撮影をしたりしている姿が頻繁に観察されるからだ。中には一日10件以上も通話をしたりメールを送受信している人もいるのではないだろうか。

さような勢いで携帯電話が使用されるからには幾分は喜びが見出されるものでなくてはならないだろう。あれほど大勢が頻繁になにがしかの通信を行っているのに、その全てが「しまった」「よわった」「わずらわしい」「よけいなことを」というようなネガティブなものであれば社会はもっと悲愴感に満ち、路上でも電車内でも罵声が飛びかっているはずである。

私は不勉強にして彼らが何を交信しているのか知らない。想像すら難しい。いったい携帯電話のメールでいかなる情報がやりとりされるのであろう。しかも、その内容がなにがしか喜ばしいものとなると、それはいったいいかなるものだろう。

唯一、それらしき経験があるとすれば、中学校1年生にまで遡らなければならない。同級にチャーミングでセクシーな女生徒がいて、私と仲良しであった。2学期の一時期、彼女と紙片あるいはプラスチック片(下敷きの割れたもの)に短いメモ書きをして、傍目を忍んでたわいのないやりとりを交していたものだ。「ブラのホックがずれてるぞ」「因数分解、困ったときには共通項」「ぱんつ水色」「ばか」「ゆふだちやあさだちよりもはかなけれ」

そういういたずらは、とにかく何でもいいから二人の世界を持つことで興奮できる思春期なればのものだろう。いい大人がいったいどんなやり取りをしているというのか。ためしに回りの人間に、携帯で何割の着信が喜ばしいものか概算してもらった。U君は1%、M君は10%、T君が一番大きくて20%だった。T君の20%の内容は「飲みに行く誘い」ということだった。それも、ただしがあって「会社以外の人間からの」ということだった。T君には仕事以外の友人がたくさんいて、そういう付き合いを持つことが幸せの秘訣だと主張している。

たしかにそれは一理も二理もあって、私には仕事以外の付き合いが全くない。こちらに引っ越してきてからの2年をふりかえってみると、仕事外でかかってきた電話は携帯、自宅、会社をひっくるめても3タイプしかないことに気づく。税金対策でマンション購入を勧めるもの、カメラ屋あるいは自転車屋から注文の品が届いたという通知、みかんを送ったという実家からの連絡、この3件である。わずかでも喜ばしい内容が期待できれば、電話の呼び出し音も、もうちょっとは軽やかに聞こえそうなもんだ。


2003.2.28 馬鹿か利口かわからないやつ

職場に、%(百分率)の数字が追記されてある計算式を書いた紙が転がっていた。うろ覚えなので数字はちがうかもしれないが、こんな感じ。

7−0.14÷0.7=?    正答率34%

どうやら最近流行の「学力低下論」の傍証になる数値らしい。34%しか正解してないとなると、おそらく大学生あたりが対象なのだろう。東大の文科1類とか、そのあたりではあるまいか。小学生ならいくらなんでももっと正解率は高いだろう。

ちなみに私の回りで働いている連中は全員5秒で解答した。

おおむね、6.8という答えが多かったが、なかには5という答えもあった。どちらの答えであろうと、5秒で出てくれば、「けっこう計算ができる」とみてよいだろう。5を誤答として、学力が下がっていると騒ぐのはいかにもマスコミっぽくて恥ずかしいかぎりだ。その両者のちがいは誤答か正答かというだけで学力、とりわけ数学の力とは無関係であると私は思う。

問題は以下のようなことを言うやつである。「6.86割る0.7だな、あ、9.8だよ。」または「7も0.14も0.7の倍数だから簡単だな、10引く0.2で9.8だよ。」そういう解を即答されると、馬鹿なのか利口なのか、しっかりした調査結果がでるまでは判断は差し控えたい。


2003.3.2 雷雨について

昨夜は午前2時ごろ雷雨になった。日本の上で低気圧が発達し、寒冷前線が通過したのだろう。雨が強く降ると家の中にいてもいろいろな雨の音が聞こえてくる。ざあーじいーざあーとうねるようなベースの音に、滴る音、はじける音、叩く音、落ちる音。

さて不思議なのは、雷雨のときの雨の降り方だ。稲妻が光ってごろごろいうと、一拍おいて激しい雨がザーッと落ちてくる。いつも雷に続いて雨だ。雨が先ということはない。あれはどういうわけなのだろう。雷と雨の塊は何か関係があるのだろうか。

雨粒が空から地上に落ちてくるまでに、秒速7メートル、5キロ上空としても10分ぐらいかかることになるから、雨が落ち始めるのと雷が鳴るのは同時なのかもしれない。同時だとすると、なにかのひょうしにたまたまいっしょになっているのか、それとも雷が発生することで雨滴が落ち始めるのかが問題だ。

雷雨のような大きな雨滴は上昇気流がないと支えきれないものだから、上昇気流が止むことが雨粒を落とすことになるだろう。あれだけ一斉に大粒の雨が落ちてくるのだから、大きな雲の塊の上昇気流がピタッと止むことも考えられる。雷がそれを止めているのかもしれない。逆に、上昇気流が止まると稲妻が走るのかもしれない。


2003.3.6 ユリイカとしての海の心

「海の中には6倍の氷が隠れている」と話に聞いた。つまり氷山の一角とは7分の1のことをいうようだ。そんなもの誰も実際に計ってないに決まっている。計算で求めたのだろう。その計算ができるのはアルキメデスのおかげだ。30年前に習ったアルキメデスの原理によると「海に浮んでいる氷は海中にある分だけ軽くなっている」ということだ。

雲日記

以上のことを詳細に検討して、氷山の図を描くと次のようになった。

氷が海水の2分の1の重さなら、ちょうど半分が海中だ。3分の1の重さなら、3分の1が海の中だ。7分の6が海中にあるときには、氷が海水の6分の7分の1の重さなのだろう。7分の6分の1ではないところがみそである。数学の苦手な私が満員電車の中で必死に考えた末の結論である。

アルキメデスの原理をもうちょっと詳しくいうと、「氷山は海中にある氷の体積ぶんの海水の重さの分の浮力を受ける」ということになるはずだ。彼は風呂の中でアルキメデスの原理を発見するやいなや、ユリイカユリイカと叫んで裸で町中を走り回ったという。しかし、これがちっともピンと来ない。ぜんぜんユリイカではないのだ。だから、「海中に6倍隠れている氷山の比重はいくらか。ただし海水は1でよい」というような問題すら暗算できなくて困るのだ。もうちょっと私の得意な文学的表現にしていただけないものか。

上の図を思い浮かべながらこう考えた。「海は海に浮ぶものも海だと思いたがっている。」 海に浮んでいる氷は当然海ではない。海に浸かっている部分も海より軽い氷だ。しかし、空中部分の氷をぎゅうっと海中部分の体積に押し込んでしまえば海と同じ比重になるはずだ。海の心になって、しばし瞑想してみる。海にとって空中の部分は異世界であって、無いもの、想像もできないものとする。その心境に達すれば海に浮ぶ氷の比重も海と等しくなる。

余計めんどうを増やすに過ぎない説明のようだが、アルキメデスの原理の覚え方として、これ以上腑に落ちるものはない。


2003.3.7 透明という意味としてのスケルトン

「スケルトン=透明」ということで定着し、新しいことばが誕生しつつあるようだ。私はそのことをちょっとした感慨を持って受け入れている。かつて心理学の研究に携わっていたころ、私の最大の関心事は「透明」ということであった。認知の多層構造の成立要因についての研究である。心理学的には完全に透明であるものは透明とはいわない。透明である物と透かして見える物との2つがあってはじめて透明視が生じる。透明なものは必ず半透明で、奥にあるものと半透明なものが同時に視界に入らなければならない。そして、図地反転と同様に奥にあるものと半透明なものは別々に認知される。

初代アイマックのような工業製品を「スケルトンデザイン」と打ち出せば、スケルトンという単語を知らない人には2通りの意味に解されることになる。ブラウン管などの内部部品という意味か、透明な筐体という意味か。アイマックでは透明な箱のほうがより印象的だった。そしてスケルトンデザインが流行したため、スケルトンという単語が透明という新しい意味をもって受け入れられることになった。

このことは、中世の日本で城の絵皿にもられたカステラを指して「これは何?」とたずねたところ「カステラ(城)」という答えが返ってきたというような、微笑ましい逸話を思い起こさせる。また「役不足」という単語が相反する意味で定着していることも同じルーツをもっているようだ。

私がスケルトンということばになじんだのは、自転車のフレームスケルトンからだった。私はそのスケルトンを各チューブの長さ角度と解していた。自転車仕様書に「フレームスケルトン:上パイプ530mm・下パイプ525mm(芯々)・シートアングル74度...etc」と記載されていたからである。次はスケルトン=骸骨である。テレビゲームのモンスター名だったろうか。そしてこの数年の透明という意味のスケルトンである。私はその3つを違和感なく受け入れている。フレームのスケルトンと透明のスケルトンはそれぞれの意味で使いわけて使っている。

さらに妙味を付け足すならば、スケルトンが透明として定着することに「透ける」という単語が全く寄与していないということが興味深い。音がにているにもかかわらず、透けるとスケルトンとは無関係なのだ。おそらく意識の底でも連想されていないだろう。「透ける」が名詞化していない純動詞なのがその理由と思っている。


2003.3.8 丹沢

天気が良くて暖かかったので、調子にのって5時間も自転車で遊んでしまった。

新車のPERCIPIO号はなんといっても、フロントバッグがあるのが強味だ。写真機を持ち運べるのでついつい未知の道に入り込んでしまう。食い物を持ち運べるので、しょっちゅう飲み食いしている。バナナだのまんじゅうだのコーラだの。バッグがない自転車だとこうはいかない。物を食うのが面倒なので食わないから、気がついたら「腹が減って動けなくなる。もう帰ろう」ということになる。2時間も走るともうだめなのだ。

写真は宮ヶ瀬ダムから丹沢のヤビツ峠へ向かう途中の景色だ。神奈川県とはいえ、このあたりまで来ると雪が深い。ヤビツ峠はメジャーなサイクリングコースで一度くらいは行こうと思っていて、まだ行ってない所だ。コースの途中に遊び場もあり、オートバイや車も多そうなので敬遠していたのだ。

今日は、なんとなく迷い込んでしまった。宮ヶ瀬ダムの温度計はなんと8℃を表示している。こんないい日和に走らないでどうしよう。ダムの上を回っているのはノスリかオオタカか。まだシーズンオフなので車も少ない。気持ちよい登りになるだろう。ただし、ここですでに午後4時を回っている。もとより上まで行く気はない。春の日は長いとはいえ、峠の頂上で日の入りをむかえるのは勘弁だ。後ろ髪を引かれる思いで引き返す。また来る日もあるだろう。


2003.3.9 性ということば

ボーカルのポギーがジュライから抜けるらしい。この数カ月チームメンバーとの方向性の違いからしばしば衝突を起こしてきた。他メンバーのアニソンは「ポギーがわからなくなった」と言ってはばからない。敏腕プロデューサーのプロフェッサーT(タカタ)も潮時といってるから、もとに戻ることはあるまい。ジュライは単なるビジュアル系ではない。これまでジュライの曲はすべてポギーの作詞であった。名前だけの作詞作曲ではないのだ。その音楽性はポギーの声と詩によるところが大きい。はたしてこの先、ジュライがいまの実力と人気を保てるだろうか。

最近、中年化が促進し、耳慣れないことばに弱くなった。「関係性」「方向性」「音楽性」、この3つは耳障りだ。いまだかつて、しっくり来たことが一度もないので「誤った」用法だとみなしている。いずれも「関係」「方向」「音楽」だけでじゅうぶんだった。性というのは何につけても良い便利なことばだが、それでも気になる。私にはとんと縁がないサブカルの解説に使われることが多いようで、そこからはみ出してくると追い返したくなる。


2003.3.13 まさに〜とす

ジュライのボーカルで作詞家のポギーの得意技はキーワードを入れた例文作りである。キーワードが「ばかりか」ならば「彼女ばかりかその友人にもなじられた」というような感じだ。同様なゲームはわれわれの間でも1年前から流行っている。最近では、例文も複雑怪奇を極め技巧に走って来た感がある。さすがニセもんのことば遊びは腐るのも早い。和歌では万葉集が新古今集に落ちぶれるまで400年かかったのだから。

今日のテーマは中学の漢文で習うキーワード「まさに〜とす」をサッカーで使うことであった。

1)セリエA まさに優勝せんとす ユベントス
2)ひぐらしや 枝豆まさに ユベントス
3)帰化で改名 サントス アレッサンドロ

ポギーの「いまが楽しけりゃそれでいい!」という叫びが身に染みる今日このごろである。


2003.3.15 忍足さんのミトコンドリアDNA

21時45分ごろ、テレビで忍足亜希子さんが彼女と同じミトコンドリアDNAを持つ人に会いに行くという企画をやっていた。ミトコンドリアDNAは女性だけが母から受け継ぎ、男性のミトコンドリアDNAと混じることがないので、祖先が確実にわかるのだという。

番組では忍足さんと5万年前に母親が共通だった女性がカザフスタンにいるというので、会いに行ってた。その女性は忍足さんと同じくらいの年齢であった。私はあまり大きな声で言わないが美しい忍足さんが大好きである。驚いたことに、そのカザフスタンの女性も忍足さん似の美女なのだ。距離も時間も超えて血のつながりを感じさせるに十分な二人だ。番組スタッフには「いやよくぞ見つけました!」と拍手を送りたい。

あれが忍足さんじゃなければ私は放送を見ない。会いに行った女性が忍足さん似の美女じゃなければチャンネルを変える。テレビはそういうふうに作られているので、そういう気分で見ている。

ところで、の頂点にある赤いは、二人の美女に共通の5万年前の母である。番組では特定しなかったが、彼女は中東かモンゴルあたりに実在した人物だということが明らかなはずである。

その女性もきっと美人で健康で聡明だったにちがいない。そして2人の女性を産んだとする。その子どもも美人で健康でそれぞれ2人ずつの子どもを生んだとする。その孫も美しく健康でそれぞれ2人の女の子を産んだとする。そうすると、32世代後には約1670万人が同じ母のミトコンドリアDNAを持つことになる。

32世代をあげたのは、数学が苦手な私はその手の計算ができないからだ。約1670万というのはパソコンモニターの色数として記憶しているので、「2の32乗は約1670万」とすぐに出てくるのだ。32世代は時間にするとたかだか1000年である。30歳で2人の女の子を産んでいるとしてだ。それを思うと、5万年間1700世代もあれば同じミトコンドリアDNAを持つ人がほとんど無数存在することになる。番組に登場した2人の女性と同じミトコンドリアDNAをもつ人は現在3億人ぐらいいるのだろうか? テレビは知っていてもそういう数字は知らぬふりをする。

私自身は忍足さんとは番組に出てきたカザフスタンの女性と同等以上の血のつながりがある。私は男なので、どこまで遡れば忍足さんと共通の母を持つかはミトコンドリアでは調べようがない。彼女が私のところに来てくれないのは私が美女ではないからだ。それに、忍足さんに似ていないからだ。それに、カザフスタンの人のようにかっこいい生活をしているわけではないからだ。それに、忍足さんが出会いに感動してくれないからだ。テレビはそういうふうに作られている。そういう気分で見ないとやってられないので、よろしく。


2003.3.16 小鮎川周回コース

天気予報は雨だったけれど、昼頃は薄日の射す曇り空だったので、ならばと自転車で出かけてきた。この数か月、私の最大の興味は自転車で快適に走ることができるコースの開拓である。新車のPERCIPIO号だと砂利道も走れ、スニーカータイプの靴で乗っているので歩くこともできる。国土地理院の5万を携えて新しいコースを探し回っている。

正直なところ、神奈川東部のこのあたりは決して美しいところではない。自転車で走っていると首都圏の郊外の悪い所ばかりが目に付く。道路、住宅の無秩序な開発は必然あるべき道を見えなくし、地域の最近史を感じさせなくしている。荒れた雑木林、ゴミ捨て場でしかない河原。この30年の突っ走ってしまった日本の寂しさばかりが目に付く。

それでも、かつての人、牛馬、リヤカー道の痕跡をたどる。ここいらに住んでいたわけではないので難しいけれど、穴があくほど5万分の1の地図を見て、道端の景色に想像力を働かせれば無理な話ではない。

今日は、相模川にかかる座架依橋を起点とする25キロの河川周回コースを発見した。中津川、荻野川、小鮎川の美しい所を満喫できるコースだ。自動車に煩わされるところは数百メートルしかない。信号待ちも6か所!ですむ。途中雨になってずぶぬれだったが、はなはだ気分はよい。


2003.3.17 ドラクエ IV クリア

子どもたちがドラゴンクエストの4をクリアした。始めたのが去年の4月だから一年掛かりのクリアである。いやあ長い道のりだった。スーパーファミコンの機械が悪いのかカセットが悪いのか、何度も何度も何度も何度もデータが消えるのだ。あるときはセーブしたデータが消え、あるときはプレイ中にフリーズして消え。どれだけラスボスの手前で涙をのんだことか。そのたびに子どもらはガッカリし、すぐに立ち上がる。あきらめが良いのにくじけない。起き上がりこぼしのような性格は親譲りか。明日からは、これまたクリアに1年以上かかっているドラゴンクエスト7にトライだ。


2003.3.18 テレビがこわれている

「テレビが壊れている」といっても、番組が腐っているという意味ではない。そのようなことは、今わざわざ私があえて口にするようなことではない。たとえ、今夜特撮ヒーロー特集をやっていたとしても、静かに席を外せば済むことである。

壊れているのは私の家のテレビジョンセットだ。1年ほど前だろうか、テレビから音が出なくなった。最初は放っておいても数分たてば音が出ていた。それがダメになって、しばらくは再起動で音が出ていた。次第に再起動で成功することが少なくなって、ついに沈黙してしまった。テレビに付属の外部出力端子も機能していないので壊れたのはスピーカではなく、コンデンサか何かの小さな部品が死んだのだろう。

テレビから音が出ないとけっこう不便である。わかるわからないのレベルだとテレビに音なんていらない。ただし、ちゃんと見ていないと番組の筋がわからなくなる。で、音がないと退屈で見てられないので、けっきょくわからない。紆余曲折の末の応急処置としてビデオの音声出力から電線をひっぱってオーディオのオグジュアリを利用してスピーカーを鳴らしている。けっこういい音が鳴るので、まるでAVに凝っているみたいでかっこいい。

ついでに家のアンテナも風の強い日に倒れて、そのままにしているので、普通の放送はいっさい受信できない。とりあえずケーブルテレビだけが頼りだ。で、ケーブルモデムとONKYOのオーディオセットとビデオが三位一体となってはじめて音が出る。テレビゲームも同じ方式なので、迫力ある音が出る。プレステ2は音楽CDの再生機としてもけっこういける。DVDは一本も持っていない。

新聞の広告をみれば、今使っているサイズのテレビだと3万円ぐらいだ。買ったときは10万円ぐらいだったから、ずいぶん安くなったものだ。10年以上前の品だけど映像のほうは快調そのものである。さて、デジタル放送までこのまま行けるかどうか。けっこう微妙な線だ。

つい最近までは生活用品を自作していた時代もあった。そのころは長持ちする道具が偉かった。自分で作り使う習慣があれば当然の傾向だ。いまは売れる道具が偉い。私のテレビは故障した部品がのっかっている基盤の交換だけで済むはずだ。しかし、10年以上前のテレビの基盤があるかどうか、検査したり修理する手間賃がいかほどのものか。修理に出すのはえらく面倒だ。買ったほうが安い。しかし、買い換えるのもけっこう面倒である。とくにテレビのように、所有すること自体になんの喜びもない物は。


2003.3.19 テレビを見ると馬鹿になる

「テレビを見ると馬鹿になる」という言い分をついぞ聞かなくなった。若い人だと、一度も聞いていない者も多いだろう。これは、テレビを見ても馬鹿にならなくなっているわけではなく、そういう分別臭いことを言う人間が全員歳をとって死んでしまったからである。いまちょうど私が分別臭いことを言いたがる世代にある。しかし、我々が物心ついたときにはテレビがあった。我々の世代の評論家、道学先生はテレビがない状態を知らないから、テレビを見なければ馬鹿にならないかどうか分からないのである。あるいは単にテレビで育った馬鹿ばかりだから、テレビを見ると馬鹿になることに気づいていないのかもしれない。

「テレビを見ると馬鹿になる」というのは「春がくれば花が咲く」というのと同じぐらいの真理だと私は思っている。テレビ番組はそう狙っているとしか思えない。この40年、まったく変わっていないと思う。

そして、ここから本題なのだが、私自身は馬鹿になることの難しさ、ありがたみをつくづく感じているのである。私はいまでこそ、そうとう頭が悪くなり日常生活にも支障がではじめているが、もともとはかなり頭のいい人間である。落ち葉一枚にも天下の秋を知るような鋭敏なところがあって、ずいぶんしんどい思いをしてきたものだ。

どんなに頭のいい人でも酒を飲んだり歌をうたったり、友人と馬鹿話をしたり、映画や芝居を見、本を読んで馬鹿になることがあるそうだが、私はそういうことの一切に無能である。何かに没頭してもぜーんぶ頭を使うことばかり。山登りやサイクリングは気が狂うほど頭を使う。女の子に夢中になっても、いつの間にか「なぜ恋は盲目なのか」ということが最大の興味になっている。ぜんぜんダメである。

救いようのない私でも、テレビでは手軽に馬鹿になれる。5分でも10分でもテレビの前でぼうっとしていることがある。馬鹿になっているのだ。あとで何を見ていたのかたいてい思い出せない。思い出す気にもならない。

思うに「テレビ馬鹿論」があった昔のほうが馬鹿になれたようだ。犯人はリモコンではないか。あいつがどうもいけない。私のテレビは30チャンネルぐらいあるので、ついついいろいろボタンを押してしまう。それで、テレビ番組の中に入り込めない。どんな番組でもそれなりに見続けられるように作られているはずで、見続けたほうが馬鹿になれる。

この調子で、デジタル双方向なんかになった日にはもう嫌である。ぼうっとできないテレビに何の意味がある。頭のいい生まれつきで、飲めや歌えやのできない者はどうすればいいのだ。いや、他人事はひとまずいいだろう。テレビが双方向になる日、いまの調子だと私自身は徹底的に頭が悪くなっているはずだ。サイクリングや雲の観察には喜びを見出せず、ちょうどテレビぐらいが良い遊び相手になっている自分に期待したい。


2003.3.21 戦後処理

アメリカがフセインに対して「逃げれば引き分けてやってもよい」などと言ったとき、日本人の中には一瞬その気になった者もいるのではないだろうか? 何が敗戦かといって、それ以上の負けはないのに。

アメリカは独立以来戦争に負け続けている。試合に勝っても勝負に負ける。きっと戦争が下手なのだろう。戦争なんて公式には負けても、非公式にはいくらでも戦える。現代は戦争によって他国を領土にできる時代ではない。どこまでも内政に干渉することはできないし、テロに勝つ方法はまだ発見されていない。

もしかしたらアメリカは、武力で徹底的にやっつければ一国ぐらい飼い慣らすことができる、と思っているのかもしれない。だとすれば、その責任はわが国にある。我が国は唯一アメリカに惨敗した国だ。戦地で兵隊は餓死し、焼夷弾で都市は徹底的に焼かれ、原爆を2発も使われたのは痛かった。

しかし、真の敗因は戦術でも国力でも武力でもない。アメリカは武力や政治力で日本を飼い慣らしたわけではない。アメリカが勝ち慣れていない以上に我が国が負け慣れていなかったのが敗因である。決め球をたった一回打たれてシーズンを棒にふる星飛雄馬のように、国際社会のなかで勝つか負けるかの真剣勝負を演じてしまったのだ。

イラクあたりの人は生まれたときから戦争をしている。何千年も前から絶え間なく勝ったり負けたりしている。そういう人たちの頭の中はぜんぜんわからない。負けても勝つつもりなのだろうが想像もつかない。私と同じように、多くの日本人も知らないだろう。で、アメリカ人もそのことを知らないなら恐ろしいことだ。

第二次大戦後、日本人がアメリカに一矢むくいる工夫をしたり、上手に独立しておれば、多少なりともアメリカは大人になっていたかもしれない。いわゆる汚い兵器や大量殺戮兵器を有色人種相手に使いまくることも防止できたのではないか。アメリカが数々の敗戦のたびに心のどこかで「まだやり足りないからだ」「水爆を使えば勝ってた」などと甘いことを考えているなら残念なことだ。アメリカはこの戦後をどうするのだろう。うまく勝つシナリオはできているのだろうか。


2003.3.22 総理の重いことば

科学界の歴史的大発見は常識の転覆と同義である。科学の正義は常識に疑問を持ち、常識を正した者にある。科学では多数決よりも数学のほうが発言力が強いので、たった一人でも変革ができる。政治は無理である。とくに議会制民主主義は常識の政治といわれるように、そこに天才の入り込む余地がない。

先日、総理が面白いことを言った。「大衆はときにまちがうことがある。」一般常識というのも時に困ったもので、社会変革が必要なはずのときにバリケードになってしまう。というのが総理の真意なのだろうか? それとも、アメリカに同調しないと経済制裁の矛先が向けられるという意味なのか?

真意はともかく、あれは小泉氏ならではの重みのある発言である。彼は当初、原因不明の圧倒的な支持率を誇っていたからである。同じことを支持率5%ぐらいで更迭になった森総理がいったのなら、単なる負け惜しみにしか聞こえない。今回の大衆がまちがっているかどうかは不明だ。が、ともかく、あの小泉人気の盛り上がりようは確かに変だった。議会から火がついた「いっぱいのかけそば」人気以来の不可思議であった。総理本人に言われるまでもなく、大衆は間違っていた。


2003.3.22 アシフェチが語る吉岡美穂の脚

カツラのCMに出ている吉岡美穂さんの脚がずっと気に入らなかった。細くて長いのだが、膝から下の曲線がすごくみっともない。これは主観である。なにしろ、テレビや吊広告を見る私の目にとまるということは、世間的にはあれでよいということになっているのだろうから。

私はアシフェチなので気に入らない脚が目に入るのは気にくわない。今日、電車の広告になっている吉岡さんの体を見つめながら、般若心経にある有名な一節「色即是空 空即是色」ということを考えていた。色というのは、普通に認識される物質の存在や変化のことだろう。空というのは、空間とか時間とか人間精神あってのもので、実際に目で見たり手で触れたりできないもののことではないだろうか。そう考えると、色即是空というのは物質の存在や変化は時空というベースがあってはじめて分かるという意味、そして、空即是色というのは、時空というものをかりに定めることができるのは物質のリアリティを感じるから、ということだと思いついた。

こう考えると、ただの戯れ言としか思えない経文がちゃんとした哲学、科学に見えてくる。表現は違うけれども、江戸時代のエマニュエルカントも大正時代のアインシュタインも同じようなことを見つけたのではないか。弥生時代のインド人にとって、時空の発見は相当エキサイティングだったと思う。

われわれは平成の科学者であるので、「色」を「色」のなかで考えなければならない。色即是色として何もかも考えなければならない。「色即是空 空即是色」などとつぶやいても何もはじまらない。ただし、その場合でも、物質の存在や変化は時空というベースがあってはじめて分かるということは心のどこかに留めておいたほうがいいだろう。それが、色即是空ということの正しい意味かどうかは別に。

吉岡美穂の脚の美醜もなんらかの時空によって定められることに違いない。ふと思いついたのは彼女の脚の形が私にそっくりだということだ。私は自分の脚の形が気に入らないので、彼女の脚がみっともなく見えているにちがいなかった。そこで、自分の脚の形のみっともなさの起源はどこなのだろうと考える。よくわからない。かっこいい脚ならば、バレンシアのゴールキーパー、カニサレスが思い浮ぶ。


2003.3.25 美しい男が必ずしももてない話

鳥や虫の美しいオスが必ずしもメスの気をひいて好かれているわけではない、という説を昭和のはじめに唱えた人がいるらしく、寺田寅彦が俳句雑誌のエッセイで賛同を表明している。普通に考えると、鳥や虫で派手なオスはメスにもてるから、より多く子孫を残し、美しい形質が受け継がれて、より美しい子孫が育っていくというのがナチュラルだ。しかし、あくまでそれは常識にすぎず、科学者ならばじゅうぶん疑うべきだと私も思う。

寺田は素人考えと断わって、華美なオスはそれだけ無駄が多く外敵にも見つかりやすいのに生きているということは、敏感で俊敏な個体という証拠で、そういう個体が自然淘汰のふるいにかけられて残されているのだと述べている。それもまた一理ある。繁殖するにはまず、生きなければならない。鳥や虫のオスはただ生きるのにも苦労が多い。

しかし、あくまでオスの美しさはメスの獲得競争と関連して説明したほうがよさそうだという実験もある。アフリカの野外実験でオスの飾りは活動に支障がでることが証明されている。オスの長い尻尾が特徴の鳥がいて、そいつに人工的に尻尾を付け足すと、よく命を落とし、カットして短くしてやるとよく生き残るらしい。ただし、異常に長い人工尻尾のオスはやはりメスによくもてるようなのだ。私は美しいオスはメスに愛されると確信している。人間がそうなのだから、虫や鳥だってそう考えてよいだろう。

そして、もう一つ子孫を残す上でオスの美しさには配慮すべき点がある。それは、ぶさいくなオスのやる気をくじく作用である。オスの美しい姿や声、ダンスは他のオスを圧倒し、メス獲得の競争意欲を萎えさせる作用があると考えている。そうすればメスの気持ちに関わらず繁殖機会が増えるのだ。これはメスにオスの選択権がないような種で起こりがちだと思う。

この説が不人気なのは、学者が実感としてピンと来ないからだろう。ヒトオスの美しさは繁殖に大きなウエイトを占めない。身に覚えのないことは誰も認めたがらない。どちらかというと、ヒトメスのほうが同姓の美人に気後れする傾向が強いかもしれない。

人間では美女のほうが子どもが多いという統計もなければ、美男のほうが子どもが多いというわけでもない。だから「男らしさ」「女らしさ」という性差もそれほど際だってこなかったのだ。そんな人間でさえ男女共に美しさをけっこう気にしているぐらいだから、シジミチョウとかクジャクとか、男女が全く違う姿をして、びっかびっかに派手でぎんぎんに踊る動物たちがどれほど強力な美意識を有してるかは想像に余りある。


 
2003.3.26 人間とは何か (日)

私はついに、ヒトのヒトたるゆえんに気づいた。それは想像と現実をごちゃまぜにすることだ。他に類を見ないヒトの特異性はそこにある。そこから全ての幸いと悲しみと葛藤が生まれる。

ホモサピエンスが生まれたのはたった十万年前のことだという。農耕を始め都市を作るのが1万年前。そしていまや個体数60億。こんな生物がまっとうな進化によって地球に生まれたとは思えない。空想する猿はおそらく突然変異のいたずらとして、早急に滅ぶべき存在として出現したのだろう。

ヒトの他にも何種類か人類はいて、すべて絶滅している。その中にはきっとヒトよりも体力がある種がいただろう。もしかしたらヒトよりもすぐれた知能を持った種もいたかもしれない。それらが滅んだのは何かが欠けていて健全な文明を築けなかったからだ。

ペシミストに言われるまでもなくヒトは哀れな存在である。想像と現実をごちゃまぜにする被造物が生物としてまっとうに生まれ死ぬことなど不可能だ。ヒトの明日には不安があり希望がある。ヒトの昨日には後悔があり思い出がある。綺麗なメスの裸の写真にいやおうなく興奮する。その興奮がなんの実益もないことを理解していても。その虚しさを知っていてなお心の底から喜びが湧いてくる。そのたびに虚しい喜びの虚しさを再確認する。

狩猟や耕作には記憶力と洞察力さえあれば十分なように思われる。それだけで他の猿や猫とは一線を画して多いに繁栄できないのだろうか。野心をもったり希望を抱いたり嘘をついたり騙したりくよくよしたりすることは全く無意味ではないのか。30年も前の片思いの恋人のことを思い出してドキドキすることに適応上の意味は無いと思ってきた。それは発達した脳の副産物、知性という劇薬の副作用であり必要悪でしかないと思っていた。


2003.3.27 (月) 文明が不利益を保護する

良く言えば共感あるいは同情というもの、悪く言えば妬みや嫉妬が文明を築くためには不可欠である。本物の餅よりも絵に描いた餅のほうを重視するような、ある種いびつな精神こそが、同胞意識、ナショナリズムの源泉であり文明の底流にある心持ちである。

文明とは井川遥を尊ぶことである。日本人の99.9999%の男は井川遥と肉体的な縁がない。テレビや写真でしか見ない女性ならば気にするだけ無駄である。大事にしてあげれば、何かいいことが返ってきそうなその辺のおばさんのほうが1万倍は有用である。文明を持たない虫や魚や鳥には井川遥はいないだろう。彼らには手に届く異性が全てのはずだ。

文明とは若い娘がやせすぎて死ぬことである。どういうわけか、やせているほうが良いと決心してがんばったあげく病気になり命を落とすことである。やせているほうが良いという心持ちは絵に描いた餅で、それが本当にいいのかどうかは本人も知らない。やせていたときには結構もてたとか、誰かに大事にされたとか、適応上の利益を得た経験がないのに死ぬまでやせることができる。悪いことだと思っていてもやめられない。文明の支えなしに、そういう奇天烈なことをする生物が淘汰を経て万物の霊長として君臨できるはずがない。

文明は国民的なセックスシンボルや思春期やせ症のような生物的な適応上は不利なものを容認する。文明には生物的に良いところもあるが、悪いところも無尽蔵にある。ヒトの社会はそういうものに立脚しており、種自体がそれで存続できている。どろどろっとコールタールのように個々人にまとわりつく共有幻想に支えられて文明が成り立っているからこそ、ヒトは絶滅を免れ今日の繁栄を築いているように思われるのだ。


2003.3.29 (火) いびつな心と進化

私はダーウィンの進化論を信じており、生物は淘汰によって進化すると思っている。すばらしく巧みな鳥の羽、イルカのエコロケーション、ハキリアリのキノコ栽培術のようなものはどれほど奇抜であっても、適応によって進化したことを想像することはたやすい。人間も生物である以上は淘汰による進化をまぬかれない。精神や魂、心も進化の産物だ。洞察や類推の力も進化によって生まれよう。火や武器を使う技術、言語によるコミュニケーションも進化の産物とみなしてよい。それらは直裁に有利な生存をもたらしているからだ。ただし、本物の餅よりも絵に描いた餅のほうを重視するような一種歪な心持ちが淘汰、あるいは適応によって直接誕生したとは思えない。

絵に描いた餅の威力は、宗教やわけのわからない儀式や、エジプトのピラミッドやらに端的に現れている。何千年も前からその力をいかんなく発揮してきている。ピラミッドを築いたり、羊を屠ってささげたり、祈ったり、苦行をしたりすることは生物の適応としてマイナスの行動である。通常の進化史上でならそういう心持ちの生物は速やかに死ぬであろう。ところが、人間にとってはそういう無茶なことが無駄ではなかった。マイナスの行動しか生まないはずの心持ちが文明を支えることになり、文明が人類に繁栄をもたらすことになったからである。

さて、本物の餅よりも絵に描いた餅のほうを重視するような精神はどのように誕生するのだろう。これは難問である。いっぱんには、心的な獲得形質は遺伝すると誤って信じられている。その誤解は文化が世代を超えて継続し伝統になることから生じている。日本的なわびさび精神が遺伝的に受け継がれるとか、イギリス流ユーモアが世代を越えてイギリス人に伝えられる、などということは全くない。その文化はヒトが生まれるたびに一人一人が新しく学んで身につける以外にないのだ。生殖細胞に関わらない肉体的な獲得形質はけっして遺伝しないように、心的現象も遺伝しないのだ。

現実と夢を混同し、絵に描いた餅を重んじる精神はおそらく知性の副産物として地球の生命に生まれたものだろう。知力は長い時間を経てじょじょに徐々に良くなることが考えられる。環境が安定し肉体が同じであれば、頭がいいほうが生き残りやすい。その知力がある一定のレベルを越えたとき、絵に描いた餅がポンとこの世に現れたものではあるまいか。10万年かかってもヒトはそれほど分化していないことが事実としてある。せいぜいが黒人とか白人とか日本人とかの区別しかない。肉体がそうなら精神のほうも変わっていないはずだ。10万年前に東アフリカにいた人たちも私と同じような心持ちでこの世に生をうけてきたのであろう。


2003.4.2 (水) 倫理社会

文明は人間を進化の呪縛から解き放った。地球の生物を35億年間縛ってきた縄がほどけたのだ。人間は生命としての生の情熱に縛られることなく生きることができる。文明の中では適者だけが生存するわけでなく、弱者が淘汰されるわけでもない。人間には自由がある。絵に描いた餅を大事にすることが自由にほかならない。

その一方で、文明を維持するためには、約束が必要である。ヒトには生命維持の必要条件の他に文明の約束事が必要だ。いうまでもなく、そういう約束事も自然発生するものである。「鶏が先か卵が先か」という愚かな問いが文明の誕生を考える際にも発生するかもしれない。つまり、「文明が先か倫理が先か」ということだ。

もしかしたら、文明社会の中で生活することではじめて個人の倫理が育つと誤解している人もいるかもしれない。それは誤りで、文明の中でなら倫理感のない人間も生きることができるが、逆に、個人の倫理がないかぎり文明は生まれないのだ。それは鶏卵論争が科学的には「卵が先」で決着するのといっしょだ。文明のなかで成長するのは道徳である。

道徳というのは個々の集団に共通の倫理観だ。人間は生物であると同時に社会の一員である。それは地球上に人間が生まれたときから変わらない。人間は文明社会を築かないかぎり生きていかれないからだ。もしくは、人間が2人寄ったら必ず文明が生まれるといってもよいだろう。そして社会が100人1000人10000人と大きくなっていくと公衆道徳と個人の倫理観にずれも生じてくるだろう。


2003.4.5 (木) プラトンのイデア

道徳を形作るための基礎的な心持ちがある。そのことについてもっともまじめに研究したのがプラトンだと思う。彼は勇気とか善とか徳を何よりも確かな実体だと思っていた。それは事実そうである。人間ならばどの個人にもそのような心持はあり、2500年前のギリシャでも現代の日本でも、どこででも通用する。それらは普遍である。

それらの普遍さ、不変さはちょっと慎重に検討してみる必要がある。というのは、プラトンの対話編にあるように、徳や正義とは何かを少しまじめに考えてみると、どうにもよくわからなくなるものだからだ。つまり、それらは手にとることができないやっかいなものなのだ。そのつかみどころのなさが変わらぬものであるゆえんとなる。操作できないものは変えようがない。

感覚の基礎に時間と空間という操作できないものがあることをカントや龍樹は見抜いていた。文明の基礎にも普遍の衝動があることをプラトンは見つけていたのだ。

勇気とか善とか徳とか文明を維持するために必要な心持ちは人間が人間になったときに必然人間の心に刻み込まれたものだ。それらは絵に描いた餅とすらいえない。というのは、もともとの餅という物質的操作が可能なものが見つからないからだ。生物学的には友人を裏切ることが悪いとか、女房を殴ることが悪いというようなことは、指が5本とか砂糖が甘いということと同値である。

道徳を生む心持ちは、時間の中でいつの間にかその本性を失ったものですらない。餅を絵に描けるということは絵に描いた餅の絵の絵も描けるということだ。絵に描いた餅の絵の絵の絵の絵の絵というように、どんどん描き進めているともともとの餅が本当にあるかどうかすらわからなくなる。たとえば、国家とか市とか村というようなものは絵に描いた餅である。が、その元のものは何らかの物質的存在をもって示せる。海岸線とか山とか人とかでもよいのだ。

道徳がよって立つところの勇気とか善とか徳はその根本がよくわからない。それだけに、強固な変更不能性をもっている。プラトンはそのことに気づき、それはなにかを知ろうとしたのである。


2003.4.6 (金) 神を信じること

私はヒトの心持ちはさほど変化していないと思っている。地球上に文明が現れてから1万年としても、それからたかだか500世代である。しかも、文明は文明に逆らうようなタイプの人間を淘汰できないという奇妙な特性がある。そこが自然と文明の決定的な違いだ。きっと、1万年前のアメリカインディアンも、古代エジプトの人間も、ギリシャの人間も私たちと同じような衝動を持っていたことだろう。科学的な知識が乏しい古代に、怪しい倫理観をもった人間たちが社会を維持していくのは至難の技であったにちがいない。

道徳は形にならなければ機能しない。基礎的な心持ちはあっても、その現れ方は一様ではない。プラトンの時代も勇気と無謀は紙一重で、善と悪も表裏一体、奴隷の徳と市民の徳は別物であった。文明を維持するためにはどの社会でも法の整備が必要である。ところが、法を守り文明の中でおとなしく生きるのが意外と難しい。大昔から引きずってきている動物としての衝動と法は相入れぬことがあるからだ。だからこそ強く法を説く必要もあった。

宗教は最初、社会をまとめ機能させるようにはたらいた。旧約聖書は神から与えられた法だ。事細かに生活の方法を説いているその預言は文明を生む心持ちの一つの現れである。法は必須である。しかし、全知全能の神がことさらに法を強調すると、そこにやっかいな矛盾が生じることになる。神の言うとおりにやっていても人間は決して幸せにならないのだ。あまつさえ、あからさまな不幸に見舞われることすらある。神を信じる人々にとって、それは恐るべきことであった。


2003.4.8 (土) 不幸な生まれであること

神に祝福されて生まれてくる人はいない。それは火を見るよりも明らかである。なぜヒトの体には毛が無いのだ。ヒトが地球に誕生した頃は氷河時代の盛りで今よりずっと寒かったろう。普通の適応ならばわざわざ体毛を失うことはない。もっとふさふさの体のほうが理にかなっている。最初から苦労させられるように人の体はできている。

人間は自然界の中ではか弱い一本の葦でしかない。しかし、それは考える葦である。かといって、考えるだけで死の手から逃れられるわけがない。個々人がいちいち衣服を発明したり、住居を開発したり、動物の捕まえ方を工夫しているまで自然は待ってはくれない。

砂糖は甘い。塩は辛い。高いところに立つと脚がすくむ。なぜか巨乳好き。などなどはご先祖様からのありがたい賜り物だ。そして、自然の摂理に反してつるつるの体になってしまったと同時に、餅と絵に描いた餅を同一視する不自然な能力が備わっており、文明を築くことができた。

人に道徳を強いる神様は文明を維持する方便を教えてくれる。文明なしには人間は片時も生きてはいられないのだから、社会道徳は必要だ。人と人の和を重んじる気分は必然どの人間ももっている。同情とか共感というテレパシーともいうべき力で人と人は結びつく。その一方で反対の気分も体の底からふつふつと沸き上がって来る。その気分もホモサピエンスが35億年来のご先祖様から受け継いで来たものだからどうしようもない。ともかく不遇と言うしかない。自然の神、人間の神、両方に逆らわなければならないのだから。


2003.4.11 (祭) 神に逆らうこと

神におもいっきり逆らった人間の代表はヨブだろう。非の打ち所のない立派な人間ヨブは正しく清く生きているのに次々に天災に襲われる。身内は不幸にあいどんどん死に友達はみんな去ってしまう。そして自分は不治の奇病に犯されてしまう。ヨブにはそのわけがわからない。あまりの理不尽さに神を問い詰める。神はヨブへの仕打ちを単なる気まぐれでやっただけのことで特に意味はない、不幸の意味など人間が知る必要はないと一蹴する。ヨブは神に会い、そのことばを聞いたとき全てを合点する。そしてヨブは健康を取り戻し家族は栄え裕福になり通常の人間の何倍も幸せに長生きする。ただし、私の目にはヨブの後半生は妙にペシミスティックに見える。

私は人間の幸福と不幸の意味をあきらかにしたものとして「ヨブの書」以上のものを知らない。この恐るべき物語が生まれたのは文明がいよいよ本領を発揮しはじめる旧約聖書の時代だ。旧約聖書の「ヨブの書」以外の預言は事細かに法を説いている。人間は文明を作って生きる宿命を背負っている。文明社会が維持されるところ道徳や法がある。宗教のドグマは人間が必死になって群れを作り生き延びようとする方便だ。道徳や法を守りたい気分はヒトの心に必然起こってくる衝動である。それが預言といわれるゆえんだ。ただし、その衝動は不条理な自然現象や言葉にならない善悪の彼岸にある情熱と衝突を繰り返す。その矛盾をヒトは抱えている。「ヨブの書」は神の法が個々人の幸不幸とは無縁に見えても気にするなと説く。ほとんど詐欺ではないかと思われるほど衝撃的だ。

古今東西無数の哲人が神の御言葉と幸不幸が関係していないことの矛盾を解こうとした。キリストは愛をもって矛盾をそのまま受け入れよと言った。法を守るよりも必然存在するものは認め受け入れるのが幸福の道だという。お釈迦様は矛盾を見つめよと言った。よくみれば矛盾がないことがわかると言った。

ヨブが見抜いたとおり、古来の生物から受け継いだ衝動は個人が触わって改造できるようなものではない。それは100万年かかる適者生存の生物進化によってしか変化しない。個人が鍛えることができるのは、文明の根底にあるところの餅を絵に描く能力だ。その能力の一端が愛という共感する能力であり、別の一発露が知という推理の能力だ。キリストと釈迦はそれぞれの力を鍛えて人生に臨めと教える。それは困難な道程である。道半ばで寿命が尽きない者などいない。しかしながら、そうした道を歩む以外に人が人らしく生きるすべはないのである。しいて言えば、その努力を続けながら寿命を終えることが幸福の正体であろう。その道筋をちゃんと示したキリストや釈迦はやっぱり救世主なのだ。


2003.4.12 ソバのうまい土曜日

今日は一日ぐずついて遠くに出かけていく気がしなかった。ちょうどいまごろは、木も草もめまぐるしい勢いで変化している。かわりゆくときは何でも美しい。春のおわりのいま屋内でごろごろしているのはなにやら贅沢なようであり、もったいないようでもある。

小雨のなか、庭にでかけたのは尻尾の切れたカナヘビのエサを取るためだ。カナヘビはエサに少々苦労するので育てている気になる。草むらとか落ち葉のあたりをがさがさやると、カナヘビが食えそうな生物が見つかる。ヤスデは固くてうまくないだろう。ケバエのウジのサナギらしきものがいっぱい見つかるが、いかにもまずそうだ。ろくなものがいない。ミミズがいたが大きすぎる。小型のクモを喜んで食うのだが、貧相な我が家の庭ではクモなんてなかなかいない。ちょっと遠征して、隣の空き家からワラジムシを3匹失敬してきた。

カナヘビにわらじを与えて、日記才人リニューアルにあわせて、このページも少しいじくっていた。ふと窓の外を見ると、曇り空の暗い光の中で萌えた若葉の赤や緑がきれいだ。三脚をすえてニコンのフルマニュアルカメラをひっぱり出して写真を撮る。去年の暮れから装着したままのフィルムでやっと30枚使ったところだ。暗めの景色は運が良ければものすごくきれいに写ることがある。

昼のソバがとてもうまかった。


2003.4.13 オニグモは成虫越冬するのか

近所にちょっとした温室や畑のある庭をもった邸宅がある。なぜか屋外に60センチの水槽を出し、外部フィルターで濾過をして、中には金魚とバラタナゴとドジョウが入っている。奇妙な取り合わせの水槽で、作者の嗜好がいっこうにわからないが魚は幸せそうに泳いでいる。

その家にはオニグモが巣を作ることを私は知っている。それがちょっとうらやましい。昼のコガネグモ、夜のオニグモが網をはるクモの2大スターだ。2つとも完全に無害なむしである。夏の夜になれば、戸外でオニグモが巣を作り室内ではアシダカグモが徘徊するのが西日本の家のステイタスといってよいだろう。私の家にはジグモとアシダカグモがいるのがちょっと自慢。しかしオニグモはいない。ギンメッキゴケグモや晩秋のジョロウグモはたくさんいる。でもオニグモにはかなわない。

その家のオニグモがなぜか今日、巣を作り始めていた。大きな個体で、じゅうぶん親だと思う。親だとすれば早すぎやしないだろうか? 私はオニグモは卵越冬して、今ごろ子虫がわんさかでてくるものだとばっかり思っていた。あれはオニグモではないのか。だったら何者か? それとも、あの家はオニグモマニアで特殊なブリーディングをしてクモを増やしているのだろうか。素直に考えれば、オニグモは成虫越冬するということになるのだが。

そういえば今日はずいぶんクビキリギスを聞いた。あのやかましい音は電車の中にも響いてくる。クビキリギスは成虫で越冬して春一番に鳴くキリギリスだ。


2003.4.14 雨の日の赤い葉

レッドロビン

土曜日に撮った写真ができ上がった。赤いのは隣の庭木でレッドロビンという品種名がついているやつらしい。最近は庭木の定番になっているらしくほうぼうで目にする。とくに春さきは芽が赤いので良く目立つ。樹木としては、花もなくこれといって虫もつかない面白みのない木だ。

雨の日の撮影で、予想通りきれいな色がでていた。フィルムはフジの800ネガで、ニコンのLS2000でよみとった。

フルマニュアルの一眼レフFM2はフィルムに日付も焼きつけられないから、3か月もするといつ何をとったものやらさっぱりだ。毎回の反省を活かして、撮るたびに何を撮ったかメモしておくことにしている。ただ、そのメモがほうぼうに散らばっているので、メモを探すだけで一苦労だ。またメモ内容も「桜の木にツグミ」とか「梅の花」としか書いていないので、けっきょくいつの撮影だか明らかになることはまずない。しかも、FM2なのかF4なのかすらメモしていない。こういうことをかれこれ4年ほど続けているが、書いているときには後日混乱が起きることなど全く念頭にないのだから恐れ入る。


2003.4.16 十字架島の巻

私がこれまでに最も親しんだ書物は、みにくいあひるのこか鉄腕アトムのどちらかだ。読んだ回数はどちらも3000回は下らないと思う。みにくいあひるのこのほうは中学生ぐらいになってからもときどき見たので、筋や絵は完璧に記憶している。鉄腕アトムのほうは字すらちゃんと読めない頃に見ていたらしく、断片的な記憶しか残っていない。しかしながら、その断片が非常に強い印象を残している。

今日、鉄腕アトムが近くの本屋で平積みされているのを見つけて、その作品を探してみた。目的のものはすぐに見つかった。記憶にある数カットは非常に鮮明なので、パラパラっとめくるだけでそれとわかったのだ。幸い私は手塚作品に嫌悪をもっていて鉄腕アトムは全然読んでいない。だから、私が知っている鉄腕アトムは、その40年前にばらばらになって散逸するまで読んだあの単行本だけである。

喜び勇んでその本を買い、改めて読んでみた。十字架島の巻である。懐かしさがこみ上げてくる。悪漢たちが魚のうわっぱりをかぶるシーン、海上で焼けつく太陽にさらされるシーン、電磁石に捕まるアトムのシーン。ストーリーは全く覚えていないので確証はないが、まさしくあの作品にちがいないと思う。

ところで、いま読むとカットの力強さがまったく感じられない。現代の洗練された漫画に比べると低レベルの作品であるのはいかんともしがたいけれども、もっともっとインパクトがあった記憶がある。漂流する船のカットは画面いっぱいの見開きで、太陽からの凶悪な光の筋が無数に降りそそぎ、悪漢たちはいまにも干上がって死にそうに描かれていた。電磁石に捕まったアトムは俯瞰の魚眼レンズでのぞいたように描かれ、強烈な遠近感をつけられた機械の黒々とした球は圧倒的な存在感をもっていた。

幼時の記憶は誇張されるものだ。私は瀬戸内海でオットセイの群れを実見したと信じていたし、2月18日に書いた鉄ゴマの技だって夢で見たことかもしれない。それにしてもあの鉄腕アトムがこんなつまらない作品だったとは思いたくない。十字架島の巻は初出が昭和33年の「少年」で連載されたものらしい。私が見たのはその約5年後の単行本である。手塚氏は連載が単行されるときに、作品を作り直されることも多かったと聞く。もしかしたら別の十字架島の巻があるのかもしれない。そうだとしたら今年あたり再会できるのではないか。


2003.4.18 いきはよいよいかえりはこわい

とうりゃんせ、という歌の意味は全く分からない。ずいずいずっころばしよりもわからない。天神様の細道のいきはよいよいかえりはこわいとはどういうことか。音調は非常に恐そうなのでとほうもない決意をせまられているような感じがする。

田園都市線が全線開通とかで、押上とか東武動物公園とか、埼玉だか栃木だかわからない彼方にまでつながった。その影響と思うが、渋谷から中央林間への帰り、10時から11時ごろの列車の混みようは殺人的である。これまでも満杯だと思っていたのだが、車両というのは入れれば入るものだ。以前の150%ぐらいになっているだろうか。私は帰りはとてもこわいのだ。ちなみに我が愛媛の西の方の方言では「こわい=しんどい」である。

そして、全線開通のためと思うが、中央林間始発の渋谷行き急行の本数が多くなった。それで朝はずいぶんお大尽な気分になっている。私は只今のところ、いきはよいよいかえりはこわいを実践している数百人の一人である。


2003.4.19 手乗り蝶

去年の9月のこと、収穫してきたニンジンの葉に大きなアオムシがついていた。キアゲハの終齢幼虫で、せっかくだからと育ててみることにした。ニンジンの葉もほとんど食わず3日ほどでサナギになった。プラケースの天井の網にアゲハらしくしっくりおさまっている。すぐに羽化するかもしれないのでふたを外して、止まり場所の多そうな藤の蔓の中に置いておいた。そうすれば、知らぬ間に羽化しても勝手に羽を伸ばすとおもったからだ。しかし、10月になり、11月になっても羽化しなかった。どうやらサナギで越冬して春に羽化するものらしかった。

藤の蔓の間に置いておくとつぶしかねないので、サナギついたふたをプラケースにもどした。冬の間、サナギのことなんかすっかり忘れていたが、暖かくなってきて子どもたちが騒ぎ始めた。羽化の兆候がないので、死んでいると思ったらしい。確かに全く動かなかったが、死体らしい変色も異臭もないので、生きてはいるらしかった。早めに藤の蔓のなかに戻してやろう、と考えていた。狭いつるつるのプラケースの中では羽化のスペースも足掛かりもない。

そのサナギがプラケースの中で羽化してしまったのは3日前のことである。昆虫の羽化の成否は微妙で、短時間のうちに勝負が決する。案の定、脚をすべらせたか、足場を探しているうちに下に降りてしまったのか、もののみごとに羽化に失敗していた。羽は伸び切らず、しわくちゃのままだ。蝶としての天寿はまっとうできない。

我が家では虫はペットになるか、ペットのエサになるかどちらかである。たまたま腹をすかせた尻尾切れのカナヘビがいる。運が悪い。キアゲハの命は風前のともし火であった。私が第一発見者でなかったのが幸いしたかもしれない。その哀れなキアゲハは妙に家族の同情を引いた。特に長男が気に入って、いま手乗りキアゲハとして育てている。全く飛ぶ力がないので、顔や手に止まらせると懸命にしがみついてくるところが誇らしいのかもしれない。ひまがあると、近所の花壇に連れていって、花に止まらせて蜜を吸わせている。

「羽をはさみで切ったほうが扱いやすいぞ」とアドバイスはしている。不完全な羽でばたばたして落ちることが多いからだ。女子供はそれにも反対する。せめて蝶の姿で死なせてやりたいというのだ。やれやれ、あのキアゲハは死んだあとでもカマドウマの餌にはできそうにない。


2003.4.20 ケヤキとクス

いつも通る歩道の並木道のアスファルトに稲のもみ殻のようなものがつもっている。赤と緑のまじった細かい花びらだ。街路樹のケヤキの花のさかりが過ぎた頃だから、ケヤキの花だろう。ケヤキは東京ではちょうどサクラと同じ頃に花が咲く。歩道に吹き溜まっている花の残骸をみるといちどきにずいぶん花をつけるようだ。

ちょうどいまごろ、クスノキはさかんに古い葉を散らせている。プラスチック細工のようなサーモンピンクの新葉をひろげるのと同時だ。あの葉は一見透明感があり薄っぺらに見える。じっさいは厚くて固いじょうぶなものだから何年ももつ。ケヤキの葉は半年しかもたない。

この季節には東京の近郊にわずかずつ残っている林が順繰りにいろとりどりの葉を広げて美しい。それらの林ははかつての薪炭林のなごりだろう。コナラをメインにケヤキやサクラが混じる落葉広葉樹主体の林だ。子どもの頃に「雑木林」という名称をずいぶん聞いて、そのイメージが全くわかなかったまさにその雑木林にちがいない。


2003.4.21 タンポポ

座間市にある日産自動車の大工場を貫通する道がある。道路とコンクリート製の壁の間に細い歩道があって、少しばかり雑草が生えている。雑草は壁と歩道の舗装の隙間にできた割れ目に根を張っている。一番立派な雑草がタンポポだということは遠目にもあきらかだ。黄色い花が咲いている。ひとかかえもありそうな立派な株で、葉も30枚以上はついている。年齢も5歳以上にはなっているだろう。近づいて見ると、セイヨウタンポポの特徴である総ほう片の反り返りがないことがわかる。こいつは一体何者か? 日本のタンポポか。

ひところ、東京近郊で目に付くタンポポが軒並みセイヨウタンポポになったことがある。セイヨウタンポポは撹拌される土地に強い性質をもっている。更地ができると他の背の高い雑草が入り込む前に大繁殖する。殺風景な都市の道端の環境にも強い。日本のタンポポは夏眠するので、真夏に雑草刈りが入る果樹園とか田んぼのあぜなんかがよい住み家だ。

東京では、日本のタンポポのほうが若干大きいような気がしていた。生理的なものか、セイヨウタンポポは巨株になるまで生きていられないのか、理由は分からないけれどもこの季節に花をつける大きいタンポポは日本のものだと思ってよかった。

日産工場のタンポポはどこをどう見ても日本のタンポポだ。しかし、何か違和感がある。大きいのにみょうにだらしないというか草体にしまりがない。育っている場所が悪いとはいえ、土地は安定しているのだから日本のタンポポが5年間育っていても不思議ではない。ただ何かが違うのだ。近くのタンポポを調べると、総ほう片が完全に反り返りセイヨウタンポポの特徴がはっきり出ている個体もあった。驚いたことに、総ほう片以外には両者に全く差が見られない。こいつらがいわゆるタンポポの雑種なのだろうか。

かつては、セイヨウタンポポばかりが目に付くようになったものだから、セイヨウタンポポが日本のタンポポを駆逐するかのように誤解されたことがあった。その2つは見かけ上は似ているけれども、体質も生息環境も全く別の植物なので両者の間で生存競争は起こらないはずだった。雑種ができるとなると話は別だ。日本中のタンポポが新種へと進化する可能性もある。


2003.4.22 蜘蛛盗人

オニグモが欲しくてしょうがない。しかし、近所の邸宅にいるオニグモは手の届かない所に巣を作っている。軒と軒下に伸びる電線と、生け垣の間だからいくら手を伸ばしても届かない。蜘蛛をくれと家の人にことわるのもはばかられる。棒などを使ってこっそり捕っても見つかったらことだ。指をくわえて見ているしかない。

私はもう一匹オニグモがいることを知っている。少しこぶりだが、結構元気に巣を張り、ツマグロオオヨコバイなんかを捕まえて食っている。その蜘蛛は、邸宅に接する東隣の家のレッドロビンの生け垣に巣を張っている。つま先立ちして手を伸ばせば届く距離だ。こいつなら盗れる。朝晩脇を通るたびにだんだん欲が強くなってきた。

今日、午前0時ぐらい、帰宅途中に目をやるとそいつはいた。かなり大漁だったらしく、巣はおおかた破けて、獲物をぐるぐるまきにした球を3つほどもっていた。あたりに人の気配もなかったので、チャンスだと思った。ただ、盗むほどのこともないなと、その巣を通りすぎ10歩あるいて、例の大きなオニグモの様子を見に行った。どういうわけか、今日は巣がなかった。獲物の掛かりが悪いので巣の場所を移したのかもしれない。朝に晩に観察しているけれども、大きなほうの巣に獲物がかかっているのを見たことがない。

大きいのがいなくなると、小さいのがずいぶん貴重な感じがして、引き返してもう一度クモの様子を見ることにした。その邸宅は玄関に近づくとランプが点灯する仕掛けになっている。このへんは泥棒が多い。ずいぶん庭の草花を盗まれているので我が家にも設置している。普段は明かりを点されるのが嫌なので、遠巻きにして歩いているが、迂濶にも玄関に近寄りすぎてランプがついてしまった。それでもかまわず、ほとんど生け垣に接するぐらいに体を寄せて、クモの巣に手を伸ばそうとしたそのとき、至近距離で人の歩く音がした。クモに気をとられて人の接近に気がつかなかったのだ。

かなりうしろめたいので、その人の方を見ずに何事もなかったかのようにその場を離れ普通の足取りになるように気を配って歩いた。その人は近所のアパートの住人であった。まさか蜘蛛を捕ろうとしていたとは思うまい。


2003.4.23 スッポン

ちょうどいま、田園都市線の線路の斜面は、萌え出してきたイタドリの赤い葉できれいに彩られている。あれはスッポンの同類だ。

スッポンは繊維質の多いすっぱいキュウリのような味がする。酸味は強いが甘みもある。この季節になると子どもらが競って集め食った。標準和名ではイタドリという類の植物である。私たちはスッポンに2タイプを認めていた。細くて食えないものと、太くて食えるものだ。細くて食えないスッポンは道端、川の土手など至る所にいくらでもあった。もともとその2つは同じ類のものだと思っていなかったが、ある日2つの葉っぱが酷似していることに気づき、試しに食ってみると同じような味がした。もしかしたら全くの同種で成育環境によって食えるものになるのかもしれなかった。

本物のスッポンは手に入りにくい所にある。段々畑の脇の岩がごろごろしているところだ。そういうところには必ず野バラがあり、入り込むとかならずひどい目にあった。私がスッポンを取っていた愛媛県八幡浜市はちょうど中央構造線の付近にあり、切り立った変成岩の山々が続くところだ。傾斜40度にもなろうかという斜面を段々に切り開き田畑にしているのだから、定期的に土砂崩れも起きよう。土砂崩れで岩石が溜まったところは畑にするのもままならず、捨ておかれていた。ごろた石の荒れ地だって、放置して20年もたつと次第にシイやカシが優勢となり、てかてかした照葉樹のブッシュとなる。彼らに先んじて、いち早く侵入してくるのがスッポンというわけだ。

よいスッポンは自転車のハンドルほどの太さがある。根もとの方は赤白く茎は緑だ。子どもながらに、一本一本が独立の草体ではなく、竹のように地下は繋がっていると思っていた。根もとをひねると「スッポン」といういい音がしてちぎれとれる。半日陰の所で育つものにうまいのが多かったようだ。どんなスッポンでも成長して60センチほどにもなるともういけない。根もとをひねると「ぐうしゅう」という悪い音がしてつぶれる。繊維が固くて食えたものではない。杉林の中などに、大きく青白く育ったスッポンを見つけると、なぜ今まで気づかなかったかと、ため息がでたものだ。

スッポンはそのまま食うほか、砂糖をつけたり塩をつけたりしていた。そのまま食うのがもっとも飽きずにたくさん食えたような覚えがある。また、茎を短く切って両端に6つか8つほどの切り目を入れ、水の中につけておくと、切れ目からヒガンバナの花びらのように反り返ってきて面白い形になった。日本料理などでも使われるテクだと思う。ただ、それをやると水っぽくてうまくない。空洞の筒に木の枝を通して、水車にして遊ぶこともできると教わったが、そんなことをするよりもただ食いたかった。


2003.4.24 私にわからないこと

すでにポルノの意味に気づいたので、私にわからないことはほぼないと言っていいだろう。強いてわからないことをあげると、それはみな科学的なことばかりになる。たとえば、小学校のときに理科でやった氷の実験がいまだにわからない。なべに入れた氷に塩をいれてかき回すと、試験管のなかがマイナス20度になって、氷ができるやつだ。塩を入れるだけで、なんで試験管は氷以上に冷たくなるのか?

そういう好奇心を私が放っておくわけはない。ことあるたびにもの知ってそうな人に聞いたが、どうにも要領を得ない。説明に専門用語が入るとだめだ。科学的な「熱」の知識はまったくないので門外漢にもわかるようにやってもらえないかと頼むのだが、簡単ではないようだ。

 なんで塩をいれてかき回すだけで氷水はどんどんつめたくなるの?
実際は冷たくなってないんだよ
 ?
解けてるだけなんだよ
 ??
解けることが要点なのさ
 塩を入れると氷は融けるの?
そうだよ
 冷たくなるのに融けるの?
だから、冷たくなってるわけじゃないんだよ
 じゃあ、どうなってるの
熱的じゃなくて化学的に解けるんだよ
 ???
チョコレートはあっためると融けるだろ?
 融けるよ
あれは熱的に融けてるんだ
 自分的にも融けてるかなって感じ
熱を加えたからチョコレートは融けるんだ
 熱いと融けるのはわかるよ
だろ、じゃあ、熱くないのに解けると?
 水に塩や砂糖をいれると溶けるよ
じゃなくて、解けるのに回りから熱を奪うんだ
 熱をもらったら熱くなるだろ?
熱くならなくて解ける場合のことを言ってるんだよ
 ?????
だからぁ、チョコレートも融けてる最中は熱くなってないんだよ
 温めてるのに?
そうだよ

というような調子で1時間でも2時間でも過ぎて行ってしまう。しかし、分からないことに不安も心配もない。科学的な謎は私が分からないだけで、どこかの誰かは分かっている。私が分からない理由は、うまく説明できる人にまだ出会っていないか、私の頭が悪いかに帰着できる。

真に科学的な謎にであえるのは天才だけである。氷と塩のことも熱の正体が分かった上でないと検討に値する疑問を持つことは不可能である。もはや科学と個人は関係ないのだ。理科離れもいたしかたあるまい。現代では科学的な説明がひとまずつけられないような疑問は普通の人間の意識にのぼらない。だから、ポルノの秘密を解いた私には、自信をもって分からないと言い切れるようなことがなくなってしまったのである。


2003.4.25 あやまることこそあやまりなれ

「過ちて謝ることこれ誤りなり」などとは言われない。けれども、最近では謝罪することそれ自体が迷惑ということをよく目にするようになった。インターネットが普及したので、いろいろな人がいろいろな過ちをおかして、いろいろな謝り方をする。掲示板やネットニュースでうだうだ謝っているのは見苦しい。私信をメーリングリストに流したことをメーリングリストで謝罪して二重のひんしゅくをかう。そういう新種の迷惑には「うざい」という新しい表現が良くにあう。

わが東急田園都市線は全線開通して、乗車率が50%ほどアップした。午後9時台の中央林間行きはモーレツなラッシュである。私は電車が嫌いではないが満員電車にも限度というものがある。その限度がどれほどがまんならない所にきているかは、どれほど些細なことで腹が立つかどうかで測ることもできよう。

全線開通にともなって新型の車両も走るようになった。新型のは出入口のところに液晶のモニターが2個ついている。一個は電車の走っている場所と次の駅など、通行情報を表示している。今日はどういうわけか、渋谷を出たとたんに係りが駅名表示を1個すっとばしてしまった。いうまでもなくその過ちで迷惑をこうむる乗客は皆無と言ってよい。21時にあんな電車に乗る連中はみんな電車乗りのプロなのである。モニターの表示なんぞに頼る者はいない。いくら乗車率300%の満員だからといって、それぐらいでは腹はたたぬ。

ところが、東急はその失敗を車内放送で謝るのである。「大変申し訳ありません。表示はまちがっています。つぎは桜新町」ってな具合だ。しかも、間違いはすぐにはなおせないらしく、2度も3度も謝るのだ。あれには腹が立った。こっちはただでさえ苛々しているのだから静かにしてくれ、という心境だ。最近では、SARSの恐怖がひしひしとせまるなか、満員電車であたりかまわず大きな咳を30秒おきにやるオヤジの次に腹が立った。あまりに腹が立ったものだから、もう一つの液晶モニターで流されているランタナの花でオオゴマダラやリュウキュウアサギマダラが吸蜜し珊瑚礁を熱帯魚が泳ぎ白いウサギが草むらを跳ねハクチョウの群れが飛び立ちアライグマが昼寝をし羊が草をはみ絵に描いたようなハイソでこましゃくれた家族がこれみよがしにバイオリンを弾き新興住宅地を散歩し東急ハンズで買い物をし東急プールで泳ぐ東急グループのエンドレスイメージビデオまで憎くなった。


 
2003.4.27 日産座間工場

座間工場

自転車に乗って南に5分ほど走ると日産座間工場にでる。写真の道は座間工場の真ん中を貫通する道だ。画面中央にある電信柱の立っているところの付近に先日気になったタンポポが生えている。そのタンポポに気づいたのは、この場所がはじめだったが、注意して探してみると同じようなものはたくさん見つかった。それほど珍しいものではないようだ。自宅の近所で見つけたやつの記録をたまたま見聞録にのせた。


2003.4.28 幼い日の佳き思い出

日産座間工場をつっきって、相武台の丘に登り、米軍基地のトンネルを抜けて段丘崖の急斜面を一気に下ると相模川にでる。

相模川の両岸は水田が拡がっている。ここまでは家をでて20分。水田のなかはところどころ未舗装の細い農道が走っている。子どもを連れたり、飼っているウサギの写真を撮ったりして遊んでいるひとがぽつぽついる。

レンゲ

初夏の連休の頃は写真にあるように、一面レンゲの薄紫の花に彩られる。レンゲは一時期ほとんど見られなくなったが、最近では有機農業の流行で栽培される地域が増えているようだ。

私はレンゲが大好きである。暖かくなったこの季節にレンゲのにおいに包まれるのは幸福そのものといってよい。かつて、暖かな午後のレンゲ畑でよくあそんだものだ。ミツバチやモンシロチョウをいじめてレンゲ畑を走り回っていると一日が過ぎた。レンゲ畑にいる私は、どうやればスズメノテッポウの笛がいい音を出すのかだけを悩んでおればよかった。豊かな未来を信じてなんとなく生きていられた幼い日々。いつまでたってもレンゲのにおいは40年前の無条件幸福の世界をよびおこす。

そういえば私の自転車はレンゲ色をしている。いま気がついた。


2003.4.29 美しい川

小鮎川

相模川を渡って右岸の田んぼのなかを下流に向かい、住宅地を右に折れると中津川に掛かる橋にでる。その橋をわたりほぼ直進すると、写真の小鮎川(こあゆかわ)がある。小鮎川も中津川とおなじく相模川の支流のひとつ。丹沢の大山に源があり上流にダムはない。上流の主な流域は清川村である。人家は少ないが川の水はあまり清らかとはいえない。河岸の景色は渓谷なのに水は重苦しく濁り泡立っている。

水洗便所の普及に下水の処理が追いつかないと川は極めて不釣り合いな姿をさらすことになる。森と田畑と青空と民家、爽やかで美しい景色の中で川の水だけが腐っている。川底の石には白褐色のユレモがびっしりおおい、生き物の姿はなく腐臭を放つ。日本の田舎ではよく見る光景だ。小鮎川には上流のまさかというような山奥に浄化施設がある。あれができる前はこのあたりはさぞかし悲惨であったろう。水は人の努力できれいになる。

私が川のそばばかり走るのは、きれいだろうが汚かろうが淡水が好きだということと、空が広く解放感が得られるからだ。残念ながら神奈川県にはフェンスやガードレールのない土手道が極めて少ない。写真の小鮎川の所まで家を出て45分。やっぱり川はこうでなくてはいけない。ここを走りたいというだけでここに来る。


2003.4.30 涙の出る麦畑

麦畑

小鮎川の周辺に麦畑が拡がっている。麦の成長の早さは目を見張る。3月に来たときには、なにやら雑草のようなものがたよりなげに風に揺れていたのに、もう一面に青々とした穂をつけているのだから。

急峻な崖に囲まれた谷あいの部落で生まれ育ったものだから、米にせよ麦にせよ、延々とだだっ広いまっ平らな土地はそれだけでうれしい。

ひとつ困るのは、田畑が開けている場所にでると、とたんに目が痛く涙が出ることだ。この数年のことだ。初夏から晩秋にかけて特に顕著で、目が痛くなる場所が田畑や河原に限られている。はじめは気にしなかったが、どうやら花粉のアレルギーらしい。杉は全く大丈夫だ。どうやらイネ科とかブタクサとか雑草系がダメなようだ。

それに加えて、この4月は風が強くてどうもいけない。どの低気圧もおしなべて日本で急成長している。もう夏だというのに間欠的な強風はまるで春の始まりのようだ。目チカチカ涙ポロポロ鼻グズグズ。まともに風に向かって走れない。


2003.5.1 やらせ?写真

麦畑

小鮎川の土手道はすぐに行きどまってしまう。それでも無理やり右岸の細い道に入り込んで、無理やりに丘を登っていくと、写真の風景の所に出る。私は偏執狂的にこういう場所を探しあて、定期的に身をおくことでつつましやかな幸福感を得ている。

小鮎川周辺のことを知っている人がこの一連の日記を読んでいたら、相当不審に思われるかもしれない。日記の内容では、ものすごい田舎に見える。この写真の風景だって信州とか四国とか北海道とかいっても通用しそうだ。いうまでもなく、事実は正反対である。小鮎川周辺は横浜、あるいは東京にすら通えるベッドタウンとして著しい発展を遂げつつある場所なのだ。

柿の木

私は今回のツーリングにマニュアル一眼レフカメラを持った。レンズは24ミリが一個だけである。そのレンズを駆使して風景の中からなるべく広々と気持ちよい所を切り出してきた。こののどかな写真のほんのちょっと右には巨大なマンションだか病院だかがあり、谷(小鮎川)を隔てた向かいの丘は全面的に住宅地になっている。

あえてマンションや建売住宅を隠ぺいするのは、私がサイクリングで味わう解放感や壮快感を写真にたくして表現するためである。小鮎川流域の現状報告は今回の主旨ではない。私は映像のプロだから、表現とはそういうもんだと思い込んでいる。テレビのドキュメンタリーやニュースは当事者にとってみれば、みなインチキに見えるはずだ。


2003.5.2 私はいつも土になる

自転車乗りや単車乗りが、ええかっこをして「風になる」などというけれど、私の場合は風というより泥になっている。重力の力で道路に押さえつけられ、わずかな向かい風にもふうふういってふらついてしまう。いつも地面にべろんとへばりついている感じだ。

唯一、私が風になれるのはものすごい追い風の吹いているときだ。1秒に10メートルぐらいの追い風で、時速40キロで走っても向かい風を受けないようなときだ。スピードをあげても風をうけないから、大気といっしょに地球を巡る感覚だ。しかも登り坂がよい。ふだんはふうふういう坂を時速30キロで駆け登っていくのは爽快だ。そういうチャンスは年に1回ほどしかない。快調は風のせいだと頭ではわかっていても体がいうことをきかない。強くなった錯覚に陥っている。

私はいまでこそ一人でしか走らないが、25年ほど前にはグループで走ったこともある。自転車で面白いのは人の後について走ると必ず追い風を受けることだ。ヨーロッパの自転車競技をみると、100人の集団が時速50キロで走っている。あの中にいると、こがなくても風だけでけっこう走っていられるだろう。どんな気分がするものなのか、一度味わってみたいものだ。


2003.5.3 息を止めて走る

小鮎川の右岸にある道路は山中で行き止まりになってしまう。そこで左岸に渡らなければならなくなる。小鮎川にむかって畑と民家をつなぐ細道を道なりに行く。自転車だと逆立ちしそうなほどの急斜面だ。

橋

川まで下ってくると、この橋がある。このあたりのメインストリートから湯治場に入る橋だ。どんな温泉があるのかは全く知らないし興味もない。真顔で渡るにはちょっと恥ずかしい橋だ。

最近ではこの橋を渡るとき息を止めて一気に走りきる習慣がついてしまった。無論とくべつな意味はない。○○の木の下では息をしてはいけないとか、○○の高架下は4秒でくぐらねばならないとか、子どもの頃はそういうおまじないやジンクスのような習慣を勝手に大事にしていたものだ。


2003.5.4 道端の花に思う

自転車に乗っているとき、こういうことをとりとめもなく考え続けている。

シャガ

いわゆる適者生存という概念を劣ったものがどんどん蹴落とされていくととらえるならば、シャガがこんな優美な姿であるのは不自然だと感じる。もし、すぐれたものがどんどん伸びていくととらえるならば、シャガがこれほど美しい姿になったわけもわかるような気がする。

生物はその2つの側面を同時にもっているものだろう。生きることそのものにおいては蹴落とされ、繁殖することにおいては美しいものが選ばれる。生存競争の代表が種なら、性淘汰の代表が花だろう。1つの植物が無数に作る種は発芽の悪いものから腐り、虫媒花はすぐれたものから選ばれる。

そして、ヒトは第3の側面をあわせもっている。それは、自ら適不適を決めることである。生きることは絶え間ないストラグルであるというなら、それは畢竟ペシミズムであろう。すぐれたものから順に生き残るとしてもやはりそれは殺伐とした生でしかないと思う。自我ある生命ならば「種」でも「花」でも、その両方であっても、寂しい存在でしかない。ヒトは自分の意欲や目的を自由に選んでいると自覚できることで、だれもが不適格者・劣等者ではなくなる。

シャガの花が白いのは大事な子房をスカラー波から守るため、では絶対ない、と思う。ただ、そういう荒唐無稽なことを考えることもできるし、信じることもできる。ヒトとはそういう存在である。


2003.5.5 西東京周回コース

いわゆるゴールデンウイークもずっと働き続けてがんばった。われながらよい仕事ができた。それで、今日はご褒美に自転車に乗ることにした。

あまり魅力はなさそうだけど一度はやらねばならぬ西東京周回コース。今日のような機嫌の良いときでないと、まあ決心のつかない道だ。

家を出て、旧16号線を横浜に向かう。ズーラシアを過ぎたところで東に向かい小さな丘を越え鶴見川にでる。鶴見川の土手を走り東横線を過ぎると、綱島街道。綱島街道と多摩川の交点は、その昔アゴヒゲアザラシが発見されたところ。私にとってはアザラシよりも謎の草の自生地だ。ちょっとあいさつしてくる。残念ながら謎の草は確認できず。

アザラシはいないが、アジサシがダイブして小魚をとっている。河原にはバーベキューの群れ。荻原に立ち並ぶホームレスのベニヤ小屋と田園調布の瀟洒な住宅の対比が美しい。西東京でもっとも好きな風景だ。雑草とごろた石の河川敷をロードレーサーでガタガタ走るのも、こうした多摩川の風景によくマッチしていると思う。

多摩川沿いに府中までのぼり、大栗川から別れて鶴見川の源流を越え、境川に出る。距離にして90キロぐらい。ゆっくり昼飯を食ってでかけても日の高いうちに帰ってこられる。地図に線を引いてこれを書いて6時になった。


2003.5.7 思いつくこと

西東京周回コースはひどい道だ。多摩川で若干気持ちの良いところはあるものの、できれば走りたくないコースといってよい。それでも走るのはついつい思いついてしまうからだ。この、思いつくというのがくせ者で、そのせいでひどい目にあったり、楽しい思いができたりする。とても人間らしいところだ。

たぶんアゲハのイモムシなんかはついつい思いついたりしないのだろう。彼らには、キハダとかミカンとかがごちそうで、ほかの草は目にも写らないに違いない。キャベツもホウレンソウも紙や木や泥みたいなもので、とうてい食い物には見えないのだろう。彼らにも人の心があれば「もしかしたらレタスも食えるかもしれない」などと思いつくだろう。食って死ぬかもしれない。でも、うまいかもしれない。死なない程度に試してみる気は起きないのか。

人間に自由というものがあるならば、それは思いつくということが全てだ。人間とはいえれっきとした生物なのだから生物としての生き方はしなければならない。生物として正しい行いには快感のご褒美がある。食とか排泄とか、セックスとかは、生物として正しい行いをしたことのご褒美である。5億年前にサカナだったころからずっと引き継いできた快感だ。

人がふつうの生き物ならば「快楽は善」と大きな声でまっすぐ前を向いて言いきることができよう。なにしろ5億年の歴史がそのことを証明してくれているのだから。ところが、それらがどれもこれも手放しで喜べない罠に人間は陥ってしまっている。悪業の泥沼に両足をつっこんで抜け出せない。

美人で健康で賢い女を抱くことは生命体として動機も結果も善である。善であるので一直線に行動すればよいはずだ。ところが、いざことをなそうとすると、その具体的な行動の一つ一つがことごとく悪行となるであろう、ということを思いつく。当人に煙たがられ、会社の同僚からは白い目で見られ、女房は怒る...いろいろな心配がある。相手の娘が上玉であればあるほどその心配は大きく深刻になる。


2003.5.8 快感

スイスやコロンビアとちがって、愛媛県八幡浜市ではいい大人が自転車にのって遊ぶのはありえないこととされている。段々畑の山中の道では、自転車に乗るのは通学の中高生のみである。それも、ごくごく限られたごく一部の物好きだけが自転車に乗っている。中学生ぐらいになると気の利いたやつは山のふもとにオートバイを留めておいて無免許で通学している。普通の子どもは車道を歩き近所の知り合いの車が拾ってくれることを期待している。

単に山道を登ることが楽しいことを説明するのは無理である。好き好んで自転車に乗っていることを理解してもらうのは不可能だ。山の上に何があるわけでなし、ただ漫然と走ること以外の目的もない。しかも、どちらかというと下りは嫌いだとなると、もはや狂人であろう。

ただしそれも八幡浜だからで、東京に来ればそれほどの変態行為ではない。単に文化的に認められているかどうかということだ。江戸時代にはちょんまげだって物笑いの対象ではなく、この21世紀になってもまだ相撲取りがいるのだから。

生物としての喜びは人類一般に幅広い。それよりも、少し狭まって人として深いところに根差しているよろこびもある。太鼓の特定のリズムに接する快感などだ。あれには適応的な意味は見出せない。おそらく現象と人の精神がたまたま響きあっているのだろう。そのあたりの快感は難しい説明が必要ない。困難なのは何らかのアクシデントで神経がショートして快感を生じてしまった場合である。


2003.5.9 好物はヒト次第

人の世には無数の楽しみがある。無数の楽しみがあるのなら、人の楽しむ対象は無数にあるといえるのだろうか。私はそれを疑わしく思う。おそらく楽しいのは個々の対象ではない。人の心が楽しさを作り出しているのだ。私にとっては自転車やカマドウマやオニグモが喜ばしいものだ。カマドウマやオニグモを好ましく思う人は少ない。楽しまれるものが無数にあり、その同じものを嫌う人もたくさんいる。何を嫌い何を好むかは人の心がけ次第といえよう。喜びの回路がショートすれば松嶋菜々子や貴乃花だって好きになれるみたいだ。

ありとあらゆる対象を可能的に好ましく思うことは人間のもっとも重要な能力といってよい。自然から離れ文明を築くには必須のちからだ。で、その力がどのようにして発揮できるかについてはちょっとまじめに考えてみる必要がある。鉄だの石だの木だのでできた対象はもともとニュートラルで、人がその対象を知ったり思ったりするときに、喜ばしかったり忌々しかったりするはずだ。人間は何物もまず絵に描いてから良し悪しを判定しているふしがある。逆に、良し悪しの印象を先に持ってから対象を観察するふしもある。

好ましさは対象にくっついている性質でなく、人が勝手に物にくっつけているのだということが分かる。そうすると、人の楽しむ対象は無数にあるとはいえない。一つも無いといってもよいのだ。

デンプンやたんぱく質は、好ましい対象である。うまくて有用だ。このことは生まれつき決まっている。というか、生まれる前から決まっている。ただし、具体的に何がデンプンで何がたんぱく質かは自然界の中からピックアップして学んで覚えるのだ。

その昔、カントなんかは物自体のことは決して分からないといった。確かにそういう面はある。食い物なんかはそうだ。食い物が先天的に分かっているのはアゲハチョウだ。人間には無条件に食うべきものが明らかでないからこそ、いろいろな新しい食材にチャレンジし、料理術が進歩したりするのだ。

ただし、カントは偉大だがちょっとだけまちがっていた。私は人間が把握できる物自体を2つも知っている。一つは母の乳房で、もう一つは思春期に運命的な出会いをする恋人である。


2003.5.10 今日は電波が多い...

晩年のカントは電波系の人であったらしい。私のように秘密の通信を傍受するタイプではなく、千乃正法のように電波攻撃を受けるほうだ。頭痛がひどいと窓から空をみて、「今日は電波が多い...」とつぶやいていたそうだ。

人生の楽しみは心がけ次第だということがだんだん明らかになってきた。生物として求めることが避けられないものはあり、それを手に入れるのはいちいち面倒だけれども、それはそれとして、物自体と距離をおいて観念の世界に生きている人間が、人間としてこの豊かな世界に楽しい物を作り上げることは難しいことではない。

気をつけなければならないのは、何かが楽しいから気持ちよいから、といってその何かが必ずしも良いことではないということだ。もし私がイモムシであれば、私の快感は神様からのご褒美としてのみ与えられているのだから、気持ちの良いことはそのまま善だと信じていてもよいだろう。しかし、人間は自分勝手に快不快を感じるのだから、自分の心に正直にならないことだ。しょせん楽しいことは幾らでも作れるのだから、あえてあからさまな悪事に手を染めることはない。何があからさまな悪事かという判断は文化や科学にゆだねれば良い。いうまでもなく、公衆文化そのものが善良な者をそそのかしがちだ。心して頭を使うことだ。


2003.5.11 カシミールで撮影

カシミールというソフトを教えてもらい、楽しそうなのでさっそく購入して、案の定はまっている。私はいまでも国土地理院の5万の地図を愛用し、自転車に乗るときには地図を折り畳んで持ち運んでいる。ちかごろではその地図が読めなくなってきた。老眼が進んで細かいところが見えないのだ。5万の地図の等高線を数えて峠の標高なんかを読もうとすると頭が痛くなってくる。虫眼鏡を持ち出すのもわずらわしい。というわけで、カシミールの登場なのだ。

カシミールだと、マウスを置くだけで地図上の標高がわかる。マウスで道路をなぞれば距離も出るし、コースの断面図まで出てくる。重宝である。野外に持ち出すわけにいかず、図は相当古いとはいえ、こんなすぐれものが2000円ぐらいで買えていいのだろうか。

カシミールで最も遊べるのが、「撮影」という機能だ。どんなところからでも、あらゆる方向角度の風景をモニター上で撮影できる。ほうぼうを旅行していて、「あの山なに?」と気になって地図で調べることがある。ある程度は特定できるものの、確信は持てずに欲求不満に陥ることがある。カシミールがあれば百人力だ。飛行機から見かけた山だってどこの何かを特定することが可能だ。

華厳山 華厳山

写真左は小鮎川の近くから高取山方面をカシミールで「撮影」したもの。右は実際にカメラで撮影したもの。その正確さは驚くばかりだ。パソコンもここまできたかと感慨新ただ。


2003.5.15 アシナガバチをいじめる

玄関にハチが巣を作り始めていた。うかつにもしばらく気づかず、部屋は10個ほどにもなっていた。このまま放置するわけにもいかないのですぐさま撤去した。

ハチ

捕まえてみるとどうやらセグロアシナガバチのようだ。こいつに刺されると結構痛い。玄関を利用するのは家のものだけではない。牛乳や野菜をとりに人が来る。郵送される自転車の部品を届ける人がいる。この世の中にはいろんな人がいる。中には蜂が嫌いな人がいるかもしれないので、巣を作らせるわけにはいかない。蜂の巣の破壊は早ければ早いほど女王へのダメージが少ないような気がする。この蜂は記念写真を撮って逃がしてやった。玄関でなければ巣を作るのは大歓迎だ。

タマゴ

女王はたった一匹でこれだけの巣を作り、卵を産む。部屋には小さな卵が一個ずつ見える。娘が「孵して育てられないか」ときく。アシナガバチの子は人工的に育てられるのだろうか? 食べ物はイモムシとかミミズでOKのはずだ。ただし、親の肉団子の作り方を見ていると消化酵素をまぜてから与えているような気がする。親代わりは難しいかもしれない。ならカマドウマの餌にしよう。


2003.5.16 カナヘビの尻尾

昨日いじめたハチは今朝もまだ未練たらたら巣のあった場所に止まっていた。傘の先でつついて追い払ってやった。夜にはいなくなっている。どこか別のところでがんばって生きるべきである。

カナヘビ

写真は1か月ほど飼育しているカナヘビ。カナヘビはとてもながい尻尾がスタイリッシュなのだが、捕まえたとき、こいつの尻尾は根元を2センチほど残して切れていた。相手は猫か鳥か、トカゲの尻尾切りにあってしまったらしい。カナヘビでは珍しいことではない。飼育を続ければ尻尾がどれくらいの期間でどんなふうに再生してくるものかが観察できると思った。カナヘビは温和で環境によく慣れ飼育の容易ないきものだ。蜘蛛とかミミズとかバッタとかをやるとパクパク食うのではりあいがある。カマドウマよりはよっぽどペットっぽい。2度ほどカマドウマを捕まえて、ペットにするか餌にするか二者択一を迫られた。

尻尾は切断面の中心から伸びてきた。最初にできたのは先端である。まるで尻尾が格納されているかのように、先端から引き出す案配で伸びてきた。鱗はまだついてなくてネズミの尻尾のようである。


2003.5.17 おまえの話はつまらん

なんで金鳥のキンチョールは水溶性になったか?

地球にやさしい...

つまらん、おまえの話はつまらん

地球にやさしい...商品のふりをして...

つまらん、おまえの話はつまらん

地球にやさしい...商品のふりをして...ちょっとはイメージを...

つまらん、おまえの話はつまらん

地球にやさしい...商品のふりをして...ちょっとはイメージを...よくして売ろうかと...

つまらん、おまえの話はつまらん

まったくつまらん話をするCMだ。しょせん半端な効果で虫に嫌がらせをするだけの薬である。油性だろうと水溶性だろうと、たかだかハエ、カ、ゴキブリ、カマドウマ、ガ、アリ、シバンムシ、イガ、ヤスデ、ムカデ、そのほか家庭害虫に薬剤を持ち出す人の気がしれません。


2003.5.18 忙しさのピーク

去年の春先にセットした巣箱でシジュウカラがヒナを育てている。ここまで来たのははじめてだ。去年は3月に巣材を運ぶところまでいったが途中で来なくなった。現在ヒナが食べ盛りのようで、夫婦は一日中近所の林と巣を往復している。巣箱の中では複数のヒナの声がしている。忙しさのピークだ。親ははりあいがあるだろう。人も鳥も生きる喜びとはあんなものだ。

親はアオムシを持ってきても、近くに人がいると巣に入らない。見つかることを警戒している。出ていくときがまた面白い。出入口から飛び立つやいなや、矢のように一直線に50メートルばかり飛んで、近所の家のテレビのアンテナに止まる。出ていくのを見られるのも嫌なようだ。女子アナが好きな内村光良もホテルで同じような動きをしているのだろう。

じつは、この親子はすでにカラスに見つかっている。ということを私は知っている。これまで数度にわたり、カラスが巣箱の穴に顔を突っ込んで中の様子をうかがっていた。その様子を女房が目撃している。穴はシジュウカラ用に小さく作り、カラスのくちばしは届かない深さを確保している。巣の中にいる分には安全だが、巣立ったときがあぶない。カラスが鳥の子の天敵だというのは紫の上にまで周知だ。

この数日カラスは姿をみせないが、さて、ちゃんと覚えていて狙っているのか? それとも他にいい食べ物を見つけて見逃すつもりか。シジュウカラの運命やいかに。そして内村光良が次に狙う女子アナは? 梨元、前田はつかんでいるのか。


2003.5.19 豊かな森

カナヘビはわらじ虫や蜘蛛やミミズをよく食べる。近所にそういうものどもがたくさんいる林がある。この辺は関東周辺の林を切り開いてできた住宅地なので、ところどころ昔の名残の林が残っている。そういう変哲も無い林の一つなのだが、異常に虫の多い場所があるのだ。

その林はかなり成長したコナラが主体で、長さ100メートル、幅40メートルほど。両脇は住宅と工場になっている。下草はよく刈られ整備されて、通路として利用されている。落ち葉や枯れ枝は除去されないようだ。日あたりのよい林床には倒木が放置され柔らかく落ち葉がつもっている。

落ち葉に足を踏み入れるとおびただしい数の蜘蛛がジャンプして逃げていく。ところどころ無数のアリが真っ黒にたかっている。カナヘビの餌になる小さなミミズを探して、落ち葉をかきわける。ひとつかみどけるだけで、2つも3つもミミズがみつかる。ミミズだけではない、ヤスデや小さなムカデもぞろぞろ這い出してくる。そういう派手なのに気を取られていると、ピンピン跳ねるトビムシを見逃してしまう。 さすがにケバエの毛虫団子は見てみぬふりをしてきた。まあ、ハサミムシやらゴミムシ、ダンゴムシ、コウガイビル、その他大勢が落ち葉の下にせめぎあうように生きている。

私は商売柄、いろいろな森に出かけてきた。北海道の富良野にこもっていた。東北のブナの原生林にも行った。南紀の寺社林もみごとだった。アマゾンやスマトラの熱帯林も見てきた。どこにいっても美しい森には日陰者が多い。これは自然のことわりだ。そして、なぜかこの神奈川の住宅地のどうでもいいような森が世界屈指の森林にその豊かさでぜんぜん負けてないのだ。サソリとかタランチェラとか名のあるヤツはいないけど。


2003.5.21 羽アリの季節

渋谷のビルディングの10階の窓にアリがへばりついている。アリの足にはかぎと吸盤が装備されているらしいから、そういう芸当もできるのだろう。そもそも体重は軽そうだ。ただ、普通のアリはいくらなんでも30メートルの建物の窓になんかやってこない。羽アリのメスである。大きさからしてクロオオアリではないようだ。

結婚飛行の途中か、交尾を終えて巣を構える場所を探しているのだろう。同種なのか異種なのか、昨日も同じようなアリがいた。サイズはじゃっかん違っており今日の方が小さいようだ。羽アリはしばらく窓ガラスにしがみつくようにして強い風に吹かれていたが、やがて元気にはばたいて空に消えていった。

アリの飼育は北海道のムネアカオオアリが最初だった。初めて見るその女王の巨大さに感激して、育ててみたくなったのだ。ただそのときはすぐに死なれてがっかりした。去年はたまたまクロオオアリを子どもが捕まえてきたので、なんとなく飼育を試みた。部屋を作り産卵し幼虫がサナギになって、いい所まで行きながら失敗してしまった。今年は、ちょっと真剣にクロオオアリをやってみようかと思っている。この夏はまだクロオオアリの羽アリを見ていない。


2003.5.22 あわれ

窓硝子の昨日とちょうど同じ所に同じような羽アリを見た。3日連続である。時間帯もほぼ同じ。ガラスの他の所にアリの姿は無い。ミステリアスだ。

またカマドウマを1匹つかまえた。ふろ場にいた。太股がまだ細いので成虫ではないようだ。カマドウマはぴんぴん跳ねて、跳ねると見失うので捕獲にあたっては注意されたい。跳ばれる前にすばやく捕まえること。しかも、体が弱いので強く捕まえるとけがをしやすい。てのひらで上手に袋を作り、カマドウマの体を感じる部分の力を速やかに抜くのがコツである。スピードと正確さが要求される技術なので反復練習で身につけて欲しい。

さて、2度3度と逃げられそうになりながらも、無事飼育ケースの中に放り込むことができた。けがをしていないか。脚は6本あるか。触角はもげてないか。注意して観察する。左の触角が2センチほどしかない。切れているようだが、問題ないだろう。ひとまず安心した。

その3秒後のことである。入れたばかりのカマドウマは、黒い紐状の物体をむさぼり食いはじめた。放してからまだ30秒もたっていない。ふろ場でわしづかみにされ、どこの何ともつかぬところに囚われの身になった30秒後である。驚いた。

食っているのは2日前に死体になったミミズだ。息子がカナヘビ用に掘って集めたものを浅い紙箱の中に入れておいた。彼はミミズの登攀力を甘くみていた。ふたをしていなかったものだから、翌日の朝には全員が脱走して居間のあちこちで乾いて死んだのだ。ただ捨てるのもミミズに悪いので1匹をカマドウマの餌にした。腐敗しているから、そろそろ捨てようと思っていた矢先のことである。

一瞬にして捕獲のショックもわすれ、腐りかけたミミズに舌鼓を打つカマドウマ。その純粋さは羨ましくもあるが、虫けらの心の闇を垣間見るようで、ちょっと哀れになった。


2003.5.23 アシナガバチふたたび

先日捕獲して逃がしたアシナガバチがまた巣を作っている。撤去したところと同じ場所で、すでに5個ほどの部屋ができている。しばらく姿が見えなかったので油断していた。こうなるとけっこう情もうつるので放置してやりたいのだがそうもいかない。なにしろ、蜂の巣から1.10メートルの所で人間が作業をするのだ。今はまだ温和でフレンドリーでいいやつだが、家族が増えて働きバチがいらいらしてくるともういけない。ちょっとしたことで狂気に駆られ、だれかれとなく攻撃をしかけてくるだろう。1.10メートルは完全に彼らの専守防衛圏内である。残念ながら彼らと共存はできない。

いうまでもなく「私は」平気である。アシナガバチにはけっこう刺されており、その痛さはじゅうじゅう承知しているので、刺されたくはないけれどもアレルギーは無い。私の父は蜂にアレルギーがあり、アシナガバチに刺されて2度ほどアナフィラキシーショックで呼吸停止に陥った。そういう体質の人もいるのだから玄関の蜂の巣を放置することは人として許されない。そしてもう一つの理由がある。

巣があることをあらかじめ知っておれば、蜂は恐いものではない。アシナガバチとはいえ巣に近づいただけでそうそう刺すものではない。彼らに恐怖感を抱かせなければよいのだ。彼らがいらいらすると顔に出るから、そのときは静かに立ち去ればよい。あいつらに刺されるのは、いつだってこっちのミスなのだ。私がいやなのはどちらかというと人間だ。アレルギーがないのに蜂ごときを恐れる人にはがっかりする。玄関にやってくる知人のそういう劣悪な面を見たくない。

というわけで、撤去である。アシナガバチが初期巣を壊しても舞い戻ってくることは分かった。次は、どれぐらい嫌がらせをすれば巣作りをあきらめるかという実験の始まりだ。


2003.5.24 他人の頭で考えること 1

オオクワガタ

写真は半年飼育して4月に死んだオオクワガタである。早く始末しようとモニターの上に放置したまま、ひと月が過ぎた。クワガタはちょっと猫背にして脚を半端に折り畳んで死ぬ。どの虫もよくにているので、これは彼らのスタイルといえよう。

で、本題は「頭・胸・腹」にある。昆虫はその3つのパーツからなっている。蜂だって蝶だってバッタだってそうだ。この昆虫の体の構造は小学校の3年ぐらいで習うことになっている。ご存じのようにクワガタの体には大きく2つのくびれがある。一つは頭で、一つは胸だ。だから、胸のくびれの後ろが腹だと思っている。

じつはそれが不正解で、正解は写真のとおりだ。昆虫の脚は必ず胸についている。だから、クワガタの一番大きなくびれは胸の途中のくびれだ。蜂の一番顕著なくびれが胸と腹の間にあるのとは大きなちがいだ。このことは節足動物の体のパーツは目だろうと触角だろう口だろうと、全て節の集まりだということを理解しておれば、納得がいく。ただ、まっとうな虫好きの少年がこの学術的なことに気づくだろうか?

学校で習う以上は試験に出る。最近は試験がやさしくなっているから、昆虫の体の構造は甲虫類ではやらないかもしれない。もし、クワガタで出題されたら私は間違っていたろう。私は虫取りの少年であり、クワガタが種類によって採集できる場所、季節、時間帯を熟知していた。また、どのような行動をとるのか穴のあくほど見つめていた。いうまでもなく、そういうことは学校の試験には出ない。出るのは「頭・胸・腹」である。そして私の解答が不正解だと言われても納得しないだろう。私を説得できるような奇特な人が教員なんかやっているわけがない。


2003.5.25 他人の頭で考えること 2

昆虫の「頭・胸・腹」という知識は役に立たない不必要なものである。おそらくムカデやクモやダニと昆虫を分けるために大昔の人が発明したものが何らかの力関係で小学校の教科書の中にまで滑り込んできてしまったものだろう。わざわざ「頭・胸・腹」を見なくても蜘蛛と甲虫の区別ぐらいはできる。よしんばできなくても、むしはむしでいっしょだ。

「頭・胸・腹」は勉強のための勉強と断言してよい。それはテストで点を取ることを喜びとする者のための知識だ。クワガタなんて一度も捕まえたことがなくとも、見たことがなくても、バッタを襲って食べると信じていても、噛まれたら毒を持っていると恐れていても、昆虫の体は「頭・胸・腹」からできており、脚と翅は必ず胸から生えるという知識をもっておればクワガタの試験で○を取れる。

私は子どもの頃、優等生を馬鹿にしていた。彼らのほうでも劣等感を持っていたように思う。生活に必要な知識技能を全く持っていなかったからだ。生活に必要な知識技能というのは魚を取ったり、賭け事に勝ったり、ビワを盗む力だ。学校の試験は何から何まで不必要なもので、いわば他人の頭でものを考えるような愚劣なものと信じ、劣等が恥ではなかった。

いまでも本質的にその考えは変わっていない。特に歴史や語学など、自分で検証できないことを好き好んで覚えることができるのは変人だけだと思っている。ただし、この年齢になってようやく他人の頭で考える力こそが、人間にとってもっとも有用な能力だということが明らかになった。経験をベースにしなくても概念を信じられること。概念と概念を結びつけた新たな概念に実在感を持てること。その力を社会の要請にしたがって伸ばすことを勉強という。勉強が全くできない者でもその種のことは無意識のうちにやっている。勉強という狭い世界の行き方に合せられない欠陥者だけれども。


2003.5.26 メールは一括削除

私のadekatというメールアドレスに、いわゆる友達、知り合いからのメールはこの3ヶ月ばかり受け取っていない。奇しくも「天地無朋」というタイトルに恥じないデータと言えよう。友達がいないことにかけては私にかなう者は少ないと思う。ただし、少ないのはメル友にかぎったことではない。なにしろ友達からの電話は4年間受け取っていないし、10年は誰かと遊びに出かけたことがなく、20年以上義理のない電話はかけた覚えがない。そういう友達に比べると、メル友は多い部類ということになる。

いうまでもなく、電話やメールが来ないわけではない。税金対策のマンション勧誘電話はしょっちゅうかかってくる。間違い電話をのぞけば、仕事以外の電話の全てがマンション勧誘電話といって過言ではない。メールだって一日30件はある。そのうち5%はヤフオクの連絡メール、残りの95%がアメリカ(たぶん)からのダイレクトメールである。だからタイトルだけを見て、全選択して削除している。内容をみるまでもなく。

メール

ところで、私は adekat のメールをマックの Musashi というメーラーで受けている。内容はというと、95%が写真のようなものである。副題が the other day 、内容は Untitled_367 。送信者はなにやら金儲けを企んでいるに違いないのだが、こんなもので効果があるんだろうかと他人事ながら気にはなっていた。マンション勧誘よりもいっそうだめっぽい。わざわざ中身を読む気になるやつもおるまいと思っていた。

ところが最近ウィンドウズの機械を使い、アウトルックエクスプレスというソフトを使うと、事情が飲み込めた。これらはHTMLメールという種類のものらしい。アウトルックエクスプレスだと、特に何もしなくても、メーラーの本文にけばけばしい男性器を舐める女性(金髪)の口、女性器(無毛)に挿入された男性器などが目に入ってくる仕掛けだ。 Untitled_367 ではなくそういうことなら、ちょっとは見てやろうかという気になる人もいるかもしれないと感じた。


2003.5.28 ドはどくろのド

どこかの校長が歌ったという、ドはどくろのド〜という替え歌は私の世代のヒットソングである。子どもの頃によく歌っていた。ただ、流行ったわりには、けっしてほめられたものではない。というのは、ファがだめなのだ。ファは墓場のファだというのだが、墓場ならハである。イロハ式なら音階はミにあたる。墓場でファはむりすぎだ。本歌はファはファイトのファといっている。ファイトを戦争という意味だとすれば、そのまま、ファはファイトのファのままでも、ファッショとか虐殺の臭いが漂っているのでOKだと思う。

あの替え歌は学校で子どもが唱和していても止められることはなかった。微笑ましい替え歌なんぞ相手にする先生も父兄もいない。当時は子どもの世界にも貧困から来る犯罪とか性や衛生観念の欠如とか、もっともっと教育すべき火急な要件が山積していたのである。

ただし、全ての歌が野放しだったわけではない。今の若い人は知らない歌だとおもうが、「戦争を知らない子どもたち」という流行歌が非道徳的なものに指定されていた。教育委員会からの通達があり教師から指導を受けた覚えがある。組織的に思想や文化を統制するという点では昔の方がはっきりしていた。「戦争を知らない子どもたち」は当時小学生の私ですらずいぶん卑怯で身勝手なつまらない歌だという印象があったので、歌う気はさらさらなかった。かの校長も子どもの前ではまさか「戦争を知らない子どもたち」を歌うまい。それこそ犯罪行為といえよう。


2003.5.29 円周率と手裏剣

蜂の巣

さて、今夜4度目の蜂の巣撤去になった。蜂の巣は写真の程度ができていた。卵も産みつけられている。今朝見たときには何もなかったので、一日でこれだけのものにしたことになる。けっこうやるもんだと感心する。

今年の東大の入試問題に「円周率が3より大きいことを証明せよ」というのが出たらしい。さようなベタな問いが中学ではなく大学の入試問題として成立するのは、直線が曲線より長いかもしれない、と思っている人が意外に多いからだ。

たしかに、「急がば回れ」とはよくいわれる。私が尊敬するユークリッドは数学を学びに来る学生に向かって、「最短距離が直線じゃないと思う人はお引き取り願いたい」と最初に明言しなければならなかった。

ちなみに、その問題の正解率は半分ぐらいだったという。低い正解率の原因は最近の東大受験生のレベルが落ちているからではない。距離にたいする一般の常識とはさようなものである。大空翼くんの大きく曲がって落ちるドライブシュートは日向小次郎くんの直線的ドリブルから繰り出される直球シュート(ネオタイガーショット)と完全に同じ威力をもっている。星飛雄馬の父一徹は戦争で肩を負傷したため、サードからファーストまで送球を届かせることができなかった。そこであみだしたのが魔送球という一種の変化球であった。曲がった方が距離が近くなるという理屈であろう。

ちなみに、私の回りにいるやつらは、1人(上智出)をのぞいて10秒で解けた。半分ぐらいが東大出のオヤジどもで、全員が入試はお手のものである。しかも、我々の世代は直線は曲線より短いと理解している。白土三平の忍者物を熱心に読んでいるからだ。カムイが手裏剣の曲投を得意とする忍者と対決する場面。右左、上下、予想もせぬ方向から手裏剣が飛んでくるので最初は苦戦する。しかし、あっけなく倒してこう言う。「愚かなり。コースがわかった曲投がただの直投に劣ることに気づかぬとは」

昔の人間はよい漫画を読んでいたので円周率の問題ぐらい10秒で解けるのだ。もっとも、ユークリッド的に曲線に見える線分が直線より長いことは必ずしも自明ではないが、そういうことはさっさと入試を済まして、入学してから考えればよいことである。

3.05なら正八角形あたりでやれば済むことでは? 8角形や12角形ならルート3とかルート2を小数第3けたまで暗記しているのでできそうだ。正7角形とか正9角形ではちょっと無理。


2003.6.1 サクラの葉の奇形

道端のサクラ

サクラの葉の奇形が気になるのでちょっと調べてみた。
サクラの葉の奇形は珍しいものではない。近所にも奇形のできている葉がたくさん見られ、ちょっときになった。葉は中央辺縁が変色して膨れている、長さは2センチほどで奇形は閉じていない。めくれも浅く部屋の感じはない。

アブラムシ

奇形になった部分を裏からみると必ず黒い点が認められた。虫のようである。大きさは1ミリぐらい。アブラムシかダニかよく分からないので、1個採集して撮影してみることにした。

アブラムシ

虫はかなりしっかりはりついていた。葉を千切り、フィルムケースに入れ、自転車のバッグに入れて50キロほど走ったあとでも離れていなかった。これが私のデジカメでの接写の限界。せいぜいこの2倍のサイズにしかならないので、ニコンのテレスコマイクロをとりだした。

アブラムシ

写真は腹側から撮影したもの。アブラムシの特徴をいくつか備えているので、どうやらアブラムシのようである。こいつが汁を吸うとサクラの葉が変形してしまうのだろうか。


 
2003.6.2 虫が電灯に来る不思議

クサカゲロウ

クサカゲロウが部屋の中に入ってきた。クサカゲロウは私が子どもの頃から親しくお付き合いしている虫なので、カナヘビのえさにもカマドウマのえさにもならずにすむ。金色に輝くつぶらな目がかわいく、透き通るミドリの体がエレガントである。

ところで、彼女はなぜ部屋に入ってきたのか? 部屋の中に彼女の目的とするものはなにもない。なぜと問われても、よい答えがない。走光性という生まれ持った宿命のために蛍光灯に引かれて飛んできたに過ぎない。

私は彼女と知り合った30年前、その走光性というものが謎であった。いまでも謎である。走光性はクサカゲロウに限らず、ガ、カブトムシ、ゲンゴロウ、コガネムシなど夜に飛ぶいろいろな虫に見られる。セミ、カナブンなど昼間に活動する虫もやってくるので、夜の虫に限らないのかもしれない。

私はそういう基本的な虫の宿命について納得行く説明をきいたことがない。虫によって引かれる波長が違うとか、時間帯によって虫の種類が変わるとか、いろいろな研究は見てきた。しかし、なぜ虫が明かりに引かれるのかがわからない。

ゲンゴロウやガムシなど水棲昆虫は強い走光性を持つ。その理由として、月明かりに反射する水面の光に向かう性質があるからという説明を聞いたことがある。むろんしっかりした昆虫学者のアイデアだ。水棲昆虫がそうやって水を見つけることが理にかなっている。月が出ていなくても、低空飛行をしていれば夜空が水面に映り明るいので水を発見できるだろう。ゲンゴロウやガムシがよく温室のガラスにぶつかるのもそのせいだというのだ。

いうまでもなく私はその説明を信じていない。ゲンゴロウがガラスにぶつかるように、明るい水面に突っ込んで行くだろうか。海に落ちる危険性はともかくとして、ゲンゴロウは前翅のなかに折り畳んでいる後翅で飛ぶ。電灯にぶつかるように飛んで水に入るのはものすごくぶかっこうではないか。ゲンゴロウが飛ぶのを観察すればすぐわかるのだが、翅をすぐには折り畳めないのだ。後翅を広げたまま水に落ちて、あたふたする情けないゲンゴロウを想像したくない。あの虫にはスマートでいてほしいと思う。


2003.6.3 虫が電灯に来る不思議 その2

昆虫の奇妙な習性について、なんでもかんでも功利的に考えてはいけないと思う。走光性そのままの意味で何かを考えようとすると、きっと誤る。「飛んで火に入る夏の虫」といわれるように、たき火に蛾がつっこんで焼けることは珍しくない。人間が電灯を発明する以前の「灯」といえば山火事、野火ぐらいしかない。そういう所に飛び込み自殺することの適応的意味など考えても無駄である。

それでもなお、われわれは走光性に何らかの意味を見出さなければならない。その奇妙さと普遍さは無視できないレベルであり、虫本人たちの代わりにその意味を考えてあげることがヒトのさだめでもあろう。

この世界でもっとも有名な明かりは太陽であり、次に有名なのは月である。その次は、水面に映った太陽や月といえる。先の昆虫学者は、走光性の秘密を水面の明るさに求めた。目のつけ所は正しいが、それをそのまま走光性と結びつけると誤る。

地球上で水面に映る月の影はたった一個、水の奥40万キロメートルのかなたに虚像としてある存在である。カムイ伝の白土三平は円周率のところでも紹介したように、漫画家としてはかなり幾何学ができるほうである。しかし、水面に映る月では完全に間違っていた。柳生の剣士との戦い方でカムイが悩む場面。そのヒントが月影であった。足元にある水(池とか水たまりとか桶とか)に映る月は無数にあるが、それは影に過ぎず本体は空に1個あるのみ、というのが、剣術の型がない柳生を討ち負かすヒントなのであった。しかし、地球の水面に映る月は一個である。ここはまちがいやすいところなので、昆虫や剣術のことを考える人は注意しなければならない。

夜空を飛ぶゲンゴロウはどんな世界を見るであろうか。私は彼の気持ちになることができる。そして、月や太陽は誘蛾灯や野火とはまったく異なる存在として認識されると予想する。夜に飛ぶくらいだから彼の目には夜空は明るいだろう。たとえ月が雲に隠れていても、そらは青(?)くみえているだろう。空は月を中心としたグラデーションの明るさ模様である。それは天球にはりついた環境の背景画ではないか。なぜなら、彼にとっては空という背景は無限の彼方にあって、飛行途中には移動しないのだから。移動しているのはあくまで環境ではなく、自己であるという認識が虫にも必要である。同様に、彼の眼下には空とはちょうど反対のグラデーションがあり、そのグラデーションは田んぼや池や水たまりの水面には無限の彼方の背景画として映っているだろう。

ゲンゴロウの目には空と水の明るさは実体ではなく、虚のものだ。重力の向かう方向が明るいということは水の存在を意味するという認識さえあればよい。明るさに引かれるわけではないと考えても、彼らが視覚的に水を捕らえて移動するという仮説に反するものではない。水を見つけるのに走光性という自動飛行システムは必要ないのだ。


2003.6.4 虫が電灯に来る不思議 その3

街灯に飛んでくる虫の動きを見ると、明かりに対して一直線に飛んでいるわけではない事がわかる。光源の周囲を回転するように飛んでいる。その回転の半径が少しずつ狭まり、ライトにぶつかることもある。また、焚き火に飛び込んでくる虫は異様なコースをたどる。一直線に飛んでくることはなく、炎の直前で鋭くカーブして地面に落ちる事が多い。

カブトムシやクワガタなど、大きくてスピードが遅い虫だと、ライトの近くの飛行の姿をよく観察することができる。部屋の蛍光灯に寄って行く場合、蛍光灯の下をぐるぐる回っている。ちょうど、糸の先に虫を結びつけてぐるぐる振り回す按配だ。そのときにもう少し詳しく見るならば、虫は明かりに背を向けていることがわかる。このことが走光性の秘密をとくヒントになるかもしれない。

光に背を向けることをバッタなどの昆虫で確認している人がいる。20年以上前のこと、写真家の栗林氏は10分の1秒間に数カットという昆虫の飛翔の連続写真を撮ることに成功している。トノサマバッタを撮影した写真を見ると、数カット目にバッタはストロボの方に背を向けている事がわかる。瞬きの時間で、バッタは羽ばたき具合を調整して光のほうに体を傾けていたのだ。

魚も明かりに背を向ける。まじめに熱帯魚を育てたことのある人なら、もれなく気づいていることだと思う。上部蛍光灯を消して、正面から光をあてると魚が一様に傾く。真横にまではならないのは重力とのバランスをとっているのだろう。魚は水中でも重力を感知できるだろうが、陸上生物にくらべるとずっと弱いにちがいない。沈んでいるのか浮いているのか自分の進む位置を把握するために、明るい水面の方向を自動的に知る力がついているのだろう。

光の方向を感知し体の向きを変えるのは動植物にとって普通のことかもしれない。


2003.6.5 虫が電灯に来る不思議 その4

バッタがストロボに背を向けるのは純粋な反射である。何らかの意図があって行動するわけではない。なぜならば、一億年前、この地球にバッタというものが生まれて以来、フラッシュをたかれたのははじめてのことであるから。最初の栄光に浴したバッタだって過去にフラッシュを浴びた経験はあるまい。前例のないものに対応する行動を発見した場合、そこに意図を見出してはいけない。

バッタは光を浴びると翅を動かす筋肉が自動的にバランスを崩し、光に背を向けるような格好になるのだ。背を向けつつ重力に逆らって飛ぶならば、螺旋を描いて光源にぶち当たることもありそうだ。他の昆虫でも同様だろう。飛んで火に入る蛾の例では、光源が地面のたき火であるから、ちょうど背面飛びのような格好になって、たき火の前に落ちるだろう。

昼間であれ夜であれ、飛ぶ昆虫は光に吸い寄せられる定めがあると仮定したい。しかもそれは彼らが生きるのに不利になることはあっても、有利になることはないという事実がある。オオマツヨイグサの明るい花に集まる蛾を見て、走光性のプラス面だと確信する人は科学をやるよりも医者とか詩人、プロ野球選手あるいは合衆国大統領になることをお勧めする。

さて、それだけの前提を設けると、走光性をなんかの間違いで片づけるには、あまりに普遍すぎる。田舎の電信柱につけられた蛍光灯に集まる無数のカワゲラやヨコバイを確認しながら気にもとめずに生きられる人、コンビニの誘蛾灯にあたって即死する蛾を見ても何も思わない人は、銀行員とか官僚あるいは教師になることをお勧めする。エジソンが電球を発明する前に地球上に生まれた多種多様な動物がなぜか走光性という共通の宿命を持っている。よほどの深い意味を持つプリミティブな行動のはずなのだ。


2003.6.7 虫が電灯に来る不思議 その5

「自動的に光に背を向けるのであれば、朝夕に飛ぶトンボや蝶はみな傾かねばならないではないか?」という疑問は必然起きる。ちょうど、水槽の熱帯魚のように傾いて飛ばなければならない道理である。じっさいフラッシュの前にバッタは傾いて飛ぶ。どういうわけで、虫たちは太陽という巨大な光源がないかのように振舞うことができるのか。私にはそれが謎だ。

走光性が盲目的に光に向かう行動とすれば、それはものすごく起源の古いものだと思う。植物は光がなければ商売にならないので、ひたすら光を求める。草木のみかけの体はすべて光を手に入れる工夫の成果とみてよいだろう。植物の動きはのろく、しかも地面に根を降ろしているので、太陽に向かってどこまでも飛んでいって疲れて死ぬということはない。しかし、昆虫が盲目的に太陽へ向かうならば、昆虫としての生をまっとうできない。走光性をもっている昆虫は太陽や月へは向かわないですむ能力を手に入れないと空を飛ぶことはできないはずだ。

もうひとつ盲目的に光を求めてもかまわない生物がいることに気づいた。植物でもない動物でもないミドリムシのようなやつらだ。彼らは光合成をしながら動くことができる。水中にすんでいるから、明るいのはいつも水面だ。昼間はどんどん水面近くに移動して光のエネルギーを受ければよい。彼らはどれほど動いても水から出て死んだりする心配はないだろう。

移動する光合成生物はこの世にまだ動物も植物もいないころから繁栄していたらしい。10億年以上も前から地球の海には葉緑体と共生するミドリムシみたいな生物がうじゃうじゃいて、海中にある無尽蔵の二酸化炭素を利用してこの世の春を謳歌していたという。そのころに走光性という習性を生物が獲得したのだろう。それと昆虫はなにか関連はないのだろうか


2003.6.13 虫が電灯に来る不思議 おしまい

生物が能動的に光を利用するのは珍しいことだ。私は蛍やヒカリコメツキぐらいしか会ったことがないが、先日NHKのテレビを見ていたら、深海の探検物をやっていて、深度200メートル以下の暗闇の海の中では光る生物がけっこう多いと言っていた。生物の体は早い話が光エネルギーの缶詰みたいなものだから、化学変化の廃棄物としての光を出すことは難しくないのかもしれない。利用する機会があるかどうかが問題だ。

蛍の光は交信利用だということがよく調べられている。深海でも同じような用途はあるだろう。群れを作るのが有利な生物ならば、離れ離れにならないようにお互い光るというのもよいやり方だ。また、光をつかって走光性のある獲物をおびき寄せ、丸のみするのもよい事だと思う。ただし、より大きな捕食者には餌の位置を示すことになる。ハンティング用途が本当にあるのかないのかよくわからない。キノコなど菌類も光るものがあるというが、その意味もよくわからない。夜光虫なんかもそれこそ単になんとなく光っているような気がする。セミをつかむとぎいぎいいうようなものか。

昆虫の祖先がどのようなものか私は知らない。昆虫とひとくくりにいっても多系統ではあるだろう。ただ、節足動物のなかで昆虫のみが翅を持った。昆虫も成虫になってはじめて翅が完成し空を飛ぶ。翅を持ってない昆虫の先祖が幼虫のようなものかどうかはわからないが、どんなものであれ、地面を這い枝を這い葉を這うものにまちがいあるまい。

そういうはいつくばる昆虫の祖先たちが体の上下を光によって判定していた可能性がある。目という器官は5億年以上の歴史があるという。あの三葉虫にも目があるのだそうだ。水中動物はいまでも私の熱帯魚がやっていたように、光を上下の判定に使う。昆虫の祖先も海の中でそれをやり、陸に上がってもそれをやって姿勢の制御に役立てていたと私は仮定する。

重力の方がずっと簡便確実な上下の判定法に違いないが、水の中で培った能力をあえて捨てる必要はない。水から出たあとも「下よりは上が明るい」というのはおおむね正しい判断だ。そして飛び回るようになっても、「上が明るい」は姿勢の制御に役立つだろう。退化させる理由のない能力だ。あるものが使い回せるうちは使うのが生物のさがというもんだ。

やがて昆虫は太陽や月や空明かりを味方につけ、より強く長く飛ぶようになったのだと思う。その辺の生理的な仕掛けはずぶの素人なので皆目検討もつかないけれども、自分で走ったり自転車に乗ったりしているときの経験から、空を飛ぶ昆虫は以下のように判断を下しているのだと想像する。「1秒の100分の1だけ飛んだとき、目に入ってくる方向が変わらない光に背を向けてはいけない」

そんな能力を身につけたのなら、光に盲目的に背を向けてしまう性も捨てていいように思う。それさえなければ飛んで火に入ることも、部屋の中に入ってくることもないのだ。きっと、その知恵自体が衝動あってのもの種なのだろう。衝動がなければ、光の角度が変わったことの判定が生理的に不能なのだ。人間が明かりをともすことさえなければ走光性という欠陥が露呈することもなかったのかもしれない。


2003.6.14 半原越

断面図

図はカシミールで取った半原越。道路をマウスでクリックしていくだけでこれだけのデータが得られるのだからたいしたものだ。

気がつくとしばらく半原越に行っていなかった。今日は目覚めたときから体が鉛のように重く、自転車は気乗りがしなかった。それでも動かないとさらに体調が悪化しそうなので、天井からぶら下げてあるピンクのナカガワを降ろした。1時間半ほどで半原越に到着。いざ林道を登り、汗をかき、はあはあしてくるといつものように爽快な気分になってきた。天気は悪く蒸し暑いけれども、夏も盛りで木の花が咲き緑のよい臭いがする。

さすがにこの図では表現しきれていないが、半原越ははじめのほうの「区間4」とかかれてあるところがけっこう急である。そして中だるみがあって、最後の1キロぐらいがまた急坂だ。今回ははじめて前24T後ろ26Tという仕様で半原越にやってきた。このギアでもその急なところは1分間に60回以上は回せないことがわかってちょっとショック。

ちょうど峠を降りたところで雨になった。本降りである。雨が降ると山や木々ががぜん美しくなる。体が濡れて涼しくなると、元気が出て水しぶきをじゃんじゃんとばして快走する。いつのまにか雨の日の方がサイクリングには気持ちの良い季節になっていた。帰宅して水道でじゃぶじゃぶ自転車の泥を落し錆が来ないように、ねじなんかの細かいところの水を拭き取った。


2003.6.15 ぜったい解けないフリーセルとは?

解けないフリーセル

私の生涯の目標はフリーセルを10万個解くことである。現在4年かかって1万2000とちょっとの所だから、もうちょっとピッチをあげて取り組まなければならない。最近ではかなり焦りが出てきた。というのは、仕事もかなり忙しく、テレビでサッカーや自転車競技も見なければならないからだ。いうまでもなくパソコンで最優先にしていることはフリーセルで、最低でも1日10個は解くことを自分に課している。ここしばらく天地無朋の更新が滞っていたのはフリーセルに集中していたからだ。私はそれほどフリーセルが得意なわけではないので、10個解くのに毎回20分以上かかっている。けっこう時間を取られ、日記を書く時間がなくなるのだ。

ところで、10万個という数には理由がある。フリーセルを購入したときの解説文によると、フリーセルのゲームの数は10億個あり、ほぼ全てを解くことが可能で、10万個に1個ぐらいの割合で解けないものがあるということなのだ。私はずっとその説明を信じてがんばってきた。いつか解けないものに出合うその時の感激を味わいたいからだ。ひとまず10万解けば出会いの可能性は大きいと思うし、ダメでもあきらめがつく。

ところが、さっき不安がもこもこと盛り上がって来た。ざっと考えて、解けない配列はいくらでもありそうなのだが、それはなんとなく信じていたにすぎない。解けない配列の存在は必ずしも自明ではないのだ。1万個もやってるのに、いまだ苦戦させられるものがない。「もしかしたら、全部解けるのではないか? だとすれば私は何のためにフリーセルをやっているのだ。私にはゲームでひまつぶしをするような時間的余裕はないのだ。」

解けないやつがあることを証明するのは数学的になら簡単だ。1個だけ解けない配列を示せばよい。いざやってみると簡単で30秒でできた。上のものがその一つである。どうやら軽く1万種類ぐらいはありそうだ。これで安心してフリーセルと共に生きて行かれるというものだ。


2003.6.18 あずみとカマドウマ

漫画にしろ映画にしろ、あずみの見どころはふとももであると言われる。カマドウマのみどころの第一もふとももだとおもう。カマドウマのふとももは非常に太くパワフルだ。カマドウマがひとたび飛び上がると目では追えない。あずみもかなり跳ぶと思うが体長換算ではカマドウマにかなわない。

カマドウマは固い甲羅のような体もトゲもない。毒もなく、いわゆる「うまい」昆虫の部類なのでクモやムカデやネズミなんかにつけねらわれるだろう。翅がないので空を飛べない。そのかわりにあのすばらしいふとももがある。そして、その体質と術をよくいかした生き様をとっていると思う。

彼らは昼間はぜんぜん動かない。隠れ家に用意しているトイレットペーパーの芯の中で肩を寄せあって息をひそめている。夜になるとようやく動きはじめる。動き方にも特徴がある。足はけっこう速い。すすすっと素早く動き、すっと止まる。その辺もあずみっぽい。体はまだらのこげ茶で保護色だ。無駄と目立つことが大嫌いなようだ。ものすごく長い触角を持ち、その触角だけはせわしなくせわしなく動かしている。前後左右360度自由自在に動かせる。よほどの情報収集力があるセンサーなのだろう。

飼育をはじめたのは去年の8月だ。相手が虫だけに短いようで長く感慨深いものがある。水をやったり餌をやったり、とくにつらいこともなく楽しい日々であった。いまではどうやら大人になっているようだ。翅がない昆虫なので大人かどうか確たる判定はできないのだけれど、大きさが最大サイズのような気がするので大人のような気がする。

この飼育結果から推理すると、カマドウマの一生はどうやら1年らしい。6月に産卵して8月に孵化し、年を越して翌年の夏に産卵して死ぬのだ。まもなく二世誕生の希望も出てきた。ただし、いま私が飼育しているものの中にオスメスがいるのかどうかわからない。いるものとして、ちょっと工夫をしてみようと思う。カマドウマが卵を産むのは土の中かもしれないので、とりあえず土を用意するだけのことだが。


2003.6.19 オニグモ

あのオニグモは相変わらず健在である。一時、数メートルほど離れた所に巣を作っていたがまたもとのところに戻っている。今年は絵に描いたような梅雨の日が続いている。ここしばらく強い雨はないもののぐずついた日が続く。オニグモの商売に差し支えるだろうと心配になる。オニグモは毎夜網を張り替えるので、網を張っている日と天気の関係に注意していた。

強い雨の夜に巣があるのは見たことがない。小雨の時なら巣を張っていた。これまでの観察では雨を予想して行動を変えるという感じはしない。せっかく張った網がすぐに降ってきた雨でだいなし...ということは見ていない。今日はこの強風のなか、がんばって網を張っている。台風が日本海を北東に向かっている。これから夜明けにかけて雨が強くならないという確信があるのか? それとも今がよければそれでいいのか? 気象庁の天気予報は「快方に向かう」である。

ところで、オニグモのサイズは4月よりも2回りぐらい大きくなった。どうやら発見したときに成虫だと思ったのは間違いである。成長にばらつきがあって、春に小さいもの大きいものが混じるのかもしれない。いろいろ知らないことばかりでうれしい。


2003.6.23 虫がいないことが心配

今日もオニグモは巣を作っていた。今朝は曇っていて、一時雨が強く降ったようで道路が濡れていた。午後9時ごろには雨はすっかり上がっていた。そして、オニグモは8本の脚をくいくいつかって一心不乱に巣を作っていた。午後10時ごろ雨が降り始め、かなり強く降った。9時ごろにはオニグモは横糸をはっていたので、巣の完成の頃か張り終えたあたりで降り始めたことと思う。

雨は降っても小雨なら虫は飛ぶ。今夜のように月がなく風がなく蒸す夜は虫が多い日だ。多少の雨の方がかえって蛾は多い。濡れてくもの糸がうまく機能するのか、彼女には今夜どれほどの稼ぎがあるのか心配だ。

それにしても虫が少ない。夏至のおりだというのに、街灯に一匹も虫がいないのは寂しさを通り越しておぞましさを感じる。水田がない地域というのはこういう物だったろうか? もっともっと都市化された地域にも住んだが、これほど寂しかった記憶はない。一年でもっともムシが活発な梅雨のときなのに、昼間のカタツムリもいなければ、夜の蛾もいない。何かが狂っているとしか思えないのだが。


2003.6.28 理不尽で猟奇的な事件について

私の周辺では猟奇的で理不尽な殺人や暴行事件がめっきり減った。そういう実感がある。その原因は生活がよくなったからだろう。私はいまやまごうことなき中流の人間といってよい。しかも平和な先進国を自認する日本の。おつきあいする連中には腹が減っているやつなんて一人もいない。かえって、食事の制限に腐心するような高貴な者ばかりである。犯罪をおかしてまで、食料や金品を手に入れようとする者はいない。隙あらばとぎらついている眼を見ない。思えば成り上がったものである。ただ、この成り上がりは私個人ではなく社会全体が成り上がったのだと思う。

私が子どもの頃は信じられないような悲惨な事件が身の回りで頻発していた。非行を注意した若者に逆にぼこぼこにされて殺されたり、親子兄弟の間の殺傷とか、路上でたかだか数千円のために刺し殺されたり、まわされたり。まあ、最近耳にするような事件と同質なものだ。当時、私がそういう事件を見聞できる範囲は非常に限られたものだった。人口にして1000人ぐらいの範囲だろうか。頻度としては年に1回か2回ぐらいである。いうまでもなくそういう事件がテレビ報道されることはなかった。

私の生まれ育ったところが、民度低めの所だったとはいえ、人口比で単純に計算すると日本国では当時年に10万件ぐらいその手の事件が起こっていることになる。ねんを押すが、この十数年、私が直接見聞する範囲ではそういう吐きそうな事件が一件も起きていない。この40年で日本の社会は立ち直り、どんどん良くなっていると思う。

ただ、残念なことに、テレビからそういう事件のことを見聞きするようになった。同じ事件を手を変え品を変えて何度も何度も放送する。彼らのねらいは単にテレビを見せることにあるのだが、その材料に猟奇的で理不尽な暴行事件を使うのは残念だ。やればやるほど社会がカサカサする。報道は事件の防止にはほとんど実効がないばかりか、視聴者の不安をあおり、隣人を信用できなくさせている。社会不安をあおることと犯罪を増やすことの相関関係はないのか? 昔に比べればアブナイやつは明白に減っているのに残念だ。


 
2003.6.30 2元連立一次方程式

中学校2年の娘の期末テストの数学は2元連立一次方程式であった。2元連立一次方程式はかなり難しい概念を含んでいる。娘にテストの解答を示させたところ、半分ぐらいはそれが何かを理解しているようで、まずまずだと思う。

娘に数学の素質があるのかどうかはまだ不明だ。数学というのは自転車競技と同じく完全に素質の世界だ。素質のない者はいくらがんばってもダメである。「がんばれるのが素質」などと無茶をいう人もいないではないが、それは詭弁というものだ。高校ぐらいになると、少しづつ数学の素質のあるなしが判定できるようになる。


2003.7.2 天才とよばれていたこと

高校生のとき、2つのことで天才とよばれていた。ひとつが、ハンドボールのキーパーで、ひとつが数学だ。どちらも本当の天才ではなかったことは、現在しがないサラリーマンとして余生を送っている身が証明している。

たしかに数学は好きで誰にも解けない問題もよく解いていた。ただし、誰にでも解ける問題がめったに解けなかったので成績は極めて悪かった。実力テストでは30点とれればよいほうで、本当は落第だった。それほど壊滅的でも好きだったということは少しはセンスがあったのだろう。

私の回りにはいま、数学のセンスを信じられないほど欠いている人がいっぱいいる。とくに女性に多い。彼女らは俗に言う才色兼備のキャリアウーマンだ。キャリアなのは、私は仕事のことでしか女性と会わないからである。才人なのは、私が死ぬほど退屈な人間なので、才能豊かで賢い女性しか相手にしてくれないからである。美人というのは、私は女性に対して全く下心を持っていないので、よほどの美女としか余計な話をしないからである。したがって、相手の人が数学のセンスがあるかないか判定できるのは俗に言う才色兼備のキャリアウーマンに限られるのだ。

彼女らは私が数学のセンスがあることや、ハンドボールがうまいことを素直に喜んでくれるだけの心の余裕がある。数学とハンドボール以外では何でも彼女らが上なのだ。ちょっとぐらいいい所があっても嫉妬される心配はない。私なんかドイツ人やイギリス人が来た日には、快活な彼女らの後ろで小さくなってあいそ笑いだけをしているていたらくなのだ。

彼女らは数学にはこっぴどくやられて心に傷を負っている。からかうとなかなか面白い。なにしろ、彼女らはとんでもない優等生で、小中学校では数学だろうと国語だろうと100点を取り続けてきた人たちである。それが、高校レベルの数学でとんと太刀打ちできなくなる。人生ではじめてどうしようもない挫折感をあじわったのが数学なのだ。


2003.7.3 なぜ数学ができないのか

高校程度では数学もさほど難解なものではない。数論も基礎的で簡単な概念だけを扱う。分配法則とか結合法則とか、テクニックでは背理法や帰納法の基礎を習う。彼女らは賢いので、そういうことぐらいはすぐに理解したことだろう。ところが問題がちっとも解けないのだ。

高校ではまず、置換のセンスを徹底的に試される。置換というのは「左辺の(x+2)をtとおいてtで因数分解すると...」とか、ああいうやつだ。項や問題自体を置き変えて自分の解きやすい形式に直すセンスだ。置換法自体は数学でもなんでもないけれども、置換がうまくできなければ数学を学ぶことはできない。さらに、高校であれほど置換、置換とやかましいのは受験の必要からだろうと思う。置換の力を試す試験問題は作りやすいのだ。

また、それゆえ高校の数学は唐突に数論の奇問難問が押し寄せることになる。

数学のセンスを欠く人は漏れなく置換がうまくできない。教師は置換はなぜそうなるのかを、なぜ答えのようにしなければならないのか、ほかの置換ではだめなのかを説明できない。私もその説明はできない。いわゆるインスピレーションであり、解決への必然としか言いようがない。インスピレーションの湧く人なら、ちょっと練習して3つか4つのタイプを身につければ高校の数論なんて恐いものなしだ。行列にも微分にもすんなり入っていかれる。だけど、彼女らのように数学のセンスを全く欠く人には置換ができないのだ。中学ぐらいなら図形の補助線引き以外は努力でなんとかこなせるけれども、高校の数論は無理である。なにせ問題自体が無意味なのだから。


2003.7.4 なぜ数学を学ばされるのか

そうなると、当然のことながら彼女らには疑問が起きてくる。

私はなぜ数学を学ばされるのだろう(@_@)

数学が実生活にまったく役立たないことぐらいは誰でも分かる(*^_^*) 全く数学のできない人にも、大数学者にも明白だ。いや、数学者はそれが商売なのだから生活の糧になっている少数派か ^_^;  実用数学は小学校4年生で学んでいる。それ以降のものは数学のセンスを欠いている人にとっては存在意味がわからない(゜.゜)

存在は許すから私に迷惑のかからないところでやってもらえないだろうか(;_;)

彼女らはナマイキである(-_-メ) 帰国子女だからかもしれないし、ヨーロッパに留学経験があるからかもしれないし、アメリカの大学院を卒業しているからかもしれない。とにかく横柄である(ーー;) 思うに数学だってずいぶん彼女らには手加減してきたはずだ。中学校までの数学は彼女らは100点だったのだ(^_^)v 全く数学のセンスのない者でも努力と頭の良さだけで何とかなる範囲のことしか義務教育では扱わない。

高校の数学はやるもやらぬも勝手である。とくに高校数学の基本の置換が面白くない人はとっとと数学を捨てたほうがよい。

それでも何か数学に意義はないのだろうか? 論理的な思考法を鍛えるとか (-。-)y-゜゜゜

論理的な思考と数学は別物だ。私がこれまであった中でもっともIQが高く論理的にもの思う人は数学のセンスを欠いていた。彼女は単に置換のインスピレーションが湧かない(・・? 頭脳の持ち主だったからだ。論理と数学とは全く別である。少なくとも高校でみんながつまずく置換はとりわけ。なぜなら、この世の中のもので置換できるものなど何もないから(●^o^●)

証明してみよう。数論のもっとも基本的なアイデアがある。「A=B、かつC=BのときA=Cである。」これは日常では全くつかえない。

キムタクは男前である (^o^) -----(1)
丁akedaは男前である (^^ゞ -----(2)
前提(1)(2)より、キムタクは丁akedaである (?_?)

ところが、私がキムタクだということは明らかな誤謬である(・・? つまり、数学の得意な人が論理的にものごとを考えるわけではない。数学のもっとも基本的な考え方すら無用なのだから。ふつうもの思うときには、ものの質が問題なのであって、量や数をピックアップすることはない。ものの質は置き換えられないからこそ質なのである(^_^)/~


2003.7.6 数学なんて文化にすぎない

数学の面白味がわからなくても、高校程度の置換ができるセンスの持ち主なら、数学を使う仕事につけるだろう。数学教師とか経済学者とか物理学者とか。置換もままならない人でも銀行員や医者、弁護士などになればよい。賢いやつもいっぺんぐらい勉強で挫折したほうが人生につやが出るというもんだ。彼女らだって中学のとき、数学の点がよかったから進学高校に進みヽ(^o^)丿 そこで挫折し(;_;)、早稲田や上智に入って開き直り、現在高給取りになっている。

数学の定理や証明は麗しい文化的な所産だ。人類が営々と積み上げたもので、その山はどれほど高いのか想像もつかない。数学というのはごくごく特殊な人間の趣味のツールでかまわないと思う。片意地はって相手にするような代物ではない。狩野派の屏風絵みたいなもので、面白くて面白くてしょうがない人にやらせておけばよいのだ。

どんな人でも数学のベーシックな才能をもっている。ベーシックというのは、1から5までの自然数と2分の1(半分)という概念を判明明解に持っているということだ。それを出発点にものすごい遠くまで考えられる人がありヽ(^。^)ノ 、掛け算九九がやっとの人もいる(´д`)

私は完全に音楽の才能を欠いている(T_T) この世の中には無数に楽曲があり、それらは愉快なものだということは分かる。歌えばそれなりに楽しいこともわかる。残念ながら、楽器を鳴らして何が楽しいのかは不明だ。音楽の値打ちとなるともうさっぱりである。ベートーベンと森田公一をくらべれば森田公一のほうが若干偉大なような気がする(^_^;) それは標準的な判断と乖離している。私の音楽力は数学で言えば、2けたの掛け算が筆算でできるというレベルだろう。

私は完全に英語の才能を欠いている(T_T) 単に頭がいいので試験ではずっと高得点を取ってきたけれども、あれの何が面白いのかさっぱりわからない(;_;) いまだかつて英語、ドイツ語、スペイン語、韓国語、インドネシア語に接して、それを覚えたいとか興味を掻き立てられるということがない。異なる言語の人と通じて何か面白いということがない。会話や語学に関しては全く無能者だ (*_*) 私の英語力は数学のレベルでいえば定積分ぐらいだろう。だから数学ができない人にもやさしく接することができる。数学のセンスを欠く人が数学にどんな思いを抱くのかを知っているからだ(*^_^*)

おそらく私は除け者であろう。渋谷センター街にはいつも音楽が流れている。音楽で金を使う人が無数にいる。数学者になりたいと希望して挫折した友人は一人しかいないが、歌手を希望して挫折した友人は100人ぐらい知っている。英会話の学校が駅前に無数にあり繁盛しているようだ。英会話の教材もたくさんある。私の回りの連中はみなTOEICなどの点数をもっている(・_・;) 数学競技会に出たという人は知らない。いないはずはないのだけれど、そういうのは隠していそうな気がする。

てっちゃんを公言する知り合いは3人いる(^_^.) アニメのイベント会場に出没する知り合いは2人いる(^_^) 戦争ごっこをやっている人とアイコラに熱中している者はそれぞれ1人いる(^_^;) 念のため母集団は30人で30歳から50歳までの男だ(^^ゞ 数学オタクというのはオタクのなかでもとりわけ友人にめぐまれないと思う。どちらかというと、数学嫌いのほうが安全だ。


2003.7.8 読みごろ表示日記

高校で数学を習った人は思い出してほしい。この先は下の問題が30秒で解ける人がちょうど読みごろだと思う。高等学校に入学するとすぐに出会うレベルの数論の問題だ。これが3秒で解ける人 (^_^)/ と、全然解けない人 (;_;) はこの先の話はつまらないだろう。

xが正の数のとき、次の不等式が成り立つことを証明しなさい。

問題


2003.7.9 置換をつかう解法

いろいろやり方はあるけれども、ここでは「置換」を説明したいので置換を使う。問題を見て、面倒なものは置換できないかどうかを探るのが高校の数論の第一の目のつけ所だ。

解法

不等式の証明はいくつか決まったパターンがあり、因数分解して括弧の二乗を作るというのは常套手段中の常套手段だ。置換して因数分解すれば高校数学の半分は制したも同然である。


2003.7.10 強力公式をつかう解法

このレベルの数学は、一休さんのとんち話とか多胡先生や日能研の頭の体操ていどのもんだ。必要なのはちょっとしたコツだけである。不等式の基本は置換。そしてコツ1は因数分解。さらにコツ2が、「相加平均≧相乗平均」というテクである。そいつはまさに高校数学の花形といってよい。大学入試のためにこの世に生を受けた公式ともいえよう。それを使うと奇々怪々な不等式の問題があれよあれよと解けてしまうという魔法の公式なのだ。

解法


2003.7.11 謎の平均

私は「相加平均≧相乗平均」という定理がいったい何を意味しているのかがよく分からない。数式なのだからなにかの記述であろうと思われる。たとえば、2πrといえば、半径rの円周を意味している。下の式は何を意味しているのだろうか?

相加平均

相加平均は小学校で習う普通の平均だ。相乗平均も何か意味のある平均かもしれない。ただ、どうして、相加平均のほうが大きいということを大きな声で主張しなければならないのか、その意図が不明なのだ。

私は最初「相加平均≧相乗平均」を大学受験のために生まれたといった。
聡明な方はすでにお気づきのことと思う。aとbをいろいろな数式に置換すると、解きがいのある問題がいくらでも楽に作れるのだ \(^o^)/ 学力を試す試験にはうってつけだと思う。

出題者の都合はさておき、私はその不等式の意味を知りたくていろいろ悩んだ。しかし、ついぞその意味を理解できなかったのである(;_;) 2つの数、a,bについて、この不等式は何か意味のあることを語っているのだろうか(@_@) aとbが何を表していると考えれば具体的な実感がわくのだろうか。


2003.7.12 凡才、天才を知る

相加平均の図

上の図は「相加平均≧相乗平均」を図にして示したものである。

くやしいが私の発明品ではない (´ー`)y━~~ かなり有名な作らしく2、3の参考書で目にした。こうしてでき上がってみるとたいしたことはないけれども、この図はかなりの力業を含んでいる。

x+yは円の直径、線分OPは円の半径なので長さは相加平均の線となる。半径はかならず直径の平均。言われてみればあたりまえだが (゜.゜) なかなか気づくことではない。

Pが円周上を動くときP'から直径に降ろした垂線の足との交点O'と結んだ線分O'P'の長さは相乗平均の線となる。自明ではないが、グレイの三角形に着目して相似と三平方の定理を使えば簡単に計算できる。

この図から「相加平均≧相乗平均」が直感的に分かる。これを発明した人がもし最初から「相加平均≧相乗平均」を説明することを目標としていたなら、その人物は天才だと思う。私はいんちきな天才だったが、その人のことはまぎれもない天才とよびたい。


2003.7.13 私の解法

私が高校生のとき天才とよばれていたのは、因数分解や「相加平均≧相乗平均」そして対称式の性質とか、数論を解くために必須のテクニックを用いずに問題を解いていたからだ (´ー`)y━~~ たとえば下の図のようなあんばいで、赤い線と黒い線を合成すれば、式(1)の紫色のグラフを描くことができる。グラフからは直感的に最小値が2であることがわかるほか、Xにつれて値がどのように変化するのかを見て取れる。因数分解や「相加平均≧相乗平均」も必要ない素人ウケする解法である(^o^)

解法

私の高校は田舎の進学校で、2年になると医学部をねらう者とそれ以外の者に別けられた。私はもちろん落ちこぼれコースだ(^^ゞ 落ちこぼれコースの数学は日を追うごとに砂漠化が進行していた(´д`) 進学校のことだから、落ちこぼれクラスでは数学の授業中に英語や世界史をやったって先生も文句を言わなかったのだ(^_^) 

数学はやりたいやつだけがやればよいという方針だ。先生は各人に問題集を一冊与え、毎回その中から問題をピックアップして宿題として解かせていた。宿題を請け負った生徒はその問題が解けると、黒板に出て解法を示す。解けなければ降参し(;_;)/~ それを解いた誰かが代わりに解法を示す。

私はとびっきりの難問が好きだった。どうせゲームなのだからと、解説に1時間たっぷりかけていた。通常の解法だと5分ですむ問題もギャグを交えてそもそも微分とは何か、というような話からはじめるので時間内に終わらないのだ(-_-メ) 難問ハイエナであり授業ゲリラでもあった。いうまでもなく、教室で私の話をまともに聞く者はほとんどいなかった (-_-)zzz 

私のクラスで数学に根をつめていたのは2人だった。東大にいって総理大臣になろうとしていた男 (^0_0^) と、その場をゲームとして楽しんでいた私である。東大でもねらわないかぎり落ちこぼれコースでは数学はやらない。彼 (^0_0^) は自分に解けない問題を劣等生の私が解いたときには本気で悔しがっていた(・。・) ぜひ総理になって欲しいラブリーなやつである。東大に入った後、どうしたんだろう。


 
2003.7.14 意識のアルゴリズム

4月のはじめから飼っているカナヘビが死んだ。しばらく餌を食わないのでどうしたのかと心配していたが、今朝動かなくなっていた。おそらく寿命ではないと思う。内臓の疾患か飼育のミスか、いずれにしても残念なことだ。これでペットは犬をのぞけばカマドウマだけになってしまった。

カマドウマは今日、大きな発見があった。やはり産卵は土の中だった。メスにはコオロギやキリギリスと同じような産卵管がある。その産卵管を土に突き刺している。まぎれもない産卵だとおもう。その様子を午前1時のいま目撃したところだ。さらに、もう一つ。卵を産んでいるとうのメスが今朝、なにやら白い物をくわえて食べていたのだ。その白い物は尋常の食べ物ではない。いま私が与えているのは、ドッグフードとセマダラコガネとヒトリガである。そういうものからはあの形状は出てこない。コオロギ類にはオスがメスと交尾するさいに食べ物を与えるものがいる。カマドウマもその習性があるのかもしれない。

ところで、昆虫の意識のアルゴリズムが書けるのではないかとふと思いついた。昆虫の行動が刺戟と反応だけで説明がつき、その刺戟には内外の2タイプあるとして、かなりシンプルな形で昆虫の行動が記述できる可能性がある気がする。


2003.7.15 びっくりして跳び上がる

私は小さなプラケースにカマドウマを飼っている。悩みの種は、掃除、水替え、えさやりのときにやつらが驚くことだ。カマドウマは驚くとびゅんっとジャンプする。驚いて跳ぶときに加減ができないらしく、ケースの天井にびしっとぶつかる。一匹がぶつかると、それに驚いて連鎖的に全員が跳ぶので、ポップコーンを炒めているときの様相を呈す。彼らにとっても体をぶつけるのはダメージが大きいことだろう。だから、なるべく彼らがトイレットペーパーの芯に隠れている昼間にそういう作業をするようにしている。

このカマドウマの自滅的ジャンプ行動はわかりやすい。「驚いてとびあがるのだ」と、共感可能な行動だ。それだけに、研究に人間臭ささが滑り込む危険がある。カマドウマが考えてもいないようなことを妄想するおそれがある。ただしどうしても私は人間だからカマドウマと共感する部分を手がかりに彼らの精神を解いていかなければならない、それは大きな前提である。注意すべきは、できるだけシンプルであること、簡潔によりうまく説明できるアイデアを作ることだ。


2003.7.16 レベル

カマドウマが跳ぶ原因となる刺激について考えてみる。触ったときはもれなく跳ぶ。振動を与えたときも跳ぶ。ふたをばたんと閉めるとか、えさ入れをドンと落とすとか。そういうときは間髪いれずに跳んでいる。手を近づけただけでも跳ぶことがある。手を非常にゆっくり近づけると、触る手前で走って逃げる。この場合は、パニックで跳ぶときとは違った行動があることに気づく。ふたを開けて手を近づけたとき、カマドウマはフリーズしている。その後に走って逃げるか、または跳ぶ。カマドウマはそれほど目がよくないだろうが、近づいてくる手に注意しているのだ。

注意ということに注目すると、振動でも注意のレベルがあることに気づく。機嫌よく歩いたり、餌を食べたりしているときに軽い振動を与えると、動きをやめる。得意の長い触角をふるふると振る動作も止まってみじろぎもしない。注意しているのだろう。このように「気づく」「注意する」「走る」「跳ぶ」という一連の動作は順を追うものだ。気づかないのに注意したり、注意も払わず走ったりはしない。 最後の「跳ぶ」という行動は2種類あることが自明だ。パニックになっているとき彼らはおそらく注意はしていないだろう。気づいてもいないかもしれない。反射による行動と言ってよい。ヒトの私にも備わっている機能として、爆裂音で反射的に身を低くするような行動がある。

「気づく」「注意する」「走る」という一連の行動には彼の心の中に危険レベルの設定があり、順に発動していることがわかる。気づくことで注意するスイッチがオンになり、注意することで走ることのスイッチがオンになる。気づく状態でさらに気づかせた状態が継続したり危険が強くなれば、次の行動が起きていると考えられる。それゆえ意識「的」で合理的な行動に見える。カマドウマの場合、おもしろいのは「気づく」ことの持続の長さだ。振動や手に気づいてフリーズしたのち、何もしなければ、そのまま数分間動かないことはざらである。「気づく」のスイッチオフには時間をかけているようだ。

びゅんっと「跳ぶ」動作は無意識的反射で、「気づく」とは別の所でスイッチが入るものと考えられる。「気づかない」「気づく」「注意する」「走る」のいずれの所ででもスイッチが入るからだ。


2003.7.17 よく食べる

このようにカマドウマが跳ぶことについて段階的に見ていったとして、それがなにかの意味あるものであるかどうか、判明ではないかもしれない。実用的な意味としては、人工知能やロボットの開発に携わるときに役に立つだろう。そういう功利的意味はなくとも、私の友人であるカマドウマをよりよく理解する道であろうと思う。もし、スイッチという考えが使えるならば、そのほか一切の原因を排除することができる。目的とか、意味とか、原因というような人間臭いもの。恐怖とかおそれとか安心とか、そのような不可解なもの一切を無視することができるのだ 。そして、どうやらシンプル以外の何物も欲しない彼らの心を推し量るにはそれ以上のやり方はないように思われる。

現在5匹いる私のカマドウマたちは大人になってがぜん食欲が出てきた。幼虫の頃は、食いものへの執着が極めて弱かったように思う。何かを食べはじめても1分やそこらで止め、同じものを続けて食べるということがあまりなかった。ところが、今は犬のペットフードもよく食べている。それ以上に虫の死体が好きだ。弱った虫を追いかけるほどの執着を示す。蛾やカマドウマや甲虫の羽まで食べている。食べ残しを少しも出さない。見れば見るほどかわいいやつらだ。


2003.7.19 性欲を排除する

さて、以上のように表面的にカマドウマの行動をみたならば、つぎはカマドウマの内面で起きていることを記述しなければならない。どうすれば最もシンプルにいけるだろうか?

カマドウマの心の動きを刺戟→反応→フィードバック→反応というようなものとして単純にとらえよう。個々の刺戟反応という現象を見て心の動きを記述するならば、性欲とか食欲とか恐怖とか安心などといった気持ちを想定することとなり複雑になる。そうした概念は人間が人間とつきあうために人間の心理学の必要から生まれたものだ。たとえば「カマドウマの性欲」と書いてしまうと、我々はそこに余計なアイデアを多数見出すことだろう。私はカマドウマの心を推し量るのに「性欲」という概念を排除してもかまわないと考えている。


2003.7.20 雨のサイクリング

7月ともなるとむしろ雨の方がサイクリングは気持ちが良い。下から見上げる山稜は黒い雲に覆われている。峠はきっと雨がふっているだろう。今日は半原越に行こうと決めて出てきた。雲は降りてきている。暖かいので雨の用意はしていない。ただし、濡れて困るものは置いてきた。といってもカメラを持ってこなかっただけのことだ。

いざ雨が降り出すと、ひさしのある帽子は持っておいた方がよいと思った。大粒の雨が目にあたるとけっこう痛い。雨粒じたいが酸性なのかもしれない。路面はさすがによくすべる。まともなアスファルトだと、急ブレーキさえかけなければ滅多にスリップすることはない。私のブレーキはあまりきかないのでその点は安心だ。ところどころにある鉄は恐い。丸いマンホールとか、もっとたちの悪い進行方向に長い格子の切ってある溝のフタとか。あれは林道の道幅いっぱいにあるので避けられない。下りで後輪がズルッとすべり背中がゾクッとする。上りだとペダルを踏むと空転する。ロードレーサーのスリックタイヤをつけているのだからそういうものにも文句はいえない。

下ばっかり見るようなサイクリングになるのだけれど、その分の収穫もある。今日道路の上で見た虫。カブトムシ(死体)、オニヤンマ(死体)、ウシアブ(死体)、キマワリ2匹、ヒグラシ。ウシアブなんかはエサ用にもって帰りたかったが自重する。

帰宅後、風呂に入って自分を洗う前に自転車の水を切っておく。10年以上も使っている自転車なので錆もでている。早めに乾かさなければならない。

夜はテレビでツールの観戦。いよいよ最大の山場にかかってきた。今年はアームストロングが異常におとなしいのが気になる。明日最後の上りで必殺の超高速ペダリングを炸裂させて、ウルリッヒをたたきのめす作戦なのではないかと期待している。


2003.7.21 勧善懲悪

一休と大岡越前の対話にもあるように、また、水戸黄門に端的にみてきたように勧善懲悪は簡単ではない。アンパンマンのように定式化してしまわないかぎり無理だろう。正義が悪をやっつけるアンパンマンの図式は発達のある時期の子どもに絶大な人気を博す。そして多くの子どもは1年未満で勧善懲悪を乗り越えていく。アンパンマンをばかにし、かつての自分を卑下するのだ。そういう背伸びが子どもの発達にとって必要なのである。

いい大人になっても劇画的な勧善懲悪をよいと信じているのは、善人を通り越して狂人であろう。普通の頭があれば「勧善懲悪は良いことだ」ということに意味がないことに気づくはずだ。国の善は為政者の都合であり、利益は会社の善であり、絶対服従は軍隊の善である。どのような個人も行き様を変えぬならば、その属する集団が変わり、立場が変わるたびに善人になり悪人になるだろう。だから人を裁く際の善悪判断は慎重でなければならない。絶対善というものが天国のしろもので、この世には見つからない以上、アンパンマンも遠山の金さんも水戸黄門もブラウン管のこっちには存在しないのである。

江戸時代は大岡越前が独断で善悪を決めていたが、彼はいつも孤独で不安であり、ついに一休なんぞに助けを求めたのだ。現代は相対的な判断でもって勧善懲悪を行う。三権分立という決まりがあり、法を行使する資格を持つ人間は定まった手続きに応じて悪のレッテル貼りを行う。代議士や大臣は法律を決めたり、政治を行う立場にある。だから彼らのうち誰かが大岡越前よろしく判決を下すならば、その内容の如何に関わらず「悪」である。当人が良いことを言っているのか、悪いことを言っているのかなどということは、はなから問題ではない。その種のことを言うこと自体がたいへん危険なのである。それを悪と決めたのは当人である。私ではない。


2003.7.21 アームストロング

予想通りアームストロングの超高速ペダリングが炸裂した。どういう体があればあんなすごいことができるのか、想像を越えている。いやはやすごいやつだ。


2003.7.22 判断を簡単に記述できるか

ところで、外からの刺激(手が近づくとか振動があるとか)があって反応が起きるときには、その刺激を受けた主体の判断がなければならない。カマドウマは全ての刺激に同じような反応をするわけではないから。判断というと普通のことばでは理性的なものに限定されてしまうけれども、相手がカマドウマなので無意識的なもの、反射も含める。反射行動にも「これはとにかくびゅんっと思いっきり跳ぶべき刺激である」という判断がはいっていると考える。そしてその判断をどうやって記述すべきかということが大問題になる。ひとまず、以下のように考えては意味がないことがわかっている。

(1) 刺激イは行動aを起こすべきであるという判断Aを起こす。
(2) 刺激ロは行動aを起こすべきであるという判断Aを起こす。
(3) 刺激ハは行動bを起こすべきであるという判断Bを起こす。

上の3つのようなことは簡単に記述できる。しかしながら、行動の種類と判断の種類が1対1で対応するならば、わざわざ判断という抽象的な概念を持ち出しても事を複雑にするだけなのだ。


2003.7.24 快・不快

次のように考えられないだろうか。快、不快という判定がカマドウマの気持ちの中で起きているという所がみそである。判断を+か−かで記述できればシンプルになるような気がする。

(1) 刺激イは不愉快であるという判断を起こす、そして行動aがおきる
(2) 刺激ロは不愉快であるという判断を起こす、そして行動aがおきる
(3) 刺激ハは愉快であるという判断を起こす、そして行動bがおきる

これだけではいくらなんでも不十分だ。刺激イはケースの振動、刺激ロは近づく手であっても、ただちに行動aが起きるわけではない。手が20センチまで近づいたときに、「注意」が起き、5センチまで近づいたときに「走って離れる」が起き、触ったときに「とにかくびゅんっと思いっきり跳ぶ」が起きる。というような実状を記述できなければならない。ちょっと考えると快・不快でそれをやるのはけっこう難しいことがわかる。


2003.7.25 快・不快とはなんだろう

愉快なとき、不愉快なとき、美しいものに接して感動しているとき、そういう心持ちはなんなのだろう。愉快・不愉快の起源はカマドウマの気持ちになれば少しわかるかもしれない。

飼育ケースをこつんこつんと叩いたとき、カマドウマはフリーズして動かない。1分以上もみじろぎもしないことがある。そのときカマドウマは不愉快なのだろうと思う。私がそういう状況のときに不愉快だからカマドウマも不愉快なのだろうと思う。理由なき振動が唐突に伝わり注意を喚起する。体は動きをやめ、気分は不愉快さに満ちている。次は何が起きるのか? 注意を集中している段階だ。振動の原因はもしかしたら腹をすかしたネズミかもしれないのだ。気分が不愉快な間はその注意を持続する。不愉快な気分は持続継続のサインという意味があるだろう。

カマドウマがかすかな異常をキャッチしたときスイッチが入り、気分は不愉快になり体を動かすなという命令も発生する。カマドウマに心と体の2つがあって、タッグを組んでいると仮定するならば、このときは心が先とした方がよいように思う。


2003.7.26 不愉快を図にする

不愉快図




古典的心理学では心を説明するために図をもちいることはよくあることだ。左の図はカマドウマの不愉快な気分と行動を図で示そうとしている。縦軸は不愉快さ加減が上に行くほど強くなっていることを示している。横軸は右に行くほどまれな行動であることを示そうとしている。原点は普通の状態であり、原点から遠ざかるほど異常なカマドウマということになる。

グラフを階段上に描いたわけは、カマドウマの不愉快さはなめらかに増えるものではないという気がするからだ。ふだんの触角をふるふるさせて何かを探っている状態から振動を察知してフリーズしている気分にはギャップがあると感じている。また、フリーズ時の不愉快は一定レベルで持続していると思うからだ。フリーズ時と逃走時のギャップも同様である。

横軸方向の「行動」については描ききれている気がしない。外から見る限り、逃走には強弱があって、できれば右に行くほど強く逃げているという表現ができればよいと思う。その強弱についてもなめらかな変化ではなくギャップがあるものと感じている。ひとまず「フリーズ」「走る」「ジャンプ」を線分として行動の違いを示した。

また、今日の図ではもう一つの「とにかくびゅんっと思いっきり跳ぶ」というのをあえて外してある。「とにかくびゅんっと思いっきり跳ぶ」という反射は行動のあらゆる局面から起こり、不愉快度もなさそうだからだ。このxy面では描ききれず、z軸でももうけて別次元の面にうつるというような表現が可能かもしれない。


2003.7.27 愉快を図にする

愉快図




不愉快を図にしたので、愉快も図にくわえてみよう。不愉快よりも愉快を上にしたほうがそれらしいと思ったので、昨日の図を第4象限にもってきた。

カマドウマはじっとして眠っているほか、自慢の長い触角をふるふるさせて何かを探している。探しているものの一つは食べ物だろう。干からびたミミズとか、つぶした蛾とかをやると、いっそうふるふるは激しくなり、そそくさと歩き寄ってくる。あのひげで食べ物の臭いを感知したのだろう。エサに駆け寄るさまはかなり愉快そうだ。

カマドウマの食に対する執着は昆虫の中では弱いほうだと感じている。どちらかというと身の安全を重視する虫ではないだろうか。不完全変態による同じ場所で、同じ形での一年間の生活。隠遁や防御に秀でているわけでもなく、ジャンプを唯一のたのみとするからには、臆病さも大事なのだろう。太く短く生きるよりも細く長くが信条なのだと思う。それでも、捕獲直後にミミズを食いはじめたやつもいた。

図の見方を一つ補足するならば、食べているときはけっこう恍惚であるが、何かあるとすぐに原点にもどり注意モードに入る体勢は整っていると思う。まだ試したことはないが、食べているとき、臭いを感じているときでも、強い振動を与えれば「とにかくびゅんっと思いっきり跳ぶ」だろう。昆虫はそれさえも起こさない恍惚の境地によく入るものだが、カマドウマに限っては食べているときはその境地ではなさそうだ。そういう理由で愉快の階段をちょっと低くしてみた。


2003.7.29 カマドウマの平常心

平常心

昨日までの所ではカマドウマの「平常心」は原点Oだとみなしていた。ところが胸に手をあててよくよく考えてみると、平常心がただ一点であるのはちょっとへんだ。いろいろと揺れ動いているのが通常の心というものではあるまいか。カマドウマだって振動や食べ物の臭いを感知しなくても、注意を集中したり、ゆるんだりしながら生きているのではないだろうか。

昨日の図で、食べることの愉快さに注目すれば、平常心はむしろ線分OP(図では赤色で示した)にあるような気がする。臭いをキャッチして喜んでいるわけでもないが、内面からのパッションによって臭いを探している状態。エサの臭いがしなくて不愉快になったり、それらしい気がして愉快になったり、OとPのあいだを上下している気分が平常心なんだと思う。


2003.7.30 飢えること

昨日の、OPを行ったり来たりという表現はいけてると思う。そして、PからOに落下しているときは、原点から上にあったとしても、下向きには違いないので不愉快なのだろうと思った。そのとき、食べることの不愉快で「飢え」ということがあるのに気づいた。当然、飢える苦しさも図で表現しなければならない。というわけで下のようにやってみた。

飢え

P’を越えれば餓死ということにしている。PからP’までが平常心であって、OからP’までが飢えである。普通とは言えず、腹が減って腹が減って腹が立っているようなとき。そういうこともカマドウマにはあるだろう。

昨日までは、食べる愉快と逃げる不愉快を同一平面の中で表現してきた。しかし、それは必ずしも上手な方法ではない。食べる愉快と飢えの不愉快こそが同一面に描かれるべきである。どうように、恋愛の楽しみと苦悩も同じ平面であり、食欲とは別に扱われなければならないように、複数の面を創造する必要に迫られることに気づいた。


2003.8.2 わたくしといふ現象は

宮澤賢治の春と修羅はひじょうに美しい詩ではじまる。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です

今日、自分が一つの青い照明であることを実感してしまった。一説によると、賢治はこの詩のインスピレーションを一般相対性理論から得たという。こちらの私という現象は詩的なインスピレーションを欠いて生まれて来たので、彼のそうした感覚は理解の難しいところがある。読んでふと気づくことはあっても、こうした美しい詩が自らわき出てくることはありえない。

今日も今日とて休日出勤で、土曜だからそう混むまいと期待していた田園都市線。残念ながら渋谷からいつもと変わらぬ超満員で、終点まで座れなかった。あの電車は一つの車両に300人が詰め込まれている。田園都市線が過積載をはじめて最初の夏がおとづれた。ただでさえ暑いのにアレだけの人間をおしくらまんじゅうさせれば、プチ地獄といって過言ではない。

人間一人の発熱量は100W電球1個分に相当するという。さもありなんと思う。暑いはずだ。回りのおやじやギャルがみんな電球ならば。

昔、私の家は養鶏をやっていた。定期的にひよこを買ってくる。うまれたての黄色いかわいいのを500羽ぐらいだ。ひよこは寒さに弱いので飼育ゲージを屋内に入れ暖房器具をつけていた。その器具が赤や青のガラスでできた20Wぐらいの小さなまんまるの電球であった。ひよひよひよひよ鳴くかわいいひよこを照らす色とりどりの光は子どもの目にも綺麗にみえたものだ。

親代わりの暖房用電球はひよこ10羽あたりに1個ぐらいの割合であてがわれていたと思う。つまり、寒さに弱いひよこだって10Wもあればじゅうぶん暖まれるのだ。それが田園都市線で通う私の回りには30000Wの電灯がともっているのだ。鶏に換算すれば3000羽である。暑苦しいわけだ。

私は途方にくれて車内を見渡していた。なんの因果でこれだけの数の電球の中に放り込まれているのか。この先5週間ばかり、田園都市線は修羅場となるだろう。ただ、私自身も1個の電球として、もしくは10羽ぶんのめんどりとして、回りの人を温めていることに気づくまでそう時間はかからなかった。そこまで至れば、賢治の「春と修羅」を思いだすにはそう遠い道のりではない。


2003.8.3 雑草廊下

雑草

しばらく寒かった分、今日の気温の高さはこたえた。境川の道は両端にず〜と延々30キロに及ぶ鉄製のフェンスがはりめぐらされており、たいへんみっともない。ただ、この季節だけは瞬間的にフェンスをクズやらヒメムカシヨモギやらの夏草が覆い尽くし、さながら雑草の廊下となる。こうなれば、じゃまなフェンスもなかなか良いものだと思う。


2003.8.7 睡眠疲れ

一日で一番疲れているときは、目覚めのときだ。今朝のように午前2時に眠って4時半に目が覚めるようだと、それはいけない。そんなことでなくとも、毎朝目覚めたときにぐったり疲れている自分を発見する。なんで眠っている間に疲れているのか? 私の友人は睡眠時無呼吸症になった。彼の言うところによると、睡眠時の呼吸数が極めて少なくなり、体が酸欠状態になるので、眠れば眠るほど疲れが溜まってくる。それで一日中眠たくて、大事な会議のときなどに居眠りをしてしまうことになるのだという。そういう病気ならたいへんだ。


2003.8.8 それでも恋を語ろう

私はいまだにカマドウマの恋の決定的なシーンに立ち会っていない。なにやら白い物を大事そうに食っているメスを見たこと、そして、メスが産卵しているときにオスが小刻みに後ずさりしながらメスの鼻先に腹を近づけたのを観察しているだけだ。あれが求愛の接近行動だと思われる。そのときのオスの姿は、エサを見つけて近寄っていくのによくにている。近づくオスの気持ちは、食べることと同じく刺戟→反応ということで一つに括れるだろうと思う。

飢え

というわけで、カマドウマのオスの恋を図にしてみた。求愛から先はどうなるのか行動を見ていないので書けない。おそらく階段的になっており、一連の交尾求愛行動が順に起きていくのだろうとは思う。

一方、恋愛の始まりは臭いであろうと思う。私はカマドウマのオスメスをいっしょに飼育している。ふだんは彼ら、彼女らはまったく異性を意識していないように見える。触角でふるふるあいさつしたり、道をゆずりあったり、きわめておしとやかに生きている。自然状態でもオスメスが混合して群れで生きているのだろう。このことから、いろいろな想像がわいてくる。臭いがオスの性欲をかきたてるという予想もそこから出ている。


2003.8.10 食欲と性欲

私はカマドウマの恋を愉快のほうに描いた。食べることと同じである。愉快というのは行動表現では接近、心情では積極であることを意味する。ただし、性欲と食欲はその現れ方がずいぶん違うと思っている。昨日の図に赤線で示したところは、食べることでは斜面になっていた。そして、不愉快のほうにも伸びていた。それは空腹を意味し、積極的に食物を求めることを意味している。

恋の図で示したかったのは、オスカマドウマの恋には強いも弱いもなく、あるかないかだということだ。より詳しくいうと、強くメスを求めたり、弱くメスを求めたりすることがないということだ。

観察記録として、ふだんのオスカマドウマはそこにメスがいないかのようにふるまっている。メスを求めていらいらしている様子がない。そもそも擬似的な集団生活を営むカマドウマの生活を思うならば、オスがしじゅう性欲に駆られることは危険であろう。彼らは生まれてすぐにカマドウマの形をしており、一年にわたって同じ場所で同じ生活を続けるのだ。その継続性を思えば、まずは食べること、つぎに危険を察知することが生きることの前提になるはずだ。

恋はオスを受け入れる準備が整ったメスに対峙したときに発生すればよい。ふだんは恋など意に介せぬ生活をし、発情メスの前でだけ「オス」になることは合理的なのである。私は彼のそういう気持ちをくんで図にした。ちなみに、食欲ではマイナスの飢えという不愉快を想定したが、性欲では使わなかった。そういう顔つきをしていないし、必要もないからである。


2003.8.13 般若心経を読む心境

ペンで字を書くこともたまにある。ちかごろ老眼なので手元がよく見えず、字がきれいに書けないような気がしている。公文書でそれは困るので、老眼鏡を買うことにした。100円ショップでは100円の老眼を売っている。東急ハンズでは1000円の老眼鏡がある。眼鏡屋は4000円の老眼鏡を売っている。

これまで眼鏡というものに縁がなかったので、眼鏡の価格はべらぼうに高いものだと信じてきた。眼科や眼鏡屋にいって厳密な検査をして、目に合わせてレンズを削り、レンズに合せてつるをオーダーして作るもののはずだった。でなければ使える眼鏡になるわけがない。ガラスを磨くのはたいへんな技術なので、20万円ぐらいはするものだと思っていた。それなのに、100円から4000円で手軽に買えるのはどういうことだ。

ともあれ安くてよく見えればそれでもよい。ためしに4000円のをかけてみると、これがはなはだ具合がよい。100円のでもよく見える。どうやら老眼鏡は衣装と同じで値段と質は関係ないようである。100円と4000円なら出費も大差ないので、軽くて周辺のひずみがなく見栄えも良い4000円のを買った。

これで、電車の中でも本を読みやすくなった。本から目を離して遠くを見るとき10秒ぐらいピントが合わないことの苦痛からも解放される。ただ、こうなると問題は週刊少年ジャンプである。中年のおやじが老眼鏡をかけて漫画を読みふけるというのはいかがなものであろう。ひとまず今日は年寄りらしく中村元訳の般若心経にしておいたが。


2003.8.18 幼虫

数多くのカマドウマの幼虫が徘徊するようになった。今日は、その一匹を捕まえて写真に撮った。というだけのことならなんら問題はないのであるが、そのサイズが変である。

私は我が家の床下に生息するカマドウマの生活史を調べるべく、カマドウマを通年飼育した。その経過はすでにご存じの通りである。去年の8月に2ミリぐらいの微小なものを捕まえ、2月には6ミリに成長し、現在成虫になって盛んに産卵している。それで私はカマドウマの生活史はすっかり分かった気になっていた。

その記録からすると、カマドウマは夏産卵、夏孵化の寿命一年のはずである。ところが、現在出没をはじめているものは6ミリサイズなのだ。ということは、冬〜春に生まれたものだと想像できる。これは別種の幼虫であるのか? 姿形はそっくりなので同種の公算が強いから年2回発生なのか? またまた確認しなければならないことが出てきた。


2003.8.19 冷たい夏

いつもの年なら、盛夏の間は休んだように花をつけないムクゲがずっと咲きっぱなしだ。近所の藤も小さな赤紫の花をつけている。クスやらなんやらの街路樹は梅雨のはじめのように瑞々しい新芽をふいている。この先、夏らしい高温と乾燥にはいれば、その芽も枯れてしまうだろう。

こちらも気をたしかに持っていないと、これから夏がはじまるかのような錯覚を起こしてしまう。しかも、お盆もなにもなく7月からずっと働きずくめなので、正常な季節感を持てずにいるのだ。

都市生活をしていると、食料の全てが植物に依存し、植物の生理は気象に依存していることを忘れてしまう。一週間も食べなければ人間は死んでしまう。ヨーロッパもそうだが、こういう変な気象が10年も続けば現在の文明は確実に滅んでしまうだろう。そういう地獄絵図は必ずしも絵空事ではないらしい。かえって、ここ1万年にわたる地球規模で安定した気候のほうが極めて異例なのだという。おそろしいことだ。


2003.8.22 テレビを買うこと

半年ほど前からテレビの音が出なくなって、オーディオセットのアンプを利用して音を聞いていた。そして、1か月ほど前から画像が出なくなってきた。画面がWOWOWのスクランブルが薄くかかったような状態でよく見えないのだ。とくに字幕がほとんど読めない。もしかしたら自然に直るかもしれないと様子を見ること1か月。症状は良くなるどころか悪くなる一方である。そこで意を決してテレビを買いに行くことにした。

渋谷のビックカメラに入ると、テレビの種類がやたらと多いことに気づく。ハイビジョンのプラズマ液晶はけっこうきれいだ。値段は1メートルぐらいので100万円ぐらいする。買えないことはないが、ハイビジョンのビデオとビデオテープが高価なのでちょっと躊躇する。放送に合せてテレビの前に座ることは普通できない。せっかくテレビがハイビジョンでも普通のビデオ画質で見るのはかえって貧乏臭い。

よく分からないのが小型の液晶テレビだ。ブラウン管よりしょぼいのに高価だ。10万円から20万円ぐらいする。あれは何だろう? デジタル放送はあれじゃなきゃだめだというわけでもない。液晶テレビにはまったく食指が動かない。

私が欲しいのは結局ブラウン管の昔ながらのテレビだ。いまのが19型なので同じサイズのものがあればよい。 一時期、ブラウン管テレビといえば横長ばっかりになったことがある。あれがよく売れたらしい。あれはいったい何だったのか? 現在の液晶テレビに匹敵する謎だ。で、ありがたいことに、いまでは横長ブラウン管テレビは完全に姿を消していた。ところが、大きな問題があった。ビックカメラのブラウン管テレビは最小サイズが21型なのだ。ちょっと大きすぎる。一番安いのが丸っこいブラウン管の画質が悪い知らないメーカーのやつで2万円だった。あれじゃあんまりだ。その次に安いのがビクターの3万円のフラットパネルのやつだ。けっこう高級感もあるのでそいつにした。


2003.8.23 メスの恋

恋はオスとメスでは当然違うもののはずだ。オスの恋はフェロモンによって起きると断定した。メスはどうなのか。メスはオスの気を引くためにフェロモンを出しているわけではないだろう。おそらく無自覚にフェロモンは出てくるのだ。興奮したオスが近づいてきたとき、メスが受け入れるとは限らない。たいていはじゃまくさそうにしている。メスにその気があってオスをよぶわけではないので当然だ。では、どうすればオスを受け入れる気になるのか。

メスがオスを受け入れるには、ちょっとした儀式が必要なようである。オスが体を小刻みに振りながら、後ずさりでにじり寄ってくる、それがカマドウマの愛撫なのだろうと思われる。その愛撫が成功してはじめて交尾に至るのだ。こうした段階をひとつひとつ経ることは内容こそちがうけれども、いろいろな生物で観察できる。人間も本質的には同じことなので、私はほかの生物に起きていることを理解できるのだ。


2003.8.25 古いパソコンの汚れ

かなり旧式のマック(PowerMacintosh 9600)をまた使いはじめた。別にやらなくてもよいアップグレードをしてしまったので、使わないともったいないような気がしたからだ。アップグレードはビデオカードのATI Radeon7000というやつで、32メガもメモリーがあり、デジタルフラットパネルモニターにも対応できるというのがウリだ。一年前に欲しかったが、どの店も品切れで手に入らずあきらめたものが、ヤフオクで安くでているので買った。

で、速いかというと、どうってことない。そのうち液晶も買うかもしれないので、そのときの楽しみにしよう。

ところで、キーボードはずいぶんざらざらする。窓から入ってきた埃がずいぶん溜まっている。染みもいっぱいついている。しばらく触っていなかったから汚れが目立っているのだろう。日頃愛用しているものは、汚れが気にならないものらしい。面白いものだ。


2003.8.26 クマゼミを聞く

クマゼミは西日本のセミだ。西の方でもとくに都市では繁栄が著しい。この夏は熊本や徳島でクマゼミの大合唱を聞いた。朝になると街路樹でしゃんしゃん鳴いてやかましい。いなかにも多いが都市では特に目立つ。近年クマゼミが都市で増えている原因については、単に一度追い出されたものが戻ってきているのだと見ている。道路や建物の開発で住み家を追われ、都市公園や学校、近隣の山野で生きていたものが、街路樹に移ってきたのだと思う。

私はクマゼミはあまり移動しない昆虫だと思っている。生涯に1キロとか2キロとか。個体群から単独で離れることはないのではないだろうか。ああして毎朝しゃんしゃん鳴くのはお互いが仲間の声が聞こえる範囲で生きていくという確認だと思う。

今朝は神奈川県大和市でクマゼミを聞いた。聞こえたのはたった一匹だ。たまたま見聞録によると、前に聞いたのは2000年で2001年と2002年の夏は聞かれなかった。今朝聞いたクマゼミが先のやつの子どもだとすると、そいつの寿命は3年ということになる。

一般にセミの寿命は7年と信じられているが、あれは必ずしも正しくはない。おそらく同じ種類でも寿命に幅があるだろう。クマゼミだと、2年が5%、3年が75%、4年が20%というようになっているに違いない。そうしないと毎年あれだけ数が多いことの説明がつけにくい。


2003.8.27 フリーセルの記録を検討する

タイム

フリーセルを続けるにあたって、昨日の記録を確認してみた。目的は1時間あたりで何個解くことができるのかを知ることにある。私がフリーセルに使える時間は1日1時間が限度である。この調子で毎日フルにがんばるとして、あと9万個解くにどれほどの年月を要するのかが計算できる。

記録では11時51分から0時34分までに15個だから、3分に1個ぐらいであろうか。途中、12736番を解くのに13分もかかっている。集中力が切れているのだ。フリーセルもあれでけっこう思考力が必要なので20分以上続けることはかなり難しい。いまの私では連続20分が限度なのだ。中村君のやっているのを見ると、1個あたり1分20秒ぐらいで解いているようだ。この集中力では、あれぐらいの技を身につけないと10万個解くのは難しいかもしれない。


2003.8.28 はじめての秋

丹沢の東の丘陵はすっかり秋だ。ようやく実りはじめた田んぼのあぜにはヒガンバナが咲き、エンマコオロギが鳴いている。日中日が出て暑くなってもなんだか頼りない。午後の3時にもなると、もう黄色くて斜めからさして影が長い。

まだ家まで20キロもあるというのにパンクだ。出てくるときに、タイヤの空気圧が低いのには気がついたが、そのままにした。案の定、橋の境目のギャップでリムを打ち付け後輪のチューブに穴をあけてしまったのだ。パンクしても、あまりやることはない。行きだったら引き返す。帰りだったらそのまま乗って帰る。修理なんて5分でできるんだけど、そのためのチューブや空気入れを持ち運ぶのが面倒なのだ。

レーサーのタイヤはけっこう丈夫なので、パンクしたまま走っても破れたり外れたりはしない。ただ、一周するごとにバルブがカンカン当たってうっとうしいので、チューブは外したほうがよい。空気の入っていないチューブはクッションとしてはまったく役にたたない。

空気入りのタイヤというのは自転車の偉大な発明品だ。道路の舗装というのも偉大な発明だ。舗装の良いところならパンクしていても快適に走れる。車の多い幹線を選んで走っていけばよい。ただし、路側帯の白線は恐い。幅2センチのリムはほんの数ミリのギャップを乗り越えられなくて、いわゆる後輪ドリフトの状態になり1メートルほどもずずずっと流れてしまう。体勢を立て直すのに必死だ。


2003.8.29 イニシャルD

最近ケーブルテレビのアニメで「イニシャルD」というのにはまっている。イニシャルDというのはいわゆる峠の走り屋たちの物語で、自動車で峠道をどれだけ速く走れるかに青春をかけている若者群像だ。いぜんからちょくちょく見ていたが、やはり3分ぐらいは見ないとアニメの面白さには気づかないようだ。

イニシャルDの面白味は、自動車や道路の描き込みと人物などその他の描き込みのギャップにある。その差は、水木しげるの人物と背景ぐらいに達していると思う。とにかく、夜の峠道を走る自動車、ガードレール、路側帯などが異様なまでになまめかしい。おそらく相当自動車が好きな人がやっているのだろう。

いうまでもなく私は自動車が嫌いだ。あれは人生の敵で、できれば運転は一生したくないと思っている。自動車で速く走ることになんの価値も見出さないし、速度超過は重大な犯罪以外のなにものでもない。それでもイニシャルDはカーグラフィックTVにも通じる凝り性なところと、この世のものとも思えない自動車の色気がたまらなく愉快なのだ。

ところで「イニシャルD」、つまり頭文字Dというのはどういう意味なんだろう。世界的にイニシャルDといえばドイツの水槽用具メーカーが売っている水草用の肥料として通用する。私はイニシャルDを固形にして底砂にまぜてつかっていた。根からのカリウムを要求するアマゾンソードプラントには必須であった。あれのイニシャルDもわからなければ、秋名や碓氷をかっとぶハチロクトレノのイニシャルDも分からない。両者にはなんの関係もなさそうだが、奇妙なタイトルだけに共通の先祖はいそうな気がする。


2003.8.30 なさけない話

最近つくづくなさけない話が2つあった。

一つは、期待していた富士フィルムの新型デジタルカメラのFinepix5000に死ぬほどがっかりしたこと。発売日にいさんでサクラヤにでかけてその姿をみてあぜんとした。最初、店頭にあるのはFinepix5000の模型で、本物はどこか別の所にあるのかと思ったぐらいだ。あれは私がもっとも嫌悪しているタイプのカメラではないか。あの2倍ぐらいのサイズと重量があるのだと思い込んでいた。

もう一つは、Jスカイスポーツがリーガエスパニョーラの放映権を取れなかったこと。これも、マドリにベッカムが入ってしまったからだろう。どこかの大きな放送局がリーガに色気を出してしまったらしい。その昔、フジテレビがツールドフランスの放映権をまちがって取ってしまって、せっかくの夏の楽しみを失ってしまったことを思い出してしまった。正確には、見る気が失せてしまったのを思い出してしまった。

というようにしまったことが相次いでいる。


2003.8.31 身体中が痛かった

全身に痛みと張りがあって妙にだるい。それでも自転車に乗ってみた。境川に沿って南北に往復する40キロのコースだ。案の定、ぜんぜん楽しくない。行きは強い向かい風。帰りはスイスイだと期待して進む。膝も足首もかくかくして自転車が悪いかのようだ。しかし、いまこの自転車は絶好調のはずだ。ペダルがスムーズに回らないのは脚の方が悪いのだ。

さて、帰り。走りはじめてしばらくは追い風だった。まま調子よく走る。ところが驚いたことに道を間違えて、見たこともない所に入り込んでいた。あわてて太陽の方角と地形を頼りにたどりついたのが大和南高校。ふだんは左手の高台に見ている建物だ。何度も走っている道で、どうやったら未知の登り坂の上にたどり着いてしまうのか? 頭も多少いかれているようだ。

大和南高校から降りると風は向いから。しかも強さを増している。いくらなんでも逆走するわけはないから、風向きが正反対になったのだ。そういえば来るとき空には美しいレンズ雲があった。いまは、暗雲がほぼ全天を覆っている。風向きといい、雲といい、強い雨が来る前兆がばんばんだ。寒冷前線でも近づいているのか? 焦る。太股から腰からふくらはぎまで、全部痛い。それでも時速18キロしか出ていない。焦る。

帰宅して、風呂に入ると少し落ち着いた。子どもといっしょに平成教育委員会を見る。αケンタウリまでの距離を計算(だいたい1パーセクなので、60メートル=1秒角円弧として円の半径を暗算した)間違いして1桁少なく見積もり800キロとしたことと、「つぶら→円い」以外は全部正解。特に、6つの円をたばねる輪ゴムの問題を30秒で正解したのには小学生の子どもが肝をつぶしていた。こちらは6年にもなって、あの程度の算数ができないことが少々心配なのだが。


2003.9.2 延命措置

小学校4年の息子が夏休みの研究と称してカマキリを飼育していた。一週間ほど前のこと、そのカマキリがいよいよ脱皮して成虫になろうかというときにケースの天井から落下してしまった。脱皮や羽化のときに障害が起きた昆虫の末路は悲惨である。カマキリは最も体が軟弱なときに床に落ちたものだから、立ち上がることすらできない。脱皮もすすまず横たわったまま息絶えると思われた。

翌日、同じ所にカマキリは横たわったままだ。まったく動かず茶色に変色し、すでに死んでいると思われた。ところが、じっとそのカマキリを見ていた息子が叫んだ。「生きてる! 動いてる」 たしかに腹がうごいている。動いているのは腹だけで、手足は力なく、翅はくしゃくしゃ、胸と頭は不自然に歪曲したまま固まっていた。脱皮すべき殻は背中が割れているだけ。どう見ても哀れな虫の死体である。最初は寄生虫が腹のなかでうごめいているだけだろうと思った。しかし、よくよく観察すると、たしかにその腹でしっかり息をしてるのが見てとれた。

ほとんど死体として力なく横たわるカマキリも一時はペットとしてかわいがった虫だ。安楽死させてカマドウマのエサなんかにするのもはばかられる。死ぬまでそのまま放置しておくことにした。

そして2日たった。まだカマキリは生きていた。中学生の長女が、「手術すれば助かるかもしれない」といいはじめた。そして、ピンセットを持ち出して、腹、胸、頭の殻を注意深く取り払った。すると、意外にも力強い目が現われ、口も動きはじめた。水ぐらいは飲むかもしれないと、口を水に付けると、飲みはじめる。女房が人間用の強壮剤らしきものを溶かして与える。娘が肉を小さく切って口元にもっていくともぐもぐ食う。食えば元気にシッコも飛ばす。

そうした状況で今日をむかえ、カマキリはまだ生きている。脚は体液が通わなかったらしくすでに数本が落ちて腐ってしまったが、本体は生き続けている。我が家では、2年前に脚が6本もげた瀕死のクモを拾ってきて、2度の脱皮後まっとうなクモとしてよみがえらせた経緯がある。そのことを覚えていて、子どもらは次に脱皮したら元気になるかもしれないと淡い期待をもっている。残念ながらこのカマキリはすでに成虫で、もう脱皮することはない。


2003.9.3 Mac絵手紙というフリーソフト

Mac絵手紙というフリーソフトを見つけたのでさっそく使ってみた。絵も字も落款(鏡像で作らなければならない)すらも修正がきかず一発勝負でやらねばならないという骨太で男らしいソフトである。


2003.9.7 強くなれない

昼を食べ、自転車で出かける前にメールを見ていたら、ソースネクストからのダイレクトメールにあらゆるCD、DVDに対応する機械というのがあった。さっそく見に行ったら当の機械が見つからなかった。メールを寄越すならもっと到達しやすいようにしてくれなければ困る。そのかわり、IQテストを見つけてやってみた。

たいへん良い成績である。こういうものにはうぬぼれが強く160ぐらいは行くと思っていたのだが、思いのほか辛く作ってあるようだ。

自転車はおきまりの半原越に行く。重い曇りで気温も低い。雨に降られると弱る。ひとまず気象庁の天気予報を信じて出かける。半原越の峠は下から見上げると霧がかかっている。雨にはなっていないようだ。登りにかかり、林の中の道をいく。天気のせいかセミの声が少ない。半原越は夏のあいだずいぶんミンミンゼミを聞く。ミンミンゼミは比較的大きな樹木が繁る森林環境を好むようだ。アブラゼミは畑地、公園など開けて都市的な場所に多い。セミも木がありゃいいってものではないらしい。

最近、半原越で虫よりもタイムを気にするようになってしまった。いままでの最高タイムは27分で、今日は29分。ヨーロッパのプロ選手なら15分で楽々こなす登りだろう。ああいう怪物と比較しているわけではないけれども、同じ所を50回、60回と登れば速く走りたくなるのも人情というものだ。

半原越は5キロのコースなので、時速10キロだと30分かかる。途中、坂のゆるいところもあるので、常時10キロから落とさなければ25分ぐらいでフィニッシュできるはずだ。しんどいところでスピードメーターを見ると無情にも7〜8キロをさしている。ここで踏ん張れば...と気合いを入れても体が動かない。もう少しだけ速くなれないものか。IQなんぞいらないから厳しいトレーニングに耐えられる強い体と強い脚が欲しかった。下りは霧雨になって腹が冷たい。ちょっと悲しくなった。


2003.9.8 虫好きのボーダーライン

マイお薦めリスト(こういう漢字の使い方にじゃっかん閉口している)で長谷川先生に「昆虫の飼育、観察では日記才人随一」という過分なおほめをいただいた。残念ながら、知能テストにかぎらず私は自分の実力を正しく把握しており、内心では明確に第3位グループだと思っている。すなわち、虫に対するパッションでは cave insecta! に及ばず、エンターティメントとして、いもむし日記→もんしろちょう日記にかなわない。その2つの頭抜けた優秀さは、天地無朋が日本屈指の昆虫写真家である海野和男氏の小諸日記と同列かちょっと勝っているかもしれないレベルに達していると思い込んでいる私がいうのだからまちがいない。

むろん微力ながらも私だって、堤中納言物語より続いている日本独特の虫文学に貢献すべく日頃の努力は怠りない。脱皮を失敗して脚が3本もげ全身麻痺に陥っているカマキリを手厚い看護によって2週間延命させ、モニターの脇(いつも見つめていられるように)では1年間飼育したカマドウマがおり、その2世になる体長2ミリの子カマドウマが30匹ほどざわざわしている。この子たちを飼育して3000匹のカマドウマをざわざわざわざわさせるかどうかが虫好きと狂人(あるいは偉人)のボーダーラインではないだろうか。

ついでに、窓の外ではムクゲか梅に居着いたらしいアオマツムシが毎夜けたたましく鳴きわめくので、ちょっとした殺意をおぼえている。その反面、アオマツムシの鳴いている様子を見たくて、通勤の途中で急に立ち止まって生け垣越しに他人の家をのぞき込むかのような不審な動きをするヲヤジでもある。その行為を傍目を気にせず30秒以上続けられるかどうかが虫の好きな常人と変人(あるいは偉人)のボーダーラインといえよう。


2003.9.9 大接近

10時ごろ、月と火星が近くにあったのでデジカメで撮影した。ニコンのクールピクス990というカメラだ。けっして優秀なデジカメではないのに火星がちゃんと赤く写っていたので驚いた。

今日、月と火星が見かけ上一番近づいたのは(実際の最接近はもうちょっと遅くかな...)午後8時40分ごろらしい。残念ながらその頃は通勤電車の中だ。電車を降りての帰路月の位置を確かめるのが日課なので火星にも気がついた。火星はいま地球に大大接近している。そのとき、満月近くの月が火星とすれ違うということは地球と火星の公転軌道はかなり素直でねじれの小さいものなのかなと感じた。


2003.9.10 液晶モニターを買ってポイント還元の罠にはまる

デジタルフラットパネルモニター対応のグラフィックカードを買ったので、ここいらで一つと奮発して液晶モニターを買った。液晶モニターとカードは相性があるようなので、もしかしたらうまく写らないかもしれないので一番安そうなヤツを買った。三菱ので4万円だ。つないでみるともろもろの心配をよそにものすごくきれいでうれしい。こんな見栄えの良いものを所有するのは、女房以来17年ぶりのことである。

ところで、モニターはビックカメラで買った。もっと安い所を探せば、8000円ぐらいは安いだろう。しかし、ビックカメラにはポイントというものがあり、4万円のモニターを買えば8000円ぐらいをポイントとして貯金できる。というわけで、送料を使って遠い店から通販するより、電車賃を払って秋葉原まで出かけて行くより有利なのだとそのときは判断した。

今回はこれまで貯めていたポイントを使い、4万のモニターに支払った金額は2万円だ。いつのまにか2万円もポイントが貯まっていたのだ。そして、レシートを見ると、ポイントで払った分は新たなポイントが貯まらないシステムだということがわかった。だから今回貯まったポイントは2万円ぶんの20%にあたる4000円になる。ポイントを使わなければ、8000円が溜まったことになる。そのことを知って「もしかしたら損したのか?」という気になったのでちょっと調べてみた。

2万円分のポイントが貯まっていたということは10万円の商品を買ったということだ。たぶんレンズだろう。今回4万円のモニターをポイントを使わずに買えば、ポイントは2万8000円ぶん貯まることになる。実際は使ったので、2万円払って4000円のポイントが残った。表にまとめると以下のようになる。

ビックカメラ

「支払い合計」は貯めているポイントを金として使えるものとして計算している。やっぱりポイントを使う方が4000円損していることになる。

私は損をしたのか? いやいやそんなはずはない。ポイントというものはビックカメラで商品と交換しないかぎり金の価値を持たぬものだ。使い切らなければ意味がない。ならば、次回には使いきることを考えてみよう。使いきるつもりでポイント相当の2万8000円のビデオデッキを買うとする。

表の下側の「使わない場合」のレンズ・モニター・デッキ合計支払い金額は14万円ちょうどである。ただでデッキが手に入るというわけだ。上の「ポイントを使う」という今回選択した方法でも、たまったポイントを使い切って新たに2万4000円支払うから、総額14万4000円を現金としてビックカメラに渡すことになる。やはり4000円の損か? ところが、そのとき2万4000円分のポイントが4千800円貯まるから、ポイントも金だと思えば800円の得になる。では私の今回2万ポイントを使ったことは得なのか? いやそれも変だ。では、次々回800円を使いきるつもりで、ネガフィルムを買ってみよう。かくて無限に続く。

以上のような考察を経て、ポイントなんてものは貯めようが使おうが全く私の得にはならないから、以後気にしないようにしようという当然至極の結論を得たのであった。しかもポイントが5%だろうが80%だろうが関係ないことも明らかになった。一見常識にはずれるこの事実の詳しい解説をする時間はもうない。フリーセルをしなければならないので。ともかく、皆さんもポイントなんぞを気にせず、ビックカメラやさくらやで本当に欲しい物をガンガン買いまくることをおすすめしたい。


2003.9.14 26分30秒

清川村で雨になった。雲のようすではそう長くは降りそうにない。かといって10分やそこいらで止むような降りでもない。こういうこともあろうかと、ちゃんと準備をしてきた。デジカメ用の防水シート、具体的にはコンビニの白い袋2枚。牛糞の臭いがする倉庫で雨宿りしてさっそく雨対策だ。

雨の可能性はあったけれども今日はカメラを持って来ざるをえなかった。先週、小鮎川ですばらしいアレチウリの群落を見つけたからだ。アレチウリがクズと勢力争いをしている様子はおもしろい。アレチウリはあれでクズに負けない美しい花をつけ、いろいろな昆虫を集めている。

今日はタイムトライアルをする気はなかったのに、登りにかかるともうダメだ。気持ちがはやってしまう。雨の中、ときどき後輪を空転させて急坂を登る。自転車に乗るとき、いつもは哲学的なことを考えているが、こうなるともうダメだ。雨のしずくに目をしばたたかせて、「私はなんでこんなことをしているのだろう。人はなぜ苦しい思いをして峠に向かうのだろう」などと哲学っぽくないことを考えてしまう。

それよりタイムだ。さすがに、コーナー、コーナーで傾斜や距離は熟知しているから、最適なギア比と回転数を心がける。34×26か、24×26または24×21。雨の山は静かだ。ときおりヒヨドリの鋭い声がするほかは、梢からしたたる雨垂れと自分の息の音しか聞こえない。虫も鳴いていないことはないが、それよりタイムだ。

峠の頂上ではもう力は残っていない。といって、脚がぱんぱんになって攣るような走り方はしない。心肺がいっぱいいっぱいになる方法だ。帰りの30キロもあるし、翌日に疲れを引きずりたくない。気になるタイムは26分30秒。最高タイムを30秒短縮だ。シッティングとスタンディングの選択がうまくいったからだ。すでに機材の工夫も乗る技術も限界に来ていると思う。あとは、体重を落として心肺を鍛えてタイムを短縮するしかない。25分という数字に手が届くような気がしてきたからもういけない。いっぱしの自転車乗りなら20分のコースだろうが。

下りの途中、丹沢方面がきれいだったので、コンビニの袋からカメラを出して撮影した。


2003.9.15 入道雲

入道雲

今年の夏も入道雲がなくて寂しかった。去年もひどかったが今年ほどではなかった。今日のは大きくなるか...と期待して見ていると、尻尾が切れてぽよんと浮んでしまうものばかりで期待外れだった。秋の入道雲は積乱雲にまでなることはあまりない。風は弱いながらも向きをころころ変えていた。怪しげな空気が入り込んでいるらしい。夜には雷雨。アオマツムシがおとなしくなるのでうれしい。

ニュースバードをそれとなく見ていると、女子テニスのトップ選手が射殺されたと文字で出ていた。グラフファンという男がモニカセレスを刺した事件を思い出した。動機はあのときのものとはたぶん違うんだろう。ニュースバードのキャスターがちょっと浅越に似ていると思った。


2003.9.16 世界ランキング2位

射殺されたのは世界ランカーの2人ではなかった。

ところで、私も世界ランカーである。野菜七ではこの10年、世界ランキング1位の座を欲しいままにしている。そして、最近まで地球大気ゲームでも世界チャンピオンであった。現在は中村君にトップの座を追われ2位に転落している。

地球大気ゲームは当初3000点が限界であろうと言われていた。しかし私は卑怯な手を発見し一気に6000点を叩き出した。マニアの間に衝撃が走り、得点競争が加熱した。中でも中村君はその天性のセンスに努力を重ね、ついに当時人類の壁と言われていた8000点に迫る高得点をあげトップの座に踊り出る。

中村君のマシンは新型のトーシバでマウスも光学系だからエンジンパワーも脚回りも優れている。私の方はPentiumIIの旧型NECでボール式マウスである。イニシャルDでいえばぽんこつのハチロクという案配だ。しかし、ゲームではマシンが速ければいいというものではない。秋名の下りで一番速いのはハチロクである。

私はさらに卑怯な手を使った。ゲームのスピードをあげるために、フラッシュの設定をいじって画質を落としたのだ。そしてある日、ふいに夢の1万点を越えた。それは来る日も来る日も努力と工夫を重ね、数千回におよぶトライアルの末に偶然の幸運によってもたらされた高得点であった。

ライバルの中村君は9000点ぐらいでうろうろし「丁akedaさんのマシンは大気ゲームに最適化されてるんですよ〜」などと泣き言をいってた。それで、私の記録はしばらく抜かれることはないと安心していた。もしも、「プロメテウス」「やけぼっくい」とよばれる大技を連発できればもっと得点できることは理論上明らかだったが、実戦的ではない。点が取れる反面クラッシュする確率が高いのだ。3分にも及ぶゲーム時間ではもろ刃の剣となる荒業である。

ところがほどなくして、中村君は1万1000点を越える。主に樹木カードを連続して使用し「プロメテウス」「やけぼっくい」を安全に連発する「巴」という技を発明したのだ。ポイントはクラッシュの確率が小さく高得点になるカード配置を0.1秒の間に計算して、合理的に光合成と燃焼を連続して起こすことだ。地球大気ゲームをご存じの方なら、その威力と難しさが想像できるだろう。よほど緻密な頭脳の持ち主でないと考えつかない技だ。オンライン知能テストですらIQ140程度の私とはできがちがう。

いうまでもなく、私は彼に教えを請うことにした。私は点を取るためにはどんな卑屈なことでもする男である。しかし、彼にやり方を教わったところ、一生勝てる気はしなくなった。私の頭ではカードの動きについていけないのだ。私は2回しか1万点を取ったことがないのに、彼は常時1万点を越えている。

能力では中村君にとうてい及ばない。若い頃から卓球で手首も反射神経も鍛えている。彼の人生はこのゲームのためにあったと言っては過言であろうか。地球大気ゲームはすでに定石は出尽くしたともいわれ、人類の限界は1万3000点であろうとも噂されている。1万3000点はミハエルシューマッハやディビッドベッカムが参戦してきた場合の予想である。

ただいま「巴」を修得すべく一から出直しをはかっている。大抵はクラッシュで終わり泣きそうになる。私はあきらめが悪い男である。実力で劣っていても根性で数をこなせば絶対に幸運は訪れる。地球大気ゲームはランダムなカードの配置によって得点が大きく変わるのだ。修練を重ね幸運に恵まれればもう一度世界記録保持者になれるかもしれない。


2003.9.17 世代交代

引っ越してからずっと空き家になっていた近所の家が売りに出されるらしい。先日作業が入って、樹木、草花などすっからかんにしていった。じつは、8月に狂い咲いた藤の花を撮影したのはこの庭だった。そして写真の藤の背景にある緑の葉はバナナ(芭蕉)である。

神奈川県のバナナというのもまた哀れなもので、小さい花は咲いて実らしき姿を見せるものの、いっこうにバナナの房らしくは成長しない。葉はそれなりに立派になるので葉を楽しむものであるらしい。

その藤もバナナも根こそぎ切られたのだが、バナナのほうはあれよという間に切り株の中から大きな葉が出てきた。竹の子にも匹敵するほどの成長の早さだ。バナナは木ではなく草の類だが、たぶん何十年も生きるんだろう。そして、根もとから切っても速やかに再生できるようだ。動物ではこうはいかない。バナナの実は大きくうまく栄養も豊富だ。じつにありがたい植物だとおもう。

私のカマドウマも世代交代のシーズンに入っている。7月には成虫たちはカマドウマとは思えないほど血気盛んでエサの取り合いをしたり、愛したり、卵を産んだりしていた。そして8月の終わりごろになると、体長2ミリの子虫がぽつぽつと土の中から誕生し、それに歩調を合せるように親は1匹、また1匹と死んでいった。いま2匹が生きている。大好物のはずのガガンボを投げ入れてやっても食らいつくようなことはしない。しずかでおちついた彼ららしい余生を送っている。やがて土に半分顔をうずめて眠るように死ぬのだろう。死体は仲間か子どもが食うだろう。さわやかな交代劇だ。


2003.9.19 命を無駄にしてはいけない

ものの命を大事にしなければならないのは仏教徒でなくても当然のことである。私はこうして叩きつぶした蚊の命だって大切にしている。カマドウマの飼育ケースに入れておけばたぶん食われるだろう。そして私の血もカマドウマに食わせることになる。間接的だが。生きる意味というか人生の目的というか、宇宙自然の一部として受け入れられたようで、ちょっと誇らしい。


2003.9.20 マックが壊れる

Powermacintosh 9600が起動しなくなった。起動中にフリーズして、再起動しても電源が入り、ファンが回るだけであと何も起こらない。古い機械なので壊れても仕方ない。ただ、周辺機器もいろいろ揃え、グレードアップしているのでなにかしたくなった。

対処法を探るべく原因の特定をはかった。電池の交換→意味なし。メモリーの交換→意味なし。SCSI機器の取り外し→意味なし。ビデオカードの交換→意味なし。以上のようなことをやってもなんら改善が見えない。どうやらCPUかマザーボードがいかれているらしい。予備のCPUもマザーボードも持っていない。まるごと買い換えるしかないだろう。たぶん1万円ぐらいで買える。


2003.9.21 カマドウマの心象風景

心象風景




カマドウマの心についてこれまで考えてきたことをまとめてみよう。私はこの図でカマドウマの心の地図を手にとろうと目論んだ。左の図はこれまで描いてきたものを合成したものと理解して欲しい。原点Oを中心にして円筒を輪切りにするような形で、これまでの図を配置している。それぞれの面は、恋の喜び、飢えの苦しみ、異常への注意と逃避など先に検討したことである。

赤い●点はカマドウマの気持ちがどこにあるかを示している。たとえば左の図では、オスのカマドウマが発情しているメスの臭いをキャッチしてドキドキしているところである。この点が、図の青いラインの上を速やかに、あるいはゆっくりを移動する。この場所から、左下の階段の下のほうにジャンプすれば、メスの臭いでヤル気になったものの唐突な敵の接近を感知してジャンプして逃げようかという状況となる。

こういうものを描いたからといってなにがしかの知見が得られるわけではないけれども、ひとまずカマドウマの心の風景画を描いてみた。


2003.9.23 マックが治る

先日、かわいいPowermacintosh 9600が壊れて起動しなくなった。しかたなくPowerBook G4を使っていたが、やっぱり9600のほうが可愛いので、なんとかならないものかと余計なPCI カードを全部抜いて、ビデオカードも低速なものに差し替えて、ブラウン管モニターにつないで、念のために内蔵電池も元のものに戻して起動してみると、あれ? あっさりと起動するではないか。

それではと、各種カードを刺し直し、液晶モニターにもどしても快調そのものだ。どうやら原因は最初に疑ったように、内蔵電池がちょこっと変なことになっていただけのようだ。この機種は電池がちょっとへたると起動しなくなるという知らない人にはじつに恐ろしい癖をもっている。電池が切れているだけでマザーボードやCPUを買い換えるということになってしまうこともあるのだ。恐い恐い。

PowerBook G4とイーサネットでつないで、新しいファイルを全部移し変えて現状復帰してやれやれと安堵していたら、玄関のインターフォンがなった。家の者がでるとクロネコの宅急便だという。心当たりがある。Powermacintosh 9600をヤフオクで買ったのだ。完全にいかれたと早とちりして入札していたのであった。値段は1万円だから経済的には痛くない。しかし、Powermacintosh 9600というのは牛のようにでかくて重い機械だ。ものすごく場所をとる。ついでに内蔵電池も買ってあるので明日ぐらいに届くはずだ。電池を取り替えて、それでも動かなければ本体を買えばよかった。あとの祭りだ。


2003.9.24 溝落しで世界新記録

溝落しというのは藤原拓海の超絶コーナリングテクニックだ。車輪を道路の側溝に落として、すばやくコーナーを回る(たぶん)ものだ。私も同じような技を使って地球大気ゲームで11650点を取り、世界チャンピオンに返り咲いた。

マウスはゴムボールを回転させることでポインタを移動させている。マウス操作とは、いかにそのゴムボールを早く正確に回すかだ。ボールを回すためには摩擦が大きい方がよく、マウス本体の移動のためには摩擦がないほうがよい。この背反する条件をハイレベルで満たさなければ高得点は取れない。

抵抗がない固い机の上ではゴムボールが滑るのでアクリルの板をしかねばならない。すると、アクリルとマウスのプラスチックの間に微妙な抵抗が生じる。すでにポインターが目にも止まらぬスピードの領域に入っていることを考えると、その抵抗ですら無視できない。私のマウスはいわゆるシャコタンである。底に貼り付けられている滑り止めの柔軟な樹脂をナイフでそいで滑りを良くし、クラッシュの危険を大幅に回避してきた。さらに、ホーバークラフトのように、ごくわずかマウスを浮かせるテクによって、素早い操作を実現してきた。しかし、それはほとんど神業に近く、1ゲーム3分の間に400回におよぶドラッグ&ドロップ&クリックの操作を完遂するためにはミハエルシューマッハの運動神経と精神力が必要であった。

そこで、イニシャルDにヒントを得て発明した技が「溝落とし」だ。マウスの頭を固い机につけ、ゴムボール部分だけをアクリルに乗せる。机が固いので、思わず力が入って押さえつけてもマウスの仰角を維持しておけばゴムボールは快適に回る。しかも、机が固いぶんクリックがよく決まる。私は点を取るためには手段を選ばない男である。


2003.9.28 ジョログモ

この季節になると庭にジョロウグモが多くなる。ジョロウグモのメスは大型で色鮮やかな美しいクモだ。庭の草に被害を出すツマグロオオヨコバイをよく食う。わがやの庭は、除草剤や虫の駆除剤を使わず、さらに雑草も適度に残すようにしている。そのもともとの意図はカマキリを保護するためらしいが、ツマグロオオヨコバイを増やし、結果的にジョロウグモを保護することにもなっている。

ところで、私が子どもの頃にジョログモとよんでいたクモがいた。このジョロウグモにそっくりでもっと太って大きく、色も赤とピンクが目立ち、毒々しいまでに立派だった。網の形もジョロウグモとは全然違う。ジョロウグモはわりと単純な垂直円網をはる。ジョログモは中央がドーム型でそれを取り巻くように数枚の網が蚊帳のように張り巡らされているものだった。うすくらがりに多く、虫連中の裏社会のボスみたいな雰囲気だった。

あれはいったいなにものだったのか。ジョロウグモの仲間にはちがいないのだが、こちらの方ではとんとお目にかかれない。東南アジアにいくと同じ形をしたオオジョロウグモというのがいて、手のひらぐらいのサイズがあって圧巻だ。あれともちがう。


2003.9.28 25分40秒

午前中に庭のジョロウグモを見て、午後からは半原越にでかけた。今日のように涼しい風が吹いて天気の良い日にはサイクリングだ。そろそろ雨は冷たいから天気がよいのはうれしいことだ。

半原越の登りにかかって、気になるのはやはりジョロウグモだ。大きなものも見つけた。色もずいぶん赤が強く、腹が角ばっている。メスは成虫になると文字通り一皮むけるようだ。肝心な巣の形状は大型の個体はより複雑な網を持っている傾向があった。3枚重ねの垂直円網というかんじだ。はなから狙ってあの形状にするのか、それとも不精して建て増しする間にああいう複雑怪奇なことになってしまうのか。子どもの頃に信じていたドーム状の巣は観察不足に由来する記憶違いだったようだ。ともあれ、10月はジョロウグモの季節といってよいだろう。それこそ履いて捨てるほどいる。

自転車に乗っていて見聞きした主な生き物
 ●ジョロウグモ
 ●モズ(高鳴きだけ)
 ●スズメ、ムクドリ
 ●マダラカマドウマ(本格的なでかいやつ、飼っているやつの2倍はある)
 ●ニホンザル
 ●モンシロチョウ
 ●ウラギンシジミ(ぼろぼろ)
 ●クダマキモドキ(たぶん)
 ●コイ(放流してあるもの)
 ●アオダイショウ(死体)
 ●アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシ(声)

ところで、半原越の登りにかかるとタイムを気にするという悪癖に囚われている。今日は軽いギアを使わず力でぐいぐい押す乗り方でやってみた。ところどころある10%以上の急勾配は34×21Tでダンシング、緩いところは34×26Tだ。タイムは25分40秒。一気に50秒も短縮してしまった。急勾配は力で押すほうがタイムは良くなる。ただし、強く踏めばスピードが上がるわけではないということは肝に銘じておく必要がある。25分を切ることが現実味を帯びてきた。体重を3キロほど落とし腕力を鍛え、ダンシングできる時間を長くすればたやすいだろう。


2003.10.3 なんだか芭蕉

松尾芭蕉に出会わなかったらモノ書きになることはなかったろう。言語は、言語を絶する体験・思い・気分をあらわすことができる。しかも、それができるのは言語だけなのだ。その他の表現手段は、それ自体がすでに現象、客体であって、ひっきょう言語を絶する体験をピュアに確かめることができない。言葉にならぬもの、言葉にすらならぬような気分を言語以外のもので表現できるとは思えない。もし、芭蕉を知らなければ言語のその力に気づかなかったろう。

若い頃、憑かれたように山を歩き回っていたことがある。あの日は石槌山の岸壁の直下、夜の闇の中に立っていた。霧の中、なにかにほてった体を冷ましながら、明朝の天気をうらなっていたのだ。雨はすっかりやんでいたが風が強い。テントはばさばさうるさく、あたり一面の木々が吹かれて山鳴りを起こしている。明日の天気はだいじょうぶそうだった。ふと、うしろを見上げると、先ほどまで見えなかった石槌は黒々と空にそびえ立っている。岸壁がこちらにおおいかぶさってくるような錯覚をおぼえるのは、つぎつぎに流れて去る霧のせいだ。わずか数分のうちにたちこめていた霧は消え果て、月のない空に白い帯のような天の川が現われていた。その数年後、私は一個の詩に出会う。

荒海や佐渡によこたふ天の河

人のこと、宇宙のことを悟る瞬間は誰にもあるもんだ。ただその悟りの気分を留め置くことができない。表現することができない。芭蕉があの詩を作ったのは江戸時代だから新潟県の寒村は真っ暗だろう。空気は澄んでいるが風は強く海は荒れている。いくら暗くても海岸に立てば、海があれていることは否応なく気づかされる。ごうごうと音もしよう。臭いもあろう。しぶきが顔にかかるだろう。人生には必然巻き込まれる騒乱がつきものだ。見たくも聞きたくもないことに心かき乱されるのは人間であるからには如何ともしがたい。ところがどうだ、視線を足下から外してみれば、あれは何だ。堂々とした佐渡の島陰がくっきりみえるではないか。この世には動かぬものがある。たよりになるものもある。さらに面を上げよう。そこにはどれほど世間があれようと微動だにしない星々の世界がある。人の喜び悲しみなど一顧だにしない宇宙自然がある。

「荒海や〜」の詩を見つけたときは芭蕉のことなんて何も知らなかった。日本で一番有名な詩人だという知識しかなかった。明治の人か江戸の人かもしらなかった。今でも良く知らないが、知らなくてもよい。その男は、現象世界にうごめく精神が何かの拍子で一瞬にして高揚し宇宙との融合感に至ってしまうその気分を単に3つの風景を描写するだけで言葉に定着させたのだ。石槌山で感じたゾクゾクを詩にできた人間がいるというだけでじゅうぶんだ。彼にできたことなら、同じ日本語をあやつる私にできない道理はない。

私はさいわいにも些細なことに感動できるヒトである。中央林間駅に敷かれているタイルの配列をみたって心の奥に感動の火花がぱちぱちっとともる。「そんな気分なんて表現できるわけがない」とあきらめていると思う。したいとすら思わないだろう。もし芭蕉がいなければ。それができた人間が江戸時代に確かにいたのだと思い知らされなければ。愉快ではないか。芭蕉は果てしなく遠くにある目標かもしれないが、人類が到達できた場所なのだ。がんばればけっこういいとこまで行けそうな気がする。少なくとも、いまの日本の詩人のなかでは私の才能は一歩抜きん出ていると思う。


2003.10.4 習慣を絶つ

私は20年にわたって一日3杯以上のコーヒーを飲んできた。とりわけ朝食・夕食のコーヒーは欠かしたことがなかった。コーヒーはうまいし、ないとなんだか落ち着かない。味にもうるさい。一般に店などでコーヒーと称して出されているものは一種の泥水だと思っている。唯一北海道利尻島の民宿で飲んだコーヒーだけが自分のいれたものよりうまかった。

私はコーヒーのツゥーといってよいだろう。豆にうるさく、焼きにうるさく、ひきにうるさい。日本全国のショップからこれはという豆を取り寄せ、好みのものを数種類決めてそれだけを飲んできた。どういうのが好きかといえば「さらっと白湯みたいなもの」という一言に尽きると思う。酸味、苦み、渋味、甘味、なにかそのようなものを感じるようだと失敗だ。

ところが、それほど好きなコーヒーを飲まない日が多くなった。その理由は「ただなんとなく」である。飲めばうまいし、飲まないとやはり何か抜けているような気がするが、なんとなく飲まなくても済んでいる。

以前コーヒーには必ずミルクを使っていた。そのほうがまろやかでうまいと思っていた。いまでも外で450円ぐらいの泥水を飲むときは必ずミルクを使う。砂糖を入れることすらある。缶コーヒーだと思えばよい。ミルクを使うのが習慣だったある日、ミルクが切れたので仕方なくブラックで飲んだところ、そのほうが数段うまいことに気づいたのだ。以後自分のコーヒーはブラックだ。ミルクは単なる習慣に過ぎず、浅はかなことだという反省もあった。ただ、そのとき「ミルクを止めれるのならコーヒーだって止めても問題なさそうだ」という漠然とした予感があった。

そして、2か月ほど前にずっと愛用してきたフィルターをささえる漏斗みたいなヤツが壊れてしまった。当然あたらしいものを買い求めて使用したものの、いまいちしっくり来なくてイライラしてきた。イライラする自分にばかばかしくなって、コーヒーをいれるのを止めてしまった。あんなもの飲まなければ飲まないでやはり問題ない。女房にいれてもらえればありがたく飲む。うまい。でもわざわざ頼むことはしていない。


2003.10.5 23分20秒

cinelli

私が半原越で25分を切ることができるかどうか、かたずをのんで見守っている人も多いことだろう。今日、なんと23分20秒という大記録を打ち立ててしまった。ただし、写真の自転車を使ったのでちょっと反則気味である。

自転車はチネリのスーパーコルサという。近年には珍しい鉄の重いフレームだがよく走る。こいつだと普通の自転車では味わえない「のびる」という感触を味わうことができる。重いギアをがんがん踏み込むとびゅんびゅん加速していく。先週使ったナカガワよりも巡航速度で2〜3キロは速い感じだ。

先週のトライアルで重いギアを踏んで坂を登る力が残っていることがわかったので、天井からぶら下げているこいつを引っ張り出した。なぜか半原越はチネリで行ったことがなかった。軽いギアがつけれらないので急坂連発の山はしんどい。登れなくなって自転車を降りるのは私でも屈辱なのだ。34×26Tで行けるなら、39×26Tを回せないことはないだろう。ダンシングもできることがわかったので、39×23T、あるいは39×21Tも使えるだろう。案ずるより産むが易い。

半原越の登り口までは1時間15分ほどかかる。相模川や小鮎川のまわりの田んぼの収穫を眺めながらすいすい走っていく。明らかに速い。いつも走っている道だから、同じ力なのにスピードが出ていることを感じる。小さなアップダウンを重いギアのままこなせる。自分の力以上に走っている。感触は最高だ。

マジモードになって半原越の登り口で工具類や予備のチューブなど余計な荷物を全部置いた。500グラムぐらい軽くなる。登りはじめて10分。距離が短いと感じる。いつもあえぐもっとも急な登りの区間が短い。イケそうだ。ラストスパートのコーナーで時計を見ると20分。これまでだとここで25分前後だ。記録の大幅更新を確信して笑いが止まらない。呼吸はいっぱいでふとももは痛みにおそわれているんだけど。


2003.10.9 デジカメをもらう

カマドウマ

自転車と交換にフジフィルムのファインピクスS1プロというちょっと古いが超高級なデジカメをもらった。フィルムの一眼レフと同じ感覚で使えるのでクールピクスに比べれば格段に撮影が楽だ。

最初に撮るのは当然カマドウマである。写真は体長4ミリの幼虫を等倍まで寄れるレンズで接写したもの。3000×2000ピクセルの画像になる。拡大せずにトリミングだけでこれくらい見えるのだからたまげたカメラだ。


2003.10.12 快調な日

ずいぶん暑い日で、頭の汗が額を伝わって落ちてくる。汗が目に入るとものすごく痛い。何かのアレルギーがあるようだ。汗そのものが抗原なのか、それとも汗に混じっている花粉か何かに反応しているのか。汗よけのはちまきは必須になってきた。

セイタカアワダチソウがずいぶん立派になっている。いつもこの季節になると、こんなに多かったのかと呆れる花だ。私の背よりもはるかに高いところにおびただしい数の小さな丸い花が並んでいる。つぼみの緑が残って黄色も淡いから、満開までは2、3日かかるだろう。

今日は信じられないぐらい快調だ。脚がびゅんびゅん回る。こんな日は滅多にない。林ではアブラゼミとミンミンゼミが鳴いている。毎年10月の中旬でアブラゼミは終わりだ。もう秋は本番だ。アレチウリはすっかり枯れた。この草はしぶとそうに見えて意外に花の期間が短い。

午前中に40キロ、午後に40キロ走る。ベルタはなんだかおもしろいことになっている。


2003.10.13 夕焼け

カマドウマ

昼頃、ものすごい風雨になった。ずいぶん眠く昼寝をしてしまい、目が覚めるとすばらしい青空と輝く雲があった。夕方の層積雲がおもしろい夕焼けになった。

カマドウマ


2003.10.14 負け組

思わぬところで人生の負け組にはいってしまうものだ。サッカーのベッカムはやっぱり負け組だと思う。彼がサッカーをしているときは溌剌としてかっこいい。しかし、あの奥さんを見るとやっぱり彼は負け組ではなかろうかと思うのだ。2002年、プレミアリーグでの優勝が絶望になって、コリアジャパンを数か月後にひかえたところで骨折をしたのは、タックルのせいというようりも、奥さんのせいのような気がする。結果的にはそのほうが良いことは良いのだが、あの奥さんのせいで安易な陰謀の臭いがしてしまうのだ。

ゴン選手はサッカーではお話にならないぐらいベッカムに負けている。しかし、奥さんでは100倍勝っていると思う。広く長い目で見れば明らかにゴンの勝ちである。カズですらベッカムととんとんかぎりぎり勝っているといっていいのではないか。私なら、ベッカムの奥さんが付属するようなら、サッカーのスーパースターですらごめんこうむりたい。

だんなのご威光でのしあがろうとする奥さんはさびしい。ピッチの上では輝くベッカムも、しょせんあの女房では...と同情してしまう。彼のせいでリーガを見れなくなったのは恨みだが、かわいそうなので応援してやろうかという気にもなる。まあ、奥さんについても野球の野村や落合ぐらいまで突き抜けると、またあれはあれで大人物、選手としても男としても偉大に見えてくるから断定的なことは言えないんだが。


2003.10.15 負け組2

アメリカがイラクに勝利宣言をしてから100人ぐらいの兵隊が死んだ。自爆テロにあったり、ロケット砲で狙撃されたり。おまけに、自殺するアメリカ兵まで出ているという。

そういうニュースを聞くと気になるのは当然わが国のことだ。日本人も太平洋戦争のあとで占領したアメリカ軍に対して爆弾をもって抵抗したのだろうか。やったという話をぜんぜん聞かないのは私がうといせいか。それともやらなかったのか。やるかやらんかでその時点での大勢に影響はないにしても、のちのち子々孫々の気持ちに与える影響は小さくないと思う。

私は永久に軍備を放棄し紛争を武力で解決しないという理念に素直に同意しており、それにもかかわらず、人類史上最大の殺戮兵器を持ちすぐに武力を持ち出すアメリカに盲従することにためらいはない。もし、日本人が占領軍に対して汚い報復をやっていたなら、こんなに単純素朴な気持ちにはなれなかったろう。


2003.10.16 光の速度と機械

光が伝播するのは真空が波打つからだ。波打つ真空というようなものは私には想像がたやすい。なにしろ私は仏教徒、しかも臨済宗妙心寺派であるから禅問答は得意中の得意である。真空がじゃぶじゃぶしている光景(笑)はまざまざ見えるとしても納得できないのが光速である。そもそも速い遅いを超越していそうな光に速度があるということが合点いかない。しかも、秒速30万キロというから1光年の距離を行くのに1年かかるという計算になる(笑) それは速いのか遅いのか。そんなものをどう感覚すればよいのだ。

ただ、それがわからないのは私が人間だからで、機械というやつは光の速度ですら把握できるらしい。最近のカメラはどれもTTL(レンズを通して)という方式でストロボの光をかげんしている。とりあえず発光して、その光が被写体にあたってその光がレンズに入ってきて、フィルムを感光させつつ反射したところを計測して、フィルムがじゅうぶん感光した時点でストロボの発光を止めさせるという方式だ。ストロボは肉眼では絶対に感知できない極めて短い発光が連続したものであるという。機械は発光を続けるか止めさせるかをストロボの光と闇のはざまで決定しなければならない。

言うは易いがそれを実際にやるとなったらどれほどの運動神経が必要であることか。シャッターが開いているのは250分の1秒とか500分の1秒である。その短い間ですらあくびが出て退屈するほどの反射神経を持っていないとTTL測光はできない。


2003.10.18 10年ぶりにもてて上機嫌

この数年女の子にもてるという体験がない。数年というよりも10年以上かもしれない。最後がいつだったのか、昭和何年のことなのか、平成になっていたのか、そういうことすら不明。だから今日の夢はうれしかった。

場所は北海道の室蘭市だ。友達が甲虫の新種登録したというので、虫仲間があつまってパーティをしようということになった。会場のホテルに車で乗りつけると、さっそく虫を囲んでわいわいやっている。ケースは、中央に丸い穴があるアクリルで2段にしきれらて、上部には変哲もないカブトムシ、下部の堆肥の中にこれまた変哲もないオオクワガタなどが数匹うごめいている。カブトムシは穴に立てられた棒にとまって蜜を吸ったり角を振ったりしている。オオクワガタは真っ黒で普通のものよりは腹が丸っこく感じる。どうやらそれが新種のクワガタらしかった。

みなは口々に、新種になったクワガタのことを言い合っている。「これじゃあ、新種だなんて気づかないな」「クワガタの新種は50年ぶりだぞ」「外見はシノビムのちょっとしたちがいだけだから」「いやあ、あいつはさすがだよ」

パーティをしきっていたのが彼女だ。ごくごく普通の体格で美人でもない。それなのにみょうに気がかりで、なにかにつけて彼女の近くにいようとする自分に気がつく。何かをいろいろと話していたようだが内容は忘れた。彼女のほうからもなにかとちょっかいを出してくるので、だんだんいけそうな気がしてくる。派手さがないだけですごくキュートだ。近寄れば寄るほど魅力的だ。

(彼女は現実世界のだれかではなく、似ている人も知らない。)

そうこうするうちにパーティの主役が登場し、新種を捕まえた場所に行こうという話がまとまった。私は会場のホテルに残ることにした。彼女は一行とともにがやがやと大きな硝子戸をあけて出ていく。去り際に私に向かってこういった。「じゃあ、灯台のほうを回ってくるから。帰ったらまたね。その間、ほかの女の子とヤッててもいいよ」

これほどあからさな誘惑もない。夢とはいえもてたもんだ。この夢はかなり長く、彼女と再会し夜を過ごして翌日の汽車旅行まで延々続く。夢分析に親しんでいない人にはどうってことのない夢に見えるかもしれない。しかし、恋愛学ではこういうタイプの夢は伝達夢というカテゴリーに分類され重要視されている。なぜなら、恋とはどういうものか、どういう娘が恋愛の対象なのかを自覚させるものだからだ。

伝達夢はその物語の構成、出てくる女の子の姿形、行動が極めて普遍的だという特徴がある。つまり誰でも同じ夢を見る。端的にいえば伝達夢はいわば恋愛の水先案内人で、形にならない未体験の心を具象化するものだ。それがあるから恋愛に迷うこともないといえる。一般には恋愛漫画やテレビドラマ、あるいは実際に異性に接することなど外界にあるものから恋愛のことを学ぶと誤解されているかもしれない。しかしそれは因果からすれば逆だ。伝達夢は、そういうことは自然にわかるから、というときの「自然」の巧妙なメカニズムの一つである。


2003.10.19 ウスタビガを思い出す日

窓を開けて空を見ると快晴、しかも無風だ。空気は澄んで冷たいのに太陽が暖かい。こういう日はウスタビガのことを思い出す。

10月の半ばともなるとひなたが恋しいものだ。中学校の2年のとき、ぼくらは休み時間のたびにひなたぼっこをしていた。木造2階建ての校舎と新しくできたプールの間の空間は風がさえぎられ日溜まりになっていた。ぼくらは数人があつまってポケットに手を突っ込んでたわいない話をしていた。

打ちっぱなしのごつごつしたプールのコンクリートによく止まっていたのがウスタビガだ。近くの林で発生していたらしく、4、5頭があつまっていたこともあった。胴体は毛深くふっくらとしている。てのひらほどもある黄色いはねの左右のまんなかへんに2つの透明な目玉もようがあり、茶色いラインが筆で書いたようにひかれている。蛾はいつもはねをまっすぐにひろげ、白い壁にはりつくようにして動かなかった。まるで、ぼくらと同じようにひなたぼっこをしているようだった。

ぼくは秋も深まったときに大きく美しい蛾が現われることが不思議だった。プールの壁に止まっているのは水銀灯の明かりにひかれて来たからだ。ただ、蛾といえば夏のものだと思い込んでいたので、冷えて澄んだ空気と大きな蛾の取り合わせが妙にアンバランスだったのだ。

じっと動かない蛾は冷えた空気の中で弱り余命いくばくもない感じだった。手にとると太った体はやはり重い。足掛かりを見出そうと大きなはねをぶるぶると震わせて爪のある脚でぼくの指を掻いている。落ちそうになって大きくはばたくと大量の鱗粉が指についた。やがて蛾はぼくの手を離れ宙を舞い、みかん畑に消えていった。


2003.10.20 ユークリッドの窓

なにしろ通勤時間が長いので、本を読む時間もたっぷりある。たっぷりあればよいかというとそうでもない。あまり簡単すぎるものだとすぐに終わってしまう。一時は漱石とか寺田寅彦だとか、かつて新聞に連載していたような簡単なものも読んでいた。そういうすぐに読み終わってしまうものは、新しく買い足さなくてはいけない。すると金がもったいないのに加えて、書物が部屋にあふれることになる。しかも悪いことにすぐに読み終わるようなものだと中身を覚えてしまうので4回5回と読むわけにはいかない。かなりの思案のしどころだ。なにしろ時間は膨大にあるのだから。

帰りは超満員なので物を読むことなんてできない。問題は行きの50分だ。ここしばらくは難しいほうがよいだろうと「大乗起信論」を読んでいた。文庫になっているヤツを2冊と、ハードカバーのものを1冊。それぞれ5回ぐらいは読んだだろう。コストパフォーマンスは良いと思う。で、なんで5回もそれも同じような物を3冊も読まなければならないかというと、難しいのだ。言葉や文章はそれほどではないのだが論理が非常に難しい。その書物の世界に入っているつもりなのにさっぱり理解できない。それで繰り返したりいろんな解釈を対照させたりすればなんとかなるのではないかとがんばってみた。結論、「大乗起信論」にいまの私は役不足である。10年修行して出直そう。

易しすぎてもいけない難しくてもいけない。書庫には読み返したいものが見あたらない。弱り切っていたところに店頭広告の「ユークリッドの窓」が目に留まった。ユークリッドの書いたものは断片的な引用しか知らないので、いつかちゃんと読みたいと思っている。これも断片でしかなさそうだが、そう簡単でもないだろうし、難しくもない、きっと手頃だろうと、ユークリッド様のご威光にすがり中を確かめずに買った。ところが、楽しみなギリシャはたった66ページで、その日のうちに終わってしまった。あとはどうやらデカルトからニュートン、アインシュタインを経てひも理論という勝手知ったコースだ。それなりに面白いと思うが、新しさがない。繰り返しは3回が限度だろう。


2003.10.21 期待できそうなデジカメ

はじめ思いっきり期待した富士フィルムのFinePixS5000であるが、製品を手にとって死ぬほどがっかりしたのは記憶に新しい。そのショックも癒えぬ今、富士フィルムは後継機としてFinePixS7000を発表した。その内容を見ると、最初FinePixS5000に感じたこれこそ私のためのデジカメだ!というパッションがまざまざとよみがえってくる。レンズ交換はできないが私にとって必要十分な接写はできそうだ。ファインダーは液晶(デジカメのファインダーは液晶であるべきだ)で、ずいぶん大きくなっている。リングを手で回してピントがとれる。なんていいカメラなんだ〜っ

レンズ交換型のS1Proをいじってみると、CCDにつくほこりが思いのほか手ごわいことに気づく。ほこりがついたら気づかぬふりはなかなかできない。ほこりをつけないためにはレンズの交換をしなければいいのだが、レンズを交換したい〜っというのは耐え難い誘惑だ。解答は簡単だ。もともとレンズ交換ができなければそれでいいのだ。

FinePixS7000はとってもいいカメラだと思うのだが、前回のことがあるので予約は避けたほうがいいだろう。ただ、重量は1.7倍ぐらいになっているので、絶対に使い勝手も良い機械になっているだろうと思う。迷う。いま使っているニコンはオートフォーカスはバッチリだが、マニュアルフォーカスがうまく使えない。接写も蝶や蜂ぐらいになるとオートフォーカスではまず撮れない。しかし私のニコンはマニュアルが置きピンでしかできないから、あらかじめ決めたピントで画角も決まることになる。しかも肝心のピントが見えない。つまり、すごい接写能力があるのに接写ができない、というちょっと耐え難い仕様になっている。きっとFinePixS7000はいいカメラだ。ただし、前回のこともあるので、ひとまずモノを見てから買うかどうか決めよう。


2003.10.26 備えあったので憂いなかった

今日も半原越。4か所でアブラゼミを聞く。数匹の合唱もあった。10月26日のアブラゼミはこの数年の新記録だ。

半原越の登りでは、タイムトライアルをしないように気をつけた。普通のレーサーのような重いギアで登るとどうなるか試してみたのだ。時間は26分。しんどいことはしんどいがスピードの可能性は感じる。軽いギアで乗っていたらいつまでたっても速くはなれないような気がする。

ところで今日もパンクしてしまった。自転車のパンクは3年ぐらいしないこともあれば、今年のように立て続けにやっちまうこともある。半原越の下りで「やっぱり自転車はリーンアウトさ。あれ、リーンインだっけか?」などと考えながら快調にコーナーを回っていた。きついコーナーでは体を立てたままで、自転車を思いっ切り寝かせると早く回れる。オートバイではリーンアウトというテクニックだと思う。

突然、後輪が路面の振動を拾いはじめたので、タイヤを見ると急速にしぼんでいく。バーストだ。パンクには思い当たるふしがない。途中がけ崩れもあり、大きな鋭い石がごろごろ転がっていたぐらいで、半原越には釘や押しピンはないはずだ。

いつもならガーンとショックをくらうところだが、今日は一味違う。走るたびにパンクしているので、さすがにスペアのチューブと空気入れを持ってきている。さっそくタイヤを外してチューブを調べるとヘビに噛まれたような2つの大きな穴が見つかった。タイヤに穴はなく、何かが刺さっているわけでもない。いわゆる「リム打ち」というタイプのパンクだ。空気は7.5気圧まできっちり入れてあり、何かに当てた覚えもないのでちょっと不思議だった。5分で交換が済んだ。

何を隠そう、スペアが役に立つのは今日がはじめてなのである。今まではパンクすれば、そのままがこがこと乗って帰っていた。スペアを持っているときに限ってパンクしなかった。「備えあれば憂いなし」を実感できるのは行き当たりばったりの人生を送る私にとって極めて珍しいことである。パンクしてなんだかうれしい。


2003.10.27 わかるということ

ここのところ、フリーセルも忘れるぐらい「虫の心」に入れ込んでいる。カマドウマの心のアルゴリズムを考えているのも虫の気持ちを知るためだ。ただし、私は生理学も生物学も素人である。そういう研究の成果は参考にしつつ、私なりのわかり方をしなければならないと思っている。

ところで、私なりのわかりかたといってもそれがどういうものか、ピンときにくいと思う。わかるというのは言い換えれば腑に落ちるということだろうか。私も虫と同じように、生まれて食って生きている。同じことをしているからには同じ心の動きがあるだろう。その共通性をつまびらかにすればよいのだ。

呼吸や消化というものがどういうものかを私はよくしらない。アデノシン3燐酸やなんとかヌクレオチドがどうやって私の力になってくれるのかわからない。自分の体のことであっても、神経の伝達、筋肉の収縮のメカニズムなどさっぱりだ。断わるまでもなく、カマドウマのホルモンが何種類あって、どのような物質であるのか全く知らない。

そういう生理学的なことをちゃんと調べることは実に立派なわかり方だと思う。しかし、わかるということはそれだけではない。今朝、カマドウマの水入れを交換してやると、カマドウマたちは隠れ家のトイレットペーパーの芯から、一匹また一匹とでてきて水を飲みはじめた。そういう様子を見ると彼らの気分というものがわかるのだ。ヒトと虫と共有している気分、すなわち心の奥底にある何物かを注意深く探りあてて、自分の腑に落ちるようにすることも、立派なわかり方だと思う。


2003.10.28 最大の素数はないという証明ができない

わかるといえば、「素数が無数にあるということがわかる」なんてすごいなあと、おもって、ユークリッドの証明を思いだそうとしたのだが、なんということか、ぜんぜん思い出せない。1年ほど前にその証明を見て、あまりのエレガントさにあぜんとした覚えがある。その衝撃だけを覚えていてやりかたを忘れたのだ。昼頃からそのことをずっと考え続け、帰りの満員電車の中でも考え続けた。それでも思い出せなかった。

それは難しいものではなく自然数と素数の定義だけ知っておればよいから、小学生にだって解けるものだ。行数にして2行だったような記憶がある。たしか、1×2×3×5×7×11....というように素数を順にかけていった数に1を足すと、どの素数で割っても余り1となる。というようなことだったと、この日記を書きはじめること1時間にしておぼろげな記憶がよみがえってきた。このやり方が不十分なことはわかる。方向があっているかどうかは知らない。もう2時だ。ふて寝する。


2003.11.3 三角関数

フツーの人間にとって「三角関数」などというものはどうでもよいものだろう。それ自体が面白いと思える人間は例外である。ただし、人間は本質的に三角関数を面白がれないようにできている、というわけではない。直線がまっすぐだ、とか、円は丸いというようなことだけでも、地球上の100万の生物種の中ではかなり高度の幾何学を面白がっていることになる。三角関数の妙味はその面白みをちょっと延長したところにある。初歩の幾何学をどこまで延長できるかが個人の個性の問題だ。

私は川の流れを飽くことなく眺めている子だった。その成果のひとつとして、小学生のときすでに波の振る舞いについてよく理解できていた。川の静かな水面に石ころを投げいれると、波紋が立つ。そもそもなぜ波が立つかということは石の落ちたところをよく見ていると理解できる。石が水面をたたいたときに一度水はへこむ。それにつづいて水面が山になって盛り上がる。山は沈んでもう一度へこみをつくる。そういう過程をへるたび、山と谷になって石の落ちたところから同心円状に波紋が広がっていく。

波には面白いことがいくつかある。波は波で消せない。波紋に向かって2つめの石を投げる。広がる波を波で押し返そうという算段だ。波と波がぶつかるときには複雑な模様を描くが、そのあと元の波は何事もなかったかのように広がっていく。そのことがふしぎでならなかった。絶対に波で波を消す方法があると信じていろいろなタイミングで石を投げ込みつづけた。

ゆるやかな流れの中に石を落とすと、波紋の上流への進行と川の流れが打ち消しあうことも発見した。流れの速さによっては波の進行を「止める」こともできた。だからといって、波の形が軸のずれた同心円になっているかというと、そうではなく、川の流れに目を合わせると、普通の同心円が普通に広がっているということがわかる。波の広がり自体は川の流れに無関係なのだった。そういうことをああでもない、こうでもないと工夫して遊んでいると何時間でも過ぎていった。そんなことばかりをやっていたので将来大きな恩恵を得ることになった。

高校生の私にとって三角関数や微分なんてものの存在意味は自明であった。どうやら数学は水にできる波紋の振る舞いを記述することができるようなのだ。円周をまわる点の軌跡をサインカーブに展開する図をみて、「なんで小学校で三角関数を教えてくれなかったのか」と残念だった。私が受けた恩恵、それはすなわち試験では赤点ばかりでも数学が楽しかったことである。


2003.11.4 人類の限界に挑む

ついに、あえてついにと言おう。私は地球大気ゲームで13090点をたたき出した。かつて、人類の限界は13000点であろうと言われていたことは紹介した。つまり、私はついに人類の限界に達したのだ。

私は9月26日に12000点を取り世界記録をもっていた。その半月後、世界でたった一人のライバルである中村君が突然12600点という驚くべき点数をたたき出した。われわれはまた人類の壁に近づいたのである。しかし、そのとき私自身は内心で強烈な敗北感を味わっていた。ゲームの実力では彼の方が一枚も二枚も上である。その彼が限界に近い点数を出したのだ。私はそれまで100時間以上もトライして、僥倖で12000点を越えたのが1回きり、しかも11000点ですら10回に1回ていどの割合でしか取れないのだ。いっぽう、中村君は常時11000点を越えている。再び世界チャンピオンに返り咲くのは絶望的だった。

おりしも、仕事が忙しくなり2週間にわたって全く地球大気ゲームをする時間がなくなった。なにしろフリーセルですらやれなかったのだ。ひまがあればまずカマドウマの気持ちのことを考えなければならないし、時空と重力あるいは磁力の関係についても空想しなければならない。重力と磁力は同じ媒体を伝う種類の異なる波なのか、それとも媒体が決定的に異なっているのかとか。もしかしたら一生彼の記録は越えられないかも知れないというあせりは、いつしかあきらめとなり、まさに忘却のなかに埋もれて行こうとしていた。

そして、月曜日の午後、NECのVersaPro VA86H の前に座っている私に1時間半というまとまった時間がぽっかりあいた。「もう一度がんばってみよう。」4連二酸化炭素を全部樹木に変えるという新しい巴のアイデアも試してみたかった。まず初心に帰り、マウスのふたを開けこびりついているゴミをとった。消しゴムを底にかけて滑りもよくした。

最初から好調だった。10回目ぐらいのトライで12000点をとり、20回目ぐらいに12500点を取った。世界記録まであと一歩。届かない目標ではない、という希望が確信に変わった。

13090点を取ったときは類まれなる幸運に恵まれたと思う。火がきたときの4連二酸化炭素を全部樹木にして、若木や人間あるいは最悪のオールマイティカードが来ることが1回もなかった。人間、若木の出現も影響がないときだった。1、2度操作をミスったろうが、それですら災い転じて福となすラッキーがあったかもしれない。夢中で細部のことは覚えていない。とにかく、ねらいが次々に的中し希望的観測がどんどん現実のものになっていった。途中経過の点数を見る余裕はなかったが、カードをめくるたびに過去数百回のうちに味わったことのない大記録の予感は強くなっていった。最後の30秒はクラッシュを避け、あせらず無理せず、着実にカードを処理することに徹した。途方もない高得点の感触はあった。それでも、ゲームを終えて13090という数字を目の当たりにしたとき自分の目が信じられなかったのである。


2003.11.5 ますますかわいいカマドウマ

カマドウマ


 
2003.11.9 善悪というものについて

善悪とは相対的なものである。と、説いてみてもじつは何もはじまらない。いうまでもなく、この世の中にかっこたる悪や善を求めても見つからない。見つからないからといって、善悪とは相対的で、悪あっての善、善あっての悪、というような主張は格好が良いように見えて、じつは中身のない極めてみっともないものなのだ。

実体あるいは実存またはリアルというものを肉体を含めた物理的な存在に限定するならば、それらは決して悪ではなく善でもない。コイヘルペスやエイズウイルスも悪ではない。それらはそれらであってそれら以外のものではない。少なくとも属性として悪も善も持たない。絶対的であろうが相対的であろうが、善悪はない。「コイヘルペスウイルスはコイにとって悪で、コイの餌にとっては善ではないか?」などといっても無駄な考えだということぐらいは誰だってわかるだろう。

ところが、実体あるいは実存またはリアルというものを肉体をも外した精神世界の物に限定するならば、それらは悪または善である。心に浮ぶ物は本質的にその属性として悪か善を持っている。つまり、エイズウイルスは善でも悪でもないにせよ、それがひとたび観念としてのエイズウイルスとなれば、問題になるのはひとまず善であるか悪であるかどちらかなのである。たとえ、そのへんの石ころであろうと、ひとたび意識にのぼるならばひとまずそれは良い石か悪い石であるかいずれかなのである。

私は以上のように善悪を定義する。この定義は人間よりもむしろカマドウマの心に当てはまると思う。


2003.11.10 カマドウマ脱皮

自慢の長い触角を抜くのにてこずっている。

脱皮


2003.11.12 そもそも悪とはなんであるか

ならば、そもそも悪とはなんであるのか。本質的に悪とよべる物はあるのだろうか。悪い物、嫌いな物、危険な物、マイナスな物などなんとよんでもよい。そもそもそういう物がわれわれの心に悪として浮ぶ意味はなんなのか。

ひとまず、誰にとっても悪い物、厭うべき物をピックアップしてみよう。ここでちょっとした注意が必要である。ヒトはとてもムツカシイ生き物だということを肝に銘じておかねばならない。未完成に生まれ何でもかんでも学習してしまう。学んで覚えた悪でも生まれつきそれが悪い物であるかのように、さらには客体自体が悪であるかのように思い込んでしまう。だからヒトがアプリオリに悪と認識するはずのものがどんなものか、すぐに見損なってしまう。慎重に考えるべきである。

ヒトが万物の霊長として生まれたからには、ヒトが生まれるに足るだけのベーシックな環境は整っていたということになる。その環境は良くなっていることはあっても悪くなっていることはたぶんないだろう。ヒトにとって今のこの地球が楽園だ。そういうところから絶対悪と言えそうな物を発見するのは難しい。

反対に良い物はたくさん見つかる。よく熟れた柿は良い物の一つだろう。良い色、良いかおり、良い味がする。柿でなくとも、糖類、蛋白、脂肪などを含む「食品」は本質的に良い物である。それらは甘い。その甘味は習って覚えるものではない。うまいものはアプリオリに良い物といえそうだ。では、不味い物はどうか? 渋柿のように毒のある不味い食品は我々にとってアプリオリに悪と認識すべきもののようである。


2003.11.13 毒キノコは不味くないのか?

柿の渋みはカテキンとかタンニンとかいうもので食用には適さないものだ。そういう毒を悪いまずいと感じることはとても理にかなっている。甘い柿なら食べるべきだが、まだ熟れていない渋柿は体に害があるので食べてはいけない。一方、柿のほうでもまだ種が熟さないうちに枝からもぎ取られるのは迷惑だろう。播種したい柿と腹を満たしたい人間と、双方の利害が一致して柿のうまい不味いがある。

こうやって考えると、悪を感じる心というものはうまくできていると思う。その機能自体は渋の害を避けるという意味で善ですらある。ただし、世の中はそうそう都合のいいことばかりではない。

毎年キノコを食って死ぬ人、腹をこわす人が後を絶たない。キノコ取り50年のベテランでもキノコの毒にあたることが少なくない。その一因はキノコの毒性が非常に強いこと、毒キノコの分類が極めて難しいことによる。まだ若いうちは毒でないものが途中から毒になってしまうものもある。秋田では毒とされているものが山形では食用になっていたりする。マツタケだって中国では食えないことになっていた。

そして、私が注目しているのは毒キノコが不味くないということだ。かく言う私は毒キノコを食ったことがないので、それがうまいのか不味いのか実は知らない。それでも、もしキノコが渋柿やカメムシのように極めて、少なくともその毒性に応じて、不味いものであったなら、そうそうキノコ毒で死ぬ人は現れないと思うのだ。

熟れる前の柿やみかんが極めて不味いのに、毒キノコが不味くないというのは不思議ではないか?


2003.11.14 キノコと人間の歴史

「毒だから不味い」「悪だから不味い」というのであれば、柿渋も毒茸も等しく不味くなければならないだろう。同じように毒であっても、不味かったりうまかったりするのは奇妙だと思う。

私は毒キノコが必ずしも不味くない原因は、キノコが人類にとって新しい食べ物だというところにあると思う。柿とヒトとの関係は数千万年の歳月を経て培われたものだ。ヒトがヒトである前から、その動物と木の実の関係はあったろう。木の実には生存競争や選択淘汰の原理がはたらいてうま味や渋味が進化した。よく熟れて栄養のよい実が鳥や動物に選ばれて分布を拡大できる。うまい実を食った動物は元気よく生きることができる。渋い実を食ったものは腹をこわして死んでしまう。植物一般の実の毒や栄養は似たようなものだろうから、実の味や臭いをちゃんと見分けられる動物が生き残っていく。

われわれが生まれつき持っている味を見分ける能力はそういう歴史を経て鍛えられたものなのだ。柿(とその以前の植物)と人間(とその以前の動物)の間にどれほどの時間があってそういう進化が起きたのかは分からない。少なくともキノコと人間の歴史よりは何倍も古いことだろう。菌類は食品として必須のものではない。キノコはヒトが人間になってはじめて獲得できた食い物ではないだろうか。

人間はより多くのものを食おうとし、食う能力をもった生物である。好奇心もあり、創意もあり、食も文化として継承できるからありとあらゆる物を食える。キノコの一部は煮炊きして食えばたいへんうまいものである。火があれば良い食材になる。もしキノコが人間誕生の後に食品リストに加わったのならば、毒キノコによる淘汰は起きるはずがない。まず、キノコが食えなければ空腹で死ぬという状況はありえない。毒キノコが手当たり次第に食べられることはなく、ごく少数の選ばれし者が死に、その死体をとり囲む回りの連中は学習によって毒キノコを回避することができる。人間は自然との係わりで起きる進化を超越している種なのだ。


2003.11.15 ミミズもバニラ

水溶液を見分ける能力つまり味覚と、気体を見分ける能力つまり臭覚は似た力でいずれもプリミティブなものだ。体内に直接物質が取り込まれるからプリミティブといった。古来より動物にとって音や光などの間接的情報よりも、体に直接入ってくる物質をどうするかが生きるための大問題だったと思う。行動のための情報源として味覚臭覚が発達する。だから、何がどういう臭いがするかということはその生物の辿ってきた歴史の反映である。

われわれにとっては二酸化炭素は無臭である。ところが、蚊やヒルは人間の出す二酸化炭素を検知して近づいてくるらしい。だとすれば彼らにとっては二酸化炭素は甘い果実にも似た妙なる芳香を漂わせる気体なのだろう。うんこは悪臭を放つが、イヌやハエやセンチコガネにとっては薔薇の香りであろう。腐りかけたミミズの臭いはカマドウマやオサムシにとってはバニラだ。気体自体に臭いの原因はない。硫化水素が臭って二酸化炭素が臭わないということは心理学の問題であって化学の問題ではない。

ヒトは二酸化炭素を検知しなくてもよいように進化してきた。酸素が二酸化炭素に置き変わった空気は恐るべき猛毒であるがヒトはそれを感知できない。普通に呼吸し、数分で死に至る。そういう空気の中で生き死にの勝負をしてこなかったため体は異変を察知しているのに心が反応できないのだ。

何が善で何が悪か。ある生き物の心が外界の刺戟に対してどのような反応を示すかでその生き物の歴史がわかる。人間はブラウン管の中の松嶋菜々子にすら好意をもつという複雑怪奇な学習をする動物だが、昆虫はそういう錯誤に陥る心配がない。彼らの善悪判断は歴史そのものであり、反応=心と素直に受け取ってよいのである。


2003.11.17 ルーズソックスといい勝負になる

10月になってからずっと休んでいなかったので、今日は休みにした。先週から天気図を眺めていて、今日がもっとも空気が澄んで気持ちの良い日になるだろうと目星をつけて休日にした。

ちょっと風は強いが空気がうまい。丹沢の山並みがよく見える。たぶん今年の秋でもっとも美しい日だろう。このあたりはよく色づく葉がない。しかもどの葉っぱもいじけてくしゃくしゃするばかり。今年の冷夏の影響か。

2時間走るとハンガーノックに襲われた。年に何回かこういう日がある。朝はちゃんと納豆ご飯とうめぼし(味噌汁なし)を食ってきたのに、2時間で動けなくなるとは。一か月も動いていないと体はすぐにばかになる。あわててコンビニに入って豆餅とゼリーのエネルギーインというやつを買って食った。しかし、腹が減ってから食うのでは手遅れだ。回復には30分以上かかる。

ついさっきまで追い風を受けて時速40キロで快走していたのがうそのようだ。米軍基地を突っ切るちょっとした登りでも脚に全然力がはいらない。スピードはルーズソックスの女子高生といい勝負になるぐらい。ちょうど下校時らしくぱらぱらいるから始末が悪い。スカートの短い娘っ子の後ろにずっとついて走るのもあれなので、無理してでも追い越さなければならない。なんでセーラー服を抜くのに上体を左右に振ってひいこらいわなければならないのか。年に何度かこういう泣きそうな目にあう。


2003.11.19 雪虫が舞う

雪虫

横浜のいたち川を見てきた。ススキや荻がムクイヌのような穂をつけている。河岸の草むらに足を踏み入れるとオナモミのいががいっぱいついてくる。河畔の木にはジョロウグモが多い。まるまる太ったメスの背を押すと、吊った糸が切れたように下に落ちていく。草むらに入って死んだようにだらしない姿をさらしている。このクモは敵に対してはからっきし意気地がない。得意の空中戦に持ち込めば勝機もあるだろうに、と思って考え直す。彼らの敵は虫よりも鳥なのだ。虫界の最強は鳥の前には所詮無力だ。攻撃されたら目をくらませて運を天に任せるのがいちばんよいのかもしれない。

いたち川は全国にその名を知られた「都市公園河川」である。防災上、護岸はコンクリートにしてあるが、河床には土を盛って雑草や雑木を植えてある。瀬や淵もうまくつくって流れに変化も設けている。水も汚くはない。河川をただの排水路としてでなく、自然散策の場として住民に提供するため人工的に生物種を増やしているのだ。魚をねらうカワセミやコサギの姿も見られた。いまはまだ気合いをいれて修復したあとがありありだが、そのわざとらしさはあと20年もすればとれると思う。いたち川はこれから日本の河川を修復していく上でよいモデルになるだろう。

私の立場からあえて苦言を2つ呈するならば、ひとつは土手のてすりが高すぎること。3メートルほどの垂直の壁なので川に落ちれば危険だ。ただし、人間は一生に1回や2回は川に落ちるものなのだ。私も自転車やらなんやらで幾度かいたち川程度の川には落ちている。しかし、けがはしていない。けがをしたとしても誰かのせいにはしない。もう一つはコイを放してあること。霞ヶ浦の養殖鯉並のサイズのコイがうようよしているのが気持ち悪い。橋の上から覗き込むと物欲しそうにダッチワイフのような口をぱくぱくさせて集まって来る姿は愛敬を通り越して悲惨である。他の河川と同様にコイの幼魚の姿はない。他の魚は一種類も見つからなかった。異常である。あの放流ゴイは河川の環境を破壊することはあっても良くすることは絶対にない。モデル河川としての誇りがあるなら直ぐに撤去してもらいたいものだ。

今日は無風でずいぶん雪虫が飛んでいた。井上靖がしろばんばとよんだ虫もこいつだろう。複雑怪奇な生活環をもつアブラムシが寄生する植物を換えるために羽をつけて移動する姿だ。体全体が白い蝋質で覆われゆっくりと空中を漂うと毛玉か粉雪がまっているように見える。晩秋の点景としていいアクセントになっている。北海道ではこいつが飛ぶとすぐに初雪だったものだが、こちらでは雪をイメージさせるものではない。


2003.11.20 本能について

昆虫の行動は不可知だとされ本能という概念が発明されている。本能とは大変便利なことばであり昆虫の心の理解の限界を示すことができる。ファーブルはジガバチが正確に獲物の神経に針を刺す行動を本能によるといった。つまり、彼にはそのときのジガバチの心が不可知だったのだ。実際問題としてありとあらゆる昆虫の行動が不可知である。ミミズを食べるカマドウマの気分も不可知といってよい。それをあえて本能とよばないのはわれわれも豚の死体を食うからである。単に説明用の特殊な概念が不要だからだ。

私はカマドウマがミミズを食べる、そのさいの心を詳しく見ていこうとしている。当然、カマドウマにはミミズを食べる本能があるとは言わない。そんなことをいってると、ドッグフードを食べる本能や柿を食べる本能や脱皮殻を食べる本能も用意しなければならない。さあ、どこからを不可知とするか。

以前にもいったように、動物の心の本質は善悪判断にある。植物や菌類も含めてよい。カマドウマにとってミミズの死体の臭いは善である。カマドウマの心の善という判断は「近づけ」という命令と同値である。そのことを詳しく考えてみたいのだ。

私は触角を振り振りミミズに近づいていくカマドウマの行動を見て、そこに善という判断を見出す。それは当然の帰結にみえて、実は極めて危険なことでもあろう。カマドウマには心がなく、ミミズの臭い(蛋白質からでる芳香物質)を察知すれば自動的に近づくものだと考えても全然かまわない。そのほうがシンプルですらある。私は以前からそう考えていた。


2003.11.21 感情について

人間精神の萌芽がほかの動物の中になければならない。食べるという行動をとってみても、もし動物がエサの臭いに機械的に引かれるのみであれば、熟れたりんごが万有引力によって地面に落ちるのといっしょだ。それ以外に何もないのだとすれば、いつまでたっても学習というレベルにステップアップすることがない。かすかな「心」がどこかで目覚めなければならない。

カマドウマではその芽はどのていど育っているのだろう。カマドウマは複雑な環境世界で生きるじゅうぶん立派な虫だ。その心にフィードバックあるいはなんらかの自覚の芽があるだろう。純粋に物質的な臭い(気体)をどれほど心理的な臭い(概念)としてとらえているのか。私は臭いとそれに反応している体のそのただなかで快不快の感情が発生しているぐらいではないかと見当をつけている。

カマドウマのレベルにおいては、「臭う」「体が動く」というのといっしょに「気持ちよい」という感情があればよい。この3者には前後関係、あるいは因果関係は必要ない。虫の心には原因理由を持ち込んではいけない。人間ならばさしずめ「良い臭いがするから行ってみよう」とでもなるところで、虫もそうなんだろうと思いたいところであるが、持ち込まなくても説明できるうちは、そういう高級な仮説を持ち込むべきではないのだ。少なくとも、カマドウマがミミズの臭いを良いものとして認知している必要はない。


2003.11.23 虫が考え込むとき

なぜ、カマドウマが「良い臭いがするから行ってみよう」と考えてはいけないのか? 疑問に感じる向きもあるだろう。このあたりは抜け出せない誤りに陥るところだからしっかり考えておかなければならない。

まず、カマドウマが良い臭いというものを感じる必要があるかどうか。臭いに対して直接的な判断を下す必要があるかどうか考えてみよう。ラッパムシみたいなプリミティブな生物は、なんらかのことをやろうとして動く必要はないだろう。それは、息をしようとしてする必要がなく、消化しようとして消化する必要がないのと同じだ。彼らはほとんど内臓か食虫植物みたいなものだ。ハエトリソウはハエとゴミを巧みに見分けてハエを捕まえて食べる。そのときにハエを認識するひつようはない。ハエかゴミか、草が知っているかどうかは問題ではない。現在の動物は複雑な精神を持ち複雑な行動をしているけれども、元々は食べる動くなどの行動は自動であったと考えなければならない。

昆虫の場合、一種の自動機械とみなさないとさまざまな不都合が生じてくる。「飛んで火に入る夏の虫」なんてのは典型だ。明かりに向かう意味がないのに蛾は火で翅を焼く。しかしながら昆虫を完全な自動機械とみなすならば同じくらいの不都合が生まれる。危険を回避できないことについては彼らが単に適応していないからという理由がある。逆に彼らの行動がうまくいって複雑な作業をこなしているとき、たとえばクロアナバチが巣を掘っているとき、セミが鳴いているとき、カマドウマがメスに擦り寄っているとき、一瞬考え込んで自分の作業を確認するような様子が見られる。私の考えすぎかもしれないが、そこに心の芽を感じてしまうのだ。


2003.11.24 性は善であること

そもそもの始まりは「臭いに近づく」ということだ。近づいていく対象が臭うものかどうかすらわからなくてよい。食べ物が発する特定の気体に近づければよいのだ。われらがカマドウマにはとほうもなく長い触角がありすばらしい6本の脚がある。しきりに触角を振り回して臭いを検知し、脚をつかって速やかにあるいはゆっくり近づいて行くことができる。

外見上でもエサを得るための発達した感覚器と移動能力があるのだから、それなりの精神が宿っていると考えるべきである。触角が伸びる過程ではいろいろな臭いをかぎわけ、微細な臭いも検知できるようになっただろう。あれだけの長さがあり、3次元の空間を自由自在に振り回せるということは、臭いの方向と距離までも感覚できるということだ。私はあの触角できっと人間には無臭の水蒸気の臭いだって感覚していると思う。2本をぶんぶん振り回してより臭いの濃いほうがその発生源なのだ。かくてカマドウマは闇の中で速やかに目標に到達できるわけだ。

その素敵な感覚器をもつ虫にとってそれなりの精神とはいかなるものか? 人と同じようにミミズの臭いをかいで「良い臭いがするから...」と思うことはずいぶん高級な精神で、カマドウマには不要だ。それは外界の対象の観念を持てるということだ。感覚器と心が直結しており、体を使わずに行動をシミュレーションできるということだ。それは身体の維持に間接的に有効な機能だと思う。プリミティブな生き物にはそんな面倒なものよりもっと根本的な心が必要だ。

カマドウマにふさわしい心は自分の行動が正しいことを自覚する力だと思う。それこそがもっとも単純で基本的な心の機能だ。腹の減ったカマドウマにとって大事なのは、より臭いの強いほうに触角を向けること。臭いの強くなる方向に歩くことだ。ミミズの臭いを検知すれば判断を経ずに自動的に体が動き出して良い。ただ、そのとき脚の動きと感覚器の情報をシンクロさせる能力は絶対に必要になる。体が臭いの方向に進んでいるかどうかは1ミリセコンドごとに判断できなければならない。触角が臭いの強いほうを向き、脚が臭いの来る方向に向かっているならば快感、気持ちいい、善、宇宙精神との一体感を感じ、逆ならば悪、悲しみの気分が生じればよい。とくに自分が正しいことをしているという爽快感はカマドウマクラスの虫が積極的に生きる上で必要だ。そのように生命を維持する上で必要不可欠な行動に伴う快感こそが地球上の生命に最初に宿った心だと思う。その意味でなら性善説は正しい。


2003.11.25 水は絶対善であること

カマドウマにしばらく水をやるのを忘れていると、心身がずいぶん乾くらしい。水を与えたときいっせいに隠れ家から出て来て、触角でつんつんと水を確かめて飲み始める。その様子をみて、私はカマドウマは触角で水蒸気の臭いをかいでいることを確信した。

彼らはそもそも水が好きだ。好きというよりも体が乾燥に耐えないのでたえず水が必要なのかもしれない。去年の夏、生まれたばかりの非常に小さなカマドウマを手に入れた。今飼育しているやつらの親にあたる。そのときはプラケースの底に土を敷かずに飼育していた。カマドウマに水が必要なのは知っていたので、ペットボトルのふたを水飲み場にしておいた。3ミリの子どもだったので、「もしかしたら水死するかもしれない」という恐れはあったけれども、めんどうなのでそのままにしておいた。最初の犠牲者が出たのは早くもその夜のことだ。

子虫

幼虫とはいえペットボトルのふたで水死するのでは昆虫としても水泳が下手な部類だ。ふたを登って水を飲む甲斐性があるのだから、水に落ちないように気をつけたり、落ちてもちょっとぐらい泳いで登って出てくればよいと思う。何かが狂っている。

私の小さなカマドウマを水死させるのは残念なので、ひとまずペットボトルのふたに綿を詰めて水で湿らせておくことにした。すると、ちびどもは一日中濡れた綿に張り付いていた。体が小さい分乾燥にも弱いのだろう。彼らにとって水を飲み湿り気の多いところで過ごすことと、水に入ることは全く別物なのだ。

カマドウマが水死している姿を見たことのある人は多いと思う。生きて動いている姿よりも頻繁に目にするかもしれない。わが家ではカマドウマは犬の水入れでよく水死する。カマドウマが水が好きで、しかも水泳が苦手ということから彼らがこれまで生き抜いてきた環境が想像できる。熱帯の定期的に水没する森はだめだ。スコールで水溜りができるようなところでもまずいだろう。乾燥しすぎるところもだめだ。適度に雨が降る落ち葉の堆積している森が最適な生息環境だと思う。温帯の森か熱帯なら山の森林だ。

カマドウマにとって脚がつかないほどのサイズの水溜りは全く未知のものにちがいない。すくなくとも、水溜りから生還することは彼らが地球で生き抜いてくることに何の助けにもならなかったはずだ。水は彼らにとって絶対の善で、のどが乾いているときには無防備に水に近づいていく。「水がもしかしたら危険なものかもしれない」というようなことは思いもよらぬのだろう。


2003.11.26 悪の起源

水蒸気をかいで「いい臭いだ」と判断することは高次元の能力だ。それは水の存在と自分の存在を分けて認知することになる。もはや、推理とか経験というようなものの芽ですらあるだろう。水が危険なものであることに思いもよらぬと同様に、水がどれほど良い物であるかもカマドウマは知らないだろう。水とカマドウマの身体の良い関係はカマドウマに心が宿る前から続いている。あくまで彼らが感知しているのは水に近づいているときの快感なのだ。カマドウマにとって、触角と水源の位置関係、および進行方向と水源の位置関係を知ることが大切だ。

断言するまでの自信はないが、もしかしたら、喉が渇いているカマドウマは水から遠のくことを不快感として感じているかもしれない。まちがって水から離れるように歩いてしまったら気分が悪くなるのかもしれない。そういうことなら、この世には善に引き続いて悪も生まれることになる。

そうでなくても、カマドウマにはもっとちゃんとしたアプリオリな悪がある。振動だ。そのことを考える前に昆虫にとって悪とは何かを定義しておかねばならない。事故死などの不幸が昆虫にとっての悪である。もう少し詳しくいうならば、善悪はあくまで個体と世界との関係で起きる価値判断であるから、嫌悪感を与えるものが悪なのだ。

であれば意外にも虫の悪は多くない。昆虫類は一般に生きることはがんばっても死なないことはがんばらないものだ。保護色とか毒とか警戒色とか複雑怪奇な工夫をして事故死がないようにがんばっているように見えるかもしれない。しかし、そういうものの大半は鳥が創作したもので、虫たち自身は無自覚なのだ。自覚できない危険の対象は悪とはいわない。アゲハが角を出したり、ある種の毛虫が草を激しく揺する行動によって私は例外的に虫の悪を知る。


2003.11.27 フクラスズメはふりふり

「フクラスズメはカラムシを食べる。」といったら、どいつが虫だか分からないぐらい紛らわしい名前である。フクラスズメは雀ではなく蛾の仲間で虫、カラムシは植物だ。フクラスズメは成虫も幼虫も私と親しい。成虫はいまごろの季節になると、よく窓硝子のところでつぶれて死んでいる。夏休みには無数の幼虫が道路でつぶれて死んでいる。幼虫は大型で黒・赤・黄・白のよく目立つ色をしており、おまけに毛虫でおまけにつぶれると緑の液体を吐く。嫌でも目立ちいやおうなく心に残る生き物だ。

私がいまここでフクラスズメを持ってきたのは、草を揺する毛虫というのがそいつだからだ。毛虫は毎夏、道端に大量にあるカラムシに群れて大量に育っていた。いまでも多い虫だが、35年ほど前の当時はもっと多かったろう。カラムシが大ブレーク中だったのか、フクラスズメだけでなくラミーカミキリも多かった。フクラスズメの毛虫はちょっと刺激すると草を食うのをやめ、頭をもたげて思いっ切り左右に振るのだ。それはそれはものすごい勢いで。しかもけっこう長く続く。振り方が尋常ではないから毛虫の体だけでなく草全体がぶるぶる震えることになる。こどもの私にはその姿が滑稽であり、そら恐ろしくもあり、意味を知りたくてしょうがなかったのだ。

「意味」は常識的には対捕食作戦に落ち着く。たとえば鳥が毛虫を食おうとしてやってきたとき、急に草が揺れるので驚いて逃げるとか、そういう効果があるにちがいないのだ。もともと鳥というのは空飛ぶトカゲで、より大きなトカゲやヘビ、恐竜などのライバルを飛行によって地上に置き去りにしてきたグループだと思う。鳥は飛ぶことで爬虫類の攻撃をかわすことができたはずだ。逆にいえば、原始鳥は大きな捕食の危険にさらされ続けた一派で捕食をかわす方法が敏捷さ、身軽さにあったはずだ。鳥類が恐れる蛇の目模様は一億年前にあびていた捕食者の視線の名残だと思う。そして、これが今回のテーマなのだが、不自然に揺れる草は捕食者の接近を予測させるものとして鳥の心に刻み込まれているかもしれないのだ。そうであれば、フクラスズメのふりふり攻撃も功を奏するというものだ。


2003.11.29 悪の生まれる可能性

草の色形に体がにているから鳥の攻撃をまぬかれることができるということと、体を揺すって鳥の攻撃をまぬかれることができるということは効果は同じかもしれない。しかし、いま私が考えている善悪という点ではまったく意味が違ってくる。

いうまでもなく、毛虫が体を揺するのは反射行動で、原因や効果についての意識はないのだろう。鳥が来たから揺すって追い払おうとか、揺すったので安全が保たれたのだとか、そういう認識は露ほどもないに相違ない。あるかもしれないが、ないと言い切って問題ない。

ただ、私は毛虫が体を揺すっているその最中には何かを感じていると思っている。自分がなぜ体を揺すっているのか、揺すったからどうだということは気づかなくとも、揺すっているということ自体がなにかの感覚を毛虫に与える可能性があるのだ。

そこに何かあると思われる第一の理由は、揺する時間が長いことにある。反射で体が動くということは我々だってあることだ。しかし、所詮は反射で一瞬のことだ。反射行動が1分も続くことはない。第二の理由は、揺することその行為がなんらかの快感、あるいは不快感を伴うものだと思われるからだ。我々が泣いたり、激怒したりすることは一種の反射と考えられる。そして、泣くことそのものが原因で悲しくなったり、怒ることそのものが原因でより怒りが増す。そして、泣き続け、怒り続ける。1分にもわたって体を振り続けるために、毛虫も何かを感じているのではないか。

体を振っている毛虫がバーサクあるいはメダパニにかかっているとして、その異常を内省し自覚できるならば悪が生まれる種となりうる。この世には原因結果から無縁の悪はない。それは虫も人間も変わらない真理だ。もし、毛虫に何か異常な者の接近という感覚と、異常な行動から発生する違和感を感じていれば、その両者が結びつくこともありえる。つまり、大きな者が急激に近づきぶつかったとき、その対象は何か嫌なヤツ、つまり悪魔・悪霊・悪の枢軸の類なのだという判断が生まれる可能性がある。というよりも、その手の判断はその手順を経ないと生まれ得ない。

フクラスズメの揺する行動、カマドウマの死んだように静止する行動。そのとき彼らは漠然とした不快感を持っているだけだろう。私はその不快感のなかに人間が囚われている善悪というものの芽を見ているのだ。


2003.11.30 逆転する善悪判断

自分の体からフィードバックされる快感あるいは不快感と、客体の表象とが結びついてはじめて善悪判断の種になる。昆虫の心はそれ以前の次元にあり、善悪判断にたよることなく快不快だけで善を選び悪を退けることができるような仕組みになっている。それがいわゆる本能とよばれるものだ。

ジガバチが巣を掘ったり獲物を捕まえるような複雑な作業でも手順ごとの快、不快で理解できる。クモを捕まえる段階になったジガバチは心の中に「クモ」のイメージがONになり、そのイメージと重なる物を見つけたとき快感を覚える。その快感は近づけば近づくほど強くなる。クモをつかんだときに、そのイメージOFFになりかわりに針を刺す欲求がONになる。ジガバチには針を刺す場所が決められており、その場所に近づけば快感を覚え、はずれると不愉快になる。所定の場所に当たったときに針を刺す欲求がOFFになりかわりに毒を送り込む欲求がONになる。

ヒトが昆虫のような感覚で行動できる場合は限られている。たとえば男女の恋愛が数少ない例の一つである。ヒトの心の中にも気持ちの良いことを善、不愉快なものを悪と単純に決めることができる能力はある。しかし、それよりも「良い物を善・悪い物を悪」というように決める生物として極めて不気味な能力のほうが優勢だ。それがいわゆる理性とよばれるものだ。

表象と快不快の感覚が結びついているだけでは相当不安定でおっかない世界で暮らすことになると思う。夏の宵に浮ぶ白いぼんやりした物はなんとも不安である。昆虫にとっては人生に係わりのないそのような物では身体からのフィードバックが何もないためなんの感情も起こさないだろう。ところが、目で見た物と快不快の感情が直結している生物にとってはぼんやりしたわけの分からぬものは不愉快至極なのだ。それではまずい。ヒトではわけの分からぬものを固定して不安感を払拭し、善悪判断をつける特殊な能力が発達している。ぼんやりしたわけの分からぬものを「枯れ尾花」か「幽霊」にすればよいのだ。

のどの乾いたカマドウマが水に近づくと気持ちが良くなるように、人間は客体を言葉で分類するとき快感を覚える。その快感の源泉はカマドウマとなんら変わるものではない。この100万年のヒトがヒトとして生きる生き方に合致しているということだ。言葉はありとあらゆるものを概念として固定する力を持っている。どんな対象でも、ひとまず善か悪か、自分に良い物か悪い物かあるいは無関係な物かに分類できる。その結果本末を転倒させ、快不快の感覚でしか善悪を決られなかったのを、ひっくり返して善悪の概念に照らして快不快を感じる生き物になっている。どんなに快いものでも悪かもしれないと用心し、どんなに苦しいことでも良いことかもしれないと辛抱したりする。そうした決心が対象の善悪を逆転させるのだ。


2003.12.1 パワーブックの行く末

pismo

写真はマックのPowerBook2000、愛称pismoというマシンだ。2000というぐらいで、まだ3年しか使っていないのだが、かなりなヘタレである。もとのハードディスクはうるさいので交換した。CPUは一回完全に死んだ。バッテリーは2個死んだ。最近はモニターのバックライトがへたってきたらしくモニターが赤黒くなってみっともない。

液晶モニターとバッテリーがつかえないノート型パソコンのアイデンティティはどこにあるのか? バッテリーやバックライトをなおすとかなりな出費になる。このさいデスクトップマシンになっていただくことにした。外付けの液晶モニターをつなぎ、無理やりUSB経由でADBキーボードをつないだ。キーボードは未だ死んでいないが、使うには元々のモニターがじゃまだからだ。すると、外付けのキーボードもパワーブックとして認識するらしく、キーの配列が違ってしまう。しかたなく、もとのキーボードを撤去した。今回は撮影用に開けてあるけれども、ふだんはフタを閉めて使っている。

いざこうして使ってみると非常に快適だ。キーボードは低速デバイスなので古い物も気にならない。最近の液晶モニターはアナログ信号でもかなりシャープに写せるようになっていて、ブラウン管は必要ないと思う。


2003.12.2 オリオン座の感慨

今日はすばらしく暖かかった。午後10時すぎ、いつものように帰宅途中に月をチェックする。澄んだ蒼い空に半月がかかっている。そばに見える星は火星だろう。空が明るいので星の数は多くない。南東の空にオリオンが見えた。「もうオリオンが見える季節なのか...」と感慨にふけって、ふと我にかえった。「もう12月じゃないか」あまりの暖かさに、すっかり9月だと思い込んでいたのだ。今年の秋は暖かい。

しばらく根を詰めて書いていた善悪のことを読み返してみた。ピュアな気持ちで素直に読んでみたら、難しかった。常識に外れていることは読みとれぬものだ。それはどうしようもない。とくに、昆虫は己のやろうとしていることの善悪を完璧に理解できているとするくだりが難解だ。後半のほうの人間的判断の起源についての難しさは、筆者である私自身がわかっていないことを書いているのだから本人が読めなくても驚くことはない。私は極めて傲慢であるが、いまだに人間心理の1%程度は謎なのだと正直に告白しよう。理解しきれてないことが書けないのは普通だ。そもそも考えてもいないのに「わからない」とほざいたり、理解できていないのに理解できてるふうになっているよりはよっぽどましだ。


2003.12.3 不幸について

以前、人間精神の本質は「心配」にあると書いたことがある。その考えはカマドウマの気持ちがわかった今でもあまり変わっていない。ただ、その心配の奥にある楽天的な快即善という気分を認めることができてかなり安心している。

寄生虫に体を食い破られている虫ってのはけっこうおぞましい。生きながらにして体の中身をウジ虫みたいなのに食われており、薄い体表を透かしてその様子がみえるものだからぞっとする。子どもの頃はそういう光景は嫌なものだと感じていた。いまはそれがごくごく普通のことであって、その両者が幸福ですらあるということを確信している。食うほうも食われるほうもなんら不都合なく自分の生きる道を淡々と歩いているだろう。幸福というものが我が道を進むことであれば、彼らは幸福である。そしてそこには快感すらある。

日常さまざまな恐れをもち、寄生虫がついたイモムシはおろか、カマドウマにすら怖気を抱く人間は哀れである。嫌わなくてもよいものを嫌ったり、心配してもしょうがないことをくよくよ思い悩んだりするのは人間の性である。そういう性向のない人は人間ではない。肉体からのフィードバックである快不快以上の判断をもったとき、小さな悪夢の芽がふいてしまった。人間が知恵の実を食ってしまってありとあらゆる苦悩が始まったというのは真理だとおもう。それさえなければ身体中をウジ虫に食い荒らされながらもえへらえへらとうすら笑いを浮べて生きていられたはずだ。知恵の実は「そんなものは本当の幸福ではない!」と人間に告げたのである。


2003.12.4 苦痛について

ウジ虫に体を食われるのは苦痛である。アマゾンに行ったとき現地の友人にいきなり腕をはたかれた。まさに寄生バエが私に卵を産みつけようとしていたということだ。人間だって傷口に卵を産みつけられ、体の中で孵化したウジ虫に食われることがあるのだ。じっさいものすごく痛いらしい。摘出手術の跡を見せてもらったとき、できればそういう目にはあいたくないと思った。

ウジ虫に食われる苦痛は、ウジ虫に食われることを防御できるにつれて発達したものだろうと思う。食われるままなす術もないのなら、痛みなんて必要ない。事実、サナダムシなどの寄生虫は人に痛みを与えないという。巨大なものに寄生されてどんどん痩せていってもチクチクズキズキ痛むということがないらしいのだ。カマキリとハリガネムシでもそうなのだろう。サナダムシは人間と上手に共存してきた虫だ。

苦痛は苦痛を克服することによってより強くなると思う。それは一個人のことではなく、動物の進化の上での話だ。痛みは体の異常のサインで小さな傷のうちに的確に対処できるなら、痛みがあるのもよいことだと思う。生き残るに有利なことは世代から世代へ伝えられて行くだろう。つまり、敏感に痛みを感じうまく対処したものが生き残り敏感なタイプの子どもを残していくということだ。人間は他の動物とは比較にならないほど怪我や病気を克服できる。生き長らえることの代償として痛みも多く強く感じるようになる。

残念なのは傷みを選べないことだ。単なるサインとしての役割、無理をさせないという目的のためであれば、対処できることだけが痛くて治療をすればすぐに痛みも止んで欲しいものだ。現実はそううまくは運んでいない。痛くても治せない病気がある。痛みの半分ぐらいは人の能力を越えた理不尽なものである。そういう痛みに対しては試練だとか辛抱だとかいわずに素直に理不尽と叫ぶのがよいだろう。人間は死なない工夫に伴う不条理を山のように抱え込む気の毒な生き物なのだから。


2003.12.6 マイケルジャクソンとアメリカシロヒトリ

やっぱり死なない工夫というヤツが人間的苦悩の根源だとおもう。そのまえに、朝のテレビによく出てくるマイケルジャクソンのことを押さえておかなければならない。私はマイケルジャクソンが苦手である。苦痛ではないが彼を面白いと感じたことが一回もない。マイケルだけでなく、ジュゼッペ・シノーポリも苦手だといっておかねばならない。とうぜん小室哲哉もダメである。

さて、いまイラクに向かう軍人の行動はじゅうぶん理解できる。危険であるが英雄的だからだ。英雄ということもスピノザふうに突き詰めて考えると愚行の極みということだが、そこまでは考えまい。しかし、飛んで火にいるヒトリガの行動は理解しがたいものである。ヒトリガがわからないのはその危険な行動に見合う利得が全くないからだ。作用因はわかるが目標が見えない。あえて危険に身をまかせる無意味な自滅行為に思える。

しかし、ヘルベルト・フォン・カラヤンやマイケルジャクソンが好きな人ならヒトリガの気持になれるのではないだろうか。マイケルの音楽を愛せるならアメリカシロヒトリと心が分かちあえるというものだ。マイケルの音楽の良さは説明不能である。音楽は世界の言葉でそれは文化や国境を越えるものである。いい音楽に接すると人間の体は自然にリズムを刻み、心は高揚するものだ。それは真理であってマイケルの音楽はその最たるものなのだ。アメリカシロヒトリだって明かりを見れば自然に翅はリズムを刻み、体は火に近づいて行くのだ。

ヒトリガにとって火は何の意味もない。ところで、音楽にはアプリオリに気持ち良いということ以外の何かがあるのだろうか。私はマイケルジャクソンのコンサート会場にいる人とコンビニの誘蛾灯で焼かれているヒトリガを同じように見ている。マイケルの音楽が気持ちが良くて観客がざわざわしているのは分かる。しかし金銭と労力の損である。ヒトリガが狂喜乱舞しているのもわかる。もしかしたらヒトリガは気持ち良がっているのかもしれない。残念ながら私自身は両者の喜びは共感できない。ただし、マイケルの観客とヒトリガが生物として相等しい行動をしていそうなところが興味深い。


2003.12.9 死なない工夫

死なない工夫をしなくてもよい者は幸福であると思う。たとえその工夫がないことで早死することがあったとしてもだ。どんな生き物でも死ぬのは嫌だろうと思う。ただ、死ぬことを知らなければ、その嫌なこと自体がない。そいつは生きることに専念している。食べること走ること泳ぐこと。生きる工夫は3つか4つでよい。おっかない敵から逃れるのは死なないためでなく、それが単に敵であるからだ。私が鳥や魚を見るのが好きなのは彼らがいつも前向きに生きているから、姑息さを感じないからだ。

幸福への道はたった1本で、道行きに必要なことは3つぐらいしかない。それにひきかえ、不幸への道は無数にあり、不幸を防ぐため必要なことは数限りなくある。それこそ次から次へときりがない。ヒトは死なない工夫に長けた生物だ。しかし、その工夫によって死をまぬかれた者はいない。その工夫があだとなって死を早めた者もいる。総じてその工夫は功を奏し人類全体は繁栄を続けている。ただし、生まれてから死ぬまで、まったき幸福のまどろみのなかで過ごすというわけにはいかなくなった。あまつさえ死んだ後のことを心配する者すら少なくないのだ。


2003.12.10 人間の本性にしたがうこと

幸せに生きる秘訣は人間の本性にしたがうこと、それ以外にないのは明らかである。無理のある生き方であれば幸せであるはずがない。しかしながら、本性とはなにか? 無理とはなにかということに少しでも思いをめぐらせるならば、それらは決して単純なことではないことがわかる。いわゆる「ケダモノ」的で破滅的な生き方が自由で人の性にのっとったものだと割り切れるならばそれでよい。私は残念ながらそういうものは人間性の一部でしかないことを知っている。また、聖人君子のような心持ちも人間性の一部であり、人の性であることを知っている。その両者は正反対の行為、考えであるかのようにみえて、その根は一つなのである。

いっぱんにはケダモノが人間の本質であり、聖人は訓練によってあるいは社会環境によって養われるという誤解があるかもしれない。その誤解を解くための長々しい解説は避けるが、その両者は人間独特の苦悩と快楽を共有するという点で等しいものである。人間精神という土壌に根を降ろす樹木から二股に別れた枝でしかないのだ。精神の本当のケダモノ性、わたしとカマドウマの共通の心は静かで揺るぎなく力強い。それは意識されない感覚であり欲望である。ケダモノも聖人も欲があり知覚があり、それぞれの対象をちゃんと意識している。カマドウマはそんなややこしいことからは無縁である。


2003.12.13 欲望のあつかい方

本性にしたがう以外に幸せへの道がないならば、欲望を圧したり無視したりすることは愚かなことだ。ただし、その欲望というのは人がヒトである限り必然起きるものでなくてはならない。味噌も糞もいっしょにしてはいけない。たまたま偶然囚われているに過ぎない欲望に突き動かされてはろくなことにはならないだろう。けっして無くせない欲望を満足させられないようでは何の人生であろう。賢い子は必然的な欲望を明らかにし、対処法を探ればよい。では、その必然ということはどうやって理解すればよいのか。偶然と必然を見分ける方法があるのか。

最近発見したおもしろい方法に「ないものをねだるとき」というのがある。いわゆる孤独感というやつは、どうも友人、仲間、同胞などというものが「いない」ことが不愉快な感覚らしいのだ。生まれてこのかた碌な人間に会ったことのない人ですら孤独に襲われるらしい。よくよく考えると、無いということが障碍になるのは注目すべきことだ。普通は、何かが在るからこそじゃまになる。無くて困るのものはもともとあって当然とされているからだ。友人との楽しい経験の喪失ばかりが孤独感ではないのだ。

このことは全く当たり前に見えるかもしれない。今さら感満点かもしれないけれども、当たり前に見えることが本当に当たり前であることを確認することは物思う事の基本中の基本なのだ。それに、友愛や協調というものがどの個人にも必然備わっているものだと認識することは勇気を生むではないか。さらにもう少し注意して考えるならば、敵(かたき)は偶然のものにすぎないことがわかる。それは敵が個人であれ団体であれ、かならず具体のものであって、それを指さすことができることから判明する。敵の喪失感によって、漠然とした霞のような敵を思い抱きイライラすることはない。これってけっこうポジティブシンキン。


2003.12.14 考える快感

カマドウマのように「快感=善」と信じて生きていかれるなら苦労はないだろう。しかし、ヒトには考える力がある。肉体ではなく知覚や観念を通して快不快や善悪を感じ考えなければならない動物である。つまり悩みの種は無尽蔵だということ。厄介千万なことであるけれども、それが死なないように工夫するということなのだ。

さようなわけで幽霊を相手にせざるを得ない人間がその本性に沿って生きることが本当に幸福なのかどうか心配になってくる。本性にそう生き方なんてものは「本当の自分」とか「運命の恋人」などと同じように儚くも強固な幻覚にすぎないのだろうか。「気持ちはいいけど悪いことかもしれない」「つらいけど良いことに違いない」などという矛盾に囚われている存在は、カマドウマからは自分を見失っている哀れな生物に見えることであろう。

ただここで注意しておけなければならないのは、考えるということそのものが快感を生むということだ。渇いたカマドウマが水に向かって歩くときに快感をおぼえるように、ヒトは考えること自体から喜びを得ることができるのだ。分類すること、名前をつけたり覚えたりすること。何事かの原因や結果を見通すこと。つまり、分かる、理解するということ自体が喜ばしいことだ。その考えは必ずしも真である必要はない。どうしようもなく間違った考えでもジグソーパズルのようにアイデアがパシパシ決まれば気持ちがよいのだ。単に考えることができるだけなら「考える葦である」などといばる必要はない。考えて喜ぶ葦だということはカマドウマに自慢してよいと思う。


2003.12.15 科学の幸福について

なにが人間らしいと言っても、考えて喜ぶということにまさるものはない。わが敬愛するスピノザさんは人間は少なくとも正しく考えているそのときは自由で幸福だといった。そればかりでなく彼は同時に、人間はひとたび正しい考えをもったら、その考えに反する考えは持てなくなるともいった。いい所に気づくもんだと感心しきりだ。

正しい考えというのは今風に単純にいうと科学のことだ。ことわるまでもなく科学技術のことではなく科学のことだ。デカルトやスピノザやらカントやらは二言目には神神神神と目障りなのだが、そのじつ主張しているのは基本は科学ということだと私は思っている。彼らは異口同音に人間は科学的でないとだめだと言っている。

馬鹿でも天才でも、人種、文化、言語、宗教などもろもろの壁を越えて人間ならだれもがその気になれば納得できる観念、それが科学だ。科学的な観念の重要性は、それを組み立ててものを思うことができることにある。ひとまず恒久普遍の法則に基づいて考えているという確信を持てることだ。その考えた結果は必ずしも正しくはないだろう。正しい観念と正しい理論をもって論理的に正しく考えたとしても、大まちがいをやっちまうことがある。というか、人間の考えはふつうまちがっているものだということは、デカルト、カントらの大天才が身をもって教えてくれていることでもある。

今の科学に照らせばデカルトの人体に関するアイデアなどは物笑いの種にもならない。しかしながら私はデカルトを読み、彼が心臓の働きについて考えているとき、ものすごく楽しんでいたのだろうと想像する。目の奥にはインスピレーションの火花がばしばし散って、口もとはほころびっぱなしだったのではないだろうか。科学の良さはそこんとこの快感にある。科学的な過ちは恐れるに足りない。間違いと判定できる間違いは成功への必然的なステップの一つなのだ。考える楽しみを知っている者は新しい知識に合せてどんどん持論を修正発展させることができる。


2003.12.16 幸福への科学について

サダムフセインの妊娠とか広末涼子の拘束とか、知りたくもないニュースが否応なく飛び込んでくるサンコンである。

さて、科学は幸福に絶対欠かせないものだということが明らかになった。ただし、幸福への科学なんてものはありえない。幸福は矛盾しているものであり科学は矛盾を嫌う。科学は人間の幸福の半分をになう。半分しかになえないのかもしれないが、必要なことはたしかだ。人間は考える葦である以上はまっとうに考えなければならない。まっとうに考えてはじめて幸福の半分を手に入れる。

人間一人の幸福に必要な科学のレベルは小学校終了程度だと思う。それでもじゅうぶん難しい。だれもが重い物ほど早く落下すると信じている。リトマス試験紙が赤くなろうが青くなろうが人生には関係ないと信じている。カエルの内臓なんてすき好んで見るものではないと思い込んでいる。その辺のことが科学だと思っているもんだから始末におえない。

人の感性は必ずしも科学的な真理と一致せず、すべての人は科学的観念に対して白紙で生まれてくる。どの個人も生まれてからあらためて人類共通の財産である知識を学び扱う力を鍛えなければならない。時間的にも空間的にも文化は継承できるけれども、それは人間一人一人の心の中で毎回毎回育っては消えて行くはかないもの。どんなに高貴な生まれで賢く頑健な人でも同じだ。幸福には努力が必要であり、王道がないゆえんである。


2003.12.17 私のセックスシンボル

私のセックスシンボルは今陽子だということを唐突に思い出した。小学校6年のとき彼女が私の前に「女」として現れたのだ。生まれてはじめてセックスシンボルすなわち異性つまり女というものを自覚したときのその対象が今陽子だったわけである。

もちろんそれまでに、女ということばはしっかりと意識して使用しており、母も妹もガールフレンドもその他大勢の女を女としっていた。しかしながら女の定義、つまり恋すべき対象として一生逃れられぬ相手を女というのであると確認したのが今陽子だったわけだ。

今陽子は歌手で、ピンキーとキラーズというグループのボーカルとして活躍していた。テレビでよく見ていたが、べつに好きでもなんでもなかった。子どもの私にとって、彼女は美しくもなくかわいくもなくセクシーでもなかったのだ。ただどういうわけかある日の夢で、私はキラーズの一員で今陽子の恋人であって彼女に対して異様で甘美な心持ちを抱いていたのだ。目が覚め日常の生活にもどるとそんな気分はすっかり忘れてしまっていた。ず〜っと後になって本物の恋を知ることになるのだが、恋慕や嫉妬とよばれるその心持ちがまさにあの夢の中で今陽子に抱いたものと等しくて、背筋がぞくぞくした覚えがある。

このことは一度だれかに話したか書いたかしたと思う。今日またあることがきっかけで唐突に思い出した。ささいだが、すごく大事なことのような気がする。


2003.12.18 テレビがつまらない理由

nato

これは15年前から欲しかったイタリア製のナットである。ついに中古を2200円で買った。ときどきどこかに落としてくることがある部品なのでスペアは持っておいた方がよいが、こんな高価なものである必要はない。役目は単にブレーキを自転車のフレームにネジ止めするだけで、20円のでも良いのだ。しかし、こいつをじっと見ていると突然、どうしてテレビがつまらないのかが明らかになった。棚から牡丹餅。5個で100円のナットを買ってもそんな発想はわいてこない。欲しいものは買ってみるもんだ。

私はいろいろな商品を買う。自転車、カメラ、パソコンの部品。書物。食物。永井真理子のCD。この1か月ほどのあいだで何を買ったか思い出しながら、それらがテレビで宣伝されているかどうかチェックしてみた。すると、驚くべきことに私が買ったものでテレビCMになっているのはコカコーラ1.5リットルが1本だけであった。しかも、最近コーラのCMをテレビでみた記憶がない。

テレビでは無数の商品が広告されている。それなのにその大半が私に無縁なのだ。猫の尿の臭いがしない「ニャンとも清潔トイレ」は便利そうだが猫がいない。「年末ジャンボ宝くじ」で3億円あたると喜ばしいが、これまでくじの当選番号とくじを照合したことがないので買うだけ無駄だ。「アイフル」は高金利で金を貸してくれるそうだがあいにく金は足りている。

広告商品に無関係な人間に向けてテレビが放送しないのは、テレビの本質から必然である。はなっからテレビは私を相手にしていないのだ。相手にされていないものが楽しめる道理はない。私に必要な情報が供給されるわけがない。私を納得させてくれるような解説があるわけがない。私にとってテレビがなにがしかのものだと期待するのは筋違いなのであった。


2003.12.20 絶対に美しい人になりたくて

美しい人はやっぱりいると思う。個性とか好みとか言うけれども絶対的な美人はいるはずだ。だれもが美人と思える人がいるはずだ。そういうものがどういう過程で生まれ、どう育っていくのかはよくわからないけれども、あることだけは確かだ。

一方、絵に描いた美人というものがあって、それは現実にはいないけれども美しいものだ。アニメやなんかでそういう美人が表現されている。彼らは本当のところ、あごや鼻が尖りすぎていたり唇が細すぎたり目がでかすぎたりして、生身の人間としては化け物なのだが、それにもかかわらず美しい。かつてそういう存在を目にした経験がなくとも美しいと感じるのだからその正体の謎は深いと言わなければならない。

ともあれ、マイケルジャクソンはおそらく漫画のような美人をめざしたのだろう。しかし、生身の人間であることからは逃れられないので化け物じみてしまったのはかなり気の毒である。


2003.12.21 ちょっとうれしい

カンパ

青いナットがきれいなのでちょっとうれしい。


2003.12.26 牛と戦争

牛とパンはアメリカからもたらされたものだ。アメリカのパンと牛の業者が日本や南米諸国などの後進国に販路を拡大した結果だ。日本には米と豆と芋があった。肉が欲しければ魚介がある。牛よりもアワビやアジのほうが百倍はうまいのだ。牛なんてものは食わなくて済むはずだった。単に経済商業上の理由のみによって我々は牛肉にならされ牛を食う。それ以外に牛を食う原因も理由も存在しない。

私は仏教徒なので牛はあまり食わないほうだが、だれもが牛なんてうまくもないものは食わないほうがいい。牛を食っていいことは何もないのだ。そもそも牛に草や穀物を食わせて肉にして食うことは無駄が多い。牛を食うためにどれほどの森林や豆や芋がムダに消費されていることか。乳や肉が欲しければヤギを飼い鶏を庭に放しておけばよいではないか。ヤギの乳は温かくてうまい。日本の食料自給率は6割程度だ。しかも膨大な量の牛やパンを輸入しつつ3割を残飯として捨てている。まっとうな経済のためにも環境のためにも牛は食わないことにすればよい。

パンや牛を食うようになってしまった日本はアメリカとの経済戦争に負けたのだ。やりくちからいえばいま流行のテロに屈したといってもよいだろう。そのかわりに、自動車やテレビゲームで挽回してきたはずだったが、自動車では食料に勝てない。アメリカから「自動車は買わない。食料は売ってあげない。」といわれようものならお手上げである。イラクに派兵したくなかったら、アメリカがなくとも餓死者をださない社会を築き上げる必要があるのだ。5年や10年でかなうことではない。


2003.12.28 チタニウムの自転車

今年は寒波がやってきても直ぐに穏やかになってしまう。先日はいきなり積雪があっておどろいたのだが、1日もするとすっかり小春の日和だ。気温も高く、なによりも風がない。40キロほど自転車で走ったあと、注文していたスポークが届いたのでホイールを組んで新型の自転車を作った。チタニウムのフレームを買おうかどうか半年ほど迷っている。近所にゆっくり走って行って草や雲の写真を撮るための自転車だ。じつは小鮎川の堰堤で謎の草を見つけて調査しようと思っているのだ。2回目のときには水量が多かったためか光線のかげんか、草がみえなかったのだが、コンクリートの恒久的な堰で掃除もしそうにないのでたぶんまだくっついていると思う。


2003.12.29 鉄の自転車

nato

昨日組んだ自転車を一日中乗りまわして写真を撮っていた。50キロ乗っても全く振れがでない。ホイールもうまく組み上がっているようだ。いざ走ってみるとゆっくり走るのにたいへん具合がよく、このタイプの自転車を本気で作ろうかという気になってくる。ただし、これをチタンでやるのはそうとうのぜいたくだ。私が自転車をはじめた頃はチタンは100万もした。いまは量産でき、チタンも普通の金属になっているかもしれないが、昔の印象がぬぐい去れないのだ。

nato


2003.12.30 安物

silvan

今日のサイクリングは不愉快だった。というのは安物のペダルにガタが出てきたからだ。写真がそのペダルで三ヶ島のシルバンロードという。このシルバンはロード用のクイルという弓なりの形状がじゃまなのでやすりで削って普通の靴の形に合せて使い込んでいる。作りがシンプルでデザインもかわいく軽量で良いものだとおもう。

値段が安いのは定期的な調整が欠かせないからだろう。ちょっと走ると中のねじが緩んできたり、シールドが不完全なのでベアリングにほこりがたまったり潤滑油が固まったりする。

ペダルの異常はとても分かりやすく不愉快なものだ。クランクの一回転ごとにクン、クンと脚に振動が返ってくる。ちょっとスピードを上げるとくカコン、カコンと音も出てくる。原因は右のペダルのねじが緩んで0.5ミリほどのガタがでたことだった。ガタも0.3ミリぐらいだとガタとして感じない。昨日は絶好調だったので安心していたら今日はもうだめだ。

すぐにガタがでるぶんシルバンの調整は極めて簡単である。ちょっとした知識と工具があれば、完全に分解してベアリングを洗い球当たりを調節してガタを取ることができる。そこが昔のペダルのいい所だ。近ごろはツーリング用の手頃なペダルが絶滅し、ごついMTBのものか、靴とセットでないと使えないロードのものか、重くて回りの悪い一般車用の物ばかりになっている。骨董品的なペダルを買う趣味はないので、ときどき腹を立てながらこいつを使い続けることになる。


2003.12.31 春は曙と年賀状

どうやら2ミリほど短いスポークに苦労してホイールを組みながら、ボブサップと曙の勝負を見ていた。相撲の曙といえば私もその名を知っている有名選手だ。彼の全盛期のゲームであろうとおもうが、春場所で優勝を決めたときアナウンサーが「春はあけぼの〜っ」としゃれていたのをよく覚えている。あの当時はおそらく相撲では世界最強だったろう。だから格闘技を毛嫌いしている私ですら見る気になったのだ。

ところで、今日の曙vsボブサップは世紀の凡戦であった。おもいっきりひっぱってあの内容だから真剣勝負であったことにはまちがいない。だから、ミッキーローク的なものではなく、猪木vsアリに類似だとおもう。「すばらしい感動的な試合だった」と解説しているタカハナダの顔つきは例の「愛情がなくなりました」といったときの表情そのものだったのが印象的だ。

そもそも曙は歩いているのがやっとのような状態だ。脚の筋肉の落ちようは異常と言ってもいいぐらいだ。しばらくはほとんど歩くこともできず寝たきりだったのではないか。あの曙なら、ボブサップのような重量級の選手でなくてもまっとうな格闘家なら誰だって勝てるはずだ。そのへんの高校チャンピョンでもOKだろう。

彼の調子が悪いのは回りのコーチやトレーナーなら重々承知のはずだ。それでも興業に引っ張り出せるのは彼が天才格闘家だからだ。いまは全く力がなくなったとはいえ、もともとは天才だったのだ。社会通念、文化に反することをやっても許されるのが天才だ。

私は年賀状をいっさい書かない。これは社会通念、文化に反することだ。私は凡人なので年賀状を書かないというプレッシャーはかなりのものだ。それ以上に書くのがめんどうだから書かないだけである。曙は天才だから世紀の凡戦を演じても胸を張っていられるだろうが、私は正月が来るたびにうしろめたくいやな思いをしなければならない。

女房が子ども二人をつれて里帰りしたので、娘と二人の年越しになった。年越しそばは娘が作った。ざんねんながら出来はいまいちで、作った本人がほとんど食わずもったいないので私が三人分を食うはめになってしまった。カマドウマにもそばの切れ端をやった。こいつらともいっしょに年越しだ。

 
カタバミ  テトラ  ナゾノクサ
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