たまたま見聞録

壺神山 IoT ride

愛媛県西北部
壺神山地図
カシミール3D使用

壺神山は愛媛県の北西部を代表する山塊である。少年の日の私は大洲市という異国の地にあるその山容を麓から憧れの目で見ていたものだ。
ある日、グーグルマップで大洲の新谷から長浜に通じる壺神山の西斜面を通る道があることを知った。驚くべきことにユニークユーザー100人未満と思われるそんな道をストリートビューで見ることができる。林業経営の道らしく狭いけれど舗装はしっかりしているようだ。
名所の白滝があり途中にきれいな棚田のある集落もあり、半分観光目的で維持されている道路かもしれない。一度は走っておきたい道だ。

いざ壺神山

壺神山の山頂にはまだ立ったことがない。高校生の時に一度登山計画を立てたものの悪天候で断念した。また、西の山麓には地元で有名な白滝(しらたき)という観光名所がある。50年前に部落のイベントで白滝を訪れ「紅葉狩り」をした楽しい記憶があった。

山麓の肱川べりから壺神山を眺め、中腹に集落があることは以前から知っていた。四国では山中深くに数件の集落が点在することは普通だ。平家の落人が隠れ住んだ村という言い伝えは四国の各地にある。壺神山にそういう言い伝えがあるかどうかは知らない。山中に集落があれば道路が通じていて自転車でも行けるだろう。きっと楽しいにちがいない。この30年ほど、壺神山を走る機会をうかがっていた。

集落も田畑も少ない壺神山はサイクリングには適さない。すくなくとも10年前はそうだった。杉檜の山林に覆われているから林道は整備されているはずだが、自転車で楽しく走れるかどうかは行ってみてはじめてわかるものだ。壺神山に限らず人跡の切れた低山の道路なんてそんなものである。ところが、最近は航空写真、GPS、ストリートビュー、車載カメラの動画等をインターネットで参照できる。サイクルコンピューターにはリアルタイムで見られる地図が搭載されるようになった。今や、あえて迷うのを良しとするのでもないかぎり、サイクリングで途方にくれる心配はなくなっている。

夜昼峠

夜昼峠

2015年9月5日、千丈小学校裏から夜昼峠(よるひるとうげ)に向かう。夜昼峠の山々には霧が薄くかかっている。大洲盆地で発生した朝霧が峠を越えて千丈の山までやってきているのだ。この霧は昼ごろにはすっかりあがるだろう。

夜昼峠への旧国道197号線はまったくいつもの感じだ。前に走ったのは1年半前の冬だけれど、それが昨日のことのようだ。道路の感じも草木も岩石もすっかりこの体に馴染んでいる。28分ぐらいで峠を越える。大洲側に少し下ったところにお地蔵様がいる。挨拶をするつもりが見落としてしまった。ちょっと後悔。帰りに寄ることにした。

夜昼峠の大洲側の路面はあいかわらず荒れている。しばらく続いている雨で路面は濡れ、小石が転がり、杉の枯れた枝葉が積もっている。生活道路ではなくなっており整備状況が悪いのだ。クヌギのZヘヤピンを過ぎたところにある水飲み場で一口だけ水を飲む。これも習慣だ。

壺神山西山麓

野田本川

平野(ひらの)のローソンで昼飯を仕入れて野田本川の脇で休憩。野田本川にはカナダモらしい草がびっしり生えて白い花を咲かせている。川面から突き出す草にも川岸のカラムシにもハグロトンボが多い。縄張りをはったり求愛をしたり、群れた数頭がせわしない動きを見せている。

壺神山の西山腹を走るにはいくつかの登りルートがある。新谷(にいや)、五郎、白滝、長浜それぞれを地図上で比較すれば一番貧相で走りでがありそうなのが五郎ルートだと思われた。まずは五郎からだ。

五郎という地名にはちょっとしたおもいでがあった。小学校のインチキ理科教師が子供の頃に五郎か新谷で暮らしていたらしい。五郎と新谷の子どもはよく喧嘩をしたという。川を挟んで罵り合いながら石つぶてを投げあっていたのだ。危険な遊びだが大河肱川のことで子供の石つぶては対岸に届かず全部川に落ちるばかりだったそうな。五郎の子は石といっしょに「新谷にんじん焼きなすび」というセリフを投げた。新谷の方も聞いたはずだが忘れてしまった。そっちはリズムが悪かったのかもしれない。また、野口五郎という山の名がついた歌手が人気だったときには、五郎駅の入場券が売れたそうな。

肱川のサイクリングロード

現在、五郎に向かう肱川土手にはあきれるほど立派な自転車道路が作られている。八幡浜の人間が大洲のことを言うときに必ず「あそこは土地がある」とうらやましがる。その後に「でも霧が出て洗濯物が乾かない」と付け加えることを忘れない。サイクリングロードの続く先に見えているのは標高600mあまりの感応寺山。壺神山はその奥に隠れている。今日は感応寺山の右肩を巻くルートだ。

五郎ルート

五郎にある自動車教習所の脇を通過して登りになる。道は狭い。先に畑か何かあるらしく、すぐに乗用車とすれちがった。1.5kmほど登った所に分岐があり「雲海展望公園→」と書かれた小さな案内板がある。予定の道は雲海展望公園の方向なので案内板の通りに進む。その分岐からの坂は険しい。短い激坂まじりの10%級の登りだ。道路の舗装はあるものの杉の枯れ葉がうず高く積もっている。道路一面に割れた変成岩の小石が散乱している。半原越がホームの強者とはいえ油断は禁物だ。道半ばの山中でタイヤを裂いたら涙も出て来よう。一般の自転車乗りにおすすめできる道ではない。

林道

道路は主として林業のためのものらしい。とにかく暗く陰気な杉林の中を延々と進む。聞こえるのはセミの声ばかり。それもコーラスではなく独唱だ。じつは過ぎゆく夏を惜しむこの雰囲気が好きであえて五郎コースを選んだのだ。

どれほど経験を積もうと、林道を自転車で進むのは心細いものだ。林業のための道であるから行き止まりも多い。メインストリートでもはっきりした道路とはいえず標識もない。集落を結ぶ道の目安になる電柱もない。走っているうちにどんどん疑心暗鬼になってくる。「この道であっているんだろうか。行き止まりにならないのだろうか・・・」今日は目的地と決めている集落がある。迷ってリタイアは避けたい。

IoT ride

ガーミンコース1

Edge500の画面。終点まで残り41km。あと4時間14分と出ている。

ガーミンコース2

コースを26m外れたとアラート。コースに入ってから33分過ぎた。

壺神山サイクリングなんて一生に一度できるかできないかの冒険である。今回は転ばぬ先の杖として強力なガイドを用意してきた。ガーミンEdge500にCourseというものがあることを知ったのはつい最近のことである。Courseはあらかじめ地図でコースを作れば、そのラインがEdge500のモニターに映し出されるというすぐれものだ。しかも走りながら方向とサイズを自動修正してくれる。地図がないだけで立派なカーナビである。

Courseを外れれば10mほどでOff Courseの警告が出る。どっちの方向にどれだけ外れているかを教えてくれる。老眼で細かい数字とアルファベットは見えないが、どのみち走行中は画面をしっかり見る暇がないので問題はない。Off Courseと表示されれば、「さよなら〜さよなら〜♪」と心の中で歌って道と分かれ引き返せばよい。深い林の山道であればGPSの精度は落ちるだろう。コースを外れているのは精度によるものか、本当に迷っているのかの判断だけは要求される。ともあれ、Courseのライン上に自分の自転車があればどれほど凸凹がたがたの細道であっても疑心暗鬼にとらわれることなく安心して前に進むことができる。

樫谷―白滝―八多喜―夜昼峠

雲海展望公園

麓の五郎から全体で7%級の坂を小一時間かけて500mほど登れば雲海展望公園に着く。がらんとした広場があって大洲盆地が展望できる。どうやら宝くじのあがりで造られた施設らしい。名物の朝霧を鑑賞できる観光スポットだろう。五郎ルートを自動車で来るのは難しいと思うが、良いルートもあるのだろうか。

雲海展望公園から道は下りが混じるようになる。しばらく登り降りしながら走ると愛媛県道330号藤縄長浜線に入る。330号線は一般県道であるけれども未供用というレッテルがふさわしく、枯れ葉と小石が散乱する細道であることに変わりはない。杉林の中にところどころ小さな畑が混じるようになった。330号もしばらくアップダウンが続く。

樫谷

今回の目的地は樫谷(かしだに)だ。壺神山の西、標高550mくらいの中腹にある10戸程度の小集落である。目標地点にした理由はコースの最高点に当たるからだ。山道でも集落や畑があれば視界がひらけ気分が晴れ晴れする。おまけに樫谷には水田がたくさんあってみのりの季節をむかえている。山を越え谷を渡ってこの景色を見に来たといえば世間への通りはよさそうだ。

さて樫谷から330号線を使って長浜に降りる手もあるけれど、それは時間切れになる。こんな事もあろうかと、樫谷―白滝もCourseで作っておいた。がつんと白滝まで降りて肱川の右岸を通って平野に向かうことにした。樫谷―白滝は道が広く路面状態も良かった。樫谷の住民の生活道路なのだ。そして驚くなかれ、白滝のメインストリートはおしゃれな石畳風である。さすがこの辺りでは屈指の観光地である。

八多喜からは肱川を渡って左岸を通ることにした。手持ちの水が樫谷で尽きたからローソン八多喜店でスコールを買うことにした。スコールは神奈川では入手しづらい南日本酪農協同が製造販売している飲料だ。われながらローソン八多喜店に入ったのは成功だった。売り子のお嬢さん(ただし見習)が驚愕の美少女だったのだ。テレビの仕事もやっており各種芸能人、モデルは見慣れている私でも背筋が震えた。あまりの違和感にロケでもやってるのかとカメラを探してしまったほどだ。

定番のカメラポイントから肱川の鉄橋越しの大州城を撮影し、勝手知ったる道をたどって平野(ひらの)に着く。ラーメン豚太郎から夜昼峠への旧道に入る。世界一の道だ。舗装ガタガタで小石と小枝が散乱しコケが生えて滑るけれども夜昼峠が好きだ。平均斜度は5%に満たず傾斜が波打たない。けっこうな急斜面を切る峠道を一定の斜度で造るのは人間業とは思えない。夜昼峠の道は天才によって設計されたものと思う。半原2号で34×21T、70rpmですいすい登った。

峠のお地蔵さん

夜昼峠を最初に通ってから50年が経過している。その50年の間に夜昼峠を越えたのは10回に満たないだろう。最近の数回は夜昼峠を走るためだけに自転車で夜昼峠を走った。平野から25分で峠のお地蔵さんに到着してご挨拶。私的ランキング第1位のお地蔵さんだ。お地蔵さんは私が生まれる前からここにいて私が死んだ後もきっとここにいる。私が夜昼峠に来ようが来るまいが、そんなことにはかかわりなくここにいる。


回すペダリング
壺神山 IoT ride
30km/h巡航
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高野地サイクリング
古谷(こや)
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古藪サイクリング2
古藪サイクリング3
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鞍掛山一周サイクリング

カタバミ  テトラ  ナゾノクサ
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