たまたま見聞録

半原越サイクリング

半原越

神奈川の秀峰丹沢の東の端に標高600mほどの山並みがある。その山並みのほぼ中央あたりを東西に横断するルートが半原越だ。上の写真は相模川からのぞむ半原越。写真ほぼ中央の尖ったピークは経ヶ岳で、半原越はその右肩のくぼみにある。清川村と愛川町というほとんど交流がなさそうな2つの田舎町をつなぐ峠道である。半原越は現在は法論堂林道として山林管理の道ということになっているが、もともとは産業道路だったという。以下、半原越の頂上にある看板を引いてみる。

半原越:昭和の初期まで、煤ケ谷は養蚕が盛んで、当時糸の町として栄えていた半原へ、繭を背負ってこの峠を越えたことから、この名が付いたと思われます。現在は法論堂林道として、拡幅整備されています。

半原越のすすめ

神奈川に住んでいる自転車乗りなら絶対に半原越に行くべきだ。半原越の登りはわずか5キロだけど、いま私が走っている道のなかで最も美しい。南向きの沢筋から斜面を巻いて峠に至るのがよい。日のあたり加減や湿気と乾燥の具合、地形の複雑さによって多様な生物のすみかになっている。また、このあたりは林業がさかんとはいえ、山腹の大半が杉や檜になっているわけではなく尾根筋や急斜面には広葉樹が多い。それも、人造の雑木林ではないようだ。

道路は狭い。しかも、核心部は大型自動車が入れない柵がある。半原越を利用する車はほとんどが遊びのものだ。とくに愛川側にある水汲み場で湧き水を汲んでいる人は絶えない。激マズといってよいほど飲むに耐えない水だが、いつみても大型の容器を何本も置いて水を貯めている人がいる。

入口

写真は、半原越の入口。半原越はスタートからけっこう急な坂が続く。道は日当たりが悪く暗くて湿り涼しい。左手は切り立ったがけで新旧さまざまなコンクリートで補強されている。そのときどきに少しずつ必要な分だけ工事が行われたようだ。古い部分はコケやシダが生い茂って50年はゆうに経過していると思われる。古くからある道なのだ。道路の両脇は太い杉の木立になっており、右手ガードレールのすぐ下には法論堂川が流れている。三面護岸の川で水は少なく流れが速い。耳をすませばせせらぎが聞こえる。もっと注意すれば初夏にはカジカガエルが聞こえてくるだろう。

1kmちょっといくと、半原越最初のきつい区間がまっている。まっすぐな急坂が300m続いている。登山客相手の喫茶店などがあり、道ばたはきれいな花が咲き、気持ちのよい所だ。この10%超の登りをどう越えるかが半原越のポイントだ。初心者が競技仕様のロードレーサーで乗り込むとひどい目にあう。楽に走るためには1対1以上のギアは必須だ。今のマウンテンバイクなら問題ない。ビンディング式のペダルと靴があればもっと重いギアでもOKだ。

テレビでジロを見ていると、トップ集団の選手がものすごいスピードで登攀していた。ためしに時間を計ってみた。10キロを22分だった。つづら折れの最大斜度10%の登りというから、半原越ぐらいの坂だと思ってよい。10キロを22分というと時速27キロを超える。それはとんでもないスピードだ。ふつうの町の道をがんばって走っても、10キロを22分ではまず無理だ。もし信号や交差点や自動車がなかったとしても平均速度で27キロを超えることは簡単ではない。選手は私の平地よりも早く坂を登り、下りよりもずっと早く平地を走っている。それにしても、彼らなら半原越を11分で登りきってしまうことになる。背中に見えない羽が生えているのだろう。

ナカガワ

この区間がどれほどの坂かわかるような写真を用意した。私は自転車で斜度を測る方法を発明している。自転車のホイールベースは1メートルで車輪の半径は36センチである。すなわち、ホイールベースあたり車輪半分かたむいていると35%。半分だと18%、3分の1だと12%なのだ。この坂は10%程度だ。私にとって最も嫌らしい斜度といえる。登攀をあきらめるほど「激」ではない限界ぎりぎりだ。速度0キロに近い区間があることがタイムを増やす元凶だから、タイムトライアルのときは無理をしてぐいぐいと力ずくで走る。2回に1回はふくらはぎがつりそうになり、10回に1回はつってリタイアを余儀なくされる。難所を乗り越え、リッチランドのコーナーをまわって法論堂川から離れるようになると少し楽になる。ここから南端コーナーまでの1.8km はコーナーの多い緩い坂が連続する。

夏の花道 

半原越は生き物が多い道だ。路面を見ていれば、オサムシとか蛹化の場所を探す青虫とか、何をしているのかミミズとかいろいろな生き物がいる。このあたりではヘビもよく見る。ヘビが道路でひなたぼっこをしていれば自転車を止め、尻尾をつかんで谷に投げてやる。もしくは車が来ても轢かれないようにしてやる。私もいっしょに轢かれるのならしかたないが、人間が道路に立っていればたいていの車は止まる。

花道

ウツギ

5月6月は道端が花盛りだ。夏は木の花、それも白っぽいものが多いようだ。半原越の日当たりの良い斜面は一面ウツギの白い花で埋め尽くされている。花は蜜が多いらしく、いろいろな虫が来ている。良く目立つのはジャコウアゲハだ。4頭も5頭も集まって吸蜜していることがある。花の中には、マルハナバチやアブの類、甲虫のハナムグリなどもいる。

4.7kmの登りで、残り1.5kmのところに私が南端コーナーとよんでいるカーブがある。ここにかかるころから、坂がきつくなり休むことができなくなる。半原越に慣れない人には平坦に見える所がところどころあるかもしれない。しかし、それは錯覚。5%の登り坂である。まあまあの登りときつい登りが波打つ坂なのだ。参考までに半原越の断面図をカシミール3Dでつくってみた。ただ、そういう坂だってギアが合えばなんてことはない。最近は自転車がしっかりしている。半原越は越えるだけなら、どんな初心者だってなんとかなるだろう。

丹沢

半原越を登って景色を楽しもうとしても無駄である。谷に沿い森の斜面を巻く道だから、はるか下界を見下ろす眺望なんて望むべくもない。写真は半原越ですこし開けたところから西の丹沢山系を撮ったものだ。

私が西端コーナーとよんでいるカーブでは桜の木越しに華厳山が見える。なかなか姿の良いピークである。この尾根は散策をする人がとても多い。特に中高年に人気があるようだ。半原越はそういう人たちのアプローチ用の道路にもなっていて、三々五々連れだって歩いているから注意しなければならない。自転車で驚かせるようなことは慎もう。特に下りは注意だ。登りのタイムトライアルで必死の形相で走っていくのはいい見せ物として歓迎されるだろう。

標高490mの半原越の頂きには特段なにもない。法論堂(おろんど)と半原越(はんばらごえ)という看板と道しるべがあるぐらいのものだ。 山登りは尾根に沿って縦走することが多いので、峠といえば底を意味する。下りが終わって登りが始まるところだ。自転車では、峠は一番標高の高いところだ。いずれにしても、峠は一休みする理由をつけやすい。水を飲み食べ物を食べて鋭気を養ったり、その先の行動を決めるために地図を広げたりする。半原越はそういう人たちでにぎわうちょっとした観光地といってよく、一日平均10人以上が立ち止まると思う。

半原TTスペシャル 

私は半原越に出会うまで、自転車で速く走りたいと思ったことがなかった。半原越は家からたった30km足らずの所にある夢のような道だ。自動車やほかの自転車、歩行者に気兼ねなく全力で走れる。最初に登ったときは30分ぐらいかかったと思う。時間なんて測らなかった。そのうち、少しずつタイムが気になり、28分ぐらいをうろうろしていた。50回程登ったときに「おもいっきりがんばれば25分切れるんじゃないか?」と確信した。それから、ギア比を検討し、最も時間を短縮できる走り方を考え、体重を落とした。

そしてあっという間に25分を切り、23分を切り、21分を越えた。20分台に入ってからが伸びなかった。そこからはサイクリングではなくトレーニングの領域だと感じている。単に毎週末に半原越で頑張っているだけではタイムの短縮は無理だと思われた。

自転車

乗り方を工夫する一方で自転車を軽くした。登りは軽いのが有利だ。この自転車は半原越タイムトライアル専用で「半原1号(はんばらいちごう)」という。 フレームはチタンで総重量は8kg。後のギアは12Tから27Tまでの9段。前のギアは41Tの1枚。大きなアウターギアは時速30キロ以上出ない半原越タイムトライアルでは必要ないので外している。クランク長は私に最適の167.5mm よりも5mm 長い172.5mm にしている。登り用の高トルク低回転型のクランクだ。

タイムは自転車よりも脚だが、いろいろ工夫するのは創意が形になり、うまくはまったときの気持ちの良さがなんともいえないからだ。自転車は高価で軽量であればよいというわけではない。半原1号は美意識の許す限りで軽量なものに仕上げた。ブレーキレバーで変速する最新型のシステムはきっとタイム短縮になるはずだけれども美意識が許さないので導入しない。最近のアヘッドタイプは確実に軽量になるはずだけれども美意識が許さないので導入しない。軽くてしなやかというカーボン繊維も美意識がゆるさないので導入しない。

この自転車で2005年5月28日に最高タイムの19分45秒を記録している。仕事も何も放り出してコンディションを最高に整え、満を持してたたき出したタイムだ。普通はがんばっても21分がせいぜいだ。

2005年11月28日


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