石英は岩石の中に白い筋を引いている。それは全然珍しくないものだと思っていた。物心ついた頃から岩石鉱物が好きで、岩石に筋を作る石英や大理石のように目立つものは名称を調べ名を覚えていた。墓石になっている花崗岩の中にある透明な鉱物は石英だ。石英が結晶すれば水晶になる。水晶は透明で形が美しい宝石だ。欲しい鉱物だった。類似品の石英ならそこらじゅうにある。裏山の岩盤に半透明の白い帯になっているのが石英のはずだった。無価値な石英の採取をくわだてることもなかった。
そして何十年も石英のありかは習知で、手にしたければ採取は容易だと思い込んでいた。
その自信がゆらいだのは最近のことだ。一番身近な石英の在処は八幡浜市の鳴滝近辺だと確信していた。それは生家の裏山だ。山道を造るときに切通しにした岩壁にいくらでもあった。ベージュの岩盤に白い半透明の白い帯があり、それを石英だと思っていた。正しくはあると思い込んでいたのだった。
数年前にちょいと散歩で鳴滝にでかけ、「この辺に石英があったよな・・・」と思い出して探してみたが見つからなかった。そもそも石英脈がありそうな地質ですらない。それでも「妙な思い違いをするものだ。でも佐田岬の大久にある崖なら確実だ」などと軽い気持ちでいた。
ところが、大久にも石英はなかった。私の記憶では、美しい青緑色の岩盤に白い帯が入っているはずだったが、見つからないのだ。石英のお友だち大理石なら卵形に研磨されたものが砂浜に転がっている。青緑の岩盤は大久にあるが白い帯が見つからない。自分の記憶は何だったのか怪しくなった。慌てて千丈川の石灰岩とか夜昼トンネル前の壁とか、心当たりの場所をめぐってみたが、石英も大理石もない。
どういうわけか50年以上も石英の存在を疑わすに過ごしてきたのだった。わざわざ見るに値するほどのものではないから、折にふれてチェックすることもなく、現場を気に止めることもなかった。
いつどうやって私の心に石英の白いベルトが忍び込んだものだろう。それが幻想だとわかればいくぶんか不安であり寂しくもある。たかが石英とはいえ故郷の記憶に花を添えていたのは確かだから。
いつものセブンイレブン裏の壁にナガコガネグモの卵とおぼしきものが見つかった。虫が全然見つからないこの頃で、卵でもうれしい。すぐに愛用のTG-7を取りだして撮影した。
そこまでは良かったのだが、帰宅後パソコンモニターで写真をチェックしてがっかりした。卵の右上に甲虫らしきものがあるからだ。見た感じではテントウムシあたりの死骸だと思う。撮影時には全然気づかなかった。
モニターで見る限り、私の老眼でも視認できるサイズ、形状である。見えなかったのは注意力の欠如からだ。近ごろ、この手の見過ごしが増えている。衰えに落胆するのは、もうしょうがない。その一方で喜ばしいことなのかもしれない。というのは、近年、サイクリングコースで虫の減少が著しくて寂しい思いをしているのだが、その原因が虫の減少ではなくこちらの能力低下かもしれないからだ。
この失敗はリカバリーできる。たぶん死骸だから次に行ったとき確認しなおせばよいのだ。うっかり忘れてしまうと二重のがっかりになるのだが。
気象庁の定義に反するけど、今日は春一番が吹いた。屋内に居ても強風なのはわかった。そして、自転車で境川に乗り出すと、とんでもない向かい風を受けた。気温も高い。
ここ数年の暖冬傾向はこの冬いっそう顕著だ。12月から1月にかけてもずっと小春の陽気が続いた。そして今日の春一番だ。冬らしい天気といえば、二度ばかり雪雲が通り過ぎたぐらいだろう。
神奈川県の境川は南北に流れる。おおむね風は素直で自転車の練習には良い。だけどこっちの調子が良くない。肉体の衰えが顕著だ。筋力が落ちているのは当然のことながら、バランス感覚が悪くなっている。いっそう悪いのは精神状態だ。自転車に乗ってもブレインフォグみたいな感じで、爽快になれない。ふと気づくと集中力が切れていて漫然と走っている。これでは自転車に乗る意味がない。
去年の夏頃には衰えたとはいえ、まだ気力があった。「あと5年、この調子で乗れれば素敵な自転車乗りになれる」という希望を持てた。まだ幾つかペダリングに改善点を感じており、それを練習で修正できるかもしれない。そしてまだ知らない秘技に気づくかもしれない。そういう希望を持つことができた。その心の張りが失われつつある。
8日に見つけたテントウムシ?の撮影を忘れなかったことはボケつつある私としては上出来だった。やはりそいつはテントウムシの蛹のようだ。だが少し様子がおかしい。皮の張りが弱く黒ずみ、事切れている感じだ。皮を脱ぎ切れなかったのか。たまたま枝にナガコガネグモが卵を産み付けていたため、脱皮の皮が糸にかかるような事故があったのかもしれない。
テントウムシのような小さく儚い虫でも、たくさん食べて蛹になり成虫になり・・・という志はあると思う。それは鬱勃たるパトス。ただただ日々本能の命ずるままに淡々と生きているとしか見えないのだけれど、老いて死ぬときと蛹で死ぬときは、やはり違いがあるのではないだろうか。事故死では死ぬ直前にぷっつりと気力が消える感覚を持つのではないだろうか。
思わずテントウムシに自分を重ねてしまった。明日はより優れた自転車乗りになりたい。そんな欲求が途切れがちな今日この頃だけに。
昨日撮影したテントウムシの蛹を撮りなおした。愛用のTG-7には深度合成モードがあることを思い出したからだ。動かない丸っこい被写体は深度合成にもってこいだ。
昨日の写真は、アクセサリーのLEDライトガイド LG-1をつけて、フォーカスブラケット方式で撮った。TG-7にしてから虫の撮影で多用している。ピントの確認ができない眼なので数打ちゃ当たる方式だ。一番いい感じの写真を選んでも、いまいちぼんやりごみごみしていた。
という次第で撮りなおしてみれば、殻はしっかりして蛹らしいつやがある。昨日は死骸かとも思ったが、しっかり生きているようだ。いい仕事をしてくれるなTG-7。虫はできる限りかっこよく撮ってやらねば。いつ羽化するんだろう。継続観察したい。
最強寒波といってもこの辺りはじつに穏やかだ。日差しがなくても気温5℃もあれば寒い思いをせずに自転車練習できる。ホームコースの境川に出てみれば、北からそよ風が吹いて快適至極だ。
ここしばらく前腿を効果的に使うことに終始している。膝を伸ばす力を11時から2時まで加える。サッカーのボレーの要領で瞬間的に蹴る方法もあるが、いまはべたーっとなるべく長い時間かけるようにしている。ケイデンスは低めの80rpmでギアは38×14T。この練習で短い登りの登坂力を上げる作戦だ。
沿線はすっかり冬景色で、スズメの群れが目につくようになっている。写真のアシ原にはいつも200頭ぐらいが群れている。アシ原はもともと1枚の水田だったと思われるが、この20年ぐらいずっとアシの茂みになり、冬はスズメの姿が絶えない。
スズメらは何を話しているのか、ちゅんちゅんとうるさいぐらいだ。自転車で通過する分にはスズメの行動に変化はない。ただし、撮影しようと自転車を止めると、ちゅんちゅんが止んで飛び立つ者が出る。続いて全員が飛んで10mほど距離をとる。停止しただけならその警戒態勢のままだが、降りてカメラをとりだすと半数ぐらいが飛び立つ。写真はそのときの状態。そしてカメラを構えるとほとんどが飛び立ってアシ原を離れる。いつもこんな感じだ。ちゃんと撮るならブラインドは必須かな。
最強寒波の予報はだてではなく、丹沢箱根の方から雪雲が流れて来た。雪片も舞う。少し冬らしい光景が見られるかと思ったが、雪はあっけなく止んで北の方に青空が広がった。
このところ、木の枝に白い蝋質がまとわりついているのをほうぼうで見かける。写真は庭のツツジの枝にあるやつだ。これはどうやらチュウゴクアミガサハゴロモの産卵痕らしい。チュウゴクアミガサハゴロモは枝を穿って卵を産み付け、白い蝋質をかぶせるという。まさにその状況だ。
近年大躍進中のチュウゴクアミガサハゴロモは庭でも幅をきかせている。これまではハゴロモといえばアオバハゴロモが主だったが、去年からチュウゴクアミガサハゴロモがとってかわった感じだ。産卵痕はツツジで見つかっているだけでも3つある。ジューンベリーの枝にもそれらしいものがある。
産卵痕はなかなか手が込んでいる。穴を穿ち皮を剥ぎ蝋質をまとわりつかせる。白い蝋質はよく目立つ。きっと幼虫が体にまとっているものと同じ材料でできているのだろう。産卵の必然でたまたま枝についているのか、なんらかの適応的意味があって母親があえてつけているのか。いずれにしても、あの小さく儚い昆虫がこれほどの技を持つのは驚きだ。目につくところにあるのだから、そのうち産卵の様子を観察できるかもしれない。
写真は御嶽林道の登り口だ。御嶽林道といえばたいそうな道にみえるが、なんのことはない境川が作った崖を登るだけの坂道だ。距離は400m足らず、標高差30m、斜度8%、急坂でもない。
最近この登りにはまっている。見つけたとき試しに登ってみたら3分ほどかかった。登りの練習もしたいなと、思いっきり走ってみたら2分10秒ほどだった。林の中の凸凹道は好きであるし、手近かなので境川の自転車練習のアクセントとして毎回登るようになった。
今日は最初から全力で行ってみた。ストップウォッチを押してスプリントだ。どこまで体が耐えられるかの耐久テスト。結果は1分ももたなかった。脚全体がしびれて動かない。残り1分は這々の体だ。息が切れてないのがいくぶんがっかり。筋肉が弱っていて、息切れするまで追い込めないのだ。
ところで、御嶽林道という名が正式なものかどうかは知らない。Stravaにそう書いてあった。そもそも林道というのは林業経営のための特殊な道で、正式ならば林野庁の管轄だ。どう見てもこの道が林業のためのものとは思えない。愛称として地元で使われることもありそうにない。近所に「御嶽」を冠する神社がある。クスノキなんかの立派な木もいくつかある。境川の崖は手つかずの林が多いが、他より明らかに鬱蒼としている。林業というより鎮守の森なのかもしれない。御嶽林道はきっとStravaの愛好家が勝手につけた名称なんだろう。
カワニナの生息する用水路にジャイアントコーンを持って出かけた。めぼしいものが見つからなくても、シマアメンボでもいればいいなと思ったのだ。
注意を引いたのは虫ではなく写真の丸い影だった。落ち葉の積もる水底に直径2センチほどの影ができている。この影は旧知で珍しいものではない。イネ科植物の細い葉先が水面にかかるとできる影だ。葉自体が丸いわけでなく、水をはじく葉が水面を歪め太陽光を曲げてできる影だ。
この写真の矢印のところに葉があり、太陽は右上から射しこんでいる。今日この影を面白いと思ったのは、影の回りに光の輪ができていることに気づいたからだ。なるほど太陽の光って水の中にも無駄にならずに届くんだ。縁取りの明るい光が暗い影を補完してるみたいじゃないか。
縁取りの光は屈折によるものだ。水面の絶妙な傾きが原因だろう。漏斗状になる水面は、葉に近いほど鉛直に近い。葉から離れると水平になっていくはずだ。その水面の傾きによって丸影と縁取りができる。葉の大きさとか水深とか太陽高度とか、できるための条件ってあるのだろうか。それとも影の縁には常にあるものなのか。いろいろ考えながら写真を撮った。影の左上にいるカワニナにはさっき気づいた。
御嶽林道遠景だ。よい名称とは言えないから「御嶽ヒル(みたけひる)」と呼ぶ。道路は写真中央が登り口、2本並んだ神社のイチョウと右手のブロッコリーみたいなクスの間にある。ヒルクライムをはじめるとすぐ左折して竹藪の上を過ぎて右に曲がり、画面中央で登りは終了。西方面への平坦道になる。御嶽ヒルの上は畑と新しい住宅地だ。登り切った所で雪を頂いた富士山が大きく見える。
写真でもわかるように、御嶽ヒルは原生林の風情がある。急峻な崖のため古来から手がつけられなかったのだ。麓には真新しい建物に混じって古めの住宅が散在している。おそらく崖の湧き水をたよる住宅地だったのだろう。神奈川県のこのあたりには河川が台地を切った同じような景観地が多い。現代でも手がつけにくい場所には違いない。住宅開発するにはコストかかりすぎると思うのだが、それでもポツポツとコンクリートで斜面を固め家が建って来ている。さすが東京近郊だ。
御嶽ヒルの崖は藤沢市のものらしい。道ばたに藤沢市が立てた看板があった。35年ほど前から境川の脇にある崖は緑地保全地区になっているということだ。植生の管理は市が行っている。御嶽ヒルクライム道路も市道なのだろうか。
昨日気づいたのだが、道ばたに大きなヤマザクラの木がある。樹齢は100年を超えているだろう。4月がちょっと楽しみになってきた。私にとって木の花は紅梅ではなく、まずは山桜だ。ソメイヨシノも大好きだが、どこにもここにもありすぎて食傷気味。ソメイヨシノは私の心に巣くう思い出の木なのだから、新規物は疎遠だ。
加えて昨今、ソメイヨシノより早く咲く下品な感じの桜が増えて騒がしい。27日には樹形も花もこりゃソメイヨシノだろ、っていうのが見つかって若干不愉快。じゃないなら邪魔だし、ならいくらなんでも狂い咲き過ぎる。
写真のムシャクロツバメシジミは去年の12月10日に庭で撮った。そのときは「ヤマトシジミ」としていたチョウだ。今朝、昔の記録をつらつら眺めていて、こいつはヤマトシジミじゃないと気づいて調べ、ムシャクロツバメシジミに行き着いた。思い起こせば撮ったときから違和感はあった。ヤマトシジミにはオレンジがない。しかしツバメシジミにしては斑点が大きい。そして尾状突起がないことから、ヤマトシジミなんだと思い込んだのだ。
私の庭は殺風景でチョウなんて滅多にいない。そんななかで唯一定着しているのがヤマトシジミだ。ヤマトシジミに類似のチョウは激レアだ。ルリシジミは遠目に一度だけ見たかもしれない。ツバメシジミやゴイシシジミが飛来する可能性はほぼない。
ムシャクロツバメシジミは中国、台湾のチョウで近年日本に帰化しつつあるらしい。食草は近所に繁茂している。庭にもやってくるだろう。うかつにもそういうチョウがいるという情報をもってなかったのだ。ヤマトシジミは庭観察でスルーすることが多い。ツバメシジミによく似たヤマトシジミはムシャクロツバメシジミとしっかり覚えておかなければ。
水曜日に雨が降った。昨日の昼、いつものセブンイレブン裏に出れば、畑脇の雑草路がいいにおいだった。それは春の臭いだ。単に腐葉土が発する臭いだろうけど、私は一味違う春の臭いだと思う。この場所が賑やかになるのはもうすぐだ。この冬は例年に輪をかけて殺風景だった。連日の晴天で乾燥が続いた。いつもならポツポツ見つかるキタテハですらこの冬はまったくいなかった。
昨日は春の臭いがしていたものの、私の春はまだだった。土の臭いにも春はまだだと感じていた。ところが、夜になると体も心もむずむずして、夜中に何度か目が覚め寝坊した。若い体で山を駆ける夢から目覚めて、ああ春が来たんだと思った。
春夏秋冬、季節の節目はつど感じても、春ほどはっきりわかるものはない。季節が内面からわき出してくるのは春だけと思う。
今日のサイクリングではずいぶん冬鳥が目についた。道路を走っているだけでジョウビタキ、ツグミ、アオジ、そして久しぶりにイカルの群れも見た。鳥たちも食べ物に困窮する季節だ。道路脇にあるセンダンなんかすっかり丸坊主になっている。庭に捨て置いた腐ったみかんや余ったパン粉もすみやかに食われた。
春の渡りがはじまり、つがいができる頃だ。なんとなく鳥たちのそわそわを感じる。私が体感しているむずむずと同じ春の衝動が鳥たちにもあるんだと思う。鳥だけでなく、虫も魚も、冬芽をふくらませている木々も同じようにむずむずしてるはずだ。
写真はチュウゴクアミガサハゴロモの産卵痕。目線の高さに枝があり観察撮影が容易でチェックポイントにしている。枝はタブノキだと思う。神奈川のこのあたりにタブノキってのは少し違和感があるが、神社と畑の間を流れる用水路にかぶさるように繁っており、境内の植木かもしれない。
産卵痕はこの冬、至る所で目にしている。気をつけて見ているため目につくことはあろうが、チュウゴクアミガサハゴロモが爆発的に増えているのは確実だ。産卵痕は枝を深く広くえぐる。木へのダメージはありそうだ。
ところで、こんなものの撮影ですらうまくいってない。TG-7のファインダーは老眼鏡がないとピントが全く見えない。枝の撮影はオートフォーカスに頼れないから、マニュアルを多用するのだが、肝心のピントがつかめない。しばらくはプロじゃないんだし、そこそこでいいやとあきらめていた。フィルムの頃からの習い性で数打ちゃ当たる方式に嫌悪感があるからだ。すなわちピンぼけ写真を嫌う貧乏性。しかし、デジカメでもあるし、結果あってのものだねだからと開き直ってフォーカスブラケットを多用するようになった。
その甲斐あって、老眼鏡なしでピントの来た写真をゲットできている。ちゃんと時代の流れに乗ってる自分をほめてやってもいいだろう。ただし、パソコンでチェックすれば現場では見つからなかった虫が写っている。産卵痕の下のほうにユスリカっぽい虫がいる。背景の葉裏には、ハダニか菌類かの色鮮やかな点々がある。気づいていれば撮っておいた被写体だ。この手のエラーはもはやデフォルト。あきらめの境地に入ってきた。
気温は低くても太陽は力強さを増し、風に吹かれても寒くない。ナカガワで自転車の練習。昨日から、もしかしてコレ奥義?というのに気づいて、わくわくしているのだ。その奥義はベルナールイノーに教わった。35年ほど前のことだ。
3時を過ぎるとペダルを後ろに引き上げなければならない。効率を最も良くするためには、4時の状態からそうするべきだ。
※ベルナールイノーのロードレース(1989)
これを読んだときは信じられなかった。ペダルが落ちているときに引き上げろというのは合点がいかなかったからだ。それでも試しにやってみると予想以上に効果的だった。そして30年以上もその方法で走ってきたのだが、相変わらず疑念が払拭できなかった。これは推進力を得る技術ではなく、最悪ペダリング(3時を過ぎても足を前に運ぶ)を避けるための方便に過ぎない。そう自分に言い聞かせて来たのだった。
それが昨夜になって、理屈で説明がつくことに思い至った。『3時から6時にかけて膝は伸びていくから、ペダルを後ろに引き上げることはできない。そのためには膝を曲げる必要があるからだ。』こいつへの反論があるのだ。3時で太ももを下げる速度よりも、足が落ちる速度が遅ければ膝を曲げることができるじゃないか。ここに気づいて興奮のあまり呆然としてしまった。
そこんとこをしっかり意識して練習すればもっとかっこいい自転車乗りになれる。もう居ても立ってもいられない。
今日、境川を走ってみれば予想通りだった。11時から2時ぐらいまで、膝を伸ばす力でペダルを押す。このときペダルへの相対速度は太ももを下げる速度よりも膝を伸ばす速度の方が大きい。むろん太ももを下げる絶対速度は1時から7時まで一気通貫でなければならない。これを手加減するようでは元も子もなくなる。3時ではしっかり太ももを下げつつ膝の力を抜き、次の瞬間ペダルを後ろ上に引き上げる。
この太ももの上げ下げにともなう膝の伸展のタイミングはとっても微妙だ。3時を過ぎて膝を伸ばす速度を落とす時間はきっと0.1秒の半分ぐらいだろう。そのタイミングがぴったり合うと、5時から引き足が効いて、11時まですっきりペダルを回せる。
私は選手ではなくコーチにすぎないのだから、動作できても理屈が説明できなければ意味がない。これでようやくベルナールイノーに教わった技術を弟子たちに伝えられる。
写真は道路に落ちているゴムである。これは私の自転車靴から落ちた物だ。落としたことは藤沢のセブンイレブンを歩いていたときに気づいていたが、あえて探そうとは思わなかった。写真でもわかるように、古びてちびて、交換時期は過ぎているからだ。そもそも25kmほどある道程で、落下地点の心当たりがないのに探したって見つかるはずがない。
このゴムはじつにやっかいな代物で、簡単に脱落する作りになっている。けっして安くない代物だけに悔しい別れを幾度か経験してきた。ただし今回は悔しくなかった。運良く交換時期を過ぎるまでもってくれたのだから。
それがたまたまサイクリングの帰りに見つかった。探してるわけでもないのに、信号待ちをした交差点の出口でふと目に止まった。その一瞬で再会を確信した。落としてしまったこいつが見つかったのは2回目のことだ。最初は2021年4月24日の半原越だった。あのときは再会に心躍った。少ししかすり減ってなくて、惜しい思いをしていたから。
すでに交換時期は過ぎているとはいえ、奇跡的な再会を記念してもうしばらく使うことにした。
ウィリエールで境川、自転車の練習だ。御嶽ヒルで登坂力が落ちていることに気づいた。パワー、持久力、心臓の衰えはもちろんだが、いま気がかりなのが前腿の筋肉だ。腿やふくらはぎは使わなくても自転車は走れる。30km/h足らずのサイクリングスピードなら、前腿にはまったくストレスが来ない。この数年はそれで快適にやっているのだが、それじゃだめだと思った。フレイルの心配があるからだ。すでに日常生活で足腰の衰えを感じている。駅の階段ですら前腿に緊張が来る。
急坂でなくても、腿を鍛えることはできる。ギアを少し重くするだけでかまわない。この数日はそれで走っている。
そして練習ポイントはもう一つある。イノーにならった引き足だ。4時から引くことが理論上可能だとわかり、意識してやってみて効果的に加速できることがわかった。これは重点的にやる値打ちがある。どれだけの速度で腿を落として、どのポイントで足を引くか。そのときのトルクはどのぐらいか。最適解を探って習い性にする。私もまだまだ進歩する可能性があるのだ。
境川流域は数か月ぶりにまとまった雨が降った。川の水はまだ濁っている。どれほど増水したかは調べていないが、宮久保橋堰堤のオオカワヂシャがかなり流されているから、50cm以上あったのかもしれない。雨量はせいぜい50mmほどのはずだが、オオカワヂシャは根張りが弱く簡単に流されてしまう。
流されてなくても、堰堤のオオカワヂシャに明日はない。生きて花実がないのが彼らのさだめだ。堰堤に根付いたのが運の尽き。浅く強い流れに打たれて花をつけることがかなわない。それでもオオカワヂシャはがんばる。明日のことはかまわず、手にしたチャンスを最大限に生かすだけだ。なんだかんだと自転車の腕を上げようともくろむ老人と似たり寄ったりだと思った。
いつもの虫観察トレイルによってみた。前回は各種のクモで賑わいはじめていた。しかし今日は、落ち葉の上を走る姿がなく、ゴミグモ、オニグモらしき幼生の網が見あたらなかった。昨夜の雨で流されたのだろうか。
頻繁に立ち寄る虫アベニューで、自転車を止めたところのコンクリ壁を見下ろせば、そこにケセランパサランがあった。ケセランパサランは各種知っており、最近はアメリカオニアザミやテイカカズラが親しい。だがこいつは記憶にない。コウヤボウキが似ているが明らかに違う。なんだろう?記憶を辿りつつ撮影しておいた。
写真をチェックすれば植物のようである。ごく短い茎が地面から伸びて、先端に花かなにかの枯れた部分がついている感じだ。
ケセランパサランといえば、たまたま見聞録は四国の山中でケセランパサランを見つけたところから始まる。その正体は長期間不明で、20年ほどたってからリンゴドクガの脱皮殻だと判明した。ただし、リンゴドクガに擬態した妖怪ケセランパサランの可能性は残っている。
わけのわからない代物を手軽に反芻できるのがたまたま見聞録のいいところだ。わけのわからんものといえば、今日見たアワフキムシの泡みたいなものもしばらく正体不明だった。こいつなら既視感ありありで記録もある。2022年の11月17日のサイクリング道路脇だ。今日までわからなかったけれど、Google Lenzなんかで、近所のプロ写真家尾園さんの記事が見つかった。どうやらムシヒキアブ類の卵らしい。
ムシヒキアブ類なら庭の常連だ。もしかしたら手近で観察できる日が来るかもしれない。ただ、見つけているのはチガヤ、メリケンカルカヤとかの茎だから、日影ばかりのわが家は産卵不適かもしれない。
卵があるのは大きな通りに面した住宅地の歩道脇だ。なんのことないブロック塀とアスファルトの隙間に根を下ろした草についていた。付近にあと2つある。ムシヒキアブだとすれば、何が気に入ってこんなところに産卵したのか見当もつかない。ひとまずしっかり撮っておこうと土下座体勢をとっていたら運悪くベビーカーを押す女性が通りかかった。何がしたくてこんなところに老人がうずくまっているのか、見当がつく人は多くない。不審人物目線を投げられることになるが、まあ慣れっこである。
2日に見つけたケセランパサランを再調査してきた。写真を見れば茎も根もあるれっきとした草のようだったからだ。今日、積もった落ち葉をよけて真横から見るとその姿がはっきりした。どうやらネコジャラシ(エノコログサ類)っぽい草らしい。ネコジャラシならば発育が悪い個体ではないだろうか。
草の名ははっきりしないけれど、ケセランパサランでないことははっきりした。ケセランパサランの属性としての「ふわふわ飛び交う」「ころころ転がる」という要素が全くないばかりか球状の毛玉ですらない。ちゃんと地面に根を下ろして花も実もつけた一人前の雑草だ。ケセランパサランがこういう物に擬態することはまずあるまい。
発見時の目線の関係で球体の毛玉と判断したのは早とちり、観察不足であった。
境川のギシギシが花穂を伸ばしていた。その一方で、ロゼット状の個体もある。ギシギシという草はつかみどころがない。季節変化よりも根を下ろした場所の湿度や温度に合わせて生育するようだ。一株の寿命もよくわからないけれど、1年ぐらいで花をつけ種を結んで枯れるように思う。いずれもいいかげんな観察ではっきりしたことは不明だ。
ところで、ギシギシによく似た草でスイバがある。私はずっとスイバとギシギシは半々ぐらいいると思い込んでいた。境川でもギシギシに見える草の半分ぐらいはスイバだとふんでいたのだ。しかし、水中実生の探索をするうち、全部がギシギシということがわかった。水中実生するのは全てギシギシで、ついでに見た地上育ちのものも全てがギシギシだった。たまたま見聞録でスイバとしているのは全部ギシギシの誤同定である。ちゃんと葉の形からスイバを確認したのは数年前、荻野川べりがもっとも最近だ。
私はスイバがひいきだ。子どもの頃、ままごとに使ったり、ちょいとかじったりしてたのは小ぶりなスイバだった。鶏に与えると、おいしそうについばむのはスイバだった。ただしそうした経験も今やあやふやで確かめようもない。
境川では近年巨大なギシギシが目につくようになっている。20年ほど前にはこういうのはいなかったように思う。写真はセブンイレブン裏の雑草道路で撮った。巨大で赤いラインが特徴的な葉をつけるエゾノギシギシという種類があるそうだ。きっとそいつだろうと思う。
最初にエゾノギシギシを意識したのは2004年4月19日新潟県の松之山だっだ。とんでもないサイズで一目でただものではないことがわかった。ちょうど春の盛りの頃で、青々した巨大な葉が不釣り合いだった。もともと寒冷地の草ということで、いち早く大きな葉を展開したのかなと思う。境川のこの場所でも秋の終わりに草刈りがあって、他の雑草はまだ本気を出してない。
エゾノギシギシは虫に好かれるギシギシなのだろうか。私は、ベニシジミはギシギシよりもスイバを好むと想像している。のの字のハグロハバチはギシギシが大好きだ。ベニシジミやハグロハバチはエゾノギシギシを食べるんだろうか。
俣野にある用水に小魚が泳いでいた。この用水は数年間定期的に観察している。もう100回ぐらいは「魚いないかな〜」と虚しく覗き込んできた場所だ。今日見つかったのはメダカのようだ。メダカの姿形をしてメダカらしい泳ぎ方をしている。上流につんっと進んでぴたっと止まる。その動きを繰り返している。
小躍りして喜ぶところだが、すぐ我にかえった。まともなメダカではない公算が大だからだ。数年前にメダカブームなる謎現象が起きた。そのときに大量の改良メダカが作出され、大量の改良メダカが川に捨てられた。じっさい2度ばかりその手のメダカを目撃している。今日見つけたメダカもそういうものだろう。写真に写っている魚はやけにキラキラしてるし。
この用水は境川の崖から湧き出る地下水を水源としている。水は澄んで涸れることがない。戦後まもなくまでは、メダカは無数にいただろう。境川との連結がよかったときは、ウナギやドジョウものぼっていたはずだ。今やまっとうな魚類は期待できない。
50年ほど前、住宅地の流れは全国的に壊滅した。知らない人も多いと思うので、あえて書いておくけれど、昭和50年頃までは八幡浜市の松柏中学校脇の用水路にメダカがごっちゃりいた。幅1メートルに満たない3面コンクリの水路で、水深は20センチほどだったが、散乱するゴミと石の間に溜まった泥にはクロモが根付いていた。メダカだけでなく、フナやドジョウもいた。その水路が千丈川におけるメダカ分布の最上流だった。中学2年のとき、その水路が悪臭漂うどろどろの流れに変わったのを見て、ひどく悲しかった。
かの地域では、カワムツの稚魚がメダカとされていた。だから、メダカの正確な分布を知る者はおそらくいなかった。川が好きな私は閑さえあればガサガサをやり、本流支流用水ため池で生物の生息調査をしていた。生物の知識はなかったが、メダカとカワムツぐらいは見分けることができたのだ。松柏中学の水路がだめになっても千丈川にはまだメダカがいた。それも周辺の田とレンコン畑の消滅に合わせていなくなった。川之石の水路には前世紀末ぐらいまでいたが、流域の田がなくなった今どうなったろう。八幡浜市のメダカも私の知らない湧水の流れで生き残っていて欲しい。
現在、全国的に流れが小ぎれいになった。小さな流れでも魚が泳ぐ姿が見られる。神奈川のこのあたりにも大好きなカワムツがいる。たぶん鮎の放流に紛れてやってきたんだろう。川には鯉を捨てるべしという謎風習がある。湖沼河川に魚を捨てるのは愚かな行為だ。今日のメダカが捨てられたものだとしても、俣野の用水でわずかな余生を元気に生き抜いて欲しい。
境川護岸のフェンスに自転車を立てかけて、足元を見ると、そこにスイバがあった。判別ポイントになる葉の突起はみえなかったけれど、一目でスイバだとわかった。これはうれしい。境川にスイバはないと思い込んでいたから。
周辺を探すと3本4本5本と次々に見つかる。写真にあるように、すでにつぼみをふくらませているものもたくさんあった。もちろんギシギシの方が多いから、念のため、2つの株から葉をちぎってかじってみた。スイバの酸っぱい味がした。記憶よりもずっと上品な酸味だった。
スイバが見つかったのは、横浜のローソン近くの境川べりだ。思い起こせば境川でまじめにスイバを探したことがなかった。ミゾソバを見間違えたぐらいいいかげんだった。一方、ギシギシのほうは境川でもよく目立つ。大きくがさつなほど立派で、おまけに水中でも生きるたくましさがある。ギシギシに目が向くのはいたしかたない。定期観察ポイントのセブンイレブン裏と俣野の用水べりでは、各種の雑草を注意して見ているけど、スイバはない。
ともあれ、境川にスイバがないと思い込んでいたのは迂闊千万であった。我が目は節穴である。
御嶽ヒルで新記録をたたき出した。1分58秒である。
御嶽ヒルは何となく登ってみて、感じの良い道だったので、ストップウォッチで計測してみた。タイムは2分10秒から30秒ぐらいをうろうろしていた。そうこうするうちに2分を切れるんじゃないかと野心が芽生えた。やるきを出して、ギア比とケイデンス、ペダルの踏み方の最適解を探った。昨日は2分3秒かかった。
ヒルクライムで目標を定めたのは、これで3回目だ。1、2回は龍勢ヒルクライムの60分と半原越の20分。それらに比べて御嶽ヒルの達成感は小さい。距離が圧倒的に短いことと、目標が低レベルだからだろう。
今更自転車の記録を狙うなんて暴挙は少々恥ずかしい。そんなことは10年以上前にやめて快適さだけを追求してきたはずだ。
こんな無茶をしでかすのが人間の特徴だ。しょうがないことでもある。目標を定めて目標をクリアーするってのは人間にしかできないこと。それが文明のドライブフォースでもある。
しかし私は若気の至りには縁遠い大人である。自転車はただでさえはた迷惑なばかりか、自らの健康を害しかねない。人間だものという甘えは自転車では捨てよう。